MUGENと共に   作:アキ山

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 皆様、お待たせしました。

 34話の完成です。

 今回は重大なねつ造設定がありますので、温かい目で見ていただければと思います。


 先日、月初めの呼符5枚をマナプリと交換して、ガチャに挑戦。

 狙うは水着ネロ。

 符だと石を合わせて10回引くも、大敗北でした。

 ああ、虚しや。
 


34話

 ルシファー・DIOSの逃走が発覚してからしばし。

 トレーニングで頭を冷やした俺は、冷水のシャワーで汗を流して『無限の闘争』を後にした。

 ここに泡を食って飛び込んでから、要した時間は2時間少々。

 外のバアル様達には失礼を承知で、これだけの間を取らせてもらった。

 頭に血が上った状態では正確な説明は出来ないし、無礼を働いて相手を不快にしてしまっては本末転倒だ。

 疲弊しきった身体で500倍の重力ルームに挑んだお陰で、上がっていた血はすべて下に降りてくれた。

 修練の最中、肋骨を折ったり腕や足の筋肉がイカれたりもしたが、大したことではない。

 どうせ、強化修復されただろうし。

 身なりを整えて神殿の奥の(びょう)に戻った俺は、待っていたバアル様達に事情を説明した。

 高確率で聖書の神が復活した事。

 『無限の闘争』の簡単な概要と、これがルシファー・聖書の神の復活に大きく関わっている事。

 全てを報告した後、多神勢力の主神各位にこの事を連絡し、俺単独で冥界と天界に攻め込む旨を伝えたが、これはバアル様に却下された。

 現状で二者の復活に俺が関わっている事が広まれば、多神勢力の士気低下や疑心暗鬼という大きなデメリットを生む恐れがある。

 そして、今回の戦争において俺は多神勢力の切り札であることから、単騎特攻など認められないとの事だ。

 さらには『この件を伝える際には自分が後ろ盾になるので、それまで待て』とまで言われた。

 何でそこまでしてくれるのかと聞いてみると、アスタルテ様共々助けた事に恩義を感じてくれているからだそうな。

 アナト様や玉藻が言うには、助命ではなく神の座に立ち戻らせた事が大きいのだという。 

 聖書の神の呪いが活発化したのって復活を許した俺の責任だし、こっちとしては詫び的な感覚が強いのだが……。

 とはいえ、たしかに今回は個人で責任を取るには大きすぎる案件だ。

 ケツを持ってくれるというのなら、ここは好意に甘えるべきだろう。

 聖書の神が蘇った事に関しても、『奴にはまだまだ返していない借りがある。いい機会だから二度と蘇らないように粉々にしてやろう』って笑い飛ばしていたし。

 ただ、天照様を初めとする縁の深い神様やウチの家族には、全てを伝える事を了承してもらった。

 我侭だとはわかっているが、これも俺のけじめなのでご理解いただきたい。

 例の鏡と携帯で関係者各位に伝えたところ、反応は様々ながらも混乱は避けられなかったようだ。

 天照様やハーデス様、オーディン様のように国内の防備を固めようとする方もいれば、ダグザ様やアメン様といったリベンジに燃える方もいる。

 ヴァーリは『初代ルシファー討伐クエ、キター!!』とテンションを上げ、親父は事の重大さを知って避難場所の確保を始めていた。

 親父には、前に連絡を入れた爺ちゃんから許可が出ていたので、姫島本家に匿って貰えと指示を出しておいたが。

 あと、ヴァーリのアホは不謹慎にすぎるので、後でシバいておこうと思います。

 

