MUGENと共に   作:アキ山

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 お待たせしました、17話完成です。
 いや、視点を変えるだけで筆の進むこと。
 まあ、話自体はそんなに進んでないんですが……。
 

 PS スパロボVただいまプレイ中。
    ヤマトがシャレにならないくらい強い。
    歴代最強の戦艦じゃないのか、コレ。


17話

 え~と、皆様お久しぶり。

 久々登板の姫島美朱です。

 今の時間は夜の10時、私は駒王学園に来ています。

 慎兄が病院に担ぎ込まれた後、当人に促されて家に帰った私は、クー兄や玉藻さんと一緒に兄弟達の帰りを待っていた。

 しかし、いくら待てども二人は帰ってこない。

 末っ子気質な私は夜分に家族がいないと落ち着かないのだ。

 理由がわかっていれば我慢もできるが、そうでなくては不安になる。

 二人の携帯にかけても返答はなし。

 聞けば朱姉はともかく、慎兄のほうは玉藻さんの呪術でも居場所が掴めないと言うではないか。

 あの人間最終兵器な兄の事だからちょっとやそっとの事など笑顔で蹴散らすのだろうが、それでも心配になるのが家族というもの。

 そこで私は玉藻さんと一緒に、慎兄を探しに行くことにしたのだ。

 夜の街に繰り出した私達が最初に向かったのが駒王学園。

 慎兄が来ていないかの確認と、オカ研にいる朱姉に夕方の騒ぎで話したい事があったからだ。

 部室に入るとロビーにいなかった小猫とギャー助、祐兄以外のメンバーに微妙な顔をされた。

 リビングに朱姉の姿が無かったので訊ねると、夕方の事がショックだったらしく客間に隠っているのだという。

 お祖父様の事もそうだけど、慎兄に叩かれた事が尾を引いてるのだろう。

 慎兄はふざけた場合のツッコミを除いて、今まで朱姉に手を上げた事はなかったからなぁ。

 姉妹二人だけで話したかったので、申し訳ないと思ったが玉藻さんにはここに残ってもらった。

 ノックのあとに客間の扉を開けると、小さなテーブルを挟んで向かい合う革張りのソファのむこう。

 部屋の隅で三角座りになって、膝の間に顔を埋めている朱姉の姿があった。

「朱姉?」

「……放っておいて」

 傍に寄って掛けた声に帰ってきたのは、拒絶の意志。

 でもね、朱姉。

 そんな鼻声で言われたら、余計放っておけないよ。

「朱姉、夕方の事で聞いて欲しい事があるんだ。返事はしなくていいから、少しの間だけ時間をくれないかな?」

 朱姉からの返事はない。

 追い出されないだけマシ、と前向きに考えて私は言葉を紡ぎ始める。

「いきなりだけど、ごめんなさい」

「え……?」

 頭を下げた私に、思わずといった感じで顔を上げる朱姉。

「お祖父様達の事、朱姉には黙ってたでしょ? 今さらだけど謝りたかったんだ」

「……そう。貴方達は何時から姫島と会ってたの?」

「神職の修行を始めてすぐ、かな。ほら、この顔で姫島の姓を名乗ってたから、むこうはすぐにママの子供だってわかったみたい」

「……迂闊だったわ。偽名でも名乗らせておけばよかったかしら」

 頭を抱える朱姉に私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「むこうも五大宗家の一つだからね、その程度じゃ誤魔化されないと思うよ。それでね、慎兄が言ってたような事があって、お祖父様達と会うようになったんだけど、その時に私達は一つの約束をしたの」

「それは……?」

「お祖父様達をはじめとした姫島一門の人間は、朱姉に接触しないこと」

 私の言葉に朱姉は大きく目を見開いた。

「どうしてそんな約束を?」

「私達の中で、ママの事で一番傷付いたのが朱姉だから、かな」

「貴女はどうなの? あの時の事を見ていたでしょう?」

「実はね、あの時の事はあんまり覚えてないの。思い出そうとすると、頭に(もや)が掛かったみたいになっちゃうから」

 少し困った風な表情を浮かべて言葉を紡ぐと、朱姉は体育座りを解いて私の頭を胸元に抱き寄せる。

「そうだったの。……そうね。あんな記憶、思い出さない方がいいわよね」

 朱姉の胸に顔を埋めながら、一つ嘘をついたことを私は心の中で謝った。

 ……ゴメンね、朱姉。

 本当はあの日の事は覚えてるんだ。

 転生の影響で不相応に成長した意識は降りかかった理不尽に悲鳴を上げながらも、襲撃者達の洩らした言葉から拾い上げた事の概要にどこか納得してしまったのだ。

 あの悲劇は起こるべくして起こった事であり、責任の所在は両親にあることを。

 パパとママが出会わなければ、とは言わない。

 しかし、駈け落ちなどせずに姫島家と向き合っていれば。

 もしくはママが姫島や日本の生活を完全に捨ててグリゴリの庇護下に入っていれば、あんな事にはならなかった。

 だからこそ、私は堕天使や姫島家を心の奥底から憎むことはできないのだ。

「でも、そんな約束までして付き合わなくてもよかったんじゃないの?」

「この国で宗教や呪術に携わるなら、五大宗家と無関係じゃいられないよ。あの時って私達は天津神の推薦で神職研修を受けてたから、辞めるなんて言えなかったし。それに、朱姉だって神社で生活するの楽しみにしてたじゃん」

