MUGENと共に   作:アキ山

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 大変お待たせいたしました、9話完成です。
 


9話

 グラウンドの一戦が決着をむかえ、次にディスプレイが映し出したのは、闇夜の中を飛び回りながら、激しい攻防を繰り広げる朱乃姉とレイヴェル嬢だった。

 黒く染まった空を無数の炎弾が紅く染め、その合間を紫電の蛇が身をくねらせながらすり抜ける。

 炎と雷。貪欲にその牙をギラつかせる二つの力は、夜闇を裂きながら相手に食らいついた。

 身体を駆け巡る電流に顔を歪めながら、体勢を崩すレイヴェル嬢。

 一方、朱乃姉の方に飛んだ炎弾は、その身を捉える寸前、『りゅ~え~じん』という舌足らずな幼い声と共に弾かれ、次々と明後日の方へその姿を消す。

『くっ、また私の炎を……。なんなのですか、その美朱そっくりの小人は!?』

『この子は朱美(あけみ)。可愛い妹の分身にして、私の優秀な使い魔ですわ』

 優秀と言われたのが嬉しいのか、朱乃姉の肩の上で、フンスッと胸を張るチビ美朱改め朱美。紹介する朱乃姉の顔も親バカならぬ、姉バカ丸出しである。

 というか名前付けていいのか、あれ。

『分身って、あのニンジュツとかいう、怪しげな技ですの!?』

『ええ。見た目は小さいですが、元になったあの娘の術がある程度使えるうえに、おつむも優秀ですから偵察や護衛もできますの』

『なんて高性能!?』

 ショックを受けるレイヴェル嬢とノリノリで使い魔自慢をする朱乃姉。当の朱美は、朱乃姉から貰ったプチクッキーをかじっている。

 完全に雰囲気がグダグダである。

「美朱ちゃん、小さな美朱ちゃんが大活躍ですよ!」

「うん、そうだね。というか、流影陣の使い方なら私より上手いんじゃね、あの子」

 チビ朱美の活躍にはしゃぐアーシア先輩と、思わぬ現実に遠い目で画面を見る美朱。

 まあ、分身に技の熟練度を超えられたら、ショックだわな。

『相変わらずの変人っぷりですわね、あの娘は……!!』

 吐き捨てるように、レイヴェル嬢が腕を大きく振り抜いて、壁のような爆炎を朱乃姉へ放つ。

 あと、横で「レベっちゃん、ヒドい!?」と嘆いている美朱は無視だ。 

 先ほどまでとは違った点ではなく面での攻撃。

 朱美の反射を危惧しての手なのだろうが、地上ならともかく空中戦では悪手でしかない。

『あらあら、甘いですわね』

 自身の姿が炎の壁に隠れる位置まで引きつけた朱乃姉は、壁の下を潜ることで容易く突破し、レイヴェル嬢の直下から電撃を撃ち込んだ。

 自身の放った炎で相手を見失ったのか、まともに電撃を受けたレイヴェル嬢は下方に炎を撒き散らしながら距離を取ろうとする。

 だが、朱乃姉は障壁や朱美の流影陣を使って強引に弾幕を突破。

 高速でレイヴェル嬢に肉薄し、至近距離から電撃を撃ち込み、硬直しているレイヴェル嬢を地面に蹴り落として離脱する。

 錐揉みに回転しながら落下していたレイヴェル嬢だが、地面スレスレで体勢を整える事に成功。

 炎の翼から火の粉を散らせながら再び朱乃姉に襲いかかるが、火力任せの大味な攻撃が朱乃姉に通じるはずはなく、そのことごとくを回避されて次々に電撃を撃ち込まれている。

「しかし、レイヴェル嬢の戦い方は随分と(あら)が目立つな。あれじゃまるで素人だ」

「まあ、ホントにずぶの素人だからねぇ」

 ポロリとこぼれた独り言を拾い上げた美朱の返答に思わず首を傾げた。

「それはないだろ。レイヴェル嬢はライザー氏の僧侶として、何度もレーティングゲームに出場してるんだぞ?」

「前にレベッちゃん言ってたよ。レーティングゲームは義理で参加してるだけ。戦うのはライザーさんの眷属の仕事で、自分はそんな野蛮なことはしないって」

「なんだそりゃ。そんな話よく相手チームが承知するな」

「そりゃあ、戦意のないフェニックスをワザワザ倒そうなんて、物好きがいなかったって事でしょ」 

 なるほど、そりゃそうだ。

 納得した俺は、再びモニターに目を移す。

 朱乃姉の巧みな誘導で高速のドッグファイトに誘い込まれたことにより、レイヴェル嬢の被弾率だけがさらに増えていく。

 リアス姉の女王になってからは積極的に戦う事はなくなったが、放浪生活の中で俺と美朱がまともに戦えるようになるまで、荒事で先頭を張っていたのは朱乃姉だったのだ。

 美朱の話が本当なら、レイヴェル嬢とは潜ってきた修羅場の数が違う。

 そんな朱乃姉にレイヴェル嬢が追い縋れているのは、フェニックスの不死性を盾に被弾をものともせず突っ込んでいるからだろう。

 そこまで思考を巡らせて、俺はある違和感に気付いた。

 不死鳥の力を受け継ぐフェニックス一族。彼らは不死鳥は炎の中から新生するという言い伝えの通り、その身を再生する時は炎を巻き上げるという特性を持つ。

 だが、今まで多くの電撃をその身に受けたレイヴェル嬢は、炎を巻き上げただろうか?

 答えは否。

 彼女が再生の炎を見せたのは、朱乃姉の初手を受けた際のたった一度だけ。

 それ以降は全くと言っていいほど再生は行われていない。

 それに気づくと電撃を食らった箇所に衣服の焦げ付きが無いのも妙に見えてくる。

 もしかして、朱乃姉は再生しない様にわざと威力を絞っているのか? でも、どうしてそんな事を……?