 報告やら何やらと込み入った案件が一段落し、奥の廟を出た俺達を待っていたのは、神殿の端から端まで続くほどの机を埋め尽くす、豪華な料理だった。

「やっと出てきたのか。あんまりにも遅かったから、こっちは先にやらせてもらっ────」

 金髪美女を傍らにして酒杯を呷っていたアザゼルのおっちゃんは、こちらを見るなり一気に顔色をなくした。

「適当に飲んでおけとは言ったが随分と遠慮が無いことだな、アザゼルよ」

「気にするな。太平楽なカラスとはいえ、今回は我等のゲスト。持て成すのが主としての勤めだ」

 白金に朱の意匠が施された神具というべき鎧に身を包んだバアル様は、純白のマントを(なび)かせながら上座に座った。

 続いてその左右にアナト様とアスタルテ様が腰を下ろし、ディアナ嬢……いや、ディアナ様はアスタルテ様の隣に、俺はその対面に座る。

 玉藻はさり気なく俺の隣に陣取っていた。

 本来なら絶対安静のバアル様とアスタルテ様が元気に着飾っているのは、俺が仙豆を与えたからだ。

 ベッドで休めって言ってるのに、この二人は『恩人の為の宴の場を欠席しては、我等の沽券(こけん)に関わる!!』とか言って諦めようとしないんだもの。

 見かねて助け舟を出してしまっても、仕方が無いと思いませんか、奥さん。

「ど…どどど、どうなってやがるっ!? なんでバアル神が復活してんだ!!」

「さてな。私がどのように蘇ったかなど、貴様には関係あるまい。それよりも、我が恩人たる姫島慎を歓迎する宴を始めようではないか」

 バアル様の号令にアナト様とアスタルテ様が手を叩くと、楽士達がオリエンタルな音楽を奏で、女官たちが次々に料理や酒を持ってくる。

 あ~、こっちの酌はウチの従業員がやるんでいいっす。

 あと、玉藻も女官さんを威嚇すんなって。

「『無限』殿は素敵な桃色の首輪を持っているようだね。天照様の分霊が居なかったら女官を愛でてやることもできたろうに。この私の様に」

 世話役の女官の衣服の中に手を入れて、撫でくり回しているディアナ様。

 こんなところでなにやってんだ、あの人は。

「公衆の面前、しかも食事中に破廉恥な事をするとか、ありえねーんですけど。ああ、ご主人様がやりたいというのであれば、玉藻はいつでもOKですよ?」

 すみません、それよりも飯をください。

「うぅ……あい変わらず、つれないお言葉」

 ゴメンね。

 折れた肋骨とか筋肉の修復にカロリー使ったから、腹が減って仕方ねーの。

「また無茶な鍛錬をなさったのですね。いい加減にご自愛してくれませんと、お義母様に言っちゃいますよ」

 サーセン。

「つーか、ディオドラ。(そば)にいるのって、お前の眷属だよな。見たところ悪魔じゃねえようだが、どうなってんだ?」

 おっちゃんの問いかけを聞いて、ディアナ様はアスタルテ様譲りの可憐な顔に、ニヤリと悪役臭い笑みを浮かべる。

「そりゃあ駒なんて一度も使ってないからねぇ。この娘達は私の神聖娼婦となるべく、教会から保護したんだ。悪魔に堕とすなんてこと、するわけが無いじゃないか」

 神聖娼婦。

 たしか古代の中東や東アジアでは、娼婦は聖なる職業として神官に近い地位にいたとされていた。

 シュメール神話やバビロニア神話と隣接していたウリガットの彼等に、そういう文化があったとしてもおかしくは無い。

 しかし、教会から保護したというのはどういうことか?

「私はディオドラだった時に、教会で聖女と持て(はや)されていた女性を狙って堕としてきた。何故だと思う?」

「趣味」

「性癖」

「この上ないほどに色ボケだったから」

「OK、どれも間違ってはいない。けれど、それではマルはあげられないな」

 こっちの容赦ない答えにも動じず、ディアナ様は髪を掻き上げる。

 いや、全部当たってるってのはどうなのか。

「聖女と呼ばれていた彼女達には、自愛に満ちた精神や治癒術の適正の他にある才能があった。それは古代の巫女が神と交信する為に使っていた、チャネリングとも呼ばれる交感能力だ。彼女達の聖書の神への強い信仰心はこれを(もと)にしている」  

「たしか、古代ギリシャの巫女なんかは、自己暗示や薬でトランス状態に陥る事で神託を受け取っていたらしいな。で、そいつがなんで教会からの保護に繋がる?」

「それはね、彼らがある実験をしていたからさ」

「実験とはどういうものでしょうか?」

 こちらの問いを口にすると、ディアナ様は人差し指を立てた左手をこちらに向けて、『チッチッチッ』と左右に揺らしてみせる。

「私に敬語は不要だよ。どうもディオドラの癖が抜けなくてね、眷属や部下以外に敬語で話されるとケツのすわりが悪いんだ」       

 なるほど、そいつは助かる。

 だから、ケツのあたりをポリポリ掻くんじゃありません。

「TSって創作話だと盛り上がりますけど、現実で見たらダメですね。あれって私の知り合いの紅い皇帝よりヒドいですよ」

 メタ発言は禁止。

 あと、紅い皇帝って誰やねん。

「さて、実験の話だったね。教会で画策されていたのは彼女達を第二のマリアとし、神の子を生み出すというものだったんだ」

 いきなり話がエライ方向に飛んでいった。

 第二の立川の聖人って、そういうのを人工的に造ったら大抵はロクな事にならないんだぞ。

「ちょっと待て。もう神はいないんだぞ、そんな真似できるはずがねぇだろ」

「普通なら、ね。けど、教会上層部と一部の天使が考えたのは正道ではなく裏技だった。奴等は天界の『システム』に残る聖書の神の思念、それに信仰の深いシスターを接触させる事で、処女受胎を再現するつもりだったのさ」

