閑話8話です。
後二回で終わらせるつもりなのに、何故か伸びちゃった……。
これも執筆中に初代様が来たのがいけないんだ。
FGO
このひと月のガチャ歴は初代様とパライソが来ました。
アビーとエレシュギガルは大爆死。
福袋は被らないといいなぁ。
人理焼却の災禍の中、滅び行くエルサレムに
獅子王の加護に護られたキャメロットの中を、漆黒の騎士が行く。
円卓の騎士参謀であるアグラヴェイン。
その身に背負った数多の責務から仮面の如き鉄面皮と化した眉間に深く皺を刻んだ男は、道を空ける粛清騎士達に声を掛ける事もない。
その頭にあるのは自軍と敵対したイレギュラーへ、どう対するかのみだ。
よもや、獅子王の放った聖槍の裁きすらも防いでのけるとは思いもしなかった。
あの時に聖地を覆った忌まわしき白龍の気配。
それを感じた獅子王は、現在自室に伏せってしまっている。
聖槍によって神の階位を上った陛下であっても、その身に刻まれた赤竜の因子は未だ健在という事なのだろう。
モードレッドも討ち取られた事で、こちらの円卓にあるのは自分をのぞけば、ガウェイン、ベティヴィエール、ガレス、ケイの四人しかいない。
最早、なりふりになど構っている余裕は無い。
自身と同僚の至らなさにギリギリと奥歯を噛み締めながら、アグラヴェインは城内にある一室の扉を開く。
その瞬間、自身の主すらも幼子に思えるような圧倒的な気配が彼の身を叩いた。
己が意思とは無関係にブルブルと震えだす身体に喝を入れながら歩を進めると、暗闇に点る燭台の光に照らされて住人達の姿が見えてくる。
一人は白い東洋の民族衣装に身を包み、山羊の角と毛皮で出来た仮面で顔の半分を隠した死の気配を纏う男。
もう一人は昆虫と爬虫類、そして人間を混ぜ合わせた異形の怪物。
「おはよう、アグラヴェイン。君がこの部屋に来たという事は、我々の出番という事かな?」
怪物はどこから調達したのか、ティーカップに入ったお茶にその身にそぐわない優雅さで口を付ける。
「……そうだ。敵は貴様等と同じくこの地に現れたイレギュラー。契約通り、その力を振るってもらうぞ」
精一杯の虚勢で二つの影を睨みつけるアグラヴェインに、怪物は余裕の笑みを浮かべたままだ。
「君の様子を見るに、ご自慢の円卓の騎士とやらは討ち滅ぼされたようだな」
怪物の言葉に思わず渋面になる黒騎士。
そんな中、二人の会話など興味が無いと言わんばかりに、死を纏う男は出口に向けて歩を進める。
「出るのかね?」
「我は地獄門の番人、現世と常世の摂理を守護する者
「人間に護るべき価値があるとは思えんがね。……まあいい、私も出るとしよう。あの小僧は超サイヤ人を超えたべジータを倒したと聞く。孫悟飯への雪辱を晴らすウォーミングアップには丁度良い」
アグラヴェインの脇を通って部屋から出て行く二人の異邦人。
彼等の姿が消えた後、黒騎士はその場に膝をついた。
獅子王を歯牙にもかけ無い程の力を持った魔人二人を相手にするには、円卓の騎士であっても荷が勝ちすぎたのだ。
「化け物どもめ……」
冷や汗に塗れた顔を蒼白にしながら、アグラヴェインは闇に覆われた床に吐き捨てる。
だが、これでイレギュラー対策は成った。
先の聖抜で奴等の存在が明るみになってから、彼は粛清騎士を総動員して対抗策を探していたのだ。
そして、荒野を彷徨っているあの二人を見つけ、食と住を餌にこちらがわへ付かせる事に成功した。
正直、栄光あるキャメロットにあのような化け物を入れるのは苦痛でしかなかったが、イレギュラーへの手札としては必要だった。
奴等も白龍の化身共とそう変わりは無いが、そこは毒を持って毒を制すという言葉もある。
異形の力を持った化け物同士、互いに食い合い双方共に潰れてしまえばよい。
予想外の不穏分子さえ何とかできれば、カルデアのサーヴァントなど獅子王の敵ではない。
カルデアを退けて良き臣民を最果ての塔に招いたあかつきには、今度こそ王に理想の国を献上するのだ。
掌で乱暴に汗を拭って立ち上がると、アグラヴェインはいつもの鉄面皮に戻っていた。
先程までの動揺など無かったかのように廊下に戻った鉄の参謀は、いつもと変わらぬ歩調で政務が山積になった執務室へと戻るのだった。
◇
カルデア職員にしてデミ・サーヴァントである少女、マシュ・キリエライトは夢を見ていた。
それは第六特異点に足を踏み入れてから度々現れるモノで、決まって謎の人影が自身に闘い方を教授するというものだった。
「そうだぁ~! 憎悪を、殺意をもっと込めろぉ~ッ!! そうすれば、お前にも使えるようになるはずだぁ~! 借り物じゃない、本当の
黒い人型へ向けて懸命に盾を振るう彼女にむけて、それは楽しそうに語り掛ける。
最後の声がかすれて聞こえなくなっているのを見ると、今日の夢も終わりらしい。
最後にマシュは手にした盾を両手で───
目を覚ました彼女は
視界に映るのは細いながらも皮が厚くなった掌。
「……やっぱり、昨日よりぶ厚くなってる」
只の夢のはずなのに、身体が鍛えられている事にマシュは戦慄を憶える。
教えられた技は物理的に自分には使えない。
なのに、何故か両手が疼き出すのだ。
とくに捕虜になった紫の騎士を見ていると。
「先輩……。私はどうなってしまうんでしょうか……?」
不安に揺れるその声に返事は無かった。
◇
どうも、皆さん。
臨時空中タクシーをこなしてきた姫島慎です。
立香嬢とマシュ嬢を連れて、アトラス院とやらに行ってきました。
地上の建物部分は朽ちたのか影も形も無かったけど、地下施設は生きてました。
襲い掛かってくる謎の本やホムンクルスとかいうイエローデビルのバッタモンを吹っ飛ばして進んでいると、意外な人物に出会う事になった。
恐らく世界で一番有名な探偵、シャーロック・ホームズだ。
俺達より一足先にここへ足を運んでいた彼は、カルデアのモノの姉妹機だという霊子演算器の前で自身の調べた情報を教えてくれた。
アトラス院の成り立ちと使命に始まり、この世界を蝕む人理焼却と魔術王の正体。
獅子王と聖槍の謎に加え、マシュ嬢と融合している英霊が何者かということ。
あちらの判断でカルデアメンバーに必要と判断した情報を話した後、俺も忠告を貰った。
曰く、『異邦人がこちら側につくとは限らない』
言われた時にはハッとなった。
なるほど、『無限の闘争』からこちらに来た者が良識の有る連中とは限らない。
獅子王につく者や独自の路線を行く者が現れても、おかしくは無いわけだ。
こんな可能性を思いつかなかったのは、心の何処かで『
