MUGENと共に   作:アキ山

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 お待たせしました、12話の完成です。
 書き終わって気づきましたが、2万字近く使ったのにちっとも話が進んでいない……。


12話

 漆喰の自然な白が彩る土壁に木目を活かした柱。

 そして入り口と窓には障子張りの引き戸が使われている華美な装飾は無いが、静かで落ち着いた部屋で私は来客を待っていた。

 書院茶室を参考にした高天原の貴賓室は和の物で統一したお気に入りの部屋なのだが、惜しむらくは中央にある大きな机とそれを囲む椅子が雰囲気を損ねていることだろう。

 個人的にはあそこに囲炉裏と座布団を置きたいのだが、ここには西洋の方が多く訪れるのを考えると、自重しなくてはならないのがツラいところだ。

「天照大神様。聖書の勢力の方々がお着きになりました」

「そうですか。では、こちらにお通しなさい」

 私の指示を受けた侍女は一礼をして、音を立てぬように障子戸を閉じる。

「ふん。奴らが来たようだな」

 侍女の姿が消えると私の隣に腰掛けた男は、眼前に置かれた器の中身を攻略していた匙を置いた。

 私より頭3つほど高い筋骨隆々の身体を土色の鎧に包み、同色の兜を被ったこの御仁はダグザ神。

 ダーナ神族の父神で、現在一族を率いている方だ。

「その様ですね。ところで、もうよいのですか?」

「ああ、馳走になった。やはり粥は貴国の米が一番だな」

 刃物のような眼光を少し緩めて、ダグザ殿は満足げに兜から覗く口元を紙ナフキンで拭う。

 遥か昔に麦粥に誘われて敵の罠に嵌ったことがあるのに、相変わらず粥には目がないらしい。

「しかし、宣戦布告から1日足らずであの互いにいがみ合うしか出来ない者たちが、よく意見を纏めたものです」

「天界のハト共は知らんが、頻繁に地上に干渉していたコウモリとカラスは自分達の置かれている状況を掴んでいるはずだ。ならば形振りなど構ってられんだろうよ」

 腕を組みながら憮然と言い放つダグザ殿。私もそうだが、彼も聖書の勢力を毛嫌いしている。こちらからの口添えが無ければ、交渉の席に着く事もなかっただろう。

 まあ、私も彼との契約があるからこそ、こんな面倒な役を買って出たのだが。

「失礼します。天照大神様、サーゼクス・ルシファー様御一行をお連れしました」

「わかりました。入ってもらいなさい」

「承知しました。……室内は土足厳禁ですので、お履き物はここに置いて、お上がりください」

 侍女の説明に複数の物音が重なり騒がしさが増した後、サーゼクス・ルシファーを先頭に聖書の3勢力の代表とその護衛が、室内に入ってきた。

 向こうのメンバーはサーゼクスに冥界の外交担当であるセラフォルー・レヴィアタンと護衛のグレイフィア・ルキフグス。堕天使は総督のアザゼルと幹部のバラキエル。そして天使は代表のミカエルと護衛として、権天使が二人だ。

 他の者はもちろん、普段は魔王少女などとふざけているレヴィアタンも正装に身を包んでいるところを見ると、この会議の重要性は理解しているらしい。

「天照殿、この度は交渉の場を整えてくださったこと、感謝します」

「礼は結構。あなた方の為に行った訳ではありませんので。それよりもお掛けくださいな」

 私の言葉に各代表者はこちらと向かい合う形で席に着き、護衛はその後ろに控える形で不動の姿勢を取る。

「では、全員揃った事なのでダーナ神族と聖書の勢力の交渉を始めます。アザゼル殿、そちらの要求はダーナ神族との停戦でよろしいですね?」

「そうだ。3勢力のトップである俺達の謝罪と教会が保有するエクスカリバーの返還。そして、損害賠償をもって今回の件を手打ちにしてもらいたい」

「……謝罪、か。一つ聞くが、貴様等はいったい何について謝罪をしようというのだ? 我らの土地に入り込み信仰と土地を奪ったことか? 魔女狩りと称して我らの庇護していたドルイドや魔術師を迫害した事か? それとも、泉の貴婦人を手に掛け我等が聖剣を強奪し、弄んだことか?」

「天界と教会の馬鹿共がやらかしたエクスカリバーについて、だ。前の二つはもう時効だろう。大昔の事を持ち出されても困るぜ」

 机に頬杖をつく不真面目な態度で、おどけて見せるアザゼル総督。こういう態度で相手に軽い挑発を行いつつ、感情を表した相手の隙を突くのが彼の交渉術なのだろうが、今回は相手が悪い。

 アザゼル総督の言葉を聞いたダグザ殿は席を立ち、交渉の卓に背を向けた。 

「どうなさいました、ダグザ殿?」

「今回の交渉は終わりだ。我々が受けた迫害を過去の事と笑う愚か者共と結ぶ手は、こちらにはない」

 突然の行動に唖然としていた聖書の面々に代わって私が問うと、ダグザ殿は怒りを滲ませた声が返ってきた。

 まあ、これは当然だろう。加害者には過ぎ去った事でも、被害者には終わる事のない忌まわしい記憶なのだ。

 それを軽く扱ったアザゼル総督は完全に失言だった。

「天照殿、私はこれで失礼する。『常若の国』に戻って、同盟希望の勢力に返答せねばならんのでな」

「……ッ!? お待ちください、ダグザ殿! アザゼルの失言は謝罪します! ですので、何卒交渉の席にお戻り願いたい!!」

 同盟の言葉に顔を青くしたサーゼクスが必死に呼び止めるが、出口に向かうダグザ殿の歩みは緩まない。

 個人的にはダグザ殿を止める気にはなれないのだが、仲裁役としてはもちろん、そして彼との約束を考えるとこのままというわけにはいかないだろう。  

「ダグザ殿、ここは大目に見てはどうでしょうか。失言一つで目くじらを立てるのも大人げないですし、ここは貸しを一つということで」

 あちらを擁護する私の真意を確かめようとでもしているのか、ダグザ殿はこちらをジッと見ているが、私が笑顔を崩さないのに根負けすると自身の席に再び腰を下ろした。

 うん、この会談の後で彼との契約の話くらいは話しておくとしよう。

「まあよい。この場を整えた天照殿の顔を立てて、今の言葉は不問にしてやる。思えば、あの者の被造物である貴様等に、他者の気持ちを思いやれというのが無理というものだからな」

「……それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。貴様らの造物主が何をしたのか、忘れた訳ではあるまい。周りを慮る心があれば、あのような所業はできんさ」

 主を悪し様に言われた事が許容できないミカエルの怒気もどこ吹く風で、ダグザ殿は眼前のお茶を音を立てて啜る。

 言われてみれば、聖書の勢力が周りへの迷惑を考えないのはあの者にそっくりだ。

 やはり、被創造物は造物主に似るのだろうか。

 小さく溜め息をつきながら、私は思考を過去へ遡らせた。

 眼前にいる者達の主、聖書の神が犯した大罪について。

 

 さて、人間の生誕は世間ではどのように考えられているのだろうか?

