MUGENと共に   作:アキ山

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 お待たせしました。
 16話完成です。



16話

 こんにちは、姫島慎です。

 突然ですが、わが校の1階エントランスの空気が最悪です。

 それというのも、こちらと向かい合う駒王町管理者と関係者御一行様に紛れた我が姉。

 彼女がハイライトの無い憎しみの籠もった視線を、我が祖父にむけているのが原因です。

 道行く堅気の皆さま。

 授業参観の思い出を語りながら帰宅する場面で、身内がご迷惑をかけてしまい本当に申し訳ありません。

 ハタから見れば、きっと死んだ魚のような目になっているであろう俺は、こちらを見ては距離を取る父兄の方々を見回した後で件の姉に目を向けた。

 自身の周囲が帯電するほどの魔力を洩らしながら無表情でこちらを見る朱乃姉の姿は、身内からしても正直ヤバい。

 対するこちらは祖父母共に、まったく動揺せずに姉貴の視線を受け止めている。

 爺ちゃんは俺の隣で直立不動、婆ちゃんは顔を引き()らせた美朱を後ろに庇う余裕も見せている。

 俺? 俺は懐から取り出した天狗印の胃薬を口に含んだところだ。

 こちらのリクエストに応えて、水なしで飲めるタイプの物を作ってくれた天狗様には足を向けて眠れないわ、マジで。

 しかし我ながら迂闊だった。

 爺ちゃん達の来訪にテンパってたとはいえ、サーゼクス兄達の気配を読み違えるとは。

 朱乃姉が一緒だとわかっていたら、裏口から帰ったのに……。

 いやいや、今は後悔している場合じゃない。

 なんとかしてこの修羅場を乗り切らねば。

『おい、慎! 聞こえるか、慎!!』

 無い知恵を絞り出そうと悪戦苦闘していると、脳裏に聞き覚えのある声が響いた。

『イッセー先輩か? いつの間に念話なんて覚えたんだよ』

『レーティングゲームで必要になるからって、部長に仕込まれたんだよ』

『偉そうにいうな、相棒。俺の補助が無かったらロクに発動もできんじゃないか』

『おお、ドライグ。久しぶり』

『オレの事はいいんだよ! それよりも朱乃さん、どうしたんだよ? なんかシャレにならないくらい怒ってるぞ』

『あー。家の事情だから詳しくは言えないんだけど、朱乃姉は俺の隣にいる人の事、スッゲー嫌ってんだよ』

『それって、お前の隣にいる妙にゴツいおっさんと、朱乃さんにそっくりな女の人の事だよな。もしかして、親戚なのか?』

『まあな。そんな事より朱乃姉が暴走しそうになったら止めてくれよ。この人達、日本呪術界の超VIPだから。そっちが原因で怪我でもさせたらエラい事になるぞ』

『……具体的には?』

『神様や妖怪だけじゃなく、坊さんや神主なんかの裏に関わる人間も三勢力の敵に回る』

『マジか!?』

『マジだ。この人は日本の裏を牛耳る五つの旧家の先代当主。天津神だけじゃなくて天皇家にも繋がりがあるからな』

『なんでそんな人間がここに居んだよ!?』

『俺等の授業参観に来たんだとさ。リアス姉じゃねえけど、身内の愛の重さに泣きそうだよ』

『……わかった、もしもの時はなんとかしてみる。これって部長には言っといた方がいいよな?』

『リアス姉は知ってると思うけど、一応伝えといてくれ。切実にシャレにならないんで、よろしく頼んます』

『あ……ああ』

 イッセー先輩の上ずった声を最後に念話は途絶えた。

 場の空気を読んでくれたイッセー先輩には悪いが、今の念話はアーシア先輩を除いたメンツに筒抜けだったりする。

 魔力が雀の涙なうえに操作がヘッタクソな先輩が、魔王だの五大宗家元当主だのを出し抜けるワケないんだな、これが。

 とは言え、今のやり取りも朱乃姉への牽制くらいにはなるだろう。

 気を入れ替えて魔王様御一行と対峙すると、こちらの視線にサーゼクス兄が和やかな笑みを返してくる。

「ここ最近、随分と日本側で活躍しているようじゃないか。グレモリー家や私の方にも、アガレス大公やグラシャラボラス家から苦情が来ているよ」

 まあ、全てその日の可燃ゴミになったけどね、と割とシャレにならない事を笑顔で口にするサーゼクス兄。

 俺にその話をするとか皮肉のつもりか、と勘繰りそうになったが、その前にツッコまなくてはならないことがある。

「いや、小父さんもサーゼクス兄もなんで此処にいんのよ? 今の地上がどうなってるかくらい知ってるだろ」

「ああ、リーアたんの高校最後の授業参観なんでね。その姿をしっかり記録しておこうと思ったんだ」

「テロ騒ぎの事は耳にしているが、リーアたんや君がいる街だからな。問題ないと判断したのだよ」

「……シバくぞ?」

 爽やかに笑う馬鹿親子の言葉に、つい舌が滑ってしまった。

 あと、親子揃って『リーアたん』言うな。

 後ろで本人が泣きそうになってるから。

 ていうか、なんでこんなに危機意識薄いんだ、この人達は。

