MUGENと共に   作:アキ山

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 お待たせしました。23話の完成です。

 今回は初の視点変更を行っておりますので、読みずらい点があるかもしれませんがご了承ください。



23話

 蒼穹(そうきゅう)を天に敷いた荒野に轟音が響き渡る。

 砕けた石畳の欠片が舞う中で睨みあう慎兄とヴァーリ君。

 私的にはなんでやり合ってるの? って感じだが、始まった以上はもう止められない。

 慎兄の話だと、ここは【無限の闘争(MUGEN)】のバトルフィールドと同じだそうなので、人死にが出ないだけマシと考えるべきだろう。

「さあ、始まりました【無限の闘鬼(とうき)】姫島慎と 【白龍皇】ヴァーリ・ルシファーのライバル対決。『これがゴング代わりだ』と言わんばかりに、初手でお互いの拳を打ち付け合う両者。舞い上がる瓦礫(がれき)の中をヴァーリ選手がやや押されるような形で間合いを取ります」

「押されるような形ではなく、実際に押されているようですねぇ。離れる寸前、ヴァーリ選手の拳を弾き飛ばす形で、姫島選手が腕を振り抜いていましたから」 

「覇龍とは白龍の小僧が持つ神器の最終形態だそうだが、それでも現状では慎の方が身体能力的に上回っている。まともにぶつかり合えば、軍配は奴に上がるだろう」

 背後からの声に目を向けると、安物の長机を前にパイプ椅子に座った青い背広にパーマのおじさんと七三分けの小柄なおじさん、そして一人豪華な玉座に腰かける将軍様のお姿が。

「なお、この試合は実況を私、吉貝(よしがい)アナ。解説は世界に羽ばたくアデランスの中野さん。そして特別ゲストとして悪魔超人総帥、悪魔将軍さんをお招きしてお送りいたします。お二人ともよろしくお願いします」

「こちらこそ」

「うむ」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 会議室に私の絶叫が響き渡る。

 なんで将軍様がこんなところに!?

 ていうか、横の人って【キン肉マン】にいつも出てた実況と解説の人だよね!

「落ち着け、小娘」

 無理です! 落ち着けません!!

「あの、彼女は?」

「姫島慎の妹だ。ちょうどいい、貴様もここに来い。貴様の持つ『無限の闘争』の知識も少しは役に立つだろうからな」 

 腕の一振りで自分の隣に呼び出した椅子を指差す将軍様。

 心の底から『オコトワリー』したいが、あの眼光を前にそんな事を言う勇気は私にはありません(涙)

「ギャアァァァァァァァァムッ!?」

「大変です、部長! イッセー君が顔の穴という穴から、色んな液を噴き出して悶絶してます!!」

「イッセー! しっかりして、イッセー!!」

 なんだか三勢力側が騒がしい。

 具体的に言うと、トラウマをスクリュードライバーされたI先輩の悲鳴のようなものが聞こえたような気がするが、きっと気のせいだろう。

 ……うん、私は何も聞かなかった。

「えー、ただいま悪魔将軍さんの指名により姫島選手の妹、姫島美朱さんも実況席に参加する事となりました。姫島さん、よろしくお願いします」

「は、はい。よろしくお願いします」

 物凄く慣れた感じの吉貝アナに、苦笑いを返す。

 はぁ、なんでこんな事になっちゃったんだろ……。

「では、決戦の場にカメラを戻しましょう」

 いや、カメラなんかないじゃん。

 とりあえず、慎兄達の戦いを見る前に疑問を解消しとこうかな。

「あの、将軍様?」

「なにか」

「どうして将軍様がここにいられるんですか?」

「大したことではない。奴が作り出したバトルフィールドの影響で、ここは半ば無限の闘争と融合した空間になっている。その為、私の様に力の有る存在はこの空間に足を踏み入れることが出来るのだ」

 なるほど、これは思わぬ副効果だ。

「じゃあ、あの二人を連れて来た理由は?」

「ここの者は大半が奴等の戦いを目で捉える事はできんだろうからな。観客へのサービスというものだ」

 観客へのサービスって……何気に紳士だよ、この人。

 まあ、いいや。

 疑問も解消したし、慎兄達の事に集中しよう。

 私が戦場に目を向けると、二人はその役目を果たせなくなった武舞台から離れ、フィールド全体を使ってぶつかり合っていた。

「破壊された武舞台から戦場を荒野全体に移した両者、目にも止まらない速度で激しく(しのぎ)を削っています!」

「高速で動き回りながら相手に襲い掛かる【動】のヴァーリ選手に、大地をしっかりと足を噛ませてどっしりとした構えを見せる【静】の姫島選手。対称なスタイルの両者ですが、戦況はヴァーリ選手に傾きつつあるようですね」

 たしかに一見すれば中野さんの言葉通り、ヴァーリ君が一方的に攻めているように見える。

 慎兄は何度か当身投げで捕らえようとしているけど目測が合わないのか、出した手は空を切るばかりで逆にヴァーリ君の攻撃をカウンターで食らっている。

 ……でもおかしい。

 ヴァーリ君を見ていると、間合いを詰めている最中に姿がブレたと思ったら瞬間移動したみたいに距離が縮まってる時がある。

 あれって一体?

「姫島選手が何かしようとしているが、不発に終わっている上にカウンターを取られてしまっているようですね。しかし、事前情報では姫島選手は返し技の名手と聞いていたのですが……」

