MUGENと共に   作:アキ山

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 皆様、申し訳ございません。

 思うところがあり、29話を大幅に改訂いたしました。

 ご迷惑をおかけして恐縮ですが、再度目を通していただくと嬉しく思います。


29話

 現代社会において、人間は金銭無しでは生きていけない。

 当然だが、それは『世界最強(笑)』と言われている俺も同じことだ。

 家族が三人、従業員が4人も増加した事で、それはさらに顕著(けんちょ)になったと言えるだろう。

 日々の生活費を初めとして、自営業である万屋(よろずや)の維持。

 朱乃姉や美朱の将来の貯蓄に玉藻を初めとした従業員の給与と各種福利厚生、親父とお袋の隠居後の資金や朱音(あかね)璃凰(りお)(この前引き取った双子の名前だ。女の子が朱音、男の子が璃凰)の養育費もある。

 あ、母屋の改築費用もか。

 改めて考えると、かなりの出費になるな。

 本当にポセイドンの懲罰(ちょうばつ)仕合を受けてよかった。

 ファイトマネーの3億のありがたさが身に染みるわ。

 振り込まれた日は経理のロスヴァイセ女史がその額にパニくって、経緯を話したら卒倒してしまったなんていうのも、今では笑い話である。

 ともかく、世の中は夏休み真っ盛りだが、俺にはそんなのを謳歌(おうか)する暇は無いわけだ。

 あー、うん……。

 朱乃姉、そんな社会のゴミを見るような目で親父を見てやるなよ。

 いやさ、採用されるかどうかは会社側の問題で、親父はちゃんと就職活動してるじゃん。

 え? 『慎が言ったように、駒王の番所で働けばいい』って?

 いや、そこはあれだ。

 親父にも矜持ってもんがあるしさ、さすがに息子の縁故で再就職ってのもなぁ。

 親父の働き口が見つかるまでは、俺が稼ぐからさ。

 もう少し、好きなようにやらしてやろうよ。

 ……ゴホンッ! 

 ウチの家庭事情はともかくとしてだ、そういう訳なので嫌な仕事も受けねばならないのである。

 では、本題の仕事について語るとしよう。

 八月も前半を終えてお盆を間近に控えた頃、日本神話と政府に動きがあった。

 俺の各神話勢力への応援によって蓄積された駒落としの臨床データとその後のケアから、転生悪魔に関するガイドラインが完成したらしく、国内における転生悪魔の対処に乗り出したのだ。

 その方針だが、『日本国は転生悪魔となった者に対しては、国籍と国民としての一切の権利をはく奪。1ヵ月以内に国外退去とする』という厳しいものだ。

 とはいえ、これだけでは残存する転生悪魔の反発は必至なので、『ただし、転生悪魔となった者の中には、本人の意に反してその状況に陥った者も多数存在する。その事を考慮して、転生悪魔となった国民には人に立ち戻って国民として暮らすか、転生悪魔のまま国外退去するかを選択する機会を与える』という一文が加えられている。

 裏の事情が関わっている為に表には出てないが、八月の頭にこの法案は国会を通り正式に施行された。

 実施に当たっては、この国のオカルトの一切を取り仕切る五大宗家主導の元、神社庁を通して各地の裏の管理者や監査官が動くことになった。

 この駒王町では俺に白羽の矢が立つ事となり、こうして各神話への応援活動の合間にこの街に在籍している転生悪魔、リアス姉と支取会長の眷属の家を説明して回っている訳だ。

 しかしこの業務、途轍(とてつ)もなく面倒くさい。

 ここの管理者2名が揃いも揃って眷属に迎えたメンツの保護者に、説明を一切してなかったからだ。

 会長の眷属はけっこう裏に関わっていた家とかやむにやまれぬ事情で転生悪魔になった人もいるのだが、匙元士郎先輩に由良翼紗先輩、仁村 留流子の三名については家族はこちらの事情を全く知らなかった。

  当然、いきなりこんな話を持って行っても信じてもらえる訳もなく、条約の証書を見せたり目の前で雷撃を出したりと、あの手この手を尽くさないといけないので手間が半端ない。

 とくに大変だったのは匙先輩宅だ。

 彼の家には成人した保護者は亡くなっていて、残っていた弟さんと妹さんに説明をする事になったのだが、事情を聞いた二人は『兄が自分を置いて冥界に行くのでは』と半ばパニックになってしまった。

