MUGENと共に   作:アキ山

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 皆様、お待たせしました。
 31話の完成です。
 
 思った以上に説明会の描写が長くなってしまいました。

 うーむ、どうしてこうなった?

 FGOの水着イベント、2周年等々で溜めに溜めた符と石を叩き込んで来たのが、ノッブ、等身大メシェド様×3、水着フラン、エミヤ、エルドラドのバサカ、そして玉藻。

 金の術が出た時には水着ネロ来たか!? と思ったのですが、キャス狐ですた。
 
 いやまあ嬉しいからいいんですけどね。

 



31話

 さて、いよいよ『保護者説明会』の開始である。

 今回参加しているは、シトリー眷属の親御さんが大半とイッセー先輩のご両親。

 あと、さりげなく黒歌まで来てやがる。

 いやまあ、別にいいんだけどさ。

 あいつ、もう悪魔じゃないし。

 面子といえば、会議自体には関係は無かったが、昼間に真羅(しんら)の当主の訪問があった。

 てっきり、娘である生徒会副会長、真羅椿姫(しんらつばき)嬢についてかと思ったら、美朱への縁談の申し込みだったでござる。

 話を聞いたところ、どうも五大宗家の中で美朱が朱雀の力に目覚めたことが話題になっているらしい。

 それで『当主以外で四神の力を借り受けることが出来る逸材なら、ぜひ嫁に!!』という流れになっているんだそうな。

 余談だが、五大宗家で当主になる条件は、各家に対応した黄龍と四神の力を発現することだったりする。

 そういう意味では美朱も当主候補になるのだが、現当主の朱雀さんはまだまだ若い。

 縁起でもない話だが、彼女が子供を残さずに事故死でもしない限り、美朱に当主なんて回って来ることはないのだ。

 ならばその才を残すためにも他の家に嫁入りを、という事らしい。

 堕天使の血や忌み子の件はどうした? と聞いたところ、四神の力を使えるのならば五大宗家の血を色濃く継いだ証なので問題ない。

 真羅は古くから精霊や妖物を使役してきた一族であるので、息子と自分でうまく御してみせるなどとほざいてくれた。

 当然ながらオレの答えは『NO』。

 妹を猛獣みたいに扱おうとしている奴のところになんて、嫁にやれるわけがない。

 断られると思っていなかったのか、相手は随分とご立腹だったが『どうしてもと言うのなら、爺ちゃんと朱雀さんの許可を取れ』と告げると、すごすごと帰っていった。

 後で確認してみると、やはり爺ちゃん達はこの話に猛反対していた。

 今でこそ一線を退いてはいるが、爺ちゃんは現当主がガキだった時から、ご意見番兼カミナリ親父として恐れられていたらしい。 

 今回の件を伝えると、爺ちゃんは随分と驚いていた。

 あれだけ強硬に反対していたから、直接こっちに乗り込んでくるとは露にも思わなかったそうだ。

 まあ、『あの真羅の洟垂(はなた)れが、舐めた真似をしおって・・・・・・ッ!』と随分ご立腹だったので、おそらく真羅からの縁談はもう来ることは無いだろう。

 ちなみに真羅副会長だが、彼女は神器『追憶の鏡(ミラー・アリス)』を持って生まれて来た。

 しかし神器を宿した事に加えて、それが原因で際限なく異形を呼び込むようになったために、地下に幽閉される事になったと言う。

 その後、経緯は分からないが支取会長が彼女を救ったことにより、副会長は会長の『女王』となったそうだ。

 いきなり娘を牢に叩き込むなど常軌を逸した話だが、五大宗家の役割を考えればそこまでおかしいことではない。

 五大宗家は四神と黄龍の力を借りて、諸外国から日本を霊的に守護することを役目としている。

 となれば、聖書の神の忘れ形見である神器を宿した子供が、忌み子と見做されるのは自然な流れなのだろう。

 あー、ウチの爺ちゃんは例外だと思っておくように。

 あの人は古い因習とか大っ嫌いだから。

 五大宗家代々の当主は、自身の家が(まつ)る神獣の名前を襲名するって決まりも蹴って、ずっと本名で通してたらしいし。

 だから今でも『大虚け』とか『姫島愚連隊』とか言われてるんだよ。

 ん? なんでこんな事知ってるかって?

 お袋や双子の件で爺ちゃんところに行く事が多くなったんだが、その度に茶飲み話で五大宗家の裏事情ややらかし案件を聞かされるからだ。

 その中には副会長みたいな洒落にならない事案もあって、なんかドンドン深みに引きずり込まれてるような気がする。

 爺ちゃん、ぜったい俺を跡目にするの諦めてないだろ。

 

 閑話休題

 

 壇上(だんじょう)から会場を見渡せば、真羅の席を除くすべての席が埋まっている。

 保護者の隣に座っている眷属たちは、会話が弾んでいるイッセー先輩を除いて、みな居心地が悪そうだ。

 そんな参加者たちから離れた窓際の席に座った会長とリアス姉は、共に顔を強張らせたままだ。

 この会が始まる前に、俺は悪魔社会が戦争になる事を保護者に話すと二人に言った。

 本来ならこの会とは関係のない事だが、この情報を隠したまま相手に道を選べというのはあまりに酷だ。

 会長は自分が伝えると言っていたのだが、今回は代わってもらった。

 いくら眷属の長だといっても、女子高生が背負う話題にしては少々ヘビーすぎる。

 それに俺が話す事でこっちに不満を集めて、その分会長がフォローに回った方がうまく回ると思ったからだ。

 リアス姉のほうは、イッセー先輩は人間に戻るから伝えても問題はないだろう。

 この情報が知れれば、シトリー眷属はその多くが保護者によって離脱させられるのは想像に難くない。

 気の毒だとは思うが、会長には残った副会長や匙先輩を率いてどうするか、を考えてもらおう。 

「ご来場の皆様、大変お待たせしました。これより駒王町在住の転生悪魔とその保護者各位に対する、改正条約の説明会を始めさせていただきます」

 俺の宣言に対して、リアクションは無し。

 しかし、目に映る参加者達の表情は真剣そのものだ。

「私は今回の司会進行並びに条約の説明をさせていただきます、駒王神社宮司の姫島慎です。皆様、短い時間ですがよろしくお願いします」

 頭を下げると、ぽつぽつと拍手の音が聞こえた。

 手を打ち合わせているは、兵藤夫妻か。

 こういう空気が読める日本人的なアレは大好きよ。

「本日お集まりいただいた皆さんは『転生悪魔になったご子息やご息女が、今後日本でどのような扱いを受けるか』を知るためにこられたと思います。まずはそこからお話しましょう」

