MUGENと共に   作:アキ山

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待っている方がいたなら、お待たせして申し訳ございません。
あれもこれもとやっていたら、1万字を超えてしまってました。

4月13日 グリゴリの組織名が間違っていた為修正しました。
4月23日 感想でご指摘のあった箇所を改定しました。


1話

 微かに、誰かに呼ばれた気がした。

 深い水の底から引き上げられるように意識が浮上する。

 水面を抜け、紅く染まった光が目を焼いてようやく混濁した意識から抜け出した。

「やっと起きた。1年なのに授業サボるって、なに考えてるのさ」

 やや重さが残る頭に活を入れながら腫れて塞がった瞼を開くと、女の顔がうっすらと映った。

 腰まで伸ばした母親譲りの艶のある黒髪と薄い紅色の瞳。双子の妹の美朱(みあか)だ。

「予習は済ませてるし、出席回数の計算もしてる。多少サボっても留年なんてヘマはしねえよ」

 重い頭と軋む身体に活を入れて身体を起こすと、腫れて熱を持った頬を少し冷たくなった春の風が撫でていく。

 傾き始めた太陽は俺たちのいる駒王学園の屋上を紅く染めている。

 腕時計を見ると針が示すのは16時24分。

 無限の闘争(MUGEN)の中で奴と闘り合ったのが昼休みだったから、随分と伸びていたことになる。

「まったく、また無限の闘争(MUGEN)で闘ってたんでしょ。いい加減にしないと身体壊すよ?」

「分かってるよ。今日はもう使わん」

「それで、私は朱姉と一緒にオカ研に行くけど、慎兄はどうするの?」

「あぁ、なんか新入りが来るとか言ってたっけ。一応顔だけは出しとく」

「だったら、怪我を治してから来てよ。そんな血まみれの顔を見せたら、心配かけるだけだよ」

 呆れたのを隠そうともせずに、屋上の入り口を指さす美朱。

 その腰の後ろに差した小太刀に目が留まった。

 古くとも上等な意匠を施された青紫色の柄に同色の鞘。

 見ていると刃を収めているにも関わらず、身体を流れる堕天使の血が警戒を示してしまう。

 この刀は『香澄(かすみ)の妖刀』。

 忍の祖と言われる影忍三派の一つ、信濃の香澄忍軍の中で伝わっていた御神刀で、他の二派に伝わる二振りの御神刀と合わされば魔を断つ力を発揮すると言われている。

 お袋の母親が香澄の忍の末裔で、婆ちゃんからお袋、お袋から美朱へと受け継がれた代物、という事になっている。

「いいじゃねえか、このまま行ったって。こういう顔も俺にとっちゃあ勲章なんだよ」

「お馬鹿。そんなボコボコの顔見せたら朱姉がまた泣くでしょうが」

 ふん、相変わらず男の美学がわからない奴だ。

 だいたい、俺がボコボコになってるなんて日常茶飯事じゃないか。

 伸びている間にある程度はダメージが抜けたのか、多少痛む程度に回復した身体で立ち上がった俺は、自然体のままゆっくりと息を吐きだした。

 丹田を意識した呼吸は息吹となり、急速に練り上げられた氣は経絡を通る中で増幅され、両掌に収束して蒼い炎を形作る。

 十分な氣が収束すると同時に地面に両掌を叩き付けると、解放された氣は爆発的な衝撃波となって、周囲と天を薙ぎ払う。

「……レイジングストーム」

 呆然と呟く美朱に俺は口角を吊り上げた。

 本家に比べれば氣の精度がまだまだ甘いし無敵時間も無いが、形になっただけでもよしとすべきだろう。

「ちょっ、いつの間に習得したのさ!?」

「見れるようになったのは今日だ。散々食らいまくったんだから、この位はできなくちゃな」

 美朱に応えながら、氣を散し残心を終えた身体を軽く解す。

 手を突いた床が擂り鉢状に陥没しているが、見なかったことにする。

 うむ、妹よ。

 そんな胡乱げな視線を兄に向けてはいけない。

 お前は何も見なかったんだ、いいね。

「いいわけあるか!」

 仕方ない、今度タイガーホールでお前の欲しい同人誌一冊買ってやるから、口を噤め。

「3冊は確定、あとグッズも付けろ。話はそれからだ」

 ちっ、がめつい奴め。

「仮にも忍者を買収しようとするんだから、代償は高くなるに決まってんじゃん」

 ふふん、と中程度の膨らみでしかない胸を張る美朱。