自戒し改めて気を引き締めると、それを待っていたかのようにホームズ氏は幻霊を追うと言って去ってしまった。
何と言うか、
マシュ嬢と融合したサーヴァントだが、円卓の騎士の一人であるギャラハッドだった。
将軍様の呪いに掛かっていたから円卓のメンバーだとは分かっていたが、『純潔の騎士』や『最高の騎士』と名高い人物だったとは……。
彼女がランスロットに当たりがキツかったのは、生前思いっきりネグレクトを食らったギャラハッドの影響が残っていたからなのだろう。
さて、調べ物も終って集落に帰った俺達は、決戦に向けて各自準備に入ることになった。
立香嬢はマシュ嬢とダヴィンチちゃんを連れてカルデアからの増援を迎えに行き、ウチのメンツも思い思いの準備に入っている。
俺も道着を普通のモノからドクロ稽古着に着替えて今に至る、というワケだ。
今回は獅子王の前哨戦として、はぐれ悪魔超人コンビとの試合がある。
相手は
という事で入念なストレッチをしていると、外から絹を裂くような悲鳴が上がった。
何事かと慌てて出てみると、こちらに背中を向けてしゃがみ込んでいる全裸と思われる女の子に、立香嬢が自身の上着をかけているのが目に入った。
「何があった───」
「姫島君はこっち来ちゃダメッ!!」
「おっと、失礼」
降りかかる立香嬢の怒声に、即座に回れ右で対応する。
うん、さすがに今のは無神経だった。
「急に怒鳴ってゴメン。もうこっち向いていいよ」
直立不動で待つ事しばし。
ようやくお許しが出たので振り向いてみると、立香嬢の他にカルデアの白い制服を来た女の子がいた。
年のころは14・5歳くらい。
赤紫色の髪に水色の瞳を持つ、並のアイドルなんてメじゃないくらいの美少女だ。
街を歩けば、十人中九人は振り返るだろう。
頭の角と彼女の後ろでプルプル震える尻尾が無ければの話だが。
「それで、何が起こったんだ?」
「この娘はエリザっていうんだけど、誰かが彼女を気絶させて装備を剥ぎ取っちゃったの」
「装備って事は、この娘もサーヴァントなのか?」
「うん。エリザベート・バートリー」
出てきた名前が意外すぎて、一瞬呆気に取られてしまった。
エリザベート・バートリーってあれだろ?
『女吸血鬼カミーラ』のモデルになった、領下にいる処女の生き血で出来た風呂に入ってたっていう……。
立香嬢の後ろでベソかいてるお嬢さんとはまったく結びつかないのだが。
「な……なによ、人の事をジロジロと。失礼なブタね」
初対面の人間をブタ呼ばわりとは、随分と口が悪いお嬢さんだ。
とはいえ、ここで事を荒げるのはあまりに大人気ない。
相手をじろじろ見ていたのもまた事実なので、一応謝っておいた。
「しかしサーヴァントを気絶させて身包みを剥ぐとは、なかなかチャレンジャーな奴だ。時にエリザ嬢は下手人の顔は見ていないのか?」
そう尋ねると、エリザ嬢は不貞腐れた顔でそっぽを向いてしまった。
「見てないみたい。どうしようか?」
「決戦前だからあまり事を大きくしたくないんだが、取られた装備ってどんなのだ?」
「勇者の鎧よ」
「…………なんだと?」
「えーと、漫画とかでよくある水着みたいな鎧なんだ」
エリザ嬢の口から飛び出したエキセントリックな言葉に思わず眉をひそめると、苦笑いを浮かべた立香嬢の補足が入る。
こんな女の子の装備をパクるような奴、か。
困った事に全く心当たりが無い。
「とりあえず、みんなが集まった時に聞いてみようとは思うんだけど……」
「そうだな。そういえば、ランスロットがこっちにつくって話はどうなったんだ?」
集落に戻ってきた時にダヴィンチちゃんから聞かされたランスロットの帰順に話をシフトさせると、立香嬢の顔が苦笑いから本来の笑みに変わった。
「うん、本人と話をしてきたけど本気みたい。虐殺や聖地への侵略に彼も思うところがあったらしくてさ、側近のアグラヴェインが王を
「こっちにつく事でそれを明らかにしたい、と。信用できると思うか?」
「私は信じようと思う。遊撃部隊で今までの聖抜の抹殺対象を
真っ直ぐにこちらの目を見て言葉を紡ぐ立香嬢。
こういった真摯な対応が英霊に好かれる理由なのかもしれないな。
「わかった。特異点攻略のメインはそっちだからな、判断はそっちの任せる」
「ありがとう」
物凄く嬉しそうに立香嬢は笑う。
こっちはオマケみたいなものなんだから、礼なんていらないんだけどなぁ。
その後であれこれと話をした結果、犯人の目星が付かないことから、盗難については皆が集まった先で話すという事に決定した。
でもって集合時刻に相成ったわけだが……ある男が現れた瞬間に空気が凍った。
ヤバい、あれはマジにヤバい。
あれはもう視覚への暴力行為だ。
件の人物の名はランスロット。
つい先程こちらに帰順の意を示した獅子王の円卓の一人なのだが───
「……ねえ、ランスロット」
「なぁに、カルデアのマスターちゃん?」
「それはなんのつもりかな?」
「新たな性に目覚めた私の戦装束よ」
完全にハイライトが死んだ立香嬢の視線に、オネエキャラで返す湖の騎士。
その姿は、今にも留め具が弾け飛びそうになっているパッツンパッツンのビキニアーマーに、先っぽとか袋とか局部を隠しきれていないギッチギチのパンツという変態丸出しの格好だった。
無駄にキューティクルの掛かった胸毛とスネ毛、そしてギャランドゥが強烈で、召喚されたロビンフッドとウチのアーサーは二人してえずいていた。
あ、ベティヴィエールの続いてご先祖ちゃんも倒れた。
「しっかりしろ、セイバー! セイバー!!」
「シロウ……私はもうダメです……」
アーチャーに抱きかかえられながら、光の粒子と共に薄くなっていくご先祖ちゃん。
まあ、一番信頼していた腹心のあんな姿を見たら仕方がないか。
「いやああああああああっ!? 変態! 変態!! 変態ィィィッ!!! というか、それって私の鎧じゃないのよーーーーー!!」
顔を両手で覆いながらものっそい叫びを上げるエリザ嬢。
「ありがとうね、お嬢ちゃん。貴女のファッションはね、新しい騎士装束を探していた私にとって、まさに理想だったのよ」
「いや、おかしいでしょ!? 男の癖にそんな格好するのもそうだけど、それって私の礼装なのに呼んでも全然戻ってこないんだけど!!」
「それは私の宝具『
ほうれ、と言わんばかりに胸を張るランスロット。
たしかにアーマーは黒く染まっているし、ところどころ赤い葉脈みたいな物まで走っている。
あと、気持ち悪いから強調すんな。
しかし『円卓最高の騎士』と言われたランスロットの面影は微塵も無いな。
いったい何があったというのだろうか?
