MUGENと共に   作:アキ山

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 皆さん、お待たせしました。
 32話の完成です。
 今回は冥界の動き前編といったところでしょうか。
 事態が動くのは、もう少しお待ちください。

 FGO水着ガチャ第二弾、槍ライコーを狙って回したガチャは大爆死。
 ライコーどころかエレナも黒メイドも来やしませんでした……。
 シィィット!!



32話

「いやぁ、恥ずかしいところを見られちゃったね。釣果(ちょうか)がいつもよりも良かった所為で、ついテンションが上がっちゃったんだ」

 ポリポリと後頭部を掻きながら、にこやかに笑う赤毛の青年。

 麦藁帽子をかぶり、くたびれた白いシャツにオーバオールのジーンズを履いたその姿を見て、この人がかつての魔王だったなどと誰が思うだろうか。

 つうか、これはあかん。

 この人、完全にプライベートモードになっとるわ。

「おい慎。こいつ、本当にサーゼクス・ルシファーなのか?」

 今まで相対してきた魔王としての姿とは地平線の彼方までかけ離れた姿に、不安の声を上げるアザゼルのおっちゃん。

 だが、悲しいかな、目の前にいる陽気な釣り人は紛れも無くサーゼクス兄である。

「サーゼクス兄はこっちが素だよ。魔王の時はガチガチにキャラ造りしてたからな」

「マジかよ・・・・・・」

 あまりのキャラの差にアザゼルのおっちゃんは、こめかみの辺りを揉み込んでいる。

 俺達がいるのは、グレモリー領にある湖畔のロッジだ。

 貴族向けの別荘として造られただけあって、テラスに置かれた家具も全て一級品。

 根が小市民の俺は、こういった場所はやはり慣れない。

「ところで、今日はどうしたんだい? 慎だけじゃなくてアザゼルやバラキエルをも来ているところを見ると、穏やかな話じゃなさそうだけど」

「リアス姉から冥界に妙な動きがあるって聞いたんで、その確認にな。あと、サーゼクス兄達が心配で様子を見に来た」

「そうか。心配してくれてありがとう、僕はこの通り元気だ。ここでの生活は悠々自適だし、ミリキャスやグレイフィアとの時間も増えた。まさに『無職サイコー!!』って感じだよ」

 微笑を崩さずに、社会人としては最低な事を口にするサーゼクス兄。

 いや、あれだよ。

 きっとこれは、激務で追いつめられた反動なんだよ。

 だから気にすんなよ、親父。

 そっちに対する嫌がらせじゃないんだからさ、多分。

「それで冥界の不穏な動きというと、政変や条約破棄の事だね」

「ああ。まだ日も経ってないのに悪いけど、聞かせてもらえるか?」

「いいとも」

 快く頷いてくれるサーゼクス兄に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。  

 あー、やっぱり気まずいわ。

 クビになって一週間も経ってないのに掘り返すとか、不躾(ぶしつけ)にもほどがあるだろ。

「まずは僕等の解任についてだね。駒王会議の後、持ち帰った君との約束を議会で発表したんだけど、待っていたのは貴族共からバッシングの嵐だった。とくに話題が『悪魔の駒』になると、アジュカのバカまで顔を真っ赤にして反対してね。秘密兵器として持って行った君と白龍皇の戦いの映像も、捏造だの、混ざり物がどうだのって認めようとしない始末だ。思わずセラフォルーと二人で、貴族院の老害共を皆殺しにするところだったよ」  

 ・・・・・あの、ニコニコ笑いながら皆殺しとか言わんでください。

 目がマジなのが異様に怖いです。

「外からは無理難題を押し付けられ、下からは反対反対と突き上げられる。あれが世間で言う『中間管理職の悲哀』なんだろうね。しかし、それでも結果を見せないと、待っているのは君や多神勢力との戦争だ。他の神々はどうでもいいけど、君の相手は真っ平ゴメンだったからね。父上たちを説き伏せて、グレモリー傘下にいる下級貴族の眷属達を開放したんだ。そうしたら、その貴族達が貴族院に僕達を訴えたのさ。『冥界に不利益を及ぼす輩』だってね」

 立て板に水とばかりに、スラスラと経緯を話すサーゼクス兄。

 先ほどまで目に宿っていた殺意は今は無く、代わりに顔に浮かぶのは皮肉げな笑みだ。

「そこからは早かった。貴族院が出した不信任案はあっという間に可決されてね。僕達はお役御免というわけさ」

 自分の転落を語っているはずなのに、サーゼクス兄に浮かべるのはやはり溢れんばかりの笑顔だ。

 というか、これって完全に俺の所為じゃね?

「あー……。なんつうか、ゴメンな。サーゼクス兄達の立場がこうまで悪いとは思ってなかった」

「あやまる必要なんてないさ。むしろ僕は感謝してるんだよ」 

 …………うん、感謝とな?

「だって、君のお陰で穏便に魔王を辞める事が出来たんだから」

「いやいや、罷免(ひめん)って全然穏便じゃないから」

「穏便だよ。普通は死ぬしか辞められないからねぇ、魔王って職は」

 『まるで呪いのアイテムだよ』なんて言いながら呵々(かか)と笑うサーゼクス兄。

「ちょっと待て。お前、魔王を辞めたかったのか?」

「もちろん。そもそも、あんな面倒な立場になりたいとも思ってなかったからね」 

 顔を引き攣らせたアザゼルのおっちゃんの問いかけに、サーゼクス兄は当たり前のように答える。

「じゃあ、なんで引き受けたんだ?」

「祀り上げられちゃったのさ。僕が超越者である事に目を付けた、貴族院の老害にね」

 俺の問いで当時の事を思い出したのか、笑顔だったサーゼクス兄の表情が苦々しいものに変わる。

「当時は三勢力の大戦からの旧魔王派と新政府の内戦で、悪魔が大幅に衰退していたからね。魔王の後継として、他の勢力への抑止になりうる強い悪魔が求められたんだ」

「それで候補に挙がったのがお前さんか」

「ああ。同じ超越者であるアジュカ、当時はグレイフィアと女性悪魔最強を争っていたセラフォルーもそうだ。ファルビウムは、戦闘力に特化した僕達を知略面でフォローする為に選ばれたんだ」