()に落ちました、その為の感応能力なのですね」

 うわぁ、本気でロクでもないわ。

 こんな生まれ方した奴がまともなワケねーだろうが。

「その通り。もちろん、この試みは大きな危険を伴う。今よりも力を持った古代の巫女でさえ、神託を得る時は命を削ったんだ。精神も肉体も弱くなった現代の人間が、神託のように神から降ろされるのではなく、自ら神に働きかけようというんだ。その危険度は推して知るべしだね」

「それで、そいつを阻止する為にお前さんは聖女を次々に堕落させたってわけか」

「その通り。第二の神の子なんて、看過(かんか)できることじゃないからね。ま、好みの女の子が無残に散るのは勿体無いっていう、個人的事情もたっぷりあったけど」

 アザゼルのおっちゃんの言葉に、ディアナ様は悪びれる様子も無く言い放つ。

「一神教の処女厨っぷりは凄いからねぇ。人間のフリをして一度でも抱いてしまえば、どんな功績があってもすぐにポイしてくれる。後は事情を説明して私の聖娼になってもらえば、八方丸く収まってハッピーエンドってワケさ」

「ハッピーエンドですか、それ?」

 ……どうだろうな。

 命が助かったし永久就職も出来たから、長い目で見たら勝ち組なのかも。

 この辺の判断は何ともいえないが、手段として宗教的な性の価値観の差を持ってきたのは凄いな。

 やってる事はエゲツないけど、理には適ってる。

「そう言えば、ディアナ様ってどうして女になったんだ?」

「まだまだ固いなぁ。もっとフレンドリーにディアナでいいのに」

「いや、その辺は神職としてのけじめだから」

 相手のノリの軽さに苦笑いを浮かべながらも、不満そうに頬を膨らませるディアナ様を説得する。

 ディオドラの時ならともかく、両親が神格を取り戻した影響か、完全に神氣を纏った今の彼女を呼び捨てにするのは無理。

 この辺は職業病だと諦めていただこう。

「この辺は誤解があるけど、元々私は女なんだよ。ただ、私が出来たのは両親が悪魔に堕とされてからでね、母様のお腹の中にいる内に神の呪いの影響で性別が変わってしまったんだ」

「そんなことがあるのか?」

「普通はありえないね。でも、可能性が高い説が一つある」

 言いながら人差し指を立てるディアナ様に、思わず俺達は身を乗り出す。 

「数あるアスタロト誕生の話には、イシュタルが堕天する際にウチの軍神であるアシュターと融合して、男性体になったという説がある。母であるアスタルテはメソポタミア神話のイシュタルやシュメール神話のイナンナと同じ系譜の神なんだけどさ、悪魔になっても女性だったんだよね。だから帳尻合わせとして、その説話が信仰によって呪いになり、娘である私に降りかかったんじゃないかと思うんだ」

 帳尻合わせって理由は兎も角、ありえないとも言い切れないか。

 実際に異形化しかけていたアスタルテ様は、上半身の片方が男性のモノになっていたし。

「けど、それだとアジュカ───も神になるか女性化してないとおかしいと思うんだが」

 ……危ねぇ。

 アジュカを例に挙げたけど、ベルゼブブなんて超蔑称(べっしょう)じゃねえか。

 バアル様本人の前でなんて死んでも言えんぞ。

「当たり前だ。私の子はアスタルテとの間に生まれたディアナだけだからな」

「勿論、私もこの娘の他に子を生んだ覚えはありませんわ」

 瞬間、バアル様達の爆弾発言に空気がギチリと固まった。

 ……なんですと。

「あらま。それでは旧魔王のアレはもちろんの事、バアル家やアスタロト家の悪魔達はなんなのですか?」

「奴等は私やアスタルテの使い魔が現地の悪魔と交わって生まれたものだ。我等の血など一滴も流れてはいない」

「はぁっ!?」

 じゃあ何か!?

 サイラオーグの兄貴も、ヴェネラナおばさんもリアス姉やサーゼクス兄も全部、使い魔の子孫ってことなのか!?