 そう言って備え付けてあるホワイトボードの前に行けば、会場のほとんどの人が顔を見合わせている。

 まあ、普通はいきなり結論から入るとは思わんわな。

 とはいえ、家庭を訪問した際に一度はすべて説明しているのだ。

 この会はあくまでその補足なのだから、再び一から長々と喋っても仕方ないだろう。

「今回の法改正で転生悪魔に対して国が出した対応は、一ヶ月以内の国外退去。これは他の地域の話で、この駒王町に関しては約7か月後になります。そして、戸籍の抹消とそれに伴う基本的人権を含めた、すべての権利の取り消しです」

 俺の言葉に会場が重く暗い空気に包まれる。

 それもそうだろう。

 国民主権を国の根幹としている日本において、これほど強行な策を押し通すというのはまずありえない。

 これを知った転生悪魔が騒ぎ立てでもすれば、一大スキャンダルに発展しかねないからだ。

 (いま)だ国民としての権利を保持している彼等が権利を剥奪されれば、人権無視としてマスコミや人権団体はここぞとばかりに政府を叩くだろう。

 そうなれば現政権は大打撃を受けることになる。

 それを避けるために裏の事情を公表すれば、人間と転生悪魔との見分け方が分からない以上、国民の疑心暗鬼(ぎしんあんき)を誘発させる可能性がある。

 さらに言えば、一般人に裏の事情を隠すのは国際的常識でもあるから、国民に暴露などしようものなら国際的な非難は避けられない。

 ここまでのリスクを背負ってでも国がこの法案を可決したということは、それだけこの国に紛れ込んだ転生悪魔を恐れているという事に他ならない。

「また、政府の調べでは自らの意思に反して悪魔にされた者が、多数存在する事も確認されています。そのため、彼らの救済策として人間へと戻る手段も用意されています。人間へ戻った場合は呪術・科学双方の心理テストを受けてもらい、異常が無ければ国民として日常生活に戻ってもらいます。もちろん、その場合はすべての権利は保障されますし、国外退去もありません。なお、この件によって失踪・死亡と扱われた場合は、最寄の役所か法務局に行っていただければ、社会復帰の手続きはすべて国が請け負います」 

 一旦言葉を切って周りを見渡すと、親御さんは厳しい顔で思案に暮れる者が殆どで、当事者である眷属の面々は理解している者は事態の大きさに顔を顰め、理解が追いついていない者は首を捻っている。

「すまないが、一つ質問をしていいだろうか?」

 声に目を向けると、オールバックに眼鏡を掛けたスーツ姿の男性が手を上げていた。

 あの人は確か、仁村先輩のお父さんだったな。

「どうぞ、仁村さん。遠慮なく仰ってください」

「どうして政府は転生悪魔の事を、そこまで危険視するのかな?」

 ふむ、この辺は前回の説明では触れていなかったか。

「質問にお答えします。それは政府が彼等を潜在的テロリストだと見做(みな)しているからです」

 こちらの返答に、会場の誰もが息を飲んだ。

 困惑する彼らの目から読み取れるのは、事態の大きさに対する戸惑いと恐れだ。

「これに関しては、先ほど挙げた無理矢理悪魔にされた者は当てはまりません。政府が危険視しているのは、自らの意思で転生悪魔になった者です」

「ちょっと待てよ! なんで自分で悪魔になった奴がそんな風に見られなくちゃならないんだよっ!!」

 抗議の声を上げたのは、シトリー眷属の黒一点である匙先輩だ。

 まあ『政府はお前等をテロリストとして見てるぞ』なんて言われてたら、反論の一つもしたくなるだろう。

「それは『人間を捨てて悪魔になれる』という精神の異常性を、政府が恐れているからです」

「精神の異常性ですか?」 

 困惑の表情で呟いたのは由良翼先輩のお父さんだ。

 そりゃあ遠まわしとはいえ、これだけの人の前で『お前の娘は異常者だ』と言ったようなものだからな。

 普通は激怒するものだが、理由を求めるあたり理知的で温厚な人なのだろう。

「由良さん。一つ尋ねますが、貴方は人間を辞めろといわれて辞められますか?」

 こちらが投げかけた突然の質問に、戸惑いながらも考え始める由良さん。

 その答えは数分も経たずに出た。

「・・・・・・無理だ」

「それは何故?」

「・・・・・恐ろしいからだ。人間を辞めて、その先に何があるのか見えないのが。今まで生きてきた人生を否定する事が。何より、家族と別の生き物になってしまうという事実が、怖くて仕方が無い」

 先ほどよりも若干悪くなった顔色のまま、呻く様に声を絞り出す由良さん。

 こんな突拍子も無い質問を、さぞや真剣に考えてくれたのだろう。

 ありがたい事である。

「それが普通ですよ。人間を辞めて他の生き物になるなんて選択、まっとうな神経で選べるわけないんです。変貌した際の副作用、付加された力の制御、趣味趣向をはじめとする意識の変化はあるのか、契約者との関係で不利な条件を付けられるのではないか。・・・・・・ざっと思いつくだけで、疑問なんてこれだけ出てきます。止むを得ない事情がない限り、一般の人なら二の足を踏むでしょう」

 実際、これは俺も疑問に思っていたことだ。

 生徒会のみんなはサクサク眷属になったけど、よく躊躇もせずに受け入れられたもんだ。

 オカ研のメンバーは全員『そうしないと生きていけない』からこそ悪魔になった。

 けど、生徒会のメンツって、そうでもない人が多い。

 ならないと人生的にアウトだった奴って、巡先輩と副会長だけのはずだ。

 ホント、よくもまあなろうと思ったもんである。

「仁村先輩、あなたはどうして支取会長の眷属になろうと思いましたか?」

「え?」

 このタイミングで当てられると思っていなかったのか、虚を突かれて唖然としている仁村先輩。

「・・・・・・それは、生徒会のみんながすごく楽しそうで・・・・・私も仲間になりたいって、会長の夢を一緒に叶えたいって思ったから」

 仁村先輩はしどろもどろになりながらも、俯くことなく理由について語る。

 悪くは無い。

 普通の高校生として生活していたのなら。

 『裏』に何の関係も無く、生徒会に入るのならば十分な理由だろう。

 しかし、人間を捨てるにはあまりに軽すぎる。

「ありがとうございます、女子高生らしい理由だと思います。ですが、政府の人間はそうは取りません。彼等は止むに止まれぬ事情があった者以外の転生悪魔は、ある意味で狂信者だと思っていますから」