 聞けば、ある学者が提唱した進化論という説が主流だとか。

 猿が人間に進化すると考えるとはなかなか面白い話だと思うが、残念ながらそれは間違いだ。

 人間は、世界各地に分布する神話の主神によって生み出されたのだ。

 例をあげるなら、中国の民は女媧(じょか)伏羲(ふっき)、北欧の民は始まりの巨人ユミル、そして大和の民は我が父母である伊邪那岐大神(いざなぎおおかみ)伊耶那美大神(いざなみおおかみ)によって生み出された。

 人間に多様な人種と言語があるのは、これが理由である。

 多くの神々によって生み出された人間が世界各地でその生を懸命に生きる中で、それを見守っていたとある主神はあるモノに気付いた。

 それは次元の狭間に出来た魂の溜まり場と言うべきものだった。

 生を終えて地獄や黄泉、冥府で生前の功罪の清算を済ませた人の魂は、ひとりでにそこに集まり再び生を得るのを待つ。

 誰に言われることも無く自然に発生したそれを、各神話の主神達は魂の安息所と名付け、互いに手を出す事を禁じた。

 その場を目にした全ての者は、それが人間の集合無意識の結晶であり、人という種の根幹を成す物だと理解したからだ。 

 しかし、聖書の神はその取り決めを破って魂の安息所に手を出した。

 他に類を見ない一神教という性質故に他の主神よりも万能性に長けていた奴は、その力を使い魂の安息所に施されていた結界を解除。

 そこに細工を施し、人の魂が再び生を受ける際にその魂に己が創り出した神器を宿すようにしたのだ。

 さらに、仕込んだ神器システムの効果により、自身が生み出した民以外の人間も聖書の神に信仰を捧げるように仕向けたのである。

 この絡繰りにより、当時中東の一地方神話でしかなかった聖書の勢力は爆発的に信者を増やし、世界中にその手を伸ばしていった。

 我々がこの事に気づいた時には、多くの土着の神々が信仰を乗っ取られており、対処が出来たのは我が国やインド等、ごく僅かだった。

 これが聖書の神が他の神々から嫌悪される最大の理由だ。

 神にとって、人は信仰を生み出す源であると同時に自身の産み落とした子同然だ。

 父神である伊邪那岐大神からこの国を受け継いだ私は日の本の民を生み出した訳ではないが、それでも彼等の事を弟妹と思い慈しんできた。

 不完全であるが故にその短い生を懸命に生きる彼等を見守り、育んでいく。

 自身の守護する地で次第に成長し、発展していく彼等の姿は永劫の時を生きる我々にとって、この上無い楽しみなのだ。

 そんな宝物を汚され奪われたのだ、怒りを覚えない方がどうかしている。

 しかし、当時の聖書の勢力は世界中の人々から集めた信仰によって肥大し、その力は我々を大きく上回っていた。

 こちらに出来るのは自身の土地と民を守ると同時に、信仰を奪われて己が土地を捨てざるを得なかった他の勢力を援助しながら耐える事だけだった。

 そんな雌伏の時代が続いたある時、聖書の勢力で大きな内乱が勃発した。

 世界中に戦線を広げ、他神話の土地でも無遠慮に暴れまわる愚か者共には辟易したが、同時にこれはチャンスでもあった。

 我々多神勢力はこの機に乗じて聖書の神を討つ事を決意した。

 仕掛けたのは奴自らが陣頭指揮を取る最終決戦。

 旧四魔王が奴に攻撃を仕掛けたと同時に、ギリシャ神話一の弓の名手アポロンがディーヴァ神族の破壊神シヴァの持つガーンデーヴァに、我が至宝である天羽々矢(あめのはばや)を番えて聖書の神を射抜いたのだ。

 多神勢力全ての民から借り受けた信仰とガーンデーヴァの神力を束ねた天羽々矢は、弓の持つ神殺しの権能を限界まで増幅し、聖書の神をその霊核諸共に消滅させた。

 その際、四魔王も巻き添えになって消滅したが、どうでもいいことだろう。

 天使と悪魔の指導者を失った聖書の勢力は、我々の介入に気づく事も無く停戦を結び、その力を大幅に衰退させた。

 彼等は衰退の理由を、個体数の減少や出生率の低下だと思っているようだが、それは大きな間違いだ。

 彼等が衰退する原因、それは主神の座に就ける者が存在しないという点にある。

 神話世界とは、主神を核にした大きな器のようなモノだ。

 主神の生み出した大地という器に、神や動物や人が生まれ、彼らが生み出す信仰が主神に還る事により、そこに生きる者達への加護が生まれる。

 が、その根幹である主神が失われれば、幾ら信仰を捧げようと、底に大穴の空いたバケツに水を注ぐが如く素通りしてしまう。

 その結果、加護や恵みを失った神話世界は、そこに属する者も含めて衰退、滅亡の道を辿る事になる。

 普通ならば、そうならないように主神の次に高い神格を持つ神が主神の座を引き継ぐのだが、聖書の勢力はそうはいかない。

 聖書の勢力は一神教であるが故に他に神霊が居らず、そして、主神の座を継ぐ事が出来るのは神霊だけだからだ。

 今は天界のセラフ達が作り出した『システム』で何とか帳尻を合わそうとしているようだが、あんな欠陥品では主神の力の億分の一も再現できていない。

 装置自体も注がれる信仰に付いて行けてないようだし、自壊するのも時間の問題だろう。

 種族数にしても、聖書の神の手でよってしか誕生しない天使は奴が消滅した事で増加方法を失った。その天使が堕ちる事で数を増やす堕天使も同様だ。

 悪魔は3勢力の中で唯一、同族間交配で数を増やす事ができるが、長命な種族故に元々低かった出生率が主神の恩恵を失った影響でさらに低下。

 報告によれば、魔力が全く備わっていない子供も産まれているという。

 このまま行けば出生率はさらに低くなり、いつかは生殖能力すらも失うだろう。

 そんな現状を打開する為に作られた悪魔の駒(イービル・ピース)で生まれた転生悪魔も、貴族趣味を振りかざす古い悪魔達から『元異種族』と云うことで見下され、差別されている。