 匙先輩の連絡先は知らないし、弟妹が持っていた携帯は通常の物なので冥界までは繋がらない。

 二人に電話番号を聞いて俺の携帯で掛けても、どこか電波が届かない場所にいるのか掛からなかった。

 主であるソーナ先輩も同様だったため、仕方なく『明日の夜に本人も連れて来てもう一度説明するから、今日のところは待っててほしい』と説得したのだ。

 だいたい、未成年を身請けするんだから、その保護者に説明するのは主としての義務だろうが。

 なんでそれすらしてないんだよ、あのお馬鹿達め。

 夏の容赦のない日差しと蝉しぐれの中、狩衣(かりい)の裾から出したハンカチで汗を拭いながら帰宅した俺を迎えたのは、顔が緩みまくった美朱の姿だった。

「あーもう、かぁいい! かぁいいよぉ!! アーちゃんもリーくんもどうしてこんなに可愛いかなぁ!!」

 赤子二人を抱っこしながら、締まりのない顔で玄関をクルクルと回る美朱。

 あの二人が来てから、妹は我が世の春とばかりにテンションが高い。

 というか、一週間も経ったんだからいい加減慣れなさい。

「無理に決まってるじゃん、念願だった脱末っ子がかなったんだよ! しかもこんな可愛い双子付きで!!」

「弟分や妹分なら、ミリキャスやハーフ組の中にもいただろ」

「血が繋がった弟妹はまた別なのだっ!!」

 『だーう』『あー』という赤子二人の声と共に、美朱はドヤっと胸を張る。

 うーむ、そんなもんなのかねぇ。

「あら、帰ってたの?」

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 美朱となんだか良く分からんやり取りをしていると、台所からお袋と玉藻、朱乃姉が顔を出してきた。

 割烹着を着ているが、みんなその下は巫女装束である。

 お袋が生前に持っていた宮司資格を、爺ちゃんが復活させてくれたのには本当に助かった。

 今までは俺がやるか、爺ちゃんが派遣してくれる応援の宮司さんにお願いしていた神社の業務を、お袋が捌いてくれるお陰でこっちは外の仕事に取り掛かれる。

「それで仕事の方はどうだったの? イッセー君やソーナ会長の眷属の家族に説明してきたんでしょう?」

「どうもこうも無ぇよ。ある程度、裏に関わってる家はあったけど、堅気の方に説明してなかった所為で、滅茶苦茶手間取った。話が終わった後でもイマイチ理解してなかったり、今回の政府の対応で付き合い方を考えるって人もいたからな。明日ここで本人たちを交えて、再度説明会をすることにした」

 ため息交じりに答えを返すと、朱乃姉の表情が少し曇った。

「本人を交えてって、大丈夫なの? 余計な混乱を招いたり、リアスやソーナ会長に敵意が向くんじゃないかしら」

「多分そうなるだろうな。けど、それもしゃあないだろ。あの二人は人の身請けをする為の義務を怠ったんだ。そのケジメは付けなきゃならない」

 朱乃姉の心配はもっともだが、今回は俺も妥協する気は一切ない。

 親御さんからどれだけ非難されても、本人たちには説明責任を果たしてもらう。

「まあまあ。難しい話は後にして、お昼が出来ているから頂きましょう」

「そうね。クーさんやリリィちゃん達も待っているでしょうし」

「よーし! アーちゃん達もまんまにしようねー」

 キャッキャと喜ぶ双子の声と共に、美朱を先頭に居間に戻っていく我が家の女衆。

「そういや、親父は?」

「就職活動よ」

 ふと疑問に思った事を口にすると、朱乃姉がため息交じりに答えてくれた。

 このクソ暑い中で就職活動とは……親父、頑張れ。

 超頑張れ……!

 

 

 

 

 姫島家と従業員が一堂に会したの昼食も終わり、自室に戻った俺はリアス姉と支取会長に連絡を取った。

 今回の件を伝えて、明日の説明会に眷属総出で参加してもらうためだ。

 条約の件や親御さんに裏の事情を説明した事、そして一方的に説明会の日取りを決めたのには随分と文句を言われたが、その辺はスルーした。

 レーティングゲームの後なのは分かるけど、文字通り眷属の将来がかかってるんだから、時間くらい開けなさいな。

 『明日の夕方に瞬間移動で迎えに行くから眷属を集めておくように』と伝えて電話を切って社務所でお盆の準備を進めていると、玉藻が少彦名(すくなひこな)様と共に部屋に来た。

 何でも真神(まかみ)様とハティ様から話があるらしい。

 心当たりの無いままに家より冷房が効いている本堂に入ると、板の間の上でだらりと寝そべっている白黒狼様の姿があった。

『ヨク来タナ、慎』

 野生や神聖さの欠片も見当たらないだらけきった姿に、思わず顔を引き()らせてしまう。

 そうしていると、頭だけ起こした真神様がヘッヘッと息を吐きながら念話で話しかけてきた。

「真神様。お話があると伺いましたが、どのような御用でしょうか?」

 一礼した後にそう切り出すと、寝ながら器用に桜餅を頬張っていたハティ様が顔を上げる。

『あのね……。ボク、子供が出来たんだ』

「…………ファッ!?」

 尻尾をパタパタしながらのハティ様の爆弾発言に、思わず変な声が出た。

 子供っていったか、今!?