 クソッ、また胃がキュウキュウ軋み始めた。

 ……かなり効果が強い薬を貰ってるのに、なんか日に日に薬の効きが悪くなってる気がするぞ。

 そういえば、前に薬を補充しに行った時に天狗様から『しばらく休め』って言われたっけ。

「冗談だよ。本当は今度の会談の会場になる学園を視察に来たんだ。リーアの公開授業はそのついでさ」

 真顔になってしまったせいか、苦笑いを浮かべて言葉を返すサーゼクス兄。

「マジで勘弁してくれよ。それより、ここに来てることを高天原は知ってるのか?」

「いや。お忍びだから、近しい者しか知らないよ」

 シレッと返ってきたサーゼクス兄の答えに、俺は思わず腹に手を当てた。

 ヤバい。

 痛み方が捻るから刺す感じに変わった。

 慌てて薬を口に入れて噛み砕いて嚥下するが、痛みは一向に治まらない。

「あのなぁ……サーゼクス兄も小父さんも『禍の団』からすれば一級のテロ対象なんだぞ。それが事前連絡も護衛も無しで他国に足を踏み入れるなんて、テロ活動幇助(ほうじょ)って思われても文句言えないんだぞ……」

「いや、彼等も日本を攻めたりはしないだろう。そんな事をすれば、多神勢力から袋叩きに遭うだけだろうし」

「……もう日本はテロの標的になってるだろうが。聖剣事件の事、忘れたのか」

 あと、袋叩きになる時は三勢力も一緒くただ、と付け足してサーゼクス兄達の反論を潰す。

 怒鳴りつけてやりたいところだが、口から出るのは絞り出すような声だけ。

 押さえた手から周りに感づかれないように聖母の微笑の力を送るものの、病気とは相性が悪いらしく効果は気休め程度だ。

 なんとか呼吸を整えて氣を練り、内功に昇華させて鎮痛剤代わりにする。

 濤羅(タオロー)師兄から教わった内功での応急処置のお陰で何とか痛みはマシになった。

 さすがは『紫電掌』で負った内傷の手当に使うだけがある。

「とにかく、用が済んだのなら帰ってくれ。今の状況でサーゼクス兄達を狙ったテロなんて起きたら最悪日本と戦争になる。そうなったら矢面に立つのは俺なんだぞ。サーゼクス兄や小父さんは、俺とリアス姉達に殺し合いをさせたいのかよ?」

 畳みかけるようにキツい言葉を吐いた俺は、押し黙る二人に大きく息をついた。

 むこうは保護者二人やリアス姉はもちろん、イッセー先輩やアーシア先輩、さらには付き添いのグレイフィア姉さんまで顔色を失っている。

 つうか、なんでこういう事まで考えが至らないのかね。

 さて、場はいい感じにお通夜状態である。

 普段ならもう少しオブラートに包んだ話し方をする俺がここまで言ったのは、この空気を欲したからだ。

 いくら今の朱乃姉でも、これでは爺ちゃん達と揉める事はできまい。

 後のフォローを思うと色々頭が痛いが、今はこの場を穏便に乗り切る方を優先しよう。

「行こうぜ、爺ちゃん。例の件について話を詰めるんだろ?」

 静観していた爺ちゃん達を促して、俺達は魔王の一団の横を通り過ぎようとする。

 今までの話をガン無視して爺ちゃんを睨んでいる朱乃姉が不安だが、ここまで来たら押し通すしかない。

 正直なところ、こっちもいっぱいいっぱいなのだ。

 この状態で爺ちゃんと朱乃姉で揉められたら胃が保たない。

「────待ちなさい」

 祈るような気持ちで進み後列の美朱と婆ちゃんが一団を通り過ぎた瞬間、地を這うような低い女の声が俺達を呼び止めた。

 背後から聞こえる勢いの増したスパーク音に振り向くと、ハイライトの消えた眼で貼り付けたような笑みを浮かべる朱乃姉がいた。

「その子達を何処に連れて行こうというの? 姫島の走狗が」

 ……姉上ぇぇぇっ!?

 ここでそう来るか、あんたぁ!!

 今の雰囲気、どう考えても身内の話なんて出来る状態じゃなかっただろ!?

 いつもはニコニコ笑いながら空気を読むのに、今日に限ってエアリーディング能力、どこに捨ててきたんだ!?

 あんたも半分は日本人なんだから、しっかりその辺の空気は読んでくれよぉッ!!

「走狗とはご挨拶よな。これでも元当主なんじゃが」

 若くなった分貫禄が落ちたか? と顎髭を(さす)る爺ちゃんの余裕の態度がカンに障ったのか、朱乃姉の顔から笑顔が消えた。

「下らない事を言ってないで、質問に答えなさい」

「この街の番所じゃよ。此奴とは詰めねばならぬ仕事の話があるでな」

 憎悪を剥き出しにこちらを睨む朱乃姉に、飄々と答える爺ちゃん。

 その余裕と貫禄の差は、一目で役者が違う事を感じさせる。

「戯れ言を。どうせお前達にとって『忌み子』であるその子達を殺す気なんでしょう」

「戯言はそっちじゃ、阿呆。なぜ儂が可愛い孫を殺さねばならん。それに此奴は天津神の覚えめでたい日本神話の次世代のエース。手に掛ければ姫島が潰されるわ」 

 心底呆れたように返した爺ちゃんの答えに、むこうの高校生組は驚愕の表情を浮かべる。

 あれ、もしかして本当に祖父だって気づかなかったのか?