「……その人選って何気にダメになってるよな。アジュカさんは自分の研究に没頭しているし、ファルビウムさんは眷属任せでほとんど職務放棄じゃん」

「ホントにね。真面目に働いてたのって、僕とセラフォルーだけじゃないかな。ゴホンッ。正直、僕はなりたくなかったんだ。こんな性格だから、個人的にはグレモリー家を継ぐのもヤバいんじゃないかって思ってたし。でも、大戦や内戦で亡くなった人を引き合いに出されたら、断る事なんてできないでしょ。グレイフィアとの結婚もあったしさ」

「まあ、旧魔王派についたルキフグス家の女を嫁にするなんざ、魔王の権力でもなけりゃ無理だわな」

「そうそう。そんな理由で引き受けたんだけど、すぐに滅茶苦茶後悔したよ」 

 うおっ!?

 なんか、サーゼクス兄の眼が急速に死に始めた。

 表情が笑顔のままだから、余計にキモいぞ。

「魔王になった僕を待っていたのは、ストレスと頭痛・胃痛の毎日だ。老人達は好き勝手言うし、貴族やそのガキ共はあちこちで問題を起こす。外部勢力はことごとく当たりが強いし、問題解決の為の法案を出しても、貴族院の都合の良いもの以外は全部撥ねられる。同僚もアジュカは研究室に引き篭もってばかりだし、ファルビウムはやる気がゼロ。貴族院の議長かファルビウムの顔面に辞表を叩きつけてやろうと何度も思ったけど、リアスやミリキャスの将来を思えばそれもできない。『玉座は豪奢(ごうしゃ)な牢獄』とはよく言ったものだよ。気が付けば、ブラック企業もなんて裸足で逃げ出す国家の奴隷だったんだから」

 目に続いて表情まで死んだサーゼクス兄の異様に二の句が告げないでいると、何を思い出したのか、物凄く至福の笑みを浮かべ始めた。

 これ本当に大丈夫か?

 サーゼクス兄は顔芸に走るキャラじゃなかったはずなんだが……。

「だからさ、罷免の通告を受けた時の開放感は(たま)らなかったよ。世間の目があるからショックを受けたフリをしてたけど、議会を出た瞬間にセラフォルーと思いっきりガッツポーズをしたからね」

 言われてプラトーンのジャケットさながらに、天に向けて両手を突き上げる魔王二人の様子が思い浮かぶ。

 シュールすぎるわ。

「そ・・・・・・そうか」

 『フリィィィィダァァァァァムッッ!!』と、湖に向けてどこぞのロックシンガー張りのシャウトを放つサーゼクス兄に、アザゼルのおっちゃんは遠い声で呟いた。

 なんつうか、ストレス半端なかったんだな、サーゼクス兄。

 それだけ必死こいて頑張ってたんだから、次がアングラーとか無職でも仕方ないよな。

 まあ、そんなこと言ってられる場合じゃないんだけどね。

「話は変わるけどさ、条約破棄ってマジなのか?」

「ん? ああ、本当だよ。貴族院の老害共とアジュカ達が決定した」

 ため息混じりに応えるサーゼクス兄に、アザゼルのおっちゃんは不満げに顔を顰める。

「だったら、なんでこっちに何も連絡が無い? 駒王会議で決まった条約は、三勢力にとって一蓮托生の代物なんだぞ。それを一勢力が勝手に破ったら、同盟なんて意味無いだろうが」

「今の政府の考えは僕には分からないよ。もしかしたら、駒王会議で決めた事の一切を無かった事にするつもりなのかもね。ニュースを見る限りだと、他の勢力を敵に回しても何とかなる手があるみたいだし」

「無かった事だぁ!? この状況でなにを考えてやがんだ、老害共は!!」

「まあ、僕もセラフォルーも老人達に(うと)まれてたからね。僕達が持ち帰った条約なんて認めたくなかったんだと思うよ」

 苛立たしげに机を叩くアザゼルのおっちゃんに、サーゼクス兄がフォローになってない言葉をかける。

「サーゼクス兄達は、上級貴族連中に嫌われてたのか?」

「うん。僕とセラフォルーは行政と外交の前面に立ってからね、必然的に改革を推し進める立場になったんだ。それが自分の権利を保持したい老人たちには目障りだったみたいでね」

「そういや、眷属悪魔の地位向上とかやってたもんな」

「それも改革の一環だったんだよ。まあ、そっちは『尊き悪魔の血を守る』っていう、高潔な志を持つ連中に潰されたけどね。そんなに純血悪魔が大事だったら、政治に口出ししないで嫁さんと腰でも振っとけって話だよ」

「そんな身もフタも無い事を・・・・・・」

 ド直球の下ネタに、さしものアザゼルのおっちゃんも閉口する。

 もう魔王だった時のキャラは欠片も残ってないな。  

 しかし、駒王会議の案件をガン無視とはな。

 こりゃあ、やっぱり行政府に乗り込む必要がありそうだ。

「もう一つ、サーゼクス兄に聞きたいんだけどさ。二人の後釜に座ったルイって奴を見た事があるか?」

 俺の中でしこりとなっている人物の事を尋ねると、サーゼクス兄の表情に困惑の影が挿す。

「それは僕も気になっていてね。色々と探りを入れているのだけど、彼の姿を捉えることもできなかった」

「つまりは何も分からないと?」

「そうなるかな。まあ、今の僕はただの貴族の長男だからね、行政府の機密を見抜くのはハードルが高いよ」

 落ち込んでるかと思えば、あっという間に素に戻って笑うサーゼクス兄。

 当事者に聞けば何か分かると思ったが、これでは仕方が無い。

 またしても収穫無しという事実に小さくため息をついていると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。