「ちょっと待て! じゃあバアル家の滅びの力ってのはなんなんだ!? あれは元主神であるあんたの力が遺伝したものじゃないのか!?」

 あまりの事にポカンと口を開ける俺と、食い気味になって問いを投げかけるおっちゃん。

 つうか、これってマジで洒落にならない事実なんじゃないか?

「ふっ………はははは…………ははははははははははっ!!」

 しかし、俺達の問いに返ってきたのは部屋を揺るがさんほどのバアル様の大笑だった。

「滅びの魔力、か。貴様等は本当に他の神話を省みんな。嵐と慈雨の天空神である私のどこに滅びの要素がある?」

 バアル様の問いに俺達は返す言葉がなかった。

 言われてみれば、たしかにそうだ。

 ゼウス様やユピテル様と同じ天空神であるバアル様から能力を引き継いだと仮定すれば、その力は雷撃や天候操作でなければおかしい。

 天空神から滅びの魔力なんて、普通は生まれるわけないのだから。

「あの力はな、魔に堕ちてからの私の使い魔である蝿の消化液が原型よ」

 バアル様の核弾頭並みの衝撃発言に、再び思考が停止する。

 蝿、ハエ?

 あの紅い魔力って蝿の胃液が元になってるのか?

「なるほど。蝿は雑食性で、その消化液は多くのモノを溶かすといわれています。その特性が魔力という形で遺伝したなら、ありえないとは言い切れませんね」

 え?

 マジで?

 冷静になろうとしているが、与えられたショックが大きすぎてなかなか頭が回転しない。

「蝿、ですか?」

 呆然と呟いた言葉に、バアル様は鷹揚(おうよう)に頷いてみせる。

「そういえば、そなたはグレモリーと縁が深かったな。奴等は自慢にしている力の正体を知って、さすがに度肝を抜かれたか?」

「はぁ・・・・・・」

 嬉しそうに呵呵(かか)と笑うバアル様に、俺は曖昧な答えを返すことしかできない。

「ちょっと待て。あんた、ゼクラム・バアルだったんだよな!? 今まで冥界でなにやらかしてきたのか、順を追って説明してくれ!!」

 混乱で声を荒げるアザゼルのおっちゃんに、バアル様は上機嫌な笑みを隠さないままに口を開く。

「本来なら貴様に語る舌など持たんのだが、今の私は機嫌がいい。恩人である『無限』殿も知りたがっているようなので、特別に聞かせてやろう」

 アナト様より注がれた神酒で舌を湿らせたバアル様は、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

「聖書の神が台頭してから(しば)し後、アメン・ラーを初めとする魔に堕とされた者達は、聖書の神の呪いと冥界の瘴気に蝕まれて次々に元の人格を失っていった。しかし、私は元来の己を失うことは無く、アスタルテも私と縁の深かった故か同様だった。長い旅路の末に再会した我等は、聖書の神やそれを取り巻く有象無象への復讐心を糧に、悪魔社会に身を潜める事を決意した」

 バアル様の語りを耳にしながら、俺は思わず息を呑んだ。

 エジプトの太陽神であるアメン様ですらその人格を失うほどの呪詛の中で、その意思を保ち続けるのはどれほどの難行だったのか。

「悪魔社会黎明(れいめい)期において、私達は群れなす悪魔の中ですぐに頭角を現した。その大半を失ったとはいえ、主神であった頃の力と知恵を持つ私と、その妻たるアスタルテだ。呪いによって知恵を失い、獣の様になったほかの悪魔共を支配するのは容易かった。そうやって敵対者を屈服させて領土を拡大していくうちに、気づけば私は魔王の地位を手に入れていた。……あの忌まわしい名と共にな」

「待ってくれ、あんたが初代ベルゼブブだってのか!? 大戦の時に見たのと全然顔が違うじゃねーか!!」

「アザゼル、二度と私の前でその名を口にするな。──次は死んでもらう事になるぞ」

 怒気と共に放たれた強烈な威圧感に、反論の声を飲み込むアザゼルのおっちゃん。 

 やはり、あの名は禁句だったらしい。

「我が栄光の全てを汚し、貶めたベルゼブブの忌み名。だが、私はその蔑称をあえて受け入れた。如何なる時でも奴への憎悪を絶やさぬ為に。そして、同時に使い魔に命じて一つの家を建てた。それが──」