 だがしかし、バスト三桁という巨強である朱乃姉に比べればまだまだ小粒と言わざるを得ない。

「朱姉と一緒にするな! あのおっぱい魔人は異常! 異常なの!! あんなのエロ同人くらいしか需要は無いんだから!!」

 あ、朱乃姉。

「ヒィッ!? 今のは嘘ですぅ! お姉さまの美しさは世界一! だから電撃はやめて! 新しい世界に目覚めちゃうッ!」

 俺の軽いフリに階段室の隅で頭を抱えてガタガタと怯えだす美朱。

 お前はいったい朱乃姉に何をされているんだ。

「慎兄は知らなくていい事だよ! うぅっ、チクショー! 騙された!」

「仮にも忍者なら気配くらい読めよ。憧れの綾女様が草葉の陰で泣いてるぞ」

「うるさいな! 朱姉は気配もなくいきなり背後を取る時があるんだよ! 朱姉ネタにしてて、後ろから急に『あらあら、うふふ』って言われてみろ! チビるぞ!」

 なにそれ、怖い。

「だから朱姉の話は止めよう、今背後取られたらチビる自信がある。それよりも、今から行くんだから顔ちゃんとして来なよ」

 蒼い顔で情けない自信を披露した美朱は、目についた男子トイレを堂々とした仕草で指さした。

 うむ、相変わらず残念な妹である。

「うっさい! さっさと行く!」

「へいへい」

 追い立てる為の蹴りを躱しながら、俺はトイレの中に入った。手洗いに備えられた鏡には、固まった赤黒い血を張り付け、顔中がパンパンに腫れた男の顔が映っている。

 いつもながらの負け犬顔である。

 だが、今回は手応えがあった。

 もう少し対戦経験を積めば、通常のギース・ハワードは倒せそうだ。

「羅生門は体得できたし、次は阿修羅烈風拳でもパクってやるか」

 腫れた瞼から覗く目をギラギラとながら、狼のような笑みを浮かべる鏡の中の己。

 その凶相に思わず背筋を寒くした俺は、目を閉じた。

「神武不殺。相手を生かす拳こそ、真の拳。傷つけるだけの拳ならば、振るうに値せず……」

 紡ぐのは、最初に武の基礎を教えてくれた、生きる為にはぐれ悪魔の血に手を染めてから、師と呼ぶことが出来なくなった人の言葉だ。

 どの口でとは思うが、実際役に立つのだから、恥を忍んで使わせてもらう。

 俺の持つ無限の闘争(MUGEN)は正邪表裏一体。

 それは俺の身に着けた武、其の物でもある。

 だからこそ、己を律しなければならない。

 『殺める術を学ぶ事で、命の大切さを知る』

 老年に達するというのに、筋骨隆々の身体を縮め、白い髭を扱きながら教えてくれた、神武不殺の意味。

 こんな賞金稼ぎ紛いのロクでなしでも、力に溺れて堕ちることのない為の、心支えになってるのだ。

 改めて視線を戻した鏡には先程までの凶相の男はいなかった。

 映るのは、傷だらけの未熟者のみ。

 その事に軽く安堵の息を漏らして、俺は蛇口を捻り冷たい水を顔に叩き付けた。

 多少傷は痛むがこれはいつもの事。

 それ以上に熱を持つ顔に冷水は心地よく沁み渡る。

 あらかた血の処理が済んだら今度は身体の中心に意識を向ける。

 先ほどまでの氣を練る感覚とは違う形で、そこにある力を引き出してやると右手が薄っすらと緑色の光に包まれる。

 俺の中にある治癒を司る神器(セイクリッド・ギア) 聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)

 アザゼルのおっちゃん曰く、治療系神器(セイクリッド・ギア)ではトップクラスの希少なものらしいが、俺に掛かれば修行用救急箱程度の認識しかない。

 おっちゃんは勿体ないと嘆いていたが、気にはしていない。

 無限の闘争(MUGEN)とのコンボは永遠に修行ができるとヴァーリに大好評なんだぞ。

 閑話休題。

 癒しの力が籠った右手を無造作に顔面に当てると、顔の晴れはみるみる内に退いていき、一分ほどで見れる面に戻った。

 うむ、これでオカ研に行っても引かれることは無いだろう。

 襟にはまだ赤い染みが点々としているが、これは仕方が無い。

 美朱が待っている事だし、とっとと便所から出る事にしよう。

 さて、いい機会だしここで自己紹介をしておこう。

 俺は姫島慎。

 堕天使やら悪魔やらに縁のある、ちょっと変わった高校一年生だ。

 

 

 

 