 声がした方に目を向けると、こちら近づいて来るミリキャスとグレイフィア姉さん、そしてフェイト姉妹の姿が見えた。

 振り返った俺に嬉しそうに手を振る、お子様三人。

 こちらも手を振り返していると、四人の背後に妙な魔力反応を感じた。

 いつでも動けるようにこちらが椅子から腰を上げると、それに少し遅れて転移の魔方陣が形成され、中から複数の不審者が現れる。

 不審者はいずれも上級悪魔で、その数は7人。

 全員が特殊部隊が着るような黒の戦闘服を身に纏っている。

 両手に魔力を(ほとば)らせている魔術師タイプが3人、剣や槌など近接用武器を腰に下げているのが3人、そして、自分の周りに障壁を張り巡らせた指揮官らしき者が一人。

 狙いは言うまでも無く、ミリキャスたちだ。

 こういう事もあるだろうとは思っていたが、このタイミングで来るとは思わなかった。

 不審者たちは声を出さず、ハンドサインで意思疎通しているらしい。

 司令官がミリキャスを指差すと、前衛らしき三人が音も無く背後に忍び寄る。

 背後からの影に気づいたグレイフィア姉さんとサーゼクス兄が動こうとするが、間に合わない。

 普通ならこのままミリキャス達が拉致されて終了だが、どっこいウチの弟分は普通ではない。

 三人の内の一人が自身を捕まえる寸前、ミリキャスは奴の眼前から消えた。

「今のは『ブラックアウト』という技です。僕の動き、見えなかったでしょう?」

 目標を失ってせわしなく視線を巡らせていた奴は、背後からかかる声にその動きを止めた。 

 そして次の瞬間、物凄い力で腰の辺りを押されたかのように、背を反らせながら不審者は吹っ飛んだ。

 強制的に上を向かされた奴の視線の先には、宙を舞うミリキャスの姿が。

「行きますよ、飛燕双龍脚ッ!」

 滅びの魔力を纏った左の飛び足刀が相手の顔面にメリ込み、間髪入れずに足刀を軸足にした右の回し蹴りが米神を抉る。

 食らった不審者は側転気味に吹っ飛び、蹴られた方とは逆の側頭部を地面に叩きつけられて動かなくなった。

「うん。やっぱり『ミニッツスパイク』で蹴り飛ばすと同時に、相手の上を取る作戦は使えますね。あとは『ブラックアウト』からの繋ぎの隙を無くすのが課題でしょうか」

 自分の動きが満足のいくものだったのか、着地と同時にミリキャスはうんうんと頷いている。

 だがしかし、あいつを狙う敵はまだ控えている。

 あっという間に仲間を倒された前衛の二人は、武器に手をかけながら間合いを計ろうとしていた。

 しかし、それはもう遅きに(いっ)している。

 奴らの背後でフェイト嬢がバルⅡを構え、ネージュ嬢とディモスが魔力チャージを終えているからだ。

「行くよ、バルディッシュ!!」

『Yes sir!』

「おっちゃん、がったいこうげきだ!!」      

「任せてもらおう」

「「「トライデント・スマッシャー!!」」」

 姉妹とディモスの合体雷撃を食らって、声も無く倒れ伏す二人。

 相変わらずのコンビネーションである。

「くっ、手練(てだれ)れの下僕共がこうも簡単に・・・・・。さすがは超越者の息子ということか」

 襲撃からわずか一分足らずで前衛が全滅したことに、声を上げて焦る司令官。

 いや、あの程度で手練れってのはどうなのか。

 それとミリキャスの奴、『K’』と闘ったみたいだな。

「それは間違いですよ、不審者さん。僕の強さは(たゆ)まぬ努力と、慎兄様の指導の賜物(たまもの)です。お父様からは滅びの魔力を貰っただけで、あまり関係はありません」

 エッヘンと胸を張るミリキャスの言葉に、向かいに座っていたサーゼクス兄がペチャリと机に突っ伏した。

「ミリキャスゥゥゥゥ。パパは・・・・・パパは悲しいぞぉぉぉ」

「おーい、精神的に折れてる状況じゃないぞ、駄目親父」

「いや、君がいるから大丈夫かなって」

「そりゃあ、ヤバくなったら助けるけどさ。それでも気は張ってないと駄目だろ」

御尤(ごもっと)もです」

 サーゼクス兄とアホなやり取りをしている間にも、向こうの事態は動いている。

 見れば、後衛の魔法使い達が術式を展開し、その前面には司令官を覆っていた障壁がそびえ立っている。

 なるほど、あの司令官の役割はこれか。

「舐めるなよ、小僧! いかに貴様が滅びの魔力を持っていても、三重に重ねた我が障壁を破れはせん!! 高位魔法の雨を食らいたくなければ、投降しろ!!」

「お断りします。貴方程度の小物に敗北を認めるようでは、僕の目指す場所には到底たどり着けませんから」

 微笑を崩さないままに、えげつない事を口にするミリキャス。

 純真だったはずの弟分が、あんなに煽りが上手くなってるなんて・・・・・・ッ!?

「クソガキがぁッ!? 後悔しやがれぇぇぇっ!!」 

 こらえ性がないのか、容易くブチキレた司令官の号令で一斉に放たれる高位魔法。

 つーか、あいつ等ってミリキャスを捕らえに来たんじゃないのか?