「貴様のせいだな」
「オメーの所為以外の何物でもないだろぉ」
「うっぷっ……。貴方の所為に決まっているじゃないですか」
「ご主人様、罪は認めるべきかと」
ウチの面子にフルボッコにされてしまった。
新たな性とか言ってたし、去勢された勢いでオネェ系というかオカマに超進化したワケだね。
何故、だれも『B』ボタンを押さなかったのか……
突如として湧いたカオス状況だが、この騒ぎに最も怒り狂っている者がいた。
立香嬢の横に控えるマシュ嬢だ。
普段の冷静かつちょっと天然な表情は鳴りを潜め、顔は般若もかくやと言わんばかりの憤怒の相。
さらには殺意の波動に目覚めたか、と錯覚するような殺気を全身から放っている。
エリザ嬢に装備を返すように迫る立香嬢と、それにクルクルシュピンッ! と無駄にキレッキレのステップで『NO』を突きつけるランスロット。
(当のエリザ嬢は、そんなバッチィのいらない!! と拒否りまくっていたが)
そんな不毛な言い争いの中、マシュ嬢がのそりと前に出る。
「先輩……」
「え……どうしたの、マシュ?」
彼女の放つ剣呑な雰囲気に、飲まれそうになる立香嬢。
「私、今なら本当の宝具が使えるような気がします」
「え……えぇ!?」
「だから、見ててくださいね」
唐突過ぎる言葉に戸惑う立香嬢を尻目に、マシュ嬢は一歩を踏み出す。
「今なら夢の影が言っていた事が分かります。憎悪と殺意! これがあれば、あの
乾いた土を蹴って駆け出すマシュ嬢。
その踏み込みの速度は、何時もの戦闘とは比較にならない。
「お待ちなさい、マシュちゃん! 仲間内の事は暴力に訴えても不幸な結果にしかならないわ!!」
「貴方がそれを言いますか、この穀潰し!」
ランスロットの説得ものの見事に空回り、彼女の怒りに油を注ぐだけに終った。
「まあ、不倫がバレたからって仲間を斬り殺しまくった奴の言う台詞じゃないですよね」
「アーサー、何気に辛らつだな」
「世界は違えど、ご先祖様の国の崩壊に一役買った男ですから」
ああ、そりゃ辛口にもなるわ。
「先輩にその薄汚い姿を見せた罪、死んで償ってください!!」
「問答無用で極刑なの!?」
秒速判決で死刑が確定したランスロット氏の控訴を棄却したマシュ嬢は、そのまま盾を持つ手を大きく両側に広げる。
すると、彼女の武器兼防具であった盾が、中央から真っ二つに分かれたのだ。
「「ゲェーーーーーーッ!? マシュの盾が割れたぁ!!」」
何故か熟練の『ゆでリアクション』を返す立香嬢とダヴィンチちゃんの声を背に受けて、ランスロットの懐に飛び込むマシュ嬢。
「行きます! これが私の本当の宝具───」
突然の事に対応が追いつかない変態を、彼女の殺意の篭った視線が射抜く。
そして───
「ジャンククラーーーーーーッシュッッ!!!」
「ウギャーーーーーーーーッ!?」
強烈な破砕音と共に、左右から放たれた盾の打撃に挟まれたランスロットの悲鳴が集落に木霊する。
というか、なんであの娘が『ジャンククラッシュ』知ってんだよ!?
