MUGENと共に   作:アキ山

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 思ったより早く出来たので投稿します。
 ヤマもオチもない、グダグダ話です。


閑話『とある1日』

 ライザー氏とのレーティングゲームから二日が経った。

 婚約破棄を言い出した側であるフェニックス家は、グレモリー家と結婚した際の特需や繋がりを期待した領内の有力者との調整で大騒ぎらしい。

 利権やらなにやらに群がるのは、人間も悪魔も変わらないようだ。

 まあ、あのライザー氏なら乗り越えていけるだろう。

 さて、あのゲームで空中戦の重要性を再認識した俺は、鍛錬に新たな項目を加える事にした。

 目的はズバリ、『舞空術』の習得。

 翼を受け継がなかった俺が空中戦を行う方法はこれしかない。

 幸いにも氣の制御には自信があるので、1ヵ月で空中戦を行えるようになるのが目標だ。

 原作ではビーデルが一週間ほどで習得したから、この位が妥当なところだろう。

 問題は誰を指導者に選ぶかだ。

 無限の闘争の鍛錬モードは、初回時に割り振られたポイント内でしか師事する闘士を選べないという制限がある。

 現在、俺に残されたポイントは100。

 コンソールを操作しドラゴンボールの項目を確認すると、悟空を初めとしたサイヤ人は700ポイント。

 さすがは戦闘種族だ。将軍様と同じレベルの消費量なんて、現状ではとても手が出ない。

 優れた戦士が優れた指導者とは限らない、と自分を慰めながら項目を下げていくが、他の者たちを招き入れるにもポイントが足りない。

 本命だったピッコロが600、次点のクリリンが300、なんと亀仙人でも200だった。

 おそらく、戦闘力と共に指導者としての資質も加味されているのだろう。

 で、100ポイントで師事できるのはヤムチャとチャオズ、あとはMr.サタンの3人のみ。

 ……この選択肢の中ならヤムチャしかいないか。

 ヤムチャにカーソルを合わせて決定を押した俺は、両手で一発頬を張って、頭にこびり付いたネガティブな思考を消し去った。

 今から物を教えてもらうのに、その相手に不満なんか持っていたら失礼にもほどがある。

「よく俺を選んでくれたな。損はさせないから期待してくれ」

 光のゲートから出てきたのは、二枚目と言える顔に人好きのする笑みを浮かべた30代の男。

 お馴染みの橙色の亀仙流の道着を着ているものの、顔の傷に少し伸びた短髪という容貌から本編終盤の半ば引退した頃だと思われる。

「さて、俺は何を教えたらいいんだ?」

 握手と共に挨拶を交わすと、すぐにヤムチャさんが切り出してきたので、事情を説明して『舞空術』の指導をお願いする。

「なるほど。確かに飛んでる奴相手に地上にいたんじゃ手も足も出ないよな。分かった! しっかり仕込んでやるから任せてくれ」

 得意げに自らの胸を叩くヤムチャさんに続いて鍛錬場所へ続くゲートを潜ると、一面に続く青空と緑の絨毯を思わせる草原が目に入った。

 ある程度草原を進むと、ヤムチャさんは俺と向かいあうように立ち止まった。

「さてと、今から始めるわけだが、シンは『気』を使えるのか?」

「ええ、一応心得はあります」

「そいつは手間が省けるな。じゃあ一度開放してみようか」

 ヤムチャさんの指示に従って、俺は深く息を吸った。

 息吹として吐き出される吐息と共に丹田で練り上げられた氣は、経絡を通って身体を駆け巡り身体能力と感覚を研ぎ澄ましていく。

 いつもの通り綺麗に内功は練れているのだが、こちらを見るヤムチャさんは首を捻っている。

「なあ、シン。本当に『気』を開放しているのか? 俺にはちっとも『気』が高まっているようには見えないんだが」

 戸惑いながら吐き出されたヤムチャさんの言葉に、今度はこっちが首を傾げてしまう。

 これは一体どういうことか。俺は高木先生や濤羅師兄の教えの通りに氣を練っているのだが。

 ……さっきヤムチャさんは氣が感じられないと言っていた。

 もしかして、氣を開放するというのは内功を練ることじゃなくて、経絡を走る氣の出力を高めて氣勢を上げることなのだろうか。

 ……よし、物は試しだ。やってみるか!