「……バカね。そんな事、気にしなくてもいいのに」

「します。朱姉が神社で暮らしたかったのって、ママとの思い出があるからでしょ?」

 私の指摘に図星を突かれたかのように、息を飲む朱姉。

 いや、そんな秘密がばれた的なリアクションしなくても。

 けっこうバレバレだったからね、これ。

「……ええ。私はもう一度あの暮らしを取り戻したかった。母様はもういないけど、貴方達がいればもう一度幼い頃のように穏やかに過ごせると思ったの」

 押し黙る朱姉に私は小さく息をついた。

 日頃からちょくちょく感じてた、慎兄と朱姉の認識の違いがなんとなくわかった気がする。

 上手く言えないけど朱姉は過去を、慎兄は未来を見てるんだ。

 ママの事件だって慎兄には過去の事でも、朱姉にとっては未だに胸を(さいな)む忌まわしい事件なんだ。

 修行に仕事と遮二無二に前へと進む慎兄と、ママと家族で幸せだったあの時に焦がれる朱姉。

 ここまでスタンスが違うからこそ、今日の朱姉の頑なさを慎兄は理解できなかったのだろう。

「でもね、美朱。今はその自信がないの。……私には慎がわからない。あの子が何を考えているのかが理解できない」

 精神的に弱っているのだろう。

 普段なら漏らさない慎兄への弱音を吐く朱姉に、私は言葉を詰まらせた。

 物事の視点が違う上に所属する組織も変わってしまった。

 さらに慎兄は弱音なんて漏らさないし、何でも一人で背負って肝心な事はあまり話さない。

 これで相手を理解しろと言うのは無茶だろう。

 でも、それでも確実に言える事が一つだけある。

「慎兄は……お兄ちゃんは、いつも私達の事を考えてるよ」

「どうしてそう思うの?」

「だって、お兄ちゃんが世界中の神様から一目置かれるような力を手に入れたのは、私達の為だもん」

「私達の……?」

「そうだよ。趣味の部分も無いとは言わないけど、ああやって馬鹿みたいに鍛えてるのは自分の身内を護る力を得る為だから」

 首元に力なく回された腕から抜け出した私は、先ほどとは逆に朱姉の頭を胸に優しく抱きしめる。

 いつもリーア姉や私を抱いて慰めているのだ。

 たまにはされる側に回ってもバチは当たるまい。

「お兄ちゃんはあの時の事を忘れてない。それどころかずっと悔やんでる。だから力を求めるの、誰が相手でも家族を護れるように」

 小さな子をあやすようにポンポンと背中を叩いてあげると、押し殺した声と共にゆっくりと胸元が湿っていく。

「わかってるよ。お祖父様達のことよりも、お兄ちゃんに叩かれた事がショックだったんだよね?」

 私の豊かな、豊かな(大事なことなので二度言った。決して小さくなどない!!)バストの中で小さく頷く朱姉。

「大丈夫。お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと、嫌いになったりしてないから」

「ふ……ぅ……っ!?」

 嗚咽でまともな言葉になってないが、これでも私は妹道十五年のベテランだ。

 朱姉の言わんとしている事くらいわかる。

「本当だよ。あの時はああでもしないとお姉ちゃんは止まらなかったでしょ? だからお兄ちゃんも仕方なく手を上げたの。あのまま暴れ続けたら、グレモリーのみんなもお姉ちゃんに対して何らかの処分を下さないといけなくなってただろうしね」

「…………」

「お兄ちゃんってさ。正しいと思ったら突っ走ちゃう人だけど、ちゃんと後悔や反省もするの。だから、今頃どこかでお姉ちゃんを叩いた事を悪いと思ってるはずだよ」

「……慎はいないの?」

 あ、ヤベ。失言だった。

 胸元からこちらを見上げる、弱々しいながらも年長者の目にはさすがに嘘はつけない。

 仕方が無いので、私は学校を離れてからの事を朱姉に伝えることにした。

 まあ、さすがに胃ガンについては伏せておいたが、それでも慎兄が即入院レベルの体調だった事はショックだったようだ。

「行くわよ、美朱。早く慎を見つけて病院に入れないと」

 話が終わると同時に立ち上がった朱姉の顔には、先程までの弱々しさは感じられなかった。

 というか朱姉、入院うんぬんは本人が断ったからね。

 今度の会談が終わるまでは、休めないんだって。

「本当にあの子は……。どうして自分の身体を大事にしないのかしら」

 頭を抱える朱姉。

 まあ、慎兄だからその辺は仕方ない。

 それよりも行こっか、朱姉。

「あ、美朱。ちょっと待って」

 扉に掛けようとした手を引かれたと思った瞬間、顔に当たるマシュマロ感覚と良い匂い。

 私はまたしても朱姉にハグされていた。

「貴方のおかげで気持ちが楽になったわ。ありがとう」

「このくらいはお安い御用。美朱ちゃんセラピーは、このハグだけでお釣りがくるのです」

「あらあら。なら、これからも利用させてもらおうかしら」

「まいどあり❤」

 いつもの調子を取り戻した朱姉に満足しつつドアノブに手を伸ばした瞬間、轟音と共に周囲を激震が襲った。

「……ッ!? 朱姉!」

「こっちは大丈夫よ!!」

 とっさに身を低くして揺れに耐えながら、私達はお互いに声を掛け合う。

 これはただの地震じゃない。

 地面だけじゃなく、まるで空間全体がもの凄い力で振り回されてるように感じる。

 それにこの莫大な氣の気配。

 いったい何が起こっているの!?

 いや、それを考えるのは後だ。

 まずはここから脱出しないと。

 這うようにして出口に近づいた私は、ドアノブを掴むと捻りながら前に押し出した。

 魔力による補強が建物を歪みから護ったのか、引っかかりも無く開いたドアに安堵しながら客間から出ると、散らかった部室と床に四つん這いになった皆の姿が目に入った。

「朱乃。美朱も無事だったのね」

「ええ。リアス、心配を掛けてごめんなさい」

「リーア姉、そっちは大丈夫なの?」

「部員は問題ないんだけど、玉藻の様子がおかしいみたいなの」

「みたい?」

「揺れが始まると同時に彼女から聖なる力が吹き出て、私達は近づけないのよ」

 リーア姉に促されて目を向けると、部室の一角に光と神氣に満ちた空間が出来ていた。

 なるほど。これは悪魔のリーア姉達では近寄れないだろう。

「おーい! 玉藻さーん! 大丈夫ー?」

「いや、美朱さんは神氣も浄化の力も影響ないんだから、そんな遠くから声をかけなくてもいいでしょうに」

 玉藻さんの身体から漏れ出す力の効果範囲外から呼びかけると、呆れた声と共に一角を覆っていた光は収束し、中から玉藻さんが出てきた。

「どうしたの、玉藻さん? 服が豪華になってるし、それに尻尾増えてるよ」

 思わず感嘆の声を上げながら、マジマジと玉藻さんの姿を見てしまう。

 いつものどこかエッチぃ和装ではなく、青を基調にした豪華な十二単を身に纏い、桃色の髪には金の簪。

 手にはたわわに実ったススキを持ち、背後で立ち上がる狐の尾は三本に増えている。 

「つい先程、ご主人様とのパスが繋がったのですが、とたんにとんでもない量の氣が流れてきたのです。おかけで尻尾が増えて権能を取り戻すわ、挙げ句の果てには着ていた礼装がパワーアップするわとびっくりです」