「ジャンククラーッシュッ! ジャンククラーッシュッッ!! ジャンククラーッシュッッッ!!!」
呆気に取られる俺達を尻目に、上へと吹き飛ばされるランスロットを追って次々とジャンククラッシュを叩き込んでいくマシュ嬢。
たしか、ジャンククラッシュの仕上げって……。
「ジャンククラッシュ・フィニーーッシュッッ!!!」
「グワーーーーーーーッ!?」
俺が脳内で記憶を思い起こすのに合わせるかのように、空中で死に体のランスロットを逆さに挟み込んだマシュ嬢は、建物の三階相当の高度と二人分の体重を上乗せして獲物を地面に叩きつけた。
激突と同時に舞い上がる土煙。
それが晴れた先には、上半身が地中に埋まり毛が濃い両足が力なくへたり込ませるランスロット。
「この相手を叩き潰す感触と血の匂い! 久々にリングに帰ってきたという実感がしますよぉぉぉぉぉっ!!」
そして、天に向かって吼える明らかに形相がおかしいマシュ嬢の姿があった。
「ご主人様、あれってどう見ても
玉藻の声に俺は
マシュ嬢の背後には、さっきまでは見えなかった影がクッキリと見えてるし。
うん、あれはどう見てもジャンクマンですわ。
「悪い、玉藻。魔除けの札を一枚くれ」
「分かりました」
玉藻から札を受け取った俺は、倉庫から取り出したお清め用の塩を手に盛って走り出す。
「くらえ、マッスルソルト!!」
「ギャアーーーーーーッ!?」
その場のノリで塩をマシュ嬢に叩きつけると、彼女も背後のジャンクマンの影も顔を押さえて悲鳴を上げる。
「祓へ給ひ、清め給へ!!」
その隙に仰け反った額へ札を貼ると、力を失って崩れ落ちるマシュ嬢の体から、紫色の煙が噴き出した。
そして煙は空中で形を作り、見る見る内に両腕の先が巨大なスパイク付きの盾となった怪人へと変貌する。
彼こそは悪魔六騎士の一人、ジャンクマンである。
「この俺の悪魔憑きを解くとは……小僧、いつの間にそんな技を!?」
「アンタ、俺の職業なんだと思ってんスか」
「悪魔超人」
「神職だよ!」
……なんか知らんが、ジャンク先輩に物凄く驚かれた。
『お前のような血に飢えた獣が神に仕えるなどありえん!?』とか、いったい俺はどういうイメージを持たれているんだ?
「で、なんでマシュ嬢に取り憑いてたんスか?」
「うむ、俺が今回与えられた役割はギャラハッドでな。最初は例の聖地で仕事をしていたのだが、ある日突然この娘の中にいたのだ」
「マシュに力を貸したのがギャラハッドだったから、その関係でそうなっちゃったのかな?」
「む、あの自我が消えた寄生体のような奴は、本物のギャラハッドだったのか。ならば、俺も名前で
立香嬢の言葉に、ジャンク先輩は持論を展開しながら納得したように頷いた。
「で、偶然取り憑いたのをいい事に、マシュ嬢を残虐ファイトに洗脳していったと」
「そうだ。このまま上手く心を悪に染めれば、悪魔超人初の女性戦士が生まれる───って、何故俺をリバースフルネルソンに捕らえるのだ?」
「何故って、そりゃあ倒す為ですが」
ワリと本気で焦った声を出すジャンク先輩の腕を引き絞りながら、俺は立香嬢とダヴィンチちゃんに視線を投げる。
「保護者の御二方、今回の件について判決をどうぞ」
「「
分かりきっていた答えと共に、俺はジャンク先輩を振り回しながら回転を始める。
「ぬおおおおおおおっ!? ちょっと待て! これっていいのか!?」
遠心力で両肩の関節がどんどん絞られていく苦痛の中、ジャンク先輩が抗議の声を上げる。
「すんませんね、今日中に六騎士あと三人と獅子王を倒さないといかんので。恨むんなら、リミットを設定した将軍様を恨んでください」
「塩対応だな、おい!? だが、ダブルアームスピンソルトならば、こちらもよく知っている! 致命打にはならんぞ!!」
たしかにジャンク先輩なら背中から棘を生やす事で、マットへの叩きつけを防げるだろう。
しかし、こっちだっていつまでも九所封じをそのまま使っているわけではない。
ジャンク先輩の体が水平になるほどの遠心力を掛けると、民家を足がかりにして大きくジャンプする。
そして、空中でさらに両肩を絞り上げると同時に肘を後頭部に当てて相手の頭を固定。
あとは遠心力と落下速度、そして二人分の体重の全てを集中させて相手の頭を地面に叩きつけるッ!
これが───
「俺式九所封じその2! ダブルアームスカルクラッシャー!!」
「グワーーーーーーーーッ!?」
地響きと共に立ち昇る土煙。
それが晴れた先には、曲がるべきでは無い方向に両肩が曲がり、地面に頭を突き刺したジャンク先輩の姿がある。
それも一拍子間を置いて、死亡防止の光と共に消えたワケだが。
一呼吸置いて周りを見渡すと、何故か静まり返ってしまっている。
ウチの連中はいつもの事と気にしていないが、カルデア組は応援で現れた新規メンバーが事情について行けてないようだ。
ふむ、結託の為の足しになるかもしれんし、ここは一つ盛り上げてみるか。
「敵将、ギャラハッド! 討ち取ったりーーーーー!!」
「「「「「いや、それ違う!!」」」」」
『天地をくらう2』を参考に上げた勝ち鬨に返ってきたのは、追随の声ではなく全員のツッコミだった。
解せぬ。
◇
決起の前の一発芸的な小事も終わり、集落を発った俺達は再び聖都の門の前にいた。
こちらの戦力は俺、ヴァーリ、美猴、アーサー、玉藻。
衛宮君は前回のモードレッド戦で無理をしすぎた為、美遊嬢と共に集落で留守番である。
次にカルデア組は立香嬢とマシュ嬢にダヴィンチちゃん。
サーヴァント勢としてご先祖ちゃん、冬木のアーチャー、ロビンフッド、エリザ嬢、メディア女史。
山岳地帯組は呪腕さん、百貌女史、静謐嬢、アーラシュさん、シェーファー少佐。
ランボーは集落の護衛を勤めてくれている。
あとは三蔵ちゃんと俵さん。
相変わらずオネエだが、格好だけはまともに戻ったランスロットに率いられた反乱軍である。
これだけのメンツが揃えば、聖都の攻略も十二分に可能だろう。
だが、それは敵が獅子王と円卓だけの場合だ。
アトラス院でホームズが残した『異邦人がこちら側につくとは限らない』という警告。
それが頭の隅から離れないのだ。
こちらに来ているのがどんな奴が分からないが、Sランクから上の場合は俺かヴァーリしか相手が出来ない。
俺がアシュラ先輩たちに手を取られる事を思えば、実質的にヴァーリしか対抗手段が無いのだ。
正直言ってこれはキツい。
最悪、先輩たちを放っておいて戻る気ではいるが、将軍様が噛んでいることを思えば容易く逃れられるとも思えない。
美猴やアーサーでも対処可能なAランクならばいいのだが……。
「総員に告ぐ! これより我々はこれより聖都に突入する! 目標は陛下の保護とアグラヴェインの討伐だ!! 陛下を裏で操る元凶を討ち、ブリテンを元の誇り高き姿に戻すのだ!!」