「あの白龍の小僧は間合いを詰める最中に、空間に何か細工をしているのだろう。その結果、両者の空間が減少した事で慎の奴は上手く目測を図る事ができないでいるのだ」

「空間に細工……そうか! ヴァーリ君は空間自体に白龍皇の光翼(デバイン・デバイディング)の能力である【半減】を掛けて、間合いを狂わせているんだ!」

「ふむ。貴様の言葉を聞く限り、白龍の小僧は任意のモノを半減させる能力を有しているらしいな。では、両者の声を聞いてみるか」

 私の指摘に興味があるような声を漏らした将軍様は、軽く指を鳴らした。

 すると、会議室内に二人の様子を映した投影ディスプレイが現れ、声が流れ始めたではないか。

『どうだ、慎! 得意の当て身投げもこれでは使えまい!!』

《貴様自身には通用しなくても、我が【半減】にはこういう使い方もあるのだ!》

『……なるほど、アホなりに考えてるって事かよ。────だがなぁ!!』

 勝ち誇ったような声と共に放たれる白い甲殻に(おお)われた拳。

 だが、今回は今までのようにはいかなかった。

 放たれた慎兄の左手によって目標から()らされる同時にもう一方の手で兜の飾りを掴まれたヴァーリ君は、突っ込んで来たスピードそのままに地面に叩き付けられる。

「あぁーと! ヴァーリ選手、ついに姫島選手に捕まったぁ!! 変形肩車のような投げ技で頭から地面に激突ぅ!!」

「これは強烈ですよ。自身のスピードをそのまま利用された形になってますからねぇ」

『がはぁっ!?』

《馬鹿な!? この短期間で我等の間合い外しに適応したというのか!》

『あんだけ使ってくれば、嫌でも慣れるってもんだ。────そら、もう一丁!!』 

 衝撃で空いたすり鉢状の穴から引きずり出され、再び地面に地面に叩き付けられるヴァーリ君。

 地面に激突する際に、慎兄から放たれた雷光が落雷を逆回しするかのように天に向けて伸びていく。

 【雷鳴豪波投げ】

 ギース・ハワードが使っていた追い打ち専門の投げ技だ。

「ここで姫島選手の容赦ない追い打ちィッ! 杭のように地面に打ち込まれたヴァーリ選手の体を伝って、雷撃が天を焼くぅっ!!」

「あの電撃はどうやって発生させているのでしょうね? モーターマンのように腕に電池がある訳ではないようですし……」

「えーと、あれは氣によって発生した雷撃に、私達が生まれつき持っている能力である【雷光】を上乗せしてるんです。あの雷撃には悪魔の弱点である光力が加えられてますから、半人半魔のヴァーリ君には有効だと思いますよ」

 と言ったものの、ヴァーリ君やイッセー先輩を見てると二天龍の神器って、所持者の属性まで龍に近づけるきらいがあるんだよね。

 だから、雷光のダメージも想定より少ないのかもしれない。

 まあ、そんなもの無くても十分強烈なんだろうけどさ。

「雷撃と投げ技の二重ダメージに悶えるヴァーリ選手ですが、姫島選手の攻撃の手は(ゆる)まない! 素早く相手の手を捕り、腕ひしぎ十字固めを狙う!」

 吉貝アナが実況している間に、慎兄のヴァーリ君を腕ひしぎに捕らえている。

 将軍様に鍛えられているだけあって慎兄の関節技の技術は超一流、さらに『極めたら折る』と教えられているから容赦がない。

 いくら白龍皇の鎧に護られているとしても、テコの原理+慎兄の異常な怪力で締め上げられればヴァーリ君の関節は一たまりもないだろう。

『ぐおぁぁ……ッ!?』

「ヴァーリ選手悶絶ぅ! 右腕を護るはずの肘の装甲も砕け、大きく引き絞られている。これは危険だぞ!!」

 映像から流れるヴァーリ君の苦鳴に、主にハーフ組から悲鳴が漏れる。

 見るからに肘の関節は完全に極まっている。

 慎兄があと一㎜後ろに体重を掛ければ、ヴァーリ君の肘は完全に破壊されるだろう。

 会議場のみんなが生木をへし折る音を思い浮かべたが、そうはならなかった。

 怪しく揺らめく黒いナニカが視界を(かす)めると同時に、慎兄が技を解いて間合いを取ったのだ。

「む……?」

 横にいる将軍様から不機嫌な声が漏れる。

「おっと、どうした事でしょう。姫島選手、ヴァーリ選手の肘を破壊する寸前で技を解いてしまったぞ!?」

「見てください! 姫島選手の右腕を!!」

 中野さんの指摘と共に慎兄の右手が大映しになると、そこには手首から肘に掛けて絡みつく黒い炎が。

「なんでしょう、あれは? 黒い炎のように見えますが……。中野さん、わかりますか?」

「私にもさっぱり。姫島選手が手を振って消火を試みてますが、消える気配はありませんね」

『無駄だ。それは魔界から召喚した黒き炎、相手を焼き尽くすまで消えはしない』

 起き上がって来たヴァーリ君を見ると、やはりその手には黒い炎が煌々(こうこう)と燃え盛っている。

 黒い炎、黒い炎……。

 ダメだ。

 あの手のスキルは厨二病の代名詞みたいなものだから、種類が山ほどある。

 特定なんてとてもじゃないができる訳がない。

『また面倒な能力を手に入れやがって……。(はら)え給い、清め給えっと』

 素早く九字を切った左手を当てると、右腕の炎はあっという間に消えて無くなった。

 映像越しにも相当の(けが)れを感じてたのに、あんな略式の祓詞(はらえことば)で祓うとか規格外にも程があるわ。

『流石だな、あの炎をこうも容易く消し去るとは。今のは氣功術か?』

『お前、俺の職業を何だと思ってんだ。魔界の炎なんて大そうな事言ってるが、要は穢れや瘴気を燃料にした呪炎だろうが。なら、そいつを祓っちまえば簡単に消えるんだよ』

 言葉を紡ぎながら右手を上げる慎兄。炎が絡みついていたところは肌が薄く赤みを帯びただけで特に問題は見受けられない。

 あれだけ炎に(あぶ)られておいて、これはないんじゃなかろうか。

「余裕の表れか、炎に巻かれていた右手を掲げる姫島選手。そこには何の傷痕も存在しません! ところで、姫島さん。彼の職業というのは格闘家ではないのですか?」

「えーと、格闘家は趣味です。本業は神職、日本神道の神官ですね。因みに、今使ったのは祓詞という罪穢れを浄化する効果がある術です。あの炎が兄の言うような原理で出来ているのなら、効果はあるかと」