 手にしたススキで自身の肩を叩く玉藻さん。

 パスというのはよくわからないけど、とにかく慎兄が膨大な氣を使っている事は理解した。

 あの兄がそんな事をするのは、十中八九荒事に巻き込まれた時だ。

「!? 皆さん、衝撃に備えてください! 空間を破壊して何かが来ます!!」

 玉藻さんの警告にみんなが身体を丸めた瞬間、窓の外から聞こえた凄まじい爆音と共に、強烈な震動が部室を襲った。

 頭に残る揺れの余韻を振り払って窓の外に身を乗り出すと、月明かりに照らされた校庭の中央に立ち上る膨大な土煙が目に入った。

「なんだろう、あれ」

「煙だらけでなんも見えねえな……」

「何かが落下した跡みたいですが」

「あそこにあるのが、玉藻の言ってた『何か』なのかしら」

 窓に集まったオカ研メンバーが口々に感想を言い合っていると、一陣の風が校庭を通り過ぎた。

 薄れていく土煙のむこうから現れたのは、隕石の落下を思わせる巨大なクレーターの中央で、黒い龍を思わせる外骨格を纏った成人男性のような人型と睨み合う慎兄の姿だった。

「何だよ、あの黒い奴。赤龍帝の籠手の禁手に似てるけど……」

 イッセー先輩の呟きに私は言葉を返せなかった。

 あの人型を見ていると震えが止まらない。

 理屈じゃ無く本能があれに怯えている。

 確かに外見はイッセー先輩やヴァーリ君の禁手に似ている。

 でも、アレはもっとヤバいモノだ。

『拙いぞ、相棒。あそこにいるのは最悪の化け物だ』

「ドライグ?」

 一人でに現れた赤龍帝の籠手に驚くイッセー先輩。

 籠手に宿る天龍ドライグは宿主の動揺をよそに言葉を紡ぐ。

『奴はオーフィス。『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』と呼ばれる世界最強のドラゴンだ』

 ドライグの言葉に部室にいる全員が凍りついた。

 『無限の龍神』の名は私も聞いたことがある。

 世界に二柱存在する無限の一角で、いかなる勢力にも属さない赤龍神帝に並ぶ世界最強の存在。

 全ての神話から『触れざる者』として扱われ、敵対する事は死を意味すると言われている化け物だ。

「世界最強って……なんでそんなのと戦ってるんだよ、あいつ!?」

「……冥界でイッセー君を助けに行った時、ギャスパー君に潜む魔神が言ってましたわ。あの子は『第三の無限』だと。もしかしたら、それが関係しているのかも知れません」

 朱姉の言うとおり、慎兄は各神話勢力からそう目されている。

 でも、天照様やダヌー様はまだ未熟って言ってたはずなのに……。

『その話は本当かもしれんな。グレートレッドを除いて、オーフィスを龍の姿にした者はいない』

「じゃあ今の姿は……?」

『信じられんが、龍のそれだ』

 ドライグの言に皆が固唾を飲む。

 つまり、今の慎兄は世界最強が本気を出すほど強いという事なのか。

 私達の思いをよそに睨み合う二人。

 両者とも全身傷だらけだが戦意は衰えていないらしく、互いが放つ氣によって周辺の空間が歪んで見えてしまう。

「どうした、クソ蛇。世界最強ってのは、この程度か!」

「AAaaaaaaaaaaaッ!!」

 見たことのないような獰猛な笑みを浮かべる慎兄の挑発に、粉砕された地面を残してオーフィスの姿が消える。

「え……っ!?」

「消えた!?」

 オーフィスの姿を捉えられた者はいないらしく、口々に騒ぐオカ研のみんな。

 かく言う私も奴の姿は見えていない。

 気配察知も全開にして、辛うじて動きが追えるくらいだ。

 この一ヶ月、気持ちを入れ替えて無限の闘争で修行したのに、やっぱり世界最強は伊達じゃない。

「皆さん、落ち着いて下さい。奴は正面からご主人様に突撃しています」

 取り乱す私達に凜とした声が響く。

 声の先には、校庭に厳しい視線を向ける玉藻さんの姿が。

「玉藻。貴女、もしかして見えているの?」

「辛うじて、です。ご主人様の氣で霊基が上がってなかったら、到底捉えられません」

 これも愛の絆が成せる業ですね! なんてドヤ顔で言いきってる玉藻さんは置いといて。

 辺りに衝撃波を撒き散らしながら、次々と撃ち込まれる黒い魔拳。

 慎兄は防いでいるように見えるのだが、ぶつかる度に血飛沫が上がるのは心臓に悪い。

「Aaaaaaaaaaaaaッ!!」

 オーフィスが上げる奇声と共に回転を増す拳。

 防御を固めながらも徐々に押された慎兄は、気付けばクレーターの淵まで追いやられていた。

 相手を壁際まで追いつめた事で、振るう拳に更なる力を込めるオーフィス。

 そして放たれる必殺の一撃。

 しかし次の瞬間、吹き飛んだのはオーフィスの方だった。

 頭部から砕けた外骨格の破片とコールタールのような体液を撒き散らしつつも、なんとか踏み止まるオーフィス。

 だが動こうとした途端、その腰が大きく落ちる。

 ……さすがは慎兄、今のは『はじめの一歩』の宮田ばりの一撃だった。

 さしもの龍神も今のは効いただろう。

「え……?」

「なにがあったのでしょうか?」

「……慎がピンチ、だったはず?」

「おい、ギャスパー。今の見えたか?」

「ムリですぅ!? 使い魔の視界を使っても何が何だかわかりませんよぉ!!」

「大振りになったあの黒スケの拳に坊主がカウンターを合わせたのさ。側頭部の急所をモロに抉ってたからな、あの化け物も少しは堪えたようだな」

 背後からの声に振り返ると、そこにはクー兄を先頭に駒王番所の面々、少彦名様や晴矢君までもが顔を揃えていた。

「みんな、どうしてここに?」

「こんな大事が起こっておっては、おちおち晩酌もしてられんからの」

「何言ってんだ。爺さん、俺と神社で一杯やってたじゃねえか」

 久延毘古様の肩の上で徳利をかざして見せる少彦名様にクー兄のツッコミが入る。

「グレモリーよ。無断で貴様の住処に足を踏み入れたことは詫びよう。しかし今は非常事態、大目に見てもらうぞ」

「貴方は日本の妖怪かしら?」

「リーア姉、見た目は怖いけど久延毘古様は神様だから。失礼な事言ったら、駒王町の農作物全部ダメにされちゃうよ?」

「戯け。ここは我の守護する土地ぞ、そこな小娘がいかな無礼を働こうとそのような真似はせぬ」

 むぅ、なんで私が怒られるのさ。

「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ! 美朱ちゃん、オーフィスと闘ってるって本当にリーダーなのか!?」