 俺は何回か『爺ちゃん』って呼んでたはずなんだが。  

「孫、ですって?」

「そうじゃ。お前達の母、朱璃は儂等の娘よ」

「貴女とは『初めまして』になるわね、朱乃。私は姫島綾乃。貴女の祖母です」

「儂は姫島牙凰。お前の祖父じゃ」

 美朱から手を放して爺ちゃんの隣で上品に頭を下げる婆ちゃんと、仁王立ちのままの爺ちゃん。

 二人の自己紹介に朱乃姉は唖然とした表情を浮かべる。

 お袋そっくりの婆ちゃんを見て姫島の縁者とアタリを付けていたようだが、さすがに祖父母とは思わなかったのだろう。

「お二人共随分若く見えますが、今の話本当なんですか?」

「なに、数年前にとある事情で飲んだ霊薬の影響で若返ってな。それから歳を取らなくなってしまったのよ」

 カラカラと笑う爺ちゃんに戸惑うリアス姉。そんな彼女に声を掛けたのは、ジオティクス小父さんだ。

「彼の話は本当だよ、リーア。数年前、姫島家に朱乃君達への不干渉の約束を取り付ける為に会った時と、容姿が変わっていない」

「ふん、あの時は心底呆れたぞ。冥界の公爵ともあろう者が、あのような下らん話を持ってきおったのだからな」

「下らない、か。私は本気だったのだがね」

「だからこそじゃ。公爵よ、仮にお主が受ける側に立ったとして先の約定を飲んだかね?」

「……なるほど。確かに飲めんな」

 爺ちゃんの返しに顎に手を当てながら呻く小父さん。

 というか、小父さんはそんな話を姫島に振っていたのか。

「さて、あちらも納得したようだし行くとするか。例の件まで日は無いからの」

「いや、朱乃姉がほったらかしじゃねえか」

「今のあ奴は相手にするだけ時間の無駄じゃ。あのように憎しみに曇った目では、何を説いたところで意味は無かろう」

 無言で(うつむ)く朱乃姉を一瞥して、踵を返す爺ちゃん。

 次の瞬間、背後で魔力が膨れ上がり、俺達の進路を塞ぐように紫電が通り過ぎた。

「行かせないわ」

 振り返るとそこには一団の先頭に立ち、帯電した右手を爺ちゃんに向けた朱乃姉の姿。

 朱乃姉が雷撃を放つ様を見たのだろう、周りから聞こえるざわめきに一気に血の気が引いた。

「美朱──!!」

「うん!」

 こちらの意図を察した美朱が張った認識阻害の結界のお陰で、ざわめきや視線は感じなくなった。

 しかし、どう誤魔化せばいいんだ、これ。

 ロビーにいた人数は百は下らなかったはずだ。

 記憶操作とかで対処できる数じゃないぞ。

 余計(こじ)れると思って口出ししなかったけど、もうそんな呑気な事は言ってられない。

「落ち着け、朱乃姉。 爺ちゃんに俺達をどうこうする気はねえよ」

 爺ちゃん達を庇うような形で向かい合うと、朱乃姉の眉が益々つり上がる。

 逆効果になるのはわかっていたが、間違っても二人に攻撃を通すわけにはいかん。

 特に婆ちゃんは非戦闘員だから、軽い雷撃でも命取りになりかねない。

「そこを退きなさい」

「断る。朱乃姉、取り敢えず深呼吸でもして頭に上った血を下げろ。テンパって周りが見えてないから」

「あなたこそ正気なの? そいつ等は母様を殺め、私達の命をつけ狙っていた奴等の元締めなのよ」

 憎々しげに言葉を吐く朱乃姉に思わず舌打ちが漏れる。

 こう言うとアレだが、俺にとってはお袋の件はもう過去の事なのだ。

 もちろん忘れたわけじゃない。

 悼みもするし墓参りにも行く。

 命日になれば、仏壇を前に法事だってするさ。

 しかし、あの事件が起きてもう十年だ。

 眼前の姉のように『坊主憎けりゃ袈裟まで憎し』と言わんばかりに、姫島の縁者を憎み続けるなんて出来やしない。

 ん、もしかして俺って薄情な奴なのか?