「大丈夫です、お母様。僕に任せてください」    

 前に出ようとしていたグレイフィア姉さんを制すると、ミリキャスは大きく両手を広げる。

 一見すれば十字に見えるその体勢、広げた双方の掌には膨大な量の紅い魔力が蓄積されていく。

 おいおい、あの体勢って・・・・・・

「覚えたての超必殺技、受けてください! カイザァァァァッ! ウェイィィブ!!」

 広げていた両掌を合わせると同時に放たれた巨大な紅い魔力弾は、迫り来る高位魔法を容易く飲み込み不審者たちに襲い掛かる。

「「「「ぐわあああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」

 道に敷き詰められていたレンガや街灯などを根こそぎ消し飛ばした魔力弾は、紅い軌跡を残して空へと消えた。

 跡には抉り取られた地面とパンツ一丁でブスブスと焦げている不審者四名が残されている。

 言うまでもないが、戦闘不能である。

「う~ん、まだまだ威力が足りないなぁ。この程度じゃ、サイラオーグ兄様の覇王翔吼拳を止められそうにないや」

「そうかな、私はやりすぎだと思うけど」

「みんなパンツ丸出しだぁ! かっこわる~い」   

 無残な姿になった敗北者を見ながら、言いたい事を口にするお子様たち。

 しかし、今の『カイザー・ウェイブ』はなかなかの威力だった。

 威力はそのままで服だけを消滅させているあたり、魔力制御の腕も相当にあがったらしい。

 何があったかは知らないが、ミリキャスの奴一皮むけたかな?

「みんな、怪我はない?」

「はい」

「もちろんです」

「もんだいなーし」

 グレイフィア姉さんの問いかけに三人は元気に答える。

「かぁ~、やるねぇ。魔力制御もそうだがあの歳で近接戦闘もこなすとは、(せがれ)をしっかり育ててるじゃねえか!」

 しきりに感心しているアザゼルのおっちゃんに、サーゼクス兄はバツが悪そうな顔をする。

「僕が鍛えたわけじゃないよ。ミリキャスは勝手に強くなってたんだ」

「勝手にって、そりゃねえだろ。あのチビが使ってたのは、全部高等技術だぞ。あんなの独学で覚えられるかよ」

 ところがどっこい、覚えたんだな。

 ミリキャスはヴァーリに匹敵する才能を持っている。

 一目見ただけで技を模倣する理解力もそうだが、格闘センスや魔法のセンスもぴか一だ。

「主、あの少年も『無限の闘争』の修行者なのですか?」 

「ああ。あいつは天才を超えた鬼才だからな。十年後にはサーゼクス兄を抜いて、悪魔最強になってるかもな。機会があったら手合わせしてみな」

「はい」   

 問いかけに答えると、傍に控えているディルムッドはミリキャスへ鋭い視線を向ける。

 その目は子供を見守るものではなく、自分に並び立つであろう強者を定めるそれだ。

「そういえば、さっきの襲撃の時に動かなかったな。お前さんなら、率先して守りに行くと思ったんだが」

「その必要はありませんでしたから。あの程度の手合いなら、彼一人であしらえたでしょう」

「なるほど。こりゃあうかうかしてると、追い抜かれるかもな」 

 英霊に認められるほど強くなったか。

 ミリキャスよ、お兄ちゃんは鼻が高いぞ。

 

「しかし、こいつ等は何者なんだ?」

 顎鬚(あごひげ)を弄りながら、アザゼルのおっちゃんが呟く。

 襲撃から10分ほど後、俺達は情報を聞き出す為に襲撃者達を別荘の裏まで連れてきていた。

 両手足を縛られて、地面に横たわる曲者たち。

 念のために肩と膝の関節を外してあるので、妙な真似はできないだろう。

「装備や所持品からは、身元が分かる物は発見されませんでしたね」

「元とはいえ要人の家族を拉致しようって連中だ。身元が割れるような物なんて、身に付けてるはずないわな」

 パン一の刑に処されなかった奴から剥いだ装備を調べている、ディルムッドの呟きに答えを返す。

 今のタイミングでミリキャスを狙う奴なんて、貴族院の老害か現魔王のどっちかだろうが、それを示す証拠が出なければどうにもならない。

「どうするんだ、慎。なんなら私が聞き出してもいいが」

 襲撃者に見せ付けるように、両手で雷光をスパークさせる親父。

 悪魔があれを食らえば、黒こげどころか消滅は免れないので、脅しとしては効果はあるだろう。

 しかし、相手も()る者。

 顔面のすぐ傍まで雷光を近づけられても、うめき声の一つも上げない。

 ・・・・・・これは真っ当な手段だと、時間を食いそうだな。

「ちょっとした裏技を使うから、みんな下がってくれ。あと、グロいのが苦手な奴は離れるのをお勧めする」

 指の骨をゴキゴキと鳴らしながら、パン一アフロになった司令官の前に立つ。

 さて、成功するかどうか。

 不安に揺れる相手の目を見ながら、胸の辺りに指拳を打ち込む。

 あまり威力を込めていないので、指拳自体は軽く身体を揺らす程度でしかない。 

「き・・・・・・ッ、貴様らが何をしようとも、我々が口を割ることはない。諦めてさっさと殺すが──が、ががっ!?」

 得意げな顔でこちらを挑発していた司令官は、突然自由を失った己の口に目を白黒とさせる。

 使うのは初めてだったが、上手くいったらしい。

「経絡秘孔の一つ、新一を突いた。お前の口は意思とは無関係に喋りだす」

「あがっ・・・・・・が・・・・・・我々は・・・貴族院に、属する・・・なぜっ・・・・・・裏の、実行部たい・・・・・い、い、・・・・・・いってれぼっ!?」

 ・・・・・・おや?

「グロっ!? おまえなぁっ! 頭と胸が内側から破裂するとか、やりすぎだろ!」

「おろろろろろろろっ」

「サーゼクス! しっかりして、サーゼクス!!」

 突然のスプラッタな光景に抗議の声を上げるアザゼルのおっちゃん。

 見れば、サーゼクス兄がリバースしているのを、グレイフィア姉さんが看病している。

 おかしい。

 ここは全部吐いた後に、『いけねぇぇっ!? 喋っちまったぁぁ!! …………ごべりばぁっ!?』と爆発するのが正解のはずなんだが。

 くっ、俺の北斗神拳は未だにアミバの粋だというのか・・・・・・っ!?