 息を切らせてこちらに駆けて来る晴矢君。

 そうだよね。

 晴矢君もシェムさんの息子なんだから、オーフィスの事くらい知ってるよね。

 ……うちの兄が心配かけてゴメンナサイ。

「うん。っていうか、晴矢君はなんでここに?」

「え!? えーと、リーダーが病院に運ばれたって聞いたから神社に様子を見に行ったんだよ。そしたらそこのお兄さんにここまで連れてこられた」

「クー兄、なんで連れて来たのさ?」

「坊主のダチなんだろ、そいつ。だったら、のけ者にしたら可哀想じゃねえか」

 悪びれる様子もなく応えるクー兄に思わず頭を抱える。

 晴矢君は堕天使と人間のハーフだけど、私達と違って一般人として暮らしてたのに。

 こんな事に巻き込んだら、裏に関わる事になるじゃんか。

「そんな事気にしてる場合じゃねえ! 神様、何か手助けする方法は無いんですか?」

「……生憎、そのようなモノはない。外で戦う二人とここに居る者達では隔絶した力の差がある。ぶっちゃけて言えば、儂ら全員で攻撃してもあの二人には傷一つ付けられんのじゃ」

「我らがここに来たのは、彼らの戦闘の余波からこの街と民を護る為なのだ」

「そんな!? どうにかならないんすか!」

「落ち着け、小僧」

 久延毘古様達に詰め寄ろうとする晴矢君をクー兄が止める。

「落ち着いてられないっすよ! 親友が化け物と闘ってるってのに」

「だからこそ、だろうが。それとも、そうやって喚いていれば状況が好転するのか?」

「それは……」

 クー兄の言葉に言い淀む晴矢君。

 手にした朱槍のように鋭い視線でその様子を観察していたクー兄は、晴矢君の頭から血が下がったのを確認して再び口を開く。

「ダチが強敵と闘り合ってて、テメエには援護をする手立てはない。なら、やる事は一つだ」

「俺にできる事、あるんすか?」

「信じて見とどけてやるんだよ。坊主があの龍を仕留めて戻ってくるのをな」

「信じて……見とどける」

 小さく呟いた晴矢君は、窓枠に手を置いて真っ直ぐに外を見据える。

 脳裏に『そこに立たれると見えにくい』とか『あのトンでもバトル見えてるの?』なんて言葉が過ぎったが、空気の読める私は口にはしない。

 しかし、意外なのはクー兄である。

 てっきり俺も混ぜろ的な事を言って、あの戦いに乱入すると思っていたのだが。 

「なんだ、嬢ちゃん?」

 私の視線に気づいたのか、クー兄は外の景色が見える位置で壁に背中を預けたまま、気だるげにこちらを見る。

「いや、クー兄は戦いたいとか言わないんだね」

「一騎打ちにチャチャ入れるほど、俺は馬鹿じゃねえよ。まあ、あの坊主が世界の天辺獲ったのなら挑戦するのもアリか、とは思うけどな」

「……ウチの家族傷つけたら、呪いかけちゃうからね。『自害せよ、ランサー』って」

「……なんでお前さんがその台詞を知ってんだよ」

「香辛料臭くて目が死んだ神父さんが、夢に出てきて教えてくれた。クー兄がいらない事したら使えって」

「いや、いい。わかった。わかったから絶対使うなよ、それ」

 ふむ、妙に胡散臭い神父さんだったが呪いの効果はあるようだ。

 さて、こちらが珍客と騒いでいる間にも、外では戦局は動いている。

 視界の補助用に呼び出したミニ美朱4号を通じて得た、クー兄達の対応をしている間の状況を交えて解説しよう。

 オーフィスが後退すると同時に攻勢に出る慎兄。

 ダメージが足に来ているオーフィスの懐に飛び込むと、氣の籠もった拳を連続で腹に打ち込み、最後は双掌で吹き飛ばす。

 ……なんか今のモーション、どっかで見たような。

 界王拳を使っているのだろう、真紅の氣勢を纏いながらオーフィスを追い、更なるラッシュを叩き込んでいく。

 多彩な打撃や細かいフェイントに翻弄された事で苦し紛れに大振りの一撃を放つが、それを逆手に取られて当て身投げで地面に叩きつけられるオーフィス。

 受け身も取れずにバウンドするオーフィスを見据えた慎兄は、スタンスを広げた正拳の構えを取る。

「くらえっ! 玄武金剛弾ッ!!」

 拳から放たれた衝撃波は横向きの竜巻となって、周囲の物を削り取りながらオーフィスを飲み込み……

 って、ちょっと待て!!

 玄武金剛弾ってアレだよね! スパロボに出るロボットの技だよね!?

 どこで覚えたそんな技!?