 この一言で会場が静まり返る。  

「なによ、それ・・・・・・」

「狂信者って・・・・・・」

「いくらなんでも酷すぎる・・・・・・」

 支取眷属の面々から口々に言葉が漏れる。

「皆さんが不満に思うのも無理はありません。ですが、先ほどの由良さんの様に『人を捨てろ』と言われれば普通の人は躊躇するものです。だからこそ、人を捨てて悪魔になった者には揺らぐ事の無い忠誠や信念、もしくは信仰があると考える。例えは悪いですが、あなた方が行った人間を捨てるという選択肢は、人体改造を受けて強化人間になる事。もしくは命と身体の違いはあれど自爆テロ要員になる事と大差はない。政府高官にしてみれば、転生悪魔は海外で猛威を振るっている過激派テロ組織と同じと思われているのです」

「ふざけんなっ! 私達がそんな事するわけないだろっ!?」

「そうです! 会長達とは仲間としてがんばって生きたいと思っているだけで、命を捨てるなんてできません!!」

 極論ともいえるこちらの言葉に、必死に反論する由良先輩と仁村先輩。

 勿論、そんなことは分かっている。

 二人にそんな覚悟なんてあるわけがないし、支取会長に向ける気持ちも『頼りになる生徒会長』くらいだろう。

 というか、内心では『ですよねー』と同意したいところだ。

 職務上そうもいかないけど。

 実際、爺ちゃんからこの経緯を聞いた時にはアホすぎて思わず引いたし。

 とはいえ、政府の人間の懸念や恐怖も、あながち間違っているわけではない。

 人間と同じ容姿をしていながら、人間より遥かに優れた身体能力に魔法や特殊能力を持つ生物。

 しかもそいつ等は元人間で、自身の主とやらに人の身を捧げるほどに傾倒しているという。

 そんなモノが自国に紛れ込んでいると知れば、恐怖を覚えるのも仕方がないだろう。

 まあ『裏』の案件は五大宗家がメインで対応しているから、政治家連中が関わることってほぼ無いらしいし、その辺も誤解を招く原因の一つなんだろう。

「でしょうね。ですが、私が納得するのは貴方達と顔を合わせて、その人となりを知ったからです。それを知ることが出来ない政府の人間は、転生悪魔への疑惑を解くことは無いでしょう。だからこそ、彼らはこれほどの強攻策を取ったのです。起こりうるであろう、悪魔の力によるテロを未然に防ぐために」

 ここまでで一旦言葉を切ると、また会場内は参加者の声でざわつき始める。

 周囲の反応を見てみると、保護者の方達はある程度の理解をしているようだが、当事者である眷属の面々は納得がいかないようで、表情に表れた不満を隠そうともしていない。

 今回の趣旨は保護者へ理解を求めるものなので、眷属連中がどう思っているかはあまり関係が無い。

 そういうのを纏めるのは主であるリアス姉達の役目だ。

「なあ、ちょっといいか?」

 ざわつきが落ち着いてきたので説明を再開しようと思っていると、匙先輩が高々と手を上げていた。

「なんでしょうか、匙先輩」

「お前って政府の連中に顔が利くんだろ? だったら、そいつ等に俺たちのことを紹介してくれねえか?」

 ・・・・・・いきなり何を言い出すのか、この兄ちゃんは。

 あれか? もしかして妹さんに泣き付かれたから、テンパってるのか?

「何故でしょうか?」

 内心は抑えつつ、とりあえず話を聞いてみることにする。

 あと、俺には政府とのパイプなんてない。

 『裏』ではどうあれ、表向きは神主しながら学校に通う苦学生なのだ。

 高天原や爺ちゃんを経由すれば繋ぎを取れるかもしれないが、そんなことをするのはよっぽどの事態が起きた場合のみ。

 ホイホイできる手ではないのだ。

「そいつ等がこんな滅茶苦茶な法律作ったのは、転生悪魔がどんなもんか分からないからなんだろ? だったら俺たちが直接会って、転生悪魔も人間と変わらないって事を見せ付けたら、奴らだって考え直すかもしれない」

「それは無理です」

「なんでだよっ!?」

「まず、政府の人間は匙先輩の言ったような理由で一人一人と面会する事は有りません。そんな事をしていてはキリがありませんから。よしんば会うことが出来て皆さんの人柄に理解が得られたとしても、それはシトリー眷属が無害であることを示しただけで、この国に200人はいるという転生悪魔すべてが安全だという証明にはなりません。それに、転生悪魔が有害であるという証拠はすでに出てますからね」

「ふざけんな! そんな証拠どこにあるってんだ!?」

「はぐれ悪魔ですよ」 

 その名が出た途端、匙先輩は苦虫を噛み潰したような顔で口を噤んだ。

 会場の悪魔関係者の表情も同様だ。

「神主さん、そのはぐれ悪魔というのはどういったものなのかな?」 

「はぐれ悪魔とは主から離反した転生悪魔のことを指します。逃亡や主の殺害など離反の理由は様々ですが、悪魔政府の法律でははぐれ悪魔は全て極刑。討伐対象として、指名手配されることになります」

「悪魔側の犯罪者ということか」

「一概にはそうとは言い切れないのですが、この辺は置いておきましょう。彼等の特徴は理性を無くし欲望に忠実になった精神と、蟻人間や蜘蛛女、蛇女といったような異形の身体を持つ事です。行動原理に関しては人であった頃の性癖や欲求に左右されますが、大抵は食欲に偏っていて人間を好んで捕食します」

 ホワイトボードに番所で撮ったはぐれ悪魔の写真を貼っていくと、会場内から小さな悲鳴が飛び出す。

 裏に首を突っ込んだとはいえ多くは一般人、リアル化け物の姿には抵抗があるらしい。 

「人間を餌にする、ですか。確かにそれは脅威ですが、何故そのはぐれ悪魔が転生悪魔の警戒を強める要因に?」

「それは、はぐれ悪魔が転生悪魔の成れの果てだからです」

 瞬間、会場の空気が死んだ。

「・・・・・・ちょっと待ってくれ。この化け物が元は私の娘と同じ転生悪魔だと?」

 先ほどまで合いの手の様に質問をしていた仁村さんは、信じられないといった顔で言葉を詰まらせる。

「ええ。転生悪魔は人間に『悪魔の駒』という道具を埋め込むことで誕生します。これは体内に埋め込まれた『悪魔の駒』に込められた術式が、肉体と魂を悪魔へと変化させるためです。ですが、この術式にはもう一つの顔があります。何らかの理由で所有者から駒への魔力が尽きた場合、術式が暴走して宿主を異形の身体に変えるという役割が」

