ようやく11話の完成でございます。
お盆を挟んだ割に仕事だの何だのと忙しかったために2週間以上かかりました。
文字数も二万文字に迫る量になってしまった。
しかし、我ながらもう少しスマートに書けないものか……
あと、この話には『戦国奇譚妖刀伝』のネタばれがあります。
ご注意のほど、お願い申し上げます。
……よーし、落ち着け。
ここで俺が取り乱しても何にもならん。
状況を把握して冷静な判断を心がけろ。
coolだ、coolになるんだ。
「久延毘古様、なしてそげな事になったとですか?」
うん、無理!
『坊主、大丈夫か? 口調がおかしくなっているが……』
「大丈夫です、問題ありません」
『それならよいが……。今朝、お主が持ってきた聖剣な、出所を調べる為に
天目一箇神様は鍛冶を司る神だ。高天原の鍛治を一手に引き受けているらしく、
「その破片がエクスカリバーだって良く分かりましたね」
『むこうさんとは蝦夷を通して親交があってな、かの剣の製造には我らも一枚噛んでおるのだ。エクスカリバーはうちの
「えっ!? マジですか!」
衝撃の事実に思わず声を上げてしまった。ということは、天羽々斬もご先祖ちゃんみたくビーム出るの!?
『びぃむは出んが、振れば山を斬り飛ばす光の斬撃は飛ぶぞ』
「あー、カラドボルグ式なんですね」
因みにカラドボルグは、ケルト神話にあるクーリーの牛争いの戦争において、三つの丘の頂を切り落としたという伝説がある。
『うむ、あれがエクスカリバーの原型だからの。しかし、我らは聖剣は所在不明になったとは聞いていたが、破壊されたという知らせはなかった。そこで天目一箇神が鍛治神仲間のゴブニュ殿に確認を取ってみると、むこうもこの件は知らなかったという。事情を確かめる為にウチの
口から思わず乾いた笑いが漏れた。背中が汗でぐっしょりと濡れているのが解る。マジで何やってんだよ、天使と教会の奴等! 泉の乙女を殺して聖剣強奪したとか最悪にもほどがあるだろ!!
「あの、ニミュエ様はどうなったんですか?」
『うむ。霊核は無事だったらしくてな、自身の守護する泉に漂っていたところを回収して、なんとか事なきを得たそうだ。しかし、存在自体が希薄になった為、ティル・ナ・ノーグから出る事ができなくなってしまったらしい』
久延毘古様の返答に、俺は小さく息をついた。ガチの死者が出てたら、事態の収拾なんて夢のまた夢になるところだ。
『話を戻すぞ。元々ダーナ神族は聖書の勢力を嫌っていた。信者を奪われた事は、何を信仰するかは人間次第な為に仕方ないとしても、魔女狩りによる庇護者の虐殺はやり過ぎだった。神や精霊が加護を与えるというのはな、その者に好意を持っている証なのだ。それを魔女だの悪魔崇拝者だのと、レッテルを張られて殺されたのだ。その心中、察するにあまりある』
同じ神として思うところがあるのだろう、久延毘古様の言に俺は口を開く事ができなかった。
『身を焦がす様な怒りがあったろう。心を引き裂く様な悲しみが、やり切れなさがあったろう。それでも、当時の彼等は魔女狩りから救い出したドルイドや魔術師達を護る為、なんの報復も行わずに妖精郷へと居を移した。身の内に全ての感情を飲み込んでな。そうまでしたにも関わらず、今回の一件だ。彼等の堪忍袋の緒が切れても仕方あるまいよ』
久延毘古様がいつものキセルを楽しんでいるのだろう。
電話越しに煙を吐く細い吐息が聞こえる。
何か口にせねばと考えるのだが、頭の中を巡る言葉はどれもこれも薄っぺらいものにしか思えず、声にする事ができない。
久延毘古様の話から、事態を収拾する手掛かりでもと思っていたのに、なんて様だ……。
『む……話が随分と逸れてしまった、本題に戻らねばな。さて坊主、お主に電を送ったのは日本神話としての決定を伝える為だ』
「決定、ですか?」
『左様。坊主、いや姫島慎よ。駒王町監査の任に就く者として、彼の地の管理を担う悪魔グレモリーに冥界への退去を命ぜよ』
告げられた命令に俺は息を飲んだ。頬をイヤな汗が伝うのがわかる。
この件の知らせを受けてから色々ショックな事があったが、こいつは飛びっきりだ。
情報過多で茹だった頭が、一周回って冷静になるくらいに。
「久延毘古様、それは何故でしょうか?」
『街と民を護る為よ。彼の管理者と友人は現魔王の身内と聞く。ダーナ神族が狙う可能性は高い』
久延毘古様の言う通りだ。リアス姉とソーナ会長という現魔王の妹がいるのに、その警護は未熟な自身の眷属だけ。
ダーナ神族にとって、これほどおいしい獲物は無いだろう。
『我らは聖書の勢力とダーナ神族の争いで、中ツ国やそこに住まう我らが民に被害を被るのを望まぬ。そちらの姫君も事が治まるまでは、警護が万全な冥界に居た方がよかろう』
「……それは、事態が収拾すれば町の管理を再びグレモリーに委ねる、ということですか?」
『その時に、彼の者が無事であればな』
久延毘古様の返答に、俺は胸をなで下ろした。
こちらとしてもリアス姉達の避難には賛成だが、管理権の問題が引っかかっていたのだ。この言質が取れたのなら、安心してリアス姉達を逃がす事ができる。
あとは事態の収拾に全力を傾けるだけだ。
「了解しました。この件はグレモリー女史に、必ずや命じましょう。ところで、この件は冥界政府に伝わっているのでしょうか?」
『さてな。我等は天界に向けて布告したとしか聞いておらぬ』
「では、こちらから伝えても?」
『構わん。どうせ、じきに知れる事ゆえな』
「ありがとうございます」
『それと、この街に入り込んだ堕天使の処理は我らで行う事になる。分かたれた聖剣の回収もな』
「聖剣の回収、ですか?」
『うむ。ゴブニュ殿より復元するので、と協力要請があったのでな』
「今、聖剣を持った悪魔祓いが隣にいるんですけど、そっちも?」
『回収してくれれば手間は省けるが、無理はせんでもよいぞ』
「はぁ……」
『さて、其方での事を済ませた後は、真神殿の探査を元に捜索を頼むぞ』
「はい」
久延毘古様の指示に是と答え、俺は通話を切った。
まさか、朝の一件がこんな事態を引き起こすなんて、正直予想外にも程がある。
何とかしたい気持ちはあるが、日本神話所属とはいえ、非正規雇用の一地方都市の監査官でしかない俺が手を出すには話が大きすぎる。
今できる事はアザゼルのおっちゃんとサーゼクス兄に連絡して、何とか対処に動いてもらうだけだろう。