 いやまあ、こんな無茶苦茶な技覚えられるのって、無限の闘争しかないんだけど。

 いくら無限の可能性だって言っても、スーパーロボットの技を人間? に覚えさせるとか、無茶苦茶にもほどがあるだろう。

 取り敢えずはあれだ。

 慎兄の手が付いてるのを確認しよう。

 たしか、あの技はオリジナルがロケットパンチだったはず。

 さすがに生身の身体で腕が飛ぶ事はないと思うけど……。

 よかった、ちゃんと手が付いてた。

 失礼、気を取り直して行こう。

 さて、学園の敷地を出る前に天に向けて曲がった竜巻により、上空高く舞い上がったオーフィスとそれを追って地を蹴った慎兄。

 その姿が途中でブレたかと思うと、次の瞬間にはいくつも残像を残すようなスピードで、オーフィスの身体を切り刻み始めた。

 うわぁ……今度は『舞朱雀』かぁ。

 思わず遠い目をしそうになる中、締めの一撃を繰り出す為に腕を振り上げてオーフィスにむけて急降下する慎兄。

 しかし、奴も伊達に世界最強と言われてはいない。

 氣により下手な聖剣を上回る切れ味となった肘が脳天に突き刺さるよりも速く、体勢を入れ替えて蹴りを叩き込む。

 カウンター気味に入った蹴りに、身体をくの字に曲げて上空高く吹き飛ぶ慎兄とそれを追うオーフィス。

 追撃の拳が背中を捉える寸前、魔法のように慎兄の身体はかき消えてオーフィスの背後に現れる。

 魔法や術の類じゃない、単純な超スピードによる回避だ。

 虚空に拳を突き出したオーフィスの、がら空きの後頭部にむけて拳を振るう慎兄。

 しかし、今度はオーフィスが同じ方法で攻撃を躱す。

 攻守入り乱れるぶつかり合いの中、ドンドンスピードを上げていく両者。

 ついにその速度は私の感知範囲を超え、二人の姿は消えた。

 全員が唖然と見上げる夜空から降り注ぐのは、絶え間ない肉弾戦の音とぶつかった際に生じた衝撃波のみ。

 ……さて、一言いいだろうか。

 ドラゴンボールかっ!?

 私の魂のツッコミも虚しく、夜空を揺るがして加速する戦闘音。

 そしてぶつかり合いが数百合を数えたその時、強烈な打撃音と共に猛スピードで何かが降ってきた。

 隕石もかくやといった様子で降り注いだそれは、校庭を横切り本校舎に直撃した。

 着弾の震動で部室の床がグラグラと揺れ、ほぼ中央に巨大なクレーターを穿たれた本校舎がそこから連鎖的に崩壊していく。

「いやああぁぁぁっ!! お兄様の学校が!?」

「シャレになってねえだろ、あれっ!?」

「……完全崩壊です」

「ああ……。明日からの授業はどうなるのでしょう」

 ショッキングな光景に混乱する周りを尻目に空へ目を向けると、そこには黒い龍神がいた。

「オーフィス……ッ!?」

「じゃあ、さっき校舎に突っ込んだのはリーダーなのか!?」

 外骨格の大半を破損し、全身を黒い体液に塗れさせながらもこちらを見下ろすオーフィスは、ゆっくりとした動作で残骸となった本校舎に右手を向ける。

 次の瞬間、オーフィスから身の毛がよだつような、規格外の氣勢が立ち上った。

 大気を揺るがしながら闇よりも濃い黒で夜空を照らす氣勢は、向けられた右手に収束するとビー玉サイズにまで圧縮される。

『逃げろ、相棒! あの塊は俺のブレスを遥かに上回っている! あれが撃ち込まれたら、こんな街などひとたまりもないぞ!!』

 ドライグの悲鳴にも似た叫びに私達の誰も反応できない。

 一目見て、私達に出来ることは無いとわかったしまったからだ。

 例えるなら、ビルを飲み込む程の大津波を前にした人間が絶望するのと同じだろうか。

「UAaaaaaaaaaaaaッ!!」

 絶望と諦観に押し潰された私達の見ている中、オーフィスの咆哮と共に破滅の一撃は放たれてしまった。

 あれが地面にとどけば、私達は街ごと跡形も無く消滅する・・・。

 ああ、今回も短い生涯だったなぁ。

 不思議とスローに見える黒の軌跡を見送る事しかできない、私達の前で瓦礫に消える光弾。

 まもなく来るであろう最後の瞬間に身を竦めていると、校舎の残骸の隙間から閃光が走り、次いで人間の数倍はある燈色の氣弾が瓦礫を吹き飛ばして飛び出した。

 あれって、慎兄がギースと闘ってた時に使った返し技だったはず……!

 完全に虚を突かれた形ながらも、高速で天を駆け上がる氣弾を間一髪で回避するオーフィス。

 だがしかし、その氣弾の後ろから現れた紅い影を捉える事は出来なかった。

「この一撃で極めるッ!!────でぇりゃあああっ!!」

 『舞朱雀』の時とは比べ物にならない氣が込められた打ち上げの肘を受けたオーフィスは、袈裟斬りに刻まれた傷から体液を飛沫かせて大きく仰け反った。

 うわっ……今、肘で斬り上げた後、勢いのまま膝で顎をカチ上げてた。

 今のが『麒麟』だったとしたら、ある意味本家よりエグいよ。

「おいおい、おねんねにはまだ早いだろ。こっちにはまだ『取っておき』が残ってるんだからよぉ……!!」

 凶悪な笑みを浮かべた慎兄は、リバースフルネンソンの体勢に捕らえたオーフィスをふりまわし始める。

 この体勢で出せる『取っておき』って、もしかして……!!

「いくぜぇ!! 大判振る舞いの界王拳20倍だっ!!」

 慎兄らしからぬテンションの上がった叫びと共に、紅い氣勢は出力を増し、回転の速度が上がっていく。

 桁外れの氣勢が干渉したのか、渦巻く大気は慎兄から漏れ出た紫電を孕んで、巨大な竜巻に成長する。

「おーおー。凄え凄え」

「……素戔嗚尊(すさのおのみこと)様もびっくり」

 ツムちゃんを肩車した三郎兄が、窓の外を見ながら感心したように声を上げる。

 いや、観光名所に来た親子連れじゃないんだから……。

「ねえ、リアス。竜巻の間に雷が走ってるの、見える?」

「ええ。あれだけピカピカ光ってればね」

「軽く調べてみたんだけど、あれって私が本気で放つ雷撃の数十倍の威力があるみたいなの。面白いでしょう? 余波だけで私の数十倍。ふふ……雷の巫女って異名、返上しないと」

