30話の完成です。
こちらは改訂した29話の続きとなっておりますので、見ていない方は今一度目を通していただけると幸いです。
高天原で接待を受けていたオーディン様に、顔面ピカソなロキを投げ返して翌日。
ついにこの日がやって来た。
色々な意味で混乱が予想される『駒王町転生悪魔保護者説明会』当日である。
ハティ様が妊娠中の為に本堂が使えないので、『
説明会に先駆けて、主二人と打ち合わせをしていた俺は、彼女達から
サーゼクス兄とセラフォルー姉さんの失脚と、それに伴う転生悪魔解放及び
あれだけ必死に漕ぎつけた条約が、全部パーってか。
…………面白すぎんぞ、オイ。
「おっ……落ち着いてください、姫島君」
「そっ、そうよ……。気持ちは分かるけど、怒ったってなにもいいことは無いわ。だから、ね?」
何故か目に涙を溜め、引き
失礼な、俺はいたって冷静である。
「だったら、金属製のマグカップをグチャグチャに握り潰すの止めてちょうだい! 見てて怖いのよぉっ!!」
……おおっ!
いつの間にかハーデス様から貰ったオリハルコン製のマグカップがエラい事にっ!?
何という事だ。
これは思ったより、精神的に来ているのかもしれん。
「しかし、なんでサーゼクス兄から連絡が来なかったんだ? 条約の絡みもあるから、『
「お兄様は解任されてすぐに、過労で倒れられたから。それに機密保持って名目でお兄様とお父様は行政府から外界への交信も禁じられてしまったもの」
「シトリー家も同様です。本来なら条約締結の責任者として、貴方達に伝えなければならなかったのですが……」
「……そっちの事情は分かった。つうか良いのかよ? その情報って行政府から
「構わないわ。こんな事、いつまでも隠し通せないでしょうし。それにここは貴方の結界が貼られているんでしょ? なら覗き見なんてできる輩がいるワケないわ」
「今回の行政府の決定には、私達も腹が据えかねているのです。お姉様達が身をすり減らせる思いで結んだ平和への道に、唾を吐きかけるような真似をされて許せるわけがない」
このリークは二人の独断か。
リアス姉は言うまでもないが、支取会長もクールを気取っているが根は激情家だ。
この件の出所が二人って事は、秘密にしとかないと。
「しかし、サーゼクス兄の後任のルイだっけ? そいつはいったい何者なんだよ。あの頭の固い爺様連中が、ぽっと出の無名悪魔なんて魔王に据えるとは思えないんだけど」
「分からないわ。各領主には、魔王交代の通知が来ただけらしいし。メディアの方にもアジュカ様ばかり出て、当の本人は全く現れないんだもの」
「ルイという名前以外は、経歴、容姿、能力など、情報の一切が謎です。分かっている事は元老院や各家の当主と言った、古き悪魔から絶大な支持を得ているという事ですね」
リアス姉と会長からの情報に思わず眉根が寄る。
古き悪魔から絶大な支持を受ける、ルイという悪魔か……。
────まさか、な。
ふ、とその人物像に該当する者が頭を掠めるが、それを振り払う。
こちら側の『その者』はとっくの昔に墓の中だし、『無限の闘争』の中にも『彼』はいるが、こちら側に出る手段が無いはずだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
リアス姉の呼びかけに、
「ところで、今回の件だけど二人はどうするつもりなんだ?」
こちらの問いを聞いた途端、リアス姉の顔が明らかに曇った。
「祐斗は私の元に残ってくれると言ってくれたわ。逆にイッセーは人間に戻ると決めたみたい。小猫は姉の件があるから、私のところに残るか迷ってるわ」
……そうか。
イッセー先輩は決断したのか。
「私の方は、匙と
「二人共、それでいいのか?」
聞くべきではないと思いつつも、俺はその問いを口にした。