 引き()りそうになる顔を我慢しながら吉貝アナの質問に答える私。

 あのレベルの穢れを祓おうと思ったら、炎系に特化した術師を呼んで三日ほど儀式をしないと無理というのは伏せておこう。 

『つーか、よりにもよって邪王炎殺拳(じゃおうえんさつけん)なんざ(おぼ)えやがって。それ以上厨二病を加速させてどうすんだよ』

 ため息を突きながら、慎兄がヴァーリ君を半眼で睨み付ける。

 慎兄、それは言わないであげて。

『その炎を見ただけで気付くとは、流石だな』

『違うわ、バカタレ。火を出す時、自分で邪王炎殺拳って言ってたじゃねえか』

『ふむ、そうだったか』

 慎兄の指摘に首を捻るヴァーリ君。

 うん、相変わらずのポンコツぶりに、なんか安心した。

「二人の会話を聞くに、先程の黒い炎は邪王炎殺拳という技のようですね。中野さん、何かご存知ですか?」

「吉貝さん。私は超人レスリング専門ですよ? そんなマイナーな拳法なんて知ってるわけないじゃないですか」

「では、悪魔将軍さんは?」

「私も風の噂でしか聞いたことは無いが、邪眼師と呼ばれる特殊な職業の者達に伝わる魔界の黒炎を召喚し、それを自在に操る武術らしい」

「では、彼は邪眼師なのですか?」

「そこまでは解らん。奴を見る限り、重要なのは邪眼師か否かではなく、魔界の炎を呼び出す為の妖力・魔力のようだがな」

 将軍様の指摘は多分正しい。

 ヴァーリ君があれを憶えたのは【無限の闘争】の力なんだろうけど、黒炎の召喚は自身の魔力を使っている。

 おそらく、原作世界で【邪王炎殺拳】が邪眼師にのみ受け継がれたのは、邪眼による増幅機能を使用しなければ魔界の炎を召喚するだけの妖力を確保できない為だろう。

 しかし、【邪王炎殺拳】かぁ。

 星の数ほどある【無限の闘争】の技から元祖厨二病の代名詞を選ぶなんて、やっぱりアザゼルのおっちゃんの影響なのかなぁ?

『では、行くぞ! 貴様がオーフィスを倒している間、俺も遊んでなどいなかったことを見せてやろうッ!!』

 両腕に黒炎を迸らせながら大地を蹴るヴァーリ君。

 背負った白龍の翼が光を放つと同時に目にも止まらない速度へと達した白亜の鎧は、【半減】による間合い外しも無しに一瞬で相手との距離を殺し切る。

『食らえッ! 邪王炎殺煉獄焦(じゃおうえんさつれんごくしょう)ッ!!』

 相手の懐に飛び込むと同時に放たれる炎熱の連撃、しかしそれは氣を纏った慎兄の掌によって捌かれていく。

 そして速度が落ちた最後の一撃を捕られると、瞬く間もなくヴァーリ君の身体が反転する。

『アルビオンッ!!』

《Half Dimension!!》

 ヴァーリ君の叫びと共に電子音が響き、当て身投げで地面に叩き付けようと持ち上げられていた身体が、一瞬で地面の近くにまで移動する。

『なにっ!?』

『もらったッ! 炎殺月輪斬(えんさつがちりんざん)ッ!!』

 驚愕に目を見開く慎兄の隙を突いて地面に手を突く事で投げを回避したヴァーリ君は、そのままバク転の要領で黒炎を(まと)った踵を跳ね上げた。

 慎兄は咄嗟に身を反らせるが、氣と炎を纏った踵は刃の鋭さでその身体を逆袈裟(ぎゃくけさ)に切り裂いて、放たれた炎熱真空波が背後の岩山をバターのように両断する。

 今のは【サマーソルトシェル】と【邪王炎殺拳】の合体技か。

 おそらく【邪王炎殺拳】の要領で踵に炎を纏わせたのだろうが、こういった事を簡単にやってのけるのを見ると彼が天才である事を再確認する。

 そしてその天才は、背中の光翼を(きら)めかせると逆立ちのまま空中に静止。

 そのまま逆回しに回転し、遠心力を加えた黒炎の踵を振り下ろす。 

 【サマーソルトシェル】と【ムーンサルトスラッシュ】による上下のコンビネーション。

 普通ならあり得ない連携だが、常識の逸脱具合では我が兄も負けてはいない。

 煙を上げる胸元も気にせずに身体を沈めて紙一重で蹴りを躱し、すぐさま両足で空中にいるヴァーリ君を上空高く蹴り上げる。

 そして舞空術で追いかけると、空中でチキンウイングフェースロックの体勢に持っていく。

『やるじゃねえか、【半減】を使って今度は投げ殺しなんてよ。だが、これならどうだ!!』

「ああーっと! 姫島選手、上空高くでヴァーリ選手をチキンウイングフェースロックに捕らえると頭から落下ぁッ!! これはっ雪崩式の変形スープレックスだぁ!!」

「これは危険ですよ! フェースロックで首を極められたまま、あの高高度から堕ちれば命に関わります!!」

 中野さんの言葉に騒めく会場と、そんな事など知らぬとばかりにその速度を増していく両者。

『ぐ……う……ッ! まだ……まだ、終わらん!!』

《Half Dimension! Half Dimension! Half Dimension! Half Dimension! Half Dimension!!》

 技から逃れようと身を捩るヴァーリ君と、その意思に応えるように連続で空間に【半減】を掛けるアルビオン。

 落下のスピードと空間の減少、二つの要素が絡み合った事で瞬く間もなく二人は地面に激突し、大きな砂埃が立ち昇る。

「チキンウイングスープレックスか。(たわむ)れに出した技だが、ああも上手く再現するとはな。やはり奴は面白い」

 楽しげに笑う将軍様に、あの技がサイラオーグ兄を失神させたものである事を思い出す。

 会場の誰もが固唾(かたず)を飲んで見詰める中、粉塵を切り裂いて飛び出す二つの影。

 慎兄の身体には右肩から左わき腹に掛けて焼け(ただ)れた傷が刻まれ、もう一方のヴァーリ君は兜が破壊され、鎧の右肩部分と翼が大きく損傷している。

「土煙から飛び出した両者。そのダメージは五分と五分か!」

「いや、白龍の小僧の方が重い。奴の構えを見るが良い。先ほどより右手の位置が拳二つ程下がっているだろう、あれは奴が右腕を痛めた証拠よ」

 将軍様の言葉を受けてモニターがヴァーリ君をアップする。

 そうすると、たしかにヴァーリ君の右腕が細かく震えているのが見て取れた。

「身体能力に加え、技術でも僅かながら慎が勝っている現状での負傷。ともすれば、あれは致命に(いた)るものとなるかもしれんな」

 将軍様の重々しい声に、静まりかえる会場。

 付け加えるならば、魔力によって強引に【覇龍】を起動させているヴァーリ君に対して、慎兄は界王拳はおろか潜心力も開放していない素の状態だ。

 正直、ここまで差があるとは思っていなかった。

『さて、まだやるかい?』

『当然だ。この程度、怪我の内にも入らん』

 お互いに獰猛な笑みを浮かべた二人は同時に地を蹴った。

 そこから二人が繰り広げるのは高速の乱打戦。

「…………」

「…………」

 実際の姿はもちろん、投影ディスプレイの映像もお互いの姿がブレて見えるほどのスピードに、実況席の二人は言葉を発することが出来ない。

 こっちはまだ目で追えるけど、会場にいる非戦闘員にはキツいスピードだろう。

 ヴァーリ君は魔力弾に【ソニックブーム】を織り交ぜての牽制と【クロスファイアブリッツ】や高速で相手を擦り抜けながら連撃を叩き込むルガールの技【バニシングラッシュ】などのコンビネーションで攻めている。