 そんな自身の境遇に耐えられずに転生悪魔が逃亡すれば、はぐれ悪魔としてお尋ね者扱いだ。

 種族保存の為の切り札にしては、対応が杜撰すぎると言わざるを得ない。

 これもあちらを取り巻く問題の一つに過ぎず、他にも仮想敵勢力の多さや、勢力内における一部を除いた上層部の現状への無理解。悪魔に至っては、旧魔王の血縁による内乱の可能性もあるという。

 この会談で停戦を取り付けても、彼等の未来は暗いだろう。

 だとしても、彼等に対しての同情心はまったく無い。

 今まで散々周りに煮え湯を飲ませてきたのが、巡り巡って自身に回ってきただけの話。

 今回の交渉で彼等はさらにその力を失う事になるかもしれないが、それもツケの一環だ。

 まあ、私としてはそれで一向に構わない。

 私が彼と結んだ契約は停戦交渉の仲裁であって、聖書の勢力がどのような損失を受けるかまでは知った事ではないのだから。

「さて、改めて交渉を始めましょう。こうしている間に戦端が開かれては、元も子もありませんから」

 こちらの意図を読ませないための笑みを顔に張り付けて、私は卓上で行われる戦の火蓋を切って落とした。

 

 

 

 

 はい、現場担当の姫島慎です。

 ……なんだろうか、急にこんなモノローグを入れなければならない気分になった。

 やはり、近頃のハードスケジュールで疲れているのだろうか。

 この件が終わったら、どこか旅行にでも行ってリフレッシュした方がいいのかもしれない。

「どうしたの、慎兄?」

「あー、この頃忙しかったから、この件が終わったら旅行でも行こうかなって考えてた」

「ふーん。どこに行くつもり?」

「どこって……九州かな」

「何で九州?」

「いや、なんとなく」

「いいんじゃない。夏になったら忙しくなるんだし、その前のリフレッシュってことでさ。今までずっとリアス姉とかと一緒だったから、今回は姫島の家族だけで行くのもありかもねー」

 番所の待合室にあるベンチに座り上機嫌で鼻歌を口ずさむ美朱。

 というか、家族旅行になるのは決定済みなのね。

「ふむ、九州か……。儂への土産はカラスミで頼む」

「俺は黒糖焼酎をリクエストするぜ」

「カステラ……」

 俺達の会話に便乗してちゃっかりお土産のリクエストをするのは、発言順から久延毘古様、甲賀三郎(こうがさぶろう)の兄貴、鎌鼬(かまいたち)旋風(つむじ)だ。

 ここ、駒王町番所は久延毘古様を所長として、実動班の三郎の兄貴と旋風、あとは事務方の文車妖妃(ふぐるまようひ)(ふみ)さんに地下牢兼番所の守衛である桃生(もむのふ)のおっさん、医務官である天狗様の六名で運営している。

 三郎の兄貴は元は諏訪地方で伝説になった龍で、普段の姿はは20代前半の黒髪のイケメンだが戦闘時になると全身スケイルメイルの様な鱗に覆われた龍人の姿になる。

 俺達がこの街に来る前からはぐれ悪魔などを退治していた歴戦の勇士なのだが、町の人を護ると言う名目上人前で戦う事が多く、そのビジュアルも災いしてか、いつの間にか駒王町のご当地ヒーローになってしまっている。

 旋風は長い黒髪を三つ編みにして背中に垂らした和装の女の子で、小学校低学年にしか見えない見た目とは裏腹に、両腕から出す鋭利な鎌とその俊敏さで実動班の切込み役を担っている。

 また甘党の大食いで、みんなで食えという意味で渡したロールケーキを、その場で恵方巻のようにまるかぶりされた時はたまげたものだ。

 今回のリクエストも一人で攻略するつもりだろう。

「久延毘古様、手続きは終わったんですか?」

「うむ。あのギャスパーとかいう小僧は、緊急措置として一時的にこちらで預かる事になった。ただ、現状では客分としての扱いは難しいので、地下の座敷牢に入ってもらう事になるがな」

「まあ、ダーナ神族もこちらの虜囚までちょっかいを掛けてくる事はないだろうって判断だな。あの坊やには窮屈な思いをさせるが、その辺は我慢してもらうしかねえな」

「あの悪魔、男のくせに女の恰好してた。……変態?」

「ツムちゃん。その辺は個人の趣味だから、触れないであげようね?」

「ん……」

 頭を撫でながら諭す美朱と素直に頷く旋風。

 一見すると年の離れた姉妹に見えるが、生憎と二人は同い年だったりする。

 あの容姿で俺とタメとは、塔城を上回る合法ロリっぷりである。

 さて、リアス姉達と別れた後、俺達が家の神社ではなく番所に足を運んだのには理由がある。

 あのゴタゴタでリアス姉達に置き去りにされてしまった眷属の一人、ギャスパー・ブラディと塔城の姉である黒歌を保護してもらうためだ。

 因みに聖剣使いのシスター二人はダーナ神族が実際に襲撃してきたのを重く見たらしく、報告した上司から出た帰還命令に従って帰っていった。

 その際、ダーナ神族からの襲撃の確率を下げる為に聖剣を預かろうかと打診したが、断られた。

 まあ、ヌァザに伝えた事がダーナ神族に広まれば、むこうも日本国内での襲撃は控えるだろうし、聖剣に関しても教会に還ったところで、停戦の為に天界経由でダーナ神族に返還されるだろうから問題はないはずだ。

 万が一襲撃を受けてしまったとしても、こちらとしては成仏しろと祈るくらいしかない。

 所詮は別組織の人間だ。こちらに出来るのはそんなところだろう。

 さて、ギャスパーの話に戻ろう。

 あいつは視界に捉えた物の時間を停止させる『停止世界の邪眼(フォービドウン・バロール・ビュー)』という神器を持っているのだが、実は全く使いこなせていない。

 心因的な問題で神器の制御が効かず、辺り構わず時間を止めてしまう為に、サーゼクス兄の判断で旧校舎に幽閉されていたのだ。

 本人も神器が暴走する影響で対人恐怖症になってしまっていた為に、幽閉生活に不満無く気ままな引きこもりライフを送っていたのだが、今回はそれが仇となってリアス姉達に置いていかれてしまった。

 正直に言えば、美朱に指摘されるまで俺も忘れていたのだが。

 まあ、思い出してしまえば、そのまま旧校舎に放置しておいて、やられてしまうのも寝覚めが悪い。そこで番所に連れて行き、保護してもらう事にしたのだ。

 引きこもりを部屋から引きずり出した際、猫の本能そのままに散歩していた黒歌も、ついでに捕獲しておいた。

 まあ、ギャスパーは旧校舎の封印された部屋に籠もっておけば大丈夫じゃないか、という考えはあったのだが、ダーナ神族が相手で暴走を続けるあいつの神器に『バロール』の名が着いている事を思えば、その考えは甘いと言わざるを得ないだろう。

