閑話をこれで終わらせようしてたら、二話分4万字を書いてました。
結果、一話を二つに分けることになりました。
我ながらアホすぎます。
……これも全部ギースって奴の仕業なんだ。
イッセー先輩達と合流してから約2時間。
ようやく、俺達は目的地である研究施設に辿り着く事ができた。
しかし、まさか下水道を通った地下にあるとは思わなかった。
まあ、秘密研究所のお約束と言えばお約束だが、マジで造るなんて真似はアザゼルのおっちゃんでもやらんぞ。
……いや、あの厨二病ならいつかやらかすかもしれんが。
ともかく、フェイト嬢が道を憶えていてくれて、本当に助かった。
イッセー先輩は『逃げるのに必死でわかんねえ』とか言ってたし。
さて、警察署跡から地下に降りて下水道に入ったわけだが、その道行の間もクリーチャー達はワラワラと出てきた。
ゾンビやハンター、犬ゾンビといったバイオ定番のモンスターはもちろん、海外クリエーターが生み出した『貞子』こと『ELLA』に、世界的に有名なTRPGを題材にしたカプコンのベルトスクロールアクション『ダンジョンズ&ドラゴンズ』から一つ目の怪物『ビホルダー』、さらにはドラゴンボールのサイバイマンまで現れた。
もうバイオやTウイルス関係なくね? というツッコミはご法度なのだろう。
ともかく、サイバイマンと出会った時には本当に肝が冷えた。
むこうが臨戦態勢に入る前に、『真空投げ』→『サンダーブレイク』→『
また、ゾンビやハンター等の雑魚戦に限ってだが、ミリキャスとアーシア先輩が意外な活躍を見せた。
ミリキャスはいつの間に仕込まれたのか、滅びの魔力を使って『虎煌拳』や『飛燕疾風脚』
まあ、処刑シスター的な勇姿にイッセー先輩がドン引きしていたのは、武士の情けとして伏せておいたが。
あと、サイラオーグの兄貴は後日グレモリー家の家族会議に参加するように。
主に謝罪的な意味で。
それから、ビホルダーはこちらの一存で朱乃姉とリアス姉に相手してもらった。
魔眼による魔法無効化能力を持つビホルダーは魔法使いスタイルの二人にとって相性最悪で、当然のごとく大苦戦。
リアス姉は何度もこちらに援護を求めていたが、俺はサイラオーグの兄貴と共に他の面子からの
リアス姉は魔法戦のオールラウンダーが本来のスタイルなのに、滅びの魔力への誇りと信頼が依存に近い形になってしまっている為、攻撃に傾倒する癖がある。
そして朱乃姉は例のトラウマに加えて、なまじ魔力操作に長けているために小手先の技に走って親父から受け継いだ光力を封印したままだ。
今までならそれでも良かったが、三勢力を取り巻くきな臭い現状に加えて俺が離脱する事を思えば、ヘタをしても命に関わらないこの機会に悪癖を矯正するべきだと思ったのだ。
そうやって心を鬼にした甲斐もあり、戦闘はリアス姉が普段使おうとしなかった補助魔法での援護を行い、朱乃姉も魔法による雷撃ではなく俺達と同じ雷光を使った事で見事勝利した。
戦闘後、二人から詰め寄られたがこちらの考えを述べたうえで二人の戦闘スタイルの欠点を指摘してやると、苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
特に朱乃姉は雷光を使った事がよっぽど腹に据えかねていたのか、ピリピリとした雰囲気を出していたがフォローはしなかった。
親父に対する複雑な気持ちはわかるが、あれからもう十年である。
いい加減、トラウマの一つくらい自分で折り合いを付けてもらわないと困る。
俺や美朱だって、いつまでも一緒にいるわけではないのだ。
少しずつでも、俺達に甘え続ける現状は見直してもらわねば。
おっと、ウチの家庭事情を考えてる場合じゃなかったな、話を戻そう。
化け物達を切り抜けて漸く入った下水道の中も、お約束通り怪生物の巣窟だった。
下水道と言えば定番の住人である、蝙蝠が『悪魔城ドラキュラ』のジャイアントバット、ゴキブリが『テラフォーマー』に、そして雑草類は『バトルサーキット』の『エイリアン・グリーン』になっていた。
……地上でも思ったのだが、
あと、エイリアン・グリーンは、容姿はアレでも正義の味方ですよ?
ともかく、次々に立ちはだかるそんな難敵達も、俺と愉快な仲間達の手によっておもしろおかしく打倒された。
その過程でイッセー先輩が禁手化したにも関わらず、エイリアン・グリーンの『ハイパーボッ!』でKOされたり、ラスプーチンのおっさんがテラフォーマーを薔薇の花園に引きずり込んで喰っちまうなど、
知ってるか? テラフォーマーは掘られると甲高く『じょぉぉぉぉぉじ』と鳴くんだぜ。
……すまない、自分で言ってて気持ち悪くなった。
話を戻そう。
度重なるグロい生物の襲撃に、フェイト嬢を除く女性陣の消耗は激しく、研究所の区画に侵入した途端に彼女たちはへたり込んでしまった。
敵地に身を置く現状でこの態度は
「いったん、ここで小休止だ。男衆は女性陣が復活するまで、周囲の警戒を怠るなよ」
「今サーチャーで確認してるけど、この辺には怪物はいないみたいだよ」
そう答えを返してきたのは、男衆に紛れて立っているフェイト嬢だ。
その姿は出会った時とは違い、黒のレオタード風のスーツに白いスカート、レオタードと同色のブーツにマント、とコスプレチックな衣装になっている。
そしてその手に持つのは、用途によって変形する
フェイト嬢
普通、こういった特殊な出生が絡む話は重いモノなんだが、本人はまるで気にしていないらしく世間話のように軽い調子で言われた為に、こちらも簡単に受け入れてしまった。
因みに、この話の際にリアス姉が『ウチの子にならない?』と眷属に勧誘していたので、チョップで止めておいた。
まったく、犬猫みたいに人間を飼おうとしおって、この駄姉は。
眷属になるって事は、レーティングゲームの選手になるのと同義だってわからんのか。
閑話休題。
フェイト嬢に頼んでバルディッシュ・セカンド、略してバル2に映像を出してもらうと、壁のいたる所にバケツでぶちまけた様な血糊が付着した廊下には、動く影は無かった。
安堵する一方で、物足りなさが心の端を掠める。
……なんというか、今回のツアーは随分と温いのだ。
敵とのエンカウント率も低いし、出てくるのも大半は十把一絡げの雑魚ばかり。
出会った闘士も、軒並みCランクと前回に比べたらやはり物足りない。
といっても、今回はメンバーがメンバーなので難易度が低いのはありがたいのだが。
どうせ参加するのなら歯ごたえを求めてしまうのは、武術家の性という奴だろう。
事前に将軍様とやりあったのにまだ足りないのか、だって?
将軍様は……あれだ。
歯ごたえあり過ぎて歯が折れたって感じだから。
もっとも、この手の流れでは不満に思っていると、とんでもない化け物が出るのがお約束だ。
ここは油断しないように気を引き締めるべきだろう。
時間にして十分ほどの小休止も終わり、ある程度女性陣も復活したのでフェイト嬢の案内で研究所内を進む。
辺りは相変わらず静かで、邪魔をする化け物の姿も無い。
……一つ訂正しよう。
正確には通路の中にはいない、だ。
拍子抜けするほどに順調な道程にみんなの警戒が薄れ始める中、俺は天井を視線を向け続けていた。
「気付いているようだな」
「当たり前だろ。奴さん、殺気隠す気ゼロじゃないか」
「まったくだ。餓えた獣でももう少し工夫するぜ」
サイラオーグの兄貴へ返す言葉に、バロールが呆れた顔を隠さずに頷く。
視界の端では朱乃姉と美朱、フェイト嬢も臨戦態勢で天井を睨んでいる。
「どうしたの、みんな。時間はまだあるけど、のんびりしてるとタイムアップに間に合わ───」
先行していたリアス姉が、足を止めた俺達に注意しようとしたその瞬間、こちらを向く彼女の背後の天井が崩れ落ちた。
残骸から立ち上る土煙の中に見える影は一つ。
ゆっくりとした足取りで現れたのは、巨大な口と背に蝙蝠の羽を持つ寸詰まりの赤紫色をした獣だった。
「あら、かわいい」
朱乃姉の間の抜けた感想とは裏腹に、俺は自身の血の気が一気に下がっていくのを感じた。
「きゅ……、きゅうきょくキマイラ」
「■■■■■■!!」
思わず出た声に応えるような咆哮によって、周囲と奴の頭に陣取っているヒヨコがグラグラと揺れる。
……ヤバい、あれはヤバすぎる!?
