MUGENと共に   作:アキ山

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人生初投稿です。全力で頑張りますので、よろしくお願いします。



序章

 

 そこは白に支配された空間だった。

 天も地平線もない、足がついているが地面を見ることもできない奇妙な世界。

 そんな中、俺の前で仕立ての言い背広姿の老人が、高級そうな椅子に腰かけて豪奢な机に置かれた俺のノートPCらしきものを起動させ、繋がったゲームパッドを弄っている。

 画面に映っているのは、PCに入れていたゲームの中でひと際大きな容量を占めていた格闘ゲームエンジン『MUGEN』だった。

 『MUGEN』とは、1999年ごろに開発されたフリーの2D格闘ゲームエンジンだ。

 互換性の高いシステムと比較的手軽にキャラクターを作成できる事から、国内海外の有志によってカプコンやSNKはもちろん、マイナータイトルや同人ゲーム、漫画にアニメ、他のジャンルのゲームに完全オリジナルと数多のキャラが造られた。

 そしてその多くがインターネットでアップされていた事から、個人でも時間と手間をかければ、参戦人数数千人という究極の格闘ゲームを創ることができる夢のツールだ。

 俺も黎明期にその存在を知ってから、下火になった現在まで本体やキャラクターをアップデートしながら延々と手を加えてきた。

「見事なものじゃな。ステージにBGMのセッティングは完璧。キャラもパラメータを調整して性能差があっても絶対勝てないモノはいないようにしてある」

 画面を見ながら呟かれた老人の感想に、俺は照れながら小さく笑みを浮かべた。

 小学生の頃に『ストリートファイターⅡ』を知って以来、青春をゲーセンの格ゲーと共に過ごした俺にとって、『MUGEN』はまさに夢のツールだった。

 格闘ゲームのブームが下火になり、世間が忘れ去ろうとしても青春をかけて覚えたキャラと技術でもう一度遊べる場所。

 寂しいおっさんの懐古主義と言われても、俺にとって『MUGEN』は死ぬまで手放すことができないものだった。

 そう、死ぬまで……

「そうだ。俺、旅行先の事故で死んだんだった」

「ようやく思い出したかね」

 呆然としながら口から零れた言葉に、老人は皺だらけの顔を破顔させながら振り返る。

「お前さんは死んだ。じゃがこれは本来予定されておった死ではない」

「え……という事は俺は死ぬはずじゃなかったってことですか?」

「そうでもあるし、そうでもないと言える」

 疑問譜を浮かべる俺に、老人はまあ聞けと言葉をかけ話を続ける。

「人の生とはな、それ自体が魂の修行なのじゃ。人はその生涯の中で多くの事を体験する。思わぬ幸運に喜ぶこともある、意中の者と結ばれ幸せを噛みしめる事も、理不尽に涙する事も、他者を妬み恨む事もあるじゃろう。そう言った喜怒哀楽全てが魂の糧となり、魂が成長すれば人は新たな舞台へと巣立っていく」

「しかし、中にはお主のように運命の急変故に修行の道半ばに、その生涯を閉じてしまう者もおる。普通は道半ばの者は再び現世に生を受けて修行を続けるのじゃが、お主は何故か現世との繋がりが薄くての。どうにも転生させることができんのじゃ」

 下腹部まで伸びた髭を扱きながら思案顔になる老人の言葉に、俺は気の抜けた声しか出せなかった。正直、自分には手に余る類の話だ。

「そこで、お主は下位の世界の一つに転生させることにした。俗に言う創作物の世界という奴じゃが、生を得る以上現実に変わりはないから心するように」

「はぁ……」

「随分と気のない返事じゃの。まあ、現状に理解が追いついておらんじゃろうから仕方ないか。あとは、あれじゃ。下位の世界はこちらとは違って危険も多いでな、保険として特殊能力を一つ与えておるのじゃ。お主、何かリクエストはないかの?」

 うん? なんか壮大でイイ話だったのに、急に二次創作の神様転生もの臭くなってきたぞ?

「えっと、お爺さんの話なら人生って生きることが修行なんですよね? なら、特典なんて必要ないんじゃないですか」

「確かにそう言った。しかしな、生まれて大して何もせずに死んでしまっては修行もなにもあったものではない。現世なら短い生も修行になるが、下位世界はそうはいかんのじゃ」

「つまり、現世と下位世界じゃ人生の経験値に差があるってことでいいですか?」

「そう考えてもらってよい。それに下位世界はその成り立ちから現世に比べ、理不尽な危険が多い。それから自身の身を守り、しっかり生きるための一助になればと思って特典を与えるじゃ」

