MUGENと共に   作:アキ山

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 お待たせしました、第3話でございます。
 感想を頂いた皆様、本当にありがとうございます。
 皆様の感想が執筆の原動力です。
 あと、UA5000以上に、お気に入りが300超え。
 見た瞬間、思わず頭がパーンってなりました。
 本当に、皆様の評価に身が引き締まる思いです。



3話

 バイザーとかいうはぐれ悪魔討伐の翌日、学校を終えた俺と美朱は廃教会に足を運んでいた。

 リアス姉がイッセー先輩に『教会には近づくな』と忠告してたらしいがそれは悪魔の都合、俺達なら問題は無い。

 アーシア嬢に会えるからか、美朱のテンションが妙に高い。

 聞けばアーシア嬢は俺達より1つ上だという。

 末っ子で甘えた体質のこいつは、新たな甘えられる対象を見つけて昂っているのだろう。

「純真無垢なアーシア姉に、アニメやゲームの楽しみを教える……。これぞ愉悦!」

 おいやめろ。

 前にフェニックス卿から苦情が来てたことを忘れたか。

「だからあれは濡れ衣! 私と知り合う前からレベッちゃんは夫人から英才教育を受けてたんだよ!」

 そうやってフェニックス家は腐女子を生み出してるのか。嫌なことを聞いた。

「少なくとも2年前までは、レベッちゃんは腐ってなかったと思うけどな」

 2年、嗜好を変えるのには十分すぎる。素養も考慮すれば望み薄だな。

「例え腐ったとしても、私達の友情は変わらないから大丈夫さ」

 お前はいいわな。

 けど、フェニックス家の男はそうはいかんだろう。

 これでむこうの家に腐女子の系譜でも出来ようものなら、不死鳥なのにストレスで死ぬんじゃなかろうか。

 適当に会話を交わしていると、教会の姿が見えてきた。

 スタンダードなタイプの教会で、建物自体はかなりデカい。それに敷地を囲むように立派な塀まである。

 打ち捨てられたわりに、外観もそれほど老朽化しておらず、所々新たに人の手が加えられた痕跡も見られる。

「アーシア姉ー! 遊ぼー!!」

 閉ざされた入り口、身長よりも大きな扉にむけて美朱が大声で叫ぶ。

 現地調査とはなんだったのか。あと子供か、お前は。 

 内部の気配を探りながら待つこと数分。明らかに居留守を使われていることに、目に見えて不機嫌になった美朱が先程よりも大きな声を扉に投げかける。

 今度は蹴りつきで、だ。

 おい、神への敬意はどこにいった。

「そんなの品切れ中に決まってんじゃん。あと入荷予定も無~し」

 バゴアバゴア~、と謎の笑いを上げながらもストンピングの速度を速める美朱。

 仮にも神職が言う台詞ではない。お前、いつか怒られるぞ。

 美朱の誘い(物理)にドアの蝶番が悲鳴を上げ始めた頃、ようやく内側から扉が開かれた。

「神の家の門は足蹴にするものではありませんよ」

 更なる蹴りを放とうとしていた美朱に、白のカソックの上に黒の外套を纏った白髪の少年は、穏やかな笑顔で声をかける。

 年の頃は俺達とそう変わらない。

 一見すると善良そうに見えるが、身体に染みついた血の匂いは相当なものだ。

 正体は異端狩りの悪魔祓いといったところか。

「これが私のノックだ。参ったか!」

 ふんす、と鼻息荒く胸を張る美朱。どっから見てもただの馬鹿である。

「それで当教会にどのような御用ですか?」

「ここでシスターをやってる、アーシア・アルジェントさんと遊びに来ました!」

「シスターのアーシア・アルジェント、ですか?」

 美朱の直球ど真ん中の言葉に、顎に手を当て思案するそぶりを見せるなんちゃって神父。

「申し訳ありませんが、そのような者は当教会には在籍してませんね」

「え? 昨日、本人に頼まれてここまで案内したんですけど。これからここで働くって」