「みんな、逃げるぞ!!」
「え、なに? あれってそんなにヤバ───ぐえっ!?」
「言ってる場合か! あれに噛まれたら即死するんだよ!!」
状況が飲み込めていないリアス姉の襟首を引っ掴んで踵を返すのと同時に、きゅうきょくキマイラの前に黒い煙が立ち上る。
見れば、ミリキャスを抱えて前を走る美朱の手に以前使った事のある煙幕玉が握られている。
「ナイス、美朱!」
「当然! こんなところで十連ガシャをダメにされる訳にはいかないもんね!」
イッセー先輩がアーシア先輩を、サイラオーグの兄貴がフェイト嬢を担いで来た道を全力で走る。
高速で流れる無機質な廊下の中、背後から聞こえた破砕音に目をやると、天井を突き破って落ちてきたのであろう、円柱状のカプセルのようなものが床に生えていた。
白煙と共に中から現れたのは、右手の異常発達した爪と剥き出しの肥大化した心臓が特徴の
バイオ1のラスボス、タイラントだ。
視線に気付いたのか、はたまたただの偶然か。
白く濁った目でこちらを睨みながら、
しかし、その叫びは長くは続かなかった。
こちらを追って通路を曲がったキマイラが、タイラントに迫っていたからだ。
キマイラの気配に気付いたタイラントは、猛スピードで突撃してくる赤紫の影に向けて巨大なかぎ爪を繰り出す。
瞬間、タイラントは粉砕された身体を残骸ごと壁に叩きつけられ、一面を彩る紅い染みになった。
言うまでもないが即死である。
「い……ッ、いやあああああっ!?」
「……ッッ!? 冗談じゃねえ!!」
脇に抱えたリアス姉の悲鳴をバックに、
最悪だ、あれはシャレにならない。
タイラントを一撃で葬った攻撃力が、じゃない。
そっちははじめから解っている。
俺が脅威に感じているのは、激突の瞬間にこの目に映った光景だ。
あの時、確かにタイラントの爪はキマイラの顔面の中心を捉えていたのだ。
しかし、追いかけて来るキマイラには傷一つ見当たらない。
激突の瞬間から今まで目を離していないのに、治癒や回復の痕跡すらもだ。
あれはバリアーや超回復なんて、チャチな能力じゃない。
あの光景を引き起こしたのが俺の考え通りなら、特定条件以外では奴を倒す術は無いことになる。
「うわわっ! ミンチより酷い!?」
「そんな……無茶苦茶ですわ」
「むうっ! あれはいけませんな。彼奴は
「おっさん! いきなり服の
「いけませんかな? おみ足は教祖の顔の一つ、綺麗にするのは当然でしょう。それとも、兵藤殿は私のたなびくキューティクルなスネ毛を見たかったとでも?」
「んなわけあるか!? おっさんみたいなムサい男にスネ毛がないのが、納得いかねえんだよ!!」
「おお、何たる理不尽か!? 主よ、これも私に対する試練なのでしょうか」
「ぐわあぁ!? なんでこんなおっさんの祈りでダメージが!!」
「イッセー、馬鹿言ってる場合じゃないよ! 早く走らないと!!」
「フェイト嬢の言うとおりだ、真面目にやれ!!」
「「サーセン」」」
馬鹿と変態が下げた頭の上を、イッセー先輩の腕の中から脱したフェイト嬢の放った黄色の魔力弾が通り過ぎていく。
というか、あの二人仲いいな。
話が逸れた。
小さく帯電した魔力弾の数は四つ、各々が複雑な軌道を描いてキマイラに襲いかかるが、ただの一発も命中する事無く廊下を穿ってその姿を消した。
「外した!? 対誘導用のジャミングでもあるの?」
『
「フェイト嬢、考えるのは後だ。牽制が通じないのなら、スピードで引き剥がすしかない」
動揺しそうになっていたフェイト嬢は、サイラオーグの兄貴に促されて魔力飛行で先頭に躍り出る。
フェイト嬢の牽制のおかげで確信が持てた。
奴の能力はやはり
ならば、なおの事やり合うわけにはいかない。
とは言え、このまま闇雲に逃げ続けても事態は好転しない。
こちらの判断で勝手のわからない研究所内を進んでは、最悪道に迷って追いつかれる可能性もある。
ここは『餅は餅屋』で行くべきだろう。
「フェイト嬢! 君が言っていた脱出ルートはどこにある!?」
「この通りを真っ直ぐ行って突き当たりを左! 大きな扉の向こう側に物資輸送用の貨物列車があるから、その線路を辿れば街の外に出られるはずだよ!!」
先頭を行くフェイト嬢の答えに、俺達の足はさらなる加速を見せる。
言われる前に先導してくれていたとは、機転の利く娘さんである。
「それで奴を留めるような物はあるのか?」
「入り口に特殊合金製の分厚い扉があるから、それなら少しは時間が稼げると思う。扉のパスコードはバルディッシュが知ってるよ」
『
フェイト嬢が確認するかのようにバルⅡを
苦み走った中々に渋い声である。
そうこうしている内に長い直線も終わりを告げ、突き当たりのT字路を、フェイト嬢を先頭に前を走る面々は次々に左に曲がっていく。
朱乃姉が足を滑らせて、派手に転倒してしまったのだ。
「朱乃!?」
「大丈夫か、朱乃姉!?」
「大丈夫よ。それより急ぎ───痛ッ!?」
足を止めてしまった俺達の前で朱乃姉は慌てて立とうとするが、足首と肩を押さえて
「曲がろうとして足を
触診と氣の流れから朱乃姉の症状を調べて、出そうになった舌打ちを慌てて止める。
重度の怪我ではないので
……これは仕方ないか。
「リアス姉。俺が時間を稼ぐから、先行したみんなと協力して朱乃姉を連れて行ってくれ」
立ち上がり踵を返すと、背後から二人の息を飲む気配が伝わる。
「時間を稼ぐって……あんな化け物相手にどうするつもりなの!? あなたも見たでしょ! 噛まれた者がぐちゃぐちゃのミンチになるのを!?」
「そうよ! 私が走れば、貴方は朱乃を担いで逃げられるじゃない!!」
「見ろよ、奴はすぐそこまできてる。今から逃げても全員仲良くミンチになるのがオチだ」
「でも、触れるだけでやられるのに──」
「偉いの人はいいました、『当たらなければどうという事はない!!』ってな。俺の接近戦の腕前は知ってるだろ。本気になったら、あんな獣に髪の毛一本触れさせねえよ」
それだけ言い残して俺は床を蹴った。舞空術で来た道を戻る中、こちらへの悲鳴とも怒声ともつかない声が、風の音と共に耳を掠める。
少々強引だが、あの二人を説得している時間はないからな。
出るときにチラリと戻って来るイッセー先輩の姿も見えたし、向こうは任せておけば大丈夫だろう。
……問題はこいつだ。
二人から200メートルほど距離を取った場所で、俺は前方に見える赤紫の影を睨みつける。
朱乃姉達にはああ言ったが、タイラントを葬った際の加速を思うと躱し続けるのは相当キツい。
距離を詰められる前に何とか出来ればいいのだが……。
俺は猛スピードでこちらに近づいてくるキマイラに、衝撃波を放つ。
空気を裂いて襲いかかったそれは、キマイラの身体を擦り抜けて背後の床を大きく抉るに終わる。
……やはり駄目か。
俺はその結果に小さく舌打ちを漏らす。
MUGENにおいて『きゅうきょくキマイラ』が凶クラスに位置づけられている要因は二つ。
一つは一部の特殊性能を除く、大半のキャラクターを一撃で葬る攻撃力。
もう一つは攻撃に対する食らい判定が無いことだ。
食らい判定とは、その名の通り相手の放った攻撃を受ける事が出来る場所と認識される要素の事だ。
これに相手の放つ技に付与された攻撃判定が当たって、初めて攻撃を食らったという結果になる。
格闘ゲームによくある『全身無敵』とは、技の始動や攻撃判定発生時に食らい判定が一時的に消失する事を指す。
『昇龍拳』に代表される無敵対空技が一方的に相手に打ち勝つのは、食らい判定が消失している間に自身の技を相手に撃ち込んでいるからである。
さて眼前のキマイラだが、奴にはその食らい判定が無い。
それは即ち無敵という意味だ。
辺り一面をくまなく
放つ先から全て擦り抜けてしまうのだから。
そんな相手を前にして、深く息を吐きながら俺は構えをとる。