 …………いやいや、そんな事はない。

 朱乃姉が憎み続けているのは、事件の背景を知らないからだ。

 姫島側にあの事件にかかわった者がもういないと知れば、俺と同じく踏ん切りがつく……はずだ。

 きっと、たぶん、メイビー。

「それは違うぜ、朱乃姉。爺ちゃん達はあの件に関わってねえ」

 自身の知らない内面が見えそうになり内心戦々恐々としたが、気を取り直して朱乃姉の説得に当たることにする。

「何を証拠にそう言うのかしら? まさか、そいつ等の言葉を鵜呑みにしてるのではないわよね」

「生憎とそっちの言う通りなんだよ、これがな。物証なんかなんもない。こっちが見せられたのは、爺ちゃん達の証言だけだ」

 肩を(すく)めてみせる俺に、朱乃姉の視線がさらに鋭さを増す。

「話にならないわね」

「そう言わずに最後まで聞けよ。この話には『ただし』が付くんだぜ」

「……なら、その『ただし』の後は何が続くのかしら?」

「当然、後に続くのは証言が確固たる真実の証明になる話だ。『ただし』俺達が爺ちゃんにその話を聞いたのは、冥府にある閻魔王の間。そして十王様の前でだぜ」

 こちらの放った切り札に、イッセー先輩とアーシア先輩を除くむこうの面子は息を飲んだ。

 よしよし。なんちゃって巫女の朱乃姉も、あの方たちの事は知っていたらしいな。

 お袋に神道のイロハを習っておいて知りませんなんて言おうものなら、『ドM巫女モドキ』の称号を与えているところだ。

「あの、お話のところすみません。その十王様と言うのはなんなのでしょうか?」

 話が止まった隙を突いておずおずと手を上げるアーシア先輩。

 まあ、一神教徒の先輩が知らんのは当たり前か。後ろで頭の上にハテナマークを浮かべてるイッセー先輩の為にもレクチャーしてやろう。

「十王様は冥府でアジア地域を担当している死者の功罪を裁く十柱の神様だよ。アーシア先輩も閻魔大王様の名前は聞いたことくらいあるだろ?」

「はい。仏教の神様ですよね?」

「本来はインド神話に所属していた『ヤマ』っていう冥界の王だったらしい。十王様って一括りに呼んでるけど、正確には秦広王(しんこうおう)初江王(しょこうおう)宋帝王(そうていおう)五官王(ごかんおう)閻魔王(えんまおう)変成王(へんせいおう)泰山王(たいざんおう)平等王(びょうどうおう)都市王(としおう)五道転輪王(ごどうてんりんおう)の十柱の神様がいる。彼の方たちは順番通りに十の裁判を開いて死んだ者達の功罪を裁いていく。その際に堕ちるべき地獄や転生先を決めていくんだ。イッセー先輩、遺族が亡くなった人の為に初七日(しょなのか)四十九日(しじゅうくにち)に法要を行うのは何でか知ってるか?」

「いや……。というか、その初七日とか四十九日の意味も分かんねえ」

「初七日や四十九日っていうのは故人が亡くなってからの日数を指す。他にも百か日や一周忌、三周忌ってのもあるけどな。日本で故人が亡くなった後に何度も法要が行われるのは、冥府で行われる裁判の時期に合わせて、十王様に対して嘆願を行って死者の罪を軽減させるためなのさ」

「へー、ただの風習と思ってたぜ。いや、そういう事知ってるところはさすが神主って感じだな」

「一応神職の看板を背負ってるんだから、この位はな。因みにこういう法要は追善供養(ついぜんくよう)っていうんだけどな、この時の遺族の態度も閻魔王様の裁きの際には個人の功罪の証拠になるんだとさ」

「ご遺族の態度、ですか?」

「遺された者の態度から故人がどの程度慕われていたか、なんていうのも功罪の基準の一つになるんだろうな。さて、話を戻すか。朱乃姉、俺と美朱が爺ちゃん達からさっきの話を聞いたのは、黄泉路の伊邪那美(いざなみ)様の許可を得て降りた、冥府にある閻魔王様の裁きの間でだ。さらに言えば、そこにあった浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)でもそれが事実だと確認している。これでもまだ爺ちゃん達を憎むのか?」

 俺の言葉に黙り込む朱乃姉。

 因みに浄玻璃鏡というのは、閻魔王様が亡者を裁く際に善悪の見きわめに使用する鏡だ。

 これには亡者の生前の一挙手一投足が映し出されるため、いかなる隠し事もできない。

 さらに、これで映し出されるのは亡者自身の人生だけじゃない。

 その人生が他人にどんな影響を及ぼしたか、またその者のことを他人がどんな風に考えていたか、といったことまでがわかるらしい。

 まあ、あの時は天照様の口利きで、特別にお袋の事件と爺ちゃんの証言の真実を確認しただけだが。

 思えば、俺達が爺ちゃんを信用し始めたのはこの件を切っ掛けだったな。

 ガキ二匹の信用を得るためにここまでされては、さすがにこっちだって意固地ではいられない。

「……なら、誰が母様を殺し、私達を狙ったというの?」

「姫島朱凰。二代前の姫島家当主であり、爺ちゃんの実弟だった男だ」

「その男は?」

「儂が殺した」

 俺達のやり取りを無言で見ていた爺ちゃんが発した、鋼を思わせる硬質な言葉に朱乃姉は息を飲む。

 前に出て朱乃姉に相対する爺ちゃんに、俺は無言で場所を譲る。

 あの時、閻魔様の宮殿で俺達は件の場面を見る事はなかった。

 当時の状況を克明に映しだしていた浄玻璃鏡も、その時だけはまるで電源が切れたテレビのように暗闇を湛えていただけだった。

 爺ちゃん達は全てを伝える覚悟を固めていたのだろうが、あれはきっと身内の肉親殺しを見せまいとする閻魔王様の配慮だったのだろう。

「元当主として姫島家の長男として、それが不適切である事は自覚しておった。非は堕天使に心を奪われ家を捨てた娘にあり、一門の秘を守る為ならば討たれるのもやむを得ん事もな。じゃがな、親として娘を、そして孫を殺める指示を出した彼奴を許すことができんかった。それがたとえ血を分けた実の兄弟であったとしても」