「バアル家ですね」

「そうだ。土着の神を駆逐しながら次々に強大になっていく聖書の神と一神教。かの家は、その姿に危機感を抱いた私のセーフハウス的な役割を担っていた」

「セーフハウス、ですか?」

「聖書の勢力を完膚なきまで殲滅し、神の座を取り戻す事が私の目的だったからな。それまではどうあっても死ぬわけにはいかなかった」

 なるほど、魔王ベルゼブブとして失脚した際や避けられない危険に見舞われた時に、使い魔と入れ替わる事でその危険を回避する為の保険か。

 そんな物まで用意するなんて、凄まじい執念だ。

 恐らくだが、さっきアザゼルおっちゃんが言っていた容姿が違うというのも、この辺の事を想定して幻術で作り変えていたのだろう。 

「そうして魔王としての責務に追われる中、ついに三勢力による戦争の幕が切って落とされた。世界中を舞台とし、他の神々の土地を侵しながらの内戦に関わるのは恥辱(ちじょく)の極みだった。かつて私も土地を支配し、人々を導いていたからこそ分かるのだ。自身が行ってることが、どれだけ土地神や民に苦難を与えるかを」

 当時の事を思い返してか、苦虫をダースで噛み潰したような表情を浮かべるバアル様。

「そんな()瀬無(せな)い思いに耐えながら戦う事、数ヶ月。我慢の甲斐あって、ついに聖書の神を討つチャンスが巡ってきた」

「アララト山での最終決戦か」

「さすがに覚えておったか」

「当たり前だ。あの時、誰も勝者にならなかったからこそ、今の三勢力がある」

「誰も勝者に、なぁ。……まあよい。三勢力の内戦の最後を飾る戦い、その火蓋が落とされる数日前に、私はアナトを通じて多神勢力にある事を依頼していた」

「それは?」

「複数の『神殺し』の神具を使った超長距離からの狙撃による──聖書の神の暗殺だ」

 その一言はあまりにも衝撃だった。

 聖書の神は先代四魔王と相打ちになって消滅した。

 この事実ですら裏の中でもトップシークレットなのに、さらにその奥に真実があったのだ。

「暗殺だと!? ふざけんな! 奴は……奴はっ! あんた達先代魔王と相打ちになったはずだろ!?」

 激昂して立ち上がったアザゼルのおっちゃんを、三柱の神は冷ややかに見つめている。

「その現場を貴様等は見たのか? あの時、堕天使は私の指示で配置した精鋭部隊によって遠方に釘付けになっていたはずだ。そして、その場所からは神と魔王の戦場は完全に死角になっていた。そうだろう?」

「テメエ……ッ! そこまで計算に入れて……!!」

「当然だ。あの計画は私や多神勢力が練りに練ったもの、寸毫(すんごう)の不安要素も見逃す事などありえん」

 バアル様を睨み付けるおっちゃんの胸に、去来しているモノは何なのか。

 袂を分かったとはいえ、創造主たる者の死因に対する遣る瀬無さか、それとも三勢力から見れば裏切り者である、バアル様への憎悪か。

 しかし、おっちゃんは手に集中させた魔力を武器にはせず、ドカリと乱暴に腰を下ろした。

 その様子を見たアナト様は警戒を解き、バアル様も酒盃で喉を潤す。

「戦場にしゃしゃり出て来た愚神と、それに釣られた悪魔共の奮闘によって計画は成功。神々の協力の下に放たれた神殺しの一矢によって、鎬を削っていた聖書の神と魔王達はこの世から姿を消した」

「アザゼル総督は勝者はいないと言っていたけど、本当はいたんだねぇ。多神勢力という勝者が」

「そういう事だ。発射のタイミングを事前に知らされていたお陰で、私は他の魔王達を盾にして生き残る事ができた。その後、すぐに自身の死を偽装してバアル家の使い魔と入れ替わった。ゼクラム・バアルとしてな」

「どうしてそんな事を?」

「後援していた貴族共からしてみれば、三勢力共に痛み分けでは負け戦なのだよ。莫大な戦費に膨大な人員、その上四魔王まで動員して、結果はあの体たらく。私一人が生きて帰ったなら、全ての戦争責任を被せられていただろうな」

「当時の貴族の主流だった旧悪魔は、先代魔王に忠誠を誓っていたフシがありました。そこまでするとは思えないのですが」

「悪魔というのは強欲かつ意地汚い。奴等が私達に忠誠を誓っていたのは、貴族制の発布など悪魔社会を発展させる中で多くの利益を提供してきたからだ。不利益にしかならないと判断すれば、連中はたとえ魔王でも容赦なく扱き下ろすさ。サーゼクス達のようにな」