いつもの半身の構えではなく、足を肩幅に広げて全身の余分な力を抜き、腕は体側に沿わせて自然体に立つ。
ギース・ハワードが好んで使っていた『無形の構え』だ。
こちらを敵と認識したのか、追撃の足を止めると俺を睨みながら牙を剥き出しにするキマイラ。
さて、ここからは賭けだ。
奴の能力がMUGENと同じならば、今から打つ手は通用するだろう。
そうでなければ、マズそうなミンチが一つ増えることになる。
一つ……、二つ……。
呼吸が三つ目を数えようとした瞬間、キマイラの強靱な四肢が床を蹴った。
砲弾もかくやと言わんばかりに突っ込んでくるその様には思わず舌を巻くが、気圧されている場合じゃない。
俺は体側に垂らしていた腕をゆっくりと前に構える。
躱しはしない。
後ろに抜けられれば狙われるのは朱乃姉達だ。
そうさせないために、俺はここで身体を張っているのだから。
風を切りながら迫るキマイラは、空中で大きくその顎を開いた。
唾液で滑り光るこちらの上半分を容易く飲み込みそうな口には、鋭利な牙がビッシリと生えている。
気の弱い者なら卒倒するであろう光景を睨みつけながら、細く長い調息と共に氣を周天させる。
九所封じを食らった背中も経絡もようやく癒え始め、氣の流れに問題はない。
あとは、運と腕次第だ。
そして接触の瞬間、トラックに突っ込まれたされたような衝撃に身体が後方に押し出されるのに耐えると、赤紫の獣は構えた手の寸前で宙に浮いたままピタリとその動きを止めていた。
鋭く息を吐き出しながら顔の前に出していた手を左右に旋回させると、抵抗などまるで感じる事も無くキマイラの身体は回転。
「シィッッ!!」
「ギャブゥッ!?」
無防備にこちらへと晒した腹を双掌で撃ち抜くと、短い悲鳴と共にキマイラは後方に弾け飛んだ。
数メートルを飛んで床に叩き付けられたキマイラの姿を見ながら、俺は手に残っている氣勢の残滓を振り払いつつ残心をとる。
両の掌から放つ氣勢によって相手の攻撃を
その術理は通常の流派とは一線を画しており、大南流の使い手が『
また、ギースの使う『当て身投げ』の原型でもある。
『当て身投げ』の錬度を上げていく間にイメージとして頭の中にあった技で、実戦で使うのは初めてだったのだが上手くいった。
「ドルルルルルルルッ!!」
立ち上がり、唸り声と共に四肢に力を漲らせるキマイラの姿に、技の成功で高揚していた気を引き締める。
命がけの賭けに勝ったとはいえ、ここが死地である事は変わりないのだ。
「■■■■■■■■■■■■ッッ!!」
耳をつんざく咆哮と共にキマイラの身体が消える。
初手を返された事で通路全体を使った三次元機動で攻める手に出たのだろう、床や壁面、天井の建材が次々と見えない影によって陥没していく。
知性があるのかはたまた本能のなせる業か、解ってはいたがつくづくマトモな生物じゃない。
これだけ動きながらもこちらの視界に影すら捉えさせないスピードには素直に感服しよう。
だがしかし───
頭上から感じる刺すような殺気に合わせて上げた手は、衝撃で床を陥没させながらも奴を氣勢の網に捕らえた。
そのまま身を引きつつ腕を振り下ろすと、残った奴自身の勢いもプラスして顔面から床に突き刺さる。
破壊した床の破片を撒き散らしながら顔を引き抜くキマイラを見据えながら、俺は再び氣を練り上げる。
野生そのままに殺気を垂れ流していては、俺の眼は逃れられても五感全てを振り切る事は出来ない。
「
こちらを睨むキマイラに手招きと共に挑発を行うと、狙い通りに牙を剝き出しにして襲い掛かってくる。
動きが単調になった奴を『竜巻捕縛』に捕らえて、再び掌打で弾き飛ばす。
構えを直して氣を練ろうとして、全身が汗でぐっしょりと濡れていることに気付いた。
……正直に言ってこれは相当にキツい。
一手合わせる毎に、ロシアンルーレットで自分のコメカミに突き付けた銃の引き金を引いているような気分になる。
一瞬でもタイミングがズレればこっちが死体になるのだから、こう感じるのも間違ってはいないだろう。
さっきの挑発だって余裕があってやったんじゃない、少しでも奴の動きをこちらでコントロール抑えるための苦肉の策だ。
まあ、使ったセリフが若ギースなのは、その場のノリという奴だが。
とはいえ、こんな様では長くはもたない。あいつらはまだなのか?
背後に意識を向けると二人の他にイッセー先輩や美朱の気配も増えていて、退避を始めたところだった。
これならば、あと一回捌けばなんとかなるだろう。
そう思って息を付いたその瞬間、奴は今までにない速度の踏み込みで一瞬でこちらの眼前にまで迫っていた。
「~~~~ッッ!?」
驚きの声を上げるのも惜しいと出した腕は寸でのところで奴を氣勢の網に捕らえるが、先程とは違って奴は空中に囚われながらも、こちらの網を食い破ろうと顎を噛み合わせながら身を捩っている。
まずい! マズイ! 拙い!!
疲れと安心で気が緩んだところを狙われた!
ギリギリで喰われるのは避けられたが、氣の練りが半端すぎてこのままでは奴を捕らえきれない。
ここで抜けられたら間違いなくこちらは詰む!
氣勢の一部が弾かれて奴の前足が上がるのが視界に入った瞬間、俺は決断した。
「界王拳ッ!!」
口から出た叫びと共に視界が一瞬深紅に染まり、無茶な氣の運用で全身を軋むような痛みが襲うが、その代償に氣勢が一気に上がる。
「■■■■■■■■■■■■ッ!?」
前足の爪でこちらの顔をそぎ落とそうとしていたところを再び拘束されたキマイラから、怒りとも苦鳴ともつかない叫びが木霊する。
至近距離で大音量を浴びせられた所為で耳を激痛が襲うが、それには構わずに俺は右掌で奴を弾き飛ばした。
そして舞空術の最高速度で廊下を戻りながら、通り抜ける通路の天井にむけて衝撃波を連続で放つ。
界王拳で増幅された衝撃波は天井の建材に次々とクレーターを造り、半壊した天井からは一気に黒い土が流れ込んでくる。
俺がリアス姉達と別れたT字路についた時には、背後の通路は七割までが土砂に満たされていた。
その光景に気が抜けた俺は、思わず壁に背を預けて座り込んでしまう。
……いや、キツかった。
最後、隙を突かれた時は本気でミンチを覚悟したからな。
あの時、周囲の光景がスローに見えたのは多分走馬灯に代表される『死に際の集中力』って奴なんだろうな。
あの化け物相手に時間稼ぎなんて、我ながらよくやったもんだ。
さて、キマイラとやり合う前に奴の能力について語ったのを憶えているだろうか。
『食らい判定』だの『無敵』だのと、さんざ並べ立てたにも拘らず結果的に簡単に捌けたわけだが、休憩がてらにその辺の事を説明しておこう。
奴の能力を知った時、俺は『特定条件以外では倒せない』と言った。
その特定条件と言うのは『神』ランクの持つ『即死当身』、キマイラと同じく食らい判定を持たない元論外キャラ『オメガ・トム・ハンクス』を倒す事ができる『OTHキラー』、そして『当て身投げ』だ。
前に上げた二つは『神』ランクのキャラしか所持していない、MUGENでは相手を構成するデータを書き換えるという反則技(無限の闘争で再現されれば、おそらく因果律操作になるだろう)だ。
当然、俺にはそんな愉快な機能は無いので使ったのは馴染み深い『当て身投げ』だ。
MUGENでキマイラを当て身投げで倒せる理由だが、詳しく説明するとキャラクター構成の話になるのでその辺は省略する。
要点だけ言うと、『当て身投げ』は打撃を捕った瞬間に相手の動きをロックし、特殊な処理で相手にダメージ判定を付与することが出来るということだ。
それ故に瞬間的に『食らい判定』が消失する無敵対空技を取った際も、問題なく相手を投げる事ができるわけである。
それはキマイラにも当てはまる現象の為、通常キャラが奴にダメージを与えられる数少ない手になっている。