レーティングゲームの戦力や奴隷欲しさに駒を使う悪辣な貴族とは違い、二人は眷属を身内と思って接してきた。
そんな仲間と別れるのは、文字通り身を切られる思いだろう。
「ええ。私は下僕や奴隷が欲しかったわけじゃないもの。レーティングゲームへの打算が無かったと言えばうそになるけど、私が彼等を転生させたのは『助けて』と求められて見殺しに出来なかったから。それに朱乃も、祐斗も、小猫も、イッセーだって私には家族同然だもの。…………みんなの決めた道を邪魔なんてできないわ」
涙をこぼしながら、それでも笑顔を浮かべるリアス姉。
なんだかんだ言っても、この人は大概お人よしだ。
人一倍、甘えたがりで寂しがり屋なのに、ずいぶんとまあ強がったもんだ。
「泣くなよ、リアス姉。眷属じゃなくなったからって、縁まで切れるもんじゃないんだ。日本に来れなくなったとしても、会う場所くらいセッティングしてやるさ」
「そんなところ、あるの?」
「『無限の闘争』があるだろ。オカ研のみんなは全員ユーザー登録してるからな。会おうがどうしようが、あそこなら誰も文句は言わんさ」
「でも、あそこに入ったら修行をしなきゃいけないんでしょ?」
「いやいや、そんな事はないぞ。控室でダベっててもいいし、宿直室で泊ってもOKだ。なんなら、今度みんなで中にある海でバカンスでもするか?」
「ふふっ、そうね。夏休みなのに、私達はプールにも行ってないものね」
眼尻に残った涙を拭いながら、リアス姉は強がりじゃない笑顔を浮かべる。
しかし、『無限の闘争』でバカンスかぁ……。
勢いで提案したとはいえ、なかなかの試みである。
問題はどのくらいの危険が予測されるか、だが…………
まあ、大丈夫だろう。
全長十数メートルのシャチやクラーケンに襲われたリ、ガチのリヴァイアサンが津波を起こすくらいだ。
そのくらい、ヨユーヨユー。
あ、念のために
「……ねえ。一つ、確認しておきたいんだけど」
俺の心を見透かしたように、声を掛けてくるリアス姉。
……おかしいなぁ。
とってもイイ笑顔なのに、寒気しか感じないぞぅ。
「バカンスのはずが、リアル・モンスターハンターになったりしないわよねぇ?」
「……ダイジョウブ、『無限の闘争』の攻略本(人間)付キダヨ?」
「なんで片言なのかしら。……まあいいわ。バカンスの件、楽しみにしてるわよ」
こちらの真摯な言葉に納得したのだろう、リアス姉は追及の矛を収めてくれた。
つうか、バカンスは決定なのね。
「ねえ、リアス。貴女、彼の能力について何か知っているの?」
「少しはね。でも、私がどう答えるかは聞くまでもないでしょ?」
「ええ。貴女の事だから、身内を売るようなマネはしないでしょうね」
「さすがは幼馴染、話が早くて助かるわ。それで、貴女はどうするのよ?」
「私も同じよ。学内で眷属を探したのは、同じ夢を追ってくれる同士が欲しかったから。彼らが他の道を行くと言うのなら、止めるようなことはしないわ」
「まったく、他の貴族もリアス姉達みたいだったらよかったのによ。まあ
「それは……仕方が無いことです。我々には一般の人に裏の事を知られてはならないと言う、不文律がありますから」
「引き込んだのが成人した大人なら、それでもいいさ。けどな、二人共眷属はみんな未成年だろ。いくら身体がデカくても、社会的に責任能力が無くて生活の全てを保護者が担っている以上、彼らの言動の責任を取るのはその親や保護者だ。なら、いくら自分の意思で転生したって言っても、話は通しておくのが筋ってもんだ。……でないと眷属に万が一のことがあった時、絶対に遺恨になるぞ」
こっちの指摘に、リアス姉達は顔を俯かせて考え込む。
思えば、二人も未成年な上に親から養われてる身なんだよな。
こういう事に考えが回らないのも、無理もない事なのかもしれん。
……ん、俺?