 こちらの言葉にすべての眷属が『悪魔の駒』が埋め込まれているであろう胸の中心に手を当てた。

「逃走防止を目的に組み込まれたモノなのでしょうが、これが与えた被害は多大に過ぎる。日本も高野山や比叡山、神社庁などの退魔の術士が対処に当たっていますが、やはり数が足りません。日本全国で行方不明者は毎年10万人でていますが、そのうちの一割がはぐれ悪魔の犠牲になったと言われています」 

 年間約一万人。

 そのあまりにも膨大な数の犠牲者に、誰も声を出せない。

「これが日本政府がこの条約を推し進めようとした理由です。他に何方か質問はありませんか?」 

 話を振ってみるものの、やはり誰も手を上げようとしない。

 さすがにはぐれ悪魔の件は刺激が強かっただろうか。

 とはいえ、これを飛ばすと悪魔に転生することの危険性が見えないからなぁ。

 などと思案に暮れながら待つこと数分。

 一向に手が挙がらないのを確認した俺は、恐らく最も重要な話題を口にすることにした。

「長時間の間にも拘らず、こちらの話に耳を傾けていただいた事を感謝します。では最後に、私が独自に入手した情報を皆様にお伝えしたいと思います」

 終了を匂わせた為に緩まった空気が、再び引き締まる。

「現在、悪魔政府は他の神話の勢力との戦争へ、突入しつつあります」

 この瞬間に漂った雰囲気を何と言えばいいのだろう。

 静寂の中にピシリッ、と皹が行くような感じ。

 空気が凍る、死ぬというのはこういう事を表すのではないだろうか。

「何故このような事態になったかというと、原因は悪魔側に起きた政変にあります。一月ほど前に行われた世界中の神話によるサミット。そこで一触即発に近かった聖書の勢力とその他の神話勢力は、聖書の勢力が特定の条件を呑むことを代価に不戦条約を結びました。しかし数日前に悪魔政府は首脳陣が交代し、新政権はサミットでの条約を一方的に破棄したのです」

 誰もが固まる中で、俺はニュースを読むかのように無感動に事実を告げる。

 厳密に言うならば、開戦の火蓋が切って落とされるにはもう少し時間がかかるだろう。

 何故なら、悪魔側の条約破棄は政府から正式に公表されていないからだ。

 聞けば、冥界ではニュースで取り上げられるほどに知れ渡っているそうだが、公式見解で無ければのらりくらりと躱されるだけだ。

 転生悪魔の開放が一週間ほど前から止まっているのも、初回に三千人を送り出した影響で人員を調整していると言えばおかしくはない。

 まあ、その辺のウラを取るためにも、これが終わったらサーゼクス兄に会いに行くんだけどな。

「あの、いいですか?」 

 あんなこんなと思案していると、一人の男性が手を上げていた。

 ブランド物のスーツに身を包んだナイスミドルだ。

「どうぞ」 

「私は花戒桃(はなかいもも)の父親です。我が家はソーナさんの実家であるシトリー家と古くからお付き合いがあるのですが、そういった話は聞いたことがありません。先ほどの話は本当なのですか?」

 戸惑いと不安を露にして、問いを投げてくる花戒氏。

 この人は大企業の重役をしていると聞いていたが、最初に会った時のような覇気はまったく感じられない。

 まあ、身内が戦争に巻き込まれると聞けば、不安になるのは仕方ないか。

「明確な物証はありませんが、間違いないと思います。冥界ではニュースで報道されるほどに広まっているそうですから」

「では、何故私の耳には入ってこないのでしょうか?」

「外部への情報規制が敷かれていると聞いています。私もこの情報は特殊なルートで手に入れたので」

 そうですか、と答えると、花戒氏は席に座って何かを考え始めた。

 娘の将来やシトリー家との付き合い方など、彼にも頭を悩ませる種は多くあるのだろう。

「すみません」

 声のほうに目をやると、こんどは由良氏が手を上げている。

「由良さん、どうぞ」

「戦争へ突入しつつあると言っていたけど、それはすぐに始まるものなのか。それと戦争になった場合、悪魔はどのくらいの被害を受けるんだ?」

「時期については私にも分かりません。この件は高天原に伝えていますが、情報の確認や準備等があるでしょうし。被害についても同様です。神々と悪魔政府、互いの落としどころが分からない以上、なんとも言えませんね」

「では、悪魔に勝ち目はあるのか?」

「それは──「あるわけないにゃん」」

 続けて出された由良さんの質問に、俺の声を押しのけて答えが返ってくる。

 このイタいキャラ作りは確認しなくても分かる。

 何でか知らんが参加している黒歌だ。  

「あの、貴女は?」

「私は黒歌、あそこにいる塔城小猫の姉よ」

 左手の最前列、保護者がいない祐斗兄の隣に座っていた塔城を指差して、黒歌は名乗りを上げる。

 つうかあの馬鹿猫、自分から暴露しやがった。

 状況が変わったから身元を伏せる必要はなくなったけど、ほとぼりが冷めるまで大人しく出来んのか。

 見ろ、塔城だって『姉さま』って言いながら、物凄い戸惑ってるじゃないか。

「主殺しのS級はぐれ悪魔、黒歌!? 死んだはずじゃなかったの!?」

「あり得ません! 討伐の証拠として、埋め込まれていた悪魔の駒も回収されたのに!?」

 席を蹴り倒して臨戦態勢になる、支取会長とその眷属達。

 事情を知っているリアス姉達は、驚きはしたものの警戒はしていない。

 しかし黒歌はそんな事はどこ吹く風と、胸元から取り出した扇子で口元を隠す。

「お生憎様。あんた等に渡ったのは、日本神話の秘術で私の身体から取り出した物。私はこの通り、ピンピンしてるにゃん」

「なら、日本は冥界政府を(たばか)っていたという事ですね?」

「別に騙してはいないわよ。今の私は猫又の黒歌。指名手配の『S級はぐれ悪魔』黒歌は、その駒を取り出した時点で存在してないもの」

「そんな詭弁が───」

「通用するでしょ。日本に入ったはぐれ悪魔の裁量権は日本神話にあるんだから。この処遇は駒王番所の長である土地神久延毘古様が定め、天照様が許可を出したモノ。私がどこで何をしていようと、あんた達に口出しする権利はないわ」

 ……その通りなんだけど、面の皮厚いな、あいつ。

 猫に退行してた時にリアス姉に保護されてた事、全部棚に上げて煽ってやがる。

 まあ、黒歌は元々貴族悪魔大嫌いだし、聖剣事件の時に豪快に置いていかれた事を考えれば、仕方が無いのか?