「ねえ、慎。今の電話は何なの? いい知らせじゃなさそうだけど……」
「悪い。立て込んでるから、ちょっと待ってくれ」
こちらに洩れた会話から異常事態である事を悟ったのだろう、硬い表情で発したリアス姉の言葉を俺は切って捨てた。
ある程度情報を纏めないと説明なんて出来ない。ヘタに教えて暴走なんてされたら、取り返しのつかない事になる。
携帯を操作し、まずはアザゼルのおっちゃんへコール。
『おう、慎か。珍しいな、お前が俺にかけてくるなんて』
二度の呼び出し音を挟んで電話に出たおっちゃんの陽気な声に、軽くイラッときた。
……いかんいかん。こういう時にこそ冷静にならないと。
「おっちゃん、いきなりで悪いが緊急事態だ。ダーナ神族が聖書の勢力に宣戦布告した」
『…………はあぁっ!? なんだそりゃ! こっちは聞いてねえぞ!!』
受話器から飛び出した素っ頓狂な声に思わず携帯から離す。いきなりこんな事を言われたら、そんな反応になるわな。
「気持ちはわかるが落ち着け。聞いた話だと、むこうは天界に告げたらしいぞ」
『ミカエルの野郎、情報止めてやがるのか! それで、どうしてそんな事になった!?』
混乱するおっちゃんを宥めながら事情を説明する。こっちの話を聞いている内に気持ちを落ち着かせたのだろう、説明が終えると冷静さを取り戻したおっちゃんは盛大に溜息をついた。
『事情はわかった。コカビエルのアホに天界のクソッタレ共め……。それで、どうするつもりだ?』
「正直、こっちにできる事はほとんど無い。不法侵入で、コカビエルのおっさんをブチのめすくらいだよ」
『……そうか。日本神話に借りを作っちまう事になるが仲裁を依頼して、謝罪と賠償を土産に停戦に持っていくしかねえか』
「ごめん。せめて天照様には仲裁の件、こっちからも言っとくから」
『気にすんな。それで、この件は悪魔は知ってるのか?』
「今からサーゼクス兄に連絡する」
『そうか。なら、俺に連絡するように伝えてくれ。すぐにでも対策を練りたい』
「ああ」
『頼むな。あと、あんまり無茶はするなよ』
「善処するよ」
アザゼルのおっちゃんとの通話を切って、大きく息をつく。
漏れた言葉で事態を察しはじめたのだろう、周りからの視線が痛いが、説明はまだだ。
物事には順序というものがある。
次に発信するのは、冥界の首都『ルシファード』の魔王執務室だ。
サーゼクス兄はああ見えて結構おっちょこちょいなところがあり、携帯をよく忘れるのだ。
だから連絡を取るなら、執務室かグレイフィア姉さんに連絡したほうが確実だったりする。
『はい、魔王執務室』
電話に出たのはグレイフィア姉さんだった。ありがたい、他の職員なら手続きやら何やらで時間を食うところだった。
「グレイフィア姉さん、俺だ。サーゼクス兄はいるか?」
『え、慎なの?』
「ああ。悪いけど、時間が無い。ダーナ神族が聖書の勢力に宣戦布告した。だから、サーゼクス兄と至急連絡が取りたいんだ」
『……っ!? すぐに繋ぐわ』
グレイフィア姉さんの慌てた声と共に通話はすぐに保留に切り替わった。
耳障りの良いクラッシックが1分ほど流れて、ようやくサーゼクス兄に繋がってくれた。
『慎、グレイフィアから話は聞いた。この情報に間違いはないんだね?』
「ソースは日本の神の一柱、久延毘古様だ。日本神話勢は古くからダーナ神族と親交があったらしいから、信用性は高い」
『そうか、よく伝えてくれた。天界や教会の主だった拠点を監視している者に確認したところ、むこうではまだ戦端は開かれていないらしい。もちろん冥界も大丈夫だ。今から早急に手を打てば、戦争は回避できるかもしれない』
「ホントか。それから、この件の対策を練るから、アザゼルのおっちゃんが連絡くれって。あと、リアス姉達駒王町に住む悪魔に退去命令が出た。リアス姉達の身の安全の確保と街が戦火に巻き込まれないようにする為の措置だ。今から帰すから受け入れの準備、頼むな」
『わかった。父上に伝えておこう。それでリアスの駒王町に置ける管理権については?』
「この件にカタがついて、悪魔側に問題がなければ、継続するらしい。久延毘古様から言質とったよ」
『それなら一安心だな。ところで君はどうするんだ?』
「俺は日本神話の職員として、不法侵入したコカビエルの対処に当たる。ここで俺まで冥界に逃げたら、契約不履行で管理権を剥奪されるからな。あとはアザゼルのおっちゃんが、日本神話勢を仲裁に立てるつもりらしいから、それについてもこっちからも声を掛けとく」
『……すまない。いつも苦労をかける』
「いいよ。ミリキャスの時にも言ったろ。身内なんだから、身体を張るのに理由はいらないって。それより、外交頑張ってな。みんなが戦争に巻き込まれるなんて、勘弁だぜ」
『ああ、任せてくれ』
「それじゃあ、また」
『其方も気を付けて』
携帯が待ち受け画面に戻るのを確認して、最後の場所へと電話を掛ける。堕天使総督、魔王ときて最後は日本神話の主神である。こんなところに電話をかけるのなんて、世界広しと言えど俺くらいのものだろう。
『はい、天照です』
「突然、連絡して申し訳ありません。駒王町監査官の姫島です」
『気にする事はありません。夜間でなければ相談はもちろん、雑談などでも気軽に掛けてきてもいいのですよ』
「あ……ありがとうございます。実は、相談したい事がありまして」
『皆までいう事はありません。堕天使総督が持ちかけてくる、ダーナ神族と聖書の勢力の仲裁の件ですね』
「その通りです。しかし、どうしてそれを?」
『私は太陽の化身。天に日が輝く限り、
クスクスと楽しそうに笑う天照様に俺は内心舌を巻いた。さすがは太陽神にして日本神話の主神だ。能力一つ取っても半端ない。
『ですが、その件については受ける訳にはいきません』
「……ッ!? なぜでしょうか?」
思わず荒げてしまいそうになる声を何とか抑えた俺は、電話越しに漏れない様に小さく息を吐いた。
ここで頭に血を上らせてどうする。
むこうの不興を買ったらそれで終わりなんだぞ。
落ち着いて、冷静に、冷静にだ。
『ふふっ、なかなか感情のコントロールが上手くなりましたね。3年前なら冷静でいられなかったでしょうに』
「そりゃあ、こんな分不相応な大役に就いていますからね、成長の一つでもしないと嘘でしょう」
『それは結構。さて、受けられない理由ですがこちらにメリットが無いからです』
「メリット、ですか」