「はあっ!!」

 気合と共に氣勢を放つと、放出された氣の圧力が周囲の野草を土ごと吹き飛ばし、宙を舞うそれを漏れ出た紫電が打ち砕く。

 ……どうも潜心力を使うようになってから、電撃が漏れやすくなっているような気がするな。

「おお、それだそれ。うんうん、なかなかの『気』を持ってるじゃないか。サイヤ人と闘ってた時のクリリンくらいはあるぜ」

 ほう、今の俺はサイヤ人戦のクリリン並みの力があるのか。思った以上の高評価、なんか嬉しいぞ。

「それだけ『気』を操れれば十分だ。それじゃあ、舞空術の説明に入ろう」

 ヤムチャさんから一通り舞空術の説明を聞いた後、俺は草原の中央で目を瞑って神経を研ぎ澄ましていた。

 ヤムチャさん曰く、舞空術は『気』俺達で言うところの氣勢をコントロールすることにより、重力のくびきを断ち切る事から始まるのだという。

 これさえ出来れば、高速飛行は氣勢を推力として利用するだけなので、体力は消費するが加速自体は簡単らしい。

 ではどうやって重力を振り切るのかというと、『気』を操作しつつそのようにイメージすればいいとの事だ。

 ……ヤムチャさんはさらりと言っているが、これってけっこう難しいぞ。

 おそらくこの際の『気』のコントロールって、俺がいつもやってるような内功としての体内への干渉ではなく、氣勢による外部干渉だ。

 高速飛行の際は氣勢を推力にするってところも、ここから来てるんだろう。

 はたして、気弾の才能が皆無の俺にできるだろうか。

 ……まあグダグダ考えても仕方がない。こういう修業はチャレンジあるのみ、失敗して当たり前なんだから当たって砕けろだ。

 身体から噴き出る氣勢をゆっくりと絞りながら、足元に集めるようにしていく。

 頭に浮かべるのはホバー飛行機の離陸、高出力の空気を地面に放出しながら浮き上がるそれだ。

 深く息を吐きながらイメージを鮮明にしていくと、身体の重みが薄れるような感覚とともに足元に感じていた地面の感覚が消える。

 ゆっくりと目を開いて視線を下に落とすと、地面から少しだけ浮いた自分の足が見える。

「おおっ!? 浮いてる! マジかよ!」

 体の芯から湧き上がる喜悦感に思わずガッツポーズを取ると、バランスを崩した拍子に身体は地面についてしまった。

 む、この程度で落ちてしまうとは……それになんか思った以上に疲れてるぞ。

「まさか、一回教えたらすぐに浮かび上がるなんてな。『気』の制御の腕はピッコロかクリリン並みか」

 こちらを見ながら嬉しさ半分呆れ半分といった表情を浮かべるヤムチャさん。

「何とか浮くのはできたみたいですけど、これでいいんですかね?」

「最初でそこまで出来るなら十分すぎるさ。あとは回数を熟していけば、自由に飛べるようになる」

 ヤムチャさんのお墨付きをもらって、ホッと息を付く。

 これで『オカ研飛べない同盟』から脱却の足掛かりはできたかね。

 正直しゃあない事なんだが、近接戦闘専門の身としては思うところがあったのだ。

 そういえば、オカ研で思い出したがドラゴンボールには赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)と同じ効果の技があったな。