 真っ直ぐに朱乃姉を見据えながら当時の心境を口にする爺ちゃん。

 思えば、この件では爺ちゃん達も被害者だ。

 袂を分かったとはいえ理不尽に娘を奪われたその痛みは、俺達がお袋の死の際に感じたものに勝るとも劣らないだろう。

「…………」

 真摯に語り掛ける爺ちゃんの言葉に少しずつ顔を俯かせる朱乃姉。

 前髪に隠れてその表情をうかがい知ることはできない。

「虚け者と嘲笑ってもかまわんよ。じゃが、儂等はあの子を愛している。そして、その忘れ形見であったお前達もな」

 自身の胸の内を語り終え、爺ちゃんが口を閉ざす。

 誰もが言葉を告げられないまま、結界内を一時の沈黙が支配する。

 そんな中、口を開いたのは朱乃姉だった。

「嘘よ……」

 ポツリと零れ出た呟きと共に上げた顔に張り付いた般若の相に、爺ちゃんの表情がほんの少しだけ曇る。

「そんなはずがない! 私達を襲った奴等は母様を憎んでいた、蔑んでいた! 家を捨てた愚か者、堕天使に身体を許した売女だと!! それが今になって母様を愛していたなど……ふざけるなっ!!」

 堰を切る様に溢れ出す憎悪に塗れた言葉。

 それが朱乃姉自身に言い聞かせるような響きを持つように聞こえたのは、俺の気のせいだろうか。

「いい加減にしろよ、朱乃姉───」

「うるさいっ!! 信じられるものですか! あの地獄を見せた奴等なんて!!」

 朱乃姉が上げた血を吐くような叫びに、俺は思わず口に含んでいた言葉を飲み込んだ。

「腹を裂かれた貴方! 狂ったように泣き叫ぶ美朱! 血に染まって動かなくなった母様!! そんな私達を『淫売』や『雑種』と嘲った男達!!! あんな仕打ちを受けたのに、何故あなた達はそいつ等の言葉を信じられるの!?」

「……ッ」

 目に涙を溜めて激情のままに吐き出す言葉を前に、俺は返す言葉を持たなかった。

 あの時、真っ先に返り討ちにあった俺は、朱乃姉の口にする光景を見ていない。

 それが俺と朱乃姉のお袋に対する想いの差なのだろうか。

 ……いやいや、ちょっと待て。

 それなら美朱はどうなる。

 あいつだってモロにあの光景を見てるはずなのだ。

 なのに、普通にこっち側にいるじゃないか。

 これはあれか? 転生関係の弊害である精神年齢の差って奴なのか。

 ……ハッ!?

 いかんいかん。あんまりな事態に現実逃避していた。

 兎に角、このままで良いわけがない。

 俺の考えている日本に悪魔や堕天使の受け皿を作る計画は、姫島家の援助が無くては成立しないのだ。

 なんとかしないと、計画が上手くいっても朱乃姉の居場所がなくなっちまう。

「もうよい。これ以上、何を言っても彼奴には馬の耳に念仏じゃわい。放っておけ」

 尚も言葉を重ねようとする俺の肩に手を置いた爺ちゃんは、そのまま肩を抱くようにして俺をこの場から引き離そうとする。

 その足元を再び雷撃が跳ねる。

「その子達は連れて行かせないと言ったわ」

(うつ)けが。そうやってまた、お前は自分の都合で慎や美朱を振り回すつもりか?」

「……なんですって?」

「自身が堕天使を嫌うが故に幼き時から父親との接触を断ち、さらには神社に住みたいという我儘の為に年端のいかない内からの労働を強いる。お前は考えた事があるのか? 公爵の保護下にあったとはいえ、異なる種族に囲まれたこの子達の心細さを。そして学校に通う同輩達が遊びや部活を楽しむのを尻目に、厳しい神職の修行と勉学を両立させねばならなかった苦労が」

「それは……」

 爺ちゃんの指摘に朱乃姉は先ほどの勢いを失って言い淀む。

「今回の事もじゃ。美朱は兎も角として、慎は己の行くべき道を決めた。この国の裏に通じて生きる以上、五大宗家に関わらぬ事はできん。お前が今やっておる事は慎の将来を潰す事と同じぞ」

「だからお前達に任せろと? 冗談じゃないわ! 百歩譲ってお前達の言う通りだとしても、他の者は私達を疎んじているはずよ」

「そ奴らが慎を殺すと? 阿呆が、こ奴がそんな木っ端共に殺られるタマか」

 それだけで人が殺せそうな視線を向ける朱乃姉の懸念を、爺ちゃんは鼻で笑い飛ばす。

「そもそもお前の心配自体が的外れよ。姫島はおろか、五大宗家全てを見てもこ奴より強者はおらぬ。儂を含めたすべての当主が束になってかかってもこ奴には勝てん。そんな者をどうやって殺すというのじゃ」