『そうです。知っての通り、仲裁というのは上手く事を纏める事ができて、初めて評価される物。逆に失敗すれば周囲の評価を下げるだけでなく、仲裁の対象であった双方に恨まれるというリスクがあります』
携帯越しの天照様の言葉に思わず頷いてしまう。
『今回ですが、ダーナ神族を停戦の場に呼び出すには、聖書の勢力が余りにも恨みを買いすぎています。千年以上もの間積み重なってきた怨嗟を覆すには、それこそかつてダーナ神族が支配していたアイルランドからイギリス全域を、彼らに返還するくらいはしなくてはならないでしょう。アザゼル総督にそれだけの物を用意できると思いますか?』
天照様の問いに俺は返す言葉を持たなかった。あまりにも、あまりにも破格の代償だ。いかに戦争回避のためとはいえ、こんな条件を天界や教会の連中が飲むとは思えない。
万が一飲むことが出来たとしても、内部に不満を持つ者が必ず現れるだろう。そいつ等がテロなどを起こそうものなら、和平などその時点で吹っ飛ぶ。
悔しいが、現実的にはどう考えても不可能だ。
『もう一つ言えば、この仲裁を纏めたとしても、評価よりも多くの反感を得てしまう事ですね』
「反感って、なんで……!?」
『此度の一件、非は聖書の勢力にあるとして、多くの神話勢はダーナ神族に同情的です。中でも、似たような境遇であるローマ神話や中東、アフリカの土着信仰からは、ダーナ神族に協力して聖書の勢力を倒すべきという声も挙がりました。ダーナ神族の動向を見るべく放った隠行鬼からの報告では、実際に同盟を持ち掛けた神話勢も複数あるようです。現状で双方被害無く停戦を結ばせれば、我々が聖書の勢力との在らぬ関係を疑われる危険があります』
天照様から突きつけられた現状に、俺は言葉がでなかった。
……甘かった。まさかこの短期間に同盟を組まれるほど、聖書の勢力が周りから敵意を持たれていたとは。
これでは、仲裁なんて誰も受けるはずがない。
『理解できたようですね。私も日本神話を束ねる身、不利益しか齎さない仲裁を引き受ける訳には参りません』
ぐうの音が出ない程の正論である。だが、こっちも大人しく引き下がるわけにはいかないのだ。
「天照様、そこを何とかなりませんか? 私にできる事なら何でもしますので、どうか……」
先程の天照様の言葉を信じて、俺は深く頭を下げた。我ながら情けないが交渉材料なんて存在しない。情に訴えるのが精々だ。
『ふむ……、何でもですか。ならば、今の様な期間限定の非正規ではなく、正式に日本神話に所属してもらいましょう』
「は……?」
今出した声がひどく間抜けだというのは、自分でもわかった。
『ふふふっ。どうしたのですか、酷い声ですよ?』
「あ、いや……すみません」
うん、これは恥ずかしい。正直、問答無用で突っぱねられるとばかり思っていたから、まさか条件を出されるとは考えていなかったのだ。
「しかし、なぜそのような条件を?」
『不満ですか?』
「不満ではありません。ただ、疑問には思います」
そうだ。思えば、二年前に会った時から、天照様は俺と美朱を日本神話に入れたがっていた。
普通なら自陣の神が世話になったからと言って、13のガキを監査官になんてするはずがない。
最初は姫島の家の関係かと思っていたが、それも本家に正当な当主である朱雀女史がいる以上、そこまでする必要はないはずだ。
親父の血も、雷撃ならば武御雷様や菅原道真公がいる以上、そこまで重要視されないだろう。
残る俺と美朱の特異な点と言えば、転生者である事と───
「まさか、影忍の血か?」
『中々の洞察力ですね。その通り、我々が貴方達姉弟を欲している理由は影三流。いいえ、異星の妖魔を討つ御神刀を使う事のできる者が必要だからです』
我知らず漏れた言葉に肯定の意を示す天照様。その理由に俺は思わず眉を顰めた。まさか妖刀伝が現実になった影響が、こんなところに出ようとは……。
「異星の妖魔というのは、綾女様の残した古文書にあった
『そうです。彼の者こそが平安時代に現れ、数百年を掛けてこの地に冥府魔道を開こうとした異星の妖魔の王。彼は我々が手出しをできない様に、高天原と
「美朱が持つ妖刀の原型……」
『その通り。その後、妖魔に狙われた頼正は御神刀を三振りの刀に打ち直し、三人の息子に託して逃亡させました。三人は美濃、加賀、信濃へ落ち延び、各々が
気付けば、俺は天照様の話に耳を傾けながら、その内容をメモに取っていた。これは妖刀伝の本編には出ていない情報……いや、この世界における忍の誕生秘話だったからだ。
『その後、戦国の世まで時代は過ぎ、妖魔の王は森蘭丸と名を変えて、当時尾張の弱小大名だった織田信長を天下人寸前にまで押し上げた。自身の配下である妖魔を朧衆という名の忍びに変え、暗躍させることによって――――――――』
この辺は妖刀伝の本編であり、祖先である綾女様の遺した古文書の内容に沿うモノだ。事実確認も含めて天照様の後を引き継いでみよう。
「しかし、その天下取りも奴の真の目的の隠れ蓑でしかなかった。妖魔の王の真の目的は、同胞が封じられているアレクサンダー彗星へと続く冥府魔道を開き、日本を奴らの新天地にする事。その為に、影三流の里を滅ぼし、信長を『黒の魔神』と呼ばれる化け物に造り替えた」
『……おや。その知識はどこで?』
「祖先の香澄の綾女様が遺した古文書からです。美朱が解読するのを手伝っていたものですから。事実と相違ありませんか?」
『ええ、大丈夫ですよ。彼の王の目的は果たされることはありませんでした。御神刀を継承した影忍の生き残り達が、安土城で信長と王を討ち果たしたのだから。その後、漸く結界を解除できた私達は安土城に残されていた日向の御神刀を回収し、影忍唯一の生き残りである香澄の綾女、彼女とその子孫を見守る事にしたのです。再び異星の妖魔が現れた時、対抗策である御神刀の使い手の血を絶やさぬ為に』
「天照様は、奴等が再び現れると思っているのですか?」
『確証はありません。ですが、彼の凶星は未だに宇宙を彷徨っています。ならば、新たな朧の王が出現する可能性はあるでしょう。この世界に異星の来訪者との接触の記録は数あれど、明確な害意を持って侵略を受けたのはわが国だけです。だからこそ、対抗策を持ちたいと思うのは当然ではありませんか?』
なるほど、俺と美朱に拘る理由がわかった。
実は朱乃姉は堕天使の血が濃い上に悪魔に転生した所為で、妖刀の力を引き出す事は出来ないのだ。
