MUGENと共に   作:アキ山

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 皆様、お待たせしました。

 閑話の続きの完成です。

 当初の予定では、DIEジェストにするつもりだったのですが、感想欄で楽しみにしていらっしゃる方が多かったので、普通に投稿することにしました。

 本編は少し滞りますがお付き合いの程、よろしくお願いします。

 FGO

 ネロ祭のエキシビジョンに心が折られまくる日々。
 ダヴィンチちゃんと愉快な仲間に嬲られ、山の翁に首を切られ、そして赤王には昨年と同じく辛酸を舐めさせられる…………!!

 チクショー! もう呼符なんていらないやい!!

 …………嘘つきました、めっちゃ欲しいです。
  


閑話『獅子王・地獄変(1)』

 皆さん、こんにちは。

 現在、空の旅人になっている姫島慎です。

 この獅子王ワールドが思った以上に広いうえ、歩いていると先ほどのボロが襲ってくるので空中散歩と相成ったわけだが、これはこれで思った以上に快適である。

 …………視界の隅をチラチラと飛ぶUFOが無ければ、最高だったんだけどなぁ。

 美猴(びこう)は筋斗雲、ヴァーリは『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』、俺は舞空術で空を駆けている。

 飛べないメンツはアーサーが筋斗雲に相乗りし、玉藻は俺が背負っている。

 しかし、背中に玉藻がベッタリ引っ付いてるのに何も感じないだが、男としてこれはどうなのか。

 もちろん、玉藻に魅力が無いわけじゃない。

 顔も美人だしスタイルだって女性的だ。

 街を歩いていたら、ナンパとかスカウトとか山ほど来ると思う。

 それでも、ドキドキするとか顔に血が昇るとかって事にはならんのよ。

 ……改めて考えてみると、俺の恋愛観ってどうなっているんだ?

 ガラじゃないけど、自己分析してみるか。

 学校の変態三人組のように、『チチッ! シリッ! フトモモッ!!』なんて感じにガッつくのは無理だ。

 かと言って、アベックみたいにイチャイチャしたいとも思わん。

 俗に言う新婚さん的な甘い生活も食指が動かない。

 いやはや、随分と歪んだもんだ。

 女自体に興味が無いわけじゃないから、不能って事は無いと思う

 なら、俺が望んでるモノってなんだ?

 ……

 ………

 …………

 ……………そうだ、あれだ。

 縁側や居間で茶を飲みながらゆっくりしたり、ゆっくり温泉なんかを旅行したり、一緒にいてホッとできたらいいんだわ。

 …………え~と、我が事ながら何ともアレな好みだな、おい。

 なんか定年間近のおっさんみたいだぞ。

 ……いや、別におかしい事じゃないかも知れない。

 前は二十歳過ぎで終わったから、今の年齢プラスしたらアラフォー寸前だし。

 今生だってガキの頃から姉妹背負ってたから、異性なんて言ってる余裕無かったしなぁ。

 草食系ならぬ干し草系男子になったっておかしくないのか?

 しかし、干し草系か。

 これって玉藻的にはどうなんだ?

 こっちに来てからずっと好意を向けてくれてるけど、しっかりとした返事はしていない。

 厄介事が起こりまくってそれどころじゃなかったからなんだけど、2か月以上放置ってのはさすがに誠意に欠けるだろう。

 肝心のどう思っているのかってトコだけど、好意は持ってるのは間違いない。

 一緒にいても疲れないし、アピール過多に見えるけど一線は超えようとしないし、ある程度以上になると絶対にこっちの同意を求めてくる。

 何気に無茶苦茶頭もいいしな。

 自分の立場のややこしさを考慮に入れても、結婚相手としては一番だと思う。

 ん、打算で結婚していいのかって?

 別に打算だけってわけじゃないぞ、色々加味して嫁になってもらえたらって思ってるし。

 これから一生を共にするんだから、ある程度の計算だって必要だろ。

 それに恋愛からの結婚って大変なんだぞ。

 実際に暮らしてみたら、お互いのアラが見えて幻滅するとか。

 それを思えば、もう一緒に住んでるからある程度のアラは見えてるだろうしな。

 本気で嫁に来てもらうとなったら、お互い対応も変わるだろうし。

 まあ、問題は俺がこう思っていても、むこうはどうなのかってところなんだが。

 なんせこんな性分だから、乙女が望むような事はとんとしてこなかったからなぁ。

『玉藻さんや、今いいか?』

 玉藻と繋がっているパスを通して言葉を念じてみると、背中越しにピクリと玉藻が反応するのが解った。

 意図的に使うのは初めてだったが、念話はちゃんと機能しているらしい。 

『どうしました、ご主人様? 念話をつかうなんて珍しい』

『結構な速度で飛んでるからな。それに、周りに聞かれたくないし』

『周りに聞かれたくないこと……! それってもしかして告白ですか!? 愛の囁きだったりいたしますかっ!!』

『まあ、それに近いかな』

 此方の答えに、きつく抱き着いていたはずの腕から力が抜ける。  

『えっと……本気ですか?』

『こんな時に言うなんて風情もムードも無いとは思う。けど、今の内に答えとかないと二度と言えなくなるかもしれないからな』 

『ご主人様……』

『こっちの神ならグレートレッドが相手でも負ける気はしないが、今回の相手は『無限の闘争』の脱走者だ。奴等だと絶対はないし、現実で負けたらそれでアウトだからな』

『……』

『玉藻が最初からこっちに好意を向けてくれてるのは分かってる。こっちの都合で答えを先延ばしにしといて勝手だとは思うけど、それにはちゃんと答えたいと思うんだ』

『はい』

 帰って来た返事にいつもの陽気さは無く、代わりに真摯な思いを感じた。

 こんな勝手な男に、まったくもってありがたい事である。

『あー、なんつったら良いんだろうな。巧い言い方は思いつかないんだが、玉藻には好意を持ってる。ぶっちゃけると、そっちが良ければ嫁に来てほしい』

 脳をフル回転させて絞り出したのだが、ごらんの有様である。

 だがしかし、こんな言葉でも玉藻が息を飲むのが分かった。

『え……でも、ご主人様はそういう素振り全く見せなかったのに……』

 ですよねー。

『その辺はすまん。いろいろスレちまっててな、同年代に比べて物凄く枯れてるんだよ。だから、『好きだッ!』って叫んだり、抱き合ったりっていう直接的にな愛情表現は思いつかんかった』

『は、はぁ……』

 なんか呆れられたような気がするが、これが俺なのだから仕方が無い。

『だからさ、もし一緒になっても縁側でゆっくり茶を啜ったり、温泉街とか旅行するなんてスローライフになると思う。もちろん愛情表現は頑張るし、子供が出来たら家族サービスもしっかりするけど』

 うん、我ながらこれはヒドい。

 枯草系の俺でもわかる。

 もし恋愛に赤ペン先生がいたら、答案用紙が真っ赤になるほどの修正の嵐だろう。

 しかも、なんか途中からプロポーズになってるし。

 いやまあ、これからの事を考えたら早めに身を固めるのが正解な気がするからいいけど。

 この戦争が終わったら、なんか変な政略結婚とか飛んできそうで怖いし。

『えっと……。これってプロポーズと受け取っていいのでしょうか?』

『法律やら家の事情やらで、籍を入れるのは大学出てからになるだろうから、正確には婚約かな』

『よろしいのですか? 私、自分で言うのもなんですけど、もの凄く嫉妬深いですよ? 浮気は許せませんし、ハーレムとか一夫多妻制とか、二次小説にありがちなウフフ展開なんてもっての外です』

『いや、俺そんなモテないから。浮気する甲斐性なんて無いし、ハーレムとか論外。嫁貰って子供出来たら、それでキャパはいっぱいいっぱいです』

 だいたい、今まで俺に女の影とかありましたか?