ランスロットの真面目な演説に、巡る思考から意識を戻す。
ここまで来たら、四の五の考えても仕方ない。
鬼が出るか蛇が出るか、行ってみるしかないのだ。
「総員、突撃!!」
ランスロットの号令と共に、鬨の声を上げて馬を走らせる反乱軍。
俺達もその後ろについて門へと向かう。
しかし前線が城門に差し掛かった瞬間、最前列の騎馬兵数人の首が落ちたのだ。
「なんだ!?」
「一番前の奴の首が急に───!?」
「ジョン!? ジョォォォォォォン!!」
手口の分からない襲撃に浮き足立つ反乱軍、だが俺は首が落ちる瞬間にたしかに聞いた。
戦場の中で微かに流れたハープの音、あれはフェイルノートが奏でる死の旋律だった。
「慎!」
「お前も気付いたか、美猴」
「どうなってやがるんでぃ。トリスタンの奴はくたばったはずだろ?」
「わからん。だが、相手はサーヴァントだ。もしかしたら、獅子王には円卓の騎士を何度も召喚できる能力があるのかもな」
美猴と言葉を交わしながらも、俺は気配を研ぎ澄まして音の刃の出所を探る。
喧騒の中を紛れるように流れた竪琴7の音、それを捉えると同時に俺は居合い拳の要領で衝撃波を放った。
空を裂いて飛ぶ衝撃波の行き先は城門の上。
そこには影法師のように全身が黒く染まった、トリスタンの影というべき者が竪琴を爪弾いている。
衝撃波は放たれたばかりの音の刃を粉砕したものの、影の右肩を掠めるに留まった。
「あれはシャドウサーヴァント!?」
立香嬢の驚きの声に合わせるように、城門の上にズラリと姿を現すトリスタンの影法師。
その数は20は下らないだろう。
「考えたね。宝具も使えず戦闘以外の思考を持たないシャドウサーヴァントは、召喚失敗と言ってもいいほどの英霊の劣化品だ。だが、それ故に召喚時における負担は少ない。獅子王に円卓の騎士を呼び出す能力があるのなら、短期間での戦力増強としては打って付けだ!」
ダヴィンチちゃんが考察している間に、一斉に竪琴に指を掛ける影法師たち。
しかし、音の刃が紡がれるよりも疾く、放たれた二つの矢が影法師達を数名一度に吹き飛ばした。
対物ライフルをも超える矢を放ったのは、朱塗りの弓を構えたアーラシュさん、そして漆黒の弓を手にしたアーチャーだ。
「不完全で再登場したところ悪いが、味方を鴨撃ちにさせるわけにはいかないな!」
「マスター、ランスロット! 上のシャドウサーヴァントは私たちが引き受ける、君達は城壁へ急げ!」
こちらへ激を飛ばしながらも次々に矢を放つ二人のアーチャー。
「おちろぉっ!」
アーラシュさんの放つ矢は強烈な衝撃波を伴って飛翔し、音の刃を打ち消しながら数人単位で影法師たちを吹き飛ばす。
「
対するアーチャーの赤い光弾は意思を持つかのように敵を追尾し、影法師達の竪琴や手、そして急所へと食らいつく。
数の上では10対1にも拘らず五分以上に持っていくのは流石というほか無い。
しかし、それでもなお撃ち漏らしというのは存在する。
二人の魔弓から逃れた影法師の一人が、騎馬隊へ向けて竪琴を奏でようとしたその時。
下から猛烈な勢いで伸びてきた棒の先端が、奴の頭を粉砕した。
「いい腕だが、多勢に無勢が過ぎるだろぉ。ここはオレッチも残る事にするぜぃ」
そう言いながら、城壁の上まで伸びた如意棒を力任せに振り切る美猴。
十メートル以上はある鉄棍を振り回すその豪腕はまさしく、孫悟空の孫だ。
「悟空が残るなら私も残るわ!」
「オレッチはジジイじゃねぇってのッ!?」
「やれやれ、三蔵が残るのであれば仕方あるまい。慎よ、こ奴らの面倒は俺が見る。お主は先に進むがいい!」
美猴に向かってくる粛清騎士を三蔵ちゃんはかつてのお供が使っていた武器で蹴散らし、俵さんは二人を援護しながらも影法師に向けて矢を放つ。
残留組の活躍によって城壁からの狙撃はほとんどが未然に防がれ、放たれた少数もランスロットの指揮で前線に入った重装歩兵の盾によって弾かれていく。
迎撃に現れた粛清騎士達も、ランスロットの部隊が食い止めてくれた。
そうして俺達が城門に辿り着いたのだが、そこにいた者に俺は我知らず舌打ちを漏らしてしまった。
古代日本の高位の人間が纏う白い着物に、動物の皮と角で作られた仮面。
仮面の中央には蒼く光る
「
こちらに気付いたその男は、小さな呟きと共に手を天にかざす。
すると、その上を赤・黄・緑・青の四つの宝玉が踊り、何も無かった空間に一振りの青銅の剣が現れた。
鍔元に四神の力を宿した宝玉を収めた一刀、
それだけで生者は力を失い、傷を負った者は次々と命を落としていく。
「なんなんだ、あの男は。サーヴァントとは違うけど、感じる力は桁違いだ……ッ!」
「奴の名は黄龍。遥か昔に中国から伝わり、日本を守護してきた四神の長。同時に現世と
「冥府の護り手……。しかし、日本にそんな
マシュ嬢が半ば悲鳴のような声で反論してくるが、そんな事は当然だ。
奴は創作、格闘ゲーム『月華の剣士2』のラスボスなのだから。
しかし参った。
予測していたとはいえ『S』ランク高位、『狂』に手が届く程の実力を持つ黄龍が来ていたとは。
「知らなくて当然。この情報は日本の呪術界の中でも、四神を奉じる守護者にしか伝わっていないからな」
「そう言えば、姫島君って神主だったっけ。君の家もその四神に関わっているの?」
「まあな。ともかく、奴の相手は俺が───」
そこまで言葉を紡いだ瞬間、横合いから感じた膨大な氣に俺は右腕を振り抜いた。
不意打ちで飛んできた氣弾は、咄嗟に纏わせた『合氣鏡殺』によってあらぬ方向に飛んでいく。
しかし、その威力の大きさ押された俺は二、三度たたらを踏んでしまった。
弾かれた氣弾は、地面に着弾すると同時に光のドームを形成し、中にある物を全て原子に分解しながら天を衝く光の柱へと変化する。
「きゃあああああああああっ!?」
「マスター!」
「立香ちゃん!!」
「先輩、私の後ろにッ!!」
台風のような爆風が吹き抜け、撒き散らしたエネルギーがビリビリと震わせる中、俺は氣弾が飛んできた先を睨みつけていた。
「挨拶代わりの軽い一撃だったのだが、少々力を込めすぎたかな? それともべジータを倒したのはまぐれで、貴様の実力は私を失望させる程度でしかない、という事か?」
爆発の余波が止んだその先には、爬虫類と昆虫、そして人を混ぜ合わせたような異形の男が宙に浮きながら腕を組んでいる。
「……ッ、セル!」
「いかにも。さて、姫島慎。偉大なるリベンジマッチのリハビリとして、この私と闘ってもらおうか」
言葉と共にセルが白い炎のような氣勢を纏うと、それだけで世界が揺れた。
現世や『無限の闘争』ならともかく、この特異点では奴の力は世界を壊しかねないという事か!?