「……朱乃。こと戦闘で、あの子と何かを比較するのはやめなさい。──心が折れるから」

 閉じられた窓の外。

 校庭にあるあらゆる物が乱れ飛ぶ光景を眼に映しながら、死んだ魚のような目をした朱姉と、なんだか悟りを開いたような表情のリーア姉が言葉を交わしている。

 なんか朱姉のSAN値がヤバくなってるが、これは仕方が無いと思う。

 いきなり、自分の身内が世界最強の生物とガチバトルしているのを見たら、ああもなるわ。

 正直、私も妄想の世界に逃げ出したいくらいだ。

 しかし、私まで現実逃避しても始まらない。

 朱姉がリタイヤした以上、兄弟として最後まで見とどけなくては。

「おおぉらあぁぁぁぁっ!!」

 裂帛の気合と共に、天を突く柱となった竜巻の中心から人影が飛び出してくる。

 外骨格の大半が剥がれて見る影もないが、それは紛れもなくオーフィスだった。

 荒れ狂う大気の中、ぽっかりと空いた風一つ無いおだやかな目の上を力なく漂う傷付いた龍神。

 しかし、その時間はすぐさま終わりを迎えた。 

 頭上からオーフィスに向かって突撃する紅い影。

 オーフィスを投げると同時に自身もまた天高く上昇していた慎兄だ。

 避けようと身じろぎするも、襲撃者から漏れ出た雷撃に絡め取られるオーフィス。

 そして、振り落とされた右足が黒き龍神の頸を捉え、二体は猛スピードで竜巻の目に突入する。

 そして次の瞬間、これを見ていた全ての者が驚愕する事になる。

「ゲッ、ゲェー!? 竜巻が慎の後ろに集まって、落下のスピードを倍加させているー!!」

 ハイ、イッセー先輩。キン肉マン風のリアクション、ありがとうございます。

 先輩の言を付け加えるならば、『竜巻は慎兄が通った場所から崩壊を始め、分解された大気が吹き下ろしの突風になって加速をブーストしている』だろう。

 うん、なんだコレ。

 状況がありえなさすぎて、笑いがでそうだ。

 これはアレか。

 使った技のせいで発動した『ゆで理論』か! 『ゆで理論』なのか!!