 なるほど、実例を出されるとなんとも説得力がある。

「あの、先ほどの暗殺って私の本体も一枚噛んでます?」

 おずおずと手を上げる玉藻に、バアル様は肯定の意を示す。

「うむ。国宝である天羽々矢(あめのはばや)を貸してくれたぞ」

「神殺しの矢とか、殺る気満々じゃないですかー!!」

 わーっと頭を押さえる玉藻。

 天羽々矢。

 葦原中国平定において、使者として派遣されるも女と野望に取り付かれて反旗を(ひるがえ)した男神、天若日子(あめのわかひこ)を殺めた矢か。

 確かにそんな曰く付きの物を持ち出した辺り、当時の天照様の本気さが(うかが)える。

 しかし、玉藻は天照様の黒い面を見るのを嫌う節があるな。

「気にすんな、玉藻。数百年前の事だから時効だ、時効。それに、当時は出し惜しみなんて出来る状況じゃなかったんだろうさ」

「ご主人様、私は暗殺とか無理ですからね? バリバリ呪うくらいが精々ですから……」

 暗殺はダメでも呪詛はいいんだ……。

 しな垂れかかってくる玉藻の頭をポンポンと叩いてやりながら、俺は何とも言えない気持ちになった。 

「話を戻すぞ。ゼクラム・バアルになったあんたは、大王派を作って悪魔社会を裏から牛耳る一大権力を手に入れた。そうだよな」

「それだけではない。サーゼクスを中心とした新政府の樹立を支援する(かたわ)ら、旧魔王派を()き付けて内戦を引き起こしたのも私だ」

 おいおい……。

「テメエ、どこまで───ッ!?」

 再び激昂しかかるおっちゃんの肩を掴んで押さえるこちらを尻目に、バアル様の語りは続く。

「これにより戦後も比較的勢力を保っていた悪魔も凋落。聖書の勢力はその全てが大きく衰退した。その後しばらくは目立った動きは無く、権勢を取り戻そうとしていた三勢力は各々の方法で多神勢力の怒りを買っていた。そんな中、私は僻地(へきち)に流された旧魔王の子孫や主戦派と呼ばれる者たちに接触を図った」

「まさか……」

「そのまさかだ。私の支援を受けた奴等は独自のルートで天使や堕天使側の同士を集め、瞬く間にテロ組織『禍の団』を作り上げた。まあ、奴等が『無限の龍神』をトップに担ぎ上げたのは予想外だったがな」

 もうここまで来たら、俺もおっちゃんも言葉が無かった。

 ここ数百年間の悪魔や三勢力の大事件、その殆どの黒幕が目の前の男なのだから。

「奴等は期待通りの働きをしてくれた。聖剣奪取から始まる一連の事件によって多神勢力の敵愾心を煽り、世界各国で三勢力が協力してテロを起こすことによって、黙示録を連想した信者から信仰を奪う。計画通りに行けば、信仰を失った事により天界の『システム』は崩壊。『システム』が辛うじて繋いでいた信仰の加護を失った三種族は、多神勢力に滅ぼされて終わるはずだったのだが、な」