 朱乃姉の思惑に首を捻ってる間にも、闘いの流れは変化していく。

 射撃戦の実力差を理解したのか、右手に爪の形に固定した炎を宿して襲い掛かるレイヴェル嬢。

 だが強引な突撃の際に心臓付近に電撃を受けた瞬間、彼女は糸が切れたように地に落ちた。

 レイヴェル嬢に意識はあるようで、うつ伏せになったまま必死に動こうとしているが、細かく痙攣を続ける身体はその意思に応えようとしない。

『ようやく、効いてくれたようですわね。自分の身体で試したから自信はありましたが、もし効いてくれないかと思うと、少々不安でしたわ』

『か、身体が……!? 貴女、いったい何をしましたの!』

 自身の顔の前に立つ朱乃姉を睨み付けるレイヴェル嬢。対する朱乃姉は、火が出るような厳しい視線に晒されていても平然と微笑を浮かべている。

『大した事ではありません。高電圧で微弱な電流を電撃にして流し続けただけです』

『そ、それだけで動けなくなったというのですかっ!?』

『ご存知ですか? 悪魔や天使の身体の構造は、構成する物質の強度は違っていても、人間のそれに酷似してる事を。人間の身体は脳から各部への命令を電気信号によって行っています。当然、悪魔の身体も人間と同じ仕組みで動いています。さて、そんな身体に電気信号に酷似した電流を流すとどうなるでしょう?』

『ど、どうなるというのですか……』

『身体は脳からの電気信号と外部から入ってきた電流によって混乱し、正常な活動が出来なくなる。さらに、筋肉は電流によって強制的に収縮し、本人の意思とは無関係に動きを封じる訳です。今の貴女のように』

『……ッ!? 再生の力を持つフェニックスにそんな小細工が通用するはずがありませんわ!』

『現実に通用してます。それにこれは生理現象の一つ、肉体が損傷していないのに再生能力が働くわけがないでしょう?』

『ですが……こんな方法で私達を……』

『レイヴェル様、私が誰の姉なのか、忘れたのですか?』

『……っ!?』

 いつも通りのドSな笑みを浮かべた朱乃姉の言葉に、レイヴェル嬢は息を飲んだ。

 2年前、フェニックス家で起きたレイヴェル嬢誘拐未遂事件。

 便利屋家業で知り合い、同好の士として美朱の友人になったレイヴェル嬢に日本で暮らす事を伝えにいった俺達は、運悪くこの事件に巻き込まれた。

 当初、送られてきた脅迫状から身内の犯行と分かっていた為、フェニックス卿は内々に処理しようとしていたが、レイヴェル嬢を案じた夫人によって居合わせた俺達も救出に動くことになった。

 当時は俺達も便利屋家業でそこそこ名を知られる存在になっていたので、夫人もこちらに振ってきたのだろう。

 結果だけ言えば、レイヴェル嬢は美朱によって救出され、主犯でありレイヴェル嬢を人質にフェニックス家を乗っ取ろうとした、分家のエドウィン・フェニックスは俺が倒した。

 まあ、あの時は雷光を込めた浸透勁によって氣脈を狂わせて、再生能力を封じたというタネがあるわけだが、フェニックス家にとって分家とは言え不死の力を持つ身内が殴り倒されたというのはショッキングだったらしく、事件後関係者から問い詰められた記憶がある。

『2年前、貴女の誘拐未遂が解決した折、フェニックスをどうやって倒したのか尋ねた私に、弟がこう言いましたわ。「フェニックスの肉体を傷つけずに、その機能だけを止めればいい」と。この試合が決まった時にその言葉を思い出した私は、多くの文献を漁って人間が使うスタンガンの原理からこの方法を思いつきましたの』

「慎兄、そんな事言ったの?」

「あー、なんか言った覚えがあるかも。というか、よくそんなの思い出したな、朱乃姉」

「なるほど、肉体を破壊しなければ再生もしない、か。これはレーティングゲームにおける、フェニックスの牙城を崩す一手になるかもしれないな」

「良く分かりませんが、朱乃先輩すごいです!」

 俺達が観覧席で騒いでると、朱乃姉はレイヴェル嬢から視線を外し、虚空に向けて声を上げ始めた。

『さて、グレイフィア様。彼女にかかった麻痺は数分で回復しますが、それだけあれば戦闘不能にすることは容易い。ですが、今回のゲームは練習試合の意味合いを込めたモノと聞いています。ならば、動けない彼女に鞭打つような真似は控えるべきでしょう。どうかご判断を』

『ライザー様の僧侶一名、リタイヤ』

 朱乃姉の訴えから待つこと少し、グレイフィア姉さんのアナウンスと共にレイヴェル嬢は退場した。姿が消える際、目に涙を浮かべながらライザー氏とユーベルーナ女史に謝罪していたのには心が痛んだが、これも勝負事の常だろう。

 というわけだから泣くな、愚妹。ホントこういう事に涙腺緩いよな、お前。

 俺の隣で慎みという言葉を投げ捨てる様に、アーシア先輩からもらったティッシュで美朱が洟をかんでいると、モニターは最後の戦場を映し出した。

 そこは新校舎の屋上。

 身体のいたる所が煤けたリアス姉とイッセー先輩が、無傷のライザー氏と相対していた。涼しい顔で二人を見下ろすライザー氏に対して、先ほどよりも火傷が増え、肩で息をしているリアス姉。

 そして、その身を盾にするようにリアス姉の前に立つイッセー先輩は、両腕やわき腹、太腿の部位の服は駆け焦げて露出した肌には大きな火脹れが出来ている。

『随分と頑張るな、リアス嬢の兵士(ポーン)よ。リアス嬢を護らんとするその忠誠心は見事だ、素直に称賛を送ろう』

 眼前に敵がいるにも関わらず両手を打ち合わせるライザー氏に、二人は露骨に表情を歪める。

『馬鹿にして……っ。イッセー、貴方は大丈夫なの』

『キツいけどまだ行けます。でも、どうやってあいつを倒したらいいのか……』

『ええ。再生能力に爆炎、その上格闘技能まで高いなんて計算外だったわ。今までの試合では、あんな技術は使っていなかったのに……』

『公式戦では接近戦を主とする駒は、俺の前に立つ前にリタイヤしているからな。この技術を使う機会は無かったのさ。まあ、その点では兵士(ポーン)君には感謝しているよ。久々に実戦でこの技が振るえる』