 バロールはケルト神話に登場するダーナ神族に圧制を敷いていたフォモール族の魔神で、『悪しき眼のバロール』という異名が示す通り、片方の目(左目だとも額の第三の目だともいわれる)に視線で相手を殺すことができる魔眼を持つ。

 伝承では、彼は自身の娘とダーナ神族のキアンとの間に生まれた、光の神ルーによって命を奪われている。

 ギャスパーの神器とは視線の効力に差があるし、他神話の魔神の魂を聖書の神が手に入れて神器に組み込んだ、なんて事は考えにくいが二天龍の例もある。

 万が一、ギャスパーの神器に宿るのがバロールの魂だとしたら、ダーナ神族に反応して覚醒し、ギャスパーの身体を乗っ取って闘いを挑むなんて可能性もありうるのだ。

 ここならダーナ神族も日本神話との関係上手は出さないし、地下の座敷牢は悪魔や他神話の犯罪者対策として強大な退魔結界を張っている。

 しかも、この結界は西洋で主流の魔力での術式ではなく東洋の氣を使った呪術を使用したものなので、構造の関係から西洋の神魔には殊更に効果を発揮するようになっている。

 念には念を入れて、俺が氣を込めた封魔の呪符もギャスパーの目に貼っているので、神器については大丈夫だろう。

「あとは黒い猫魅の方だが、あっちは少々難しいな」

「あっちの姉ちゃんは冥界のお尋ね者なんだろう? そいつをウチで預かるのは拙い。ヘタをすれば匿ってたなんてイチャモンを着けられかねないからなぁ」

 ギャスパーの方はどうにかなったが、もう一つの問題は旗色が悪いらしい。

 黒歌は主殺しで指名手配になっているS級のはぐれ悪魔だ。事情はどうあれここで保護をすれば、三郎の兄貴が言う通りに後々冥界からクレームが出かねない。

 番所のみんなにしてみれば、この事でせっかく日本に戻ってきたこの土地の実権が揺らぐのは避けたいのだろう。

 しかし、俺としては知り合いの身内だし、なにより無限の闘争(MUGEN)に関わった事で一時期廃猫にしてしまった負い目があるので、見捨てると言うのは勘弁してほしいのだ。

「ねえ、久延毘古様。それって黒歌ちゃんが悪魔だからいけないんだよね?」

「うむ。あ奴は元々猫又の希少種である猫魅だ、転生悪魔で無ければこちらも喜んで保護しておるな」 

「なら、悪魔じゃなくせばいいんだよ」

 こちらがああでもないこうでもないと頭を捻っていると、美朱がトンデモない事を言い出した。

 いやお前。今から鉄火場に飛び込むかもしれないって時に、あれをやらせる気かよ。

「いい考えだと思うんだけどなぁ。上手くいったら黒歌ちゃんははぐれ悪魔じゃなくなるし、出て来た悪魔の駒(イービル・ピース)を使ってS級はぐれ悪魔を討伐したって言えば、冥界から討伐報酬もゲットできる。さらに妖怪に戻った黒歌ちゃんをここで雇ったら、番所の戦力増強にもなる。一石二鳥ならぬ一石三鳥だよ?」

「確かに、言われてみればおいしいのぉ……」

「同胞を助けるのに加えて、悪魔を騙して金をふんだくって美人の同僚もついてくる、か。いいねぇ。こいつは乗るべき流れだぜ、慎坊」

 美朱の出したメリットに乗り気になる久延毘古様と三郎の兄貴。旋風は我関せずといった様子で、尻尾を振りながら美朱から貰ったチョコバットを三本いっぺんに咥え込んでいる。

「……あんた等、俺に掛かる負担を考えてねえだろ。それに、あの方法って日本神話の最高機密じゃなかったのかよ」

「その辺はあの猫魅に漏らさぬように誓わせればよかろう。それに、あの方法は悪魔の身になった大和の民を救う為に造りだしたもの。使わぬ理由はあるまい」

「お前さんへの負担については、有り余る気合と根性で何とかなるだろ?」

 俺の反論は男衆二人によって無にされてしまった。三郎の兄貴の言う通り、気合と根性でなんとかできてしまう我が身が恨めしい……。

「……わかったよ。ただし、やるのは本人の同意を得てからだぞ。勝手になんて絶対御免だからな」

「当たり前だろ。無理やり種族を変えるなんて外道な真似は、悪魔だけでたくさんだからな。そんじゃ善は急げだ、あの姉ちゃんの牢に行こうぜ」

 テンションの高い三郎の兄貴に急かされて地下に降りた俺達は、黒歌を仮受けしている座敷牢の前で足を止める。

 中では塔城がいないのに人型になった黒歌が部屋の隅で座りながらこちらを見ていた。

「あら、団体さんでご苦労様。その様子じゃ私の処遇が決まったみたいだにゃ」

 (しな)を作って蠱惑的な笑みを浮かべる黒歌だが、その目は獲物を狙うそれだ。自分に不利な決定だった場合は、どんな手を使ってでも逃げる気だろう。

 俺はアイコンタクトで、美朱に防音と認識阻害の結界を張らせる。

 ここで話す事はギャスパーに聞かせる訳にはいかない。

 あいつの身の安全の為にも、だ。

「うむ。冥界の重犯罪者であるお主を保護する事はできぬというのが、こちらの決定だ」

「当然の判断ね。それで、外に出てダーナ神族か冥界の刺客に襲われればいいの? それともここで私を殺す?」

「そう慌てるでない、猫魅の娘よ。保護できぬのはお主がはぐれ悪魔であるが故、その悪魔たる身を捨てると言うのであれば話は別よ」

「悪魔の身を捨てるって、どういう意味よ?」

「解りやすく言えば、元の猫魅に戻ると言うことだ」

 久延毘古様の言葉に黒歌は深々と溜め息をついた。こちらを映す瞳には呆れと侮蔑が染み付いている。

「冗談ならもう少しマシなのにしてくれない? 転生悪魔を元に戻す方法なんて聞いた事も無いわよ」

「当然だ、日本神話の最高機密だからな」

 こちらの言葉を一笑に付そうとした黒歌は、俺達の目を見て嘲りの表情を真剣なものに変える。

「……本当にあるの?」

「我等とて無為に民を奪われ、はぐれ悪魔の侵入を許していた訳ではない。はぐれ悪魔の死体やそこから取り出した悪魔の駒(イービル・ピース)を研究し、かの駒の力を断ち切る術式を開発したのだ」