「いいえ。昨日は此方に着任した者はありませんよ。信者の方と間違われたのでは?」

 シラを切る神父に食い下がる美朱。

 とは言え、話が『いる、いない』の水掛け論になってしまっては、それこそ教会内を探さない限り進展する事はないだろう。

 事実はどうあれ、むこうが居ないと言っている以上、粘って警察でも呼ばれては面倒な事になる。

 ……これは一度出直すべきか。

「美朱、帰るぞ」

「えっ……! 慎兄、でも……!?」

「むこうが居ないって言ってるんだ、ゴネたって仕方ないだろ」

「むぅ……」

 むくれながらも一歩退いた美朱に、ほっと息を付く神父。どんな業界も、クレーマーの対応には体力を使うものだ。

「神父さん。こちらの勘違いだったようです。時間を取らせて申し訳ない」

「いいえ。こちらこそ、力になれないで、すみません」

 お互いに頭を下げて、その場を後にする。

「なんで諦めちゃうのかな。もう少しであの神父をやり込めたのに」

 教会の敷地から出て外壁沿いの道路を歩いていると、ブーたれていた美朱が不満げな声を上げた。

「アホ。完全に水掛け論だったじゃねえか。あのまま粘っても、ポリを呼ばれて追い払われるのがオチだ」

「それで、どうするのさ」

「合法がダメなら非合法な手で行くしかないだろ。辺りが暗くなるのを待って、忍び込むぞ」

「おお! 美朱ちゃんの本領発揮する時が来た!」

 ひさびさにスキルが生かせる、と目を輝かせる我が家の忍者(笑)。

 (笑)などと言ったが、忍の祖である影忍の血を引き、無限の闘争(MUGEN)で多くの流派の忍術を習得したこいつの能力は高い。

 忍の手腕はあの服部半蔵に上忍と認められるほどである。

「そうと決まれば情報収集だね。周辺の地形、建物の情報、あとは出来れば人員の配置なんかも調べなくちゃ」

 妙にウキウキとしながら「役所なら建物の見取り図があるかも」などと呟く美朱。教会の背面から、本道に出ようとして、俺達は足を止めた。

 教会内部から背面の塀にある勝手口へ近づいてくる独特の気配、堕天使だ。

 素早く勝手口から死角になる角に身を隠して様子を窺っていると、黒いゴスロリ服に金髪をツインテールにした十代前半の女の子が、パンパンに中身が詰まったゴミ袋を出している。

「あ…あれ、ミッちゃんだ」

 少女の姿を見た美朱の口から、小さく言葉を漏れる。

「知り合いか?」

「シェムさんところで庶務やってた下級堕天使。私とシェムさんのコスプレ仲間でもある」

 ああ、なんかわかるわ。グリゴリの女性陣って妙齢の美女ばかりだもんな。あいつは貴重なロリ枠ってことか。

 ミッちゃんに向ける生暖かい視線に、イイ笑顔でサムズアップする美朱。

 だから、さらりと心を読むな。

「堕天使のウチがゴミ出しとか……。悪魔祓い共のウチへの扱い、悪くないっすかねぇ。」

 二つ目のゴミ袋を引っ張り出しながら、ブツブツと愚痴り始めるミッちゃん。

 なんかあの子、目が死んでるんだが。

「レイナーレ様もアホっす。こんなザルな作戦、悪魔の縄張りでやったらバレるに決まってるじゃないっすか。万が一成功しても、たかだか神器一つ手に入れた程度で、あの変人たちの関心が向くかっての。だいたい、聖母の微笑なんて、美朱様のお兄様のダブリじゃん! そんなん神器オタクのアザゼル様でも拒否るわ!!」

 早口でまくし立てながら、今度はゴミ袋を電柱に叩きつけた。袋が破れて中身が散乱するが、そのゴミまで足蹴にしている。

 どうやら、相当追い詰められているらしい。

「あぁぁぁぁぁ…。なんでウチ、レイナーレ様誘いに乗ったんだろ。昔の上下関係タテにされたからって断る方法あった筈なのに……。シェムハザ様の下にいたときは楽しかったなぁ。グリゴリに戻りたいよぉ……」