『なめやがって、俺はサンドバック代わりかよ……』

『そんな失礼な事は言わんさ。少なくともスパーリングパートナー程度には役に立っているぞ』

『ざけんじゃねえ!!』

『待ちなさい、イッセー!?』

 ライザー氏の挑発に、リアス姉の静止を振り切って突進するイッセー先輩。助走をつけて振り上げた拳を放とうとするが、それよりも速くライザー氏の右足ががら空きになっていた脇腹に叩き込まれる。

『ぐ……え……』

 まるで鞭で肉を打つような音と共に浮き上がるイッセー先輩のつま先。次の瞬間、蹴り足から爆炎が吹き上がりイッセー先輩を大きく吹き飛ばした。

『イッセー!?』

「イッセーさん!?」

 屋上と貴賓室にリアス姉とアーシア先輩の悲鳴が響く。なるほど、あれがイッセー先輩の奇妙な負傷の仕方の正体か。しかしさっきの中段蹴り、あのガニ股に足を上げてから、目標に向けて垂直に繰り出す蹴り方は───

「ねえ、慎兄。今の蹴りって……」

「ああ、あれはムエタイ特有の蹴り方だ」

「ムエタイというのはどういうモノなのかな?」

「タイっていう国の国技で、地上では立ち技最強の格闘技の一つに挙げられてる。さっきの蹴りを見る限り、ライザー氏はかなりやりこんでいるようだな」

 修行で地力の増したイッセー先輩の突進にミドルを合わせるなんて、齧った程度の奴ができる事じゃない。

 しかし、今のライザー氏って遠近共に攻守の揃った強敵じゃないか。これを崩すのは厳しいぞ。

 モニターには屋上の右端まで吹っ飛ばされ、柵にもたれる様に座り込むイッセー先輩と、それを支えるリアス姉の姿が映っていた。

 ライザー氏は余裕の表れなのだろう、手を出さずに二人を見ている。

『大丈夫、イッセー』

『……なんとか。慎と一緒に将軍様のシゴキを受けてなかったら、今ので終わってましたけど』

 リアス姉に肩を借りながら、何とか立ち上がるイッセー先輩。今ので戦闘不能かと思ったが、まだやれるようだ。

『姫島慎か。なるほど、君達の訓練に彼が絡んでいるのなら、犠牲も無しに俺の眷属を倒したのも、成りたての兵士(ポーン)君がしぶといのも納得がいくな』

『随分とあの子を評価するのね』

『当然だろう。魔王でも超越者でもない、当時13歳の子供がフェニックスの血族を正面から倒した。しかもその方法が拳で殴り飛ばしたというのだから、警戒するなという方が無理な話さ。まあ、人間の武術の有用性を教えてくれたのには感謝するがね』

 あれ、ライザー氏がムエタイ習ったのって、俺が原因?

「なんだ、また慎兄のせいか」

「ふむ、高評価だね。兄貴分として私も鼻が高いよ」

 待て妹よ、それは濡れ衣だ。当方は断固として無罪を主張する。

 だから、アーシア先輩も涙目で睨まないでくれ。

 あとサーゼクス兄、これって評価じゃなくて警戒だから。

 俺が理不尽な責めを受けている間に、残りのメンバーが屋上に到着した。

『リアス、イッセー君!』

 満身創痍のイッセー先輩を目にした朱乃姉が二人の元に飛び、祐斗兄と塔城が警戒しながらもライザー氏を包囲する。

『私はリアスとイッセー君の治療を行います。祐斗君と小猫ちゃんはその時間を稼いでください!』

『『はいっ!!』』

 朱乃姉の指示に祐斗兄は氷結の魔剣を創り出し、塔城は拳を構える。

『ようやく眷属全員が集まったか。これでこのゲームの第二の目的が果たせるな』 

 この状況で、スーツの胸ポケットから取り出した煙草を燻らせるライザー氏。その不遜な態度にオカ研メンバーは眉を顰める。

『目的ですって?』

『このゲームは、レーティングゲームに出た事のない君達に、試合経験を積ませるを第一としている。だからこそ、俺は始まる前に二つの指標を定めた。一つは俺の下僕たちを通して君達の実力を測る事。そしてもう一つは、下僕との戦いに生き残った者に俺自身がゲームの厳しさを教える事だ。こういったものは王にだけ叩きこんでも意味が無いからな』

『だから、部長を討たずに僕達が来るのを待っていたんですか?』

『ああ。まあ、そこの兵士(ポーン)君が存外に頑張ったというのもあるがな。さて、おしゃべりはここまでだ。レッスンを始めよう』

 言葉と共に煙草を吐き捨てたライザー氏はこの試合で初めて構えを取った。両腕を軽く曲げ掌が相手に半ば見える様に顔の前に上げ、前に出した左足を軽く曲げてリズムを取るムエタイ特有の構えだ。

『……いきます』

 初めに飛び出したのは塔城だった。スピードでかく乱する為にライザー氏を中心に円を描くように駆け回る。対するライザー氏は構えのまま微動だにしない。普通はこうも動きまわられたなら、動きを追う為に首を巡らせるくらいはするのだが。

 廻り初めて数周、隙を定めた塔城は飛び上がり、背後からライザー氏の首に目がけて蹴りを放つ。

 だが、虚を突かれたと思っていたライザー氏は塔城の方に向き直り、蹴り足の脛を肘で迎撃したのだ。

 肉体同士の激突とは思えない硬質な音が響き、コンクリート製の床に落下した塔城は右足を押さえて苦痛の声を上げた。

 冷然とそれを見下ろすライザー氏。塔城を撃ち落とした右腕は力無く下がっていたが、それも数秒で炎と共に再生する。

『攪乱と虚撃を主体にする戦車か……。悪くはない。だが、襲いかかる前にこちらの手の内を聞いておくべきだったな。俺が格闘戦もできると知っていれば、こうならない可能性もあったはずだ』