「まあ、あれだな。技術大国日本を舐めるなってヤツだ」

 久延毘古様の説明を、三郎の兄貴が漢臭い笑みで締める。

 黒歌は出会った時のような人を食ったような態度を捨て、触れれば切れるような鋭い視線で俺達一人一人の目を覗き込む。

 そして、誰一人動揺もせずに自分を見つめ返してくるのを確認すると、居住まいを正してこちらに頭を下げてきた。

「お願いいたします。どうか、お助け下さい」

 着崩していた着物を正し、一心に額を床に着ける黒歌。

 こちらを完全に信用した訳ではなく、藁をも掴む思いなのだろう。

 それでも、短い言葉に込められた思いは本物だった。

「猫魅の娘よ、お主の願いは確かに聞き届けた。かの駒の楔を解き放ち、再び本来の姿に戻してやろう。が、その前に3つほど頼みたい事がある」

「頼みたい事、ですか?」

「うむ。一つはこれから行う術式の事を口外にせぬ事。これは神話勢の最高機密である為と同時に、悪魔という種の存続手段を否定するモノだ。むこうに知られれば騒動の火種になる。正面から来るなら対処のしようはあるが、術者を暗殺……されては目もあてられないからの」

 説明しながらこちらに何とも言えない目を向ける久延毘古様。

 いやいや、俺だって暗殺くらいはされますよ。現に無限の闘争(MUGEN)では、ゴルゴの狙撃かわせなかったし。

 あとは濤羅(タオロー)師兄レベルの暗殺者なら、殺られるかもしれん。

 だから、『こいつを暗殺なんて無理ゲーじゃね?』的な視線はやめてくれませんかね。

「二つ目は、排出された悪魔の駒(イービル・ピース)を証拠として、冥界政府にはお主は討伐された事にする手筈になっておる。なので、ホトボリが冷めるまでは別人として暮らしてもらわなくてはならん」

「ああ、塔城には事情を説明するぞ。お前が死んだと思って暴走されたらかなわんし、間違って機密に触れようものなら、俺等の手であいつを殺さなきゃならん。そんな胸クソ悪い事するくらいなら、説明してお前と一緒に機密漏洩防止の呪を受けさせたほうがマシだからな」

 俺の補足を聞いて明らかに安堵の表情を浮かべる黒歌。あいつもこの懸念は思い当たっていたらしい。

「最後に、これはお主がよければだが、この番所で働いてもらえるなら助かる。前の二つは守ってもらわねばならんが、これは強制ではない。断っても遠野か京の妖怪の長を通じて、住処と生活の保証はするつもりだ」

 少し悩む素振りを見せた後、黒歌は全てに是と答えた。

 その答えを聞いた久延毘古様は、満足したように頷いて俺に合図を出す。

 三郎の兄貴から借りた鍵で牢の中に入った俺を見た黒歌は、顔をひきつらせながら距離を取った。

「なんで、あんたが入ってくるにゃ」

「なんでって、悪魔の駒を取り除くためだが」

「取り除くって物理的な意味にゃのか? モツぶっこ抜きとか」

「んなワケあるか。ちゃんと術使ってだよ」

「あんた、術が使えたの!?」

「正式な神職なんだから当たり前だろうが。神道の術は一通り研修で体得したわ、失礼な」

「いや、空中戦艦を素手で沈めたりとか、『地獄の断頭台』とか言って生きた地蔵の首を千切ってた印象が強すぎて、あんたに術って言葉が結びつかなかったから」

 それを言われると、こっちも言葉に詰まってしまう。

 まあ、無限の闘争(MUGEN)で必要なのは、だいたい術より技だもんな。

 あと、あの地蔵、一休の件については首を飛ばさなければ、こっちが生首と内臓を残して身体を爆砕されたり、上半身吹っ飛ばされたりする危険性があったのだ。

 日本が産んだ狂気の和製モーコンにして、格ゲー界屈指のネタゲー『大江戸ファイト』のキャラを舐めてはいけない。

 あと、俺は脳筋じゃないぞ。

「ともかく、こっちも時間が圧してるからチャッチャとやっちまうぞ。ほら、楽な姿勢で頭をこっちに出せ」

 潜心力の解放と2倍界王拳を併用して手招きしたが、黒歌は逆に壁際まで逃げてしまった。

「待つにゃ! なんで術を使うだけなのに、そんなぶっ飛んだ氣を練ってるにゃ!?」

「なんでって、俺が楽を……ゲフンゲフンッ! 術の成功率を上げる為に決まってるだろ」

「今楽って言った!! いやにゃ! 信用ならないにゃ!! そんな魔王も裸足で逃げ出すような氣を使うなんて、私を殺す以外に有り得ないにゃ!!」

「アホか、助けるって言ったばかりだろうが。ざっくり説明すると、この術は氣脈を介して魂にアクセスして禊祓いの要領で悪魔の駒を洗い流すって代物なんだよ。魂に寄生して肉体を悪魔化している駒を除去したら、次は解放された魂を中心に氣脈を通して浄化の氣を全身に巡らせる事で、悪魔化した肉体を元に戻すんだ。外部からの接触でそれだけの事をしようと思ったら、このくらいの氣は必要なんだよ」

「それじゃあ、身体には悪影響はにゃいの?」

「今まで述べ100件ほど施術したけど、目立った後遺症が出たケースはないな。まあ、どんな形であれ肉体を根本から変化させるから、身体に負担はかかるのは避けられないんだけど。それでも、だいたいは半月くらいのリハビリで回復してるぞ」