 しかし基礎ポテンシャルの差に加えて接近戦は慎兄の方に分があるようで、先程の投げ殺しを警戒したのか当て身投げも攻撃を受け流しながら掌打で打ち返す【螺旋】や、腹部への突き蹴りから相手を頭上に持ち上げて振り落とす【弧月】等に切り替えている為に、ぶつかり合うごとにどんどん不利になっている。

 今だって【螺旋】で弾かれたところを【玄武剛弾】を叩き込まれているし。

「あの……美朱姉様。姉様は二人の動き、見えるんですよね?」

 ふと気づくと、ミリくんが何とも困った顔でこちらを見ている。

「まあ、なんとかね」

「できれば、どうなっているか教えていただけませんか? 僕はまだ未熟者だから、お二人の動きが見えないんです」

「私達からもお願いできるかな? 実況という立場でこんな事を頼むのは情けないんだけど」

 ミリ君に続いて吉貝アナや中野さんも頭を下げて来た。

 ネットの動画も視聴オンリーな身としては実況なんてまーったく自信はないけど、ここまでされてノーとは言えない。

(つたな)くてもよければやらせてもらいます、お二人もフォローしてくださいね。あと、将軍様も手伝ってもらえますか?」

「よかろう。こちらもゲストとして呼ばれているのだ、その責務は果たさねばな」

 よし。解らないところは将軍様に丸投げって事で、そんじゃあ始めますか!

「えー、外で暴れてる馬鹿二人が普通の人には見えないレベルの高速バトルに移行したので、実況席の方も体制を変えたいと思います。ここからは実況を姫島美朱、解説を悪魔将軍様にバトンタッチしてお送りいたします」

 吉貝アナから渡されたマイクに声を吹き込むと、会場からは歓声が上がる。

 どうやら二人の動きをみえていない方は思った以上に多くいたらしく、主神の方々の方から『あの動きを捉えることが出来るとは……』なんて感嘆の声や『やはり無限の血族もただものではなかったか』なんて変な過大評価が耳に入る。 

 私は外の二人のような逸般人では断じてないので、そこのところは勘違いしないでほしい。

「さて、現在両者は攻守入り乱れながらの激しい乱打戦を繰り広げているのですが、その天秤は慎兄に傾きつつあります」

「能力差もそうだが、なにより右腕の不調が尾を引いているな。体捌き一つとっても、ほんの僅かだが体芯にブレがでている」

「それはいけない事なのですか?」

「格下相手ならば問題はない。しかし、奴等レベルになればその闘いは刹那の時の奪い合い、その中であの隙は致命的だ」

 ミリ君の質問に将軍様が答えている間にも戦局は進む。

 見れば、将軍様の言葉を証明するかのように慎兄はヴァーリ君の右の攻撃に合わせて、反撃を放っている。

「またしても当て身投げ・螺旋! 上空から加速をつけて放ったヴァーリ君の炎熱の右拳を跳ねのけると同時に、慎兄の右掌底が白磁の鎧の脇腹を抉る!!」

 その一撃で錐もみ状に吹き飛ばされて地面に叩き付けられるヴァーリ君。

 身を包んでいた白の鎧の殆どが罅割れ、全身が傷と青痣に塗れたその姿は凄惨というべきものだ。

 それに対して、足を止めて姿を現した慎兄の姿はヴァーリ君と同じく全身に打ち身の痕はあるものの、胸元の切傷以外に大きな怪我は無い。

《馬鹿な……。いくら無限の力を有しているとはいえ、覇龍を使ってここまでの差があるというのか……ッ!?》

「ドライグ、引っ張るなって! お前、俺をどこに連れて行こうってんだよ!?」

 声の方に目を向けると、そこには赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)に引きずられるようにして、おぼつかない足取りで進むイッセー先輩の姿。

 というか先輩、目隠しの上に耳栓までしてるんだけど……。

 トラウマ対策だと思うけど、やりすぎなんじゃないかな?