俺は自立してるぞ。
家族も養ってるし、社会的立場もあるから責任能力もある。
まあ、法律的に見ればガキだけど。
冥界でジオティクス小父さんから世話になった分は、費用を借金って形に変えて返したし。
後見人として爺ちゃんがいるけど、お袋の分が復活するまでは戸籍上は親もいないしな。
親父はどうしたのかって?
堕天使の親父に日本の戸籍なんてあるワケないじゃん。
だから、俺達兄妹って書類上はお袋の婚外子ってことになってるからな。
堕天使との混血だってのもそうだけど、これも爺ちゃん達を除いた姫島一党で、俺等の評判が悪い原因の一つだし。
そして爺ちゃんが親父にブチキレた理由でもある。
日本に戻って来てこれを見た時は、目ん玉が飛び出すかと思った。
当然ながら兄弟の中でこれを知っているのは俺だけである。
…………朱乃姉や美朱にはとても言えんかった。
そう言えば、今のウチの戸籍ってどうなっているだろうか?
お袋の復帰手続きも進んでいるし、さすがに親父も自分の戸籍を用意していると思うのだが……
あと、グレモリー家に金を返した件だが、これは別に悪意があってやった事じゃない。
そうする必要があったからだ。
俺達が冥界にいた間というのは、小競り合いばかりの冷戦状態だったとはいえ、堕天使は悪魔の敵だった。
朱乃姉が転生悪魔になったと言っても、冥界政府の中での俺達の立ち位置は親父への人質に変わりはなかった。
保護者を買って出てくれたグレモリー家の人達は家族のように接してくれたけど、公爵位に就くからには行政府の命令があれば、俺達をそのように扱わなければならない。
当然そんな扱いは御免被るので、雲行きが怪しくなったら逃げる(ジオティクス小父さん公認だった)つもりだったのが、受けた何もかもを踏み倒すとなればさすがに気が引ける。
さりとて、恩義なんてものは一朝一夕で返せるものではない。
そこで俺が考えた短期間で返せるものが金だったわけだ。
もちろん、子供三人分の養育費は簡単なものではないが、金ならば逃げた後も送金という形で返すことが可能だ。
この話を持って行った時は、ジオティクス小父さんは物凄く渋った。
しかし先程の予測も交えて、俺の精神的負担の軽減を理由に飲んでもらった。
試算された額は結構な大金だったが(相当差し引かれていた事は想像に
幸い、俺が考えていたような堕天使との戦争は起きなかったが、他にも朱乃姉に望まない縁談なんかが来た時に、話を蹴りやすくするという打算もあったので、後悔はしていない。
なお、この件も対朱乃姉の機密事項である。
もしこんな事が当時の朱乃姉に知れたら、親父への怒りがカムチャッカインフェルノするのは、火を見るよりも明らかだったからな。
今はどうなのか、だって?