 そういえば、この頃ハティ様って腹の辺りがふっくらしてきてたけど、まさか妊娠してたのかよっ!?

 ……落ち着け、俺。

 クールだ、クールになれ。

 真っ先に頭の中に『なんで』って言葉が浮かんだけど、これを聞くのはいくらなんでも失礼だろう。

 夫婦なんだから、ヤル事やって子供が出来んのはおかしくもなんともないわけだし。

 問題は、新しい神の仔の誕生なんて、数年どころか数百年、ヘタしたら数千年単位でないって事だ。

 つうか、こういう場合って神職ってなにやったらいいんだ?

 安産の祈祷(きとう)か、それとも授かった事を祝う祭事か?

 いやいや、ちょっと待て。

 今のデスマーチ状態で、さらなるスケジュール入れるのメッチャ辛いんだけど。

 諸国からの対テロ応援は引っ切り無しだし、夏祭りは終わってもお盆目前だし。

 あ、そうだ。

 高天原とアスガルドに連絡もしなきゃならないよな。

 日本は兎も角、アスガルドの方は祖父であるロキ様が反対してたとか何とか言ってたから、今回の件で荒れるかもなぁ……。

 でも二柱に仕える身としては、先触れとして話を持って行かないといかんしなぁ。

 今日は休めると思ったのに、やはり俺には休息はないのか……。

『シンー、どうしたのー? だいじょうぶー?』

 この先待ち構える労働に絶望としていると、いつの間にか近くに来ていたハティ様がペロリと頬を舐めてくる。

 ああ、なんかホッとするなぁ。

 これがアニマル・セラピーか……って、いかんいかん。

 仕える神様相手に癒されている場合じゃねーよ。

「お二人共、おめでとうございます。早速ですが、高天原とアスガルドの方に連絡をさせていただきます。新たなる神仔の誕生は慶事(けいじ)ですので、国主たる天照様には報せを届けねばなりませんし、ご身内であるフェンリル様やスコル様にも伝えるべきでしょう」

『忙シイナカ、スマンナ』

「いえ、これも神職たる者の務めですから。それよりも、真神様はハティ様をお気遣いください。ハティ様は初産ゆえ、不安に思う事も多いでしょう」

『ワカッタ』

『お父さんとスコルのところに行くの? じゃあ、ここの桜餅もお土産に持っててくれるかな。二人にも食べさせてあげたいんだ!』

 ハティ様のリクエストに応えて、ご神体の前に山と積まれた桜餅の幾つかを傍らに置かれた和菓子屋の紙袋に詰め、一礼をして本堂を後にする。

 あぁ、念のために保冷剤とクーラーバック持っていくか。

 この暑さだと、和菓子が傷むかもしれんからな。

 

 

 

 

 あの後、高天原でハティ様ご懐妊の件を報告したところ、天照様は飛び上がらんばかりに喜んだ。

 なんでも、妖怪や付喪神といった精霊はともかく、新たな神が誕生するのは数百年ぶりらしい。

 真神様とハティ様の仔は、日本神話の次世代であると同時に北欧神話との懸け橋となるということで、ウチの神社にお産の助けとして菊理姫(きくりひめ)様と木花咲耶姫(このはなさくやひめ)様が(つか)わされることになった。

 お二柱(ふたり)様とは青奈(せいな)女史の件でお世話になったので、ハティ様の補助に付いてくれるなら心強い。

 報告を終えて咲耶姫様達を神社の本堂にお連れしてから、返す刀でアスガルドに向かう。

『禍の団』対策の関係で頻繁に来ているので、エインヘリャルの衛士が護る城門を顔パスで抜けると、そこには3メートルはある巨体に金のスケイルメイル纏い、二本の角付いたバイキングヘルムを被った巨漢が立っていた。