「ちょっと待ってくれ。はぐれ悪魔とは先ほどの化け物のことじゃなかったのか? 君はそんな風には見えないんだが……」

 どこかあせった様子で、話に割り込んでくる仁村さん。

 はぐれ悪魔=転生悪魔という事実を聞いてショックを受けていたから、その辺の絡みもあるのかもしれない。

「私は特殊な技で異形になるのを防いだだけ。普通の転生悪魔だったら、みんな化け物コースよ」

「その技というのは、誰でも学べるものなのか?」

「常人なら数十年くらい修行しないと無理にゃん。まあ、あそこの神主みたいな例外はいるけどね」

 失礼な。

 氣功闘術はわりと誰でも習得可能な技術だぞ。

 普及させるには危険すぎるからしないけど。

「さて、そこのおっさんの質問に答えてやるにゃん。悪魔は絶対に勝てないし、負けたら間違いなく皆殺しにされるわ」

 何の気負いもなしに言い放たれた黒歌の答えは、衝撃的なものだった。

 これが悪意を持って言われたものならば、悪魔に恨みを持つあの女の願望だ、と言うことができた。

 しかし、眼前にいる黒衣の女は、さも当たり前の様にここにいる多くの者にとって最悪の未来を口にする。

 それが彼女の言葉に異様な信憑性を与えるのだ。

「なんなんだテメエは!? いきなり出てきて縁起でもない事を言いやがって!」

「縁起も何も事実だにゃん」

「・・・・・・っ」

 怒り心頭で立ち上がったものの、またもあっけらかんと答える黒歌に匙先輩は鼻白む。

「駒王会議での条約を守らない以上、多神勢力は容赦なくあんた等を潰しにかかる。それは同盟を結んで早々に裏切られた天使と堕天使もそう。奴らの場合、裏切りの報復に加えてあんた等の首で停戦を維持しようと、死に物狂いで襲い掛かってくるんじゃないかしら」

「うそ・・・・・・」

「そんな・・・・・」

 黒歌の容赦ない意見に、支取眷族の何人かが悲痛な声を上げる。

「さらに言えば、『禍の団』もこの機を逃さないだろうにゃー。あいつ等ってば、聖書の勢力の現政権打倒を目的とした主戦派の集まりだし。最後に、今まで抑止力になってくれていた『あいつ』も敵に回る。どう考えても、悪魔だけで支えられるわけ無いにゃ」

 黒歌が言葉を終えると、会場内の空気は暗く落ち込んでいた。

 『裏』の事情に詳しくないと分かりにくい説明だったが、ヤバいという雰囲気だけは感じ取ったのだろう。

 由良さんや仁村さんの浮かべる表情も、今までに無く厳しい。

 しかし、改めて列挙すると本気で洒落にならんな。

 『禍の団』も動く可能性があるってのには、俺も目が行かなかったし。

「という訳で、グレモリーには白音を返してもらいたいにゃ」

 窓際で黙り込むリアス姉に向けて、黒歌はとってもイイ笑顔で手を差し出した。

 あー、なるほど。

 今までの脅しじみた説明は、このためか。

「ふざけないで、小猫は私の大切な眷属で妹分よ。この子が望むのならともかく、物みたいに渡せるわけないわ」

「で、あんたの無駄死に付き合わせるってワケ?」

 黒歌の吐いた痛烈な一言に、リアス姉は小さく息を呑んだ。

「『ふざけんな』ってのは、こっちに台詞よ。今まで白音を保護してくれたのには感謝するけど、こんな負け戦につき合わせるのは見過ごせないわ。公爵令嬢であるあんたと違って、白音は逃げられるの。日本に帰ってくれば猫又に戻れるし、こっちには遠野や京都みたいに妖怪が住める場所だってある」

 さっきまでのキャラを一切捨てた黒歌は、その金色の瞳でリアス姉の目を見据えて語りかける。

 そこにあるのは、どんなことをしてでも塔城を連れ戻すという覚悟だ。

「ねえ、グレモリー。私も余裕なんてどこにも無いの。今回の件で白音が冥界に戻ったら、日本はこの子を切り捨てる。そうなったら二度と助けられない。猫又に戻ってから、白音と暮らす為に必死に働いて手に入れた家も、お金も全部無駄になる」

「わ、わたしは・・・・・・」

「あんた、白音の事を妹分って言ったわよね。だったら、身を引いてよ! あんたと一緒に冥界に戻ったら、この子は死ぬの!! 戦争が始まったら矢面に立つのは貴族じゃなく転生悪魔なんだから!! 神話の主神や『あいつ』の前に立って、白音が無事でいられるわけないでしょッ!!」

 余裕が無いというのは本当だったのだろう。

 黒歌はリアス姉の両肩を掴んで、涙ながらに声を荒げている。

 猫又に戻ってから表に出ることは無かったあいつが来ているからおかしいと思っていたが、本気でなりふり構ってなかったんだな。

 おそらく塔城の事を知ろうとした際に、冥界の政変をはぐれ悪魔時代の伝から聞いたんだろう。

 それに今回の条約改定が重なったために、いても立ってもいられなくなったってところか。

 塔城はと言うと、普段はおちゃらけている姉が感情むき出しに泣き喚くのを見て、呆然と座り込んでいる。

「で、でも・・・・・あなたは一度白音を小猫を捨てたわ! 欲望のままに主を殺して、はぐれ悪魔になってっ! 残されたこの子がどれだけ辛い目にあったと思っているの!!」 