 あったのはヴァイオレンスと策謀と、超人レスリングだけですやん。

『そうでした。どれほど力を持とうと、ご主人様は小市民ですものね』

 後ろから鈴を転がすような笑い声が聞こえる。

 少しは場の空気が解れたかね。

『そういう事。俺に似合うのは四畳半で慎ましく暮らす幸せだよ。だからさ、そいつに付き合ってくれるか?』

『喜んで。不束者ですが、末永くよろしくお願いします』

『ありがとう。この戦争が終わったら、家族にも言って正式に場を整えるから。それまでちょっと待っててくれ』

『ご主人様、それって死亡フラグです』

 ……台無しです、玉藻さん。

『まあ、もし亡くなったとしても、お母様(ナミ)と一緒に黄泉路から呼び戻しますけど』

『大丈夫。その前にギルからパチッた『リザレクション』がある』

 そうそう死ぬわけにはいかないので、この辺に抜かりはないのだ。

「おーい、お前等!」

 玉藻との会話が一段落すると、美猴から声がかかった。

 ニアミスしないように距離を取ってるから、叫ばないとお互いの声が聞こえないのは不便だ。

「どうしたぁ!」

「なんかなぁ! 下でジジイの名前を呼ぶ悲鳴が聞こえたんだけどよぉ!」

「ジジイって、斉天大聖(せいてんたいせい)様かよ!?」

「そうだぜぃ!!」

「妙ですね。悲鳴を上げるにしても、あの方の名前なんて呼ばないでしょう」

 ふむ……たしかに。

 けど、異世界には英霊召喚なんてものもあるし、あり得ないとも言い切れないんだよなぁ。

「もしかしたら、縁者(えんじゃ)か何かがいるのかもしれんな!」

「ジジイの縁者ぁ!? いったい誰なんでぃ!」

「わからん! けど、様子くらいは見に行った方がいいんじゃねえか!?」

 俺の言葉に美猴は少し考えるそぶりを見せた後、筋斗雲の舵を大きく右に切る。

「悪いねぇ、お前等! ちょっと寄り道してくぜぃ!!」

 もちろんこちらも異論はない。

 筋斗雲の描く雲の軌跡に沿って飛ぶこと数分、荒れ地から砂漠地帯に差し掛かったところで、地上で誰かが戦闘を行っているのが見えた。

 襲われているのは、錫杖を手にした僧衣に似た露出の高い服を着た黒髪の女に、弓を片手に片袖をもろ脱ぎにした緑の髪の鎧武者。

 どうも二人は負傷者を(かば)っているらしく、その場から動こうとしない。

 感じる気配がディルムッドやリリィ嬢と同じなところを見ると、この二人も英霊という奴なのだろう。

 という事は、ここでも聖杯戦争って奴が行われてるのかもしれない。

 対する襲撃者の方はって、オイオイ……。

「なんでビホ……じゃなかった。鈴木土下座ェ門(すずきどげざえもん)とレイザークロウがいんだよ」

 そう、二人の周りで円を描きながら襲い掛かろうとしているのは、『無限の闘争(MUGEN)』に登録されている怪物だったのだ。

 あらゆる魔法を視線で封じる鈴木土下座ェ門に、アーケードゲーム『エイリアンVSプレデター』の二面のボスにして、初心者殺しの異名を持つ変異体エイリアン、レイザークロウ。

 なんで目玉野郎の名前が変わってるのかって?

 知っておくといい、世の中には『版権』というものがあるのだよ。

 『MUGEN』やってて今更とかは、言わないお約束だ。

「慎、あれは『無限の闘争』の敵だな」

 ヴァーリの問いかけに肯定の意を示す。

 周りを見れば十数匹のエイリアン・ウォーリアーの死骸も確認できた。

 というか、ほとんど矢が刺さって死んでるし。

 弓矢でエイリアン倒すとか、あの武者すげえな。

「ああ。両方とも凶悪な生物だから、現地の人間の手には余るだろうな」

「ならば、彼らに手を貸す事にしましょう!」

「あ、バカッ!?」

 言うが早いか、制止する間もなくアーサーは筋斗雲から飛び降りてしまった。   

 抜き放ったコールブランドを大上段に構えて落下するアーサー。

 奴が狙うのは、異常発達した剃刀の様な爪を構えて突進するレイザークロウだ。

 アーサーの行動のお陰で、僧衣の女を斬り刻もうとしていた爪はその寸前で肘から断ち切られた。

「きゃああああっ!?」

「ぐああああああっ!?」

三蔵(さんぞう)!!」

 しかし、レイザークロウの傷口から溢れ出した血を浴びた二人は、血が付着した個所から白煙を上げながら崩れ落ちてしまう。

 アーサーの奴、やっぱり奴等の血が強酸だって事を知らなかったか。

「俺は二人の治療に行くから美猴は目玉の相手を、ヴァーリと玉藻は爪ヤロウを炎で焼き払ってくれ」

「任せろ!」

「承知いたしました!」

「了解だぜぃ!」

 玉藻を背負ったままパワーダイブで急降下した俺は、地上に着くと同時に玉藻を降ろすと二人の元に駆け寄った。

「お主らはいったい……」

「悪いけど話は後だ! 俺の連れが奴等を押さえてる内に二人を治療する!!」

「お……おう!」

 戸惑う鎧武者はこちらの一声で戦線に戻ってくれた。 

 傷口を押さえて(うめ)く二人の手を退けて具合を診ると、女性は二の腕と胸元、至近距離にいたアーサーは左頬と右腕に浴びていた。

 着衣のある場所は表皮が溶ける程度で済んでいるが、素肌に直で浴びた個所は肉にまで達している。

六根清浄(ろっこんしょうじょう)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!!」

 素早く(しゅ)を唱えて傷口を清め、『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』で治療を行う。

 『生命力』を修めた事で強化された治癒の力は、今までの倍近い効果を発揮して急速に二人の傷を治療していく。

「炎天よ、疾れ!!」

「吹き飛べ、ヴォルカニックヴァイパー!!」

 ヴァーリと玉藻の声と共に爆音が木霊し、ここまで熱が伝わってくる。

 というかヴァーリの奴、一撃必殺の他にもソルの技を覚えたのかよ。

「二人共、具合はどうだ?」

 皮膚まで再生したのを確認して、俺はアーサー達に声を掛ける。

「ありがとう。ちょっとかゆみは残ってるけど、痛みは無くなったわ」

 立ち上がって傷が癒えた腕をグルグルと振り回す女性とは裏腹に、アーサーは暗い顔で(うつむ)いたままだ。

「面目ない、不覚を取りました」

 小さくこちらに謝罪するアーサーに、俺は頭を振る。

「謝るのはこっちだ。奴等と闘った事のある俺達が、先に情報を伝えるべきだった」

 生物の血液が鉄をも溶かす強酸だなんて思わんだろ、普通。

 まあ、神話時代の怪物や幻獣にはそんな奴等もいたらしいけど。

「バンディットリボルバーッ!!」

 ヴァーリの気合で戦場に視線を戻すと、空中に吹き飛ばされたレイザークロウの頭部を、脚部限定展開された白龍皇の鎧が打ち砕いていた。

 ラディカル・グッドスピードで踵落としとか、まさに鬼の所業だな。

 しかも邪王炎殺拳の応用で全身に高熱を(まと)って、飛んでくる返り血を防いでるし。

 いやはや、レイザークロウ程度ではもう相手にならんか。    

 まあ、前に俺とエイリアンの巣を潰してるから順当と言えば順当なんだけど。

 さて、一方の美猴はというと鎧武者の矢の支援を受けて土下座ェ門に肉薄。

 如意棒の中心を掴んで激しく回転させる『旋風棍』で相手を打ち上げると、『そんじゃトドメといくぜぃ!』という掛け声と共に如意棒がしなるほど強く地面に突き立て、思い切り振り上げる。

 斉天大聖様譲りの膂力(りょりょく)で擦り付けられた如意棒の端からは、氣と燐そして摩擦熱によって巨大な火柱が生じ、打ち上げの一撃で両断された土下座ェ門を消し炭に変えた。

 あれってビリー・カーンの超必殺技『殺棍(さっこん)大焦熱(だいしょうねつ)』だよな。

 あいつ、三節棍に変形させる必要のない技を選んで修得してるのか。

「こっちは片付いたぞ、慎」

「アーサーの様子はどうだぃ?」

「治療は済んだ。もう傷跡も「悟空! やっぱり悟空なのね!!」」

 戻って来た三人に怪我人の容態を伝えようとすると、それを遮って僧衣の女が美猴に走り寄る。

「ちょっ!? 誰だぃあんた!?」

「え~! お師匠様の事、忘れちゃったの!? なによそれ、仏罰モノよ!!」

 いきなり飛びつかれてドン引きの美猴と、その言動にプリプリと怒る女性。

 待てよ、彼女は今なんて言った?

 美猴を悟空と呼び、自身をその師匠と称する。

 そういえば、さっきの鎧武者は彼女を『三蔵』と呼んでいた。

 ……マジで?