「おお、無限の坊主ではないか!」

 こちらを見るなり、宮殿中に響き渡るような声で破顔するのは、北欧神話の雷神トール様だ。

 このトール様、初のテロ対策で北欧を訪れた時に鼻息荒く俺に挑戦状を叩き付けて来た神でもある。

 曰く『貴様のようなケツの青い小僧が、世界最強などと片腹痛いわ!』とのこと。

 まあ、その時は開始早々に天地神明掌(甘口バージョン)でトール様がノビて終わったのだが。

 それからは『タイマン張ったら、そいつとはダチ』という一昔(ひとむかし)前のヤンキー的な理由で友好的に接してくれている。

 こちらとしても、大雑把ながらも竹を割ったような性格のトール様は好感が持てるし、戦闘の面でも同じ雷撃使いという事もあって相性がいいので、色々と世話になっている。

 余談だが、狂雷迅撃掌とミョルニルで呼び出した雷撃の合わせ技が、数千の『禍の団』の軍勢を一瞬で消し飛ばしたのは、北欧で語り草になっているらしい。

「今日はどうしたのだ? こちらにはテロリスト共は現れていないし、転生悪魔も落ち着いているぞ」

「オーディン様に報告すべき事がありまして」 

「長老に? それは良からぬ事か?」

「いえ、ウチに嫁いだフェンリル様の娘、ハティ様がご懐妊したのです」

 俺に言葉にトール様は針金のような赤髭に覆われた口をあんぐりと開ける。 

「こりゃあ、たまげた。まさか、この信仰心が薄れた時代に新たな神の仔が授かるとはなぁ」  

「やはり、神の子供が生まれるのは珍しいですか?」 

「うむ。例え男神と女神が交わったとしても、新たな神が生まれるには人々の強い信仰が必要だからな。現代の信仰では、今ある神を維持するだけで精いっぱいと思っておったわ」

 誕生にまで強い(かかわ)りがあるとは、やはり信仰というのは神にとって必要不可欠な物らしい。

「あい解った、ならば行くがいい。それほどのような吉報ならば、長老もさぞ喜ぶ事だろう」

「はい、失礼します」

 トール様と別れた俺は、オーディン様の(そば)付きであるヴァルキリーに付き添われて、謁見の間に案内された。

 挨拶はそこそこに、オーディン様にハティ様の子供の事を報告すると、やはり彼の方も白い眉に隠れた隻眼を見開いて驚いていた。

「まったく心の臓が止まるかと思ったわい。じゃが、これは好機でもあるの」

「好機、ですか?」

「うむ、実は以前より日本の高天原に異文化交流の打診をしておっての。類を見ない事なのでウチの上層部が渋っておったのじゃが、真神殿とハティとの間に仔が出来たのなれば奴等も否とは言うまい」