…………ホームズ君、世の中には時効というものがあるのだヨ。
さて、二人の打ち合わせも終わったし、説明会が始まる前にアザゼルのおっちゃんにサーゼクス兄の事を伝えとかないとな。
◆
オレ、兵藤一誠は体感時間にして、1年と一ヶ月ぶりに両親と再会した。
父さん達はこちらに来るなり、オレを抱きしめて涙ながらに謝ってくれた。
『今まで気付いてやれないで、すまない』と。
なんでも慎が裏の事を説明に来た時に、あいつはオレがレイナーレに殺された事を、土下座で謝罪したらしい。
オレがピンピンしていた事もあり、最初は父さん達も信じてはいなかった。
しかし『日の光に弱くなる』事や『夜になると活発化する』事など、悪魔に転生した者の初期症状がオレが成りたてだった時と一致したことで、信じたそうだ。
というか、成りたての時は調子悪いのを隠してたんだけど、バレてたんだなぁ。
その後、激高した父さんが慎を殴るというアクシデントがあったものの、人間に戻れる事を聞いて頭が冷えた二人は、オレを説得する為にここに来たらしい。
「なあ、一誠……」
何時になく厳しい表情で口を開く父さん。
いつも優しくて、滅多に怒らない父さんにこんな顔をさせていると思うと、物凄く申し訳ない気持ちになる。
でも、そこから先は言わなくてもいいんだ、父さん。
「父さん、母さん。オレは人間に戻る。それで、ここで生きるよ」
機先を制したこちらの言葉に、父さん達は目を丸くした。
「それでいいのか……?」
「うん、もう決めたことだから。部長にも伝えてある」
「でも、オカルト研究部に入ったって、あんなに楽しそうにしてたのに……」
「オカ研のみんなは大切な仲間だよ。だからって、二人を置いてなんていけない。それに、父さんとの約束もあるからさ」
「一誠……。お前、憶えていたのか」
こちらを心配する母さんへ向けた言葉に、父さんは声を詰まらせる。
本当はつい最近まで忘れてたから、そんなに感動されると罪悪感がヤバい……。
「そういうわけだから、一流とはいかなくてもそこそこの企業に入って、二人の面倒見るからさ。老後の心配はしなくていいぜ」
「バカモン。こちらの心配をする前に、彼女の一人でも連れて来い」
「あれだけお世話になってるいろはちゃんも見てるだけだし。気になるならデートの一つでも誘ってみなさいな、このヘタレ息子」
「ぐはっ!?」
湿っぽくなった空気を変えようとしたら、匙なんて目じゃないくらいのカウンターを食らってしまった。
あと、ヘタレでごめんね!?
いろはの我侭ボディは見てるだけで眼福なんだよぉっ!!
手痛い自爆もあったが明るい雰囲気を取り戻したオレ達は、いつもの雰囲気の中でとり止めの無いことをたくさん話した。
『無限の闘争』での修行が長かったせいか、いつもなら聞き流すようなことも妙に新鮮に感じて、とても楽しかった。
そんな中、説明会の時間が迫っていることに気づいたオレは、話を中断して席を立った。
「一誠、どうしたんだ?」
「ごめん。ここの神主さんに相談したいことがあってさ、ちょっと行ってくる」
父さんに断りを入れて会場を出たオレは、会の準備をしていた朱乃さんに教えてもらった控え室に足を運んだ。
ノックをすると『どうぞ』と声が返ってきたので、遠慮なくお邪魔する。
オレが来るのは想定外だったのか、神主姿でお茶を飲んでいた慎は少し目を丸くしていた。
「イッセー先輩、どうしたんだよ。説明会はもう少し後だぞ?」
「忙しいとこ、悪い。ちょっと相談したいことがあってさ」
『相談とな?』と片眉を上げる慎。
そのリアクション、ジジ臭いぞ。
「そいつは『
「ああ。よくわかったな」
言わんとしていた事を言い当てられて驚いていると、慎はニッと得意げに笑った。
「先輩が行く道を決めたのは聞いてたからな。後は神器についてだとあたりをつけただけだよ」
「それで、どんな話かな?」
「オレの中の神器を安全に取り出したい。何か方法は無いか?」
「『赤龍帝の籠手』を取り出す、か。ドライグと喧嘩別れして、神器を使っていないって言ってたけど、それが理由か?」
「それもある。でも、それ以上にこいつの出す龍のオーラの所為で、妙なトラブルに巻き込まれるのを避けたい。オレは人間として平穏に生きたいんだ」
「なるほど。龍の氣もそうだが、イッセー先輩が『赤龍帝の籠手』の所持者だって情報は、裏では結構広まっている。そっち方面のトラブルも
その言葉にうなずくと、慎は悩むかのように眉根を寄せる。
「とはいえ、これは少々難しい話だぞ。所有者に悪影響を及ぼさないように神器を摘出する術ってのは、俺の知る限り存在していない。無理やり引き剥がすのならいくらでもあるが、そいつを使ったら十中八九所有者は死ぬしな」
「いや、それじゃあ意味ねーよ」
「だな。神器は所有者の魂と密接に絡み合っている、取り出すということは魂を削るも同じなんだ。転生悪魔を人間に戻す時って、その人の魂を見ることができるんだけどな。神器持ちはみんな、本来魂があるべき場所に神器がジグソーパズルみたいに食い込んでるんだよ。あれを無害で取り出そうと思ったら、引き剥がすと同時に魂を補填する必要がある」
慎の答えを聞いた俺は、思わずうつむいて頭を抱えてしまった。
こちらの知る限り、万能の能力を持つ慎でも駄目だとは……
どうする?