「慎、いったい何をしたんだ? 口を割り始めたと思ったら、こんな風になるなんて」

「いや、自白用のツボを押したんだよ。本当なら全部ゲロするはずなんだけど、どうしてこうなった?」

 手順を省みてみても原因は思い当たらない。

 込めた氣が多かったのか?

 それとも秘孔の位置がズレていたのか?

 う~む、わからん。

 北斗神拳は完全独学だから、詰まった時が困るんだよなぁ。

 誰かを師事したくても、北斗三兄弟は口をそろえて『北斗神拳は一子相伝、教える事はできぬ』っていうし。

 え、石油のアルカナに某天才?

 結構ですので、お帰りください。

 てな感じで大恥をかいたわけだが、この後尋問自体はスムーズにいった。

 どうやって口を割らせたかというと、『あべしっ!?』状態になった司令官の遺体を見せて『お前もああなりたいか?』と聞けば、盛大に舌を(おど)らせてくれた。

 相手の胸に指を当てるだけで、なんでもかんでもベラベラと喋ってくれたので、手間という意味では大助かりだったのだが、個人的には納得のいかない話である。

 肝心の情報だが、今回の襲撃は貴族院主導のモノで、その目的はミリキャスの身柄の確保。

 定石というか何と言うか、息子を人質に取って、サーゼクス兄達の首輪にするつもりだったらしい。

 奴らも温室培養で育てられた貴族のボンボンを(さら)うだけの簡単な仕事と思ったらしいが、結果はこのザマである。

「それでどうする、サーゼクス兄?」 

 今回の被害者であるサーゼクス兄に水を向けてみる。

「慎。さっきの証言は記録してくれてるかな?」

「ああ、最高画質で録画しておいた。魔法で隠してた身分証明書と、こいつらが飼い主に会う為の割符(わりふ)付きでな」 

「結構。ならそれを使って、グレモリー家から貴族院を訴えよう。僕が戻ったといっても、ミリキャスはグレモリー家の次々代の当主だ。手を出したのなれば、父上も黙ってはいない」

「なるほどな。元魔王と言ってもケツの青い若造より、同世代の公爵であるジオティクスの方が抑止に向いているか」

「この歳で父親に頼るのは恥ずかしいけど、格好なんて気にしてられないさ。とはいえ、むこうも海千山千の老怪共だ。完全に黙らせるにはまだ弱いだろうね」

 確かに。

 あの爺達なら表向きは念書を書いても、裏で下部組織経由で自分達とは繋がりが無い奴らに襲撃を任せる、なんて事くらいは朝飯前だろう。

 やはり、ミリキャス達の安全を考えるなら、冥界を離れたほうがいいか。

「なら、駒王町のリアス姉のところに行ったらどうだ? さすがに日本まではジジイ達の手も伸びないだろ」

「駒王町か。そこなら彼らの手も届かないかな。けど、大丈夫なのかい? 僕らが行くとなると日本が黙っていないと思うけど」

「その辺は俺が話をつける。戻ったら、駒王町に魔王しか入れないくらいの結界を張るし、悪魔との戦いでサーゼクス兄たちがいたら本気を出せないとか言っといたら、向こうも納得するさ」

「悪魔との戦い、か。やはりそこは避けられないんだね」

「悪い。こればっかりは、どうしようもない」

「仕方が無いさ、伸ばされた手を払ったのは悪魔側だ」

「ジオティクス小父さん達にも、日本に行くように勧めてみるつもりだけど───」

「難しいだろうね。父上や母上が自領や民を見捨てるとは思えない。あの人たちは最後まで、貴族としての使命を果たそうとするだろう」

「やっぱりそうかな?」

「うん」

 思わずため息が漏れてしまう。

 こうなったら、小父さん達が戦場に出た時に、当身か何かで気絶させてかっ攫うしかないか。

 同じ戦場にいる事や小父さんたちが主神クラスにエンカウントしてない事などなど、確率的には殆ど博打だがやるしかないだろう。

「アザゼルのおっちゃん。悪いけど、現魔王にアポを取ってくれないか?」

「そりゃ構わんが、今日行ってすぐに会えるってわけじゃねえぞ」

「分かってるよ。けど、極力早めに会えるようにしてくれ。こっちが裏を取るってんで、天照様は動きを抑えてくれてるんだ。長々と待たせるわけにはいかない」

「・・・・・・やれやれ、戦争かよ。今までこうならねぇように必死にやってきたのに、堪んねえなぁ」

 頭を押さえながら、アザゼルのおっちゃんは慣れた手つきで携帯を操作する。

「慎、やはり戦場に出るのだな?」

「ああ。言い出しっぺだからな、吐いた唾は飲めないよ。それより俺がいない間、お袋たちを頼むな。悪魔はもちろんの事、多神勢力の中の欲をかいた連中も手を出してくるかもしれないから」 

「任せておけ。母さんや朱乃達は私が必ず守ってみせる。だから、お前は余計な心配はせずに生き延びることだけを考えるのだ」

「了解」

「慎、アポが取れたぞ。会うのは二日後、むこうはアジュカとファルビウムが参加するそうだ」

「ルイって奴は出ないのか」

「出るように要請みたが断られた。奴さん達、どうあってもそのルイってのを出したくないらしい」

「そいつは臭いな」

「ああ、厄介事の匂いがプンプンするぜ。この件は一筋縄じゃいかないかもな」

 苦虫を噛み潰したような顔で、懐から取り出したタバコをくわえるおっちゃん。

 その前に火を差し出しながら、親父は口を開く。

「アザゼル、堕天使はどうするつもりなのだ?」

「ミカエル達の動きにもよるが、日本に掛け合って下に付かせてもらうつもりでいる」

「聖書の勢力を抜けるつもりか?」

「ああ。今のグリゴリには神話勢力を名乗れるほどの力は無い。それに今回の件で悪魔がやられれば、次はウチや天界にお鉢が回ってくるのは自明の理だ。だったら、お前やシェムハザの事を縁にして日本の下に付いたほうが、生きる目もあるってもんさ」