 本当にこの軽そうな女性が、かの高僧なの? 

「あの……貴女はもしかして玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)法師様でしょうか?」

「そうよ。名乗ってないのに分かるなんて、あたしの徳の高さにじみ出ちゃったかしら……」

 ……マジでした。

 ちなみに同じ神官職として言わせてもらいますが、徳なんて全く感じません。 

 むしろその恰好と性格で仏僧だって分からせるのは、かなり無理があると思います。

「この姉ちゃんがジジイの師匠!? 嘘だろ! 聞いてた話と全然違うじゃねーか!!」

 いつもの間延びした口調も忘れて驚嘆の声を上げる美猴。

 目の前の女性が三蔵法師だと言われれば、そりゃあ驚くわ。

「三蔵? 誰だ?」

「あとで教えてあげますから、あなたは黙っていてください」

 相変わらず闘争にしか興味が無いのか、首を傾げるヴァーリをアーサーが宥めている。

 三蔵法師を知らんとか、かなりヤバいんじゃなかろうか。

 ……やっぱり学校に行かすか。 

「ジジイって、貴方悟空じゃないの?」

「オレッチは美猴。斉天大聖・孫悟空はオレッチの爺さんだよ。だいたい、猿丸出しのジジイとハンサムなオレッチを間違えるとなんて、失礼にも程があるぜぃ」

 いや、斉天大聖様の方が渋い。

 一度お会いしたけど、あの男の渋さを保ったまま年を取った雰囲気と達人のオーラは若造のお前には絶対に真似できん。

「へぇー、悟空のお孫さんなんだぁ。だったら、貴方も私の弟子よね!」

「へぇあ!? なんでそうなるんでぃ!!」

「なんでって、私は貴方の御爺様のお師匠様。御爺様より偉いんだから、従うのは当然でしょ?」

「ふざけんなぁ!? ジジイはジジイ、オレッチはオレッチでぃ! 身内の宿縁に巻き込まれてたまるかぃ!!」

「ぎゃーてぇっ!! 悟空の孫なら私の弟子も同然でしょ! あと、御爺様の事をジジイなんて言っちゃダメ!!」

「むこうは何やら不毛な会話をしておるのぉ。それよりも、お主は腕の立つ陰陽師と見た。悪いがこの二人を見てやってくれんか?」

 言い合いを始めたサルと三蔵法師にゲンナリしていると、先程の鎧武者が声を掛けて来た。

 視線を移せば、両脇にぐったりとした少年と少女を抱えている。

 どういう症状かは分からんが、こんな砂漠では満足な対処は出来ないだろう。

「分かりました。ここではなんですから、場所を変えましょう」

 そう言った俺は、『無限の闘争』の個人倉庫から以前のツアーでも使用したロッジ型のカプセルハウスを取り出す。

 スイッチを押して家を展開すると、鎧武者は大層驚いていた。

「これはたまげた。お主、陰陽道だけではなく妖術も使うのか?」

「これはこういう機能が付いた家なんですよ。それよりも二人を中に」

「うむ」

 外にいるメンツに一声かけて家に入った俺は、来客用の寝室に二人を寝かせるように指示を出す。

 怪我人の一人は俺と同年代の燈色の髪をした少年。

 前髪の一部が白髪になってたり、皮膚がところどころ褐色になってるのは気になるが、それは後回しだ。

 身体中に大小様々な外傷はあるが、出血も止まってるし傷も半ば塞がってるからこれが原因じゃない。

 他に異常があるとしたら、体温が高く皮膚が赤くなっている事か。

 それに反して汗がほとんど出ていないところを見ると、熱中症と思って間違いないだろう。

 砂漠で行き倒れていたんだから、おかしい話じゃないよな。

 もう一人の患者である9歳くらいの黒髪の少女も、少年と同じ症状だった。

 氣の巡りや顔色からして、女の子の方は少年より症状はかなり軽いようだ。

 ここには点滴や専門の道具は無いので、対処療法として冷房を効かせて服を緩めて楽な姿勢にする(当然、女の子は玉藻にやってもらった)。

 そして頭と両脇に氷枕を挟んで身体を冷やし、唇の周りを湿らせるようにゆっくりとスポーツドリンクを与える。

 出来ればもっとしっかり水分補給したいのだが、意識が無い状態では気道に入ってしまう恐れがある。

 唇に少し垂らせば無意識に舐めとっているので、このまま気長に与えるしかないだろう。

「いろいろとすまんな。助けはしたものの、我等だけでは手の打ちようが無くて途方に暮れておったのだ」

「気にしないでください。怪我人を見捨てるのはこちらも気が退けますので。あ、申し遅れました。俺は姫島慎と言います」

「おお! 名乗りがまだであったか。俺は俵籐太(たわらとうた)、この地に呼び出されたしがない武芸者よ」

 豪快ながら人好きのする笑みを浮かべる俵氏に、俺は内心で驚いていた。

 俵籐太。

 平安時代の人物で、三上山の大百足や百々目鬼(どどめき)を退治したという逸話を持つ武将だ。

 彼は後に『藤原秀郷(ふじわら の ひでさと)』と名を変え、新皇『平将門』を討ったと伝えられている。

「ところで、お主らはこの地の者ではあるまい。何故ここに来たのだ?」

「それは───」

 答えを返そうとした時、小さくうめき声をあげて少年が目を覚ました。

「こ……こは……?」

 小さな呟きと共にぼぅっと天井を見つめる少年。

 これで意識や記憶に問題が無ければ、大事に至ることは無いはずだ。

「ここは俺の別荘みたいなものだ。それより、自分の名前はわかるかい?」

 声を掛けてやると、少年は虚ろな雰囲気が抜けない琥珀色の視線を此方に向ける。

 何処かで見た顔立ちだと思ったら、どことなく冬木で出会った藤丸立香嬢に似ているのだ。

「俺は……衛宮(えみや)()……(ろう)。……美遊(みゆ)は…? 妹…は……?」

「妹御とは、一緒にいた9歳くらいの黒髪の女子か?」

 問いに問い返した俵さんに、衛宮君は小さく頷く。

「それならお主の隣で寝ておる。砂漠の熱にやられたようだが、この御仁が良く処置をしてくれた。お主が目覚めたのなら、あの娘も大事あるまい」

「あんた…は……?」

「この人は俵籐太さん。砂漠で行き倒れたあんた達を助けたのは彼だ」

 こちらの言葉に体を起こそうとする衛宮君を、俵さんは苦笑いで押し止める。

「よせよせ。お主は先ほどまで茹でダコ同然だったのだ。妹御の為にも今は体を休めるがいい」

「ありが……とう」

「うむ」

 俵さんが満足げに頷くと、今度は美遊嬢が瞼を開けた。

「美遊……」

「お…兄……ちゃん」

 衛宮君の呼びかけに美遊嬢はか細いがしっかりと返事を返した。

 これならば問題はあるまい。

「これで一安心だな」

「ええ」

 呵々(かか)と笑う俵さんに返事を返した俺は二人の枕元から腰を上げる。  

「衛宮君。脱水症状寸前だったあんた達に必要なのは、身体を冷やす事と水分を取る事だ。ここにスポーツドリンクと水を用意してあるから、身体が満足するまで飲んでくれ。それで、飲んだ後はぐっすり眠る事。妹さんも同様だから、体調が戻るまでしっかりと休むようにな」

 二人が頷くのを確認して、俺は俵さんと共に部屋を後にした。

 

   

◇ 

 

 