 愚痴って、暴れて、ついには泣き出した。うん、なんか物凄く居た堪れない。

 後ろから裾を引かれたので視線を移すと、美朱が何か言いたげにこちらを見上げている。

 軽く頷き返してやると角をトップスピードで飛び出し、あっという間にミッちゃんに抱きついた。

「ミッちゃぁぁぁぁぁん!!」

「え……。美朱様!?」

「頑張ったね! 辛かったね! もう大丈夫だよ、私がシェムさんに言って.グリゴリに戻ってもいいようにしてもらうから!」

 ミッちゃんの頭を胸に抱えて涙声で捲し立てる美朱。突然の事に呆然としていたミっちゃんも、美朱の涙に誘われたのか、胸に顔を埋めて大声で泣き始める。

 普段はおちゃらけてるが、知り合って好意を持った者はことさら大事にするのがこいつの美点の一つだ。身内への愛情が深い姫島の女の血もあるのだろう。

 とはいえ、一応ここは敵地。麗しい友情に、空気の読めない無粋な邪魔が入らないとも限らない。

 と言うわけで、美朱。

「ぐすっ……。わかった」

 鼻を啜りながら、刀印を結ぶ美朱。素早く九字を切れば、周囲の雰囲気に変化が生じる。

「簡易の隠形結界を敷いたから、ちょっとの間なら私たちの姿が認識されることはないよ」

 ご苦労。

 なら、こっからは事情聴取だ。美朱に癒されているところ悪いが、ミッちゃんには付き合ってもらう。

「事情聴取っすか?」

「ああ。その前に、俺は姫島慎。美朱の兄貴だ」

「下級堕天使のミッテルトっす。お二人の事はシェムハザ様やバラキエル様から聞いてるっす。何でもグリゴリ期待の星って」

 おや、いつの間にかグリゴリ所属にされてるんですが。

「え、違うんすか?」

 あー、何か言いづらいな。俺達って、リアス姉が駒王町の管理の任期を終えて冥界に帰る間での間、期間限定で日本神話の監査官をしてるんだよ。

「うーん。今は事情があって、日本神話に属してるんだよね」

「えっ!? そうなんスか!」

「この町を管理してた悪魔の前任者がポカしてな。グレモリーが管理を引き継ぐ際に、日本神話からクレームが付いたんだよ。そこからまあ色々あって、グレモリー家に世話になってた俺達が日本神話に籍を置く事を条件に、悪魔の管理権が継続する事になったんだ」

「どうして日本神話はお二人を?」

「ウチのママって、日本のオカルト界の中でもトップクラスの名家の出なんだ。多分、その関係

だと思う」

「え……と、なんか複雑なんすね」

「理解してくれて助かる。さてミッテルト、ここが独断で動いている堕天使のアジトなのは間違いないな」

 俺の質問にミッテルトは固い表情で頷いた。

「首謀者は中級堕天使レイナーレ。共犯は下級堕天使三名、ウチとカラワーナ、ドーナシークっす」

 カラワーナ。どっかで聞いた事がある名だな。……あ、あれだ。二日前に蹴り倒して番所に送った堕天使だ。って事は現状、むこうの堕天使は3名ってことか。

「ねぇミッちゃん。その中級堕天使は、何をしようとしているの?」

「ウチが知ってるのは、教会から追放された聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)の所有者、アーシア・アルジェントから神器(セイグリッド・ギア)を抜き出して自分のものにすることっす」

 ミッテルトが情報を口にした途端、周りの気温が下がったような錯覚に捕らわれた。横に目を向けると美朱が薄い笑みを張り付けながら、寒気がするほどの殺気を放っている。

「ふぅん。アーシア姉の神器(セイグリッド・ギア)をねぇ……。慎兄、その馬鹿の首刎ねてきていい?」

 神器(セイグリッド・ギア)は、聖書の神が人間の血を引く者のみに与えたアイテムだ。

 魂の一部と同化していると言われており、引き剥がせば大抵は死に至る。

 こんな計画を聞かされれば、アーシア嬢を気に入っている美朱が怒るのは当然か。

「落ち着け。シェムハザさんから出来れば殺すなって言われてるだろうが」

「できれば、でしょ。ブチ殺した後で、失敗しましたって言えばいいじゃん」

「意図的に殺っといて失敗しましたなんて言えるか、アホ。それで、ここにいる悪魔祓いの統括をしてるのも、そのレイナーレなんだな」

「はい。神器(セイグリッド・ギア)を奪う際の護衛と、グレモリーが動いた際儀式完了までの時間稼ぎとして、領土内で騒ぎを起こしてかく乱するのを目的にレイナーレが集めたっす」

「悪魔祓いの総数はわかるか?」

「正確な数まではわからないっすけど、50人はいたと思うっす」

「あぁ~。それじゃあ、その堕天使を殺るワケにはいかないか」

 ミッテルトの説明に纏っていた殺気を霧散させる美朱。

 今頭であるレイナーレを消して、悪魔祓い達が暴走してテロにでも走られたら、目も当てられないからな。

 頭に血が昇っていても、冷静な判断が下せるところは相変わらずだな。

「人員の配置は教会の護衛に7、各地のかく乱要員が3ってとこか」

「そんなものじゃないかな。ミッちゃん、悪魔祓いの連中が全員この教会に集まる事ってないの? 例えば指示を受ける為の集会とかで」

「う~ん。いつもはそんな事はなかったっすけど、儀式の前ならもしかしたら。レイナーレは自分を『至高の堕天使』だと思ってるから、儀式を始める前なら部下を集めて演説くらいはするかもっす」