 言葉と共に倒れた塔城に向けて右手を翳すライザー氏。祐斗兄が慌てて飛び出すが、それよりも速く右手から放たれた何かに吹き飛ばされた塔城は、階段室の壁に叩き付けられてリタイヤする。 

『リアス嬢、あの戦車の脱落は君に責任がある。其処からでも口頭で制止や忠告はできたはずだ。情報の共有は眷属に関わらず組織運営の根幹を成す。それを怠る者に上は目指せんぞ』

『……小猫になにをしたの?』

『熱風を放っただけだ。炎と再生能力ばかりを取り上げられるが、フェニックスとは元来火と風を司る悪魔。風を武器にする事も、センサーとして相手の動きを読む事もできるのさ』

 リアス姉の刺すような視線に、ライザー氏は不敵な笑みと共に答えを返す。

『流石はフェニックス、随分と多芸な事だ。でも、これ以上はやらせないよ』

 身体に風を纏わせながら、ライザー氏の前に出る祐斗兄。

 氷結の魔剣を構えると、モニターに映る姿が一瞬ブレるほどのスピードでライザー氏に斬りかかった。

 祐斗兄のスピードに目を見開いたライザー氏が咄嗟にガードを固めるが、超高速の斬撃によって身体中を切り刻まれる。

『予想以上のスピードだ。まさか、風を持ってしても読み切れんとは……!?』

 亀のように身を丸めて斬撃の嵐をやり過ごそうとするライザー氏。

 防御に集中している為、思考が断ち切られるような致命傷や、肉体が欠損する重傷は免れているが、魔剣の効果によって受けた傷口が凍結してしまい、再生に通常よりも時間がかかっている。

 一方、攻めている祐斗兄も、ライザー氏が魔力まで全て防御に回しているために刃の通りが悪く、決定打が与えられないでいた。

 攻め手と守り手。この場合、持久戦になれば有利なのは守り手の方だ。

 一方的な攻撃が続くこと、数分。

 剣速に陰りが見え始めた右肩への袈裟斬りに合わせて、ライザー氏は防御を捨てて大きく踏み込んだ。

 振り下ろされた刃は、標的を鍔もとで捉えた為に肩口に食い込む程度で止まり、動きを止めた祐斗兄の首にライザー氏の手がかかる。

『ようやく捕まえたぞ』

 血の代わりに霜を全身に纏わせたライザー氏は、抱えた祐斗兄の首を自分の身体に引き寄せながら、凄絶な笑みを浮かべる。

『ぐっ、なんて力だ!?』

 ムエタイで言う首相撲の体勢に捕らえられた祐斗兄は、なんとか脱出しようとするが、それよりも早く身体を振り回す事で体勢を崩され、がら空きの脇腹にライザー氏の膝が突き刺さる。

『がッ……!?』

 腹部を襲う衝撃に、身体をくの字に折り曲げて、肺に溜まった空気を吐き出す祐斗兄。だか、ライザー氏の攻めはこれで終わりではなかった。

 先ほどのイッセー先輩と同じように、身体に打ち込まれた膝から爆発が起こり、押さえられたら首を支点にその身体が大きく浮き上がる。

 爆炎が収まり、振り子のように元の位置に戻ってきた祐斗兄には抵抗する力は残っていなかった。

 辛うじてリタイヤはしていないものの、先ほどまで脱出しようとしていた首相撲に支えられなければ、立てないほどに消耗しているのだ。

『木場ぁぁぁぁぁっ!!』

 死に体となった祐斗兄に止めの一撃を加えようとしていたライザー氏は、咆哮と共に突撃してくるイッセー先輩の姿に気付くと、即座に祐斗兄をイッセー先輩に投げつけた。

 慌てて祐斗兄を受け止めようとして、絡み合いながら転倒するイッセー先輩。

 その隙に2人を焼き払おうとしたライザー氏は、後方から放たれた雷撃と真紅の魔力弾に吹っ飛ばされる。

『イッセー! 祐斗をこっちに連れてきて!!』

 朱乃姉が雷撃の弾幕でライザー氏を押さえている間に、イッセー先輩から祐斗兄を受け取ったリアス姉は、傷の酷さに一瞬眉ひそめたものの、すぐさま治療を開始する。

『イッセー君、祐斗君のことはリアスに任せて、私達はライザーの足止めを!!』

『了解です、朱乃先輩!』

 朱乃姉の指示に倍化を発動させて突っ込むイッセー先輩。

 全身に刻まれた氷結の傷痕がようやく再生し始めたライザー氏だが、未だにその動きは本調子ではない様で、イッセー先輩の猛攻と圧倒的手数の雷撃に徐々に防戦に追い込まれていく。

 見ていると、どうもライザー氏は朱乃姉の雷撃を強く警戒しているようで、イッセー先輩との格闘戦の中で何度かクリーンヒットを与える事があっても、フォローで飛んでくる朱乃姉の雷撃を回避する為に、追撃の爆炎を放てないでいるようだ。

『あらあら、フェニックスの血族ともあろう方が、随分と私の雷撃を恐れていますのね』

『レイヴェルを下した者の攻撃を無防備に食らうほど、脳天気ではないのでな!』

 雷撃を捌きながらイッセー先輩を殴り飛ばしたライザー氏は、右手に生み出した火球を朱乃姉に放とうとするが、

『させるかァァァァッ!!』

 横合いから飛び出してきたイッセー先輩の拳を頬に喰らい、火球はあらぬ方向に飛んでいく。

『ぐっ……、しつこい男は嫌われるぞ、兵士(ポーン)君!』

『うるせえ!! リアス部長も朱乃先輩も俺が守る! テメエに手出しはさせねえ!』

 啖呵を切りながらイッセー先輩は追撃の拳を振り上げるが、それよりも速くライザー氏の放った前蹴りを胸に受けて体勢を崩したところを、ハイキックを食らってその場に崩れ落ちる。