「・・・・・・私になにか出来ることは無いか?」

「阿呆。お前は家の事だけ考えとけ。せっかく奇跡中の奇跡を引き当てて、家族を取り戻したんだ。今度こそしっかり守ってやれよ」 

 紫煙を吐きながら、自分より一つ分高い親父の頭をぐしゃぐしゃと撫でるおっちゃん。

 俯き、目頭を押さえる親父の手からはポツポツと水滴が落ちている。

 ・・・・・・こりゃあ死なせるわけにはいかんわ。

 悪魔側がどんな隠し札を持ってるのかは知らないが、何としてでも一緒に帰るようにしないとな。

 

 

 

 

 あの後、ミリキャス達に分かりやすく事情を説明した俺は、サーゼクス兄一家を日本へと送り届けた。

 天照さまには、悪魔側の契約破棄を伝えた時にこうする事も伝えていたので、この辺は滞り無くいけたと思う。

 まあ、今回の代価として無茶振りを二つ聞くことになったけど、それは仕方が無いだろう。

 で、その際に二日後の悪魔との会合の事を伝えたところ、コンパクトサイズの遠見の鏡を持たされた。

 なんでも雲外鏡(うんがいきょう)の協力を得て造った特別製らしく、親鏡が映した光景を複数ある子鏡で確認することが可能らしい。

 でもって、子鏡は主な多神勢力の主神のところにある、と。

 ・・・・・・なるほど、LIVE配信しろってことですね。

 『一番良い中継を頼みましたよ』とにこにこ顔で手を振る天照様に、思わずため息が出る。

 むこうが開戦を口にした瞬間に、宣戦布告しながら奇襲でもするつもりじゃねえの、これ?

 多神勢力の皆さんの戦意がすごくて泣きそうです。

 

 そんな生臭いやり取りを終えた俺は、その脚でシトリー領に飛んだ。

 さっきのサーゼクス兄の件でも分かると思うが、世界を(また)ぐと瞬間移動の精度は若干落ちる傾向にある。

 さらに言えば、氣で察知するのは位置だけなので、相手が何をしているのかは分からないのだ。

 ・・・・・・うん、言い訳はこの辺にしようか。

 セラフォルー姉さんの様子を見に行ったら、バスルームに転移してしまった。

 しかも姉さんはシャワー中だった為に、思いっきり裸を見てしまったのだ。

 漫画とかでラッキースケベってのがあるが、実際にやらかしてしまうと気拙いなんてもんじゃない。

 謝罪と共に慌ててバスルームを出ようとする俺。

 しかし、不用意に踏み出した一歩が、床に落ちていた石鹸によって滑ってしまう。

 このままでは姉さんを巻き込んで転倒するという、最悪が二乗になるコース!

 だがしかし、俺はそんなハーレム系ラブコメの主人公では断じてない・・・・・・ッ!!

 転倒するよりも早く姉さんの手を掴んだ俺は、合氣の要領で湯が満たされたバスタブに彼女を放り込む。

 そして倒れこむのを、勢いを利用しての前方宙返りで回避。

 だが、床いっぱいに広がった石鹸の泡の所為で、着地の足がまたしても滑る!

 仕方が無いのでまた前宙、また滑る、また回る、滑る、回る、滑る、回る・・・・・・・・・・・

 気づけば、一昔前に流れていた燃焼系アミノスポーツ飲料のCMの様に、その場でひたすら前宙を繰り返していた。

 この際にあのCMソングを口ずさんでしまったのは、仕方が無いと思う。

 セラフォルー姉さんの拍手によって無限前転を終えた俺は、ローリングアタックのようにして素早くバスルームから撤退。

 後から出てきたセラフォルー姉さんに『GOD土下座』で謝った。

 幸い、俺がそういう奴ではないと分かっていた姉さんは、苦笑いで許してくれた。

 日本に行く事を薦めに来たのに、初っ端からアウトにもほどがある。

 女性に会いに行く時は瞬間移動は控えよう、いや、マジで。

「それで、今日はどうしたの?」

 魔王と共に魔法少女も廃業したらしいセラフォルー姉さんは、フローリングに正座したままの俺にお茶を煎れてくれた。

 室内は柔らかい色彩の壁紙に、センスの高さが伺える一級の家具という落ち着いた大人の女性の部屋だった。

 そこからは、魔王少女のようなイタいファンシーさは欠片も見当たらない。

 とりあえず、彼女も魔王の座を追われたことに関してのショックは無いようだった。

 外交という外からの圧力が一番来るポジションだった為、掛かるストレスは相当キツかったのだろう。

 辞めた時には、世界がバラ色に見えたらしい。

 で、その後は部屋でゴロゴロしつつ、趣味のアニメやらネットショッピングやらで英気を養っていたそうな。

 なんか、ニートの入り口に足を踏み入れているような気がしないでもないが、その辺は置いておこう。

 ルイと呼ばれる男の情報については、知っていたのはサーゼクス兄と同程度。

 期待していなかったと言えば嘘になるが、姉さんもこの辺は同条件なんだから仕方ないだろう。

 その後、現状を伝えた上で日本の支取会長の元に行くように薦めると、少し迷った後でOKを出してくれた。

 シトリーのご両親にも薦めるべきかと聞いたところ、止められてしまった。

『突然、君がそんな話を持っていっても両親は混乱するだけだし、領主としての責務があるから頷きもしない。それ以前に不法侵入者として逮捕されるよ』

 との事でした。

 すんません、姉さん。

 御尤もです。

 会長に確認を取ったところ、受け入れには少し時間がほしいとのことだったので、魔王との会談の前に迎えに来る事を約束して、俺は部屋を後にした。

 その際、『来る時は事前に連絡してね』と言われて、『シューティング・スター・土下座』で再度謝ったのは、是非とも消し去りたい過去である。

 