 腹まで届く長い髭をシゴキながら、上機嫌に話すオーディン様。

 少彦名様は『ハティ様に脅されて真神様に嫁ぐ許可を出した』と言っていたが、もしかしたらこの為の布石でもあったのかもしれないな。

「という訳なので、お主にはパッと日本まで連れて行ってもらおうかの」

 ……ん? ちょっと待て。

 いきなり何言ってんだ、この人。

「いやいや。何言ってんすか、オーディン様。行くって言ってもむこうにアポ取ってないでしょ」

「なに、そんなものは現地で取ればよい。ついでに観光もすれば一石二鳥じゃわい」

「護衛とかどうするんですか。日本の領土であなたに何かあったら、シャレじゃすまないんですよ?」

「何を言っとる、お主がおるではないか」

「俺って、何処の神話にも属さない中立って話でしたよね?」

「ハティと真神殿に仕えておるではないか」

「そりゃ神職としての仕事で、ってことですよ。他の多神勢力の皆様もそういう見方だったじゃないですか」

「だったら仕事としてお主を雇うわい。たしか、何でも屋をしておったじゃろうが」

 どうだ、と言わんばかりのオーディン様に思わず言葉を飲み込んでしまう。

 この爺さん、痛いところを突いてきやがる。

 万屋(よろずや)自体は日本を中心に仕事をしてるけど、瞬間移動が使える事もあって海外の仕事が無いわけじゃない。

 ヴァーリやサーヴァント連中を雇い入れた以上、ここで断って営業活動に悪影響が出るのは避けたい。

「……わかりましたよ。こっちにも都合がありますから、護衛期間は今日一日。出発もアスガルドでの用事が終わってからにしてもらいますよ」 

「構わん。ところで、アスガルドでの用事とはなんじゃな?」

「フェンリル様とスコル様にも、ハティ様のご懐妊を知らせるんですよ。さすがに身内には連絡しとかないと拙いでしょ」

「それもそうじゃの。じゃが、彼奴等は今こちらにはおらんぞ」

「え、そうなんですか?」

「うむ。ロキに連れられて、どこかに行ったそうじゃ。あ奴が関わっておるからには、ロクな事ではないと思うがの」

 オーディン様の言葉に俺は小さくため息をつく。

 まったく無駄骨ってわけじゃないが、親御さんに伝えられないってのは気まずいな。

 とは言え、いないものは仕方がない。

 少々不義理だが、知らせるのはまた今度にしよう。

「わかりました。それじゃあ、行きましょうか」

「うむ。魔術を使わぬ転移は初体験じゃからの、今から楽しみじゃわい」

「そうは言っても一瞬ですよ。あと、むこうに行ったら高天原に連絡してくださいね」

「分かっておるわい。お主も口うるさいの、ロスヴァイセみたいじゃぞ」

「あ、そうだ。ロスヴァイセさんの件、ありがとうございます。あの人が来てくれてから、経理の方で助かってますよ」

「おお、そうじゃろう。あ奴は能力は優秀じゃからな。なんなら嫁にしてもいいんじゃぞ?」

「…………普段着が深緑のイモジャージな人はちょっと」

「……ホント色気のがないのぅ、あやつ」 

 俺の呟きに頭を抱えるオーディン様。

 つうか、やっぱりそういう意図もあったのか。

「そんじゃ行きますんで、しっかり掴まっててくださいよ」 

「うむ」

 意識を集中させて跳ぶイメージを解放すると、一瞬のブレを挟んで視界に映る光景が豪奢な宮殿から見慣れた境内に切り替わる。

「む……ここはどこじゃ?」

「私が勤めている神社兼自宅です」

 正直言ってあまり連れて来たくなかったのだが、高天原がダメなので他に目印になる場所が無かったのだ。

 という訳で、とっととアポを取ってもらってむこうに行ってもらう事にしよう。

「ふーむ、世界最強の男が住むにしては少々簡素じゃの」

「庶民ですんで。それよりも天照様に連絡してください。現状だとほぼ不法入国ですよ」

「……分かっておるわい」

 俺が天照様にコールした携帯を差し出すと、不満げに唇を尖らせながらオーディン様はそれを受け取る。

 ジジイがそんなリアクションしても可愛くないからな。

 オーディン様が電話越しで何やら話していると、境内の上空に強い魔力を感じた。

 見れば、紫電を纏う黒い魔力の渦がゲートを創り出していた。

 そして、暗青色の門のむこうから現れたのは、白い鎧に身を包んだ黒髪の男と二匹の黒い神狼だ。

「ロキか。他神話の領土にフェンリルとスコルを連れてくるとは、どういう腹積もりじゃ?」

「これは不可抗力というものだ、オーディン。貴殿が無限の力を借りて日本に転移しなければ、私もこのような手は使わなかったさ」

 スマホをこちらに投げ返しながらのオーディン様の詰問に、やれやれと言わんばかりに肩を竦める黒髪の男。

 そうか、これがロキ神か。

「さて、お初にお目にかかる無限の少年よ。我が名はロキ。巨人ファールバウティと女神ラウフェイの息子にして、『終える者』とも言われている。何を『終える』のかは、そちらの想像にお任せしよう」

「初めまして、ロキ様。私は姫島慎、貴方の孫娘であるハティ様の神官を務めさせていただいております」

「うむ、あれが世話になっている。今日こちらにきたのも、あの娘に関する事なのだ。姫島慎よ、フェンリルとスコルがあの娘が大和神族の仔を孕んだと騒いでいたのだが、これは(まこと)かな?」

 おや、フェンリル様達はもう知っていたのか。

 いったいどうやって……って、そう言えば前に真神様が『神狼は念話で群の仲間とコミュニケーションを取る』とか言ってたな。

 今回もそれなのかもな。

「はい。私も今日、本人から伺って確認しました。確かに、ハティ様のお腹の中には新たな命が宿っております」

「そうか……それはなんとも嘆かわしい事だ」

 顔に手を当てオーバーに天を仰ぐロキ様の吐き出した言葉に、俺は眉根を寄せる。

「嘆かわしい、ですか?」

「そうだ。あれ等神喰狼(しんしょくろう)は、ラグナロクの為に生み出した対神兵器。それが異なる神話の神とまぐわい、尚且つ仔まで設けるとは……。これでは本来あるべき殺戮者としての純粋性も穢れてしまうというものだ!!」

「何を言うかと思えば、愚かな事を。子とはいえ、この世界に生まれ落ちた時点で一つの生命。親の思い通りに等なるはずがないじゃろ。あれだけ子供をこさえておいてそんな事も分からんのか、阿呆め」