 ふむ、理解はした。二次創作なんかよりよっぽど親身になった理由だ、これは安易なチートなんてふざけた選択肢は選べないぞ。

「ところで、僕の他にこんな事態になった人は、どんな選択肢を選んだんですか?」

「ふむ。大体は『王の財宝』や『写輪眼』。中には『無限の魔力』や『ニコポナデポ』などを求めた輩もおったな」

 おおう、見事なテンプレ転生者ですね。今の説明を受けてそれを選んだ奴はある意味凄いぞ。

「そう言えば、お主の前に若い女子が来たが、変わった特典を求めておったぞ。確か『戦国奇譚妖刀伝』の香澄の綾女の末裔の血と忍術の才能、あと妖刀じゃな」

 おいおい、『戦国奇譚妖刀伝』って言ったら1980年代のOVA(オリジナルビデオアニメ)黎明期の名作だぞ。

  まあ、確か動画サイトとかで見る事は見れたはずだから、知ってる子がいても不思議じゃないが。今から30年以上前の作品特典に希望する女の子って、どんなだよ。

「……えらく渋い選択肢ですね。それ本当に若い女の子だったんですか?」

「おう。バスの事故で亡くなった15歳の女子高生じゃった」

 ……そんな女子高生嫌だなぁ。

「それで、お主は何を望むんじゃ。相当な無茶でもない限り叶えてやるぞ」

 老人の言葉を受け、頭の中に様々な選択肢が浮かんでは消える。正直、どんな世界に生まれ変わるか分からない以上、どれを選んでもうまくいく自信がない。

  煮詰まり始めたのをリセットしようと軽く頭を振った時、ふと机の上のPCで動いている『MUGEN』の画面が目に入った。

  ……これだ!

「お爺さん、俺の『MUGEN』のデータ。これを結界だか異界だかで現実に変換して、実際に闘えるようにできませんか」

「闘えるように、じゃと? この中のキャラクターの能力を得るのではなくか?」

「はい。お爺さんは言いましたよね、人生は修行だと。なら、生きる為の力だって安易に得るんじゃなくて俺自身が流した血と汗で掴むのが筋だと思うんです。だから俺はそのための手段として、20年来の付き合いである俺自身が組み上げた『MUGEN』を使いたい。俺が子供の時から憧れ、時に画面越しとはいえ一緒に闘った格闘家達の手を借りて強くなりたいんです」

 俺の今考えられる精一杯の言葉で紡いだ願いに、唸りながら老人は目を瞑った。 

「特典とは危険な世界に生まれた際の保険じゃ。もしかしたら、まったく必要にならん世界に生まれる可能性もある。それでも良いのか?」

「はい」

「お主の『MUGEN』の中には邪悪な心根の者も多くおる。その者と拳を合わせればお主は死ぬかもしれん。死ななかったとしても、その心に影響を受ける危険性もある。何より、お主自身が力に溺れるかもしれんぞ?」

「そういった誘惑に打ち克つ事も修行の一つでしょう。それにその中には邪悪なものと同じくらい正しい者もいます。そんな先達達がいれば、俺は大丈夫です」

「……よかろう。今までの者よりは十二分に真っ当な意見じゃ。これはお主の心象風景を具現化する能力として魂に刻み込んでやろう。そして、お主が一定の能力になるか対戦相手に勝つことで、その相手の技を習得出来る様にしてやるわ。それと、安全措置で負けても死なんようにもしておく。あとは……格ゲー仕様の物理現象の習得もオマケにつけてやるかの」

「えーと、なんかエラい特典になってる気がするんですが……とりあえず、格ゲー仕様って何ですか?」

「あれじゃ。緊急回避時は投げ以外無効とか、ブロッキングでどんな攻撃も弾けるとか、あとは生身で武器をガード出来るようになるとかじゃな」 

 本当にエラいチートでした。

 与えられた特典のとんでもなさに驚いてると、視界が大きく歪みだした。老人の姿もゆっくりと歪なものとなり傍らの机も消える。そしてPCは光の粒子となって俺の身体に吸い込まれていった。

「ふむ。どうやら時間のようじゃの」

「え、もうですか」

「特典の付与も今すんだしの。ここは駅で言えば列車が来るまでの待合室のような物、長居するような場所ではない」

「……最後に質問なんですが、前世(この)記憶って生まれる時に消えてしまうんでしょうか」

「わからん。下位世界に生まれる者は、下位世界の法則に従うようになっておる。そういった記憶がその際にどうなるのかは、ここからでは観測できんのじゃ」

「そうですか」

「心配するな。その記憶を失おうとお主はお主。新たな生を精一杯生きればよい」

「はい」

 耳鳴りのような高音と共に視界は歪みを増し、意識がゆっくりと薄れていく。いよいよ、この場所にいる時間は終わりらしい。

「さらばじゃ、◆◇●××。よき生をな」

「ありがとうございました」

 薄れゆく意識の中で、俺は精一杯の感謝を込めて頭を下げた。身体の感覚がほとんどないから、うまくできたかどうかは分からないが少しでも伝わればいいな。




 これはいったい何じゃらほいと、こんな駄文を見てくれた方、大変ありがとうございます。
 これからが本番と緊張でドキがムネムネしていますので、もしこの駄文が暇つぶしくらいになったかな、と感じてくださったなら、次もお付き合いのほどよろしくお願いします。

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