 ……なんつうか、身も蓋も無いな。

 というか、ここでもこういう扱いかよ。

「言われてみれば、確かに……」

 おい、納得すんな朱乃姉。

「それに、婆さんは戦えんのじゃ。もしお前の言う通りならわざわざ連れてくるわけがなかろう」

「……」

 爺ちゃんの言葉に朱乃姉は答えを返さない。

 しかし、渦巻いていた魔力が収まっていくところをみると、こちらに危害を加える気はなくなったらしい。

「うむ、そちらも気が済んだようじゃな。ならば儂らは行かせてもらうぞ」

 ようやく胃の痛くなる時間が終わったらしい。

 両肩に圧し掛かるような疲労感を感じながら安堵の溜息を吐いた俺は、爺ちゃん達に最後尾に付いて出口に向かう。

 とにかくここを離れよう。

 これ以上の身内の騒動は本気でご免だ。

 未だにシクシクと痛む胃の辺りを抑える俺の足がロビーの入り口に差し掛かった時、爺ちゃんが夕日を背にして振り返った。

「朱乃よ、朱璃の事を悼むなとは言わぬ。じゃがそれに囚われて己が可能性を狭めるような事はするな。朱璃もお前の今の在り方を望んではいないはずじゃぞ」

 爺ちゃんが告げた言葉の返しは、天井を突き抜けて降り立つ魔力を帯びた落雷だった。

 舞い上がる粉塵がはれた先には、全身に紫電を纏い能面のような無表情でこちらを見据える朱乃姉の姿。

 爺ちゃんめ、最後の最後で地雷を踏み抜きやがった……ッ!

「お前たちが……ッ! その口であの人の事を語るなぁっ!!」

 ライザー氏とのレーティングゲームで放ったのと同じ全力の雷撃は、紫電の蛇を形作りながらこちらへと飛翔する。

 宙を這う奴の狙いは、非戦闘員である婆ちゃん。

 寸でのところで婆ちゃんと身体の位置を入れ替える事は出来たが、代わりに大きく顎を開いた雷蛇の牙を受けることになった。

 紫電に戻った蛇が全身を覆い、全身をチクチクと刺すような感覚が襲う。

 例えるなら、電気風呂に入っているようなビリビリ感か。

 攻撃のエフェクトに対してダメージがとってもショボいとか言うな。

 断っておくが、朱乃姉の攻撃は見かけ倒しだったわけじゃないぞ。

 この程度で済んだのは、親父の血による雷撃耐性と単純な実力差故だ。

 並の悪魔ならあっと言う間に消し炭になっている。

 こちらが身を挺して守ると思っていなかったのか、呆然としている朱乃姉に歩み寄った俺はその頬に向けて手を上げた。

 結界内に響くパンッという軽い打撃音。

 打たれて赤くなった頬を押さえながら俯いた朱乃姉の姿に、叩いた手と胸に痛みが走る。

 クソッ、殴られた方より殴った手の方が痛いってのは本当だったんだな。

「慎……どうして」

「あ──」

 俺に殴られた事にショックを受けているのか、酷く傷ついた表情を浮かべる朱乃姉に声を掛けようとした瞬間、腹の中でブチリという音が鳴った気がした。

 拙いと思うよりも早く喉をせり上がった鉄サビ臭いそれは、止める間もなく言葉の代わりに口からこぼれ落ちる。

「え……?」

 こちらの襟元と大理石の床を点々と染める赤いシミ。

 理解が追いついていない朱乃姉の惚けた声を尻目に、俺は腹部を襲う激痛に身体をくの字に折った。

 クソッたれ……ッ!?

 この場面で泣きを入れるとか、根性がないぞ我が胃袋よ。

 内心で毒づきながら経絡に意識を集中したところ、穴が空いたのは胃の下側であることがわかった。

 詰まりそうになる息をゆっくりと吐きながら、内容物が漏れないように身体操作で胃袋を異常収縮させて一時的に穴を塞ぎ、同時に腹に当てた手から聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)の波動を送って損傷箇所の治癒を行う。

 シャレにならないくらい痛いが、ここは我慢だ。

 胃の中のモノが漏れ出したら急性腹膜炎を併発する可能性がある。

 この身体がそんな事で死ぬとは思えないが、(かか)れば入院は確実。

 今の時期にそれは非常に拙い。

「慎、大丈夫か!?」

「慎!?」

「もしかして、今の電撃でケガしたの!?」

 こちらに駆けよってくる爺ちゃん達。

 顔を上げると美朱の発言で蒼白になった朱乃姉が見えた。

 これはフォローしとかないと、新しいトラウマになりかねん。

「違う……ストレスで…胃に穴が空いただけ……。今…治療してるから……」

 爺ちゃんに支えられながらなんとか返答を返す。

 虫が鳴くようなか細い声しか出ないのが、我ながら情けない。

 朱乃姉に聞こえていればいいのだが。

「それはいかん!? 婆さん、伊勢谷に連絡じゃ! 慎を病院に連れていくぞ!!」

「はい!」

「こっちも結界を外すね!」

 事態について行けていないグレモリー一行をそのままに、あっという間に撤収を始める我が身内。

 いや、放っといたらダメな事あるだろ。

 朱乃姉のことや雷撃を見た堅気の衆とか。

 あと、天井ブチ抜いた落雷の人的被害の有無等々も。

「よいか慎よ。管理者というのは、任された場で起こった問題の責任を背負う為にある。そして、この地でその任に就くのはあそこにいるグレモリーだ。後はわかるな?」

 このジジイ、面倒事を全部リアス姉に丸投げする気だ。

 普段は管理なんて認めてないような発言してるくせに、なんてダーティな……!