 さて、オカ研のある旧校舎に着くまで、少し昔話をしよう。

 あの老人が転生の待合室と言った空間から旅立ち、この世界に生まれ落ちた俺は、幸いにも前世の記憶を失わずに済んだ。

 生を受けた姫島家は、神職をしている日本人の母と堕天使の父という、かなり変わった家庭だった。

 それでも、2つ上の朱乃姉や美朱と共に過ごす日々は、確かに幸せだった。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 5歳の時に堕天使に恨みを持つ一団が、親父と俺達兄弟の命を狙って襲撃してきたのだ。

 物心ついてから老人から貰った能力、無限の闘争(MUGEN)で修練を続けていた俺は、当然迎撃に出た。

 しかし、訓練された大人の集団相手にガキが敵うはずがなく、無様な刀傷を刻まれただけだった。

 その襲撃でお袋は命を落とし、連中から堕天使の憎悪を刷り込まれた朱乃姉は、間に合わなかった親父と決別。

 親父もお袋を護れなかった負い目から、俺達を引き取る事ができずに一家離散という結果になってしまった。

 年齢一桁のガキ3人で生きていくなんて、今にしてみれば無謀の一言だ。

 でも、当時の俺はお袋を護れなかった事から無限の闘争(MUGEN)の中に入りびたっていた為、そんな事を考える余裕なんてなかった。

 剛拳師匠にぶん殴られて、やっと現状に気付いたんだから、情けないったらない。

 どこかに行ってはボロボロになって帰ってくる俺は姉妹達にえらく心配をかけていたらしく、無限の闘争(MUGEN)の事を説明して実際に中に入れたら、朱乃姉がポロポロ泣きながら怒ってきたのには驚いた。

 その後、無限の闘争(MUGEN)が切っ掛けで美朱が記憶を保持した転生者。

 しかも老人が言っていた『戦国奇譚妖刀伝』を特典にした女子高生だった事が判明した。

 そうして現状の拙さを再確認した俺達は、朱乃姉に内緒で親父とコンタクトを取った。 

 こちらとしては兄妹全員を引き取ってもらうつもりだったのだが、親父は朱乃姉は自分を憎む事で心のバランスを取っているからと引き取るのを拒否。

 お袋の一件で朱乃姉が精神的に脆くなっていたのは、俺達も気づいていたので何とか納得できた。

 とはいえそんな重い事を、当時6歳のガキに話すのはどうなのか。

 代案として、朱乃姉に分からない様に援助して貰う事で話を付き、俺達は朱乃姉について旅をする事になった。

 その後、各地を転々としながらも成長した俺達は、リアス姉と知り合いグレモリー公爵家の庇護を受けて、今に至るわけだ。

 

 さて、オカルト研究部。

 通称オカ研は、普段人が立ち寄らない旧校舎の中にある。

 もちろん伊達や酔狂でそんなところに部室を構えているわけではなく、オカ研はこの駒王学園を支配する悪魔の活動拠点の一つなのだ。

 うん、漫画の読みすぎだって? 