「ふむ……。赤龍よ、貴様もこちらに来い。あの白龍の小僧の神器について、貴様ほど詳しい者もおらんだろうからな」

 イッセー先輩……というよりドライグを呼び止めて、またもや腕の一振りで私の隣に椅子を呼び出す将軍様。

 まあ、出てきたのがパイプ椅子だったのは気にしない事にしよう。

「あの……悪魔将軍さん。彼は一体……?」

「そこの小僧の事は気にするな。私が用があるのは奴が着けている籠手(こて)だ」

「籠手、ですか」

「言われてみれば、制服には不釣り合いな立派な籠手を着けてますね」

「その籠手に宿る龍は赤龍帝ドライグという。奴は白龍の小僧の神器に宿る白龍皇アルビオンの宿敵なのだ」

「なんと! では本来ヴァーリ選手のライバルとなるべき相手は……」

「この小僧ということになるな。もっとも、肝心の所有者は双方ともに相手に興味が無いようだが」

《それは言わんでくれ、(むな)しくなる。俺だってこんな状況を望んでいたワケではないのだからな》

「ならば、そこの小僧を()きつけて白龍に(いど)んでみるか?」

《無茶を言うな。100%勝てん戦いに相棒を送り込むなど、できるわけがなかろう》

「賢明な判断だ。必要(せま)られねば強くなろうとしない貴様の所有者では、白龍の小僧には逆立ちしても勝つことは出来ん。羊では狼は倒せんようにな」

《俺の相棒を羊扱いか。餓狼の如く力を求める修羅共を束ねる者は、言う事が違うな》

「その言葉、賛辞と受け取っておこう。それよりもモニターから目を離すな。貴様には白龍の状態について語ってもらわねばならん」

《う……うむ》

 皮肉に全く(こた)えていない将軍様に、言葉を飲み込むドライグ。

 ちなみにイッセー先輩は、私の介助でなんとかパイプ椅子に腰を下ろすことが出来てます。

 目隠しと耳栓はそのままの方がいいよね。

「さて、赤龍よ。今の状況をどう見る?」

《正直に言わせてもらえば、信じられんし信じたくないな。我等の究極たる【覇龍】を使って(なお)あの結果とは、悪夢を見ている気分だ》 

「ねえ、ドライグ。その覇龍ってどういうモノなの?」

 頭に浮かんだ疑問を紅い籠手にぶつけてみる。

 ヴァーリ君からはさわりくらいしか教えてもらってないので、パワーアップ機能である事と使うときに恥ずかしい呪文が要ること以外、わからないのだ。

《俺達に代表されるドラゴン系の神器の禁じ手だ。封じられた龍の力を強引に開放する事で神をも超える力を手にすることが出来る。だが、我等龍の力は基本人間である神器所有者には過ぎた物。発動すれば生命力と寿命を著しく消費し、理性を失う》

「だが、あの小僧は己が自我を保っているな。それにその姿も人のままだ」

「姿、ですか?」

「龍の力を全開放するのだから、その姿を()すのは当然だろう。神器には禁手化のような形態変化の機能があるのだ、人の姿のまま力のみを解放するなどナンセンスでしかない」

《その通りだ。本来なら禁手化によって身に纏った鎧は龍の姿へと変化する。しかし、奴はルシファーの血から得た莫大な魔力を代償として、疑似的に【覇龍】を制御しているのだろう》

「なるほど。その覇龍とやらが代価を必要とする理由、そして御する方法が見えてきたな」

「え、えぇッ!?」

 なんか将軍様が一人で爆弾発言しながら納得してるんですけど!

 えーと、取り敢えず【覇龍】の事は解ったんだけど、ドライグの言う通りならヴァーリ君って今の状態を維持してるだけでゴリゴリ魔力が減っていくんだよね。

 それってもしかしなくてもマズいんじゃ……

 一抹の不安を憶えながらもモニターに目を向けると、傷だらけのヴァーリ君が振るえる足で立ち上がっていた。

『まさか、ここまで差があるとはな。俺も修行を(おこた)っていなかったつもりだが、お前も相当の荒行を積んでいたんだな』

『おう。忙しくてなかなか鍛錬の時間が取れないんでな、凶ランク千人組手なんてアホな真似をしてたんだ。お陰でこの1か月間死んで死んで死にまくったが、飛躍的に強くなれたぞ』

 なにそれ、聞いてないッ!?

 あの馬鹿兄貴、なんちゅう無茶やらかしてんのさ!!

「姫島さん、お兄さんの言っていた事は一体どういう意味なんでしょうか?」

「はい。えーと……兄は私的訓練スペースを持ってまして、その空間では致命傷を負ったとしても疑似的に死を体験するだけで、本当に亡くなる事はないんです」

「なるほど。それで姫島選手の発言という事ですね」

「はい」

「会場の皆さん、お聞きになられましたでしょうか! 姫島選手は死に至る荒行をひたすらに繰り返していたとの事!!」

「なるほど。それならば、あの若さでこれだけの強さを得るのも頷けますねぇ」

 私の説明を受けての吉貝アナと中野さんのアナウンスに、会議室内からの感嘆や驚きの声が響く。

 取り敢えず、凶ランクうんぬんについては触れずに済んだ。

 でも……

 3勢力側から朱姉の視線がレーザービームみたいに突き刺さるんですけど!?

 待って朱姉! 私、知らないから!! 慎兄がそんな超弩級の馬鹿やらかしてるなんて知らなかったから!!!

 だからそんなバリバリ帯電しないで! リーア姉が感電して骨が透けて見えてる!!

『ふふ……それほどの修練を積んだのなら、覇龍を持ってしても敵わないのは道理か』

 慎兄の話に嬉しそうに笑うヴァーリ君。

 しかし、その顔に浮かぶ笑みは獰猛そのもの。

 負けを認めるとかは絶対にないな、あれは。

『まだやるか、なんて聞く必要はないよな』

『当然だ。俺達はまだ────』

 不意にヴァーリ君の言葉が止まった。

『ヴァーリ?』

『■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』

 そしてほとんど原型を留めていない鎧の胸元にある蒼い宝玉を握り潰さんばかりに掴むと天に向かって吼えたのだ。

 荒野に響き渡るのは人ではなく龍の咆哮。

 それと同時に破損した鎧がアメーバ―のようにヴァーリ君の身体を飲み込み、その姿を異形のモノに変えていく。

 陶器のような質感だった鎧の表面は生物的な筋や鱗が入った表皮に。

 巨大な翼はさらに肥大化し、身体の形は前傾姿勢の龍のそれに代わっていく。

 それに周りに纏わりついてる無数の人影、あれって怨霊じゃないか!?

「なにあれ……?」

《あれが真の覇龍だ。おそらく、あの小僧が担保にしていた魔力が尽きたのだろう》

 あまりにも異常な変化を目の当たりにして思わず漏らした声に、ドライグは静かに言葉を発する。

「じゃあ、周りにしがみ付いてる人影は何なの?」

《小娘、お前にはあれが見えるのか?》

「こっちは神官。人の恨み(つら)みくらい見る事できるよ。それで、あれは何なの?」

「あれはあの神器に飲み込まれ果てた者達の成れの果て、負け犬共の吹き溜まりだ。そうであろう、赤龍よ?」

《……そうだ。あれは歴代白龍皇の残留思念、俺達の戦いに巻き込まれて死んだ者達の怨念だ》

「そんな……」

「ここまでだな」

 絶句する私を余所に、将軍様は小さく呟く。

 銀の兜越しにヴァーリ君に向けられる視線は、酷く冷ややかだ。

「今まででさえ大差をつけられているのだ。理性を失い獣となっては慎の敵では無い。奴の強さへの貪欲さは見所があったが、この程度を己が力で御せぬようではな」

 静まり返る会議室に将軍様の裁定が響き渡る。

 あまりの事に声も出せない者、事態を静観する者。

 各々の事情はどうあれ、みんなが静かに投影ディスプレイに映し出された変わりゆくヴァーリ君を見つめる中、不意を突くように校舎がぐらりと揺れた。

 校庭に視線を移すと、そこには蒼い氣勢を身体の周りに渦巻かせた慎兄の姿があった。

 なんだろう、この氣の流れ。

 外から取り入れる氣と慎兄の中のものが混ざり合って増幅し合ってるように見えるけど……。

「奴め、【真人】の域に至っていたか。ギースハワードやリョウ・サカザキに比べればまだまだ稚拙(ちせつ)だが、悪くはない」

 慎兄の変化に心当たりがあるのか、将軍様は興味深げにつぶやく。

 【真人】……。

 どこかで聞いた事があるような気がするけど、思い出せない。

「悪魔将軍さん、姫島選手の変化はいったい? それにその【真人】というのは?」

「【真人】とは奴が使う氣功闘術の究極と呼ばれる領域だ。自身の身体より氣を生み出す内氣功と周りから氣を取り込む外氣功。その二つを極めた者が辿り着く境地であり、そこに至った者は種族の限界を超えると言われている」