もっとも、これはゲームのMUGENの話で、この世界で適応されるという確証はなかったのだが。
命がけの賭けと言っていたのは、そういう理由からだ。
なんにせよ、ミンチにならずに済んだのだから、過ぎた事を話すのはここまでにしよう。
うん。もう二度としないぞ、こんなこと。
◆
あの後、扉を潜った俺を待っていたのは、同行者全員からお説教だった。
全員が口を揃えて『無茶すんな』『命大事に』と言って来たので、こちらも黙って頷いておく。
『あの状況で『命大事に』してたら全員ミンチだった』なんて内心思わなくも無いが、その辺は言わぬが花だろう。
さて、ようやく街からの脱出口である、貨物列車用プラットフォームに足を踏み入れたわけだが、随分とスッキリした場所だった。
あるのは貨物用コンテナから連結を外された先頭車両のみで、荷物や輸送用リフトなどは見当たらない。
「随分と寂しい所ね。駒王にあるウチの駅とは大違いだわ」
辺りを見回しながら呟くリアス姉。
因みにリアス姉の言う駅とは、駒王町の地下深くに建設された、グレモリー家のプライベート駅の事だ。
駒王町と冥界のグレモリー領の世界間を、列車で往復運行を行っている。
夏休みなどの長期休暇の里帰りには良く利用しているものだ。
まあ、あの駅もリアス姉の任期が終わると同時に解体するんですけどね。
「フェイト嬢、ここはいつもこうなのか?」
「私が前に入った時は大人の人達がいっぱいいたし、小さな車も荷物を運んでたよ。研究所に怪物が出るようになってからは来てないから解らないけど……」
この中に血痕や死体が無いことや列車が使われてないところを見ると、ここが脱出に使われた可能性が低いことはすぐにわかる。
研究所がウイルス漏洩の最前線になった事を考えれば、生きてここまで来れた人間はいなかったのだろう。
そしてゾンビになってうろついていたところを、キマイラに狩られた、と。
「ここで話し合っていても仕方がないだろう。まずは列車を調べてみないか?」
サイラオーグの兄貴の提案によって、列車に乗り込む一同。
列車は随分と古い型らしく、木と鉄で組まれた車内はどこも年期が入っている。
操縦席と機関室しかないという硬派なデザインが幸いしてか、車内に化け物の姿はなかったが、同時に動力源の大型バッテリーも抜かれていた。
周辺を探そうという案も出たのだが、面子の中に機械に強い者がいない事もあり、トンネル内を飛んで脱出する事に落ち着いた。
方針も定まり、先頭のリアス姉が列車から降りようとすると、
「皆さん、注意なさい! 邪悪なる者の気配がします!!」
車内に入ってから沈黙を守り続けていたラスプーチンのおっさんから厳しい声が飛んだ。
同時に列車の周囲から強烈な妖気が吹き出し、みるみる内に周りを被っていく。
舌打ちと共に素早く九字を切って簡易の浄化結界を張ると、こちらの結界の上にもう一層結界が現れる。
「いやはや見事な手腕ですな。格闘専門の方かと思っていましたが、私の目もまだまだのようです」
床に積もった埃で描いた陣の上で、ラスプーチンのおっさんはにこやかに笑いかけてくる。
一見すれば変態の親父だが、術に関しては図抜けている。
「リアス、無事か?」
「ありがとう、サイラオーグ。助かったわ」
出口付近にいたリアス姉は
結界の中から荒れ狂う妖気の状態を
「お、おい! この列車、動き始めてるぞ!」
イッセー先輩の声で覗き窓に目をやると、薄紫色のモヤに被われて外の様子はほとんど見えないが、景色が流れているのは分かった。
『この列車の次の行き先は魔次元、魔次元です』
ひび割れた声のアナウンスに合わせて、列車はさらに加速する。
外の妖気が薄くなったのを感じて機関室の扉を蹴り開けると、一変した光景が飛び込んでくる。
周囲を覆うモヤに遮られた淡い光の中を走る、車体に巨大な口と目を付けた列車。
その操縦席には車掌の制服をきた髑髏が、パイプを咥えながら機器をいじくり回している。
この光景には見覚えがある。
確か、カプコンの格闘ゲーム『ヴァンパイア・セイヴァー』に登場するステージの一つだったはずだ。
ということは、ここに現れる敵も『ヴァンパイア』に因んだキャラかもしれない。
強大な力を有する真祖の吸血鬼『デミトリ・マキシモフ』か、それとも冥王『ジェダ・ドーマ』か。
もしかしたら、サキュバスの女王である『モリガン・アーンスランド』かもしれない。
もし、モリガンならイッセー先輩に注意が必要だ。
と言っても、誘惑されてアーシア先輩の持つシメサバ丸でnice boatされない様に、だが。
さすがに身内間の刃傷沙汰は勘弁である。
そんな愚にもつかない事を考えていると目の前に魔法陣が展開され、立ち昇る光の中には何者かの影が現れる。
光と共に消えた魔法陣の代わりにいたのは、古びた法衣を纏った骸骨だった。
「ここまでの道程、実にご苦労だった冒険者諸君。私の名はディモス、君達の旅の最後の障害である」
ローブのフードを貫いて側頭部から左右に生える角に、右手には先端に髑髏の意匠が施された杖。
左手には強大な魔力が込められた水晶を持つディモスと名乗った不死者は、慇懃無礼ながらもどこかユーモアのある口調で言葉を紡ぐ。
『ディモス』
俺の記憶が確かならば、ベルトスクロールアクション『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の一作目『タワーオブドゥーム』のラスボスだったはずだ。
奴の種族であるリッチは、生前魔法使いだったものが不死とさらなる魔力を求めるために人間をやめた上級アンデッドで、魔法で死を超越したが故に「不死の王」とも呼ばれる。
「あんたが今回のラスボスでいいのか?」
「正確に言えば、代理という奴だな」
「代理?」
「うむ。本来、この立場を任された者が『興が冷めた』と降りてしまってな。急きょ代打として私が呼ばれたのだ」
興が冷めた、とはまた
しかし、今回の内容がその元ボスのお眼鏡に適わなかったのなら仕方がない。
「いや、その辺は関係ない。事情を聞いたら、彼女は『女に興味のない朴念仁と、私の裸体を覗くだけで満足しているヘタレの相手は嫌』などと拗ねていたからな」
「「「ブッフォ!?」」」
「あのおっぱいシスターがラスボスだったのかよっ!? というか、ゴメンね! 覗きで満足して!!」
どこか言い辛そうなディモスの言葉に、頭を抱えて崩れ落ちるイッセー先輩。
「なあ、もしかして朴念仁って俺等のことか?」
「む……、別に女性に興味が無いわけではないのだがな。今は修行に手一杯なだけで」
「だよなぁ」
不当な評価にサイラオーグの兄貴と愚痴ってしまう。
まったく失礼な話だ。
あと、横で盛大に吹いているウチの駄目姉妹と紅い浪費姫は、お仕置き決定である。
「さて、お喋りはここまで。そろそろ我が本分を果たすとしよう」
先ほどまでの緩い雰囲気を投げだして、膨大な魔力を
負けじとこちらも氣を練り始めると、ディモスは間違いを指摘するように水晶を持つ手の人差し指を左右に軽く振る。
「張り切っているところ申し訳ないが、君とそっちの極限流の彼。君の相手は私じゃない。」
「……なに?」
「こちらの事情になるが、今回のツアーは初心者向けに調整されたものでね。私も含めて君達の様な
「その割には『きゅうきょくキマイラ』なんて凶悪なモン仕込んでたじゃねえか。初心者にあれを
「その辺は君達が参加した為に起きた、いわゆるサイレント修正という奴だ。おかげで、私が送り込んだアンデッドやこの街で生み出されたいい感じの怪物が、全てオジャンになってしまったよ」
やれやれ、と言わんばかりにため息をつく動作をするディモス。
さっきから思っていたのだが、このアンデッドは随分と人間臭くユーモラスだ。
原作でもこんな性格だったろうか?