「いいだろう。ヴァーリ、お前は黄龍を頼む」
「断る」
意外な言葉に、俺はセルへと踏み出そうとした脚を止めてしまった。
「……今、なんつった?」
「断ると言った。俺があの化け物と闘う、剣士はお前がやれ」
こちらを射抜くギラギラした蒼い瞳を見ながら、俺は思考をめぐらせる。
ヴァーリは空気の読めないアホだが、こういった他者の身が掛かっている場合で無謀な対戦はしない。
あのセルの力を目の当たりにしてもなお闘うと言った以上、勝算があっての言葉だろう。
あの半年の修行の間、俺が龍天昇を身につけたように、奴もまた奥の手を手に入れているのかもしれない。
「……わかった。セルの事は頼むぞ」
「ああ、任せろ。お前がべジータという男に勝った以上、俺もあの化け物に勝たなくてはな」
そう口にした後、いきなり覇龍を纏ったヴァーリはセルに向かって飛んでいった。
さて、ヴァーリを信じると決めた以上、俺もやるべき事をやらねえとな。
そう腹を決めて一歩踏み出した瞬間、視界全体がブレるような感覚と共に俺は先程とは違う場所に転移していた。
ガラス張りのボックスのような部屋の中に設置されたリング、その赤コーナー側に俺はいる。
そして、その反対側には───
「カーカカカカカカッ! 待っていたぜ、慎!!」
「グフォフォフォフォッ! 俺達の先約を蹴って他の奴に浮気とはヒデェじゃねーか」
やはりというべきか、はぐれ悪魔コンビが待ち構えていた。
「……今は闘っている暇は無い、なんて言っても無駄なんでしょうね」
「当然だ。俺達はお前の実力を測るのが使命だからな」
「テメエのお仲間がどうなろうと、知ったこっちゃねーのさ」
挑発のつもりだろうか、前回より好戦的な二人に気を配りながら、俺はボックスのガラス面に目を走らせる。
かなり厚そうな代物だが、その気になったら砕けないことはないか?
「一つ忠告しておいてやるが、俺達を放っておいてここから出ようなんて考えない事だ」
「ここは『試しの間』と呼ばれる、将軍様の力で作られた特殊な空間だからな」
クソッ、やっぱり将軍様由来の場所かよ。
そうでなかったら、窓をブチ破って飛び降りるつもりだったのに
内心で舌打ちをしながらも、俺は調息を行って頭に上りかけていた血を下げた。
しかし、状況が思った以上に拙い。
俺とヴァーリ以外で黄龍の相手を出来るのは、美猴とアーサーくらい。
それも、二人掛かりでようやく五分と言ったレベルだ。
だが、今は片割れの美猴はシャドウサーヴァントの狙撃部隊の対応で動けない。
ご先祖ちゃんを初めとしたサーヴァントたちと組めば、何とかなるかもしれん。
しかし、それでも万が一という事は十分にあり得る。
そうならない為に、いち早くこの二人を倒さなければ……!