「そ……それなら安心にゃ」

「よっしゃ。誤解も解けたみたいだし、始めるとするか」

 壁にもたれかかって座る黒歌に身体の力を抜くように指示して、俺は彼女の額に手を当てる。

「氣を全開にすると電気が漏れる体質なんでな。ビリッとくるかも知れないが、その時は勘弁してくれ」

 こちらの言葉に黒歌が頷くのを確認して、目を閉じて意識を額に置いた手に集中させる。

 日本神道の術は西洋の魔術の様に魔力を源泉とするものとは違い、体内や神羅万象の氣を使って様々な効果を生み出すものだ。

 その形態から氣の総量や制御が肝要になる為、俺と驚くほどに相性がいい。

 お陰で神職研修中に教えられた術の大半は、その日の内に使えるようになった。

 俺がこの歳で宮司職に就いているのは、天照様の思惑の他にこういうところも評価されたからだろう。

 当てた手から額に氣を流し込み、眉間にあるチャクラから氣脈を通して魂に接触すると、脳裏に球状の黒曜石のようなイメージが浮かび上がる。

 これが黒歌の魂だ。さらにイメージをスライドさせて行くと、天辺に台座を魂に埋め込むようにして立っている悪魔の駒も見て取れた。

 駒と魂の接点には葉脈のようなモノが蠢いており、これが魂に寄生している事がよくわかる。

 初めて見た時は驚いたが、何十件もやっていると流石に慣れたものだ。

 氣の触覚を魂の正面に伸ばして上手く繋がったのを確認した俺は、氣を送り込みながら祝詞を紡ぎ始める。

高天原(たかまがはら)神留座(かむづまりま)す。神魯伎神魯美(かむろぎかむろみ)詔以(みこともち)て。皇御祖神伊邪那岐大神(すめみおやかむいざなぎのおおかみ)筑紫(つくし)日向(ひむが)(たちばな)小戸(をと)阿波岐原(あわぎはら)に、御禊祓(みそぎはら)(たま)ひし(とき)生座(あれませ)祓戸(はらひと)大神達(おおかみたち)諸々(もろもろ)枉事罪穢(まがごとつみけが)れを(はら)(たま)(きよ)(たま)へと(もう)(こと)(よし)を、天津神(あまつかみ)国津神(くにつかみ)八百萬(やをよろづ)神達共(かみたちとも)聞食(きこしめ)せと(かしこ)(かしこ)(まを)す」

 身滌大祓(みそぎのおおはらい)の祝詞を唱える事により氣に浄化の力が宿るのを感じた俺は、出力に細心の注意を払いながら、黒歌に向けて本格的に氣を送り込む。

 触覚から流れ込む浄化の氣によって、黒光りしていた魂は本来の真珠色を取り戻し始め、それが全体に広がるにつれて、天辺の駒と葉脈が苦しげに蠢きだす。

 長年悪魔側にいたから、悪魔から見たら悪魔の駒が必要なのはわかっているのだが、この光景を見ると悪魔の駒が邪悪なモノに見えてしまうな。

 まあ、生まれ出た種族を書き換えるようなモノが、全うなワケがないか。

 氣によって押し出されてもなお、台座から生えた数本の葉脈によって魂にしがみついている駒に、悪魔という種族のしぶとさを感じながらも駄目押しの氣を流すと、葉脈を千切られた駒は虚空へと堕ちていく。

 少し間を置いて、黒歌の胸元の着物のあわせ目から転がり出た駒は、床に落ちて軽い音を立てた。

 これで工程としては半分。

 今まではこの時点で息切れをしていたのだが、界王拳でブーストしているおかげか、まだまだ余裕がある。

 これなら施術後にバテて動けなくなるという事はなさそうだ。

 一息ついて、今度は元の姿を取り戻した魂を経由して、全身に浄化の氣を巡らせていく。

 これで魂に刻まれた起源情報を元に、悪魔に変じた身体は浄化、復元していくことになる。

 時間にして二十分ほど氣を送り続けただろうか。

 浄化と復元の為に滞り気味だった氣脈の流れがスムーズになったのを感じて、俺は黒歌の額から手を放した。

 渡されたタオルで汗を拭いながら体内の氣を確認すると、七割程度残っていた。

 どうやら氣の総量も増えていたらしい。

「調子はどうだ、黒歌? 身体に違和感とかは無いか?」

「……身体にあまり力が入らない。でも、身体の中に魔力を感じないこの感覚。懐かしいわ」

「どうやら上手くいったらしいな。あと、身体は変質した影響で弱ってるから安静にしとけよ。ヘタに動いたら妙な後遺症が出る危険性があるからな」

「わかった。今までずっと逃亡生活だったから、しばらくは骨休めをさせてもらうにゃ」

 この後、久延毘古様の指示を受けた三郎の兄貴に抱えられて黒歌は座敷牢を後にした。

 まあ、医務室には天狗様がいるし、あの方が診ているのなら後は安心だろう。

「さて、これでようやくコカビエルのおっさんを探しに行けるな」

「けっこう手間がかかっちゃったね」

「うむ。必要な措置だったとはいえ、少々時を使いすぎたな。三郎が戻ってきしだい、街に出るとしよう」

「ん……」

 地下から上がり、待合室で黒歌を医務室に預けた三郎の兄貴と合流した俺達が玄関を出ると、そこには少彦名様を頭に乗せたハティ様がお座りの体勢で待っていた。

「随分と時間がかかったのう。ハティ殿が痺れを切らせてしまったぞ」

『二人とも遅いよ! 早くボク達の縄張りを荒らしてる奴等をやっつけに行こう!!』

 尻尾を振りながら勇ましく吼えるハティ様。

 いや、貴女が来たらオーバーキルじゃないでしょうか。

 ……まあいいや。

「取り敢えず、真神様の探知の結果はどうだったんですか?」

「うむ。この街に結構な数のカラス共が入り込んでいるようでな、親玉の居場所の特定は出来んかった。だが、それとは別に主神級の神氣を持つ者も現れたらしい。儂等がお主達を迎えに来たのはそれを確かめる為なのじゃ」

「主神級ということは、ダーナ神族ですかね?」

「恐らくは、の。だがその神氣の主が誰であれ、この時期に日本を訪れた理由が見えぬ。一度接触するべきじゃろうな」

「うむ。それほどの神氣ならば、カラス共も気づいていようからな。彦名よ、主も来るのか?」

「おう。鉄火場に入る時は久延毘古よ、お主の身体を使わせてもらうからの」

「よかろう。その代り、術での援護を頼むぞ」

「おう、任せておけぃ!」

 久延毘古様の肩に移った少彦名様と共に呵々と笑う久延毘古様。仲がいいようで何よりだ。

「それで少彦名様、その神氣の持ち主は今何処に?」

『今は散歩でいつも行ってる商店街に居るって、旦那様が言ってるよ!』

 確か、狼の神格は群れの仲間と念話でコミュニケーションが取れるって、真神様が言ってたな。真神様の散歩コースで通る商店街なら、ここからそう離れていない。

「まずはこの目で確かめてみるとしよう。どう動くかはその場の状況次第だ」

 久延毘古様の言葉で全員が番所を後にする。

 件の商店街は番所の続く裏通りを抜けてすぐにある。

 駒王町には大型商業施設が進出していないお陰で多くの店が現役でいる古き良き商店街は、妖精らしきものを連れた女性と堕天使たちの追跡劇の舞台と化していた。

 追われているのは緑の髪に白のサマードレスを纏った見目麗しい女性。

 少彦名様が言っていた神氣の持ち主とは彼女の事だろう。

 彼女につき従うのは手の平程の大きさの妖精と、ニット帽を被った雪だるまという奇妙な二匹。

 奇妙な護衛達は女性を庇いながら電撃と氷の弾丸で追手の堕天使を牽制しているが、如何せん力不足のようで堕天使達は物ともせずに光の槍で攻撃を続けている。

 彼らが未だに倒されていないのは、護っている女性が強大な防御障壁を張っているからだろう。

「むぅ、あれはダヌー殿ではないか」

「おお、まことじゃ。しかし、何故このような場所に……?」

 爺様二人組の声を耳にした瞬間、舞空術で飛び出した。

 のんびり驚いてる場合じゃねえよ! ダヌーっていったら、ダーナ神族を率いているダグザ神をはじめとした一族の母神じゃねーか!!