「会場の皆様、お聞きになられましたでしょうか! ここに来て姫島選手が奥の手を見せました!! 彼が人の限界を超えたのは、暴龍と化した好敵手を討つためか!?」

 吉貝アナの叫びに会場内は再び騒めき出す。

 でも違う。

 慎兄はそんな事の為に力を使ったんじゃない。

 きっと別の、私達が考えつかないナニカの為……。 

「なにやってんだっ! ヴァァリィィィィッ!!」

 慎兄の今まで聞いた事もない大声に、会議室の窓ガラスがビリビリと振動する。

「お前は俺のライバルなんだろうがぁッ! だったら、そんな負け犬共に手こずってんじゃねえぇぇッ!!」

 ヴァーリ君への叱咤と共に放たれた氣勢によって、彼を包んでいた怨念の手がほんの少し緩む。

 そして、龍の顔へと作り替えられようとしていたヴァーリ君の目に、ほんの少し意思の光が戻るのが見えた。

 

 ……ほら、やっぱりね。

 

 

 

 

《ヴァーリ! 気をしっかり持て! 残留思念に飲み込まれるな!!》

 アルビオンが必死に呼びかけているのが聞こえる。

 だが、俺はそんな相棒に声を返すことも出来ない。

 身体の感覚は無く、思考もモヤがかかったように鈍い。

 それに、何かに絡め捕られた身体は凍えるようで、なによりひどく眠い。

 このまま目を閉じれば取り返しのつかない事になるのを理解していても、それでも睡魔の誘いを振り切ることが出来ない。

《しっかりしろ、ヴァーリ!! 今はお前があれほど拘っていた姫島慎との戦いの最中なんだぞ! それをこんな形で終わらせて満足なのか!?》

 姫島慎。

 その名にほんの少しだけ、頭がはっきりする。

 俺の目標であり、憧れだった男。

 奴を追いかけ、時には横に並ぶ事で俺は強くなっていった。

 しかし今まで近くに見えていたその背中が、今は酷く遠い。

 奴がオーフィスを降して世界最強となったと聞いた時は、それでこそ俺のライバルだと喜んだ反面、置いていかれたような寂しさを憶えた。

 この世界の頂点に立った奴に対して、俺は【覇龍】を満足に制御できず、苦労して体得した【邪王炎殺拳】も奥義の体得に至っていない。

 そんな己への不甲斐なさや焦りから勝負を挑んだ結果、まったく歯が立たなかったうえに【覇龍】を暴走させてこのザマだ。

 情けない。

 こんな有様でライバルなどと、どの面を下げて口にするのか……。

 もう消えて無くなりたい。

 自己嫌悪の中で睡魔に身を任せようとしたその時、凄まじい力の波動を感じた。

 意識を向けると、先の見えない闇の中に蒼い氣勢を纏った慎の姿が見えた。

 先ほどよりも強大な力を見せる奴の姿に、手加減されていたのかとさらに気が沈みそうになる。

 しかし、そんな情けない思いは次の瞬間に吹き飛ばされていた。

「お前は俺のライバルなんだろうがぁッ! だったら、そんな負け犬共に手こずってんじゃねえぇぇッ!!」

 周囲の闇をすらも振るわせる声に、動かないはずの身体が拳を握る。

 お前は……俺をライバルと呼んでくれるのか。

 こんな情けない姿を晒しても、まだ……。

 身体の芯に火が灯るような感覚と共に、冷え切った体にほんの少し感覚が戻ってくる。

 先ほどよりも開けた視界を巡らせると、こちらに纏わりついて来る顔の無い白い影の群が見えた。

 どうやら寒さと感覚の麻痺は、こいつらが原因のようだ。

《ヴァーリ、目を覚ましたか!》

「アルビオンか、情けないところを見せた。状況はどうなっている?」

《お前は今、深層意識の中にいる。そして現実では【覇龍】の暴走寸前で何とか耐えている状態だ》

「なるほどな。では、この状況を打破するにはどうすればいい?」

《ここまで暴走してしまえば、魔力を担保にするなどという誤魔化しは効かん。お前自身が覇龍を使いこなすしかない》

「使いこなす、か。その方法はあるのか?」

《覇龍は神器に封じられた龍の力の全てを解放する禁じ手だ。使った際の暴走や生命力・寿命の喪失は、担い手が龍の力に耐えられないからこそ起こる現象と言える》

「つまり、龍の力に耐えられるだけの強さを身に付けろという事か」

《そういうことだ》

 まったく、ずいぶんと無茶を言ってくれる。

 制御に乗り出そうにも、今のコンディションははっきり言って悪い。

 担保としていた魔力は底を突き、体力の方も戦闘で雀の涙だ。

 さらにはギリギリで踏みとどまっているとはいえ、暴走が始まっている以上は生命力や寿命も削られている可能性もある。

 笑ってしまいそうなほどに不利な条件ばかりだが、当然諦めるなんて選択肢は無い。

 さてどうするかと意識を巡らせると、慎の姿が見えた。

 ふむ。

 さっき見た時は潜心力かと思ったが、よく見れば奴の氣の使い方はこちらの記憶には無い。

 よくよく観察してみると、あの蒼い氣勢は内側から練り上げた氣と外から取り込んだ氣を融合し、更なる力へと昇華させたモノであることがわかる。

 ……なるほど。

 氣は身体の内外のエネルギーを融合させれば、爆発的な強化がなされるのか。

 是非ともマネしたいところだが、問題は俺が半人半魔という体質故に内側からは魔力しか生み出せないという事だろう。

 外から取り込む分はナッシュから学んだ外氣功で何とかなるが、魔力と氣は強く反発するという事だ。

 この厄介な性質のお陰で邪王炎殺拳のレパートリーを増やそうとしても上手くいかず、できたのはサマーソルト系統の二つだけという散々な結果だった。

 外に放出した氣に魔力を纏わせるだけでも至難の業だったのだ、身体の中で融合させるとなれば難易度はうなぎ上りだろう。

 だが、無謀だろうとなんだろうとやるしかない。

 今の俺には手段を選んでいる余裕も悩んでいる時間もない。

 なにより、奴が出来た事が俺に出来ないはずがない!