「黙れ、オーディン! 元はと言えば、貴様が日本にあの娘を嫁に出したのが原因ではないか!!」

「言いがかりはやめんか。あの婚姻はフェンリルやスコルも賛成していたのだぞ。儂は両家の希望を叶えただけじゃ。……決して話を持って来た真神殿の後ろで、神殺しの牙を剥き出しにしていた花嫁が怖かったわけではないからの」

 ……本音が漏れてますよ、オ-ディン様。

「うるさいッ! 貴様があの婚姻を足掛かりに、日本神話と繋がろうとしているのは知っているのだ!! ラグナロクを正しく導く者として、そんな事を認める訳にはいかん!!」

「相変わらず融通の利かん奴じゃ。今の世界情勢を見てみぃ。多神勢力の多くが協力して、テロと戦っておるのじゃぞ。今さら異文化交流など、どうという事はあるまいに」

 癇癪(かんしゃく)を起し始めたロキ様に、呆れたようにため息を突くオーディン様。

 確かに、今さらの話だよなぁ。

 しかし、気になるのはフェンリル様達だ。

 ハティ様の輿入れの時に会った事があるが、二柱(ふたり)とも結構な親バカとシスコンだったはずだ。

 なのに、ロキ様の暴言にもまったく反応していない。

 念の為に霊視を試みてみると、以前は付けていなかった首輪から頭部に伸びる魔力線を捉えることが出来た。

 あれは精神か思考に作用する呪詛か?

『騒ガシイナ。ドウシタノダ、慎』

『あ、ロキのお爺ちゃんとお父さんにスコルだ!』

「げっ!? 神殺しの狼じゃないですか!! イヌ科で神殺しとか、私と相性悪いなんてもんじゃねーですよ!!」

「慎、これはどういう事なの?」

 背後から飛んできた声に振り返ると、そこには真神様とハティ様、そして朱乃姉と玉藻がいた。

 これだけの神氣を感じれば、気づくのは当たり前か。

「悪い、今立て込んでる。事情は後で話すから、本殿に入っててくれ」

「ハティ、仔を宿したというのは事実のようだな」

『お爺ちゃん、よろこんでくれないの?』

「虚け。お前は兵器として生み出されたのだ、それが不純物を抱えた事を喜ぶ者がどこにいる。……まあよい、ここに来たのも何かの縁だ。オーディンと共に不良品の始末もしてしまうか」

「この葦原中津国(あしはらなかつくに)で神戦を始めようとは、アスガルドは高天原と事を起こすつもりですか?」

 元の藍色の十二単(じゅうにひとえ)姿に戻った玉藻が、ハティを庇える位置に立って鏡を構える。

「そんな気などないさ、天照の分霊よ。私は北欧神話の歪みを正そうとしているだけの事。だが、その歪みたるオーディンやハティをこの地に連れて来たのは、そこの神狼や無限の小僧だ。恨むなら、そ奴等を恨むのだな!」

 言葉と共にロキが腕を振り下ろすと、宙空を蹴ってフェンリル様とスコル様が飛び出した。

 二人の殺気が捉える先はオーディン様。

 ────と見せかけて、ハティ様だ。

『お父さん!? スコル!?』

 牙を剥き出しに襲い掛かる家族に、ハティ様の悲痛な声が響く。

「さあ、祖父としてのせめてもの慈悲だ! 腹の仔と共に家族の牙に掛かって果てるがいい!!」

 動けないハティ様を庇う様に前に出る真神様と、構えた鏡で防御結界『呪層・黒天洞(こくてんどう)』を展開する玉藻。

 だが、二柱の牙はその誰にも突き立つことは無かった。

 接敵の寸前に俺が身体を割り込ませたからだ。

 フェンリル様が俺の首から左肩に掛けて食らいつき、スコル様は脇腹に牙を突き立てようとしている。

『慎!?』

『慎! 大丈夫なの!?』

「ご主人様!?」

「慎!?」

「無限殿!?」

 口々に悲鳴を上げるみんなの声が当たりに木霊する。

「フハハハハハっ!! これは僥倖だ! オーディンを討つには、貴様が一番の障害だと睨んでいたからな! いかに無限と言えど、それだけの神殺しの牙を受けては無事では済むまい!!」