 

―――― 突発企画『サイラオーグ君、今を行く』

 

 悪魔という種族に未来が見出せなくなったため、眷属と母を連れて冥界を出奔(しゅっぽん)したサイラオーグ。

 事前準備は整えていたものの、不可避の戦争が目前に迫っている事に焦ったのが災いしたのか。

 彼等が現れたのは、目的地である日本から遠く離れたギリシャであった。

「申し訳ありません、サイラオーグ様。距離的な問題に加えて、オリュンポスや高天原の結界がある為、我々の力では転移は不可能なようです」

「そうか……。ご苦労だった、ミスティータ達と共に車の中で休んでくれ」

 自身の女王であるクイーシャ・アバドンにねぎらいの言葉を掛けたサイラオーグは、自身の家となった白い大型キャンピングカーに背を預けた。

 今の窮状を呼び寄せたのは、完全な己の判断ミスだ。

 あの時、行政府の判断に危惧を抱いたからといって、なぜ日本に近いグレモリー領に移動してから地上に転移しなかったのか。

 クイーシャを初めとした眷属の中でも魔術に精通した者達が、車体に強力な抗結界の仕掛けを施してくれたのは本当に助かった。

 下手をすれば、転移をこの地に張られたオリュンポスの結界に(はば)まれて、車体ごとお陀仏だった可能性もあるのだ。

 そんな感じで一難が去ったとはいえ、現状が(かんば)しくないのは変わりがない。

 ギリシャは悪魔にとって最右翼の一角であるオリュンポスの地。

 ここに長居していればいらぬ疑いを掛けられ、最悪の場合は彼等の手勢を相手どらねばならない可能性もある。

 そうなっては、いかに姫島慎でも自分達を保護するのは難しくなるだろう。

 この身一つであれば、誰かの保護に頼ることもなく、邪魔するモノは拳で粉砕すれば事足りる。

 日本にだって、転移など使わずに走っていけばいいのだ。

 しかし、病床から復帰したばかりの母や自分を慕う眷属達を思えば、そんな無茶は出来ない。

 『無限の闘争』を経由して日本に行くという手もあるが、それは本当の意味での最終手段だ。

 アクセス権を貸し出されたとはいえ、あそこは慎にとっての重要機密。

 いくら自身の眷属でも、管理者の許可なく上げるべきではないだろう。

 となれば、この地を離れて日本を目指すには、キャンピングカーが積めるフェリーを探し出しての海路。

 もしくは、車をこの地に捨てての空路かのどちらかになるだろう。

「さて、どうしたものか……」

 どちらを選んでも先立つ物が必要になるが、取るものも取り敢えず出て来た所為で路銀の方も十分とは言えない。

 かと言って、この世界の住人ではない自分達が真っ当な手段で金銭を稼ぐことは難しい。

「どこかでストリートファイトの大会でもやっていれば助かるのだが……」

 益体も無い事を口にしながら、サイラオーグは己の拳を見つめる。

 師父と呼ぶべき男が『ブ厚くて大きい』と()めてくれた拳。

 魔力を持たず、母を除く周囲の大人から出来損ないと蔑まれていたサイラオーグにとって、自身の身体の事を認められたのはまさに衝撃だった。

 思えば、師を尊敬したのも、空手にのめり込んだのも、全てはあの言葉が始まりだった。

 それから彼は、極限流空手の腕を磨きながら、自身のように出自や能力が原因で迫害されている者達を助け、眷属にしていった。

 迫害している側と衝突する事も少なくなかったが、どんな窮地に陥った時もこの拳があれば打ち砕くことができた。

 しかし、そんな自慢の相棒でも今回ばかりは鳴りを潜めたままだ。

 途方に暮れて舗装もまばらな田舎道を眺めていたサイラオーグは、自分達が停車している道の先に対峙する一団を見つけた。

 一方は大型バイクを傍らに停めた男女、もう一方は鎧姿で剣や槍で武装した時代錯誤の男達だ。

 その様子にサイラオーグは、もたれ掛かけていた背をキャンピングカーから放した。

 未だ未熟なれど、彼もまた武術家である。

 目の前で無法が行われるのを見過ごしていては、師に顔向けができない。 

 それが悪魔の手による物ならば、猶更(なおさら)だ。

 カップルを救おうと急いでいたサイラオーグは、片割れの男を見て思わず足を止めた。

 遠間からは解らなかったが、男は三メートル近い巨体に全身が(いわお)の如き筋肉で覆われていた。

 フリーサイズのカーゴパンツやTシャツを着てもなお逞しさが見て取れるその姿は、現地の人間が見ればこう評すだろう。

 まるで『ヘラクレス』のようだ、と。

 男の鍛え抜かれた巨体とにじみ出る強烈な威圧感に、思わず息を飲むサイラオーグ。

 自身も悪魔の中では上背があり体格もいい方だが、目の前の男とは比べ物にならない。

 平均的な背格好の襲撃者では、その差は大人と子供のそれである。

 しかし襲撃者たちは、それでもなお引き下がろうとしない。

 多少腰は引けているものの、武器を構えてじりじりと間合いを詰めている。

 魔力の流れから、4人ともに上級悪魔なのは見て取れた。

 おそらく、その矜持が人間に背中を向ける事を良しとしないのだろう。

 ……その気概は買うが、今回ばかりは悪手としかいいようがない。

「アル……」

「心配はすることはない」

 自身の身を案じて縋りつく連れの美女を優しく解いた男は、一歩前に出る。

 それだけで、包囲しているはずの悪魔達は大きく後退する。

 最早どちらが襲撃者かわからないような状態だが、対峙する事で恐怖が振り切れたのか、雄叫びと共に悪魔の一人が剣を上段に構えて突撃した。

「いつも通り───」 

 自棄を起こしているとは言っても、そこは人とは性能が懸け離れている上級悪魔。