 ……すまない、脱線した。

 纏った雷霆、背を押す嵐、そして大気との摩擦で赤熱する身体。

 一つの巨大な弾丸と化した二人が落ちゆく先は、この地に現れた時に対峙していたクレーターの中央。

「これが悪魔将軍直伝────」

 音速超えの衝撃波と共に最後の加速を見せる二人。

 というか、あの状況でよく生きてるな。

「完璧! 地獄の断頭台ぃぃッッ!!」

「Gyaaaaaaaaaaaaッ!?」

 着弾と共にこちらを襲う轟音と激震。

 もうもうと立ち上る粉塵が晴れた先には断頭の刃となった右足で頸を捉えた慎兄と、裁きを受けた哀れな犠牲者の姿があった。

「ゴボ……ッ!?」

 技を解くと同時に口に当たる部分から黒い体液を吐き出し、大の字に倒れるオーフィス。

 その身体は黒い光に包まれると共にドンドン縮み、光が収まった後に残されたのは布きれにしか見えないボロボロの黒い服を身に着けた10歳程度の傷だらけの少女だった。

「な……なんだよ、あれ。あの子がオーフィスの正体だってのかよ!?」

『落ち着け、相棒。あれはオーフィスが擬態した姿の一つだ』

「擬態ってどういう事なの、ドライグ?」

『オーフィスは身に宿す力の巨大さの為に、長時間本来の姿に戻ることは出来ないと聞く。それ故に様々擬態となり、力を抑えて生きているのだろう』

「じゃあ今のオーフィスは……」

『龍の身体を維持できないほどに弱っている、ということだ』

 赤龍帝の話す事実に皆が固唾を飲む。

 それはつまり、慎兄が世界最強に王手を掛けたということだ。

「つまらん。そのザマではお前も終わりだな、クソ蛇」

 必死に起き上がろうとするオーフィスの上から、ゴミクズを見るような目を向ける慎兄。

 その身体も改めて見ればボロボロだ。

 上半身は裸、下は膝や腿が破れた駒王の制服。

 全身痣と傷に塗れ。

 さっきの氣弾を撥ね返した影響だろう、両腕は特に酷い有様で裂けたような傷が無数に刻まれ、ところどころ骨まで届くほどに肉が抉れている。

 まさに満身創痍といったところだ。

「……傷が…治らない……。力が…言う事を聞かない……。我になにをした……?」

「テメエの手の内を喋るバカがいると思うか?」

 オーフィスの呟きに情の無い言葉を返し、慎兄は足を上げる。

「我……静寂に…帰る……。まだ……滅びたく……ない……」

「そうか。じゃあ、くたばれ」 

 冷酷に言い放った慎兄がオーフィスの頭を踏み潰そうとするのと同時に、オーフィスのまわりに突如霧が現れる。

 舌打ちと共に振り下ろした足が当たる寸前、オーフィスの姿が薄れていき、そして風圧で霧が散らされた跡には何も残ってはいなかった。

「……逃がしたか。あのヘタレ魔術師、ショボい結界しか張れねえクセに、こんなところだけは手が回りやがる」

 血混じりのツバと共に苛立ちを吐き捨てる慎兄。

 普段の兄らしからぬ態度に一抹の不安はあるが、取り敢えずは合流することにしよう。

「慎!」

「慎兄!」

「ご主人様!」

「リーダー!」

 口々に呼びかけながら、慎兄の周りに集まるみんな。

 こちらの姿に不可解そうな表情を浮かべた慎兄は、辺りを見廻して納得いったように感嘆の声を上げる。

「そういや学校に出たんだったな。こりゃまた、派手にぶっ壊れたもんだ」

「壊したのはあなたじゃない。なにを他人事みたいに言ってるのよ」

「あ? あのクソ蛇と闘り合うのに周りなんか気にしてられるかよ」

 学校の惨状に食ってかかるリーア姉に、不機嫌さを隠さずに言い返す慎兄。

 その姿に私は思わず首をかしげた。

 慎兄は常識は大いにズレているが、良識のある人間だ。

 自分のやった事には責任を取るし、悪いと思ったらしっかりと謝る。

 普段ならあんな風に開き直らずに、リアス姉に謝っているだろう。

 オーフィスと戦っていた時から思っていたが、もしかして……。

「ねえ、慎兄。もしかしてキレてる?」

 私の指摘に慎兄は虚を突かれたように目をしばたたかせると、バツが悪そうに頭を掻いた。

「悪い、リアス姉。シャワーでも浴びて頭冷やしてくるわ。話はそれからにしてくれ」

 そう言い残して旧校舎へと踵を返す慎兄。

 どうやら自覚がなかったらしい。

 そのまま歩き出す慎兄を、こんどは朱姉が呼び止める。

「慎、身を清める前に病院に行きましょう」

「朱乃。傷ならアーシアに任せた方が早いわよ?」

「はい。慎君ほど上手くいきませんけど、頑張ります!」

「違うの、リアス。身体の傷もそうだけど、私が心配しているのはあの子の病気よ」

 朱姉の言葉に皆が目を向いた。

 慎兄は殺しても死なないってイメージがあるから、番所のみんなのリアクションは仕方ない。

 でも、なんでリーア姉達が驚くのか。

 夕方、目の前で血を吐いて病院連れてかれたじゃん。

「あー……。美朱から聞いたのか?」

「ええ、重度の胃潰瘍なんですってね。慎、入院しましょう。仕事が大切なのは分かるけど、身体を壊したら元も子もないわ」

 真っ直ぐに見つめる朱姉に、苦笑いを浮かべる慎兄。

「心配してくれてありがとうな、朱乃姉。でも今の闘いで治ったんだ、病気」

「「「「「「え?」」」」」」

 …………なにを言ってるのか、分かりませんね。

「えーと、つまりだな───」

 周りに乱れ飛ぶ疑問符に改めて口を開く慎兄。

 その説明はこうだ。

 ここに出てくるまで、神滅具『絶霧(ディメンション・ロスト)』が生み出した結界の中で闘いを行っていた両名。

 その際に慎兄は腹部に強烈な打撃を数度食らっていたらしい。

 普段のコンディションならば耐えうる程度の威力だったらしいが、すでに重度のダメージを負った胃はそれに耐えられず破裂。

 普通ならばこの時点で戦闘不能になるのだが、そこは化け物っぷりに定評のある我が兄。

 常軌を逸した精神力で激痛に耐え抜くと、その状態で戦闘を続行。

 さらに界王拳で倍化した聖母の微笑の治癒エネルギーを、患部に集中させて高速治癒を試みる離れ業までやってのけた。

 その結果、十倍の氣と治癒エネルギーを一気に浴びた胃は治癒ではなく再生してしまったのだという。

 ……うん、ツッコミどころしかない。

「傷にしか効かない聖母の微笑で病気を治すなんて、さすがは慎君です! 私も見習わないと!」

「待て、アーシア! そっちは修羅の国! 行っちゃいけない方向だから!!」

 顔の前で手を組んで感極まったように賞賛の声を上げるアーシア姉と、それを必死に止めるイッセー先輩。

 瞳がおめめグルグル状態なのを見ると、やっぱり錯乱してるんだろうなぁ。

「悪くなった部分は丸ごと造り直す、か。まあ、普通は考えつかんわな」

「……さすがは慎。駒王町ダントツ1位の化け物は伊達じゃない」

「おい、旋風(つむじ)。誰が化け物やねん」

 抗議したとたんに全員から指を射されて、慎兄は大いにたじろいだ。

 うん、これはフォローできないわ。

「じゃ……じゃあ、身体の怪我をなんとかしましょう」

 口元を引き攣らせながらも、なんとか話を続けようとする朱姉。

 そんな朱姉に『大丈夫』と声を掛けると、慎兄はズボンのポケットから小さなケースを取り出した。

 そして、手の上に転げ出た豆のような物を口に含む。

 口の中でポリポリと軽い音が響かせて飲み込んだ次の瞬間、慎兄の身体中に刻まれた傷が嘘のように消え失せてしまった。

「怪我もこれで治った。今の俺は完全健康体だ」

 呵々と高笑いする慎兄に唖然とする一同。

 そんな中で私は、慎兄が口にした物の正体に目星を付けていた。

「慎兄、今の仙豆でしょ。ミリ君に貰ったの?」

「ああ、(かめ)いっぱいにあったからな。無理言って百粒ほど譲ってもらった」

 やっぱりね。

「嬢ちゃん、その仙豆ってのはなんなんだ?」

「仙豆は仙人様が育てた特殊な豆のこと。一粒で十日は飢えを凌げるし、怪我人が食べればたちどころに傷が回復するんだ」

「ほー、そりゃ便利なもんだ」

 私の説明に感心したように笑うクー兄。

 非常食によし、傷の特効薬によし、さらに滋養強壮によし、とたしかに便利なんだよね、仙豆。

 この際だからウチの境内で栽培してみようかな。

 育成が難しいとか聞いた事があるけど、久延毘古様に頼めばなんとかなるだろうし。

 上手く量産できたら一財産くらいは造れるかも……。

 頭の中に浮かんだぼんやりとした思い付きから壮大なプロジェクトを組み立てていると、慎兄の前で俯いていた朱姉の前髪に隠れた目の辺りから雫が墜ちるのが見えた。

 ……あるぇ?

「え、ちょっ……なんで泣くんだよ、朱乃姉!?」

「だってぇ……美朱に慰められて、これからは二人の姉として、しっかりやっていこうと思ってたのに……!? あなたは好き勝手暴れて、一人で怪我も病気も治して……ッ。心配した私がバカみたい……!」

 そのまま、さめざめと泣き始める朱姉。

 どうやら、さっき泣いた所為で涙もろくなっているようだ。

 精神的に崩れるとなかなか復帰しないのって、絶対パパ似だよね。

「なんだかよくわからんが、すんませんっした!!」

 ボロボロと涙を流す朱姉の前で、土下座を返す慎兄。

 世界最強になっても私達の涙に弱いところは変わらないらしい。

 さて、場の空気もカオスになってきたし、そろそろ助け船を出しに行きますか。 

 

 

 

 