「カカカカカカッ! ようやくその気になったか」
こちらが構えを取ると、アシュラ先輩たちもコーナーポストに預けていた背中を引き離す。
「テメエの実力、見せてもらうぜ。ゴングを鳴らせぇ!!」
甲高い金属音が響き渡ると同時に、俺達は互いの相手に向かって地を蹴った。
◇
「はぁっ!!」
気合と共に振り下ろされた不可視の刃は、黄龍が構えた青銅の剣に絡め取られる。
如何にブリテンの赤き竜と称された騎士王でも、左手一本では眼前の魔人を制すには力が不足に過ぎた。
精妙な剣捌きで力をあらぬ方向に
次の瞬間、腹部を襲った大砲の直撃を受けたかのような衝撃に、小柄な身体はくの字に折れ曲がりながら吹き飛んだ。
打ち下ろしの面打ちを剣を滑らせるように捌き、腹部に突き蹴りを叩き込む。
コンマ一秒に満たない間にそれだけのことをやってのけた男は、死角から放たれる矢を目を向けることもせずに服の袖で払い落とす。
そして彼が矢が飛んできた方向に剣を縦にして弓を引き絞るような動作をすると、なんと十握の剣は魔力の矢を番えた巨大な弓矢になったのだ。
「ウソだろッ!?」
半ば悲鳴の悪態を突きながら、自身の姿を隠す宝具『
「貫けぃっ!」
彼がその場を離れて刹那の間を置いて放たれた矢は、進路上の巨大な岩を粉砕して虚空へと消えた。
「たくっ、どういう反射神経してんだよ、オタク!!」
姿を見せ、毒突きながらもイチイの木の加護を受けた矢を連射するロビン。
だがしかし、黄龍の放つ蒼光は貌の無い英雄を上回る射撃速度を見せた。
「マジかよ、クソッたれ!?」
自身が放った矢が全て男の物に飲み込まれるのを目の当たりにしたロビンは、降り注ぐ蒼光の雨に驚愕の声を残して宙を舞う。
「このおおおおおおおっ!!」
吹き飛ばされたロビンを援護すべく、ジャージ姿のエリザベートは手にした剣を力任せに振るう。
しかし、龍種のポテンシャルを頼りにしたチャンバラが黄龍に通じるはずは無く、その一撃は剛力によって弾かれた。
先程アルトリアの剣をいなした巧みさとは打って変わった剛の剣。
乾燥した地面を砕くほどの踏み込みで放たれた一刀が、無防備になったエリザベートの頭部へと降り注ぐ。
しかし、竜の娘が左右に両断される寸前、刃鳴と共に青銅の刃は聖剣によって防がれた。
ギリギリのタイミングで身体を滑り込ませたアーサーは、剛力に物を言わせて押し込もうとする刃を凌いで起死回生の胴薙ぎを放つ。
「出でよ、玄武!!」
しかし聖剣の刃が男の身体に食らいつくよりも早く、言霊と共に地面に突き立てられた剣によって吹き上がった水竜巻によって、アーサーとエリザベートは大きく吹き飛ばされてしまう。
「みんな……」
「先輩! 盾の範囲から出ては危険です!」
マシュの構えた盾の後ろで、マスターである立香は荒い息と共に一画にまで令呪が減った右手を握り締める。
礼装を通した魔術は全て使用しており、自身の魔力回路が充填されるまで使う事ができない。
アルトリアを上回るほどの卓越した剣術の腕に、言霊一つで放たれる大魔術。
サーヴァント4人がかりでここまで押し込まれるとは、強さで言えば第五特異点で矛を交えた聖杯によって強化されたクー・フーリンをも上回るかもしれない。
「拙いですね。あの剣術の腕に加えて、あの方は四神の力を十全に使用できるようです」
「セイバーやエリザベートの対魔力が機能していないのは、その四神というモノの力の所為なの?」
「あれは高位の神獣から直接力を借りてるものです。人間が設定した対魔力なんて通用しませんよ」
メディアとダヴィンチ、そして玉藻は、四人のサポートに徹しながら何とか打開策を捻り出そうとしている。
しかし、それもあまり功を奏していない状況だ。
せめてアルトリアの聖剣が使えれば戦況を変える一手になることができるのだが、中盤にエリザベートを庇った際に右腕を半ばまで斬り付けられた為、傷を回復させなければ使用できない。
メディアか玉藻ならば、治癒魔術による治療も可能だろう。
しかし今の状況で前衛の要であるアルトリアが抜ければ、残りの戦力では奴を留める事は出来ない。
最後の令呪を使えば即座の快復も可能なのだが、後に控えた獅子王戦の為に本人からも使用は断られている。
魔術師として知識も腕も未熟な立香にとっては、八方塞がりな状況だ。
しかし彼女は諦めない。
生来の諦めの悪さに加えて、ここまでの特異点で鍛えられた精神的タフネスさが膝を屈するのを良しとしないのだ。
次々と推移する状況を猛禽の如き目で睨みつけながら、人類最後のマスターは自身にも届く一手を探し続ける。
「拙いですね……」
幾度目かの刃を交えながら、アーサーは状況の悪さに歯噛みする。
最初のプレッシャーを感じた時から、『無限の闘争』でも上位クラスの闘士である事は察知していた。
今の自分よりも数段上の腕前を持つ事もだ。
それでも英霊達と連携すれば五分以上に持っていけると思っていたのだが、回復手段が尽きた時にアルトリアの右手が潰されたのが痛すぎる。
彼女が健在ならば聖剣や自身との連携など、取るべき手段はまだまだあったのだが……。
「ぬんッ!」
「ぐぅっ!?」
数メートルもの間合いを一瞬で無にしての打ち込みを辛うじて受け流し、間髪入れずに襲い掛かる飛び上がっての斬り上げを凌ぎながら、アーサーは冷徹に相手の動きを見極めようとする。
序盤に使っていた技巧よりのスタイルとは違い、今は一撃に重きを置いた剛の型だ。
一刀一刀がフルスイングに近い為、連撃の数は減っているし技の終わりの隙も増加している。
そこを突く事ができれば……
自身が手合わせした者の中で最も技巧が優れた侍。
佐々木小次郎が行っていた受け流す防御を真似ながら、アーサーは辛抱強く黄龍の隙を探し続ける。
10手、20手、50手。
時間にすれば1分掛かったかどうかだが、アーサー本人にしてみれば永遠にも感じられた苦難の刻だった。
守勢に回って百手を刻まんとしたその時、漸く待ち望んだ瞬間が訪れたのだ。
下がるのではなく、前に出ながら受け流す。
小次郎戦で辛酸を舐めさせられた防御方法が成功し、アーサーは黄龍の懐へと潜り込む事ができた。
耐えに耐えて掴んだこのチャンス、逃せば勝ちはないだろう。
鋭い呼気と共に、コールブランドの刀身に真名開放の極光が収束される。