 そう思うのも仕方ないが、生憎とこれはマジな話。

 この世界には天使や悪魔、堕天使に多神教の神々まで存在する。

 で、こいつらは人間界に結構出張していて、場所によっては領土まで持っているのだ。

 ちなみに、俺達が住む駒王町は悪魔の貴族の一つグレモリー家に管理を任されている。

 何故管理となっているかというと、二次大戦後のドサクサで悪魔が実行支配していたところを、日本神話勢が支配権を取り上げた為だ。

 その後両者の間で土地の所有は日本神話だが、管理権は悪魔に委託する事で話はついて、現在に至っているわけだ。

「ねえ、慎兄。今月の冥界側からのはぐれ悪魔討伐の報奨金って、もう届いてるよね?」

「確か、振り込み予定は昨日だった筈だな。もらっとくか?」

「うん。美朱ちゃん、このままじゃ干上がっちゃう」

「今月始まってまだ半月も経ってねえだろ、金使い荒すぎるぞ」

「私は趣味に生きる女なの。慎兄みたいな修行僧と一緒にしない」

「誰が修行僧だ、誰が」

「年がら年中無限の闘争(MUGEN)使ってシバキ合いしてる慎兄が」

「お前だって昔は入り浸ってただろうが」

「あれは忍術の修行の為ですぅ」

 馬鹿話をしながら木造の旧校舎を進んでいると、数分でオカ研の入り口に到着した。

 古びた扉越しに感じる気配は6つ。

 オカ研のメンツは俺と美朱を除けば5人だったので、新人君はもう到着しているらしい。

 後ろから裾を引かれたので振り返ると、美朱が安物のサングラスとココアシガレットを手に、ワルい笑顔を浮かべている。

 ……ああ、今日は借金の取り立て風か。 

「邪魔するでぇ」

 ドスの効いた関西弁と共にドアを開けると、部室内の目が一斉にこちらを向く。

 視線の種類は、驚愕1に呆れが5。

 新人君以外のリアクションは厳しいけど気にしない。

 ミナミな帝王を意識しながらリアス姉の執務机の前に移動すると、掛けていたサングラスを外しココアシガレットを咥える。

「はぁ……。慎に美朱、今日はどんな遊びなのかしら?」

「遊びとは人聞きの悪い。リアスはん、今日は取り立てに来ましたんや」

「取り立て?」

「そうだす。今月のはぐれ討伐の報奨金、支払いは昨日でしたな。頂戴にきましたで」

「そう言えば、そうだったわね。大公から届いているわよ」

「そら結構。しかし、あんたも難儀なもんでんなぁ」

「そや。ワイ等の口座に直接入金できるようにしたら、こんな手間掛けんですむのに」

「貴方達はまだ子供なんだから、こんな大金直接渡すなんてできないわよ。……あら?」

 子分役の美朱のセリフに、苦笑いを浮かべていたリアス姉の手が止まる。

「どないしましたんや、リアスはん」

「おかしいわね、ここに確かに入れておいたのに……。ねえ朱乃、私の机に入れてあった慎達への報奨金、知らないかしら?」

「それなら昨日届いた際に、私が部長から預かりましたわ」

「……そうだったかしら?」

「ええ」

 リアス姉と朱乃姉のやり取りに、美朱がこの世の終わりのような表情を浮かべる。

 朱乃姉の管理になったら、毎月の小遣をいをしっかり貰っている美朱には、金が渡る確率は非常に低くなるからだ。

 破綻寸前のあいつの財布には致命的だろう。

「リアスはん、困った事を仕出かしてくれましたなぁ」

「えっと……。ほら、大金をこんなところに仕舞っとくのは不用心だし、朱乃は家族だから渡しても問題ないかなって……」

 目を逸らしながら段々と小さくなる弁明に、俺は咥えたココアシガレットを燻らせるふりをした。

「眠たい事ゆうてもうたらあきまへんな、リアスはん。金銭の支払いは本人に。世の中の常識でっせ」

「そうや! あんたのお陰でワイ等オマンマの食い上げや! こうなったら、あんたをトルコ風呂に沈めてでも……ヒィッ!? 」

 涙目になり始めたリアス姉を見て、図に乗った美朱の不用意なセリフに電撃が飛んだ。

 思わず放たれた方を見ると、そこには笑顔の朱乃姉の姿が。

「美朱、私の管理に何か問題でも?」

「御免なさい、調子に乗りました!!」

 錐もみ三回転半捻りという、高難度すぎるジャンピング土下座を披露する美朱。

 何という忍者の体術の無駄遣い。

 あと、トルコ風呂って古いな、お前。

「まあ、冗談は置いといて。リアス姉、今度からは届いたら俺等に連絡くれよ。金で揉めたら面倒くさいんだから」

「ごめんなさい、次からはそうするわ」

「ちなみに今回の報酬って幾らだっけ?」

「先月は8体討伐だから、1200万円ね」

「母屋の耐震工事を依頼しようと思ってたので、丁度良かったですわ」

「そんなぁ! 私の新作ゲームとラノベの費用がぁ!?」

「美朱、貴方には十分なお小遣いを渡してるわよね?」

「今月は新作ラッシュだから、全然足りない! サブカル趣味は修羅の道なんだよ!!」

「あらあら、無駄遣いはいけないわ。これはお小遣いをカットしなくちゃならないかしら?」

「にゃああぁぁぁ! 藪蛇ったぁ!?」

 自ら地雷を踏み抜いて盛大に崩れ落ちる馬鹿1名。

 主張の熱意は買うが、言う相手が悪いわ。

「うぅ……。レベッちゃんやシェムハザおじさんなら分かってくれるのに」

「美朱、貴族の娘を洗脳しないで。この前フェニックス卿から家にクレームが来てたわよ」

「同好の友達なだけだよ! そもそも、あそこは奥様が『ゴッドマーズ』で腐ってる時点で手遅れだから!!」 

 そうか、フェニックス夫人は貴腐人なのか。

 知りたくない事実だった。

 悪魔を腐海に落とすとは、日本のサブカルも業が深いな。

 え、シェムハザさん? 