もっとも、俺も美朱ほど妖刀への適性は無く、刀身に破邪の力を宿すのが精一杯なんだが。(美朱は破邪の力を斬撃として飛ばしたり、収束させてビームにすることも出来る)
しかし、どうしたものか。
正式に日本神話に所属すれば、日本に根を降ろす事になるので、今までのように冥界へ行く事は出来なくなるだろう。
そして、個人的繋がりがあるといっても、1組織のトップであるアザゼルのおっちゃんやサーゼクス兄とも不用意に会えなくなる。
他勢力からの賄賂と取られかねない以上、グレモリー家や親父からの援助も受けられない。
何よりキツいのが、理由はどうあれ今まで世話になった冥界の人達を裏切ると云うことだ。
だが、それだけの代償を払っても、日本神話が仲裁に立つ効果が大きいのも事実。
八百万の神という言葉通り、日本神話は驚くほど多くの神話勢力と繋がりがある。
仏教を通して、インドのヒンズー教の神であるデーヴァ神族やアスラ神族。そして中国の道教。
真神様のように狼信仰から北欧のアース神族。
さらにはエジプト神話やダーナ神族、冥府と黄泉との交流からギリシャ神話のハーデスとも繋がりがある。
そんな日本神話が間に立つのなら、例え戦争が避けられなくても最悪の事態には至らないはずだ。
脳裏には聖書の勢力の知人の顔がぐるぐると巡っている。
それでも最善の手は出ている。
今の俺には迷う必要も、その為の時間もないのだ。
「……わかりました。今回の件で仲裁を行ってくださるならば、俺は日本神話に仕えましょう」
口の中に妙な渇きを覚えながら、俺は何とか言葉を吐き出した。
『確かに聞きとどけました。ならば、私も全力で仲裁の役割を全うする事を誓いましょう』
天照様の宣誓と共に、何かがカチリと嵌まった感覚があった。
意志ある言葉には言霊が宿る。書面へのサインも契約の儀式も無いが、これで俺は正式な意味で日本神話の一員になったのだろう。
「ですが、天照様。俺は美朱ほど妖刀の適性はありませんよ?」
フワフワと所在の定まらない気分を紛らわす為に話題を振ってみると、返ってきたのは鈴を転がしたような笑い声だった。
『構いません。私達が貴方に求めるのは他の力ですから』
「他、ですか?」
『そうですね、種族の限界を超え、無限に成長する力といいましょうか』
天照様の言葉に首を捻る。どう考えてもそんな力に覚えはない。
『自覚がありませんか。二年前、貴方は
「まあ、必死に鍛えましたからねぇ。そんな事もあるんじゃないですか?」
『あ・り・え・ま・せ・ん! 例え神滅具を使っても、2年という短期間で神を超えるなんて不可能なんです! ですが貴方はそれを成し遂げた。恐らく、貴方は生物が持つ種族的限界を超えてしまったんでしょう』
「だから、無限に強くなると?」
『恐らくは、ですが。生まれた種族以上の力を持つ者を一般には【超越者】と呼びますが、彼らの力は全て先天的に与えられた能力なんです。貴方のように後天的な修行で、限界を超えた者は見た事がありません。今貴方がやっている修行も、通常の人間や堕天使では到底耐えられないものなのですよ』
「そうですかね」
『ええ。10tの重りを着て20倍の重力負荷を掛けるなんて、神や魔王でも無理です。その状況で普通に動くとか、どこの化け物ですか貴方は』
えぇ、化け物って……。最初はキツかったけど、普通に適応できたんだがなぁ。
『ともかく、私は貴方が【無限の龍神】と【真なる赤龍神帝】に続く第三の無限となると思っています。だからこそ、貴方が得られるのなら、今回の仲裁を受けてもいいと思っているのですよ』
「はぁ……」
なんとも気の抜けた声が出てしまったが、それも仕方ないだろう。
無限ねぇ……。まあ、
まあ、無限を超えたような強さの奴なら心当たりがあるんだが。
ブロリーとか伝説の超サイヤ人とかデデーンとか。
「えーと……それじゃあ、時間が押してるんで切りますね。仲裁の件よろしくお願いします」
『ええ、任せてください。そっちも駒王町の防備と堕天使の対処は任せましたよ』
天照様の言葉に是と答えて、通話を切った俺は深々と息を吐いた。
ああ、疲れた。
なんか人生において重要な選択をしてしまったが、こんな状況だから仕方がないだろう。
携帯を懐に仕舞いながら顔を上げると、部屋中の者全てが此方を注目していた。
特に俺の身売りに気付いているのだろう、美朱が物凄い目つきになっている。
さて、どう説明したものか。
本来なら日本神話の監査官として格式ばった口上なんかを言うところなんだが、もうそんなんやってる余裕はない。
取り敢えずは美朱を説得した後で、支取会長と生徒会を呼び出さないとな。
◇
天照様との通話を終えて数分後、俺達はオカ研の部室から生徒会室へと河岸を変えていた。
室内に集まっているのはオカ研メンバーと悪魔祓い二人組、そして駒王生徒会の面々だ。
あの後、みんなに内緒で美朱に天照様との契約の話をしたのだが、もう反応が凄かった。
さんざっぱらこっちを罵倒した挙句、『慎兄だけ置いとくなんてできないから、私もそっちに就職する』なんて言い出したので、慌てて止めた。
もう少し考えてから行動しろって言ったら、『慎兄が言うな!!』と返されたが。
さっきの天照様の話を綴ったメモを賄賂にしたが、会議が始まる前に一応の説得が出来て胸を撫で下ろしている。
「おいおい、一年坊が何生徒会を呼び出してんだよ。姫島先輩の弟だからってちょっと調子に乗り過ぎじゃないのか?」
全員が席を着いて、さて話を始めようと言うときに、支取会長の眷属の席に座っている金髪の男からクレームが飛び出した。
あんな品の無いチンピラ、会長の眷属に居たっけ? 今は緊急事態だし、これ以上妨害するようなら対処を考えなければならないか。まあ、顎の一つでも砕けば大人しくなるだろう。
「お止めなさい、匙。彼は日本神話から派遣された監査官。私達悪魔がこの地を管理できているかをチェックする役目を負っているのです」
「日本神話って、裏切り者じゃないですか!?」
「私達が監査官になってなかったら管理権をはく奪されるか、もっと厳しい監査官が派遣されてるよ。そうなったら、日本で眷属を増やすなんて絶対無理だろうね。あ、その前に管理者でもないカイチョーは冥界に帰されてるか」
「ふざけんな! ここは悪魔の領土だろ、そんな事になる訳──」
「ゴタゴタがあって悪魔に管理権を委託してるけど、昔も今もここは日本の領土だよ。少しは勉強しなよ」