 興味もあるし聞いてみるか。

「そういえば、界王拳って技ありましたよね。あれってヤムチャさんも使えるんですか?」

 俺の言葉を聞いたヤムチャさんは、バツが悪そうな顔で視線を逸らした。

 うわ、なんかスッゲエ気まずい。聞かなきゃよかったかな。

「ああ、すまんな。界王様から理論は説明してもらったんだが、いかんせん『気』のコントロールが難しくてな。悟空以外は誰も使えなかったんだ」

 俺の顔に後悔が滲んだのに気付いたのか、ヤムチャさんは苦笑いをしながら答えてくれた。

 その後、興味があるのならと理論を教えてもらった俺は、ダメ元でこちらもやってみることにした。

 さて、界王拳とは『気』をコントロールする事により、スピード・防御・破壊力を増幅する技だ。

 これだけならば、俺がいつも使っている中国拳法の内功、もしくは神極拳の潜心力に近い。 

 だが、両者の違いは増幅の幅にある。

 内功や潜心力は、肉体の潜在能力を引き出す事を目的としている。

 その為、人間の通常のリミッターが世間一般で言われている様に30%であるならば、潜在能力の限界は通常時の3倍強という事になる。

 しかし、界王拳は『気』をコントロールを誤らずに肉体が持てば、10倍以上の強化が可能だ。

 ヤムチャさんから聞いた界王拳の理論によれば、内功のように丹田で練り上げた氣を体内に巡らせるのではなく、ヤムチャさん達が『気』と呼ぶもの、即ち氣勢という普段なら体外に放出される純粋なエネルギーとしての氣を経絡を通じて体内に取り込み、瞬間的に増幅させることによって身体能力や耐久力を爆発的に強化するらしい。

 正直、予想よりも遥かに危険な技だ。

 内功という体内で生成される生命力ではなく、氣勢という純粋なエネルギーを体内に取り込む為、制御を誤ったり限界以上に強化すれば強化のための力が、肉体を内側から破壊してしまう。

 とはいえ、やらずに諦めるなんて事は出来ない。この技を習得できれば、切り札として必ず役に立つはずだ。

 覚悟を決めた俺は、深く息を吐きながら体外に放出している氣勢をゆっくりと取り込んでいく。

 氣勢は格段に扱い辛いが、伊達に長年修行してきたワケじゃない。

 目を閉じ、意識を体内に向けて荒れ狂おうとする力を制御し、内功のように体内へ循環させる。

 少しでも気を抜けば全てが崩れ去ってしまうような精密な操作を続けることしばし、気づけば身体の芯から噴き出すような強大な力の塊が宿っていることを感じた。

 目を開くと、身体を包む氣勢が原作のように深紅に染まっているのが見える。

「嘘だろ……!? あいつ、原理を聞いただけで界王拳を成功させやがった!?」

 驚愕に目を見開くヤムチャさんを尻目に、俺はゆっくりと構えを取った。

 潜心力を制御する時のように、各流派の型をなぞりながら体の調子を確かめていく。

 感覚的に何となくわかるが、今の倍率は1.1倍と普段とほぼ変わらない状態のようだ。

 どうやら、身体の芯の部分に感じる力の塊に意識を向ける事で、倍率を上げることができるらしい。

 ただ、倍率を上げればその分体内の氣勢の制御の難易度が跳ね上がるので、これを調整しながら戦闘を行うとなれば慣れが必要になるだろう。

 試しに1.2倍に引き上げて五分ほど動き回ってみたが、なんというか体力の減りが半端ない。

 さて、こうやって少しは界王拳に慣れてくると別の疑問が首をもたげてくる。この状態で潜心力を開放すればどうなるのか、だ。

 無論、界王拳はおろか神極拳も極めていない状態で、そんな事をするのは危険なのだが、リスクは重々承知の上。

 これが新たな可能性になるのなら、やってみる価値はある。

 一度、動きを止めて呼吸を整え、今度は界王拳を維持したまま潜心力を引き出していく。

 ……経絡を巡る氣勢と内功の同時制御は予測以上に難しいし、身体への負担も半端ない。

 一歩も動いてないはずなのに、まるで力の限り全力疾走したかのように全身から汗が吹き出し、息が切れる。

 これ以上は無理だと判断した俺は、潜心力の解放を2割で留めて一歩踏み出そうとした。

 その瞬間、左足首の辺りで何かが千切れる感覚がした。

 足に灼けた鉄棒が突き刺さるような激痛が脳天を突き抜け、身体が前のめりに倒れていく。

 息を詰まらせながらも身体を支えようと咄嗟に右手を伸ばしたが、地面に接触した瞬間、ありえない破砕音と共に今度は右手に激痛が走った。

 頬に草の感触を感じながら顔をむけると、すり鉢状に陥没した地面の中心で、手首と肘の辺りが歪に曲がった自身の右腕が力なく横たわっているのが見える。

 足の方は以前に何度か経験がある、これはアキレス腱が断裂した時の感覚だ。

「おい! 大丈夫か!?」

 駆け寄ってくるヤムチャさんの声を耳に入れながら、俺は思わず歯噛みする。

 氣勢と内功の制御にミスは無かった。

 こうなったのはおそらく、界王拳と潜心力によって増幅された力に肉体が耐えられなかったからだろう。

 くそっ! これじゃあ技術を学んでも宝の持ち腐れじゃないか。

 苛立ちを紛らわせようと寝返りを打とうとして、寸でのところで思いとどまる。 

 ヤバかった。発動したままの界王拳を収めないと、下手に動いたらどこがイカレるかわかったもんじゃない。

 激しい痛みを無視して意識を集中させ、界王拳を解除したところでようやく一息つく事ができた。

 仰向けに寝がえりを打ちながら聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)で右手と左足の治療を始めると、ヤムチャさんが心配そうな顔で覗き込んできた。