 二柱に食らいつかれる俺の姿に高笑いを上げるロキ。

「これが神殺しの牙か。────大したことないな」

 だが、まったく苦痛を感じさせない俺の声に、その馬鹿笑いはピタリと止まる。

 予想外の事がみんなの意識に生じさせた空白。

 その一瞬の隙を突いて、俺は身体にぶら下がったフェンリル様達に付けられた首輪を引き千切る。

「真神様、解呪を! お二柱は精神系の呪詛か意識操作を受けています!!」

『心得タ、任セヨ!!』

 真神様が放った咆哮が俺の身体ごと二柱を包み込むと、彼らの虚ろだった瞳に意思の光が戻ってくる。

『むぅ……ここはいったい?』

『御爺様の屋敷に呼ばれてからの記憶が……。私達はどうなっていましたの?』

『お父さん! スコル! 考えるは後! 慎を放して!!』

 こちらを咥えながらもフェンリル様達は器用に念話を漏らしていたが、ハティ様の一喝により慌てて離れる。

『いったいどうなっている? 何故我等はハティの神官殿に襲い掛かっていたのだ!?』

『あのね、お父さんたちはお爺ちゃんに操られていたみたいなんだ』

 狼狽えているのだろう、俺達の周りをグルグルと回るフェンリル様達に、事情を説明するハティ様。

 自身に降りかかった事を理解するにしたがって、二人の表情が困惑から憤怒へと変わっていく。

「馬鹿な……!?」

「甘いですね。あんなあからさまな術式では、気づいて下さいと言っているようなものですよ」

「そんな事はどうでもいい!! 貴様、何故神殺しの牙をまともに受けて無事でいられる!? 傷一つないとはどういう事なのだ!!!」

 先程の余裕など虚空の彼方に吹き飛ばしたのか、ヒステリックに黒髪を搔きむしりながらこちらを指差すロキ様、いやロキ。

「あれですよ。神殺しってだけあって、その効果は神にしかないって事でしょう。ほら、俺は人間ですから」

「フェンリルに噛まれて無傷な人間がいるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」

 的確な答えを返したのに、発狂せんがばかりに荒れ狂うロキ。

 むこうには言っていないが、当然これには仕掛けがある。

 いくら俺の身体が強固とはいえ、フェンリル様に噛みつかれれば怪我くらいはする。

 では何故無傷だったのかというと、それは将軍様から教えてもらった技を使ったからだ。

 その技の名は『硬度10 ダイヤモンドパワー』である。

 その名の通り、肉体の強度をダイヤモンドと同等にする、完璧超人の中でも少数の者しか会得していない高難度技だ。

 完璧超人は超人強度を高める事でこれを行うが、俺の場合は内功と因果律操作で代用している。

 まあ、オリジナルのようにガチにダイヤモンドになる訳じゃないが、防御力の方は折り紙付きだ。

 茶番はここまでにして、ウチの身内に手を出したケジメを付けてもらうとしようか。

「ロキ様、ちょっとこちらへ」

 混乱から立ち直っていない隙を突いてロキのすぐ傍に移動した俺は、肩を掴んで移動するように促す。

 行き先はみんなの目に映らない本堂の『裏』だ。

「わ……わわっ、私は野蛮な事は嫌いなんだが……ッ!?」

「そうかい? 俺は好きだぜぇ」

 肩へ置いた手にかかった握り潰さんほどの力に此方の意図を察したのか、抵抗する素振りを見せるロキに極上の笑顔を向けてやると、顔色が紙より白くなって動きを止めてしまった。

 む……なんか釈然としないが、まあいい。

 さあ、お仕置きの時間だ。

 

 

 

 