『イッセー君!?』

 朱乃姉が慌てて雷撃を放つがライザー氏の軽快な足運びによって回避され、バレーボール大の火球が放たれた。

 必死に身体を起こそうとしているイッセー先輩へと迫る火球。

 それは獲物に喰らいつく前に、横合いから走る青い剣閃によって姿を消した。

『大丈夫かい、イッセー君』

『木場!』

 振り抜いた短剣サイズの氷結剣を下ろした祐斗兄は、少しフラつきながらもイッセー先輩に手を差し出した。

 その手を取って立ち上がったイッセー先輩は、祐斗兄の腹部の傷を見て顔をしかめる。

 傷を負った時のような黒こげでボロボロではないが、治癒魔法による再生した皮膚は完全ではないらしく、呼吸の度に腹部の所々で血を滲ませている。

『お前、大丈夫なのかよ?』

『あまり大丈夫とは言えないけど、そんな事を言っている場合じゃないからね。それより、倍化の準備をしてくれ。最大倍化に重剛撃(ヘヴィ・ブロウ)の威力を乗せれば、ライザーを倒せるかもしれない』

 祐斗兄の提案に、イッセー先輩の顔に迷いが浮かぶ。

『確かにそうかもしれないけど、接近戦の腕は向こうの方が上だ。闇雲にぶっ放しても躱されちまう』

『それは大丈夫。当てるチャンスは僕が作って見せるから』

 真っ直ぐに相手の顔を見ながら祐斗兄は言葉を紡いだ。その強い決意の籠った視線にイッセー先輩の顔から迷いが消えていく。

『わかった。頼むぜ、木場』

『ああ』

 お互いの右拳を合わせ、前に出た二人は、それぞれに準備に入る。

 赤龍帝の籠手の倍化の声と共に、皆殺しのトランペットの構えを取るイッセー先輩。

 そして、氷結の短剣を逆手に持ったまま右足を伸ばし、左足を折り曲げて身体を大きく沈める祐斗兄。

 まるで地面に張り付くような祐斗兄の奇妙な構えは、そんな体勢にも関わらずしっかりと地面を踏みしめる足も相まって、獲物に襲いかからんとする蜘蛛のようなイメージを抱かせる。

『行くよ、イッセー君!』

 言葉と共に祐斗兄の身体は、画面から掻き消えた。

 異様な構えから、たった一足で最高速に達した祐斗兄は、足止めの為に放たれた雷撃や紅い魔力の下を這うようにくぐり抜け、ライザー氏の足元へ到達する。

『斬!!』

 裂帛の気合いと共に振るわれた短刀は、ライザー氏の両足首を捉え、魔剣の効果は斬られた場所から下を氷結させる事で、地面に縫い付ける。

『魔剣使いの騎士(ナイト)だとっ!? いつの間──ガッ!?』

『蹴り穿つ!!』

 ライザー氏が下を向くのと同時に、跳ね上げられた右足はその顎を捉え、左手を地面に打ちつけた反動で飛び上がった身体は、後ろ蹴りの体勢のまま大きく首を撃ち上げる。

『今だ、イッセー君!!』

『応よ! 行くぜ、ドライグ!!』

『Explosion!!』

 倍化能力を解放すると同時に、床を踏み砕きながら飛び出すイッセー先輩。

 紅いオーラを全身に纏いながら駆けるその姿は、通常よりも格段に速い。

『受けるか、このブロぉぉぉぉぉっ!!』

『Impact!!』

 蹴りのダメージから復帰していない相手を射程圏に捉えたイッセー先輩は、勢いそのままに拳を放つ。

『ぐおあぁぁぁっ!?』

 全ての力を四倍に高めた一撃は、食らいついた胸板を大きく陥没させ、縫い付けた両足を引き剥がす程の勢いでライザー氏を吹き飛ばす。

 宙を舞うライザー氏は転落防止用の柵をブチ抜きながら、グラウンドの方角へとその姿を消した。

 イッセー先輩は、ライザー氏を吹き飛ばしただけでは勢いが治まらず、クルクルと二回転ほど回転したのち、その場に座り込んだ。

『……やったね、イッセー君』

 掛けられた声にイッセー先輩が目をむけると、同じように床にへたり込んだ祐斗兄が、肩で息をしながらも笑顔を浮かべている。

『ああ、なんとか上手くいったよ。これも木場や部長達がアシストしてくれたからだな。俺一人じゃ到底勝てなかった』

『それでいいのよ、イッセー。私達はチームなんだから、一人で出来ない事はみんなの力を合わせて成し遂げればいいの』

『部長、お疲れ様です』

『お疲れ様。祐斗、あなたも怪我を推してよくやってくれたわ』

『ありがとうございます』

 お互いを労いながらイッセー先輩をリアス姉、祐斗兄を朱乃姉が治療を始める。

 全員、服は煤けてところどころに火傷を負っているが、前衛の男二人に比べて朱乃姉達の負傷は軽い。

『しかし、木場の最後の技は凄かったよな。俺なんか全然見えなかったぜ』

『私達も驚いたわ。魔力弾の下を駆け抜けて行くんですもの。あの技はお兄様の騎士に教えてもらったものなのかしら?』

『いいえ。あれは無限の闘争(mugen)で覚えた技です』

『この前の合宿でか?』

『いや、冥界にいた頃に利用する機会があって、その時に覚えたんだ。最初のカンフーマンには勝てたんだけど、次に現れたのが初回特典で覚えた技の本来の使い手でね。そりゃあもう、こっぴどくやられたものさ。その時に運良くもう一つ技を手に入れる事ができたけれど、自分の未熟さを思い知った僕はそれ以来利用する事はなかったんだ』