金髪君と言い合いを始めた美朱に、俺は頭を押さえた。
こんな時になにやってんだ、こいつ等は。
「支取会長。眷属への教育は事前に済ませてくれないと困るんですけど?」
「申し訳ありません。匙、いい加減にしなさい!!」
支取会長の叱責に、出かかっていた文句を呑み込む金髪君。こちらも軽く美朱に拳骨を落としておく。不満タラタラの顔で美朱を睨んでるところを見ると反省してないな、ありゃ。
さて、いきなり脱線してしまったが、気にしてる場合じゃない。ちゃっちゃと通達事項を伝えるとしよう。
「コホン。本日はお集りいただきありがとうございます、俺はこの街で日本神話の監査官をしている姫島慎といいます。普段ならここで色々と前口上を述べるのですが、今回は緊急事態なので省略させていただきます。本日未明、ダーナ神族より聖書の勢力に宣戦布告がなされました」
瞬間、室内が騒然となった。シトリー眷属達は各々に騒いでいるが、グレモリー眷属と悪魔祓い達は部室の話を思い出したのか、顔が蒼白になっている。
支取会長が自身の眷属を、何度か叱責してようやく治まったので、話を続ける事にする。
「開戦の理由は、ブリテン島の統治者の証にして王権神授の象徴たるエクスカリバーを、泉の乙女ニュミエを殺害する事で強奪。聖書の勢力の内部抗争でこれを損壊し、さらにはその破片で劣化品を作成するなど大きく貶めた事に対する報復との事です。さて、我等日本神話勢は本件の対処として、聖書の勢力の一翼を担うあなた方悪魔へ冥界への退去を要請します。これは駒王町が戦火に曝されない為と、あなた方の身の安全を守る為の措置です。なお、現在そちらに委託している管理権ですが、この事態が収束するまでは一時凍結。事態が治まり、グレモリー女史が業務に復帰できると確認した時点で、凍結解除ということになります」
全ての説明を終えると室内に沈黙が降りた。聞いていた者達は、余りの事に愕然とする者、急な事態に困惑する者、理解が追いつかない者、と反応は様々だ。
「Mr.姫島、今の話は本当なのか?」
「残念ながらな。だが、宣戦布告はなされたものの、まだ戦闘は始まってはいないらしい」
「そんな、どうして……」
「理由は今言った通りだ。現在、天界を除く聖書の2勢力のトップは停戦に向けて動きだしている。あっちの思惑通りに進めば日本神話勢を仲裁に立てて、三勢力のトップの謝罪と賠償を手土産に停戦。そこからできれば和平、少なくとも相互不干渉は結ぼうというところだろう」
「そんなっ!? ミカエル様が異端の神に頭を下げるなんて!!」
「聖書の勢力の現状は説明しただろ。そこを考えれば、トップが頭下げて、戦争が回避できれば安いもんさ」
黙したままのゼノヴィア嬢と、納得がいかないままに騒ぐ紫藤嬢は放っておいて、俺は悪魔側に目をむける。
グレモリー女史と朱乃姉は現状に困惑気味、祐斗兄は相変わらずゼノヴィア嬢の持つ長物を睨みつけてるし、塔城とアーシア先輩はただ不安そうな顔をしている。支取会長は冷静な顔をしているが、額に汗が浮かんでいるところを見ると、眷属の手前無理やり動揺を抑え込んでいるだけのようだ。
黙ってこちらの様子を窺うだけなので、水をむけようとした瞬間、ゾクリと背中に悪寒が走った。
何者かがこちらに刺すような殺気を放っている。
場所は────窓の外からか!
「全員、窓から離れろ!!」
警告を発しながら床を蹴った俺は、一番窓に近い位置で困惑の表情を浮かべている女生徒、確か生徒会の副会長だったはずだ、の身体を抱えると三角飛びの要領で離脱する。
腕の中から洩れる甲高い悲鳴に閉口しながらトンボを切って着地した次の瞬間、部屋の窓が壁ごと全て爆砕した。
咄嗟に副会長を庇いながら立ち込める黒煙に目を凝らすと、外から次々とこちらに飛び込んでくる影が見えた。
「
高貴さを感じさせる深みのある声と共に風が黒煙を払うと、そこには灰色の毛並みの馬に跨り、チェインメイルと金色の兜で武装した騎兵達がいた。
3階にある生徒会室に乗り込んだにも関わらず、一糸乱れない整列を見せる騎兵の中から歩み出る指揮官らしき男。
一目で一級品と判る白銀の鎧に兜で身を包んでいるが、一番目を引くのは右肩から生えた銀色の腕だ。
「お初にお目にかかる。私はダーナ神族が一柱、ヌァザ。魔王の妹君の身を頂きに参った」
男、ヌァザはその銀腕をこちらに向けながら、兜から覗く口元に不敵な笑みを浮かべる。
「ふざけんな! お前らなんかに部長を渡せるか!!」
「そうだ! 会長は俺達が護る!」
血気はやるイッセー先輩と金髪君を抑えながら、俺は自身の見通しの甘さに歯噛みした。
まさか最初にここに襲撃を掛けてくるとは、天界や冥界が攻められていないかった事で油断していた。
しかも、その指揮官でヌァザなんて大物が来るなんて、予想外にも程がある。
ヌァザ神は、ダーナ神族がアイルランドに持ち込んだ四つの宝の一つ「不敗の剣」を持つ戦いの神で、トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族)の王だ。ある戦いで片腕を失った際、医術と技術の神ディアンから送られた銀の義手を着けていた事から、
一説によると、ギリシャ神話の主神、ゼウスに匹敵すると言われるほどの強力な神だ。
はっきり言って、会長とリアス姉の眷属が束になってかかっても、到底勝てる相手じゃない。
だが、ここで二人を渡すわけにはいかない。そうなれば、停戦の芽が完全に潰れちまう。
「お待ちください、ヌァザ王」
浮足立つ悪魔達から一歩前に出た俺は、ヌァザの前に跪いた。おい、後ろの奴等、こんな事で動揺するな。こんな状況とはいえ相手は貴人なんだから、礼を示すのは当然だろうが。
「ふむ、そなたは?」
「私は姫島慎。日本神話の命で、この街における悪魔の監査に就く者です。ヌァザ王、我等が主天照大神様は貴男方の戦争で、我等の国土や民が被害を受ける事を望んでいません。どうか、この場は兵を退いてはいただけませんか?」
「この国においては戦端は開くな、そう申すのだな?」
「左様でごさいます」
騎馬の上からこちらを見下ろしてくる碧眼を、真っ直ぐに見据えて言葉を返す。視線から感じる重圧はさすがは神々の王と言うべきものだが、この程度なら将軍様の方が威圧感がある。
お互いにしばしの間無言のまま視線を交わしていると、急にヌァザは呵々と笑い始める。