「儀式の日はわかるか?」

「近日中とは言ってたけど、レイナーレはまだ決めてないみたいっす」

 ふむ、不確定要素が多いのは気になるが、狙うなら儀式当日か。

「儀式までアーシア姉をそいつに預けるのは癪だけど、一網打尽にするならそれが一番確実かな。それでミッちゃん、お願いがあるんだけど」

「なんすか?」

「儀式決行の日まで、ここにいてアーシア姉を守ってくれないかな」

「ウチがっすか?」

「うん。それにプラスしてミッちゃんがこっから情報をくれたら、私たちも動きやすいからさ」

 美朱の頼みにミッテルトの表情が曇る。ここでの扱いはよくなさそうだし、いたくない気持ちは分かる。だが、受けてもらわんとこっちが困る。

「うぅ~、でもそれって危険じゃないっすか?」

「チチチッ……。心配ご無用、この美朱ちゃんに任せなさい!!」

 不安そうなミッテルトに笑顔をむけた美朱は、刀印を結び空中に何かの印を書くと、刀印の中心に氣を集中させ始めた。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!!」

 美朱が切る九字に合わせて氣は膨れ上がり、最後の印を組むと同時に光と共に氣が弾ける。

 目を焼くような光が収まった後には、刀印を解く美朱とその足元に立つ3体の小さな人影があった。

 その人影は3体とも美朱を3等身の手乗りサイズにデフォルメした姿をしていた。

 そいつらが身に纏っているのは『戦国奇譚妖刀伝』で、主人公『香澄の綾女』が身に着けていた赤のチャイナ服を思わせる上着に黒のスリムパンツだ。

「ふふん! これが美朱忍法、式神召喚『ミニミニ美朱ちゃん』だよ!!」

 三体のミニ美朱を掲げながら、ドヤっと胸を張る美朱。俺もミッテルトもド肝を抜かれて言葉が出ない。

「ミニサイズと侮ることなかれ! この子達にはAI的術式を積んであるから、ある程度の自己判断が可能。威力は劣るけど私の術や技も使えるから、斥候や護衛に使えるのさ!! この子がいれば、ミッちゃんもアーシア姉も安心だよ!」

 ほー、それが本当なら確かに物凄い術だ。

 トコトコとこちらの足元に歩いてきた1体を持ち上げてやると、手の上に立ったミニ美朱は何故か腕を組んだ仁王立ちの姿をとり、こちらを見下す様に『あるセリフ』を連呼し始めた。

 こ、このセリフは……。

「妹よ。こっちにきたミニ美朱が、仁王立ちで腕を組んで『この戯け!』とひたすら言い続けてるんだが……。これってまさかMr師は───」

「兄上、それ以上はいけない」

 上機嫌だった美朱の表情が一瞬で死んだ。

 こちらを捉える光の消えた瞳から放たれる重圧に、出かかっていた言葉は押し潰されてしまった。

 どうもこの話題については触れないほうがいいらしい。

 ふとミニ美朱に向けると、黒のスリムパンツを穿いているはずの腰が、一部分だけブレて白の帯と藍色の布地が覗いている。

 恐らくは『ナニカ』を上書きしたであろう術の綻びだ。先ほどの美朱の様子を考えるに、この謎は明らかに地雷。それも怒った朱乃姉に匹敵するほどの危険物だ。

 しかし、このままでいいのだろうか? 

 美朱がこの術の参考にしたキャラに心当たりはある。

 成程、mugen屈指のネタキャラであるあの漢を参考にしたなど、女性なら隠蔽したくもなるだろう。

 だが、それは技を継承した事への冒涜ではないだろうか。他者から継承した技をモノにする為に、自分なりにアレンジするのはいい。だが、受け継いだ技の痕跡を全て消し去るのは、技を生み出した人物自体を否定する事と同じ。それは断じて行ってはいけない事だ。