『その思い出があるから、今まで使わなかったの?』

『いえ、単純に師匠に教えてもらったスタイルに合わなかっただけです。あの技、七夜の闘法は暗殺術に近いので』

 暗殺術という言葉に若干引き気味になるリアス姉達と、それに苦笑いを浮かべる祐斗兄。

 ボロボロかながらも和気あいあいとした雰囲気のオカ研メンバーを見ていると、アーシア先輩がふと思いついたように声を上げる。

「あの、試合は終わったのでしょうか? もし終わったのなら、私も部長達の治療に行きたいのですが」

 その言葉に俺と美朱は思わず顔を見合わせた。

 今まで参加者が脱落すると、必ずアナウンスが流れた。

 なのに、ライザー氏の脱落を知らせるものは流れていない。

 ということは───

 それに気付くのと同時に、耳をつんざく爆音と共に画面が紅蓮に染まった。

 先ほどまでオカ研メンバーがいた場所には巨大な火柱が上がり、咄嗟に庇ったのだろう、リアス姉と彼女に覆い被さる形で倒れているイッセー先輩以外、人影は見えない。

『リアス様の女王1名、騎士1名リタイヤ』

『朱乃……祐斗……そんな……』

 二人が呆然と天を衝く炎を見上げていると、その中から人影が歩み出てくる。

 それは先ほど吹き飛ばされたライザー氏だ。

『試合が終わっていないのに仲間と歓談とは、随分と危機感が無いな、リアス嬢』

『ライザー……!』

『先ほどの連携の一撃は効いたよ、一瞬意識が飛ぶほどにな。だが、そのまま放置するのはいただけない。あそこは追撃して勝負を決める場面だろう』

 言葉の通り、ライザー氏の姿は酷いものだった。

 トレードマークの深紅のスーツはボロボロで胸元には拳の形に凹み、口から襟元に掛けて自ら吐き出したであろう血で汚れている。

 だが、纏った覇気に陰りは見えないし、歩みを進めるその足元はしっかりとしたものだ。

『うるせえ! 不意打ちなんて卑怯な真似しやがって!!』

『何を言っている。俺は投了(リザイン)した覚えはないし、ジャッジもゲームが終了したと判断していない。ゲームが続いているのなら、敵を攻撃するのは当然だ。不意打ちになったのは君達が油断していたからだろう』

 イッセー先輩の糾弾に大いに呆れながら答えを返すライザー氏。

 ゲームが終わったと思っていた俺が言えた義理じゃないが、これはライザー氏が正しい。

『まさかゲームが終わったとでも勘違いしていたのか? だとすれば、公式戦でそんな無様を晒す前に考えを改める事だな。騎士と女王という高い授業料を払ったんだ、得るモノが無ければ彼らも報われないだろう』

『……ッ! ざけんなぁぁぁぁぁぁ!!』

 こちらの胸も抉ってくれるライザー氏の弁に、頭に血を登らせたイッセー先輩が飛び掛かる。

 しかし、イッセー先輩も沸点が低い。防御に徹しろとあれほど口を酸っぱくして教えたのに、まるで意味が無いじゃないか。

 モニターがライザー氏とイッセー先輩の殴り合いを映していると、おもむろに美朱が席を立った。

「朱乃姉のところに行くのか。傷が酷かったら呼べよ」

 普段とは違う憂いに満ちた表情に、心情を察して声をかけると、美朱は小さく頷く。

「美朱ちゃん、私も行きます。治療のお手伝いなら少しは役に立てると思いますから」

「負傷者を収容しているのは保健室だ。私の名前を言えば、通ることができるだろう」

「ありがと、サーゼ兄。アーシア姉、ちょっとゴメンね」

 そう言うと、美朱はアーシア先輩を脇に抱えて、あっと言う間に姿を消した。

 美朱はお袋を失ってから、身内が傷つくのを極端に嫌うからな。競技だといっても納得はできないのだろう。

 まあ、これが切っ掛けで朱乃姉にレーティングゲームに出ないように言ってくれると、個人的には非常に助かる。

 俺が言ったら、「お前が言うな」って返されるのがオチだし。

「ごめんな、サーゼクス兄。ここのスタッフの事を信用してないワケじゃないんだけどさ」

「気にしなくていい。例え安全が保証されていると言われても、身内が負傷すれば冷静でいるのは難しいものだ。それより、行かなくていいのか?」

「なにかあったら美朱から連絡が来るさ。それに一人くらい最後まで見届た奴がいないと、朱乃姉達も怒るだろ」

「そうか。なら、男同士で最後まで応援するとしようか」

「イッセー先輩は華がないって嘆きそうだけどな」

 俺が我慢しているのを察してくれているのだろう、ワザと砕けた態度で接してくれる魔王様に軽口を返してモニターに目を向ける。

 新校舎の屋上をリングとして、拳を交えるライザー氏とイッセー先輩。だが、両者ともにその動きには当初の鋭さはない。

 イッセー先輩は単純にスタミナ切れ、ライザー氏は先ほどのダメージが抜けきっていないのだろう。

 しかし、傷口が瞬時に再生するフェニックスの身体にダメージが残ると言うのは妙だ。

 よく観察すると、先ほどの負傷に加えてイッセー先輩の攻撃によって新たにできた傷も再生していない。

「……もしかして、ライザー氏の再生能力は機能していないのか?」

「いや、完全には死んでいない。だが、極端にその力が落ちているのは確かだろう」

「しかし、なんで急に……」

「分からない。だが、可能性があるとすれば朱乃君の雷撃だろうな。ライザー君も警戒していたが、雷撃全てを躱す事は出来なかった。もしかしたら、その中にレイヴェル嬢を戦闘不能にしたような攻撃があったのかもしれない」

「それが、部分的とはいえ効いてきたという事か」

「恐らくはね」

『イッセー! 何故か解らないけれど、ライザーの再生能力が働いていないわ! 今のうちに畳みかけるわよ!』

『はい、部長!!』

 リアス姉が後衛で滅びの魔力弾を放ち、それを縫う様に接近戦を挑むイッセー先輩。即席ながらも中々のコンビネーションを見せる二人に、ライザー氏の顔に焦りの表情が見える。