「我が視線を受けても眉一つ動かさないとは、人間でありながら中々の胆力だ。さすがは天照殿から監査の任を与えられる事はあるな」
「恐縮です」
「うむ、貴国の言は解った。他国同士の戦争で、自分の土地を荒らされるなど到底看過できるものではないな。だが、我々も子供の使いでここまで出向いているわけではない。敵国の王族を前にして、指を咥えてみているだけというわけにはいかんのだ」
「では、戦闘を行うと?」
視線を強めると、ヌァザは苦笑いを浮かべながら両手を前にして『静止』のジェスチャーを見せる。
「まあ待て、監査官殿。我々と貴国は我等が『常若の国』に籠った後も長い蜜月を保って来た。私としても尻の青い小娘程度で、それを崩すというのは遠慮したい。そこで、だ。一つ賭けをせぬか?」
「賭け、ですか?」
「そう構えずともよい。私とそなたが腕相撲で勝負をして、負けた方が相手に譲るというだけよ」
「つまり、貴男が勝てば私はここでの戦闘行為を見逃し、私が勝てばそちらは兵を退く、と云うことですね」
「然り。もちろん、戦闘の際には周りに被害が及ばぬように配慮はする。見たところ、悪魔諸君は姫君を含め尻に殻が付いたヒョッコばかり。仕損じることはあるまい」
ヌァザの挑発に色めき立つ眷属達を、相手のヤバさが分かっている支取会長と美朱が宥めている。
正直、身内の関わる賭けなんてゴメンなんだが、今回ばかりはそうも言ってはいられない。
何としてでも勝って、穏便に退いてもらわねば。
「わかりました、お相手します」
「うむ。では準備といこう。…………そこの机を借りるぞ」
満足げに頷いて馬から降りたヌァザは、部屋の中を見回して、腕相撲をするのに手頃な中程度の机に目を留めた。
部下に命じて、自身の前にその机を持って来させると、今度は騎兵隊の奥から魔術師風の男達が現れ、机に魔術を掛けて去っていく。
「さて、監査官殿。準備が整ったぞ」
兜を部下に預けたヌァザは、銀腕を机に立てて、髪と同じく黄金の髭に隠れた口元に、不敵な笑みを浮かべる。
呼ばれるがままに、ヌァザの対面に立った俺は、魔術が掛けられたら割に、変化が見えない机に目を落とした。
「何の魔術を掛けたのですか?」
「硬化だ。我々が力を比べるのだ。只の机ではあっという間にめげてしまうからな。今のこの机は魔術の効果で、下手な魔法金属よりも頑丈になっている。全力を出しても壊れる事はあるまい」
ヌァザが銀腕の肘で机を小突くと、木製の机から金属を打ち合わせるような音が鳴った。
納得がいったので、ヌァザと同じく腕相撲の体勢を取り、先に置かれた銀の手を握り締める。
「勝負を始める前に一つ、いいですか?」
「なにかな?」
「何故こんな事を?」
そう尋ねると、ヌァザはその精悍な顔に満面の笑みを浮かべた。
「それはな、そなたがあちら側で飛び抜けて強いからよ」
ヌァザの答えに思わず渋面を作ってしまう。
「私は戦士だ。戦士はより強き者と戦い、勝つことで誇りを満たす。此度のように、弱者を蹴散らして女を攫うなど、賊のやることよ」
「だから、俺と勝負するために、こんな事を」
「そうだ。本当は剣を合わせたいところだが、私の我が儘で日本との関係を悪化させるわけにはいかんからな」
そう言って、カラカラと笑うヌァザ。
……なんか、思っていたのと違うなぁ。伝承では、良き王ってなってたから、理知的なイメージだったのに、実物はこんな脳筋万歳な方だったとは……。
「では、勝負をはじめよう。誰か、始まりの合図を出す者は居らぬか?」
おっと、惚けてる場合じゃない。リアス姉達の運命が賭かってるんだから、しっかりしないと。
「支取会長、合図をお願いします」
ヌァザの声に名乗り出る者がいないので、こっちで勝手に指名する。
因みに、支取会長を選んだのは何となくだ。
「えっと……。合図を担当させて、いただきます」
戸惑いながらも、組み合った俺達の手の上に自分の手を重ねる支取会長。
机を掴む左手、そして組み合った右手にゆっくりと力を込めながら、集中を高めていく。
張り詰めた空気の中、自分の心臓の音が五月蝿いほど、頭の中に響く。
集中だ、集中しろ。相手は神だ、生半可な小細工は通用しない。
初っぱなから全力でねじ伏せるのみ!
「レディ…………ゴー!!」
「ハイヤァ!!」
「はああっ!!」
裂帛の気合いと共に、俺は渾身の力を右手に叩き込んだ。
中央で炸裂した力のぶつかり合いに、魔法金属よりも強固となった机が悲鳴を上げ、両者の右手の接地面からは摩擦で小さく煙が上がる。
にも関わらず、お互いの右手は細かく痙攣するだけで、ピクリとも動いていない。
眼前のヌァザには先ほどの余裕など微塵もなく、鬼の形相でこちらを睨みつけている。
向こうから見れば、俺も同じ顔をしているだろう。
机に噛んだ両者の肘が容赦なく天板を削り、机を掴む左手と踏ん張る両足はギチギチと軋みを上げる。
流石は神だ。重力トレーニングをしていなければ、とっくにねじ伏せられていただろう。
手首返しや体重移動なんてテクニックとは無縁の単純な力比べ。
なるほど、これは楽しい。
リアス姉達の身柄がかかっているのに不謹慎だとは思うが、そう感じるのだから、仕方がない。
さっきヌァザを脳筋と言ったが、どうやら人の事は言えないようだ。
勝負が始まってどのくらい経ったのか。
息は荒く全身は汗で濡れ、力を込め続けた右腕は、意思に外れて痙攣が始まっている。
最初は戸惑い気味だったギャラリーも今では両者の名を叫び、声援を送っている。
そんな中でも、お互いの右腕は机の中央にそびえたままだ。
不意に、ヌァザから感じる力に緩みが生じた。
対面にいる相手に目をやると、汗に塗れた紅潮した顔で荒い息を吐いているものの、その目は獲物を狙う猛禽のそれだ。
相手はこのわずかなインターバルで、余力をかき集めて、勝負を仕掛けてくるつもりだ。
ならば、こっちの打つ手も一つだろう。
相手にならい、腕に込めた力を緩めて荒い息を整えると、こちらの意図に気づいたヌァザが、ニィッと男臭い笑みを浮かべた。
ホント、楽しそうだなこの神様。
お互いの意図を確認した俺達は、右手を握り直して全力が出せるように体勢を整える。
お互い、劣勢に立たされれば持ちこたえる体力は無い。
勝負は一瞬だ。
ギャラリーから放たれていた声援がピタリと止み、肌を切るような緊張感が場を支配する。
耳なりが起こりそうな静寂の中、俺はヌァザの目を真っ直ぐ見据える。
……まだか?