 しばし悩んだ俺は、美朱自身の芯を正す為にも、この秘密を暴く事を決心した。

 断じて、『どうやったらあのゴツイおっさんが、美朱みたいな女の子になるのか』という好奇心に負けたわけではない。

 意を決し、ミニ美朱の腰の綻びにゆっくりと手を伸ばす。

 術に関して素人の俺ではほんの些細な力加減のミスでも、ミニ美朱自体を破壊してしまう可能性がある。作業は慎重かつ緻密に行わねば……。

 緊張で震えが走る指に細心の注意を払い、綻びに触れようとした瞬間、腕が物凄い力で掴み上げられた。

「……ナカには誰もいませんよ?」

 顔を上げると、そこには穏やかな笑顔を浮かべた美朱の顔が。

 朱乃姉にそっくりの美貌に浮かぶ笑顔は、一目で見た男を魅了する事ができる極上の物。だが、それも背後に背負ったドス黒い瘴気とハイライトが死に果てた目が全て台無しにしている。

 ……ッ!? なんというプレッシャー! 普段の美朱からは想像もできない邪悪さだ。だがしかし、こちらも覚悟は決めてある。ここまで来て引き下がるわけにはいかない。

 万力に挟まれた様な圧力を感じる腕に力を込めて、ミニ美朱から引き離そうとする美朱を無理やりにねじ伏せる。

 美朱も必死に抵抗するが、単純筋力では俺の方に分がある。

 じりじりと近づいていく手に、美朱の表情に焦りの色が浮かぶ。

 このまま行けば、俺の勝ち───────

「そぉいっ!!」

「危ねえっ!?」

 視界の隅の掠めた鋭い輝きに、俺は美朱の腕を振り払って大きく飛び退いた。

 死んだ目でこちらを睨み付ける美朱の手には、蒼く光る妖刀の姿が。

 間一髪で躱したおかげで怪我は無いが、振り下ろされた妖刀の切っ先には、無残にも胴を貫かれたミニ美朱が力無くぶら下がっている。

「おまっ、なにしやがる!?」

「ナカの人などいないっ!!」

 俺の抗議を一刀に斬り捨て、美朱は妖刀を振り払った。

 串刺しから解放されたミニ美朱は、その外見には全く似合わない野太い男の声で、悲哀に満ちた断末魔を上げながらその姿を消した。

 今の声はやはり……。

 だが、これを指摘するのは危険すぎる。

 ヘタをすれば美朱に機密保持として消されかねない。

 しかし、原型が残らない位に改変されているというのに、最後の最後まで自己主張して消えていくとは……。やはり、中の人は『凄い漢』だ。

 

 

 

 

 春の日も落ちて闇が辺りを覆う頃、夕食を済ませた俺と美朱は居間でテレビを見ていた。

 あの後、俺の携帯でシェムハザさんに連絡を取ったミッテルトは、残った二匹のミニ美朱を連れて、教会に戻っていった。

 シェムハザさんに確認したところ、ミッテルトは内部告発の功績と中級堕天使であるレイナーレから協力を強要されていた事情を鑑みて、軽い減棒で済ませるらしい。

 思ったより軽かった罰則に、美朱と二人で胸を撫で下ろしたものだ。

 さて朱乃姉はオカ研で帰ってきていない為、テレビのチャンネル権は美朱のなすがままである。

「いや~。録画を後でチェックするのもいいけど、時間通りにアニメを見るのもオツなものだよねぇ」

 はぐれ悪魔の討伐資金で引いた、ケーブルテレビのアニメチャンネルで懐かしのOVAを見ながら、上機嫌で宣う美朱。

 イモジャージに身を包み、ちゃぶ台に広げられた各種のお菓子とノンカロリーコーラに舌鼓を打つその姿は、とても華の女子高生とは思えない。

「見てるの『M・D・ガイスト』かよ。女が見る物じゃないだろ、それ」

 この世界は「ドラゴンボール」や「ワンピース」等のメジャーなタイトルは、存在しないかよく似たパチモンになってるのに、マイナーな作品はそのままに存在している。

 美朱は『戦国奇譚妖刀伝』を探していたが、無かったらしく「メジャーと認められたのを喜ぶべきか、本物を見れない事を嘆くべきか……」と、パソコンの前で突っ伏していた。

「お前の特典で、影忍の存在が現実になってるんだから、作品として存在してるわけないだろ」というツッコミを入れなかった俺はきっと慈悲深いはずだ。

「黙っぷ。若くてカッコイイ御大の演技が見られる作品なんだよ。しかも数少ない主役なんだから見るのは当然じゃん」

 漆黒のパワードスーツに身を包んだ主人公が、異様に気合が入った雄叫びと共に敵を倒す映像を指差しながら熱弁する美朱。

 確かに松平のとっつぁんやブリタニア皇帝を演じていた時に比べて、声もいいし迫力もあるな。無限の闘争(MUGEN)でセルやイグニス総統にボコボコにされた経験があるので、素直に喜べないが。

 え、バルバドスはどうしただって? 土下座してもジェノサイド・ブレイバーで消し飛ばされましたが、なにか?