「じゃあ、俺達の相手は誰なんだ?」
「そう慌てる必要はない、先方も到着したようだ」
ディモスの言葉と共に、モヤのむこうから床を裂いて襲い来る蒼い衝撃波と燈色の氣弾。
俺とサイラオーグの兄貴が、それぞれブロッキングとジャストディフェンスで弾くと、俺の前には派手な刺繍が入った白の上着と柿色の袴に身を包んだ壮年の男が、サイラオーグの兄貴の前には天狗の面を付けた空手家がいた。
おいおい。俺の方は兎も角、向こうはヤバいだろ。
あの天狗、正体がまんまだったら、サイラオーグの兄貴にとって魔王以上に雲の上の人だぞ。
「虎煌拳を使うとは、貴様……何者だ!?」
「儂は空手道の極みを求めし天狗よ。小童! 極限流の門下にあるならば、その力を見せてみるがいい!!」
豪快な
その身体から立ち昇る闘氣の大きさに、変質したはずの周囲の空間が音を立てて大きく
この馬鹿げた氣の質と量、天狗の正体はあの男に間違いなさそうだ。
「付いて来い、小童! 儂の正体を知りたくば、その拳で確かめてみよ!!」
「……ッ!? 待て!!」
被った面そのままの身軽さで車両の後部へと跳躍する天狗に兄貴は慌てて追っていく。
何というか、歳も七十超えてるってのにノリノリだな、あの爺さん。
「ふん、老いぼれが年甲斐もなく張り切りおって。見苦しい事、この上ないわ」
「あの爺さんの事は兎も角、あんたが出てくるとは思わなかったぜ、ギース・ハワード」
「何度叩き潰しても挑んでくる、貴様のしつこさには嫌気がさしたのでな、本当の意味で引導を渡してやろうと思ったのだ」
不敵な笑みを浮かべながら着ていた上着をもろ脱ぎにするギース。
その間にこちらもウエイトと重力制御装置を外しておく。
「悪いな、みんな。俺達は手伝えそうにない。あのドクロの相手は任せる」
「……強いのね、あの人」
「将軍様ほどじゃないと思うけどな。正直、勝てるかどうか分からん」
こちらの様子から
安心させてやりたいが、嘘をついても仕方ない。
「そんな顔すんなって。一日に二回負けるほど、俺は間抜けじゃねえよ」
朱乃姉の肩を叩いた後、硬い表情のみんなに笑いかけて俺は一団から離れる。
ギースと闘うとなると周囲への被害が馬鹿にならない。
みんなを巻き込まないようにしないとな。
というか、車両の後方に消えた二人はその辺を分かってるのだろうか。
戦闘の舞台になる為か、普通だった時に比べると数倍に広がった列車を機関部を挟んだ反対側に移動し、同じく付いてきたギースと対峙する。
「最後の別れはすんだか?」
「まだって言っても待ってくれないんだろ?」
「フン、相変わらずふざけた小僧だ」
言葉と共に無形の位に構えるギース、こちらもいつもの構えを取る。
「
「さぁて、そいつはどうかな……!!」
一瞬の視線の交差を交えて、地を蹴るのは互いに同じだった。
「邪影拳!!」
一瞬で間を詰めたギースは床を強く踏み込み、さらに速度を増してこちらの胴へ肩から突っ込んでくる。
腕を交差させた腕に伝わるハンマーで叩かれたような衝撃を歯を食いしばって耐えると、顔面に向けて飛んでくる蒼炎を思わせる氣を纏った掌が見えた。
ボクシングで言うところのヘッドスリップで掌を躱すと同時に腕を取り、脇固めに取ろうとする。
しかし、肘と肩の関節を極めようとした瞬間に視界が回転した。
腕を捕ったこちらの手に『当て身投げ』を仕掛けてきたか、しかし……!!
頭の上に抱えられると同時に、足を捕らえていた相手の手を引き剥がしてそのまま頭頂部に振り下ろす。
だがその蹴りも、寸前で割り込まれた相手の腕に阻まれる。
反動で襟に掛かった手を振り切った俺は、空中でトンボを切って間合いを離そうとするが、敵も然るもの。
着地の瞬間を狙った強烈な中段廻し蹴りによって、ガードは間に合ったもののこちらの体勢は大きく崩れてしまう。
「死ねぃ!」
「チィッ!?」
大きく跳びあがり、こちらの脳天にむけて蒼く光る手刀を振り下ろそうとするギース。
奴の手がこちらに届くよりも早く、手から放った氣勢の網が空中で奴を絡め取る。
「ぬぅ、これは『竜巻捕縛』……!?」
「ご名答! このまま吹っ飛んでもらうぜ!!」
「ふん、私の技から大南流に行き着いたか。だが甘い! 疾風拳!!」
捕らえたギースを地に叩きつけようとしたが、それよりも早く手刀とは逆の手から放たれた氣弾によって、逆にこちらが吹き飛ばされてしまう。
咄嗟に身を捻って急所に当たるのは避けたが、右肩に食らった所為で腕に力が入りきらない。
「『竜巻捕縛』は氣勢をもって相手の動きを封じる技、氣の流れまでは妨げる事はできん。技を使うならば、その本質を理解してからにするのだな!!」
嘲るような指摘と共に、地を這う蒼い氣弾の群れがこちらに殺到する。
『虚空烈風斬』
烈風拳を連続して放ち、相手を圧殺する超必殺技だ。
床を
「ご高説どうも、ってなぁ!!」
気合と共に放った鏡面のような氣勢に触れた瞬間、烈風拳は黄色い氣弾へと変化してギースに向かって跳ね返る。
大南流合気柔術『
『竜巻捕縛』から派生した鏡面の様な氣勢の壁を創り出し、相手の氣功波を跳ね返す高等技だ。
「……ッ!? 氣功反射の結界か!!」
驚愕の声を上げながらも、寸でのところでガードを滑り込ませるギース。
直撃はしなかったものの衝撃で大きく体勢を崩した奴に向けて間合いを詰めると、ギースは不安定な姿勢ながらも足払いを放ってくる。
しかし、それはこちらの想定内だ。
脚に籠められた触れれば骨まで砕けるであろう剛力を、割り込ませた左手が合氣の術理で受け流し、返す刀で放った右掌が奴の胸元を捉える。
「ぐぅっ!?」
うめき声を上げて身体を宙に浮かせるギースを目で捉えながら、俺はさらに氣を練り上げる。
ようやく掴んだ攻勢のチャンスなのだ、この程度で終わらせるつもりはない。
「界王拳……! レイジングストォォォォム!!」
増幅した氣で過程を無理やりすっ飛ばして放った紅い氣の嵐は、ギースを飲み込んで周囲の物諸共吹き飛ばす。
木や鉄の破片に混じって落ちてきたギースは、地面すれすれで受身を取るとすぐさま立ち上がり間合いを確保した。
「ただの猿真似と思っていたが、まさかここまで真に迫るとはな」
額から流れる血を乱暴に拭いながら、こちらを見据えるギース。
その顔に浮かぶのは怒りでも憎悪でもなく、愉悦だ。
「盗んだ技を、よくもそこまで練り上げたものだ。その
先ほどまでの苛烈な攻めが嘘のような、静かな口調による宣誓。
直後、ギースの氣勢が爆発的に膨れ上がる。
暴風を伴って立ち上る蒼い氣柱。
中心にいるギースの氣を探ると、内から湧き出る氣と外から取り込む氣がとんでもないくらい高いレベルで融合しているのがわかる。
「これが
「内外の氣功を極めたる者『真人』と称す、か……。噂には聞いていたが、実際に見る事になるとは思わなかったぜ」
「少しは学があるようだな。ならば、その力を実際に味うがいい!!」
言葉と共に、足元に蒼い闘氣の渦を纏ったギースは数メートルあった筈に間合いを一瞬で潰してきた。
先ほどとは比較にならない速度に咄嗟にガードを固めるが、その手を取られた瞬間に全身の力が抜けるのを感じた。
「しまっ───!?」
「受け取れ、まずは手付けだ……!」
手首のツボを突かれた事に気付いて弛緩しかけた身体を無理やりに動かそうとするが、それよりも速く尋常じゃない力で空中に放り投げられる。
突かれたツボの効果か、身体を動かす事はおろか気を練る事も阻害されたまま堕ちていく。
下から立ち昇る強大な氣に焦りを憶えるが、打つ手がない。
「ハァァァァァァァァァッ! 羅生モォォォォォンっ!!」
裂帛の気合と共に撃ち出された双掌が突き刺さった瞬間、腹部で何かが爆発したような衝撃と共に、俺の身体は物凄い勢いでぶっ飛んだ。
途中、硬い物に激突したり臓物のような生臭い物の中を突き抜けたりしたが、列車から落ちる事はなかったらしい。
トラックに撥ねられてもこうなならないであろう、全身を襲う痛みに耐えていると、周りが妙に騒がしい。
重い
「……よう、ヒデぇ恰好だな」
「……人の事は言えんだろう」
血塗れ傷塗れの割に、兄貴はハッキリとした声で答えを返してくる。
まあ、血の半分くらいは車輪が廻る度にビュービュー血を吹いてる魔列車のものなんだが。
「い、生きてるのか、二人とも!? アーシア、来てくれ!! このままじゃ慎達が死んじまう!?」
こちらの様子に血相を変えているのだろう、パニック寸前になったイッセー先輩の声が聞こえる。
首を巡らせれば様子が見えるのだが、今はそれすら
ギースが来るまでに、少しでも体力を回復させたいというのもあるが。
「慎、お前一体何を食らったんだ?」
「羅生門って超必殺技。そういう兄貴は?」
「覇王翔吼拳を撃ったら、同じ技で切り換えされた。あの男は何者なんだ? こっちの気弾が簡単に押し戻されたんだが」
「あの天狗はMr.カラテ。正体はタクマ・サカザキだよ」
「冗談はよせ、最高師範は齢七十を超える方だぞ。そんな歳の人間があんな氣弾を放てるわけが──」
「この世界の武術家は、歳を取れば取るほど化け物になってくんだよ。それに、その最高師範が現役復帰したって言ってたのは兄貴だろ」
「……そうだったな」
なんか凄く
タン老師や剛拳師匠にお種婆さんと、この業界のジジババは元気すぎるよな。
「あんたら、そんなズタボロの身体で平然と喋るの止めてくれ! 普通に怖えよ!? というか、慎はあの雷撃を食らってなんで平気なんだよ!?」
こちらの視界に入ってきた鎧イッセー先輩が指さす方を見ると、ディモスがやたらめったらと雷撃を撃ちまくっている。
うーむ、多分吹っ飛んでる途中で偶然射線に入ってしまったんだろうが、覚えがないなぁ。
それよりも、フェイト嬢の横にダボダボのYシャツをきた5歳くらいのミニフェイト嬢がいる事の方が、個人的に気になるんだが。
誰だ、あの子?