 心配ないと答えたが当然のごとく納得はしてもらえなかったので、事情を説明したところしこたま怒られた。

 界王拳の危険性を解っていながら無茶をした私が馬鹿でした、はい。

 一分ほどで完治とはいかなくても通常動くには支障が無い程度に手足が回復したので、起き上がると奇異なモノを見る目をこちらに向けているヤムチャさんが目に入る。

 ああ、腕やら足が完全にぶっ壊れてる奴が簡単に立ち上がったら、そんな目を向けるのも当然か。

 取り敢えず、ヤムチャさんには神器の事は触れずに治癒能力があるとだけ説明し、治ったばかりで凝り固まったアキレス腱を解していると、腕時計からアラームの音が鳴った。

 液晶が示す時間は6:30、早朝の仕事をする時間だ。

 少々消化不良な感はあるものの、ヤムチャさんに礼を言って訓練スペースを出た俺は、手早く身支度を整えて制御コンソールでバイタルデータを更新する。

 習得技能欄に界王拳と舞空術がある事を確認してコンソールをOFFにしようとしたとき、訓練スペースが更新している事に気が付いた。

 項目を開いてみると、使用できる訓練スペースに重力制御ルームが追加されている。

 詳細に目を通すと、これはドラゴンボールに登場する中でも荒行として知られる重力制御ルームを再現したもののようだ。

 どうやら悟空が使用した宇宙船ではなく、ベジータが使っていたカプセルコーポレーションに設置されたタイプのもので、最大300倍の重力負荷が掛けられるものらしい。

 しかしまあ、相変わらず痒い所に手が届くシステムである。根本から鍛え直さなければと思っていたところでこれだ。

 今すぐ試せないのは残念だが、こればっかりは仕方がない。

 小さくため息をつきながら、俺は後ろ髪を引かれる思いで無限の闘争(mugen)を後にした。

 

 

 

 

 季節は晩春。顔を出すのが早くなった日の光の中、白衣に着替えて本殿の埃を落とした俺は、起きて来た美朱と共に神社の境内に箒をかけていた。

 入り口である鳥居の下から本殿回り、販売所や母屋と汚れているところを掃除し、後は目に見えるごみを取っていく。

 本来なら境内全面をしっかり掃除しなければならないのだが、後のスケジュールを考えると少々時間が無い。

 朝飯と弁当を作ってくれている朱乃姉に手伝わせる訳にもいかないし、しっかり掃除をするのは休日までお預けだ。

「慎兄、こっちは終わったよ」

 俺と同じく白衣を纏った美朱が箒を片手に歩み寄ってくる。

「おっし。そんじゃ『朝拝』をするから本殿に行くぞ」

「了解。でも、スクナ様とマガミ様、どこに行ったのかな?」

「さてな。普段から日本中をチョコチョコ出歩いてる方だから、また出雲にでもいってるじゃねえか」

「うーん、どこかで行き倒れてなければいいけど」

「大丈夫だろ。昔の駒王町(ここ)とは違って、日本にいる限りどこでも地脈から力を得られるだし」

「そうだよね。なら、お土産楽しみにしとこっと」

 さっきの心配はどこへやら、上機嫌で本殿に歩いていく美朱に苦笑いを浮かべながら、俺も後に続く。

 さて、俺と美朱にはれっきとした本業が存在する。

 それがこの神社の神職、要するに神主だ。

 神主と言うのは俗称で、俺はこの神社の責任者である宮司、美朱は俺を補佐する禰宜という役職にある。

 何故、俺達のようなケツの青いガキがそんな立場に就いているのかというと、話は俺達が日本に戻ってきた時に遡る。

 