 そこの馬鹿と、一緒に夏と冬の祭典の常連やってる時点でお察しだよ。

「朱乃姉、確かリフォーム費用って800万くらいだったろ。残りから5万くらい美朱にやってくれよ」

「高校生で2万円は、月のお小遣いとしては十分な額ですわ。それで足りないというのは、使いすぎだと思うの」

「それは同感だが、自分で稼いだ金を一銭も使えないってのはちょっとな」

「そ、そうそう! 労働のモチベーション維持には、ご褒美は必要だよ!!」

 俺の言葉に即座に復活して、乗っかろうとする美朱。

 こういうのは当事者が口を挟むと大概逆効果になるから、黙っとけ。

「私としては、もう少し手を緩めてほしいのだけど? 貴方達がここのはぐれ悪魔を根こそぎ狩るから、実戦経験を積む機会がないわ」

「俺等のオマンマが食い上げにならない程度に善処するよ。頼むわ、朱乃姉。俺の分の貯金減らしてもいいからさ」

「おお、おおお……!! 慎兄、貴方が神か!?」

「オーバーすぎるわ。ほら、お前も朱乃姉に頼め」

「お姉さま……。どうか、どうか! この愚かな妹にお慈悲をぉぉぉぉぉ」

 なんという深い深い土下座。

 そこまでしてグッズが欲しいか。

 我が妹ながら残念すぎる。

 籠った情念に、リアス姉や朱乃姉もドン引きである。

「まったく貴方達は……。わかりました、美朱にはちゃんとお金は渡します。これが最後だから無駄遣いはダメよ」

「やったぁ! 朱姉大好き!!」

 土下座の体勢から、カエル飛びのように朱乃姉に抱き着く美朱。

 豊かすぎる胸に顔を埋めるその表情は、至福の一言だ。

 お前、いつもそこを怨念の籠った目で見てただろ。

「朱姉のおっぱいが羨ましいだけだ! パフパフに罪はない!!」

 いや、ドヤ顔でそんなカッコ悪い事豪語すんなよ。

 見ろ。

 騒ぎを見てた塔城が、残念な物を見る目で見てるじゃないか。

「……美朱がダメ人間なのはいつもの事ですから」

 なんかすまん。

 祐斗兄、フォローよろしく。

「いや、そこは自分でやろうよ」

 残念ながら、俺にはそんなスキルは無い。

 出来るとしたら、餌付けして猫じゃらしで遊んでやるのがせいぜいだ。

「……私を何だと思ってるんですか?」

 何と聞かれれば、バキューム式大食漢ツンデレ猫娘と答えざるを得ない。

「……ふん!」

「おっ……と!!」

 我ながら的確な表現のどこが不満だったのか、殴りかかってきた塔城を当て身投げで床に転がす。

 相手の攻撃を捌きながら体勢を崩し、足払いと共に顎をカチ上げた掌で後頭部から地面に叩き付けるのが本来の形だが、身内に掛けるならこれで十分だ。

 自分が床に転がされているのが理解できなかったのだろう。

 呆けた顔を浮かべていた塔城は、自身の状況に気付いて即座に距離を取る。

「塔城。お前、スピード鈍ったんじゃねえか?」

「……貴方の反応がまた速まってるだけです。この化け物」

 俺の問いかけに苦い表情で応える塔城。

 言われてみれば、ギースに挑む前に当て身投げの慣熟として、ダッドリーや紅丸といったスピードタイプとばかり闘っていたな。

「確かに、今の慎の動きは僕でも目が追いつかなかった。また、むこうで随分と修練を積んだんだね」

「覚えた技の完熟とボス対策にな。それでもまだまだだ、今日もボコボコにノされたよ」

「ほどほどにしないと、また朱乃さんが泣くよ?」

「……それ、美朱にも言われた」

「はい、そこまで。今は新入部員に大事な話をしてるんだから、みんな静かに」

 各自好き勝手やったせいで微妙になった空気を払うように、リアス姉が号令をかける。

 茶番やってて気づかなったが、ソファに座っているのは駒王学園でも屈指の変態である、2年の兵藤一誠だ。

 しかも、気配からするに奴さん悪魔に転生しているな。

「御免なさいね、イッセー。話の途中でヘンな事になっちゃって」

「アッハイ」

「朱乃姉、あのおっぱいマニアが新入りなの?」

「おっぱ……。美朱、初対面なのに失礼でしょ」

「でも、1年の間じゃ有名だよ。駒王学園の変態三銃士。スケベの1号、ロリコン2号、おっぱいマニアのV3って」

「何その綽名!? ちょっとカッコイイけど、訴訟物の侮辱だよね!?」

「……その綽名、広めたの美朱じゃないですか」

「なんですと!?」

「フッ、確かに黒幕は私だが、反省も後悔もしない。この美朱の座右の銘は『引かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!!』だ!」