「……悪いな、イッセー先輩。身体中痛すぎて、食らったかどうかもわからな──ゴフッ」
「おわあぁぁぁぁっ!? 口から血がドバァッて!? 救急車、救急車ぁぁぁ!!」
今頃になってせりあがってきた血反吐が零れたのを見て、さらに錯乱するイッセー先輩。
心配してくれるのはありがたいが、こうも騒々しいのは如何なものか。
某ストライダーなら『素人めいた台詞を吐くな』と言うところだ。
「落ち着けって、先輩。強敵と戦ってるんだから、血ヘド吐くくらいフツーフツー」
「うむ、このくらいはいつもの事だな」
「今コップ一杯分くらい吐いてたじゃねえか! 全然普通じゃねーよ!! どういう神経してんだ、あんたら!?」
口を拭いながらの俺のセリフに同意する兄貴を見て、信じられないと言わんばかりに頭を抱えるイッセー先輩。
ほんとにこの業界でやっていけるのだろうか。
例のシスターの事を踏まえて、これからは『赤龍帝』じゃなくて『へたれドラゴン』とでも呼んでやるか。
右往左往するイッセー先輩に生温かい視線を送っていると、強烈な気配がこちらに向かって来るのを感じた。
……どうやらインターバルは終わりらしい。
ある程度回復した身体を起こすと、機関部の穴のむこうでギースが手招きしているのが見える。
傍らを見れば、サイラオーグの兄貴も身体を起こしてMr.カラテを見据えていた。
「とりあえず、お互い生きて帰る事を考えようか」
「そうだな」
互いに苦笑いで言葉を交わし、俺達はそれぞれの戦場へ戻る。
「追撃を掛けないなんて、優しいところがあるじゃないか」
「優しさだと? 笑わせるな。今のは強者の余裕にすぎん」
こちらの言葉を鼻で笑うギースを見据えながら、俺は再び構えを取る。
身体中にダメージは残っているが、動きを妨げるほどじゃない。
これならば十分に闘えるだろう。
「その辺はなんだっていいさ。こっちが休憩できたのには変わりないからな」
「フン……。ならば、第二ラウンドだ。立つのは弁だけではないところを見せてみろ」
「応よ! 度肝を抜いてやるぜ!」
啖呵と共に俺の身体から真紅の氣勢が立ち上る。
床を抜くほどの踏み込みで間合いを殺して放った拳は、蒼い氣が宿った相手の腕に阻まれる。
返す刀で飛んでくる掌打を防ぐものの、その圧に押されて一歩分足が後ろに下がってしまう。
「ハアアァァァァァッ!!」
「オオオォォォォォッ!!」
そこから始まる足を止めての乱打戦。
互いの繰り出す打撃は空振りは
「感心したぞ、小僧。今の私に付いてくる術を持っているとはな!!」
「……ッッ!?」
愉悦を
こちらに話をする余裕はない。
正直、氣功闘術を舐めてた。
虎の子の4倍界王拳だったのに、まさか競り負けるとは。
ナメック星でフリーザと戦った悟空も、こんな気持ちだったのだろうか。
この状況は非常に拙い。
身体能力、技量、氣の総量、全てにおいて奴の方が上。
なんとか食らい付いてはいるが、それも急激に氣勢が上がったが故に殺気の
とはいえ、最大強化の界王拳をいつまでも維持できない以上、このままでは押し潰されるだけだ。
状況を打開する為に何度か『当て身投げ』や『竜巻捕縛』を狙っているが、全て読まれてしまっている。
こちらの手数が減り押し込まれて行く中、焦りを抑えながら頭を回転させていると、不意に身体から力が抜けていく感覚を覚えた。
連戦に加えてキマイラ戦の無茶な界王拳の使い方が仇になったか、氣脈の巡りが悪くなっている。
「甘いぞ、小僧! 疾ッ!!」
界王拳維持の為、氣脈操作に集中しようとした刹那、至近距離から放たれたダブル烈風拳によって、ガードしていた両腕を大きく跳ね上げられた。
これはヤバい!?