相手は持ってるだけで災厄を呼び込む、呪いのアイテムだ。
せっかく人間に戻る決意をしたのに、楽観視して家族が巻き込まれたら
方法の目処が立つまで、父さんたちとは離れて暮らすか?
「そう思いつめるなよ、先輩。今はまだ方法は無いけど、神器の安全な摘出方法なら遠くないうちに見つかるさ。なんせ、多くの神話で研究されているからな」
「そうなのか?」
「ああ。神器を持ってることで苦しんだり不幸になる人ってのは、いつの時代にもいるからな。当然、それを助けようとする神様も出てくる。俺も今抱えてる件が一段落したら専門家に当たってみるから、もう少しだけ時間をくれ」
方法が無いわけじゃないと知って、少しだけ心が軽くなる。
しかし、もう一つ問題が残っている。
というか、メインの相談事はこっちなので、解決しないことにはオチオチ喜んでもいられない。
「慎。無茶振りばかりで悪いと思うんだけど、龍のオーラをなんとかできないか? あれがあったら、まともに生活できる気がしないんだ」
「龍の氣、か。龍殺しの武器でもあれば、それを参考にして龍にだけ効く術式を組めるんだが。それ無しでどうにかするとなると、対処療法になるな。それでもいいか?」
こちらが
そして馴れた手つきで墨を
その様子をぼんやり見ながら、待つことしばし。
「うっし、完了。先輩、これを左手の甲から肘にかけて巻きつけてくれるか」
「分かった」
慎の言葉通りに包帯を巻きつけてみると、電気風呂に浸かった時のようなピリピリした刺激と共に、左手の感覚が鈍くなった。
「大丈夫なのか、これ。巻いたら腕がピリピリして、動かしにくくなったんだけど」
不安になって問いかけると、慎は左肘の辺りにギリギリ触れないように手をかざす。
そのまま自身の手をオレの左手の甲まで持っていくと、小さく息を吐いて自分の席に腰を下ろした。
「……とりあえずは成功だな」
「成功って、なにがだ?」
「その
「何でそんな回りくどいことを? お前ならドライグのオーラを完全に封じる事も出来るんじゃないのか?」
「それをしたら、イッセー先輩の左腕が腐って落ちるぞ」
さらりと出たエゲツない言葉に、オレは思わず左手を押さえる
腐って落ちるって、なにそれっ!?
「さっき言ったろ。『氣は生命エネルギー』だって。それを封じるって事は、すなわち生命活動を阻害するってことなんだよ。仕込んだ呪いはドライグが標的になるようにしてるけど、先輩の腕に影響が無いわけじゃない。俺が様子を見るって言ってるのは、その辺の
そういえば、さっき対処療法とか言ってたよな。
「どうする? 嫌なら取ってくれてかまわんぜ」
要らないなら寄こせ、と言わんばかりに手を出す慎。
しかし、それに対する答えはノーだ。
「いや、ありがたく
「了解。じゃあ、二週間ごとにウチに来てくれ。術式と封じた氣の量、先輩の腕への影響を見て呪布帯を代えるから」
「わかった」
頷いたオレは、改めて包帯まみれの左腕を見る。
普通に真っ白なら怪我してるだけですむんだが、包帯にびっしりと書かれたお経みたいな文字が実にアレだ。
「なんつうか、厨二病って感じだよな、これ」
「そこは言わないのがエチケットだぜ、先輩」
なんだか、触れてはならないものに触れたらしい。
「ところで、こういうのって普通ならどのくらいの値段でやるんだ?」
さっきの事を誤魔化そうと、もう一つ気になった事を口に出してみる。
いや、気になるじゃん。
怪しい自称『霊能力者』じゃなくて、ガチの術士に頼んだときの値段って。
「ふむ……。だいたい20万くらいかな」
「高ッ!? マジで!!」
予想よりも遥かに高くて、思わず声を上げてしまった。
呪術ってそんなにお金かかんの!? 2000円くらいだと思ってたのに!