「……お主、もう少し手加減というものをじゃな……」

『むぅ……これは酷い』

『顔が原型を留めていませんわ』

「うわぁ……これはまさに顔面ピカソですねぇ」

「慎、あなたって子は」

『お爺ちゃんの顔が絵本で見た福笑いみたいになってる!?』

『家族ヲ使イ、我ガ番ニ手ヲ出ソウトシタノダ。当然ノ報イダナ』

 整形手術(拳)を見た、みんなの感想がこれである。

 イケメンがイケナイ面になってしまったが、気にしてはいけない。

 ウチの身内に手を出してこの程度で済んだのだから、むしろ感謝してほしい。

 あと、この件に関しては北欧神話は問題にしない事をオーディン様と約束済みである。

 日本に来たいと言ったのも、その所為でウチがドンパチに巻き込まれかけたのも、全てオーディン様が原因なので、賠償とか言った日にはあの髭を全て引っこ抜くところである。

「あの、オーディン様を迎えに来たのですが、これはいったい……」

 天からこちらに降りて来た天宇受賣命様は、この惨状を見て戸惑いの声を上げる。

「おや、ウズメちゃん。お久しぶりです」

「あ、玉藻ちゃん。これってどうなってるのかなぁ?」

「実はですね……」

 玉藻が天宇受賣命様に事情を伝えていると、フェンリル様とスコル様がハティ様の身体に鼻を押し付けているのが見えた。

『体調は問題無いようだな。ハティ、大事ないか?』

『うん! 旦那様も神社の人達もとっても良くしてくれてるから』

『日本の夏はとっても暑いですわ。身重の身体なのですから、無理はしないようにしましょうね』

『大丈夫だよ。スコルは心配性だなぁ』

『妹の初産ですもの、心配するのは当り前ですわ』

 親子水入らずに邪魔をしたくはないが、夏の日差しはまだまだ強い。

 北欧生まれのフェンリル様にはこれは辛いだろう。

「お三方。外は暑いでしょうから、積もるお話は冷房の効いた本堂でしては如何でしょう」

『ソレガイイナ。デハ義父上ニ義姉上、案内イタシマショウ』

『すまぬな』

『お言葉に甘えて、お邪魔しますわ』

『うんうん! 桜餅もいっぱいあるからね!』

 尻尾をブンブンと振る四つのお尻が本堂の方向に消えるの光景に笑みを浮かべていた俺は、いつの間にか高天原に行っていたオーディン様に気付いて、途方に暮れる事になった。

 ……ロキの事、どうすんだよ。

  

  

 

                     




 ここまで読んで下さってありがとうございます。

 29話を大幅に改定させていただきました。
 
 これに関しては、私の実力不足が原因です。

 皆様にはご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。

 今後はこういった事が無いように、鋭意努力していきますので、よろしくお願いします。

 では、今回の用語集です。

 〉トール(出典 北欧神話)

 トールとは、北欧神話に登場する神である。
 神話の中でも主要な神の一柱であり、神々の敵である巨人と対決する戦神として活躍する。
 その他考古学的史料などから、雷神・農耕神として北欧を含むゲルマン地域で広く信仰されたと推定されている。
 アース神族の一員で、雷の神にして北欧神話最強の戦神。
 農民階級に信仰された神であり、元来はオーディンと同格以上の地位があった。
 雷神であることからギリシア神話のゼウスやローマ神話のユーピテルと同一視された。 外見は燃えるような目と赤髪を持つ、赤髭の大男。
 性格は豪胆あるいは乱暴。
 武勇を重んじる好漢であるが、その反面少々単純で激しやすく、何かにつけてミョルニルを使っての脅しに出る傾向がある。
 しかし怯える弱者に対して怒りを長く持続させることはない。
 また、途方もない大食漢でもある。
 武器は稲妻を象徴するといわれる柄の短い槌、ミョルニル。
 雷、天候、農耕などを司り、力はアースガルズのほかのすべての神々を合わせたより強いとされる。

 〉ロキ(出典 北欧神話)
 北欧神話に登場する姦計と知略の神にして、同神話体系に措けるトリックスター的存在。
 悪知恵に長けた悪戯好きの神であり、主神オーディンの義理の兄弟に当たる。
 神であると同時に神々の敵である霜の巨人ヨートゥンの血をも引いている。
 魔術、特に変身術を得意とし、女性や動物にも変化できる。
 女巨人アングルボザとの間に3人の子供があり、長男は巨大な魔狼フェンリル。
 次男は大地を取り巻く大海蛇ヨルムンガルド。
 末娘は後に冥界ニブルヘイムの統率者となる女神ヘルである。
  幾多の神話において、トラブルを引き起こしては最終的に自己解決を図るトリックスターとしての役割を与えられている。
 詭弁を弄し策略を立て、また巨人も神々も平然と愚弄するなど変幻自在の活躍をする。
 わざわいを企む者、神々と人間の恥と批判する者も多い一方で、その優れた知謀は神々に認められている。
 最終的には奸計を弄してオーディンの息子バルドルを殺害し、そのことを宴の席で神々への侮辱と共に吐露したことで地底に拘束される。
 彼は妻である女神シギュンに付き添われてこの世の終わりまで幽閉されており、頭上に置かれた蛇の毒によって苦しめられている。
 ラグナロク(神々の黄昏)の時に戒めから解き放たれ、巨人族の兵を引き連れて報復に現れる。
 最後は光の神・ヘイムダルと壮絶な相打ちを遂げた。

 〉呪層・黒天洞(出典 Fate/extra)
キャスター・玉藻の前が所有するスキル。
 その手で受ける被ダメージを減少させ、スキル・宝具に応じたMPを吸収する。
 キャス狐の主戦力、というか切り札とも言える。
 『Fate/EXTRA CCC FoxTail』では「呪層界・怨天祝祭」をとの併用で宝具を防いでいる。

 今回はここまでとさせていただきます。
 それでは皆様、次回でお会いしましょう。
 

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