「欲望のままに主を殺したですって・・・・・ッ! ふざけるなッ!! 私があいつを、あのクソ野郎を殺したのは、白音を守るためだ!!」

 売り言葉に買い言葉、なのだろう。

 あの事件の真実を知らないリアス姉が、黒歌の『地雷』を踏み抜いた。

 自身の逆鱗というべき部分に触れられた黒歌はリアス姉を突き飛ばし、倒れこんだ彼女を前に猫の様に鋭い爪を露にする。

 ────これ以上は拙い。

「お前たちはいつもそうだ! 貴族や血統ばかりを気にして、真実なんて見向きもしない! あの下種がどれだけ非道な行いをしたのかも調べずに、私を犯罪者として追い立てた! 私は、私は・・・・・・ッ! 妹と自分を守っただけだ!! 犯されそうになりながら『次は白音と一緒に抱いてやる』なんて言われて、許せるわけないだろおおぉぉぉっ!!!」

 激情のままにリアス姉の左胸に向けて爪を振り下ろす黒歌。

 その凶爪が目標に届く前に、俺は黒歌の右腕を掴み上げる。

「離せっ! 離せぇぇぇっ!!」

 黒歌が拘束から逃れようとこちらに爪を立てるが、念のために硬氣功を施した狩衣は傷一つつかない。

「落ち着け、黒歌。ここでお前が手を出したら、二度と塔城は戻ってこないぞ」

 掴んだ手を握り潰さないように気を配りながら押さえ込んでいると、次第に黒歌の身体から力が抜けていく。

 完全に脱力した黒歌がその場にへたり込むのを確認して、俺は掴んでいた腕を離した。

「・・・・・・あの、姉さまはどうして、あんなに取り乱したんですか?」

 いつの間にかそばに来ていた塔城が、裾を引きながらこちらに問う。

 だが、この件は赤の他人が話していいことじゃない。

「それを答える資格があるのは、俺じゃなくて黒歌だ。あいつの口から直接聞きな」

 蹲ったままの黒歌へと塔城を押し出した俺は、呆然と座り込んでいるリアス姉を助け起こす。

「リアス姉、怪我は無いか?」

「ありがとう、大丈夫よ」

 自分の席に戻ったリアス姉は、顔を俯かせながら深々とため息を吐いた。

「ねえ、貴方は黒歌の事件の事を知ってたの?」

「ああ。冥界にいた頃に、サーゼクス兄から事件の調査を頼まれたことがあったからな」

 言いながら、俺は黒歌達のほうに目を向ける。

 そこには涙ながらに事件のあらましを語る黒歌と、涙を溜めた目で姉の顔をしっかりと見ている塔城の姿がある。

「黒歌の元主だった貴族はな、底なしのクズだった。奴にとって眷属は代えの聞くオモチャ程度でしかなくて、その扱いは男は奴隷。女は性欲の捌け口だったんだ。それで、レーティングゲームでミスした奴や反抗的な奴、ご落胤(らくいん)を身籠った女性も殺していたらしい」

「なによ、それ・・・・・・」

 愕然とした表情で言葉を搾り出すリアス姉。

 眷属を家族同然に扱う彼女には、あのクソったれの事など到底理解できないことだろう。

「黒歌が主を殺ったあと、保護された眷属から次々に証言が飛び出してな。サーゼクス兄は眷属虐待事件としてこの件の再調査を行い、立件しようとした」

「お兄様が?」

「ああ。サーゼクス兄は転生悪魔が新たな可能性になるって、信じてたフシがあるからな。けど、駄目だった。証拠を揃えて被疑者不在のまま立件しようとしたところで、貴族院の爺達から妨害を食らったらしい。『誇りある純血悪魔と下僕を同列に扱うのは不敬である』だとさ」

「そんな・・・・・・」

 あの立件が成功していれば、黒歌の事も情状酌量が認められて冥界からの追放処分程度に治まっていたはずなのだ。

 これの所為で、サーゼクス兄が推し進めようとしていた眷属悪魔の権利保護や、虐待禁止の罰則制定なんかが全部ポシャッたらしいしな。

「そういうわけで、あいつにとってあの事件や主の事は結構なトラウマなのよ。許してやれとは言えないけど、理解してくれると助かる」 

 そう残して壇上に戻った俺は、突然のことに混乱が治まっていない会場に向けて声を発した。

「皆様、お静かに願います!!」

 けっこうな音量で出したおかげか、喧騒はピタリと止んだ。

 身内がやらかしたゴタゴタでこんな対応をするのは申し訳ないが、時間も押している事だしご勘弁願おう。

「さて、時間のほうも残り少なくなりましたので、これが最後の質問とさせていただきます」

 その声に応えるように、幾つか手が上がる。

 仁村さんや由良さんも上げている中で、俺が目に付いたのは和装の男性だ。

 この人は確か、巡巴柄(めぐりともえ)先輩のお父さんだったな。

「巡さん、どうぞ」

「最後の質問を私用に使うこととなって、列席の方々には申し訳なく思う。しかし、娘の命が関わることなのでご勘弁願いたい」

 巡さんは周りにいる保護者たちに一礼をした後、こちらに向き直る。

「我々の家は退魔を生業にしているのだが、娘の巴柄は祖先が討った妖怪によって魂に呪いを受けてしまってな。悪魔となったのも延命のためなのだ」

「なるほど。巡さんがお聞きになりたいのは『人間に戻った際に呪詛がどうなるか』ですね?」

「うむ」

「ご安心ください。転生悪魔を人に戻す術は強力な解呪のようなものです。それ故、たいていの呪詛ならば人間に戻る際に祓われてしまうでしょう。もし巡先輩が人に戻って、それでもなお呪詛が残るようなら私に連絡をください。責任を持って解呪致しますので」

「感謝する」

 深々とこちらに頭を下げる巡さん。

「ちょっと待ってくださいよっ!?」

 彼が席に付くよりも早く、叫ぶような抗議の声が上がった。

 見れば、立ち上がった匙先輩が怒りと焦りを混ぜ合わせたような顔で巡さんを睨んでいる。

 これでようやく終わりかと内心ほっとしていたのだが、もう一波乱あるらしい。

 ただの説明会のはずなのに、どうしてこうなった……。

「どうしてそんな事を聞くんスか……! 巡を人間に戻す気なんですか!?」

「匙……」

 今にも噛み付かんばかりの雰囲気で自身の父親を睨む匙先輩に、巡先輩も困惑の声を上げる。 

 一方、巡さんは匙先輩の問いかけに肯定も否定もせず、ただジッと相手を見据えている。

「なんで……なんでなんすか!? オレ達は会長の眷属になって、一緒に夢を追いかけようって約束したのに……なんでそれを取り上げようとするんすか!?」

 匙先輩の半ば悲鳴のような糾弾が会場の中に響く。

 言いたいことはわかる。

 実際、今回の事で眷属である事を見直すメンバーは出るはずだ。

 それは、匙先輩にしてみれば理不尽に仲間を奪われるような感覚なのだろう、多分。 

 そんな叫びを受けた巡さんは、一文字に結んでいた口をゆっくりと開く。

「匙君、だったね。我々に想いをぶつけるほどに、娘を惜しんでくれるのはありがたいと思う。だが、私は親なのだ。家の宿業で退魔行という危険な行為に娘を置いていたが、この子に死んでほしいなどと思った事は一度も無い」