 バアル様が語りを終えると、神殿の中を静寂が支配した。

 取り分けてくれた女官さんには悪いが、もう目の前の飯に手をつける気にもならない。

 要するに、俺が今まで必死こいてやってきた三勢力存続の努力って殆ど無駄だったってことだよなぁ。

 元魔王で悪魔社会最大派閥のトップが獅子身中の虫だったとか、もうどうしようもねえよ。

 つーかこの虫、ライオンを頭から丸かぶり出来るくらいヤバいし。

「そういえば、『無限』殿」

「はい?」

「先ほどの二名の話だがな、そなたが考えているほど、簡単な話ではないかもしれんぞ」

「……どういうことでしょうか?」

「まず、そなたは奴等が特殊空間から外界に交信を試み、その結果として、受け皿であるそなたの複製を作らせたといったな」

「ええ、その通りです」

「ならば、交信相手等の外界の知識はどうやって手に入れたのだ?」

「それは、元々ある己の知識からでは?」

「ふむ。重ねて尋ねるが、奴等が居た世界はこの世界と変わらないのかね?」

 バアル様の言葉で、俺の中でも違和感が首をもたげ始める。

 たしかに、言うとおりだ。

 あの時は逃げられたという事ばかりが頭にあって思いつかなかったが、これはおかしい。

 例えばルシファーだが、奴が何かを伝えようとするなら右腕であるルキフグスだ。

 しかし、この世界ではルキフグス家はグレイフィア姉さんを除いて全滅している。

 ソロモン72柱の悪魔だって、かなりの数が断絶や取り潰しの()き目にあっている。

 さらに言えば、メガテン世界で悪魔扱いされていた多神教の神々も、こちらの世界では各々の神話勢力で神として存在している。

 あちら側のルシファーの知識では、『無限の闘争』の中にいながら、こうも暗躍できるとは思えない。

 比較的現代に近い世界を生きてきたルシファーがこうなのだ、聖書の時代そのまんまである『バイブルファイト』のDIOSに至っては、言わずもがなだ。

「気づいたようだな。次にくる可能性は、奴等が利用者から知識を得ていたものだが、恐らくこれも無いだろう。君の話では複数いた利用者の中で、最も悪魔貴族の社会に近いのがサイラオーグだという。悪魔や貴族に嫌悪感しか持たん奴では、取れる知識などタカが知れている。そして天界については誰一人知らなかったのだろう?」

「ええ。私も聖剣事件のおりに初めて、ミカエル天使長に会ったくらいですから」

「これは私の単純な疑問から端を発したことだが、もしかしたら奴等を見定める上で重要な要素になるかもしれん」 

「わかりました。もう一度、データを洗いなおします」

 無意識のうちに立ち上がっていたので再度腰を下ろすと、アザゼルのおっちゃんが声を掛けてきた。

「慎、今のは何の話だ?」

「聖書の神と初代ルシファーが蘇っちまった」

「……マジか?」

「マジ。朝の推測通り、俺のクローンを肉体にしているみたいだ」

「くっそぉっ!? どうなってんだ! この状況で奴等が復活とかありえねえだろ!!」

 両手を机に叩きつけながら叫ぶアザゼルのおっちゃん。

 料理の方は俺と玉藻が避難させて置いたから無事だ。

「正直言って、これで天界と悪魔を助けることは出来なくなった。この情報は多神勢力に流してるから、戦争も不可避だ」

「それでどうする、アザゼルよ。貴様も三勢力と共に、我等の前に立ちはだかるか?」

「・・・・・・そんな事出来るかよ、俺は堕天使を背負う責任があるんだ。俺達堕天使は、日本に亡命して高天原の下につく」

「ほう、少しは頭が柔軟になったではないか。しかし、神器の危険性から無辜(むこ)の民を手に掛けてきたお前達を、天照殿は受け入れるかな?」

 俯いたまま搾り出すような声でのおっちゃんの宣言に、バアル様は面白そうに笑う。

 右も左も三勢力には塩対応だから、本当にキッツい。

「バアル様は、これからどう動くつもりですか?」 

「大王派を召集し、彼らを在るべき姿へと戻す」

「在るべき姿、ですか」

「そうだ。大王派の者達の多くが、聖書の神に貶められた精霊や土着神だからな。本来の姿を取り戻せば、力強い味方となろう」

「・・・・・・その時は俺の出番なんですね」

「そういうことだ。報酬は弾むので、よろしく頼むぞ」

「はい! お任せください!!」

 ・・・・・・ヤバい。

 俺、戦争の前に枯れるかもしれん。

 そして玉藻よ、何故お前が返事をする。

「宴もたけなわ、というワケじゃないけど、父様達の体調の事もあるから、そろそろお開きにすべきじゃないかな?」

「そうだな」

 ディアナ様の言葉に同意を示した俺は、自分の席から腰を上げる。

 自業自得とはいえ、身体がガタガタなのだ。

 色々在りすぎたし、今日はもう寝たい。

「もう少し、明るい席にしたかったが仕方あるまい」

「いえ、十分料理もお酒も堪能させていただきました」

「本当なら泊まっていってもらい、ディアナに夜伽でもと思っていたのだがな」

「……すんません。元AV男優とか本気で勘弁してください」

「私も竿が付いた生き物はちょっと……」

「…………ハァ」

 俺達のあんまりな答えに、思わず天を仰ぐバアル様。

 いや、どんだけガワが良くても、中身ディオドラとかありえないっスから。

 さて、これ以上妙な事を言われる前に、手早く退散しよう。

「それではバアル様、私達はこれで失礼させていただきます」

「姫島慎よ、戦いの時は近い。くれぐれもその身を錆付かせんように」

「はい」

 バアル様達と神官の方々に見送られて、俺達は瞬間移動で神殿を後にした。

 