 そのスピードはオリンピックの短距離メダリストを凌駕している。

 しかし、男の顔に焦りはない。

 ごく自然に足を踏み出した次の瞬間、轟音と共に大地が揺れた。

 突然の地震に足を取られぬように踏ん張りながら、サイラオーグの目は一部始終を焼き付けていた。

 地面を陥没させ、周辺の大地を揺り動かす程の踏み込みと、その力が込められた破城槌のような拳。

 その一撃は魔法加工された鎧を着込んだ上級悪魔を、文字通り粉砕したのだ。

「どうせ、一撃だ……」

 仲間だった者の肉片を浴びて取り乱した上級悪魔が発する声の中、男の発した重厚な呟きがサイラオーグの耳を叩く。

 男の雰囲気に、放った一撃に、身体が振るえた。

 全身から汗が吹き出し、鳥肌が立った。

 自身が敵対しているワケではないにも拘らず、身体の芯から恐怖が湧き出てくる。

 しかし、サイラオーグは(わら)っていた。

 心が凍てつくような恐怖の中にあって、全てを焼き尽くすような激情もまた立ち昇っていた。

 渦巻き、吹き上がるそれは声高にこう叫ぶ。

『奴と闘いたいッ!!』と。

 

 サイラオーグ・バアルとアルケイデス。

 

 後に一撃必殺を目指し、鎬を削る事となる二人の武術家の出会いであった。 

 

 




 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 今回はね、私のゴーストが囁いたのです。
 ヘラクレス+八極拳と。
 お陰で拙作のアルケイデス(ヘラクレス)がジョンスの旦那になってしまった。
 へへっ……、もう原作のミサイルマンなんて、欠片も残ってねえや。

 という訳で、用語集です。

〉ブラックアウト(出典 キングオブファイターズ)
 
 K’の必殺技。
 暗がりに溶け込む様に姿を消しつつ移動する移動技。
 モーションはミニッツスパイクの派生技であるはナロウスパイクに似たスライディング。
 作品によってアイントリガーからの派生技としても出せる場合もある。

〉ミニッツスパイク(出典 キングオブファイターズ)
 
 K’の必殺技。
 低空跳び蹴りを繰り出す突進技。
 低めに飛び上がって、前方への加速と共に前蹴りを放つ。
 地上版は先端当てさえさせればガードされても隙が少なく、奇襲に使うことができ、強攻撃をキャンセルして連続技にすることもできる。
 派生技で下段攻撃のスライディングであるナロウスパイクへと繋ぐことも可能。

〉カイザーウェイブ(出典 餓狼伝説)
 ヴォルフガング・クラウザーの超必殺技。
 初出の『餓狼伝説2』は必殺技扱いだった。
 後に『ザ・キング・オブ・ファイターズ』シリーズのルガール・バーンシュタインも必殺技として使用した。
 両腕を大きく広げて構えた後に前方に突き出しながら巨大な気弾を放つ飛び道具。
 長身のクラウザーが放つに相応しい巨大な飛び道具は、当時大きなインパクトがあった。
 後に『KOF'94』のボスであるルガールが烈風拳と共にこの技を使いこなしてみせた事でプレイヤーに更に衝撃を与えた。
 そして『KOF』のボスとして初登場したルガールの力量に説得力を持たせることにも一役買うことになった。

〉秘孔・新一(出典 北斗の拳)
 北斗の拳に登場した秘孔の一つ。
 これを押された者は、自らの意志とは関係なく相手の質問に答えてしまう。
 劇中では、ケンシロウがフォックスに対して使用し、ジャッカルの居場所を吐かせた。

〉石油のアルカナ(出典 ネットネタ・MUGEN)
 『石油のアルカナ』とは、MUGENにおけるアンジェリア・アヴァロン(以下・アンジェと表記)の契約聖霊である。
 『汚物のアルカナ』とも呼ばれている。
 その正体は、高次の存在へと進化した我らが北斗神拳伝承者候補にして世紀末石油王・ジャギ様である。
 格闘ゲーム「すっごい!アルカナハート2」の家庭用移植版(PS2)がネットでネタになる程の画像の劣化ぶり(通称・ジャギー)だったのが元ネタ。
 ある時、これをネタにしたあるニコニコユーザーが、アンジェリアの背後で北斗羅漢撃の構えを取るジャギ様のコラ画像を動画で投稿した。
 結果、このコラ画像は大ウケしてしまい、本当にMUGENのキャラとして、ジャギ様を連れたアンジェリアが作成されてしまった。
 その性能はとにかくカオスであり、アンジェの合図で、時に大量のドラム缶を相手に放り投げたり、北斗羅漢撃を繰り出したり。
 挙句の果てには「俺の名を言って見ろ!」の名台詞と共にアルカナブレイズをぶっ放したりと、契約者であるアンジェの性格同様、やりたい放題の暴れっぷりである。

〉雲外鏡(出典 日本民話)

 日本に民話に伝わる妖怪。
 一説には鳥山石燕の創作と言われ、古くなった鏡の付喪神とも解釈される。
 鳥山石燕『百器徒然袋』において、登場。
 『西遊記』などにも登場する魔性の正体を映し出す鏡・照魔鏡を元に創作したとされる。
 創作においては、全てを映し出す性質、光を反射する性質に関する能力を与えられることが多い。

〉ローリングアタック(出典 ストリートファイター)
 ブランカとエースの必殺技。
 両膝を抱えた状態で体を丸めて回転しながら体当たりする突進技。
 速度が速く発生も早いため、基本的には連続技や奇襲に使う。
 相手に当たらずに着地した場合の隙が少ないので、相手の目の前に着地して通常投げを狙う戦法も有効。
 初代『ストリートファイターII』では、カウンターを受けるとダメージが通常の2倍になった。

 今回はここまでとさせていただきます。
 また次回でお会いしましょう。

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