「う~ん。やっぱ高いよなぁ。俺もそう思うんだけどさ、前にアナト様に言われたんだよ」
「アナト様って、あのおっかない女神様だよな?」
「そう。術を安売りするのは作った者や伝えた者、習得しようとして出来なかった者を貶める行為だって。それで高めに設定したんだけど、玉藻に言わせたらまだ安いんだと」
「玉藻さんはどれくらい取れって?」
「200万」
「なんだそれ、ボリすぎだろ」
「だよなぁ」
なんだか分からんが、二人してため息をついてしまった。
術の価値とか値段ってどうやって決めるんだ?
オレにはさっぱりわからん。
「お、もうこんな時間か。先輩、もうすぐ説明会が始まるから席に戻っといてくれ」
「うぉっ、マジか」
机に置かれた時計の指し示す時間に慌ててドアの方を向いたオレは、部屋を出ようとして足を止めた。
「なあ、慎」
「ん?」
「……本当に、悪魔と闘うのか?」
口から出たのは『あいつの方がキツいから』と、言うのを
けど、分かっていても部長やみんなの事を思うと、やはり問わずにはいられなかった。
「やらないワケにはいかないからな。ここで退いたら、全世界に俺が口だけだって印象付けちまう。そうなったら、俺の力は抑止力として役に立たなくなる。ウチの家族を護る為にも、それだけは避けなけりゃならない」
「でも……」
「それに、横紙破りをしたのは向こうなんだ。ケジメはつけないと周りが納得しないだろ」
ケジメ。
その言葉に俺は言わんとしていた事を飲み込んだ。
花山さんと一緒にいたからこそ分かる。
物事のケジメを付けるという事が、どれだけ大切かが。
……ちくしょう。
これを出されたら、もう何も言えねえ。
「そう落ち込むなよ。リアス姉達と敵対するとは、まだ決まってないんだから」
「……どういう事だよ?」
「説明会が終わったら、詳しい事情を聞くためにサーゼクス兄に会う事になってるんだけどな。その時、グレモリー家全員を駒王町へ一時避難させるように言うつもりなんだ」
「えぇっ!?」
突拍子のない提案に、思わず声を上げてしまった。
避難ってどういう事だよ!?