 あれからお互い何の話もせずに一日が経過した。

 何故かというと衛宮君達の治療を終えた時にはすでに、三蔵ちゃん(もうこう呼んでくれる)がベッドの一つを占領して夢の世界に旅立っていたからだ。

 何度起こそうとしても無しの(つぶて)な三蔵ちゃんに白旗を上げた俺達は、仕方が無いので全員休むことにしたのだ。

 その際、食材を俵さんが用意してくれたのには助かった。

 担いでいた俵から米はもちろん、魚や野菜がドサドサ出てくるのは圧巻の一言である。

 さて、時計は昼前の11時を指している。

 俺達と三蔵ちゃん一行、体調が回復した衛宮兄妹はリビングに集まってお互いの事を話していた。

 俺達が異世界から武者修行に来た武芸者である事。

 三蔵ちゃんと俵さんがここで行われている聖杯戦争に呼ばれた、はぐれサーヴァントである事。

 そして衛宮兄妹が俺達が訪れたのとは違う、平行世界の冬木で行われた聖杯戦争の勝者であり、願望機である美遊嬢に平穏を与える為に聖杯の力で世界を超えた事。

 三者三様の事情を聞いて、俺は思わずため息をついた。

「また聖杯戦争か。あの冬木で妙な縁でもできたのかねぇ」

「お前が蹴り殺した悪魔が言っていたな。奴等の王によって人理は燃え尽き、人類は滅亡したと。もしかしたら、奴を殺った事でその王とやらに目を付けられたのかもな」

「たしかレフ・ライノール・フラウロスだったか。奴の言うフラウロスが72柱のそれなら、王ってのはソロモンって事になるか」

「だとすれば猶更(なおさら)だ。お前はそいつに祝福を与えた神を殺そうとしているのだからな」

 ヴァーリの指摘に俺は思わず唸ってしまう。

 なるほど、そういう考え方もあるか。

 奴もなかなか味な事を考えやがる。

「面白い奴だな、気に入った。殺すのは最後にしてやる」

「ちょっと待った! 姫島達も聖杯戦争に関わった事があるのか!? それにソロモンとか悪魔とか、神を殺すとかってどういう事なんだ!」

 絶賛混乱中の衛宮君にこちらの事情を掻い摘んで説明してやると、なんか顔色が青くなったり赤くなったり、真っ白になったりと大変なことになった。 

「ちょっと待ちなさい!」

 押し黙ってしまった衛宮君に代わって、声を上げたのは予想通りの三蔵ちゃんだ。

「神様を殺めるなんてそんな罰当たりな事、許されると思っているの!?」 

「少なくとも三蔵ちゃんの信じる御仏には許してもらえるだろうな。大日如来様も今回の戦に参戦するって聞いたし」

「ウソッ!?」

「ホント。俺等の世界では、それだけ聖書の神は嫌われてるんだよ。ウチの知り合いは聖書の勢力の関係者が多いから、元凶を潰さんと風当たりが強くてまともに生活も出来ないのさ」

「それはまた難儀なことよな。だが、お主ら神殺しが為せるのか?」

「その為の武者修行だ。俺も魔王ルシファーの首を獲らねばならんのでな、ソロモン王とやらが出張ってくるのなら好都合だ」

「龍氣が漏れてるぜぃ。小さなお嬢もいるんだから、自重しな」

 無駄にテンションを上げるヴァーリの頭を美猴が如意棒でこずく。

 覇龍を極めてからはちょっとした事で禁手化するようになったからな、この馬鹿は。

「神様にルシファーとか、もうスケールが違いすぎるな」

「聖杯や私の事がとっても小さく見える」

 苦笑いを浮かべる衛宮君に、表情はあんまり変わっていないが驚いているのだろう美遊嬢。

「まあ、彼等は特別ですよ。なんせ私達の世界で一・二を争う実力者ですからね。私達、普通の人間には及びもしない世界に生きてます」

「「ダウト」」

 さり気なくアーサーが俺達をダシにして普通アピールをしているが、そうはさせん。

「ほざけ、アーサー! 騎士王の子孫が何を寝ぼけた事を!」

「アルティメットシスコンなうえに、平行世界に干渉して二刀同時斬撃なんてできる奴が普通なワケねーだろ!」

「失敬な! ロキやポセイドンをボコボコにしたり超音速で動き回る貴方達に比べたら、私は十分普通ですよ!!」

「アホな事で言い合ってんじゃねーよぉ。それでこれからどうするんでぃ?」

 む、情報交換だけで先の方針が全く決まってなかったか。

「聖都とやらに攻め込むんだろう? 俺はチマチマと虫退治するなんて御免だぞ」

 ヴァーリに言われてエイリアンの事を思い出した。

 あれってこっちで自然発生した者なのか?

 レイザークロウがいたところを見るに、俺等に関係しているような気がして仕方ない。

 何故なら、昨日のレイザークロウは映画原作には登場しないゲームオリジナルの変異体だからだ。

 まあ、『原生生物の遺伝情報を元にしてここで発生した』なんて可能性もあるかもだが、あそこまでゲームに忠実な姿をとられてはそれは無いと考えるべきだろう。

「そういや、その事もあったな。俵さん、昨日襲ってきた化け物について何か知らないか?」

「うん? あの目玉の方か?」

「いや、もう一方の黒とか紫の方」

 むむっ……と、顎に手を当てて思案する俵さん。

 これはあまり期待できそうにないかねぇ……。

「俺達も彼奴等についてはあまり知らんのだ。わかっておるのは数か月前からこの辺に出没するようになった事と、人を襲っては殺める、もしくは攫って行くことくらいか」

 数か月前、か。

 奴等がどれだけ繁殖しているか、考えたくないな。

「そういえば聖都の警備をしていた人たちは、奴等の事を『ピクト人』って呼んでたわよ」

 続く三蔵ちゃんの証言に、思わず眉根が寄る。

 ピクト人って、あれが人に見えるってどういう認識してんだよ。

 どう見たって化け物だろうが。

 あ、聖都っていうのは俺達が獅子王城だって思ってた白い城塞都市ね。

「なあ、一つ確認したいんだけど」

 続いて手を上げたのは衛宮君だ。

 美遊嬢が妙に怯えてるし衛宮君も顔が引きつってるんだが、どうかしたのだろうか?

「あの黒いのって映画とかに出た『エイリアン』だよな?」

 あ、『向こう』にも有ったのね、エイリアン。

 ホラー映画のモンスターが実在してるんだから、そらビビるわ。

「まず間違いない。特徴も完全に一致しているしな。問題は奴等がどうやってこの地に発生したのか、そして奴等の巣穴がどこにあるのか、だ」

「巣穴って、人間なら集落とか村じゃないの?」

 ピクト人説を鵜呑みしているか、三蔵ちゃんが不思議そうに首を(かし)げる。

 なんつうか、思った以上に純真だな、この人。

「あれは人間じゃなくて宇宙から来た生命体だよ」

「お主、あの化生(けしょう)が何か知っておるのか?」

「ああ。奴等は最凶最悪と言われる宇宙生物だ。その特徴は蟻や蜂のような社会的昆虫と同じく、女王を中心とした巣を形成すること。強靭な外骨格に強酸の血液、そして高い運動能力と槍のように先端が尖った尾を武器にする事。そして人間を初めとして生物に寄生して短期間に繁殖することだ。衛宮君もエイリアンの映画見たことあるんだろ?」

「ああ」

「だったら、奴等のヤバさはわかるよな。ここにどれだけの人間が住んでるかは分からないけど、ヘタをしたら『エイリアン2』の植民惑星みたいな末路を辿る可能性もある」

「……くそっ! なんでこうなっちまうんだよ! 美遊に普通の生活をさせたくてあの世界を捨てたってのに……ッ!?」

「お兄ちゃん」

 テーブルに拳を打ち付けて悔しがる衛宮君と、心配そうに彼に寄りそう美遊嬢。

 うむむ……、罪悪感がパネエ。

「慎、何故そこまで虫を気にしてるのですか?」

「奴等の発生に俺達も無関係じゃなさそうなんでな、放っておくとケツの座りが悪いんだわ」

「なんだ、また虫退治か」

 物凄く詰まらなそうにつぶやくヴァーリ。

 お前はもう少し空気を読め。

「とりあえずは、な。腕試しをするにも、虫共にウロチョロされたら鬱陶(うっとう)しいだろ」

「なら早く巣穴を見つけろ。俺が黒龍波で灰にしてやるから」

「はいはい。ヴァーリは向こうで飯でも食ってようぜぇ」

 場が変な空気になったのを察した美猴によって、リビングから連行されるヴァーリ。

 うむ、やはりあいつの保護者はサルに任せるに限るな。

 昼食を用意してくれてる玉藻の邪魔をしなければいいけど。

「お主、あの化け物共を(たお)した事があるのか?」

「ええ、過去に一度。今回も巣穴を見つければ処理するつもりですが」

 愛想笑いでお茶を濁していると、きゅうぅっと小さく腹の虫が鳴った。

 発生源である美遊嬢は、真っ赤な顔をしてお腹を押さえている。

 そう言えば、昨日は熱中症でダウンしていたからまともな食事をしてなかったな。

「ふむ。そこな娘の腹の虫が音を上げたのならば、小難しい話は中断するしかあるまい。飯にするか!」

 豪快に笑いながら、席を立つ俵さん。

 これ以上は有益な情報も出そうにないし、ここらで切り上げるのも手だろう。

 俺が席を立った頃には三蔵ちゃんはおろか、衛宮兄妹もキッチンへと向かった後だった。

 ……みなさん、冷たいねぇ。    

 

   

◇ 

 

 

 夜である。

 衛宮君が玉藻に匹敵する腕前を披露した夕食も終わり、俺とヴァーリは屋根の上から周囲の警戒を行っている。

 なんで俺とヴァーリなのかって?