「……よもや、あの龍神を下すとはな」

「この目で結果を見た後でも、正直信じられん。一月前に顔を会わせた時は、小僧はあれほどの力は持ってはいなかったはずだ」

「つまり、この短期間でオーフィスを超えたということか。『進化を司る無限』は伊達ではないようじゃの」

 高天原の謁見の間。

 その玉座に腰掛けた天照大神は、遠見の鏡越しに議論を交わす三柱の主神を見ながら溜息をついた。

 現在、こちらに顔を出しているのは西洋地域の冥府を支配するハーデス、ダーナ神族の指導者ダグザ、北欧アスガルドの主神オーディンだ。

 いずれもここ最近、姫島慎が縁を結んだ者達でそれ故に情報把握も早かったのだろう。

 『無限の龍神』の敗北と新たな無限の台頭。

 それが世界に及ぼす影響は、『禍の団』の引き起こすテロなど比較にならない。

 そして天照大神が治める日本はその中心にあるのだ。

「それで天照殿、貴国はどのような方針をたてるのだ?」

 冥府の闇を背に、それよりも深い黒の甲冑に身を包んだハーデスが、髑髏の意匠が施された兜の眼窩に紅い光を揺らめかせる。

「うむ。お主があの坊を(よう)するのに同意したのは、目覚めたばかりのヒヨッコであると判断したが故。じゃが、オーフィスを超えるとなれば話は別よ」

 オーディンは長く伸びた顎髭を扱きながら、隻眼を細める。

「現状世界最強となった小僧を手中に収め続ければ、貴殿等は他の神話勢力から有らぬ疑いを掛けられることになるだろうな」

 そしてダグザはその丸太のような腕を組んだまま、重みを込めた言葉を紡ぐ。

「例えば『日本は無限を使って、他の神話全てを自身の足元に跪かせようとしている』と?」

 挑発めいた口調の天照大神に、三柱は表情を崩さない。

 長き付き合いの中、共に辛酸を舐めた事もあるこの女傑が本気で無いことが分かっているからだ。

「似合わん偽悪は止めておけ。お主が日本以外の土地に興味が無いことなど、ここにおる者は皆知っておるわ」

「だが、他の者はそうは思わん。聖書の勢力に追放されて復帰を果たした者、そして今からこの世界に舞い戻ろうとしている輩は特にな」

「三勢力の力が衰退し旧神が復権を始めた現状で、多神勢力の争いは避けねばならぬ。冥界と『禍の団』、そのどちらにも付け入る隙を与えたくないからな」

 ハーデスの言葉を受けて、天照大神は思考を巡らせる。

 予想外の事態で姫島慎を日本に留める事は不可能になった。

 とは言え、ただ放逐する訳にはいかない。

 そんな事をすれば、堕天使幹部である父親を初めとして縁者の多い三勢力に渡る可能性が高いからだ。

 ならば───

「お三方。我が日本に所属していたとはいえ、今や彼は世界最強の存在。その処遇を決めるのは一神話勢力だけでは荷が重いでしょう。ですので──」

 天照大神は一端言葉を切り、息をついた。

 そして、湯呑みの中身を呷って口を湿らせた後、決意に満ちた視線を三柱に向ける。

「サミットを開きましょう」  




 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 はい、またやってしまいました。
 いや、ホントは負けようと思ってたんですよ?
 けど、状況的に敗北=死にしてしまいましたし、止めるにしてもガチモードのオーフィスに対抗できる手勢がいない。
 はい、せめて緊急脱出の技能でもつけていればよかったですね(目反らし
 さて、風呂敷を広げてしまったモノは仕方ない。
 こうなれば、原作片手に最後まで突っ走るのみです。
 あと、そろそろ感想の返事が書けそうです。
 順次お返しするので、もう少しお待ちください。
 
 それでは今回の用語集です。
〉玄武金剛弾(出典 スーパーロボット大戦OG)
 シャドウミラー隊所属の特機(スーパーロボット)ソウルゲインの武装の一つ。
 玄武剛弾というロケットパンチ系の武器で、並行世界におけるキョウスケ・ナンブとの戦闘で失った右腕を修復する際に強化改造したもの。
 通常の玄武剛弾と比べて射程・威力ともに桁違いであり、アインストの集団を一網打尽にした。
 元はアニメオリジナルであるが、後にゲームの方にも逆輸入された。

〉舞朱雀(出典 スーパーロボット大戦OG)
 シャドウミラー隊所属の特機(スーパーロボット)ソウルゲインの武装の一つ。
 高速移動による残像を残しながら、聳弧角(特殊流体金属で造られた両肘のブレード)で斬り刻む武装。

〉麒麟(出典 スーパーロボット大戦OG)
 シャドウミラー隊所属の特機(スーパーロボット)ソウルゲインの必殺技にして、ソウルゲイン、そしてアクセルの代名詞。
 「コード麒麟」の掛け声で機体の制動リミッターを解除し、残像さえ残る程の速度で連続打撃を加え、締めに肘部ブレードで両断する。
 今回、慎が使った『麒麟』はアニメ「ジ・インスペクター」の一話で並行世界のキョウスケに大ダメージを負わせた、肘のブレードによる斬り上げのみの一撃必殺バージョンである。

〉ゆで理論(出典 キン肉マン ゆでたまご作品)
 画家・ゆでたまごの作品『キン肉マン』シリーズで登場する理論。
 現実的な科学法則を無視したかのような、自由で独特の発想のこと。
 見ていて突っ込む気力も吹き飛んでしまう超理論が多数存在する。
 例)
 「モノは重いほうが早く落ちる。」
 「100万パワー×二刀流×2倍のジャンプ×3倍の回転で1200万パワー。」
 「マグネットパワーで電流を固体に固めることができる。」
 「犬は『I』の字を骨だと思ってしまう。」
 ニュートン力学など物理法則の基礎の基礎から完全に外れた法則だが、これも超人パワーの成せる業なのだろう。

 今回はここまでです。また、次回にお会いしましょう。

(蛇足)各キャラクターの容姿(作者執筆時のイメージモデル)

 姫島慎  黒髪赤眼のロック・ハワード。
 姫島美朱 幼い姫島朱乃+『WORKING!!』の種島ぽぷら
 望月晴矢 『真女神転生Ⅳファイナル』のハレルヤ
 天照大神 トワイス・ピースマンがマスター時代のキャス狐
 久延毘古 『真女神転生Ⅳ』の地霊クエビコ
 少彦名  『孔雀王退魔聖伝』の少彦名
 大口真神 『大神』のアマテラス
 甲賀三郎 『真女神転生Ⅳ』の龍神コウガサブロウ 人間形態は『女神異聞録デビルサバイバー』のジンこと神谷 詠司
 ダグザ  『真女神転生Ⅳファイナル』のダグザ
 オーディン『真女神転生デビルサマナーソウルハッカーズ』のオーディン
 ハーデス 『Fate/GO』の山の翁

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