 選ぶように言葉を紡ぎながら、彼は傍らの娘の頭をゆっくりと撫でる。

「永く生を謳歌し、子や孫に囲まれて幸せになってほしい。この子が生まれてから17年、そう願わなかった事は一度も無い。だからこそ、この子が呪いに侵された時に悪魔になる事を認めたのだ。たとえ魔に堕ちたとしても、生き続けてほしかったからな」

「それで、悪魔がヤバくなったら今度は人間に戻すんスか? いくらなんでも勝手すぎるでしょう!? そんなん会長を利用しただけじゃないっすか!!」

「君の言うとおりだ。私のやっている事は、酷く浅ましいモノだろう。だがね、たとえ畜生に劣る行いをしてでも、わが子には死んでほしくない。そう思うのが親なのだよ」

 自身の放った糾弾を真っ向から肯定された事に、言葉を詰まらせる匙先輩。

 先輩から視線を外した巡さんは、窓側に向き直ると支取会長に深々と頭を下げる。

「ソーナ・シトリー殿。不義理も横紙破りも承知の上、私の事は如何様に罵ってもらっても構わない。しかし、この子は引き取らせてもらう」

 巡さんから放たれたのは許可を得るための問いではなく、決定事項を告げる宣告。

 如何なる事があろうと折れる事はない芯鉄を感じさせる意思表示を受けた会長は、頭を下げたまま微動だにしない巡さんの姿を見据えてこう返した。

「……巡様、貴方の意思は受け取りました。娘さんはお返ししますので、彼女をよろしくお願いします」

「かたじけない」

「会長ッ!?」

「────いいのです、匙。黒歌が言ったように、これから悪魔が辿るのは多くの物を敵に回した生存への道。そんな、いつ命を落とすともしれない茨の道を歩ませたくないと思うのは、親として当然でしょう。それを無視して貴方達を従える事は、私には出来ません」

「けど────」

 反論しようとした匙先輩は、決意に満ちた会長の顔に言葉を飲み込んだ。

「匙。こんな状況でも私に着いてきてくれるという、貴方の気持ちは嬉しい。ですが、もう一度しっかりと考えてください。今の冥界が、悪魔という存在が、そして私が、貴方が仕えるに相応しいかどうかを。ご両親はおらずとも、貴方には守るべき弟妹がいるのですから」

 支取会長の言葉に応える事無く、匙先輩は項垂れたまま自分の席に戻った。

「いいの? ソーナ」

「いいのよ、リアス。あの子は、私が全て正しいと思い込むところがあったから。これを機にもう少し物事が見えるようになってくれればいいけど」

「……そうね。私達はまだ未熟者、誰かから盲信されてもお互い不幸にしかならないものね」

 背もたれに身体を預けながら、互いに憂いの表情を浮かべるリアス姉と会長。

 その歳で他人の人生を背負っているのだ、そりゃあ心労も(たま)るだろう。 

 さて、最後にもう一発波乱があったが、会を閉じるにはいい頃合いだ。

 足の指程度しか踏み込んでいない素人もいるから込み入った話は出来ないし、俺もこれから冥界行きが決まっているからな。

「皆様、今回の説明会はここで終了させていただきます」

 来客たちの様子が落ち着いたのを見計らって閉会の宣言を告げると、やはり幾人かは不満げな表情を浮かべた。

 アフターケアはしてやりたいがこちらも忙しい身、後は政府の相談窓口を頼っていただきたい。

「ここまでで、私から皆様へ伝えるべき事項や情報は、全てお伝えすることが出来たと思います。ですので、ここからは当事者ご本人とご家族で十分に話し合って、皆様が納得できる結論をお出しください。なお、会場退出時に出口にて政府への提出書類をお渡しします。こちらは今日から二週間以内に必要事項を記入の上、同封されている返信封筒にて書類を郵送してくださいますよう、よろしくお願いいたします。また、何かご不明な点がありましたら、封筒に明記された番号へとご連絡お願いします。本日はありがとうございました」

 締めの言葉と共に頭を下げると、来客たちはゆっくりと席を立ち始める。

 入り口にはロスヴァイセさんとお袋が控えてるから、資料配布は任せておけばいいだろう。

 妙に重く感じる首をコキコキと鳴らしていると、掃除道具を持った朱乃姉と玉藻が来た。

「お疲れ様です、ご主人様」

「お、サンキューな」

 玉藻から差し出された紙コップを煽ると、よく冷えた麦茶が乾いた喉を滑り落ちる。

 ────キンッキンに冷えてやがる!

 ありがてぇ!!