 まあ、音速丸に負けたサルよりはマシか。決まり手が『忍法エロモーション』だったから、見ていたヴァーリと一緒に腹筋崩壊したなぁ。

 そんな事を考えながら画面を見ていると、懐で着信音が鳴った。

 電話の主はリアス姉、家に帰ってるのに掛かってくるって事は厄介事だな。

 携帯のスピーカー機能をONにして、俺は通話ボタンに指を掛けた。

「もしもし。どうした、リアス姉」

「慎ね。寛いでいるところ悪いのだけれど、繁華街の近くにあるマンションに向かってほしいの」

「なにかあったのか?」

「小猫の代わりに契約を取りに行ったイッセーから連絡が無いの。こちらから転移しようとしても、何者かが張った退魔結界に拒まれて術が発動しないし……。貴方が言っていた悪魔祓いに遭遇したのかもしれないわ」

 携帯から聞こえるリアス姉の声に、俺は軽く舌打ちを漏らした。

 まったくタイミングが悪い。

 成りたての下級悪魔とは言え、イッセー先輩は悪魔の次期公爵にして魔王の妹である、リアス姉の眷属だ。

 堕天使に指揮された悪魔祓いがイッセー先輩を殺せば、戦争の火種になりかねない。

 ……件のマンションまでは本気で移動すれば、10分もかからない。

 急げば間に合うかもしれない。

「了解、すぐに行く。そっちからは祐斗兄と塔城に現地に向かってもらってくれ。後の連中は結界解除と同時に転移で現場に行く方針で頼む」

「分かったわ。そちらもお願いね」

 電話を切って美朱の方を見ると、イモジャージではなく胸元に鷹の顔の刺繍が入った藍色の忍衣装に着替えていた。

「急ごう、慎兄。イッセー先輩に何かあったら、ミっちゃん達にもとばっちりが行く」

 気合十分の美朱に頷き、俺達は素早く自宅を後にした。

 

 

 

 

 件のマンションには5分ほどで到着した。これほど短時間で着いたのは、俺はスーパージャンプ、美朱は忍者の体術を使って、建物を屋根から屋根へと飛び移ったお陰だ。

 召喚主の部屋があるフロアに侵入すると、かすかに鉄錆の匂いと生臭さが鼻についた。

 ……最悪の事態を覚悟しないといけないかもしれない。

 苦虫を噛み潰しながら召喚主の部屋に乗り込むと、部屋の主と思われる惨殺死体とうつ伏せに倒れたイッセー先輩。

 そして胸元を暴かれ壁に押し付けられた金髪のシスターと、そのシスターに無体を働こうとする昼間の白髪の神父もどきがいた。

「おやおやぁ~。昼間、アーシアちゃんを訪ねてきたバカむす────ブベッ!?」

 ナニカを言い終わるより速く、美朱の飛び蹴りが神父もどきの顔面に突き刺さる。シスターから剥がされ、よろめく神父もどきの身体に空中で二発、三発と追撃の蹴りを放ち、止めとばかりに側頭部を蹴り抜いた美朱は、吹っ飛ぶ奴の身体を踏み台にトンボを切りながらシスターの傍に着地した。

 『如月流忍術 体術の一、天馬脚』

 無限の闘争(MUGEN)にて、あいつが『龍虎の拳』に登場する如月流忍術の使い手『如月影二』から習得した技だ。

「アーシア姉、大丈夫!? あの変態神父に変な事されてない!?」

 自身の忍衣装をシスターに羽織らせながら、ペタペタと身体を触って確認する美朱。どうやら、あれがアーシア・アルジェントらしい。

「イッセー先輩、大丈夫か?」

「痛っ……。慎に美朱ちゃん、どうしてここに……?」

「リアス姉から頼まれたんだよ。イッセー先輩からの連絡が無いから、見に行ってくれってな」

 うつ伏せのイッセー先輩を助け起こしながら、負傷の程度を確認する。足に銃創らしき傷が一つに、背中に袈裟斬り状の傷。どちらも浅くは無いが、幸い致命傷には遠い。

 聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)で治療を行うと、驚いた表情ででこちらを見てくる。

「これってアーシアと同じ……」

「ああ、同種の神器(セイグリッド・ギア)を俺も持ってるのさ。さて、動くなよ。傷は命に関わる程じゃないが浅くもない。しかも悪魔の弱点の光力による傷だから、しっかり対処しないと後遺症が残るかもしれん」