 日本に移住する話が出た際、朱乃姉は俺達の住居を神社にしたいという希望をグレモリー家に出していた。

 ジオティクス小父さんやリアス姉は首を傾げていたが、俺達はこれがお袋との思い出から出たものだと容易に想像がついたので、特に反対しなかった。

 そうして迎えた移住初日。

 現地案内人が俺達に紹介したのは、人足が途絶えて久しいなんとも寂れた社だった。

 想像と現実とのギャップに朱乃姉は呆然としていたが、放浪時代を思えば家があるだけマシだろう。

 朱乃姉を置いて足を踏み入れた俺と美朱は、本堂で驚くほど衰弱した小人サイズの老人と白い犬を見つけた。

 姫島の血のお陰か理屈抜きで彼等が神霊だと確信した俺達は、意識があった老人─少彦名神(すくなびこなのかみ)様の指示に従って彼等を駒王町の外に連れ出した。

 すると、少彦名様と白犬の身体が白い靄のようなモノに包まれて枯れ木の様な身体があっという間に精気を取り戻したのだ。

 半分ミイラだったものが、狩衣を着た老紳士と光る白い毛並みに紅色の隈取りが入った狼に変わったことに、呆気に取られる俺達。

 少彦名様は好々爺然とした笑顔を浮かべて、助けてもらった礼と、何故自分達がああなっていたのかを語り初めた。

 何でもあの神社は白い狼、大口真神(おおくちのまがみ)様を祀っていた場所だったらしい。

 だが、二次大戦後のゴタゴタに乗じて駒王町を占拠した悪魔の結界によって土地との繋がりが絶たれ、地脈からの精と信仰心を得られなくなった事により、あの社と共に朽ちかけていたそうだ。

 土着の神々の様子を確かめる為に日本全国を回っていた少彦名様も、大口真神と顔を合わせていたところ巻き込まれてしまったんだとか。

 その後、少彦名様に何故あの社にいたのかと訊ねられたのでこちらの事情を説明すると、「悪魔に縁のある者が社に住むとはのう」と微妙な表情を浮かべた後、神社は神職に就いていないと住めないと言ってきた。

 今思えば当たり前の事なのだが、当時の俺達には寝耳に水だった。

 さらに神職は国家資格である事、取得には特定の大学にある神道科を卒業しなければならない事。

 そして特例として神職の家系ならば通信教育と試験で取得可能である事を説明された。

 当時の俺達に全く該当しない条件の数々に「またしても家無しか!?」と頭を抱えていると、少彦名様はニカッと笑って任せておけと言う。

 戸惑う間も無く高天原に連れて行かれた俺達は、あれよあれよという間に天照大神様との謁見の間へ連れ出された。

 太陽の様な明るさと温かさを持つ女神は、畏まる俺達に優美な笑みを浮かべて楽にするようにと茶を勧めてくれた。

 少彦名様を助けた事に対する礼から始まった謁見は、俺達の住居問題という何とも小さい事がメインで話し合われた。

 その中で驚いたのは、天照様が俺達姉弟の事を知っていたということだろう。

 なんでも、呪術の五大宗家である姫島家縁の娘が堕天使と結ばれたというのは、高天原でも結構な話題となっていたらしい。

 件の襲撃事件の後、混血である俺達を高天原で保護しようとしていたが間に合わなかったとも言っていたが、この辺は話半分に聞いておくべきだろう。

 それで本題だが、天照様曰くやはり神社に住む以上は神職がいなければならないとの事。

 とはいえ、家にはそれに就く資格のある者がいないのも事実。

 そこで天照様が出した案は、今回の礼として天津神の方から国に推薦するので俺達が神職に就くというものだった。

 これを聞いた時、俺達は答えに窮してしまった。

 神職とは日本神道の神官である。それに就くというのは、日本神話勢力に属する事を意味する。

 正式に籍を置いていないとはいえ、冥界から保護を受けている身としては受ける訳にはいかない話だ。

 しかし、ここでの暮らしを楽しみにしていた朱乃姉の笑顔を思うと、突っぱねるのも心が痛む。

 二人してうんうん唸っていると、天照様は義理固いうえに家族思いなのですね、と笑顔で煌びやかな十二単の袖から携帯電話を取り出した。

 心を読まれた事よりも神様も携帯を使う事に唖然としている俺達を余所に、天照様は軽やかに通話先に声をかける。

 こちらに漏れている声を聞いていると、相手はサーゼクス兄のようだ。

 駒王町の結界の事から始まり、少彦名様や大口真神様が消滅しかかったことやリアス姉の前任であるベリアル某の失踪とそれから十年もの間管理者を置かなかった事を、まるで世間話でもするかのように責め立てる天照様。