…………まだか?
胃を締め上げるような緊張感と、燃え上がるような興奮に口元が大きくつり上がる。
そして、こちらを捉える碧眼に鋭い光が走るのと同時に、俺は渾身の力を右腕に叩き込む。
その瞬間、ボゴンッと鈍い音を立てて机はバラバラに崩れ落ちた。
魔法金属より強固だと言われた机も、俺達には付き合いきれなかったらしい。
木切れになった天板の欠片と、スチール製の足まわりの残骸が床を叩く中、俺達は右手を離した。
「引き分け、ですね」
「いや。そなたの勝ちだ」
こちらの言葉を否定したヌァザは、苦笑いと共に右手をこちらに掲げて見せる。
なんと、銀腕の手の部分が、俺が握った形にへこんでいた。
「人間と分けたうえに銀腕をこうまでされては、負けを認めぬわけにはいくまい」
「すみません、貴重な義手を」
「勝負での事だ、気にするな。しかし、デュナンの奴がこれを見たら、あの澄まし顔がどうなるかな」
少々動きが悪くなった銀の指を開閉させたヌァザは、含み笑いと共に自らの馬に跨がった。
「さて、勝負がついた以上、敗者は去るとしよう」
「ヌァザ王、本当によろしいのですか?」
「構わぬさ。そこの姫君達を抑える事など、嫌がらせ程度の価値しかないからな。日本神話に止められたと言えば、いくらでも言い訳は立つ。それに、今一族を率いているのはダグザ様だ。一介の戦士でしかない私は、外交だの何だのといった面倒な事は考えなくていいのだよ」
施政者だった者としてとして言ってはならん事を、とても清々しい顔でのたまうヌァザ。
……この神、本当は政務とか大嫌いだったのではなかろうか?
「では、さらばだ諸君。監査官殿とは、いつか戦場で出会いたいものだな」
そう言い残し、ヌァザ達一団は風のように消え去った。
正に嵐のようなヤツらだったが、それに惚けている暇はない。
「朱乃姉、冥界への転移魔法陣を用意してくれ。新手が来る前に全員避難するんだ」
頷いて、即座に魔法陣を展開する朱乃姉。イッセー先輩や会長の眷属の幾人かは未だに戸惑っているが、もう付き合っている余裕はない。
次はあんな話がわかるのが来るとは限らないのだ。
「転移魔法陣の用意ができたわ」
「転移先は?」
「グレモリー家の前よ」
「サンキュー。みんな、魔法陣に入ってくれ!」
俺の指示によって生徒会のメンバーが魔法陣に入る。リアス姉達、オカ研組は何やら揉めているようだ。
こんな時にマジで勘弁してほしいのだが、今は文句を言う時間も惜しい。とりあえずは支取会長達だけでも脱出させよう。
「会長、時間が惜しい。先に行ってください」
「わかりました。姫島君、いえ姫島監査官。数々の配慮、感謝します」
「気にしないでください。今回の退去も半分はこちらの都合を押し付ける形なんですから。もし向こうで未登録の眷属の転移入国について問われたら、レヴィアタン陛下か実家に連絡してやむを得ない事情があったことを説明してください」
「わかりました。また、学校で会いましょう」
「ええ、必ず」
会長達が転移したのを確認して、俺は騒がしさが増したオカ研メンバーのところへ足をむける。
見たところ、祐斗兄が冥界に行く事を拒否してそれを皆で説得しているようだ。
「何やってんだよ、時間が無いって言ってるだろ」
「慎、聖剣回収のに僕も連れて行ってくれ!!」
こっちの顔を見るなり祐斗兄が放ったとんでも発言に、俺は思わず唖然となった。
それはひょっとしてギャグで言っているのか? と、頭の中に某有名ギャグマンガの迷台詞が流れたが、なんとかそれを口にするのは自重する。
正直、ギャグであってほしかったが。
「無理。俺にそんな権限ないから」
長引かせる時間も無いのでスッパリと答えると、何故か鼻白む祐斗兄。
むしろ、何故断られないと思ったのか。
さっきの話を聞いてれば、そんな訳ないのわかるだろうに。
まさかとは思うが、ゼノヴィアの聖剣に気を取られて右から左だったんじゃないだろうな。
「僕は聖剣を破壊しないといけない! その為に生きて来たんだ!! だから───」
「だから、この街を戦場にするリスクを無視して連れてけ、か? 無茶言うなよ。俺はともかく、リアス姉やグレモリー家まで破滅させるつもりか?」
猛烈な疲れを感じながらも口に出した言葉に、一同が凍り付く。
「は、破滅ってどういう事だよ!?」
イッセー先輩が泡喰ってこちらに詰め寄ってくる。こんなの少し考えれば分かる事……って、高校生の知識と政治感覚じゃキツイか。
「どうもこうも、祐斗兄は日本神話からの退去命令を無視した上でこっちに残って、さらに戦闘までする気なんだろ、この街を戦場に。となれば、ダーナ神族に狙われる前に日本神話勢が祐斗兄を排除しに来る。実際、この退去の後に悪魔が残っていた場合、はぐれ悪魔と判断して日本神話勢の手で処理する事になってるしな」
「そんな、酷いです」
「何の為の事前告知だと思ってんだ。自分が原因で戦場になるの解ってて、他人の土地に居座る方がよっぽど酷いだろ」
アーシア先輩がなんか頓珍漢な事を言っているので、軽くツッコんでおく。なに、辛辣? 切羽詰まってる時にこんな騒ぎ起こされたら、誰だってこんな対応になるわ。
「でだ、祐斗兄が死ねば、当然身元が確認されてリアス姉の眷属だとバレる。となれば、責任の追及は主に行くわな。だが、神話間の問題なんて、未成年のリアス姉に責任が取れるわけがない。被るのは保護者であるグレモリー家だ。停戦交渉中に仲裁役への不祥事とあっては、共同で交渉に当たっている他の二勢力の手前、魔王の身内であっても軽い処置なんてできない。軽くて降格と領地没収、悪けりゃ取り潰しになるだろうな」
俺が並べてていく推測に、オカ研の面々は顔色を失う。リアス姉にいたってはその場にへたり込んでしまっている。
正直、俺もこんな事を言いたくはないが、祐斗兄の思いつめ方は普通じゃない。妙な行動に出られない様にするためには、この位は必要だろう。
言ってる事は脅しでもなんでもないしな。
「当然、身内であるサーゼクス兄にも責任は行く。あの人の性格なら魔王の座を辞任するしかないだろうな。さて、祐斗兄。アンタの師匠である沖田さんは、自分の弟子がやらかした事で主が王座を降りる事になったとして、平気な顔でいれる人だったか?」
もしそうなった場合、自分の師匠がどんな行動に出るのか思い至ったのだろう。先ほどの激情などすっかり失せた顔で、祐斗兄は地面に崩れ落ちた。