「ありがとう。でも、お前が聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)使うのって、なんか似合わねえな」

「俺もそう思うよ。けど、こればっかりは籤運だからしゃあない。……ほれ、終わったぞ」

 傷が癒着したのを確認して、俺はイッセー先輩から手を離す。

「……アーシアより治すのが早い」

「12年間、テメエの傷を治し続けてきたからな。即死か重要な臓器が吹っ飛ばされないかぎり、大体は何とかなる」

「慎兄、イッセー先輩は大丈夫だった?」

 イッセー先輩を立たせていると、後ろからアーシア嬢を連れた美朱が声をかけてきた。

 細い鎖帷子にタンクトップ状の布地というインナー姿の美朱を見た途端、煩悩に満ちた形相を浮かべるイッセー先輩。その視線の向かう先はもちろん美朱の胸だ。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

「ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 煩悩退散に経を唱えながら『魔のショーグン・クロー』で顔面を絞り上げてやると、歓喜の声を上げるイッセー先輩。

「イッセー先輩の怪我は治しといた。問題無い」

 完全に脱力した先輩をワンハンドスラムで床に叩き付けてから、にこやかに答えると美朱は表情を引きつらせた。

「いや、今思いっきり叩き付けてたじゃん。なんか顔面に手形付けて、白目でヤバい痙攣してるんだけど……」

「ナニモ問題はないんだ、いいね?」

「アッハイ」

「あの……」

 気を失ったイッセー先輩に治癒を掛けながら、アーシア嬢はこちらに声をかけてくる。

「ああ、失礼。俺は姫島慎、あんたの横にいる美朱の双子の兄貴だ」

「あ、私はアーシア・アルジェントと申します。何故イッセーさんにこんな事を?」

「今のは日本に古来から伝わる修験道の修行法の一つで、顔を締め上げる事で色欲を退散させる荒行なんだよ」

「まあ! そうだったんですか。すみません、私ずっと教会にいたので世間知らずで……」 

「アーシア姉。騙されてる、騙されてるよ。世界のどこを探しても、失神するまでアイアンクロー極める修行なんてないから」

 胸の前で両手を組んで感嘆の声を上げるアーシア嬢に、美朱のツッコミが入る。ちっ、上手く丸め込めるところだったのに、余計なことを。

「慎兄、悪い顔になってるよ。そんなだから悪魔超人って呼ばれるんだよ」

「悪魔超人……。美朱ちゃんや慎君も悪魔なんですか?」

「違うよ。普通の人間かって聞かれたら、少し困っちゃうけどね」

「まあ、少々ややこしい立場にいるって事さ」

 苦笑いで誤魔化す俺達を見て、深く聞くべきではないと思ってくれたのか、アーシア嬢はわかりました、と追及の手を止めてくれた。

「人間じゃないなら、ぶっ殺すのを我慢する必要なありませんなぁ! まあ、人間でも我慢なんてしないんですがねぇ!!」

 俺達の会話を聞いていたのか、散乱した家具の裏から神父もどきが光の剣を手に飛び出してくる。こいつはアーシア嬢と違って空気が読めないらしい。

 嗜虐に染まった顔で剣を振り上げる神父もどき。だが、その剣が振り下ろされることは無かった。

 奴が飛び上がるのと同時により高く跳躍した美朱が、剣を振り下ろすよりも疾く肩車の様な体勢で乗りかかり、両足で奴の首を極めて全身を使って捻ったからだ。

 ゴキリッ、という何とも言えない音がリビングに響き、死に体となった神父もどきは向いてはいけない方向に首を捻りながら床に落下する。

「空気の読めない奴って、ホントに迷惑だよね」

 音も無く着地し、パンパンと手を払いながら憤慨する美朱。

 動かなくなった神父もどきと美朱を見ながらアーシア嬢は不安げな表情を浮かべる。

「あの、フリード神父は……」

「生きてるよ。頸椎を外したから、後遺症は残るかもしれないけど」

 美朱の言葉を聞き、床に付したフリードとかいう神父を癒しはじめたアーシア嬢に、シェムハザさんが送ってきたアーシア嬢の経歴を思い返す。