 電話の向こう側でサーゼクス兄は返す言葉がないのか、度々答えを急かすようなやり取りさえ聞こえてくる。

 そうやって胃の痛くなるようなやり取りがしばらく続き、次に天照様が切り出したのは俺達が神職に就くことへの連絡だった。

 俺達が日本神話に関わっているなど思ってもみなかったのか、声はなくても受話器越しから動揺している気配は感じ取れた。

 サーゼクス兄は反対したようだが、先の不祥事を鑑みてリアス姉の管理には日本神話側から監査を派遣することと神職に就けるのを許可するなら監査員を俺達に任せるという、鞭と飴を見せられてあえなく陥落。

 携帯を袖に仕舞いながら「これで気兼ね無く、神職に就けますね」と笑顔を向けてくる天照様に、俺達は顔を引きつらせる事しかできなかった。

 まだ神職に就くとか決めてない、なんて言える雰囲気じゃねーよ。

 結局、俺達は断ることが出来ず、その後の宴に参加する事になった。

 そこで俺は天手力男神(あめのたぢからを)様と力比べと称した模擬戦をしたり(顔面に発勁を撃ちこんだら、張り手で気絶させられた。)美朱が藤原千方の四鬼に忍術を見てもらったり(俺達の祖先に忍術を教えたのは彼等らしい)していたら、帰った時には日付が変わっていた。

 その際、怒り心頭で俺達を待っていた朱乃姉が、少彦名様の姿を見て卒倒したのは余談である。

  こうして図らずも神職に就くことになった訳だが、大変なのはここからだった。

 サーゼクス兄を初めとした冥界の関係者各位への事情説明と謝罪に始まり、中学と平行して通信教育で神道の勉強。

 なんとか1年で資格を取ったと思ったら、今度は実地研修が待っている。

 休みの度に出雲や伊勢、京都といった有名神社を回っては実務を覚えながら現地の神様に顔を出し、さらには今までやってきた何でも屋や駒王の監査の見習いについても疎かにしない。

 一時期は本当に過労死するかと思うほどの忙しさだったのだ。

 この時ばかりは全部投げ出してやろうかという思いが何度か頭を過ぎったが、楽しそうに家を修繕する朱乃姉や俺等の迂闊な行動が招いた事なのに、逆に頭を下げてくれたサーゼクス兄の事があったお陰で何とか踏ん張れた。

 そんな努力の甲斐があって、中学卒業と共に権正階(ごんせいかい)という村社、郷社の宮司になるために必要な階位を得ることができ、正式にこの神社を取り仕切る事なったのだ。

 因みに、この神社は前と変わらず大口真神様を祀っており、何故か少彦名様も居座っている。

 地脈の精や信仰心に関しては、俺がこの神社の神官として縁を刻んだ為、問題なく循環している。

 少彦名様が言うには、この手の結界は術者の力を上回る者を地脈等のマーカーにすれば簡単に効力を失うそうだ。

 

 

 

 

 さて、長々と回想に付き合ってくれてありがとう。

 そろそろ俺も目の前の現実と戦うことにしよう。

 『朝拝』すなわち、朝に1日の安全を願い、お祈りとお祓いを行う儀式のために本殿に入った俺達は、御神体の前に複数の影がある事に気付いた。

 格子を影にして差し込む日の光に照らされたのは、朝っぱらからお猪口(ちょこ)を片手にお神酒を飲む少彦名様にお供え物の桜餅をパクつく大口真神様。

 そして真神様の横から桜餅をかっくらう黒いわんこ──

『オーカミだよ?』

 ……失礼、狼だった。

「おはようございます、お二方。ところで、そちらの方は何方(どなた)でしょう?」

『オレサマノツガイ』

『ボクのだんな様!』

 白と黒の神狼が同時に胸を張る。うん、意味はわかるが話が見えん。少彦名様、詳細プリーズ。

「お主、段々儂の扱いが雑になるの」

「一緒に住んでるんですから、何時までもお堅いままだと疲れるじゃないですか」

「……まあええわい。その娘はハティ殿。真神殿が北欧から娶ってきた神狼じゃ」

『ハティ、アイサツスル』

『ボクはフェンリルの娘、ハティ。今日からよろしく!』

 パタパタと尻尾を振りながら、ワンと吼えるハティ様。

 北欧神話に名高い神喰狼の娘はボクっ娘だったらしい。

 ……OK、OK。落ち着け、まだ慌てる時間じゃない。

「いやなに、真神殿は以前からつがいが欲しいと言っておったのじゃが、国内では真神殿に相応しい狼というのがおらんでな。そこで海外に足を伸ばしてみたんじゃ。そしたら、ハティ殿とお会いしての」