祐斗兄の師匠でサーゼクス兄の
「祐斗兄。アンタと聖剣の間に何があったのかは知らんし、今更知る気も無い。でもな、聖剣は今回の神話間問題の中心になってる。もう個人の事情なんて入り込む余地はないんだ」
だから諦めろ、その言葉の最後と祐斗兄の上げる嗚咽が重なった。
ああもう……ホント後味悪いな、畜生。
「さて、大分時間を食っちまったな。全員急いで魔法陣に入れ! いつ敵が来るかわからねえぞ!!」
気まずい空気を振り払う為に、わざと大声でみんなを魔法陣に追い立てる。
リアス姉を朱乃姉が祐斗兄をイッセー先輩が支えて、全員が魔法陣に入るのを確認した俺は、朱乃姉に発動の合図を送る。
「朱乃姉、悪いけどアーシア先輩の事と祐斗兄のフォロー、頼むな」
「わかったわ。貴方と美朱も無茶はしないでね」
「イッセー先輩。むこうじゃ何も無いと思うが、もしもの時はみんなを頼むぜ」
「ああ、任せてくれ!」
魔法陣から上がる紅い燐光の中で言葉を交わしてすぐに、オカ研メンバーは閃光と共に姿を消した。
「ねえ、慎兄。これからどうするの」
祐斗兄を説得する間、空気を読んで黙っていてくれた美朱の言葉に、頭を巡らせる。
「まずは神社に戻って、真神様の鼻の探査を聞いてから番所の久延毘古様と合流。あとは探査を元にコカビエルのおっさんの捜索だな。とりあえず、お前は俺と一緒に行動すること」
「了解、了解」
そんじゃあ、家に帰るとしますかね。
「……すまない、Mr.姫島。我々はどうしたらいいだろうか?」
こちらを呼び留める声に目を向けると、所在無さげに立つ悪魔祓いの姿が。
あ、忘れてた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
はい、やってしまいました。
コカビエル対決前に、原作メンバー完全退去。
まさにどうしてこうなった状態です。
このまま、オリ面子だけで話を進めるとか、オレまったくワクワクしねえぞ!
みんな、オラに文才をわけてくれ!!
と、取り乱したところでどうしょうもないので、粉骨砕身の覚悟で頑張りたいと思います。
さて、今回も用語集です。なんか、前回といいメガテンの悪魔辞典みたいになってるんですが、その辺は気にしない方向で。
〉
『古語拾遺』によれば、天津彦根命の子であり岩戸隠れの際に刀斧・鉄鐸を、大物主神を祀るときに作金者(かなだくみ、鍛冶)として料物を造った。また、崇神天皇のときに天目一箇神の子孫とイシコリドメの子孫が神鏡を再鋳造したとある。
神名の「目一箇」(まひとつ)は「一つ目」(片目)の意味であり、鍛冶が鉄の色でその温度をみるのに片目をつぶっていたことから、または片目を失明する鍛冶の職業病があったことからとされている。
〉
名称の「一本だたら」の「だたら」はタタラ師(鍛冶師)に通じるが、これは鍛冶師が重労働で片目と片脚が萎えること、一本だたらの出没場所が鉱山跡に近いことに関連するとの説がある。
一説によると、
〉
高天原を追放され、出雲国に降り立った須佐之男命は、ヤマタノオロチが酒に酔って寝てしまった隙に、この剣で斬り刻んだと伝えられる。
なお、ゲーム 真女神転生ⅣFinalでは、この剣とエクスカリバーが同一の物とされている。本作のエクスカリバーの原型という設定は、ここから来ている。
〉ゴブニュ ケルト神話に登場する神。三神として知られているダーナ神族の工芸の神の一柱で、鍛冶を司る。
魔法の槌を三振りするだけで完璧な武器を製造することができ、工芸の三神の中では最も優れた技術を持っていたとされる。
彼の造った武器は必中かつ一撃で致命傷を与えることができると謳われる。
また、ディアン・ケヒトと協力して、ヌアザの銀の腕を造ったとされる。
神々の鍛冶師であるゴブニュたちは、戦場において壊れた武具を奇跡的な速さで直すことで勝利に貢献した。
〉
高皇産霊尊の子とされるが、常世の神とする記述もある。
「八意」(やごころ)は多くの知恵という意味であり、また立場を変えて思い考えることを意味する。高天原の知恵袋といっても良い存在である。
最も有名な話では、岩戸隠れの際に、天の安原に集まった八百万の神に天照大神を岩戸の外に出すための知恵を授けたこととされている。
〉アリアンロッド ケルト神話(ウェールズ神話)の女神である。
アリアンロッドは、ウェールズの母神ドーンの娘と考えられている(ドーンは、ダーナ神族の母神ダヌのウェールズでの対応女神である)。その名は「銀の車輪」という意味を持つ。
時を司る女神として、ウェールズの最高神であり、その美しさは「タリシエンの書」において、「称えるべき横顔」と称された。
〉ニミュエ アーサー王伝説に登場する人物。「湖の姫」、「湖の精」や「湖の貴婦人(Dame du Lac[ダーム・デュ・ラック])」など別名もある。
ランスロット卿の養育し、ペリノア王との戦いに敗北し、剣を折られたアーサー王に対し新しい剣(一般的にエクスカリバーと称される二本目の剣)を渡した。
また、魔術師マーリンを監禁したりもしている。
カムランの戦いで瀕死の重傷を負ったアーサー王の代理人であるベディヴィエールからエクスカリバーを回収し、アーサー王の死に際してはヴィヴィアン、ニミュエ及びアーサー王の異父姉・モーガン(モルゲンや妖精モルガナ)が重傷を負ったアーサー王をアヴァロン島へ連れて行った。
〉ヌァザ ケルト神話に登場する神の一柱で、トゥアハ・デ・ダナーン(ダーナ神族)の王。その名は「幸運をもたらす者」「雲作り」を意味する。
銀の腕(アガートラームまたはアガートラム)の別名を持ち、合わせて銀腕のヌアザ(ヌアザ・アガートラーム)とも称される。
病を治す力を持つとされ、水に縁のある神である。
戦いの神としても伝えられ、その強大な力はゼウス(ユーピテル)に例えられる。
フィル・ボルグ一族とのモイツラの戦いでは陣頭の指揮を取ってダーナ神族を勝利に導くも、右腕を失った為ケルトの掟において、肉体の欠損は王権の喪失を意味したため、王位を継ぐことはできなかった。
しかし、医神ディアン・ケヒト作の銀造りの義手を得て力を回復し、その後ディアン・ケヒトの息子ミアハによって腕は完治し、王位に再臨を果たす。
今回はここまでにしたいと思います。また、次の話でお会いしましょう。