「ご主人様、何だか博打で身を滅ぼしそうな顔になってますよ? 具体的に言うと『福本系マンガ』のキャラのような」

 玉藻さんや、メタ発言は禁止ですよ。

 あと、背後から『ざわ・・・ざわ・・・』なんて声は聞こえていないのであしからず。

「それで、この後はゆっくりできそうなの?」

「うんにゃ。今からアザゼルのおっちゃんを拾って、サーゼクス兄のところに行かなくちゃならない。親父は帰って来てんの?」

「はい。母屋で朱音ちゃん達の面倒を見ているかと」

「父様に何か用なの?」

「サーゼクス兄との話の内容によっては、冥界政府にも顔を出すことになりそうなんでな。親父にも付き合ってもらおうと思ってさ」

 こちらの言葉に不穏さを覚えたのか、朱乃姉達の顔が少し強張る。

「冥界で何かあったの?」 

 そういえば二人共、冥界の政変は知らなかったっけか。

 簡単に冥界での政変と条約破棄について知らせると、二人は心配や怒り、不安などが入り混じった何とも言えない表情になった。

「ご主人様、この件は本体には?」

「もう連絡してる、俺が冥界に乗り込んで情報のウラを取る事もな。むこうはまだ公式に今回の件を発表しているわけじゃないから、多神勢力も大々的な動きはしないだろう」

「……でも、戦争は避けられないのでしょう? 慎、あなた本当に悪魔と闘うの?」

「……ああ。これはもうどうしようもない。グレモリー家に関しては出来る限りのことはするけど、どうなるかはむこう次第だな」

「そう……」

「まあ、今考えてる案が上手くいったら、ジオティクス小父さん達は保護できるはずだから、成功するように祈っててくれ」 

 落ち込んだ朱乃姉の頭を軽く撫でると、すぐさま手を払われてしまった。

 この元気があれば、何とかなるだろう。

 『カプセルハウスを片づけるのは明日以降になるので、片づけも急がなくていい』と二人に言い残し、俺は会場を後にする。

 親父達の護衛として連れて行くつもりなので、パスでディルムッドの居場所を確認すると、『無限の闘争(MUGEN)』の中にいることが分かった。

 迎えに行ってみると、大草原を思わせるバトルステージの真ん中で、ディルムッドはクーの兄貴と共に大の字に倒れて荒い息を吐いていた。

 二人の傍らには、クーの兄貴と良く似た紅い槍を持った黒衣の女性が立っている。

「ほう……。貴様がこの世界の所有者に選ばれし者か」

 女性はこちらに気が付くと、値踏みをするように頭頂からつま先に視線を走らせる。

「貴女は?」

「我が名はスカサハ。影の国の女王にして、そこの馬鹿弟子の師だ」

 スカサハ。

 ケルト神話アルスター伝説群に登場する女神で、武芸や魔術の達人でもある。

 たしか英雄クー・フーリンにゲイ・ボルグという槍を与えたのも彼女だったか。

 その割には空中で正座していないのだが、あれがデフォの体勢ではないのか?

「初めまして、私は姫島慎と申します」

「そう畏まるな。この世界では私は新参者だ、普通に接してくれて構わん」

 思ったよりフランクな態度を見せるスカサハ女史。

 しかし、新参者とはどういうことか?

 憶えている限り、前世のMUGENのキャラにはスカサハはいなかったはずだ。

 という事は、俺が死んだ後にスカサハはキャラとして制作され、その影響で女史がこの世界に闘士として登録されたって事か?

 そういえば、マジンガーZが変貌するのも俺は知らなかった。

 うっすらとは予測していたが、やっぱりこの『無限の闘争』という空間は元の世界とリンクして、闘士を増やし続けているらしい。

「馬鹿弟子と輝く貌を鍛え直していたところだが、お主もなかなかの戦士と見た。どうだ、儂と一戦交えると言うのは?」

「申し訳ありませんが、予定が立て込んでおりまして。ここに立ち寄ったのもディルムッドを迎えに来たのです」

「私を、ですか?」

 ようやく動けるようになったのか、こちらの声に上体を起こすディルムッド。

 兄貴の方は……うん、王大人なら『死亡確認』と言うほどの有様だ。

 復活はまだ無理だろう。

「冥界に行く用事が出来てな、場合によっては行政府に乗り込むことになる。護衛としてついてきてほしいんだが、行けるか?」

「もちろんです」

「興味深い話をしているな。共に行きたいところだが、生憎と儂はこの世界に縛られた身。口惜しいが土産話とお主との手合わせを楽しみに、セタンタの奴を鍛え直す事にしよう」

 スカサハ女史は残念そうに溜息を吐くと、『起きろ、馬鹿弟子』とクーの兄貴の顔面を踏みつける。

 おおう……ナイススパルタ。

「御子殿、おいたわしや」

 目頭を押さえるディルムッドを連れて、俺は『無限の闘争』を後にした。

 

 そのあと親父と合流した俺達は、グリゴリでアザゼルのおっちゃんを拾って悪魔領へとジャンプした。

 目印はサーゼクス兄だ。

 瞬間移動が完了すると目の前に広がるのはルシファードにあるサーゼクス兄の自室、ではなくどこか見覚えがある湖。

「十七匹目フィィィイッシュッ!!」

 突然響いた湖面を揺るがすほどのハイテンションな声に目を向けると、そこには物凄くノリノリで釣りを楽しむサーゼクス兄の姿が。

 ……いや、なにやってんの?

 

 




 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 
 今回はほんの少し、転生悪魔になるってどうよ? という事に突っ込んでみました。
 いや、個人的に人間を辞めるってあんな軽いイメージじゃないとおもうんですよね。
 仮面ライダーしかり、デビルマンしかり。
 原作だと部活感覚でポンポン人間辞めてるんで、その辺を取り上げてみました。

 さて、厄介な説明会も終わった事ですし、次からは冥界パート。

 閣下の出番を掛けたらいいなぁ。

 では今回の用語集です。

〉スカサハ(出典 Fate/Grand Order)
 IOS&Android用アプリ『Fate/Grand Order』に登場するサーヴァント。
 クラスは弟子であるクー・フーリンと同じくランサー。
 ネットでの綽名は「おっぱいタイツ師匠」
 これは後に公式でも使われてしまった。
 武術と魔術の達人で、人の身で人と神と亡霊を斬り過ぎた事で神の領域に近づいてしまい、領地ごと現世でも幽世でもない「世界の外側」へ弾き出されてしまう。
 クー・フーリンと出会った頃には既に人外の存在となり、自分で死ぬことさえも出来なくなっていた。
 本来は死ぬことも無く現代まで影の国で生き続けていたのだが、作中の黒幕が引き起こした「人理焼却」によって影の国ごと消滅。
 その結果、サーヴァントとして召喚されることが可能になり、主人公達に協力することになる。
 誇り高く何者にも靡かない王者の気質で、自己が才能に溢れ、凡人とは違う事を把握している。
 サーヴァントとしての能力も規格外級であり、複数本の槍を巧みに操る技量のほか、原初のルーンを用いた多種多様な魔術を行使できる。
 初の水着イベントではクラスがアサシンに変化していた。

 MUGENにおけるスカサハは、魔槍ゲイ・ボルク(プロト)を振り回すリーチの長い攻撃に加えて、ゲイ・ボルク(プロト)を設置して次々に射出する時間差飛び道具など、多彩かつ幅広い攻撃範囲が特徴。
 カラーによってAIの挙動、キャラ性能が異なり、凶上位~狂上位あたりを広くカバーしている。

 今回はここまでとさせていただきます。
 また次回にお会いしましょう。


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