『ピントキタ』

『ティンと来たんだ!』

「……という訳じゃ」

 いや、と言う訳じゃねえよ。なに無断で他の神話から嫁取ってんだ、わんこと爺さん。

「ねえ、スクナ様。むこうにお嫁に貰うって言ったの?」

「うむ。父親のフェンリル殿は真神殿を大層気に入ってな。娘を頼むと快く送り出してくれた。祖父のロキ殿は反対していたが、ハティ殿の姉であるスコル殿が首を咬んで振り回したら大人しくなったわい」

「ちょっ!? それ説得(物理)!?」

 ロキ神の末路に顔を引き攣らせる美朱。さすが神とは言え獣、解決方法がワイルドすぎる。

「オーディン殿は『ピンと来てティンと来たら仕方ないのう。ワシも恋路を邪魔して喰われたくないし』と諦めておったな」

 対応しょっぱいな、おい。それでいいのか、北欧の主神。

「ねえ、慎兄どうするの?」

 さすがに困惑の表情を隠せない美朱。まあ、神様が娶ると決めた以上、俺達に選択肢は無いけどな。

「とりあえずは天照様に連絡だな。ご神体が用意できるまでは真神様のを夫婦共用で使ってもらって、必要な物があれば随時補充ってとこか」

 呑気に朝拝なんてやってる場合じゃなくなったので天照様に連絡を取ろうと腰を上げると、ハティ様が白衣の袖を咥えて来た。

「どうしました、ハティ様?」

『このピンクのもっと欲しい!』

『オレモサクラモチ、モットクイタイ!』

 ベロンと舌を出しておねだりする白黒わんこに俺は思わず頭を抱えた。

 ……なんてこった。真神様だけでも50個は軽く食うのに、それがもう一匹増えたらウチのエンゲル係数がマッハじゃねえか。

 取り敢えず、天照様の前に和菓子屋に注文だな

 

 

 

 

 さて、時間をすっ飛ばして放課後である。

 もう五時前だというのにまだまだ明るい夕日の中、軽く伸びをすると背筋あたりがバキバキと軽い音を立てる。

 一日中座りっぱなしで身体は少々鈍っているが、朝の件がある程度片付いたおかげで心は軽やかだ。

 あの後「社の神力が増した!!」と騒いでいた朱乃姉に事情を説明したところ、またしても卒倒されたので家に寝かせて登校する事になった。

 注文した桜餅に関しては少彦名様に受け取りを任せた。あの爺様も友人の嫁に喰われるのは御免だろうから、しっかり受け取ってくれるだろう。

 嫁入りという事で神社に新たな神を迎え入れる事になるのだが、やり方なんてわからんので報告ついでに天照様に丸投げすることにした。

 むこうもこっちに任せろと言ってくれていたし、大丈夫だろう。

 最後のリアス姉への報告も、帰りにオカ研へ顔を出して終了。

 ここの管理者の自分がどうして一番遅いのかとブチブチ言っていたが、こっちに言われても困る。

 親方日の丸の身としては上を蔑ろにはできないのである。

 有事でなければ身内より職場を優先。これ、社会人の常識。

 家に着くとパートさんに代わって朱乃姉が販売所に入っていた。

 本堂や家に異常は無かったかを確認したところ、大量の桜餅を台車に乗せた和菓子屋が来たのと黒犬が境内をうろついていた以外は何もなかったとの事。

 一安心して夕食の仕込みで母屋に入る前に本堂を覗いてみると、大量の桜餅を前にしたご神体の傍で白と黒の毛玉が寄り添いあっていた。

 うむ、夫婦円満そうで何より。

 帰ってきた美朱と共に一日の締めである『夕拝』を行い、晩飯を食った俺は再び無限の闘争(mugen)に足を運んだ。

 ゴールデンキャッスルで将軍様からリストバンドやシャツの形をした重石を借り受けた俺は、その上からトレーニングウェアに身を包みコンソールを使って重力制御ルームを呼び出す。

 現れた重力制御ルームに足を踏み入れると中は下手な体育館以上の広さがあり、あるのは中央の支柱に備え付けられた操作パネルだけというシンプルな造りになっている。

「試しに10倍で行ってみるか」

 コンソールを10Gに合わせて起動ボタンを押すと低い唸りと共に制御室に軽い振動が走り、まるで上から強烈な力で押さえつけられる様に身体が重くなる。

 ふっひょおおおおおおっ!? 重てぇ!!