『舐めるな!!』

 しかし、劣勢にあっても気炎を吐いたライザー氏は、殴りかかってくるイッセー先輩の足を払って倒すと、飛来する深紅の魔力弾を炎を宿した掌で払い除けた。

『滅びの力を素手で!?』

 驚愕で動きを止めるリアス姉。

『滅びの力は接触したモノを消滅させる。ならば、この炎のように肉体と力の間にクッションを挟めば対応は可能!』

 その隙を突いて肉薄したライザー氏は、高角度に振り上げた膝をリアス姉の側頭部に叩きこむ。

『あぐぁっ!?』

 砕けたコンクリートに倒れるリアス姉にライザー氏が追撃の炎を放とうとするが、背後からのイッセー先輩のタックルによって阻止される。

 だが、ライザー氏もただでは起きない。

 小さい火球でリアス姉を弾き飛ばすと、腰にしがみ付くイッセー先輩のズボンのベルトを手をかけて強引に正面に移動させ、そのまま首相撲の体勢に捕らえる。

『君ばかりに時間を割いてはいられんのでな。このまま決めさせてもらうぞ!』

 言葉と共にライザー氏はイッセー先輩の脇腹に膝を叩きこみ始める。

『うがっ!? があっ!? こ…の…やろぉ!』

 イッセー先輩も逃れようともがくが、膝に加えて首を支点に振り回される為に脱出の機会を得る事ができない。

 しかし、先程から見ているとライザー氏は打撃がヒットしても爆炎による追い打ちを放っていない。

 さっきのリアス姉への攻撃でそれを放っていたら、試合は終わっていたはずなのにどういうことなのか。

『イッセー!!』

 体を起こして魔力の籠った手を向けているリアス姉を見たライザー氏は、咄嗟に迎撃しようと右手を相手の方に翳す。

『チィッ!? 炎まで……!』

 だが、すぐに苦虫を噛み潰した様な表情で腕を戻し、イッセー先輩が盾になるように体勢を入れ替えた。

「サーゼクス兄、今の見たか?」

「ああ、恐らくライザー君は炎も使えなくなったのだろう。打撃と炎の連携を使っていなかったのも、炎の制御が効かなくなってきていたと考えれば納得がいく」

 イッセー先輩を巻き込む事を懸念したリアス姉が魔力弾を破棄するのを確認して、再開される膝地獄。

 再生能力と炎、フェニックスを象徴すると言ってもいい能力を封じられたライザー氏だが、それにも拘らず攻めの姿勢は苛烈さを増している。

 防御を固める腕を肘や組手の差し替えなどで、巧みにこじ開けては次々と腹部に膝を突き刺す。

 その度に、イッセー先輩の身体は左右に振られ、時より覗くその顔には腹部への打撃しか受けていないにも関わらず、鼻血が垂れ始めている。

 あれは内臓に達したダメージがその機能を阻害し始めた証拠だ。

 普通のスポーツ格闘技ならばドクターストップがかかる症状にも関わらず、イッセー先輩の目はまだ死んでいない。

 現状では防御も意味を為さないと理解したのか、ライザー氏に身体を密着させる様にしてそのわき腹に拳を叩き込んでいる。

 しかし、首を抑えつけられて足の踏ん張りも効かない状態では本来の威力には程遠く、数発撃ち込む度に間合いを離されては膝を貰っていた。

 このまま行けば数分と経たずにイッセー先輩は力尽きる。そして、現状を覆す術は彼には無い。

 そう思っていた俺は、次に画面に映しだされた光景に目を見開く事になった。

 効果のないはずの手打ちのパンチを食らったライザー氏の身体が、大きくくの字に折れたのだ。

『ぐおおおおおっ!? 貴様……!』 

『……俺は部長に約束したんだ、最強の兵士(ポーン)になるって。だから、こんなところで負けるわけにはいくかよぉ!!』

『Explosion!!』

 口に溜まっていた血を吐き捨て、ライザー氏を引き剥がそうと連打を放つイッセー先輩。

 先の一撃程ではないが、威力の増した拳は少しずつライザー氏を後退させていく。

「なるほど。彼の攻撃力が増したのは赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の倍化を使ったからか」

「という事はさっきの一撃は重剛撃(ヘヴィ・ブロウ)か。倍化の反動に身体が参らないといいけど」

 俺が心配している間にもイッセー先輩の連撃は回転を増し、次々とライザー氏の腹を抉っている。

 しかし、ライザー氏もただ黙ってやられているわけではない。ある程度食らったものの、連撃のスピードが緩んだのを狙ってカウンターの膝をイッセー先輩の腹に突き刺したのだ。

『ぐえぇ……っ!?』

『……なるほど、それが貴様の背負う物か。だが、負けられない理由をがあるのは貴様だけではない!』

 イッセー先輩の吐き出した血混じりの反吐が肩を汚すのを、気にも留めずにさらに膝を放つライザー氏。

『このゲームは、ユーベルーナも腹の子と共に見ている。これから生まれてくる子に、父親が敗北する無様な姿など見せるわけにはいかん! 例え、それがご機嫌取りの練習試合だったとしてもだ!!』

『うる……せえ!!』

 抵抗が緩くなったのを好機と捉えたライザー氏は止めとばかりに大きく足を振りかぶるが、先ほどのお株を奪うかのようなカウンターの一撃がその腹に突き刺さる。 

『ぐぅおぉ……っ!?』

『お前の事情なんか知るか……! 俺は負けねえ、最強の兵士に成る為に……負けるわけにはいかねえんだ!!』

 腹を掻き回される衝撃で苦鳴を漏らすライザー氏に追撃を掛けようとするイッセー先輩。

『それは……こちらのセリフだ、赤龍帝!!』

 だが、それもすぐさま切り返しの膝に阻まれる。

 そこから再び膝と拳の応酬が始まる。

 お互いの攻撃が突き刺さる度に双方が苦痛に顔を歪ませ、血と反吐が飛び散る凄惨な我慢比べ。

 そこに格好良さなど存在しない。ライザー氏の貴族の優雅さなどとっくに剥がれ落ちているし、イッセー先輩は普段の明るく助平な面など、かなぐり捨てている。

 あるのは、瞳をギラつかせながら自分を貫き通そうとする男の意地だけだ。

 ピンと張り詰めた静寂に響く、肉を叩く鈍い音と男達の呻き声。

 実際の時間では数分。

 だが当人やそれを見守る者には長く感じさせる時間の中、互角だった天秤がゆっくりと傾き始める。

 イッセー先輩を抑えていたライザー氏の腕が緩み、ゆっくりと押され始めたのだ。

 千載一遇のチャンスを掴もうと、歯を食いしばりながらラッシュを掛けるイッセー先輩。

 首相撲が解かれれば、滅びの魔力弾の的になると理解しているライザー氏は必死に食らいつくが、拳を受ける度に両手は力を失っていく。

『は、な、れ、ろぉぉぉぉぉっ!!』 

 胃液で灼かれた喉からの嗄れた叫びと共に放たれた神器の一撃によって、遂にライザー氏の拘束は引きちぎられた。

『うおぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 腹を押さえながらたたらを踏んで後退するライザー氏へ、咆哮と共に紅い魔力を宿した籠手が迫る。