「いつも朱乃姉に甘えてる奴がどの口で。あと、お前は石ノ森先生と仮面ライダーに謝れ」

 塔城の冷静なツッコミに、とってもイイドヤ顔で胸を張る美朱。

 少なくとも、金欲しさにガチ土下座した奴の座右の銘ではない。

 まあ、反省も後悔もしない意味で『省みぬ』は合ってるので、そろそろ外部措置として朱乃姉に電撃の一つでもお見舞いしてもらうべきか。

「おいやめろ」

 お前も心を読むな。

「はいはい。話が進まないからお馬鹿な会話はここまでよ。慎、美朱。イッセーに自己紹介して」

「あ~、1年の姫島慎っす。副部長の弟で横の馬鹿とは双子なんで、姉妹共々よろしく」

「1年の姫島美朱です。趣味はゲーム、アニメ、漫画全般。よろしくね、先輩」

「ああ。俺は2年の兵藤一誠だ。気軽にイッセーって呼んでくれ」

 立ち上がって手を差し出してくるイッセー先輩と握手を交わす。

 ふむ、男には辛辣と聞いていたが噂とは違うな。

「ところで、イッセー先輩はここの事どれくらい聞いた?」

「あ~、この世に悪魔とか堕天使とかがいて、俺がリアス部長の下僕悪魔に成ったってこと。あとは上級悪魔になればハーレム王になれるってことくらいだ!」

 ハーレム王の部分だけ、えらく気合を入れて答えてくれるイッセー先輩に、思わず苦笑が浮かぶ。

「噂に違わずエロいね、V3。でもハーレムとか、フィクションの世界だけのものだと思うよ?」

「そんなことは無い! 部長だって保証してくれたんだぞ!! あと、その呼び方はやめてください!」

「えー。あれって現実にはすっごい厳しいらしいよ。金銭面の負担も凄いし、複数の女性を囲ってる時点で外聞も悪いよね。それに持ってるのは大体権力者だから、子供ができたら後継者問題で揉めるだろうし、何よりセッ○スってフルマラソン並みに体力を使うって聞くからなぁ。複数人とヤッたら死ぬんじゃない? 確か腹上死だったっけ、そういう死に方。あとは、そのハーレムのメンツに刺されないといいね」

「人が夢見てんのに、嫌な事言うなよ!! それと嫁入り前の娘がセッ○スなんて言ったらいけません!」

「……人の夢と書いて儚い」

「小猫ちゃんまで!? くっそー! こうなったら絶対ハーレム王になって、みんなの目の前で女の子とイチャイチャしてやるからな!」

「ははは、童貞乙」

「いやあぁぁぁぁぁぁッ!!」

 美朱の止めに頭を抱えて床を転げまわるイッセー先輩。あいつも残念極まりないが女子高生の端くれ、童貞呼ばわりされるのはキツイらしい。あ、美朱が朱乃姉にシバかれた。

「うぉぉ……。女の子に童貞呼ばわりされるのがこんなに辛いとは……」

「いたた…。酷いよ、朱姉」

「自業自得です、いい加減自重なさい」

「……まったく。貴女がいたらどうしていつも話が逸れるのかしら」

「てへぺろ(・ω<)」

 呆れるリアス姉に小さく舌を出す美朱。うむ、清々しい位に反省の色がないな。そして、そのネタをリアス姉に使うのはご法度だ。

「ところで、なんでイッセー先輩は悪魔に転生したんだ? リアス姉がスカウトしたわけじゃないんだろ」

「ああ。それは彼の中に眠る神器(セイクリッド・ギア)を危険視した堕天使に殺されかけてね。瀕死のところで悪魔召喚のチラシで私を呼んだのよ。それでまだ生きたいという望みに応えて、悪魔の駒で眷属にしたの」

「堕天使が神器(セイクリッド・ギア)保持者を?」

 妙だ。神の子を見張る者(グリゴリ)では神器(セイクリッド・ギア)保持者の対応を殺害から保護に切り替えたって聞いた。しかも悪魔の領地で住人を手に掛けるなんて戦争の火種になりかねない。……探りを入れるべきか。

 携帯を取り出して、電話帳の堕天使フォルダの一番上の番号にコールする。 

「はいはい。慎坊、久しぶりだね。美朱ちゃんたちは元気かい?」

 数回の呼び出し音の後に、携帯から聞こえるイマイチ威厳の感じられない緩い感じの声。神の子を見張る者(グリゴリ)NO.2で実務の大半を取り仕切っているシェムハザさんだ。