 アザゼルのおっちゃんをグリゴリに送ってから家に帰ってくると、時間は昼を過ぎていて太陽は高々とあがって青空を照らしていた。

 バタバタと動いていた親父には悪いが、心身ともに限界に来ていたので床に就かせてもらう事にした。

 明かりを消してベッドに身を投げ出せば、様々な事が脳裏を掠めていく。

 正直、バアル様については思うところがないわけじゃない。

 しかし、あの方が受けてきた仕打ちを思えば、仕方が無いとも考えるのだ。

 あの方の話を聞いて、グレモリー家のみんなの為に悪魔社会をどうこうする、なんて考えも吹っ飛んだしな。

 ぶっちゃけ、バアル様がいる限りは悪魔社会に未来はないわ。

 腕っ節ならともかく、政治力や読み合いであの方に勝つとか無理ゲーだし。

 当面は敵対することもないだろうし、できれば良好な関係を作って行きたいと思う。

 さて、展開の動向は分からないが、悪魔との戦争は待ったなしだ。

 出来うる限り備えを万全にして、家族や知り合いみんなが元気で乗り切れるようにしないとな。

 その為にも、もう一度徹底的に鍛えなおしてみるか。       




 ここまで読んで下さってありがとうございます。

 今回の話を一言で纏めると、『バアル様無双録』

 文献では四文字様とバアルは宗教的なライバル関係だったと聞きます。

 そんな神様を貶めた挙句に悪魔陣営に放り込んだら、内側から食い破られるわ。

 原作で大人しく大王やってるゼクラム・バアルはきっと本来の人格を失っているのでしょう。

 しかし、ただでさえ感想で『メガテンMUGEN』って言われてるのに、話が進むごとにそれが加速してる気がする。

 D×D要素どこ行った?

 という訳で、今回の用語集です。

 〉神聖娼婦(出典 世界史・古代宗教)

 神聖娼婦(あるいは神殿娼婦、聖婚とも)は宗教上の儀式として神聖な売春を行った者である。
 娼婦は現代では堕落や社会不安の象徴とされがちだが、原始的宗教観において性はしばしば聖なるものであり、両者を同一の人物が司る事は珍しくなかった。
 古代のシナイ半島の辺りで神聖娼婦「ケデシャー」が認められるほか、今日女性差別が最も激しい地域の一つとされるインドの仏典においても「神と人との中間にある聖職」とされている。
 その社会的地位の高さは、娼婦と国王との結婚に対して「誇り高き聖娼が世俗的な国王の后になるのか」と娼婦の母親が反対したという逸話が存在する程である。
 古代メソポタミアの巫女は、寄進を受けた者に神の活力を授けるために性交渉を行う風習があった。
 『ギルガメッシュ叙事詩』にて、ギルガメッシュの友であるエルキドゥと交わり、その獣性を鎮めた聖娼シャムハトがその代表と言える。
 このように、当時は売春行為は現在とはかなり違い、神聖な儀礼であった事をうかがい知る事ができる。
 また、古代メソポタミアのイシュタルや古代ギリシアのアフロディーテ。
 北欧神話のフレイヤなど、多くの神話では愛と美を司る女神は性に奔放な姿で描かれているのも、こうした神殿娼婦の影響によるものと考えられている。

 〉イシュタル(出典 メソポタミア神話)

 イシュタルとは、メソポタミア神話に登場する女神。
 ウルク市の都市神でライオンを随獣する。
 シュメールのイナンナ女神と同一視されており、バビロンの守護女神ベーレト・バビリとも関連づけられた。
 その人気は非常に高く、キシュ、ザバラ、アガデ、ニネヴェ、アラバイル等、ウルク以外にも多くの都市に神殿を持ち、『ギルガメシュ叙事詩』『イナンナ女神の歌』『イナンナの冥界下り』などの多数の神話伝承に登場。
 後代にはイシュタルの名前は女神を表す一般名詞として使われるようにすらなっていった。

 〉アシュター(出典 ウリガット神話)

 カナン地方に伝わるウリガット神話の軍神
 「恐るべき者」、「獅子」などと呼ばれる。
 ウガリット神話では、主神バアルが不毛の神モトにより冥界に連れ去られ、大地は不毛となってしまった期間に、その王座を狙ったのがアシュターであるとされる。
 しかし、王座の乗っ取りに失敗した彼は地位を貶められた。
 。『聖書』においては、バールの妻アスタルテとも近い名であった為に同一視され、「聖書」では、アスタロトとして彼女の中に取り込まれる。

 今回はここまでにさせていただきます。
 また次回にお会いしましょう。

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