「今回の件で冥界政府が開戦に動けば、サーゼクス兄とセラフォルー姉さんは危険な立場に立たされる。二人はつい最近まで和平を推し進めて来た、穏健派の代表だったんだからな。今の冥界の世論は分からないけど、戦争を嫌う者は絶対にいる。そういう連中から反戦の旗頭にされるのを防ぐために、現政府がサーゼクス兄達を暗殺する可能性は十分にある。そうなっちまったら、超越者のサーゼクス兄や最強の女悪魔であるグレイフィア姉さんを押さえるために、グレモリー家のみんなを人質にする可能性は高い。そうでなくても、あの人達は俺への抑止になると思われてるだろうしな」
「だから、こっちに身柄を引っ張るつもりなのか?」
「ああ。高天原には話を通しとく必要がありけど、ここはまだグレモリー家の管理だし、俺が気兼ねなく戦う為って言ったらイケるだろ」
「けど、それってここが狙われる可能性があるって事じゃないのか?」
「俺がここにいる時点で、その可能性は十分あるんだけどな。その辺についてはリアス姉達を保護した後で、対悪魔用の侵入防止結界を張るつもりだよ。魔王レベルじゃないと入れない、キッツイやつ」
……こっちの
つうか、なんだかんだと色々考えてんだな、こいつ。
戦争自体を防ぐことは考えてないみたいだけど、次善策を用意してるのなら安心できるかな。
「長々と邪魔した上に、最後に変な事まで聞いて悪かった。色々ありがとうな」
「気にすんなって。それより後ろの二人にも、礼を言っときなよ」
再び部屋を出ようとした俺は、慎の妙な言葉に足を止めた。
「後ろの二人? 何のことだよ」
「イッセー先輩の守護霊。先輩によく似た、小さな女の子と男の子だ」
『これは一誠を護ってくれる人のものなんだよ』
慎の言葉に、姉さんと兄さんの仏壇が脳裏をよぎる。
・・・・・・・・・・・マジかよ。
「前までは
ああ…………姉さん、兄さん。
「あとレイナーレに殺されかかった時、リアス姉が来るまで先輩の命を繋いだのもその子達らしい。女の子が傷を癒そうとして、男の子がチラシの魔方陣を起動させたんだと」
二人は本当にオレを護ってくれてたんだな……。
「───なあ、その二人にはどうやって恩返しをしたらいいかな?」
震える声を必死に抑えながら尋ねると、慎は小さく笑いながらこう言った。
「お母さんの料理が食べたいんだとさ」
───限界だった。
そのまま部屋を飛び出したオレは、トイレに駆け込んで声を抑えながら泣いた。
オレには姉さんや兄さんの思い出はない。
それどころか、友達とバカをやることが楽しくて、父さんとの話ごと忘れていた。
なのに、二人はこんなバカでスケベな弟を必死に護ってくれていたのだ。
申し訳なさと、それ以上の嬉しさで涙が止まらなかった。
ひとしきり泣いた後、ようやく気分が落ち着いたオレは洗面台にむかった。
鏡に映るのはなんともヒドイ顔だ。
目は真っ赤、涙の跡は何本もあるし鼻水だって拭えていない。
さすがにこんな顔では外には出れないだろう。
二度、三度と水を叩き付けるようにして顔を洗ってもう一度鏡を見ると、背後に薄く5歳くらいの男の子と女の子の姿が見えた。
あわてて振り返ってみても、当然背後には誰もいない。
どう考えてもホラーな状況なのに、なぜかまったく怖くなかった。
そういえば、慎が言ってた事がある。
霊を見るには、まず最初にそこに霊がいることを認識するから始まるって。
だったら、今の二人はきっと姉さんと兄さんなんだろう。
「今までありがとう。これからもよろしくな、姉さん、兄さん」
もう自分しか写っていない鏡に小さくつぶやいて、オレはトイレを後にした。
会場に戻ったオレは、父さん達に慎から聞いたことを交えて姉さん達のことを伝えた。
父さんは涙を見せない為に目を手で覆いながら天井を向き、母さんは口元を押さえて泣いた。
突然泣き出した父さんたちに、周りから好奇の目が向いたけど、そんなものは気にならなかった。
これが終わったら、仏壇に料理を供えよう。
二人が食べきれないくらいのたくさんの料理を。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
FGOの2周年福袋ガチャでケツ姉さんが来て、その場に崩れ落ちた作者です。
何故……。
何故玉藻が来ない……ッッ!?
最初期から初めているにも拘らず、全てのピックアップで空振りとは、これがガチャの呪いなのか!?
と、私事はどうでもいいとして。
今回で説明会に入るつもりだったのですが、思った以上に膨らんでしまったので、一端切ることに。
いやぁ、いい加減スマートな文章が書けるようになりたいもんです。
さて、次こそはこちらの頭を悩ませる説明会です。
一話で終わらせたいと思っていますが、さてどうなることやら。
今回はここまでとさせていただきます。
また、次回でお会いしましょう。