「シェムハザさん、ご無沙汰です。美朱も朱乃姉も元気ですよ」

「そりゃあよかった。バラキエルも一安心だね。それで、なにかあったのかい?」

 俺がリアス姉から聞いた事を伝えると、事態の重さを悟ったのだろう、シェムハザさんの声音が真剣みを帯びる。

「……情報提供ありがとうね。ウチではそんな指示は出していない。アザゼルの趣味もあって神器(セイクリッド・ギア)保持者はその人が置かれた環境にもよるけど、極力保護の方向に動いてるからね。この方針を徹底させる様に幹部はもちろん、支部の方にも通達済みだ」

「ということは末端による独断ってこと?」

「そうだと思う。こっちも早急に洗ってみるから、何かわかったら連絡してくれると助かる」

「わかった。それで、その堕天使がこっちにちょっかいをかけてきたら?」

「生け捕りにしてくれると嬉しいけど無理はしなくていい。君達を危険に曝してまで確保するほどのものじゃないからね」

「了解」

「グレモリーには、そっちで馬鹿やってる奴等はウチと関係ないから、見つけたら始末していいって伝えといて。あと、危険だと思ったら遠慮なくバラキエルを呼ぶように」

「美朱達にも伝えとくよ。けどなぁ。俺等もいい歳だし、頼られても親父も困るんじゃないの?」

「親にとっては幾つになっても子供は子供、頼られれば嬉しいものだよ。それじゃ、美朱ちゃんに今度大阪で薄い本の即売会があるから、一緒に行こうって伝えといて」

「最後で台無しだよ! これ以上家の妹を汚染するのやめてくれませんかねぇ!」

「ははは、何を言ってるんだい。美朱ちゃんの業の深さは、僕ごときが敵うものじゃないよ。あの魔界最強の貴腐人、リリスとネタを交わせるんだから」

「リリスも腐ってたのかよ!?」

「うん。確かルシファーの命日には、毎年ルシファー×ミカエルで創作系の薄い本を出してたはずだよ」

「旦那でしかも故人をネタにするとか、冒涜するにも程があるだろ!!」

「僕もその本見たことあるけど、天界に知れたら戦争待ったなしだろうね」

「ちょっ!?」

 サーゼクス兄やセラフォルー姉さんが必死に和平結ぼうとしてるのに、そんな理由でおじゃんになるなんて酷すぎる。

「それじゃ、この件でくれぐれも無茶はしないようにね」

「え!? ちょ、シェムハザさん!? その本ちゃんと始末したんだろうな、おい!?」

 俺の叫びに返ってきたのは、無情な通話終了の電子音だった。うあぁ……凄ぇ疲れた。ノロノロと携帯を収めて、リアス姉の方に向き直る。 

「慎、どうだったの?」

神の子を見張る者(グリゴリ)のNO.2、シェムハザさんに裏を取ったけど、むこうは関係ないって言ってる。なんか末端の木っ端堕天使が独断でやってるらしい。見つけたらリアス姉達で始末していいってさ」

「そう。なら、次に見つけた時は遠慮なく消し飛ばしてあげましょう」

 不敵に笑うリアス姉だが、俺に反応する余裕はない。リリス作のウ・ス・異本(薄い本)の話の所為で精神的に死にそうだ。本当にこんな事知りたくなかった。

「朱乃姉、俺帰るわ」

「あらもう?」

「慎兄、もう帰っちゃうの?」

「ああ、なんか疲れた。それで二人とも今日は遅いんだろ?」

「ええ。日付が変わる前には帰るつもりだけど」

「そんじゃあ、先に寝てるから。家の鍵は持ってるよな?」

「ええ。大丈夫よ」

「結構。じゃ、帰る時は一人じゃなくて美朱と一緒にな」

「心配性ね。貴方も私達が居ないからって無限の闘争(MUGEN)に入り浸るのは駄目よ」

「そんな気力無くなったよ。そんじゃイッセー先輩、祐斗先輩に塔城。お先っす」

「ああ、お疲れ。これからよろしくな」

「……はい」

「お疲れ様。またね」

「慎。夕食は作り置きのカレーがあるから、それを食べなさいね」

 各自の声に手を振って応え、俺はオカ研を後にした。

 旧校舎を出ると辺りはすっかり夜の闇に覆われていた。

 しかし、イッセー先輩の件が事実だとすれば、俺達は人外関連の事案が起きたのに気付かなかった事になる。

 この頃、こっちに侵入してくるはぐれ悪魔が多かった所為で、手が回らなかったというのはあるけど、言い訳にはならない。

 成り立ての今は、情報漏洩の危険があるから無理だけど、リアス姉の眷属として馴染んできたら、ちゃんと謝らないとな。

 月明かりと街灯に照らされた帰路を物思いに耽りながら歩いていると、前方に人影が見えた。

 腰まで届く黒髪に、胸元が大きく開いた黒のスーツに身を包んだ20代の女。しかし、纏う気配が人間のそれとは違う。オシメが取れる前から慣れ親しんだ悪魔とは別の人外の気配、堕天使だ。