「デッドリーレイブ!!」
氣が籠められたショルダータックルから、乱打戦のモノなど比較にならないくらいの連撃が叩き込まれる。
繰り出される打撃の回転速度に、躱す事はおろか防ぐこともできない。
こちらに出来たのは当たる瞬間に小さく動く事だけ。
「ハアアァァァァァッ!!」
胴にめり込んだ双掌からの氣功波によって吹き飛ばされた俺は、屋根と壁をぶち破って運転席に飛び込んだ。
スクラップと化した計器類に身体をめり込ませて呻いていると、巻き添えを食った骸骨車掌が頭だけで飛び跳ねながら、こちらに抗議してくる。
「……すまんね、わざとじゃないんだ」
それだけ言って計器類に身体を預けると、外から『
……あの用心深い男が、こちらの生死を確かめないとは珍しい。
それだけ、あの『デッドリーレイブ』に必殺の自信があるということか。
ギリギリで小細工を聾したとはいえ、食らった当人も生きている事が不思議なんだから、然もありなんと言うやつだが。
兎も角、貴重な休憩は無駄に為べきではない。今の内に現状を確認しよう。
こちらのコンディションは最悪の一言だ。
全身傷塗れな上に、さっきので肋と胸骨が逝った。
ゼロ距離からの氣功波を二度も受けた為に、内臓のダメージもヤバい。
氣脈の方はさっきの不調を省みて急ピッチで回復させているが、界王拳はあと一回が限界だろう。
体力も残っているのは雀の涙。
今ならリアス姉のビンタでも死ねる自信がある。
さて、ないない尽くしの散々な有様だが、実はまだ望みはあったりする。
まあ、地獄に垂らされた蜘蛛の糸ほどに心許ないものだが、死ぬほど無茶をすればこの詰みかけた盤上をひっくり返すことが出来るはずだ。
軋む身体に力を込めて計器類から脱出すると、背中に刺さっていた破片と一緒に血の雫が床を汚す。
『デッドリーレイブ……。我等が秘拳、龍虎乱舞の模倣品だったな。少しは見れるようになったではないか』
『老人は古いものに固執するから始末に負えん。私のデッドリーレイブは、貴様等のカビ臭い龍虎乱舞などすでに超越している』
『戯け。技とはな、完成してからが肝要なのだ。実戦で磨き、何度も見直し、至らぬ点は改良する。薄皮を何層も貼り重ねていくような気の遠くなるほどの努力と
ダメージと貧血でかかった頭の霧を払っていると、ギースとMr.カラテの言い争う声が聞こえてくる。
まったく、あのおっさん共はなにをしているのか。
『口の減らん爺だ。今度は貴様が死んでみるか?』
『面白い。あの未熟者の相手も飽きてきたところよ、真の龍虎乱舞を見せてやろうぞ!』
「おいおい。仲が悪いのは勝手だがよ、喧嘩ならこっちの決着を点けてからにしてくれねえか」
車掌室から現れた俺の姿を見たギースは、崩れないと思っていた
「貴様……生きていたのか」
「忘れたのか? しぶといのは俺の取り柄の一つだぜ」
ニッと笑いかけてやるとギースの顔から表情が消えた。
奴さん、デッドリーレイブで仕留められなかったのがよほど腹に据えかねているらしい。
「……貴様のゴキブリ並みの生き汚さを忘れていたわ。ならば、今度こそデッドリーレイブで叩き潰してやろう!!」
言い放つと同時に、周囲に旋風の渦を生み出しながら奴の氣が爆発的に高まる。
ありがたい。
誘うまでもなく、狙い目にしている技を使ってくれるらしい。
こっちはまともに競り合う力なんて残っていないのだ。
ここで普通に削られたら、手も足も出ないところだった。
「デッドリーレイブ!!」
全身に蒼い氣を纏って襲い来るギースの姿を見据えながら、俺は深く息を吸った。
同時にポンコツ寸前の経絡を身体に残った掛け無しの氣を巡り、叩き起こされた死にかけの身体から深紅の氣勢が立ち昇る。
界王拳の増幅率は限界を大きく上回る8倍。
事が終われば確実に身体がイカレるだろうが、その辺は
「ハアアァァァァァァァッ!!」
気合と共に放たれた左の上段突きを手首を払う事でいなし、続いて右の中段掌打、左中段蹴り、右中段掌打、左下段回し蹴りと次々に襲い来る攻撃を冷静に捌いていく。
簡単に言っているが奴の放つ打撃は、その一撃一撃が
キマイラの時に体験した『死に際の集中力』が無ければ、とても捌ききれないほどだ。
「馬鹿な……! 貴様の様な未熟者に、私の攻撃が見えているというのか!?」
「見ちゃいない。だが、感じるのさ。あんたが攻撃を放つ前に、あふれ出る殺気が軌跡になってな!」
「殺気だと……!?」
「そうだ! 普段のあんたなら隠し通したんだろうが、『真人』となって氣が膨れ上がった所為で隠匿が甘くなった! さらにデッドリーレイブはオリジナルである龍虎乱舞と同じく、氣の操作で闘争本能を刺激して限界以上の力を引き出す技! その氣の運用に殺人拳である大南流合気柔術を使用したが為に、それがさらに
「ッ!? 黙れ!!」
激昂した声と共に放たれる右の掌底アッパー、しかしそれも事前に殺気が軌道を教えてくれているので問題なく捌く。
一度目は4倍界王拳でもスピードに付いて行けなかった為に打点をずらす事で精一杯だったが、今なら対処が可能だ。
もっとも、動く度に身体の中から何かが切れる音がしたり皮膚が空気で裂けたりしてるので、そう長くはもたないだろうが。
さらに襲い来る右の中段回し蹴りを躱し、胴狙いの双掌打を下から跳ね上げると、外れた奴の掌から放たれた強烈な氣功波が上空に立ち込めたモヤを大きく切り裂いた。
「デッドリーレイブ、捌き切ったぞ!!」
「おのれぇ!?」
ギースと視線が交差する中、俺は界王拳で高めた力を両の拳に集中させる。
いくら奴でもここまでの大技を撃った後ではフォローは効かない。
詰みになった盤を覆すならここしかない!!
「おおおおおおおおおぉぉぉぉっ!
紅い氣勢が収束した右拳がギースの腹部に突き刺さり、奴の身体を大きく跳ね上げる。
「ぐぅはあぁぁぁぁっ!?」
目を見開き、血反吐を吐き出すギース。
インパクトの瞬間、折れた骨が手の甲から飛び出し、拳に激痛が走るが、意志の力で無理やりねじ伏せる。
吹き飛ばされて宙を舞いながらも、こちらを見下ろすギースの眼はまだ死んではいない。
未完成だが、単発の技では最高の威力を誇る天地神明掌でも、奴の意識を刈り取る事は出来なかった。
ならば、必ず返しが来る……!!
「Die───」
「狂雷───」
奴が頭上に上げた両手に巨大な氣の塊を造り上げると同時に、俺は残った左手に雷撃を生み出す。
奴が放つのは変形の『レイジング・デッドエンド』
あれに対抗できる技は一つだけ、それにすべてを掛ける!!
「Forever!!」
「迅撃掌!!」
天に掲げた左手を握りしめると同時に、視界が蒼に染まった。
風が荒れ狂う唸り声と落雷の轟音が耳を打ち、こちらが生み出した雷を孕んだ暴風が身体を
そうしてどのくらい時間がたったのか、風雷が止むと共に視界を覆っていた蒼の光が消えると、そこには全身傷だらけで膝を突くギースに姿があった。
砕けた右手を押さえながら睨みつけていると、ゆっくりと立ち上がったギースは天に向けて大笑すると
「See You Next Nightmare……!!」
と言葉を残して、蒼い光と共に消えさった。
「……二度と御免だ、馬鹿野郎」
ギースの残滓となった光の欠片に悪態をついた俺は、全身の力が抜けるのに任せてその場に座り込んだ。
……さすがにもう限界だ。
出せるモノは全部出し尽くした、逆さに振ったってもう鼻血も出ねぇ。
周りでみんなが闘ってなければ、仰向けにブッ倒れてるところだ。
一つ息をついて視線を車両後方に向けると、サイラオーグの兄貴とMr.カラテの闘いも終盤を迎えつつあった。
「儂の攻撃をここまで耐えるとは、タフネスと根性は及第点のようだな」
腕を組み、尊大に言い放つカラテに兄貴は荒い息を吐くだけで言葉を返す余裕はないようだ。
ほぼ無傷のカラテに対して兄貴の方は満身創痍、そうなっても仕方ないだろう。
「氣の練り、技の冴え、全てにおいて本来なら落第と言う他ないが、その根性に免じて最後の試しを用意してやろう」
「……押忍!」
……対戦だったはずが、知らない内に極限流の試験みたいになっている。
まあ、相手は最高師範なんだからこんな形になるのも仕方ないか。
あの爺さんとマジで闘ったら俺も一方的にやられそうだし。
齢七十を超えてギースと同等の氣の量とか人外にも程がある。
二十歳そこらであれに勝ったリョウ師範は、マジで化けモンである。
「試しの内容は単純じゃ。儂がこれから全力で覇王至高拳を貴様に放つ、それを覇王翔吼拳で相殺してみせよ!!」
いや、あんたの覇王至高拳は本気なら三連発じゃねーか。
兄貴はまだ単発しか撃てないのに、いくらなんでもそれは無茶だろ。
「押忍! お願いします!!」
俺の心のツッコミも虚しく、フラフラながらも出せる声量の限りで答えた兄貴に、カラテは自身の氣を練り上げていく。
氣の高まりに比例して大気が震え、放出される圧力に耐えかねた金属製の床が、カラテを中心に大きく陥没する。
……信じられねえ。一瞬とはいえ、さっきのギースの氣の量を上回りやがった。
あの爺さん、やっぱり化け物だ。
「ゆくぞ! 覇王至高拳!!」
カラテの両腕から放たれた等身大の巨大な氣弾が風を巻いて兄貴に襲いかかる。
「うおおおおっ! 覇王翔吼拳!!」
兄貴も練り上げた氣を放つが、その大きさは至高拳に比べて一回り小さい。
それでも尚押し返そうと、歯を食いしばって抗うサイラオーグの兄貴に、カラテは次弾を用意しながらも激を飛ばす。
「どうした、小童! 貴様の力はその程度か!! そんな情けない様で、貴様と同じように生まれや才によって冷遇された者達を、支え導くなど片腹痛いわ!!」
「……ッ! なぜそれを!?」
「そのような
怒声と共に放たれた二撃目によって、兄貴の膝が地に付く。
しかし、窮地にあってもその目は死んでおらず、ギラギラとその光を強めている。
……リョウ師範とユリ女史の育児をぶん投げた爺さんが言うな、というツッコミは空気を読んで控えておこう。
「……確かに、今の俺にはその力は無いのかも知れん」
兄貴の口からこぼれる諦めの言葉。しかし、それとは裏腹に膝を突いていた足は、再び地を噛み締めんとしている。
「だが、俺は諦めん! 今が無理でも己を鍛えて、必ず皆を支えうる力を手に入れてみせる!! 師範は言っていた、『極限流は己の限界を超える拳だ』と! ならば、俺も今ある限界を超えてみせる!!」
「咆えたな、小童! ならば、我が至高拳、見事退けて見せぃッ!!」
「おおっ!!」
裂帛の気合と共に萎えかけた両腕を突き出す兄貴。
その動きに後押しされるかのように、寸前まで押し込まれていた翔吼拳は二発分の至高拳をドンドン押し戻していく。
「ここまではよし! だが、最後の一押しが残っておるわ!!」
至高拳を巻き込んだまま、中間地点を超えて迫り来る翔吼拳に三発目を放とうとするカラテ。
「おおおおおおっ!!」
しかし、主の気合に勢いを増した翔吼拳は至高拳をも飲み込み、さらなる巨大な氣弾となってカラテに襲いかかる。
このタイミングでは三発目は間に合わない!!