 掛け無しの魔力を練り上げると同時に、外氣功で氣を取り入れる。

 アルビオンは潜在意識の中などと言っていたが、力の使い方が変わる訳では無いようだ。

 そして、右手に魔力を左手に氣をため込む。

 本当は体内で二つのエネルギーを融合させればいいのだが、敢えて手に集めたのはタイミングを計るためだ。

 一度深呼吸をして、未だ感覚が鈍ったままの両手を胸元に持っていく。

 エネルギーを集めた際に腕に纏わりついていた人影が吹き飛んだのが不幸中の幸いか。

 意識を向ければ、右手に宿る黒い光と左手の白い光が目に飛び込んでくる。

 無限の闘争の中である男に言われた事がある。

 俺が外氣功で氣を練る事ができるのは人間の血のお陰だと。

 ルシファーの奴等から押し付けられた魔力と母親から受け継いだ氣。

 一方は唾棄(だき)すべき代物だが、それでも双方ともに俺を構成する要素に違いない。

 ならば、それを一つにすることもできるはずだ。

 覚悟を決めて両手を合わせると同時に体内の氣と魔力を融合させる。

 瞬間、反発し荒れ狂う二つのエネルギー。

 内側から身体を食い破られる痛みと共に鉄錆の匂いがする何かが喉元をせりあがってくるが、歯を食いしばって飲み下す。

 この程度の痛みならばまだ問題ない。

 身体を食い破られる痛みなど、エイリアンの幼虫を産み付けられた時に体験済みだ。

 呼吸を整えながら体内に意識を内側に向けて、エネルギーを少しずつレイラインの流れに乗せていく。

 かつて戦った白い聖人も言っていたではないか。

『激流を制するは静水。激流に身を任せ、同化する』と。

 融合エネルギーはレイラインを通じてゆっくりと全身を巡る事で、徐々にだがその反発も鳴りを潜めていく。

 試みを始めてからどのくらいたったのか。

 身を裂かれるような痛みが治まると、身体の芯から膨大なエネルギーが溢れてくるのを感じた。

 その力は今までの俺の全力を遥かに凌駕するものだ。

《ヴァーリ、その力はいったい……?》

「慎の技を俺なりに真似てみた結果だ」

 さすがに骨が折れたが、そのぶんの成果はあった。

 力の総量は体感的に通常時の10倍近い。

 これだけあれば、なんとかなるかもしれん。

「アルビオンよ。この力は覇龍を御するに足るか?」

 俺の問いに対するアルビオンの答えは是だった。

《お前は本当に大した奴だ。その力ならば、いけるかもしれん》

「ならば行くぞ、アルビオン!!」

《……応!!》 

 一瞬で白龍皇の鎧を纏った俺は、融合の過程で感覚と熱を取り戻していた身体を起こし、纏わりつく人影共を振り払う。

「そう言えば、こいつらは何なのだ?」

《これは歴代白龍皇の残留思念だ》

 ふん、これが慎の言っていた負け犬か。

 ならば、手早く蹴散らすとしよう。

 右手に力を集中させると、手甲に包まれた前腕部に黒い龍の痣が浮かびあがる。

 自身に流れ込む氣と魔力の融合エネルギーを食らって瞬く間に巨大化したそれは、身体を黒炎に変えて俺の周りでとぐろを巻きながら負け犬共を睨みつける。

「……よろこべ。貴様等はこの世界における炎殺黒龍波の犠牲者第一号だ」

 俺が右手を翳すと、黒龍は天に向けて咆哮を上げる。

 奴から伝わるその意思は一つ、『贄を寄越せ』だ。

「纏めて俺達の中から消え失せろ! 邪王炎殺黒龍波ぁぁぁぁっ!!」

 GOサインと共に力を送り込めば、黒炎を撒き散らしながら飛び出した龍は次々と人影たちをその貪欲な顎に捕らえていく。

 そして、存分に暴れまわった黒龍が姿を消した跡に残ったのは黒い焦土のみ。

 人影は一体たりともその姿を見せることは無かった。

「ふん。やはり、汚物は焼却すべきだな」

《まさか、過去の残留思念を全て焼き払うとは……》

 絶句するアルビオンを尻目に右腕に目を移すと、そこには傷一つない白磁の鎧が────いや、前腕部に絡みつくように黒龍の刻印が刻まれているだけだ。

「ク……ククッ」

 湧き上がってくる歓喜の衝動に笑いが漏れそうになる。

 以前に一度だけ【黒龍波】を放ったことがあったが、その時は右腕をまるまる持っていかれた。

 魔界の炎は肉体だけでなく、その魂までも蝕む呪炎だ。

 今の俺に【黒龍波】を撃つ資格が無ければ、肉体という鎧が無い精神体はもっと酷い傷を(こうむ)っていただろう。

 黒龍の刻印を見ながら感慨に浸っていると、纏っていた白龍皇の鎧が光と共にその姿を変化させていく。

 形状は先ほどまで使っていた疑似【覇龍】と同じだが、肥大化した翼が通常の禁手サイズになり、その数を2枚一対から4枚2対へと変化している。

「これは……」

《残留思念を討ち果たした事で覇龍を御する事に成功したのだ。現実世界のお前もこの姿に戻っている事だろう》

 なるほど。どこか拍子抜けな感じもするが、上手くいったのなら良しとしよう。

「この姿、さしずめ【白銀の(エンピレオ)極覇龍(ジャガーノート・オーバードライブ)】といったところか」

 ともあれ、これで奴との再戦の準備は整った。

「戻るぞ、アルビオン。いつまでも奴を待たせるわけにはいかん」

《よかろう。では、現実の肉体にお前の意識を戻すぞ》

 