 キツすぎて込み上げてくる変な笑いで口元が歪めながら、折れそうになる膝に喝をいれる。

 身に着けたウエイトはもちろん、それ以外にも負荷が身体に満遍なく掛かるから、普段使ってない筋肉なんかに強烈にクル。

 だが、これは好都合。

 潜心力、そして界王拳をモノにするには基礎から徹底的に鍛え直さなければならないのだから、この位の困難はむしろ望むところだ。

 まずはランニングと思ったが、なんと重すぎて走る事ができない。

 仕方ないので極力走るのと同じフォームのまま、ウォーキングを行う。

 油の切れたブリキ人形の様な動きでエッチラオッチラと歩いていたら一周廻るのに10分も掛かってしまった。しかも、それだけで肩で息をする始末。我ながら情けない。

 え、ウエイト外せばいいって? 界王様も言っていただろ、付けてた方が修行になるって。

 ランニングを十周こなして腕立て、腹筋とメニューを進めていくが、正直洒落にならない位にキツい。

 特に腕立ては本気で捥げるかと思ったくらいだ。

 腕立て、腹筋、背筋を各10回5セットなんて中学生の部活メニューのような数を熟しただけで、俺は汗まみれで床の上に大の字になっていた。

 さすがはドラゴンボールの荒行、ここまでとは思わなかった。

 けど……やれる。

 重力を上げても潰れずに動けた。今はまだこんなザマだが、回数をこなしていけば必ず克服できる。

 そうやって段階的に高重力を乗り越えていけば、界王拳や潜心力だって十全に使える様になるはずだ。

 悲鳴を上げている身体で重力を元に戻した俺は、小さいながらも確かな手応えを掴みながら、疲れた体を引きずる様に無限の闘争(mugen)を後にした。

 朝から色々あった一日だが、〆が良ければ全て良しだ。




 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 今回は主人王強化フラグ+諸設定の説明回です。
 これでは主人公達がトンだ蝙蝠ですが、この設定は最初から決まっていたりします。
 まあ、主人公にとっては職場という認識なので、優先度は身内の方が勝りますが。
 さて、用語解説です。

≫舞空術
 『ドラゴンボール』に登場した技の一つ。
 体内の気をコントロールし放出して浮遊、飛行する事ができる。
 初登場時は鶴仙流(天津飯とチャオズの流派)の技だった。

≫界王拳
 『ドラゴンボール』に登場した技の一つ。
 孫悟空がサイヤ人に対抗するために界王様の元で伝授された奥義の一つで、自身の戦闘力を界王拳の倍率分上昇させる効果を持つ。
 悟空曰く「上手くいけば力・スピード・破壊力・防御力が全部何倍にもなる」との事だが、自身の限界を超える倍率で使えば反動で肉体にダメージが行くというリスクがある。

≫少彦名神
 日本神話における神。
 『古事記』によれば、少彦名神は大国主の国土造成に際し、天乃羅摩船に乗って波間より来訪し、大己貴大神の命によって国造りに参加した。
 少彦名神は、国造りの協力神、常世の神、医薬・温泉・禁厭(まじない)・穀物・知識・酒造・石の神など多様な性質を持つ。
 
≫大口真神
 日本に生息していた狼(ニホンオオカミ)が神格化したもの。
 大口真神は古来より聖獣として崇拝された。
 大和の国(現在の奈良県)にある飛鳥の真神原の老狼が元とされ、獰猛で大勢の人を喰らった事から神格化されて猪や鹿から作物を守護するものと言われる。
 人語を理解し、人間の性質を見分ける力を有し、善人を守護し、悪人を罰するものと信仰された。
 
 今回はここまでとさせていただきます。
 また次回お会いしましょう。

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