「……! チエストォォォォォッッ!!」
身の丈を越す巨大な氣弾がその身を呑み込もうとした瞬間、『パコーン!!』という小気味よい音と共に、翔吼拳はカラテが放った神速の正拳によってその姿を消した。
「なッ! あの巨大な翔吼拳を拳一つで……!?」
「虎煌破砕掌。氣を込めた拳によって氣弾を砕く、極限流奥義の一つよ。覚えておけ」
先ほどの逆転で精魂尽き果てたのか、纏っていた氣が消失したサイラオーグの兄貴を見据えるカラテ。
むこうも大気を震わせていた強大な氣は無く、よく見れば天狗の面の右眼部分が欠けている。
「フッ、この面に傷を付けたのならば、及第点をやらねばなるまいな」
「……最高師範」
先ほどまでの聞く者の心胆を縮み上がらせるものとはまったく別の、深みのある落ち着いた声を兄貴にかけるカラテ。
「サイラオーグ・バアルよ、肝に銘じておくがいい。今、お前が放ったものこそが真の覇王翔吼拳。いかなる氣功波をも貫き、敵を打ち砕く超必殺技よ」
「……ッ!? 押忍!」
思考が上手く働いていないのだろう、慌てて返事を返すサイラオーグの兄貴に軽く頷いたカラテは、ゆっくりと踵を返す。
「此度の試練、ご苦労であった。次に見える時には更なる研鑽を期待する」
「押忍! ありがとうございました!!」
兄貴の礼を背に床を蹴ったカラテの姿は、瞬く間にモヤの中に消えた。
それと同時に限界を超えていたサイラオーグの兄貴は、崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
「生きてるか、兄貴」
「大丈夫と言いたいところだが、こちらも限界だ。もう指1本、動かす力も無い」
「こっちも空ッ欠だ。リアス姉を助けてやりたいが、こりゃ無理だな」
「仕方ない、リアス達を信じるとしよう」
「ああ。美朱やイッセー先輩もいるし、何とかなるだろ」
俺達は互いに息を付きながら、リアス姉達が闘っている最後の戦場に目を向けた。
がんばれよ、みんな。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
今回の話は自己最多の4万文字に到達した為に前後編に分けました。
こんなに伸びた原因は一つ、追加ボスのギースと天狗です。
今回のボスに選んだディモスがきゅうきょくキマイラに比べると、あまりにもパンチが欠けるために追加したのですが、これだけで一万字近くになるという大誤算。
まあ、一話から放置していた主人公による打倒ギースが果たせたのはよかったかと。
因みに、『真人化』のイメージはノーマルギース→ナイトメア・ギースです。
今回の話を書くのに、イメージ固めとしてマスターギースに挑戦したのですが、ひたすらボコにされました。
やっぱり、あんなん勝てんわ。
さて、前半部分の用語解説です。
〉ELLA(出典 MUGENオリジナル)
通称 貞子 。
オリキャラの中でも知名度や完成度は高く、ドラゴンクロウといい勝負。
身長185cm、体重48Kgとかなりヤバい体型だが、死んでるので大丈夫。
通常技の性能はイマイチだが変則的な特殊技と必殺技を持つ、テクニカルなキャラ。
変則的な技で相手を翻弄し、スキを見てゲージをため、高威力の超必殺技で仕留める、というのが基本スタイル。
ぶっちゃけ超必殺技が当たるかどうかで勝負が決まると言ってもいいほど。
攻撃判定が広く、避けるのは困難。
超必殺技を当てやすいキャラには一方的に勝つが、当てにくいキャラには一方的に負ける事もあり、得手不得手がはっきりしたキャラである。
〉ビホルダー(出典 ダンジョンズ&ドラゴンズ)
TRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』(D&D)に登場するモンスター。
球体に巨大な一つ目と口がついており、さらに先端に小さな眼のついた多数の触手を頭頂部につけた異形をしている。
「behold」は「見つめる、注視する」という意味の英語。
主な能力は
巨大な一つ目から発せられる魔法無効化光線(アンチマジックレイ)
全ての魔法が打ち消され、魔法の薬はただの水に、魔法の剣もただの剣になる。一応視界から逃れればマジックアイテムの魔力なら復活する。
触手の眼から各種凶悪な光線を発する
石化、分解、即死など計10本10種類。特に分解を喰らって塵と化すと死体も残らないので復活させる事が出来ない(方法が無いわけではないが)がある。
このように凶悪な能力を持っている上に「この世に自分以上に優れた存在などいない」と本気で考えている傲慢さ、様々な悪事を実行できる高い知性などから、D&Dの悪役代表と言った扱いを受けている。
〉エイリアン・グリーン(出典 バトルサーキット)
カプコンが発売したベルトスクロールアクションゲーム『バトルサーキット』の 主人公 の一人で賞金稼ぎ。
植物型のエイリアンであり、言葉をしゃべれないため翻訳機を通して会話する。
性能は、外見に似合わず扱いやすい投げを主体とするパワーキャラ。
〉きゅうきょくキマイラ(出典 MOTHER3)
任天堂のRPG『MOTHER3』のトラウマ製造機のひとつ。
ポーキーがブタマスク達に作らせたキマイラのうちの1体
基本的に機械と生物をあわせた「メカキマイラ」と生物同士をあわせた「生物キマイラ」が存在するが、これはそのどちらでもなく電子制御されたハイテクキマイラであるらしい。
上記のような理不尽な強さを持つが背中にスイッチがありそれを押せば動かなくなるという弱点がある。
しかしこれで安心かというとそうではなく頭のヒヨコが別行動を起こし本体のスイッチを入れて復活してしまう。
〉竜巻捕縛(出典 餓狼伝説)
大南流合気柔術における返し技の一種。
両手を構え、相手の技を捕らえて投げる当て身技。
必殺技と通常技を取れるが下段の技は取れない。
〉ディモス(出典 ダンジョンズ&ドラゴンズ タワーオブドゥーム)
カプコンのベルトスクロールアクション『ダンジョンズ&ドラゴンズ タワーオブドゥーム』のラスボス。
モンスターを操り、ダロキン共和国の支配を企んでいた。
続編である『ダンジョンズ&ドラゴンズ シャドーオーバーミスタラ』にも登場している。
種族は生前魔法使いだったものが、不死とさらなる魔力を求めるために人間をやめた上級アンデッドであるリッチ。
その能力は強力で、「ライトニングボルト」や「ファイヤーボール」といった魔法を初め、「メテオスウォーム」「ウォールオブファイア」「プロジェクトイメージ」などプレイヤーが使えない強力な魔法を使用し、 さらに「アニメイトデッド」でグールを3体召喚し、自らも直接打撃攻撃をしてくる。
今回はここまでとなります。また次回でお会いしましょう。