 イッセー先輩やリアス姉、観戦していた者達のほとんどが確信した大金星への一撃、それは相手を捉える事無く空を切った。

 寸前で体勢を立て直したライザー氏が、迫る一撃を躱すと同時に身体を回転させ、遠心力を乗せた肘で相手のコメカミを抉ったのだ。

 勝利の笑みを貼りつけたままうつ伏せに倒れるイッセー先輩と、息も絶え絶えながらも自分の足で立っているライザー氏。

 計算された罠か、それとも咄嗟の閃きか。

 起死回生の一撃がどちらだとしても、二人の明暗を分けたのは経験の差だろう。

『イッセー……?』

 光に包まれて退場するイッセー先輩を呆然と見つめるリアス姉。

 余程ショックだったのか、ライザー氏がすぐ傍まで近寄っているのに気付く様子がない。

『リアス嬢、これが最後の忠告だ。王たる者は如何なる事態にも冷徹であらねばならない。王が思考を放棄する事は、眷属にとって死を意味する。君にレーティングゲームの舞台に立つ意志があるのなら、何事にも動じない強固な精神を身につけることだ』

 ようやくライザー氏に気付いたリアス姉は、慌てて距離を取ろうとするが、先んじて放たれた蹴りを頭部に受けて糸が切れた人形のように倒れ伏した。

『……チェックメイト』

 消えゆくリアス姉から目を離したライザー氏は、身体に溜まった疲労を追い出すかのように盛大に息を吐き出し、歪んでしまった煙草をくわえながら呟く。

『リアス様のリタイヤを確認。このゲームはライザー・フェニックス様の勝利です』

 こうして、リアス姉達が挑んだ初のレーティングゲームは、敗北という形で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 試合終了後、来賓への挨拶を控えていたサーゼクス兄と別れた俺は、朱乃姉の見舞いに足を運んだ。

 オカ研メンバーの傷は、最後まで戦ったイッセー先輩を除いて大した事はなく、二日ほど入院すれば大丈夫らしい。

 これも最高の医療スタッフを用意したサーゼクス兄と、参加人数分の『フェニックスの涙』を寄贈したフェニックス卿のおかげだろう。

 敗戦に関してだが、本気で大物喰いを狙っていたリアス姉はともかく、他のメンバーはそれほど気にしていないらしい。

 祐斗兄曰く「負けたのは悔しいが、持てる力を全て出し切ったので後悔は無い」との事だ。

 まあ、ベソかいてブーたれていたリアス姉も含めて、公式戦デビューとなるであろう次の試合への意気込みは十分といったところか。

 あと、ライザー氏の能力が時間差で使えなくなった事が気になったので、朱乃姉に尋ねてみると本人も初耳だったようで驚いていた。

 ただ、レイヴェル嬢に最も効果的だった電流と圧の組み合わせで電撃を放っていた為、体格や性別、年齢が影響して効果が出るのが遅れたのではないかという推測が返ってきた。

 しかし、雷撃を構成する電流や電圧まで操作できるとは、さすがは朱乃姉。親父の能力を最も受け継いでいるのは伊達じゃないな。

 俺? 飛ばない時点でお察しだよ。

 ほどほどのところで歓談を切り上げた俺は、イッセー先輩の様子を見に行くことにした。

 うん、美朱達はどうしたって? 大部屋の空いたベッドで二人仲良く夢の中だったから、朱乃姉に任せて来たよ。

 魔力で拡張された保健室の中を進むと、廊下に並ぶ重傷患者用の個室の中からイッセー先輩の名札が掛かった病室を見つける事ができた。

 意識が戻っていないと聞いていたので、入室時に音を立てない様に注意を払っていた俺は、ドア越しに微かに漏れてくる声にノブに掛けた手を止めた。

 聞こえてくるのは、堪え切れない嗚咽に途切れ途切れになったイッセー先輩の声だ。

 後悔や不甲斐ない自分自身への怒り、そして敗北した事へのリアス姉に向けた謝罪。

 時より混じるくぐもった軽い打撃音は、八つ当たりで枕でも殴っているのだろう。

 俺はノブから離した手で軽く頭を掻きながら、踵を返した。

 こんなものを聞いといてノコノコと中に入る程、無粋ではないつもりだ。

 しかし、悔し泣きとはイッセー先輩も熱いところがあるじゃないか。

 なんというか、もっと軽いノリのアンちゃん的なイメージだったんだがなぁ。

 まあ、負けてヘラヘラ笑ってる奴よりは好感が持てるけど。

 さて、差し当たってすべきことは、リアス姉達を近づかせない事だろう。

 説得のための言葉を何とか捻りだしながら、俺は来た道をゆっくりと戻り始めた。

 




 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
 ようやくライザー戦終了です。
 しかし、私は何をトチ狂ってライザーにムエタイを使わせようとしたのか……
 ネットカフェで破壊王ノリタカなんて読むんじゃなかった(泣
 しかし、二話に渡って一人称での観戦という形で書きましたが、本当に難しかった。
 闘っている当人の心情なんかを表現できないので、どうしても淡泊になってしまうんですよね。
 その辺を何とかしようと足掻いてみましたが、少しは効果があれば嬉しいです。
 ちなみに、作中で木場が使っていたのは、七夜志貴の閃鞘・七夜→閃走・六兎です。
 
 さて、今回は用語解説は無しという事で、今後は閑話を挟んで本編に行こうと思っています。
 差し当たっては主人公の強化からかな。
 では、次回でお会いしましょう。

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