「妙に悪魔臭い人間がいると思ったら、お前神器(セイクリッド・ギア)所持者だな」

 どうやらこちらをただの人間と勘違いしているらしく、あからさまに見下した態度でこちらに近づいてくる堕天使。

 俺と美朱は朱乃姉と違いお袋の血の方が濃い為、雷撃と光力は使えても、翼も無ければ気配も人間に近い。

 目の前の馬鹿が間違えるのは仕方のない事だろう。しかし、相変わらずこいつらは他種族を過小評価する癖が抜けんな。

 アザゼルのおっちゃんやシェムハザさんには注意しといたんだが。

「いきなり何言ってんだ? ラリるなら他人のいないところでやれよ、オバハン」

「……ッ、虫けらが。堕天使である私にそんな口の利き方をして、ただで済むと思っているのか」

「はいはい。黄色い救急車呼んでやるから、続きは鉄格子のついた病室の壁にでも聞かせてくれ、堕天使様。プッ……」

「貴様ぁッ!!」

 軽くおちょくってやると、堕天使は表情を般若に変えて踊りかかってくる。

 まったく、こいつらは何でこう煽り耐性が無いのか。

 光の槍を手に黒い羽根を撒き散らしながら間合いを詰める堕天使。

 だが、遅い。

 手にした槍を振りかぶるよりも早く、俺は奴を撃ち落とす為に飛び上がっている。

 憤怒から驚愕、そして一発目の膝に胸骨を砕かれた事で苦痛に変わった顔面を、二発目の膝がカチ上げる。下顎が砕ける感覚を伝える膝を振り抜くと、堕天使は自ら噛み砕いた歯と血を撒き散らしながら、頭からアスファルトに叩き付けられた。

 着地し、残心を取りながら目を走らせると、奴は白目をむき、ピカソの絵の様に歪んだ顔面から血泡を吹きながら、ビクビクと痙攣を繰り返している。やり過ぎたような気がするが、生きているなら問題なかろう。

「まだまだいけるな。『ライジングジャガー』」

 ライジングジャガー。ストリートファイターZEROシリーズのキャラである、アドンが持つ無敵対空の蹴り技である。強靭な下半身のバネを活かして斜めに飛び上がり、上昇の勢いを込めた膝二段蹴りで上空の相手を迎撃する。出が早く出かかりに無敵時間を備えているため、相手を引き付けなくても潰されることが少ない高性能対空技としてアドン使いに重宝されていた。

 そして、俺が無限の闘争(MUGEN)で最初に覚えた技でもある。対空はもちろん、連続技の締めに相手のラッシュに対する割り込みと、昇龍拳を覚えるまでは本当に重宝した。他の技に慣れるために近頃は御無沙汰だったが、やっぱり良い技だ。

 しかし、早々に襲われるとは思わなかった。まあ、他の奴に行くよりは好都合だけど。成りたてのイッセー先輩なんかじゃ殺られかねないしな。

 幸か不幸か、判別は難しい問題に溜息を洩らしながら、俺は懐から携帯を取り出した。

 取りあえず、こいつは番所に叩き込むとして、グリゴリには親父から言ってもらおう。

 頬を掠める桃色の花弁に顔を上げると、舞い散る桜の花弁に紛れてこちらを見下ろす黄色い月が見える。

 ……良い月だ。うん、ついでだから久しぶりに親父と一杯やるか。




何とか、1話完成です。
無限の闘争(MUGEN)についての説明は次話になってしまいました。
現在判明している、慎の使える技は、
レイジングストーム(修行不足の為、MOWのロック並みの低性能。具体的に言うと、真空投げブレーキングの連続技に組み込むしか使い道がない)
昇竜拳(一応ZEROのリュウとトントン位の性能。多少引き付けないと、判定の強い空中技には相討ちになる)
ライジングジャガー(高性能。正直対空に関しては、昇竜拳よりも信頼性が高い)
羅生門(威力はギースより少し少ない程度だが、投げの間合いがががががが……)
という事になってます。
次は無限の闘争(MUGEN)での修行風景から。凶キャラの理不尽具合がうまく書ければいいなぁ。
 1話に感想を頂いた方には心からの感謝を。人生初めての感想なので本当にうれしかったです。

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