 奇襲を食らっても、絶対に死にそうにないからですが何か?

 見張りの片方が俺に決まった時、玉藻が強硬に相方へと立候補を訴えていたがそれは自重してもらった。

 いくら魔法障壁を得たと言っても、横にいるヴァーリとは違って彼女は壊れ物なのだ。

 俺達のような自己再生機能付きの超合金と一緒にしてはいけない。

「暇だぞ、慎」

 見張りを初めてまだ一時間なのに飽きてしまったらしく、ヴァーリはしきりにこう訴えてくる。

「我慢しろよ。俺等が警戒を解いて、皆が奇襲を食らったら目も当てられないだろ」

「ふん。美猴達が虫如きにやられるわけがないだろう」

「あいつ等は大丈夫でも、美遊嬢や三蔵ちゃんがいるだろうが。虫共がコッチに出たのには俺等も噛んでる可能性があるんだから、しっかり見張れよ」

「チッ、解っている」

 ブーたれながらも会話を打ち切るヴァーリ。

 まったく、もう少し年相応の落ち着きって奴を身に着けろってんだ。

 ため息と共に視線を戻すと、視界の先にこちらへと向かってくる一団を見つけた。

 先導しているのは髑髏(ドクロ)の仮面を被った怪しい黒ずくめ、後ろにいるのは現地の難民のようだ。

 そして、それを追っているのは白銀の鎧を身に着けた騎馬の集団。

 イマイチ状況が見えんが、穏やかな展開になるという事は無いだろう。

「ヴァーリ、下に行って美猴を呼んで来きてくれ」

「何があった?」

「現地民のいざこざみたいだ。難民らしき集団を騎士が追いかけてる」

「騎士か、おもしろそうだな! 俺を楽しませる強者がいればいいが」

「揉めるの前提かよ。まあ、そうなる可能性もあるけど、あんまり期待しないほうがいいんじゃね。あと、俵さんたちに警備の交代を頼むの忘れんなよ」 

 ヴァーリが飛び降りるのと同時に、小屋に刻んでおいたマントラを触媒にして摩利支天(まりしてん)隠行印(おんぎょういん)を発動。

 これで邪悪な存在にはこの小屋を認識する事はできなくなるはずだ。

 美猴の襟首を掴んで飛び出してきたヴァーリと合流して、件の現場へと向かう。

「おい、慎! なにがあったんでぃ!?」

「現地住民と騎士らしき集団が揉めてるみたいなんでな、情報収集がてら様子を見に行くんだよ。ヴァーリから聞いてないのか?」

「聞いてねえ! こいつ、いきなりオレッチの襟首掴んで『行くぞ』の一言で引っ張ってったんだ!!」

「おいこら。お前、ちゃんと俵さんやアーサーに警備の引継ぎ頼んだんだろうな?」

「…………問題ない」

 ヤロウ、忘れてやがったな。

「大丈夫、大丈夫。その辺は出る前にオレッチが頼んどいたから」

「さすが。伊達に長年ヴァーリの保護者やってないな」

「おいやめろ」

 そんな嫌そうな顔すんなよ。

 ヴァーリの奴が地味にヘコんでるじゃねーか。

 さて、俺達がある程度まで近づいた頃には、難民達は騎馬集団に包囲されていた。

 それはいい。

 馬と人では足に差がありすぎるから当然だから。

 俺が突っ込まねばならないのは、騎士の中にしれっと混じっている柔道着を着た山人間だ。

 ……何してるんスか、魔雲天(マウンテン)先輩。

 彼こそは原作において、キン肉マン達正義超人への悪魔超人側の刺客として送り込まれた7人の悪魔超人の一人、ザ・魔雲天である。

 柔道着を着た山そのものといった姿が示す通り、パワーと1tもの巨体を武器にしている。

 あと、ゴールデンキャッスルにおける俺の先輩でもある。

 他の騎士は全員馬に乗ってるのに自分だけ走ってきたせいか、なんかメッチャ息切らしてるんだけど……。

 そんな姿見せてたら、また将軍様に絞られましすよ?

 おっと、思いがけないところに知り合いがいたせいか、話が脱線してしまった。

 この状況では逃げられないと判断したのか、黒ずくめの髑髏仮面は懐から取り出した黒塗りの短刀を、騎士の首領格である赤髪のロンゲ野郎に投げつける。

 どんな組織でも頭が倒れれば指揮系統は混乱する。

 あの髑髏仮面はその隙をついて一人でも難民を逃がす腹積もりなのだろう。

 しかし眉間と喉へと飛んでいた短刀は、赤髪が腰の下げた竪琴を鳴らすと二つに裂けて地に落ちた。

「むぅ、あれは……ッ!?」

「知っているのか、慎!?」

「あれは中国に伝わる伝説の秘技、古琴波動拳(こきんはどうけん)!」

 

 古琴波動拳

 

 それは中国の宋の時代に編み出された武術である。

 

 張り詰めた琴の弦を特殊な技術で弾く事で大気中に真空波を生み出し、離れた対象を一撃の下に斬り捨てる。

 

 その攻撃方法は幅広く、斬撃はもとより槍による刺突や弓矢、さらには斧による断撃までも再現できたという。

 

 達人ともなれば放たれた波動は武具を幻視させ、その奥義は一軍の攻撃にも匹敵したといわれている。

 

 当時の有力者が開く宴には琴は不可欠なものであり、それ故にこの拳の使い手は優れた暗殺者になりえた。

 

 この拳法の脅威と実際に行われた多大な有力者の暗殺から、時の皇帝は人前で琴を弾くことを禁止。

 

 同時に朝廷軍による使い手の摘発が行われた事によって、この拳の使い手は潰えたと言われている。

 

 [民明書房刊 中国奇拳・妙拳大全集『我が魂のビートを聞け!!』]より。

 