「憶えておくがいい。人の上に立つコツはな、味方には実入りの多い簡単な仕事を回し、敵対する者には益の少ない厄介事を押し付けることよ」

 これが海千山千の老怪が(ひし)めく五大宗家を統べた男の手腕……ッッ!?

 汚い! ジジイ、汚い!!

「普段はお前に厄ネタを押し付けて、学生生活を謳歌しておるんじゃ。偶には仕事をしてもらわんとな」

 それ偏見! リアス姉、日常業務はちゃんとやってるから!!

 背負われた俺のツッコミにニヤリと笑みを返す爺ちゃん。

 つうか、足速いな!

 あの無駄に広い校庭の半分まで来てるんだけど。

「気にすんなよ、朱乃姉! 俺の怪我は胃炎が原因だからな! さっきの電撃なんて、電気風呂程度しか効いてないし!!」

 猛烈な勢いで遠ざかるロビーに、俺は今出せる限りの声を放った。

 ……あ、やべ。また血が出てきた。

 

 

 

 

 初夏の日も半ば沈んだ午後七時。

 日中の陽射しの残滓が蒸し暑さとなって色濃く残る道を、俺はトボトボと歩いていた。

 仕事の話は病院で済ませたので爺ちゃん達は引き上げたし、一人になりたい気分だったので美朱は先に帰らせた。

 しかし一人になってみると、さっきの騒ぎでの自身の至らなさが頭の中をグルグル回って気分は最悪。

 テンションはだだ下がりである。

 あの後、市内で一番大きい病院に連れて行かれた俺は、MRIから検便、採血に胃カメラまで色々な検査をたらい回しにされるハメになった。

 その結果は重度の心因性胃潰瘍。

 聖母の微笑で塞いだ穴も見つけられた為に、即入院するように言われた。

 とはいえ、こちらも『はい、そうですか』とはいかない。

 少なくとも三勢力の会談が無事に終わるまでは、呑気に病院のベッドで寝てられないのだ。

 因みに、現在の俺の胃は胃壁を覆っているはずの繊毛が全て胃液で溶けてツルツルの状態らしい。

 潰瘍の他になんか小さな腫瘍も幾つか出来てるらしく、このまま悪化すれば胃ガンになるかもしれないそうだ。

 ……俺、まだ十五だよね?

 この歳からガンのリスクと戦わねばならんとか、どんだけ人生ハードなのか。

 いやまあ、胃が無くなったくらいでは死なないのはわかってるので、いざとなればガンができた胃を捨てて、聖母の微笑で新しい胃を造ればなんとかなるのだが。

 それに朱乃姉とのこともある。

 というか、何故あのタイミングで吐血したのか、俺。

 あれではただ朱乃姉を叩いただけで、意味不明ではないか。

 しかも吐血オチとか、締まらないにもほどがある。

 まったく、橘右京か俺は……。

 ああ、こんなザマでどのツラ下げて家に帰ればいいんだよ。

 ふと立ち寄った公園のベンチに腰掛けて、俺は頭を抱え込む。

 …………いかんいかん。

 また考えが悪い方向に行ってる。

 医者もストレスは大敵だと言ってたじゃないか。

 とはいえ、朱乃姉にも困ったものだ。

 昔の事を何時まで引きずって────

 いや、これに関しては俺が薄情なのかもしれない。

 目の前で親が殺されたんだ、朱乃姉の態度こそが普通なのかもな。

 今まで家族第一でできる限りの事をしてきたつもりだったんだが、本当に朱乃姉達の事が見えてるのか、自信が無くなってきた。

「……なんか、疲れたなぁ」

 ため息と共に黒く染まった空を見上げようとして、俺は漸く辺りに漂う霧に気がついた。

 今日の天気は雲一つ無い見事な夏日だった。

 空気中の水分が夜気に冷やされて靄へと戻る明け方ならともかく、日が落ちたばかりのこの時間に視界を覆うような濃霧など普通はありえない。

 ───どうやら、自分で思っていた以上に腑抜けていたらしい。

 ベンチから立ち上がり周囲を探ると、こちらに近づいてくる三つの気配がある。

 二つは人間、もう一つは恐らく龍。

 この異常なまでの氣のデカさからして、さぞかし名のある龍神なのだろうが……この気配、どうも気に入らない。

 別に毒や不浄を撒き散らしているわけではないし、逆に聖氣や神氣を纏っているわけでもない。

 なんと言うか、生理的に受け付けない。

 気配を感じるだけで虫酸が走るのだ。

「この『絶霧(ディメンション・ロスト)』の結界内で正確に俺達の気配を探し当てるとは、さすがと言っておこうか『第三』殿」

 パラパラとしたショボい拍手と共に霧の中から現れたのは、二人の男と一人の少女だった。

 男二人は人間、龍の気配がするのはあの少女だ。

 ということは、あのナリも擬態の可能性が高いな。

「まずは自己紹介といこう。俺は曹操、魏王『曹猛徳』の子孫だ。隣にいるのがメフィストフェレスを使役したファウスト博士の子孫であるゲオルク・ファウスト。そして彼女がオーフィス。君も聞いたことくらいあるだろう、世界最強と言われる『無限の龍神』だ」