 一瞬の浮遊感を感じた後、俺の視界は深層意識という薄暗い穴倉から闘争の場である荒野を映していた。

 修復を終えて極覇龍形態となった自身の鎧を確認して首を巡らすと、渦巻く気勢を纏ったままの慎の姿がある。

「待たせたな」

「まったくだ。あんまりにも遅いんで眠っちまいそうだったぞ」

「それは悪かった。だが────」

 口元を吊り上げて軽口を叩く慎に、俺は先ほど修得した融合法で力を解放する。

 それだけで大気が振るえ、地鳴りと共に地面が抉れていく。

 効果と負荷は精神体の時と変わりないが、力の伝達に関してはこっちのほうがスムーズだな。

「ここから先は眠気など感じる暇はないぞ」

「……そうみたいだな」

 皮肉げな笑みを肉食獣の如き獰猛なそれに変えながら構えを取る慎。

 それに合わせて俺も戦闘態勢に移行する。

 【白銀の極覇龍】に覚醒した影響で傷の方は粗方治癒しているが、失った体力と魔力に変わりはない。

 黒龍波は撃てて一発。

 理論上で言えば切り札はもう一枚あるが、ぶっつけ本番で使うにはアレはあまりにも危険度が高い。 

 やはり、黒龍波を如何に当てるかが勝敗のカギになるだろう。

 鎧越しに感じる肌を刺す空気に口元が吊り上がる。

 まったく、奴には感謝してもしきれない。

 あんな無様を晒した俺を引き戻した上に、まだ闘ってくれるというのだから。

 この礼は全力で挑み、奴を倒す事で晴らすこととしよう。

「さあ、行くぞ! 第二ラウンドだ!!」

 踏み砕いた大地を撒き散らしながら、俺は奴へと挑みかかった。

  




 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 
 えー、今回も難産でした。

 格闘技の実況の台詞って、やっぱ難しいですねぇ。

 今回の為にキン肉マンのアニメの将軍様戦を何回も見て勉強したんですが、結果は御覧の有様だよ!?

 ドラゴンボールばりの高速バトルなんて実況できませんよね、うん。 

 あと、下手に主人公を強くし過ぎたためにヴァーリが活躍するヴィジョンが見え辛くなってしまった罠。

 原作より相当早く真の覇龍に目覚めた上にネギまの咸卦法も習得させましたが、これでもまだ足りないとか……。

 これはもうどっかの魔王のように三段階パワーアップさせるしかないか……!?

 まあ、方法については考えているんですけどね。
 
 さて、今回の実況のネタはオタク浪漫様の感想からいただきました。

 この場を借りてお礼申し上げます。

 では今回の用語集です。




〉邪王炎殺拳(出典 幽遊白書)
 邪王炎殺拳とは魔界の黒炎を召喚し、それを操る拳法である。
 幽☆遊☆白書の登場人物、飛影が使用する技だが、彼のオリジナルかどうかは不明。

〉邪王炎殺煉獄焦(出典 幽遊白書)
 魔界の黒炎を拳に集めて連撃を放つ技。
 人間界の炎でも流用可能だが、威力は魔界の炎を使うより劣る。

〉邪王炎殺剣(出典 幽遊白書)
 炎を剣にする技。
 ただの炎ではなく、自らの妖気と融合させることで強化している。
 劇中では飛影は桑原の霊剣を参考に編み出しているが、オリジナルに比べて段違いの威力を有する。

〉邪王炎殺黒龍波(出典 幽遊白書)
 妖気を餌に魔界の獄炎の化身である黒龍を召喚し放つ邪王炎殺拳の最大奥義。
 黒龍を魔界から人間界に召還するためには莫大な妖気を放出し続けなければならず、並外れた才覚を持つ者でも、この技を極めるのは容易ではない。

〉サマーソルトシェル(出典 ストリートファイター)
 ナッシュの必殺技。
 コマンドは↓タメ↑+K。
 ガイルのサマーソルトキックとは違い、正面の相手に背を向けた状態から前方宙返りをしつつ、足を振り上げて踵で蹴りあげる対空技。
 VS.シリーズでは蹴りに加えて、足を振り上げた直後に刃状の衝撃波が斜め上に飛んでいく。

〉ムーンサルトスラッシュ(出典 ストリートファイター)
 ナッシュの必殺技。
 MARVEL VS.シリーズ、ハイパーストリートファイターZERO(赤S-ISM)、ストリートファイターVで実装。
 サマーソルトシェルの逆体勢で、中段判定の浴びせ蹴りを放つ。
 VS.シリーズとハイパーZEROでは空中技、ストVでは地上技になっている。

〉ソニックブーム(出典 ストリートファイター)
 ガイルとナッシュの必殺技。
 コマンドは基本的に←タメ→+P
 ナッシュは片腕を振りながら、回転する鎌状の真空波を放つ飛び道具。

〉クロスファイアブリッツ(出典 ストリートファイター)
 ナッシュとガイルのスーパーコンボ。
 前進しながらの乱舞技。
 ストリートファイターZEROシリーズではレベル1は全ての立ち蹴りのモーションを使用した連続技。
 レベル2では蹴りのラッシュのラストにスピニングバックナックルが加わり、レベル3ではさらにアッパーが追加される。
 MARVEL VS.シリーズでは初段で突進し、ヒットするとロックするようになっており、ガードされたり外した場合はそこで技が終了する。

〉バニシングラッシュ(出典 ザ・キングオブファイターズ)
 オメガルガールの必殺技。
 全身からオーラを放ちつつ腕を組んだ姿勢で構え、高速移動で相手を突き抜け、すれ違いざまに連続攻撃を叩き込む。
 あまりのスピードの為、使用者の攻撃は一切見えず、相手は使用者の移動後にダメージを受ける。
 
〉当て身投げ・螺旋(出典 餓狼伝説〜WILD AMBITION〜)
 餓狼伝説〜WILD AMBITION〜におけるギース・ハワードの上段当て身投げ。
 空中からの相手の攻撃を片手で防ぐと同時に、もう一方の手で掌底を放つ事で弾き飛ばす。

〉当て身投げ・弧月(出典 餓狼伝説〜WILD AMBITION〜)
 餓狼伝説〜WILD AMBITION〜におけるギース・ハワードの中段当て身投げ。
 地上で相手の攻撃を防ぐと同時に、腹部に突き蹴りを放ち、相手に足を撃ちこんだまま、その足で頭上高く持ち上げて叩き落す。
 クリザリッドのリーサル・インパクトにモーションが似ている。
 
 今回はここまでとさせていただきます。
 また次回にお会いしましょう。



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