「ほう、さすがは中国4000年。そんな技が開発されていたとは」

「嘘付け。そのなんたら波動拳って、この前観た『カンフーハッスル』で出てた奴、そのまんまじゃねーか」

「バレたか」

 ヴァーリは騙せても美猴は無理だったらしい。

 奴は中国名物のキンシコウだからな、この手の話題には引っ掛からんか。

「ちょっと待て! なら、さっきの民明書房という、もっともらしい文献はなんなんだ!?」

「ん? 即興ででっち上げた」

「なん………だと……」

「俺の冗談はともかく、あの赤毛君が琴で攻撃しているのは確かなんだ。後学のために見に行こうぜ」

「ちょっと待て。情報収集が目的じゃなかったのかよぉ!?」

「俺達の本来の目的を忘れたか? 知らない技を見ることも情報収集だろうが」

「確かにそうだ。よし! ならば、奴からあの飛ぶ斬撃を奪ってやろうではないか!!」

 ワナワナと震えてショックを受けていたはずなのに、あっさりと立ち直るヴァーリ。

 お遊びもここまでにしてそろそろ行かんと、向こうで人死にが出たらややこしいからな。

 テンションを上げるヴァーリを連れて一団に近づくと、状況は『深手を負って(ひざまず)く髑髏仮面と、それを見下ろす無傷の赤毛』という構図へと変化していた。 

 どうやら間に合ったらしい。

「…………ここまでか」

 上空から事態の推移を確かめていると、髑髏仮面が呟いた諦めの声が耳に入った。

 見れば、欠けた仮面から覗くその目から、意思の光は薄れていくのが分かる。

「これだけの同胞を連れて逃げ延びるのは不可能。…………不覚、そして無念なり。万事、ここに休した」

 降伏宣言とも取れる髑髏の声に、赤毛がゆっくりと口を開く。

「…………悲しい。私は悲しい、山の(おきな)よ」

「あいつ、悲しいと言っているが、まったく表情は変わってないぞ」

「あの糸目、妙に胡散臭いぜぃ」

 後ろの二人、同感だがうるさい。

「貴方一人ならば、窮地(きゅうち)を脱するのは容易い。…………しかし、貴方は運命を受け入れた」

 赤毛の言葉に髑髏仮面は沈黙で返し、後ろの難民達は悲しげに『ハサン様』と跪く己が守護者に呼びかける。

「貴方の背後で怯える聖地の人々、彼等難民を護る為に貴方は残り続けるのですね」

 そう続けながら、髑髏仮面から難民へと視線を移す赤毛。

 細められたその目からは、情というものが一切感じられない。

「行くぞ、お前等」

「ああ。あの糸目、難民を皆殺しにするつもりのようだ」

「オレッチ達には関係ないが、目の前でやられちゃあ飯が不味くなるからなぁ!」

 ヴァーリを先頭にして一気に地表へ加速する俺達。

「価値無き者を護らんと、価値ある者が失われる。…………私には、それが悲しい」

「はい、ダウトォォォォォォッ!!」

 赤毛が竪琴に手をかけようとした瞬間、ヴァーリの急降下キックが奴の顔面に炸裂する。

 キリキリと錐揉み回転する赤毛を尻目に、地上に降り立つ俺達。

 赤毛の後ろに控えていた騎士達は、一斉に得物を抜いてこちらに向ける。

「不意打ちとは卑怯なッ!? 貴様等、何者だ!!」

「通りすがりの武芸者だよ。取りあえず、そこの嘘松にツッコミを入れさせてもらった。それより───」

 ガタガタ騒ぐお供の騎士から、後ろで笑っている魔雲天先輩に視線を向ける。

「魔雲天先輩、そこにいるのは将軍様の命令ですか?」

「グフフフフッ、その通りだ。命がけの闘いで、お前の力を試せとな」

 先輩の返答に、俺はしかめっ面を浮かべてしまう。

 将軍様もエグイことをする。

 俺が身内に甘い事を知っていて、あえて先輩をぶつけて来たな。

 むこうの意図は、敵に回った『知り合いを容赦なく打倒できるか』ってところか。

 今の俺に必要な覚悟じゃねーか、まったく。

「将軍様の意図に気付いたようだな」

「ええ。本当によく見てますよ、あの方は」

「グフフッ。そんな方だから忠誠を誓っているのさ、俺達もな。分かってると思うが、手加減は無用だぜ」

「勿論っすよ」

「あと、ここでのオレはサー・ベイリンで通っている。お前もオレの事はベイリンと呼べ」

 柔道着の襟を直しながら笑う、魔雲天先輩改めサー・ベイリン。

 いやいや、サー・ベイリンって円卓の騎士じゃねーか。

 それは無理有り過ぎだろ。

 あの人、円卓とか騎士とか通り過ぎて人間ですらねーよ。

「なに言ってんスか。先輩は騎士に処刑された側でしょうに」

「相変わらず遠慮のない野郎だ。だが、心配すんな。円卓の騎士ってのは、仲間内で揉めまくりゃいいのだろ? 俺も悪魔超人、その程度の事は朝飯前だぜ」

 途轍(とてつ)もない偏見だが、全部が全部間違ってないのはツライところだ。

「サー・ベイリン! あの狼藉(ろうぜき)者を知っているのですか!?」

「グフフフフッ、奴はかつて私と共に武を学んだ者だ。まさか野盗に身をやつしてるとは思わなかったがな」

 ……嘘だろ、普通に通じてるよ。

 エイリアンの事といい先輩の事といい、奴らの目は節穴か!?

 呆れかえっている俺達を見て好機と思った前列の数人が突撃しようとするが、思ったより早く立ち直った赤毛がそれを押し留める。

「……私は悲しい。理想郷を築かんとする我が王の威光に背く者がこうも湧き出てくるとは……。ピクト人の手がこの地に伸びている以上、貴方達のような反乱分子に時間をかけている余裕はありません。ベイリン、卿もよろしいですね?」

「是非もない。我らが忠義は王の為にある」

 先輩が頷くのを確認し、糸の様だった目を見開いて竪琴を構える赤毛。

 こちらに向く殺気は髑髏仮面に向けたものと比べ物にならない。

「いいぜ。古琴波動拳の真髄(しんずい)、見せてもらおうじゃないか」

 映画で見た中国の神秘を体験できるとは、これこそが武者修行の醍醐味って奴だろう。

「コキンハドウケン? 何をわけのわからない事を。我が『妖弦フェイルノート』の見えざる音の刃、とくと味わってもらいましょうか!」

 これ見よがしに竪琴を構えてみせる赤毛に、怪訝そうな顔をしたヴァーリが待ったをかける。

「おい。まさか、あの飛ぶ斬撃は技ではなく竪琴の性能だというのか?」

「その通りです。爪弾(つまび)くだけで獲物を寸断する音の刃、それこそがフェイルノートの真価」

 自身の得物について得意げに語る赤毛。

 だがしかし、帰ってきたのは感嘆でも恐れでもなく、ヴァーリの怒声だった。

「つまらんッ!!」

 ビリビリと大気を振るわせる怒号。

 奴の身体から漏れ出す白龍皇の龍氣も相まって、周囲に振りまく威圧感はまさに巨龍のそれだ。

 その威圧感に呑まれて動きを止めた騎士達を前に、ヴァーリはさらに()くし立てる。

「自分が体得した技ではなく得物の性能を誇るとは、なんとつまらん奴だ!! 貴様のような小物に俺と戦う資格は無い!!」

 地団駄のように地面を踏み鳴らし、不機嫌そうに周辺の岩に腰を下ろすヴァーリ。

 なんか威厳の在るような事言ってるけど、飛ぶ斬撃を憶えられなくてキレてるだけだろ、お前。

『ヴァーリ、奴は円卓の騎士のトリスタンだぞ』

「そんな奴は知らん!!」

 宥めに入ったアルビオンの言葉も、ヴァーリは容赦なく一刀両断する。

 仮にもサクソンの白い龍を身に宿してるんだから、円卓の騎士の有名どころくらいは憶えとけよ。

 見ろ、赤毛もといトリスタンの奴、プルプル震えてるじゃねーか。

 魔雲天先輩もめっちゃ笑ってるし。   

「トリスタン卿に何たる無礼!?」

「栄光ある円卓の騎士を知らぬとは、どこの田舎者だ、貴様!!」

 異世界の冥界産です。 

「そんなマイナーな小物など知るか! 俺に知って欲しければ、ロトの勇者にメガ進化して出直して来いッ!!」

「なんでドラクエなんだよ」

「あいつが小学校出るくらいに負けたらしいぜ」

 そんな感じで交わされていたトリスタンの取り巻きと馬鹿の低俗な言い争いは、トリスタンが右手を上げた事で終わりを迎えた。

「───静まりなさい。私の名声など瑣末事(さまつごと)、今は反逆者を排除するほうが肝要です」

 再び琴を構えたトリスタンに、俺は軽く首を鳴らす。

 ヴァーリの所為でぐだぐだになってしまったが、(ようや)く再開というわけだ。

「どうするんでぃ?」

「まあ見てなって」

 向こうから視線を外さずに耳打ちしてくる美猴に、俺は余裕を持って返す。

 奴の音の刃とやらは、上から観察したお陰でだいたい見切っている。

 確かに視覚では捉えられないだろうが、大気の振るえや殺気などを読めば十二分に補足可能だ。

 もっとも、現状では後ろのハサンや難民に当たる恐れがあるから、容易に躱す事はできない。

 難民に被害が出たら本末転倒だからな。

 では、どうするのか?

 決まっている

 ……真正面から叩き潰すのである。

 氣を練りながら、ゆっくりと息を吸い込む。

 腹式呼吸の要領で腹をへこませ、同時に肺と横隔膜が限界まで膨らませる。

 おそらく今の俺の身体は腹は縮み胸は異様に膨らんだ、異様な姿に見えるだろう。

 だが、これでいい。

 映画をヒントにした技で実戦初使用だが、かのワギャン君も手伝ってくれたのだ。

 失敗などありえない。

「痛みを歌い、嘆きを奏でる……『痛哭の幻奏(フェイルノート)』。これが私の矢です」

 琴を持ち替えながら、激しく弦を爪弾くトリスタン。

 見える。

 視境(しっきょう)に在らずとも、大気が、気配が、三方向から襲い掛かる音の刃の軌跡を教えてくれる。

 ならば、こちらも全開で迎え撃とう。

 そう決意を固めた俺は見えざる刃がこちらに届く寸前、限界まで溜めた空気を解き放つ!