 ドヤ顔で語りだす神氣を宿した槍を持ち漢服を肩に掛けた男。

 ……あれがオーフィスねぇ。

 膝まで伸びた黒髪に下着無しで前が全開なゴスロリ衣装を着るイカレたガキに目を向けると、むこうも敵意剥き出しな視線をこちらに放ってくる。

 どうやら、異様な嫌悪感を感じているのはこちらだけでは無いようだ。

「それで、偉人の子孫様が俺に何の用だ? 先祖の自慢話をするためにこの大層な結界を張ったわけじゃないよな」

「随分とせっかちなんだな。まあいい、本題──「我の手下になれ。断れば殺す」」

 芝居がかった曹操の言葉に、割り込む形で要求を突きつけるオーフィス。

 なるほど、シンプルかつ分かりやすい。

 なら、返答もシンプルな方が良いだろう。

「断る」

「死ね」

 こちらが口を開いた時には、拳を振り上げた状態でオーフィスが懐に飛び込んでいた。

 間髪入れずに奮われる、寸毫の容赦もない世界最強の拳。

 余波だけで周りの物を容易く吹き飛ばすそれは、十字に交錯させた俺の腕に阻まれた。

 防がれると思っていなかったのか、僅かに目を見開いたオーフィスの刹那の隙を突いた俺は、こちらの腕に食い込んだ拳を捕ると同時に掌を相手の顎に当てて、後頭部から地面に叩きつける。

 確かな手応えと共に、叩きつけられた頭を中心にすり鉢状に陥没する地面。

 しかしオーフィスはダメージなど無いと言わんばかりに、こちらの拘束を逃れて空中で二度三度とトンボを切りながら間合いを取る。

 腕に残るビリビリとした力の残滓と吹き荒れる殺気に、口元がつり上がるのが分かった。

 先程の拳の威力は『きゅうきょくキマイラ』の突進と同等。

 奇しくも『狂』ランクはオーフィス並、というランク基準を証明する形になったようだ。

 まあ、あの化け物のようなインチキスキルは持ってはいないだろうが。

「おい、ファウストとやら。この結界は完璧なのか?」

「は……?」

「内側からの衝撃で破れたりしないのかって聞いてるんだよ」

「あ、ああ。この結界は『絶霧』の能力を最大限に活用している。誰であろうと破ることは出来ないはずだ」

 オーフィスの殺気に当てられた所為で少々滑舌が怪しいながらも、太鼓判を押すファウスト。

「それを聞いて──」

 しっかりと言質を取った俺は、潜心力を一気に全開にして地を蹴った。

 全力の踏み込みは数十メートルあったオーフィスとの距離を一瞬で殺す。

「──安心した」

 そして先ほどの返礼に放った右拳はオーフィスの腹部を捉え、たっぷりと氣を撃ち込みながら奴を霧のむこうへと吹き飛ばす。

「感謝するぜ、お前等」

「な……なに?」

「面倒事だらけでムシャクシャしてたところだったんだ。……おかげで何もかも忘れて大暴れできる!!」

 霧の中から現れたオーフィスを視界に捉えながら、俺の身体を界王拳特有の紅い氣勢が覆う。

 その倍率は現在の限界である10倍、ついにナメック星の悟空に追いついた。

 このひと月、地獄のようなスケジュールの中でもめげずに鍛錬を続けた甲斐があったというモノだ。 

「『絶霧』の結界が軋むだと!? な……なんだこの力は!?」

「ゲオルク! 奴は無限に目覚めたばかりの未熟者じゃなかったのか!?」

 氣勢の余波で揺れる地面の上でうろたえながら這いつくばる英雄の子孫とは違い、オーフィスはこちらを見据えたまま微動だにしない。

 しかし、その赤い目はさきほどとは違い瞳孔が縦に割れた爬虫類の物になっており、身体に纏う氣も一段階上の物になっている。

「さて、やろうかクソ蛇。命を懸けた力比べをよぉ!!」

「殺す……!!」

 蹴り足で粉砕した土煙を巻き上げながら迫るオーフィス、それを迎え撃つために俺もまた地面を蹴った。




 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 リアルで忙しい為に感想への返しが滞っていますが、全て読ませていただいてます。
 必ずお返しするので、もう少し時間をください。
 さて、やってしまった対オーフィス。
 結果いかんでは今後の話が大きく変わってしまう為、悩みどころだったりします。
 まあ、書くこと自体は楽しいんですけどね。
 遅筆さがひどくなっているので、次の話は今月中に仕上がる様に頑張ります。
 
 さて、今回の用語です。

〉十王(出典 仏教 道教)
 十王とは、道教や仏教で、地獄において亡者の審判を行う10尊の、いわゆる裁判官的な尊格である。
 人間を初めとするすべての衆生は、よほどの善人やよほどの悪人でない限り没後に中陰と呼ばれる存在となり、初七日 - 七七日(四十九日)及び百か日、一周忌、三回忌に順次十王の裁きを受けることとなるという信仰である。
 日本において、死後に何度も故人の追善供養を行うのは、その都度十王に対して嘆願を行って死者の罪を軽減させるためである。
 閻魔王以外の知名度が低いため、「十王信仰=閻魔信仰」とされる場合もある。
 元々はインド発祥の仏教の他界観を起源とし、それが中国に伝来した際に道教などと習合して行き、晩唐の頃に『十王信仰』として成立したとされる。

 今回はここまでにさせていただきます。
 また次回でお会いしましょう。

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