 彼女がこんな所で堕天使に傷でも付けられてみろ。

 停戦なんて跡形もなく吹っ飛ぶし、日本だって責任を取らされるぞ!

「スラッシュキィィィィィィック(偽)!!」

 氣勢を放出して一気にトップスピードに持っていった俺は、勢いそのままに槍を振り上げていた堕天使の顔面に蹴りを叩きこんだ。

 急角度で地面に突っ込んで、アスファルトを削りながら転がっていく一匹目。

「クラックシュゥゥゥゥト(偽)!!」

 それを見た他の堕天使達が投げてくる光の槍を上昇して躱し、手頃な奴の脳天に落下のスピードを加えた踵を叩きつける。

「久延毘古様と少彦名様は彼女の保護を! 三郎の兄貴達は地上の奴等の掃討を頼む!」

「よかろう。行くぞ、彦名よ」 

「応ともよ」

「オイオイ、あいつ空を飛んでるぞ」

「慎兄め、ついに舞空術まで覚えたか」

「……私も飛びたい」

『人間は羽も無いのに空を飛ぶんだねぇ』

 口々にしゃべりながらも、地上に降りていた堕天使にむけて踊りかかる番所の面々。

「な……なんだ、貴様等は!?」

「我等は古くからこの地に生き、守ってきたモノよ!」

「儂等の目が黒い内は、お主等カラス共の好きにはさせんわい!」

 久延毘古様がその巨大な手で地面を叩けば、アスファルトは即座に剣山と化して堕天使達を貫き、少彦名様の呼んだ真空波がモズの早贄のようになった犠牲者を切り刻む。

「現地勢力だと!? 辺境の田舎者が我等堕天使に逆らうか!」

「誰が田舎者だ! 他人様の土地で勝手に暴れてる奴が粋がってんじゃねーよ!」

「ん……空気読む」

 残像を残すほどの速度で踏み込んだ旋風が両腕の鎌で堕天使二人のアキレス腱を切り裂き、龍人の姿になった三郎の兄貴が刀の一閃で斬り伏せる。

「バラキエルの娘に……神喰狼だと!?」

「少しは自重してよ! ウチのパパの評判まで悪くなるじゃん!!」

『ボク達の縄張りを荒らす奴は、お仕置きだ!!』

 三角飛びですれ違いざまに喉を掻き斬る美朱と、目にも止まらない速度で喉笛を咬み千切るハティ様。

 というかハティ様の場合、ぬいぐるみを咥えた犬みたいに喉笛を咬んだ獲物をブンブン振り回すから、えげつなさが半端ない。

 地上は一方的蹂躙になっているので、こっちも自分の方に集中しよう。

「お前等、コカビエルのおっさんの部下だろ。奴は何処にいる?」

「……我等が答えると思うか?」

「思わんね。だから、身体に聴く事にするよ」

「ほざけ、裏切り者がっ!!」

 ハティ様の織りなす惨劇に顔を青くしながらも、堕天使はこちらに光の槍を放ってきた。

 さすがは武闘派で鳴らしたコカビエルの部下といったところだが、悲しい事に実力が伴っていない。

 飛来する槍の横をすり抜けるようにして間合いを詰めた俺は、がら空きになった胴に拳を打ち込んで相手を吹っ飛ばすと同時に、足から放った氣勢を蹴る要領で加速。

 身体をくの字に折りながら水平に飛ぶ男の背後に先回りし、その背中を蹴り上げる。

 ここでようやく残りの一人がフォローの為にこちらへ槍を放つが、生憎と遅い。

 槍が来る前に先ほどと同じ方法で加速した俺は、打ち上げられたら男の上を取ってオーバーヘッドキックの要領で地面に叩きつける。

 ヤムチャさんとの空中戦の修行で食らったメテオスマッシュを真似てみたのだが、思った以上に上手くいった。

 すり鉢状に陥没した地面に横たわる堕天使の姿に、不謹慎だが嬉しさがこみ上げてくる。

 ヤムチャさんのアドバイス通り、空中戦のコツは氣勢を使って踏み込む為の足場を作る事にあるようだ。

 踏み込みの有る無しでは、打撃の威力や機動力が段違いだからな。

「さて、どうするんだ? 大人しく投降すれば痛い目を見ずにすむぞ」

「……ッ!? 嘗めるなぁ!!」

 親切心で投降を勧めてやったのに、唯一残った男はこちらにブンブンと槍を投げてくる。

 うーむ。やはり、さっきの感覚を忘れない為にシャドウをしながら呼びかけたのが悪かったか。

 まあ、やってしまったことは仕方がない。次からは気をつけよう。

 次々と飛来する光の槍をかわしながら間合いを詰めた俺は、拳ではなく鉤爪のように大きく広げた手を男にむけて振り下ろす。

「ぐわぁッ!?」

 瞬間、男の苦悶の声と共に鮮血が舞った。

 胴体を狙った一撃にギリギリで割り込ませた両腕、こちらの手と接触した左手首から右の二の腕にかけての肉が大きく削げている。

 大きく口を開いて血を吐き出している傷に男の顔から色が退いていくのが見て取れたが、手を緩めるつもりはない。

「食らえ! ヤムチャさん直伝、狼牙風風拳!!」

 動きを止めた男に、俺は両掌の連撃を放つ。

 男は身体を亀のように縮こませて凌ごうとするが、鍛え抜かれたうえに氣による強化がなされた十本の指が、狼の顎のように男の肉体を喰い千切っていく。

 自身の出した血煙の中、肉を削がれる痛みに耐えかねた男が防御を捨てて逃げようとしたところで、もう一歩間合いを詰めた俺は、双掌を放つ。

 胴を捉えた一撃は、掌打による打撃と十指での肉を抉るダメージを与えて、男を吹き飛ばした。

 ドラゴンボールではネタ技扱いの狼牙風風拳だが、実は打撃と十指貫手を合わせた恐ろしい技なのだ。

 実際に食らったり使用してわかったが、原作ではペチペチと殴っているようにしか見えなかった技は、掌打の後間髪入れずに五指貫手による斬撃が来る二段構えの攻撃なのだ。

 それ故、指を十二分に鍛えた者が使用すれば、狼に喰い千切られたかのように、捉えた箇所の肉を削ぎ落とす防御不能の技と化す。

 何かとネタにされている足元の隙も、あれはヤムチャさんの攻め気が強すぎただけで技自体の欠点ではない。

 手首から先の強さと速度が肝要なこの技なら、脚を払われる前に相手の股を抉る事もできるだろう。

 欠点を挙げるとすれば、貫手故に指に血や肉片が付く事か。

 現に俺の指は血と肉片がベッタリ付いてるし。