「わっ!!」

 呼吸法で極限まで集中・圧縮された空気は、体内を巡る氣を孕みながら大気を押し流す衝撃波となって口から放たれた。

 向こうが音の刃ならば、こちらは空気の大砲である。

 放たれた衝撃波は大地を削り音の刃を全て蹴散らして、トリスタンを先頭に騎士達を飲み込んだ。

 全てを薙ぎ倒す豪快な破砕の波が過ぎ去った後には、装備を砕かれパンツ1丁にになったトリスタンと騎士が力なく横たわっている。

 ……うむ、想定通り。   

 映画とまったく同じ結果になった。

「んんっ、ゲフン!」

 しかしこの『獅子吼(ししく)』という技、けっこう喉にクルな。

 声帯なんかを鍛えているわけじゃないから、連発したら喉を痛めるかもしれん。

 まあ、手足を封じれられた時の奥の手で覚えた技だし、そこまで使用する機会は無いと思うが。

 コッてしまった首周りを解そうとした俺は、ある事に気づいて手を止めた。

 ゴミの如く散乱した騎士達に中に彼の姿が見当たらない。

 超重量級の彼がフットワークで『獅子吼』の範囲外に逃れるとは思えない。

 だとすれば───

 次の瞬間、こちらの思考を肯定するかのように降り注ぐ殺気。

 視線を上げれば、そこには身体で大の字を描きながら、此方に落ちてくる魔雲天先輩の巨体が!

「まったく勘のいい奴だぜ! だが、この状況で俺の技を返すことが出来まい!! 食らえ、魔雲天ドロップゥゥゥゥゥッ!!」

 魔雲天ドロップ。

 先輩の必殺技(フェイバリットホールド)である、1tにも及ぶ岩の巨体を活かしたフライングボディプレス。

 このタイミングでは、人間はおろか超人でも返す事はおろか躱す事もできまい。

 だがしかし、それは頭に『並みの』が付く奴等の話だ。

 未だかなり上空にいる先輩の位置を把握した俺は、大地を蹴ると同時に舞空術で飛翔。

 自由落下する魔雲天先輩の横をすり抜けてその背中に降り立つと、背骨に膝を当てて顎と足首をホールドする。

「グゲェッ!? こっ、この技は……ッ!?」

「悪いっスね、先輩。これで決めさせてもらいますよ!」

 掴んだ両手を引き絞りながら、俺は先輩を地面に叩きつける!

「これぞ正しく、大雪山落としってなぁ!!」

「ウギャーッ!?」

 落下の衝撃と先輩の自重によって荒野に大きなクレーターが出来あがる。

 もうもうと立ち昇る土煙を払いながらそこから抜け出すと、ヴァーリ達が出迎えてくれた。

「ふん、完勝だな」

「お疲れ。ところであいつは何者なんでぃ?」

「将軍様の道場の兄弟子だよ。あの人の指示で俺と一戦やりに来たらしい」

 言いながら、土煙が薄れていく大穴に目を向ける。

 自画自賛になるが、今の『大雪山落とし』は完璧だった。

 先輩の体重も利用して技の威力を増したから、死なない様に手加減はしても立ってくることはできないはずだ。

 回収は将軍様に任せるつもりで背を向けた俺は、背後から聞こえてくる笑い声に足を止めた。

「グフフフフフッ、どこへ行こうってんだ?」

 振り返ると、土煙を切り裂いて魔雲天先輩が穴から飛び出来るのが目に入った。

 ……あり得ねえ。

 大雪山落としのダメージは確実に先輩を戦闘不能に追い込んだはずだ。

 その証拠に先輩の腹部は大きく亀裂が入り、鮮血が道着を紅く染めている。

「……間抜けなツラしやがって。俺が立って来たのがそんなに不思議か?」

 その言葉に思わず頷くと先輩から怒号が飛んだ。

「舐めるなよ、糞餓鬼がぁぁっ!! 殺気の籠らない攻撃でこの俺を斃せるワケないだろうがぁぁぁぁっ!!」

 周りの空気を振動させるほどの怒鳴り声に驚いていると、重量級とは思えない踏み込みでこちらに肉薄した先輩の拳が俺の右頬を捉える。

 感じるのは衝撃と僅かな痛み。

 ダメージは殆ど無いが、虚を突かれた事で更なる追撃もまともに受けてしまう。

「仲間相手だからって腑抜けた技を出しやがってッ! なにが『将軍様の意図は解った』だ、全然理解してねえじゃねえかッ!! テメエはあの方の後継としてキン肉マンと闘うんだぞ! そんなザマであの人の代理がッ! 俺達の代表が張れると思ってんのかぁぁっ!!」  

 腹の傷が開くのを(いと)わずに、怒りと共に拳を振り下ろす魔雲天先輩。

 ……確かに先輩の言う通り、俺は腑抜けていたらしい。

 命懸けで挑んでくる相手に手加減なんて、侮辱以外の何物でもない。

 そもそも、将軍様の意図は最初に理解していたはずだ。

 にも拘らず、この体たらくでは先輩が激怒するのも無理はないだろう。

 ────この無礼を詫びるには、俺が出せる最高の技を見せるしかない。

 (はら)(くく)った俺は、振り下ろされる何度目かの拳を受け止めた。

「ふん、少しはマシな面になったじゃねーか。やっと目が覚めたかよ?」

「気合ごっつあんです、先輩。お陰で鈍ってた頭がようやく動き出しましたよ」

「グフフフフフッ。なら見せてくれるんだろうな、最高の一発って奴を」

「ええ、今の俺の全力全開を!!」

「いい返事だぁッ!!」

 気合と共に振るわれるもう一方の拳も捕った俺は、先輩をリバースフルフルネンソンの体勢に持っていき、渾身の力を込めて振り回す。

 超重量を誇る先輩の身体は大した抵抗も見せずに回転の渦に巻き込まれ、遠心力によって逆さに立ち上がる。

 タイミングを見計らって先輩を上空高く放り投げ、間を置かずにこちらも大地を蹴って飛翔する。

 そして死に体で落下する先輩の上を取ると、その首の中心、喉仏に膝を叩き込みそのまま落下!

 足全体で押さえていた従来の断頭台に比べて体勢が安定しないが、そこは舞空術でバランスを取って対応し、加速と体重を相手の首に食い込んだ膝の一点に集中させて地面に叩きつける!

 これがッ────────

「俺式地獄の断頭台だぁッ!!」

「ゴパアーッ!?」

 再びクレーターの中心に激突した先輩から離れると、血反吐と共にその身体は大の字で地面に沈む。

「み……見事だ、あの方の……必殺技を…ここまで……修得……」

 息も絶え絶えに言葉を紡ぐ魔雲天先輩から目を背けない様にしていると、その身体は虹色の光に包まれてつま先から少しづつ消え始める。

 あれは『無限の闘争』の死亡防止の光だ。

 先輩も発動すると思っていなかったのか、お互いに驚きの表情を浮かべているのに気づいた俺達は、双方の間抜け面に噴き出してしまった。

 ……まったく、将軍様も人が悪い。

 喉の負傷で言葉が出せなかったのだろう、先輩は転送される寸前にサムズアップをこちらに見せて姿を消した。

「魔雲天先輩、ごっつあんでした」

 無人になった大穴に向かってもう一度、深く頭を下げる。

 こっちが本当の意味で肚を括るのを命懸けでサポートしてくれるなんて、マジで悪魔超人とは思えないくらい良い人だ。

「あれが新型の断頭台か。随分とエゲツないな」

「まだ未完成だけどな。完成度は今ので大体50%ってとこだ」

 声を掛けてきたヴァーリにため息交じりに答えを返す。

 完成版はあそこからもう一つ工夫があるのだが、現状では体勢を安定させるのに精一杯でそこまで手が回らない。

 この修業期間が終わるまでにはモノにしないとな。

 内心で目標を再確認しながら、俺は残った騎士達の対処を始める。

 都合のいい事に全員仲良くおねんねしてくれているので、音波砲の被害を免れた3メートル近いデカさの巨石に拘束することにする。

 ヴァーリや美猴は元より、遠巻きに見ていたハサンや難民達も手伝ってくれたので作業は(とどこお)りなく終わった。

 縛る道具としては、ボロ達からの戦利品である赤茶けた鎖を使った。

 一見錆びてボロボロに見えるが、思った以上に頑丈なのだ。

 万が一の事を考えて、縛る前にみんな首から下の氣脈を絶ってやったから、救援が来てもこいつ等にできるのは病院で天井のシミを数える事だけだ。

 拘束する際にトリスタンが亀甲縛りを施されて上下逆さにされたのは、自業自得ということにしておこう。

 作業も一段落し、一息ついた俺は地面に転がっている竪琴に手を伸ばした。

 しかし『無駄なしの弓』と謳われたフェイルノートが竪琴だったとは。

 俺もこいつを弾いたら殺人音波を出せるのだろうか?