これより放つは、未完でありながらも防御も回避も赦さない絶技。
「はああああああああっ!!」
裂帛の気合と共に放たれた一撃、そこに込められた超絶の魔技は物理法則を捻じ曲げ、振り下ろされる剣筋を逆走するもう一つの聖剣の刃を生み出す。
「あれは……アサシンの燕返し!?」
自身が失った選定の剣の波動を感じ取ったアルトリアは、ランスロットのように聖剣の力を収束させた上にかつての強敵の絶技を再現させた青年の技量に舌を巻く。
袈裟斬りと斬り上げ、生み出された二筋の剣閃は相手を噛み千切らんとする竜の顎を思わせた。
だが───
「出でよ、白虎!!」
光の軌跡を残して迫る赤竜の一撃は、それより疾く突き出された黄龍の手によって不発に終わった。
魔人は突き出した掌からの念力でアーサーを地面に叩きつけると、続け様に生み出した不可視の爪牙を彼に叩き込む。
「ぐああああああっ!?」
無数のカマイタチによって切り刻まれ、血煙を上げながら後方に吹き飛ばされるアーサー。
「アーサー!!」
戦線に復帰しようとしていたアルトリアは、咄嗟に彼を受け止めて受けた手傷を確認する。
気を失っているものの、受けた傷には致命に至る物は見られない。
その事にアルトリアは安堵の息を漏らすが、その一瞬が隙となった。
戦場から心が離れたその刹那を、常世の魔人は見逃しはしない。
「出でよ、朱雀!!」
音も無く宙を舞った黄龍の突き出した掌から放たれる紅蓮の炎。
「しまったッ!?」
南方を守護する焔の神鳥の権能は、眼前にあるもの全てを焼き払いながら二人に迫る。
そして炎がアルトリア達を飲み込まんとしたその瞬間、爆音と共に吹き上がった蒼の火柱がそれを阻んだ。
朱の炎を巻き上げながら天を突く蒼き焔、それが納まった後には一つの影が立っていた。
黒のローブを纏った影。
その者を見た者は、その全てがこう呼ぶだろう。
髑髏の剣士、と。
「この世ならざる程の死の気配……何者か?」
「幽谷の淵より、常世の者をあるべき場所に連れに参上した」
常世の魔人の問いに、髑髏の騎士の眼窩に紅い光が光る。
「───山の翁、ハサン・サッバーハである」
ここまで読んで下さってありがとうございます。
閑話もクライマックスですが、敵側のテコ入れをしたら話数が伸びたでござる。
これは予想外。
まあ、ヴァーリの成長フラグは立てなくてはならなかったので、ここで回収するのも可だと思います。
取り敢えず、この三戦が終われば師子王ですので、閑話は後2・3話程度になる予定。
本編も並行して書いていますので、もしかしたら並行して投稿するかもしれません。
よろしければ、お付き合いいただけると幸いです。
では、今回の用語集です。
〉ジャンクマン(出典 キン肉マン)
悪魔超人軍の精鋭部隊「悪魔六騎士」の一人。
黄金のマスク編より登場。
両腕が二つのトゲのついた巨大な盾のようになっており、それを利用して敵を押し潰す「ジャンククラッシュ」を得意とする。
地獄めぐりNo.3・血の海地獄 の番人で、彼の攻撃を食らった超人は全身の血液が全て抜き取られてしまう。
悪魔将軍のボディとなった際は残虐性を担当。
黄金のマスク編では、ウォーズマンの体内に設置された五重のリングにてロビンマスクと対戦。
得意のジャンククラッシュを初めとした残虐ファイトでロビンを脅かすが、「逆タワーブリッジ」により敗北してしまう。
その後の完璧・無量大数軍編では、六騎士の先鋒として立ち塞がった完璧超人始祖・伍式ペインマンと対戦。
師にして主君である悪魔将軍の同僚であったペインマンを相手に、ボロボロになりながらも勝利をもぎ取る大番狂わせを起こした。
〉黄龍(出典 幕末浪漫 月華の剣士)
SNKの対戦格闘ゲーム『幕末浪漫 月華の剣士』の第二幕のラスボス。
現世と幽世を繋ぐ地獄門を常世側から守護する者で、代々の青龍の守護者が死後に黄龍となるとされている。
その正体は、主人公楓の師父であり、先代青龍の守護者慨世。
前作で非業の死を遂げた彼は定めに従って死後に黄龍の任に付いたのだが、『第二幕』では地獄門の封印が不完全になったことで常世の力が肥大化。
守護者たる黄龍自身も強すぎる常世の思念に意志を支配されてしまった。
正気を失った彼は、己の意志とは裏腹に地獄門を完全に封じるための「封印の儀」を阻止するべく、プレイヤーの前に立ちはだかる。
〉玄武 憂キ世ノ穢レ浄化ス水柱(出典 幕末浪漫 月華の剣士)
『幕末浪漫 月華の剣士』の第二幕のラスボス、黄龍の超奥義の一つ。
弧を描いて水を纏った剣を振り下ろし、ヒットした相手を水の竜巻で吹き飛ばす技。
前方に長い攻撃判定を持つが、技のモーションが大きく発生が遅いために連続技に組み込む方法は限られる。
見た目に反して打点が低く対空にならず、隙も大きいので空振りすると反撃確定。
ガードされても反撃を受けやすい。
〉白虎 空ヲ裂ス猛虎ノ狂爪(出典 幕末浪漫 月華の剣士)
『幕末浪漫 月華の剣士』の第二幕のラスボス、黄龍の超奥義の一つ。
掴んだ相手を地面に叩き付け、巨大な真空波を生み出し連続で斬り裂くコマンド投げ。
出掛かりがスーパーアーマー状態なのでダメージを受けても技に移行するが、空中の相手は掴めない。
単発で出すと避けられる可能性があるため、突進技である「天津罪清メル大祓」からスーパーキャンセルするのが基本となる。
作中でアーサーの必殺技を潰したのを格ゲー的に言えば、『相手の隙を突いて超必を叩き込もうとしたら、ラスボスの超必投げを食らっていた』というポルナレフ状態になりそうな現象である。
まあ、KOF96のゲーニッツを代表とするSNKの鬼畜AIボスでは珍しくない。
〉朱雀 高尚タル灼熱ノ火炎(出典 幕末浪漫 月華の剣士)
『幕末浪漫 月華の剣士』の第二幕のラスボス、黄龍の超奥義の一つ。
空中から腕を振り下ろし、炎を浴びせる。
判定が中段であり、しゃがみガードができないのが特徴。
単発で出して奇襲をかけるか、もしくは天津罪清メル大祓の3段目を昇華して出すのが主な使い道。
ただし攻撃判定が斜め下に伸びるため、相手が高く浮いていると安定してつながらない。
高い位置で発動すると、着地するまでに同じ技をもう一度発動することが可能。
今回はここまでにしたいと思います。
では、また次回でお会いしましょう。