 …………やっぱ、グロいわ。普段はこの技、封印しとこう。

 ハンカチで手を拭いながら地上に降りてみると、こちらも決着がついていた。

 地上にいた堕天使は全て事切れていた。

 最初に蹴り落とした奴も戦場に復帰していたらしく、見事に喉笛を咬み千切られていた。

 ああ、せっかく情報を絞り取ろうと思っていたのに……。

 まあ、終わった事は仕方がない。取りあえずダヌー様に話を聞こう。

 ダヌー様のところには番所のみんなも集まっており、お供の雪だるまがハティ様と旋風に顔を舐められて「やめてホー! 舐めちゃダメホー!! わんこの息がとんでもなく生臭いホー!?」なんて叫びや「……甘くない」『味がしないね、アイスクリームじゃないみたい』なんてツッコミどころ満載の感想が聞こえてきたり、愚妹が妖精と何故かコスプレの話題で意気投合してたりと中々にカオスだったが、なんかもう気にしない事にした。

 そんな面々の間を抜けて久延毘古様と話していたダヌー様のところへ行くと、こちらに気づいたダヌー様はにこやかな笑顔を浮かべる。

 礼を示す為に跪こうとしたが、『公式の場ではないので、そこまでは不要』とむこうに止められたので立ち上がると、ダヌー様は優しくこちらの手を取ってきた。

「はじめまして、第三の無限を宿す少年よ。貴方に会えた事を喜ばしく思います」

 …………ナンデスト?




 ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
 ここまで色々と書いたのに、全く話が進まなかった。
 書けば書く程、プロットとドンドン話がズレていく不思議!!
 次回からは聖剣編をマキで進めていきたいと思います。
 さて、ガチに悪魔辞典染みて来た用語解説です。

〉ダグザ ケルト神話に登場する神。トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族)の最高神。
 その名は「善き神」を意味する。
 ダーナ神族の長老ともいうべき存在で、豊穣と再生を司る。
 破壊と再生、生と死の両方の力を併せ持つ巨大な棍棒、天候を自在に操ることで豊作を招き、感情や眠りを誘うことができる三弦の金の竪琴、そしてダーナ神族四秘宝の一つにして無限の食料庫である大釜を所持している。
 温厚な性格をしており、寛大で慈悲の心を持った善神であったため、多くの女神たちに慕われた。
 粥が大好物であり、しばしば粥好きが高じて痛い目にもあっている。

女媧(じょか) 古代中国神話に登場する土と縄で人類を創造したとされる女神。
 姿は蛇身人首と描写される。姓は風、伏羲とは兄妹または夫婦とされている。
 『楚辞』「天問」には女媧以前に人はいなかったと書かれており、人間を作った創造神とさ後漢時代に編された『風俗通』によると黄土を捏ねて作った人間が貴人であり、数を増やすため縄で泥を跳ね上げた飛沫から産まれた人間が凡庸な人であるとされている。
 また、『淮南子』「説林訓」には70回生き返るともあり、農業神としての性格をも持つとされている。

伏羲(ふっき) 古代中国神話に登場する神または伝説上の帝王。
 姓は鳳姓。兄妹または夫婦と目される女媧と同様に、蛇身人首の姿で描かれる。
 また、現在の中国では、中華民族人民の始祖として崇拝されている。
 『易経』繋辞下伝に天地の理(ことわり)を理解して八卦を画き、結縄の政に代え、蜘蛛の巣に倣って鳥網や魚網を発明し、また魚釣りを教えたとされる。
 また、家畜飼育・調理法・漁撈法・狩り・鉄製を含む武器の製造を開発し、婚姻の制度を定めたとある。

〉ユミル 北欧神話『スノッリのエッダ』に出てくる原初の巨人。
 彼はまたアウルゲルミル(耳障りにわめき叫ぶ者)とも呼ばれる。
 その身体から多くの巨人を産み落とし、巨人たちの王として神々と対立していたが、オーディン、ヴィリ、ヴェーの三神に倒された。
 そして、この時ユミルから流れ出た血により、ベルゲルミルとその妻以外の巨人は死んでしまった。
 三神はユミルを解体し、血から海や川を、身体から大地を、骨から山を、歯と骨から岩石を、髪の毛から草花を、睫毛からミズガルズを囲う防壁を、頭蓋骨から天を造り、ノルズリ、スズリ、アウストリ、ヴェストリに支えさせ、脳髄から雲を造り、残りの腐った体に湧いた蛆に人型と知性を与えて妖精に変えた。
 「ユミル」の名は、インド神話に登場するヤマ(閻魔大王)と同語源である。
 H.R.エリス・ディヴィッドソンはその上で、彼の名を「混成物」「両性具有」と理解することができ、1人で男性と女性を生み出し得る存在と考えることができ、さらには人間と巨人の始祖ともみることができるとしている。

甲賀三郎(こうがさぶろう) 長野県諏訪地方の伝説の主人公。
 地底の国に迷いこみ彷徨い、後に地上に戻るも蛇体(または竜)となり諏訪の神になったなど、さまざまな伝説が残されている。

狼牙風風拳(ろうがふうふうけん) 漫画『ドラゴンボール』に登場するキャラクター、ヤムチャの代名詞とも言うべき技であり、『ドラゴンボール』では数少ない名称ありの打撃技である。
 狼を連想しながら超高速の牙に見立てた拳を両手で突き出し、とどめに重い一撃を食らわせるという必殺技。
 登場当時は実力が拮抗しており、その威力を如何なく発揮することができたものの、それ以降は戦う相手が悪すぎた(ジャッキー・チュン、天津飯とその大会の優勝者や地球の神様など)のか、いつの間にか影の薄い技になってしまった。
ただし、高速で連続技を繰り出すだけのものと思われがちだが、同じ実力の相手だとこの技のスピードは他に見ない速度であり、インフレしていく実力のせいで相対的に弱く見えるだけである。
上位互換技としては新狼牙風風拳がある。

 今回は以上となります。また、次の話でお会いしましょう。  

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