 興味がわいたのでみんなから距離を離して弦に指を走らせると、ピィィィィィィィィィンッという甲高い音と共に弦が全て切れてしまった。

「…………」

 思い思いの方向に切れた弦が飛び跳ねてる竪琴に目を向けることしばし。

 一つ息をついた俺は、トリスタンの頭にそっと竪琴を被せてやる。

 弦が無くなった空洞は奴の頭のサイズにピッタリだったようで、サークレットのように上手いこと嵌ってくれた。

「これでよし」

「いやいや、よくねぇよ。なにナチュラルに相手の得物ぶっ壊してんの?」

「なんだ、サル。俺の完璧な対処に文句でもあるのか?」

「サルゆーな。あと、全然誤魔化せてないからな」

「バッカ、お前。フェイルノートは頭に被るもんだったんだよ」 

「じゃあ、最初の竪琴はなんなんでぃ」

「それは……あれだ。聖闘士の聖衣みたいに変形するんだ。ほら、竪琴座ってあったろ」

「いや、頭にしかパーツねぇから。全部纏ってるのに頭だけって、どんな斬新な聖闘士だよ」

「きっとあそこからパーツが展開するんだって。どっかの果物ライダーみたいに」

「さすがにそれは無理があり過ぎじゃね?」

「細かい事はいいんだよ。どうせ敵対したんだ、武器なんて残してやる義理は無いし」

「まあそうだけど、幾らなんでも酷すぎだろ」

 確かに、大岩にパワーボムをくらったような体勢で括り付けられた姿には同情の余地は在るが、下手に情けをかけて身内に被害が行く事を思えば妥当な手段だろう。

 さて、事態は一応の決着を見た。

 助けたハサンと難民から話を聞こうと踵を返したところ、妙な駆動音を耳にした。

 視線を向けると、先端に猫の意匠をつけた木製のバギーらしきものがこちらに向かってきているのが見える。

 乗っているのは、カルデア所属の立香嬢にマシュ嬢、さらには後方担当のはずのダ・ヴィンチちゃん。

 後は冬木のアーチャーに、……ヤッベ。

 トリスタンの姿に悲鳴を上げながら突っ込んでくるの、ご先祖ちゃんだ。

 これはどう考えても面倒案件である。

 しかし、ここでうろたえてはいけない。

 自身に非が無いのならば、毅然(きぜん)とした態度で臨めばよいのだ。

 一度大きく息を吸い込んで、俺は目いっぱい大声を上げる

(むご)い! いったい誰がこんな事をッ!?」

「「「「「お前だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」」」」」

 間髪いれずに全員からツッコミを貰いました。

 ハサンと難民の皆さん、ノリがいいですね。




 ここまで読んで下さってありがとうございます。

 一話使ったのに、聖都に着いてない件。

 あれ? 本当はもっと巻きで進む予定だったのに、どうしてこうなった?

 ……まあいい、プロットとは投げ捨てるモノ。

 次こそは太陽の騎士が出て来てくれるでしょう。<太陽万歳!

 余談ですが、玉藻との告白に関してはこれが私の精一杯。
 コンセプトは伝説の藤ねえ√。
 女子より魔雲天との絡みの方がテンションの上がる奴に、これ以上どう書けってんだよォォォォォォォッ!?(絶望)

 という事で、怒りと悲しみを込めて用語集です。

 〉リザレクション(出典 ストリートファイターⅢ)

 ストリートファイターⅢでの初登場から持っているスーパーアーツ。
 そのコマンドは「スーパーアーツゲージが溜まっているときにK.Oされる」という異質なもので、効果はギルの肉体が光輝きながら浮上して自動的に体力が回復する(0から100%まで)というもの。
 その回復速度がやたら速く、さらに発光するオーラの圧力で相手を遠ざけるという効果まであるという強力な技。
 ただし、発動のタイミングはバレバレなので、訓練されたプレイヤー相手だと再度瞬殺される事もある。

 〉鈴木土下座ェ門(出典 BASTARD!! -暗黒の破壊神-)
 鈴木土下座ェ門とは、萩原一至の漫画『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』に登場した架空の生物。
 巨大な目玉に醜悪な口を付けて鱗で覆い、手足を付けたような姿をした魔物。
 モチーフになったのはTRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に登場するモンスター「ビホルダー」である。
 雑誌連載時はそのまま「ビホルダー」という名前であり外見もほとんど『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の「ビホルダー」そのものだったのだが、コミックスでは上記の姿に変更された。
 一説によると『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の日本での版権管理会社からクレームが付いたのが変更の原因と言われている。

 〉レイザー・クロー(出典 アーケード版『エイリアンVSプレデター』)
 アーケードゲーム『エイリアンvsプレデター』の2面ボス。
 「カミソリ爪」の名の通り、鋭い爪が特徴の高機動型変異体。
 そのスピードで、シェーファー達の同僚であるケビンの小隊を一瞬で全滅させた。
 知能は高く、ケビン小隊を全滅させながらもトドメはささず、助けよった者を頭上から襲う狡猾さを持つ。
 「初心者殺しのカプコンベルトアクション2面ボス」の伝統に漏れず、高速突進と掟破りの逆メガクラッシュに泣かされたプレイヤーは数知れない。
 鈍足のパワーキャラであるシェーファーにとっては天敵で、こいつでワンミスするかどうかが1コインクリアの最初の関門と言われている。

 MUGENにも参戦しており、通常攻撃が発生・リーチともに優れ、ゲージ技「ダッシュクローEX」がガード不能でなかなか手強い。
 しかし、飛び道具はおろか投げ技や下段技も持っていないので、正面からの殴り以外は苦手。

 〉ヴォルカニックヴァイパー(出典 ギルティギア)

 ソル=バッドガイとEX聖騎士団ソルの必殺技。
 剣に炎をまとわせつつ跳び上がって攻撃する無敵対空技。
 ソル曰く、地面を鞘代わりにした「居合抜き」(しかし、何故か空中でも使用可能)。
 また、元となった技はヴェイパースラストだが、この技が居合いという言及はない。
 余談だが、作中のヴァーリは右手の手刀を剣代わりに発動させている。

 〉バンディットリボルバー(出典 ギルティギア)

 ソル=バッドガイとEX聖騎士団ソルの必殺技。
 前方に小さく跳び、膝蹴りと踵落としを連続で放つ突進技。
 二段両方がヒットすればダウンを奪う。

 〉殺棍・大焦熱(出典 キングオブファイターズ)
 
 ビリー・カーンのCLIMAX超必殺技。
 頭上で三節棍を回転させた後、『Are you finish?』のボイスと共に三節棍がしなるほど強く地面に突き立てて地面に擦り付け、三節棍を振り上げて目の前に爆炎の柱を起こす。

 〉古琴波動拳(出典 映画『カンフーハッスル』)

 映画『カンフーハッスル』に登場した暗殺者が駆使した武術。
 琴の音に内功を乗せて攻撃する技。
 一見しては超音波のようだが、武侠的に言えば『音に内功(氣)を込めて威力を増している』という事になる。
 言うまでも無いが、達人の身に可能な高度な技である。
 作中では琴の音で刀や槍、さらには亡者の軍の攻撃を再現するという神技を見せた。
 元ネタは、中国の武侠小説に登場する『達人は楽器の音色で戦える』という場面のオマージュと思われる。
 
 〉獅子吼(出典 映画『カンフーハッスル』)

 映画『カンフーハッスル』に登場したアパートの大家である中年女性が使用した技。
 内功の威力を特殊な発声法に乗せる事で、敵に物理的なダメージを与える絶技。
 中国の武侠小説に度々登場する奥義である。

 今回はここまでとさせていただきます。
 また次回にお会いしましょう。

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