 癒しの力を持って敵味方なく命を救う少女、か。教会が好みそうな人間だ。だからこそ、悪魔を癒すというたった一度の過ちで切られたんだろうが。

 アーシア嬢に気を取られていると、気絶しているイッセー先輩の前に紅い魔法陣が浮かび上がり、そこからリアス姉と朱乃姉が現れた。

 イッセー先輩に気付いたリアス姉は、手形の付いた顔を胸に抱き寄せる。

「あぁ、イッセー!! なんて姿に!?」

「顔面が醜く歪んでますわ、酷い事を……」

「リーア姉、それやったの慎兄だから。あと朱姉、イッセー先輩、それが素の顔。物凄い失礼な事言ってるからね?」

「慎、どうしてこんな事を?」

 こちらに厳しい目をむけてくる姉二人。俺はそれを真っ向から受け止める。怯む必要はない、こっちには正当な理由があるのだ。

「イッセー先輩が美朱の胸を視姦してたから、煩悩を散らす為にやった。後悔も反省もしていない」

「なら仕方ありませんわね」

 俺の言葉にあっさりと矛先を収める朱乃姉。だが、リアス姉はそれに不満らしい。

「そんな、美朱の未発達な胸を見たくらいで────」

「こやつめ! ハハハ!」

「痛い、痛いわ! 謝るっ! 謝るから! ごめんなさい! お願いだから、もう頭グリグリしないでぇ!?」

 リアス姉の不用意な発言に、とてもイイ笑顔で背後からグリコを決める美朱。

 昔っから、いらん事言っては美朱に泣かされてるのに、学ばんなこの人は。

 あ、また朱乃姉の胸に顔を埋めてガチ泣きしてる。

 年上としても眷属の王としても威厳/ZEROである。

「わかってないな。リーア姉は残念美人だからこそ、可愛いのさ!」

「りーあ、ざんねんびじんじゃないもん!」

「大丈夫よ、リーア。美朱は後で私が怒っておくから、洟をかみましょうね。はい、チーン」

「グズッ……。チーン!」 

 毎度のごとく、泣いたせいで幼児退行したリアス姉を慰める朱乃姉。これだから、身内からは密かに『雷の保母』なんて呼ばれているのだ。

「部長、もうすぐここに堕天使が……って、またですか」

「……美朱、またリアスお姉様イジメた?」

「私の胸の事を言ったリアス姉が悪い! 自業自得だ、残念美人!」

「おい、そんな事言ったら、また……」

 俺の懸念の通り、また朱乃姉に抱き着いてギャン泣きするリアス姉。これでは堕天使の相手もクソもない。

 朱乃姉を促して転移用の魔方陣を展開してもらい、オカ研のメンツを押し込んでから、アーシア嬢に声をかける。

「えーと、アーシア嬢。堕天使がこっちに来るらしいから、俺達は退散する。困った事があったら、ミッテルトって堕天使に言いな」

「ミッちゃんには、私の友達って言ったら良くしてくれるから。あと、ちっちゃい私そっくりの人形を貰ったら、絶対無くしたら駄目だよ」

「はい。また会いましょうね」

 こちらの奇行について行けずに呆けていたアーシア嬢は、俺達が帰る事だけは理解できたのか、にこやかに手を振ってくれた。

 あのクソ神父の事を考えると、向こうに戻すのは不安があるが、そこはミッテルトとミニ美朱を信じよう。

 この後、オカ研に帰ってからリアス姉の機嫌を戻すのは、あの神父を相手にするのより大変だった。

 ……19回もパシらせるとかありえねえ。

 




 読んでくださってありがとうございます。
 本来なら、今回で堕天使編は終わるはずだったのに……。
 これもみんなミニミニ美朱ちゃんが悪いんや!
 と言うわけで、今回は美朱がメインでした。
 忍者のにの字もない残念娘ですが、次からは忍者らしくなるかも。
 という訳で技の解説です。

 天馬脚(龍虎の拳2で世に出た如月影二の技。前方方向に跳躍し、相手に複数の飛び蹴りを叩き込む。美朱は跳ね返りましたが、本家はそのまま相手にめり込む為、ガードされると反撃確定です)

 ミニミニ美朱ちゃん(本編を見れば分かると思いますが、Mr.凄い漢のちびキャラを生み出す超必殺技を死ぬほど改変したもの。元のキャラが濃すぎた為、3体に1体は中身が中の人になるのが、美朱の悩みの種)

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