カザミネを仕事場へ連れて行った後、大通りをつっきっていくと、嫌でも目に付く建物。
つくりだけを見るなら、どことなく見覚えがある。 蒼の派閥の本部と似通っているところがあるようだった。
一瞬素通りしようかどうしようか迷ったが、やはり今後関わってくることでもあるのでモーリンに聞くことにする。
「モーリン、あれ…」
「あぁ、あれかい」
チラリと目をやって、呆れのため息をつく。
その様子からすると、相当この場所か、それとも存在か、とにかく好いてはいないことはわかった。
きっと、俺が聞かなければ見て見ぬフリをしていたに違いない。
「見るからにド派手で恥ずかしい建物だろ?」
「え、いや、そこまでは言わないけどさぁ」
建物のつくりは同じに見えるのに、近寄りがたく感じるのは所々にある装飾や色が派手だからだろうか。
ジッと目をやっていると、頭の奥が痛くなってきそうだ。
どうやらここが、金の派閥の召喚師の本部、らしい。
「街を便利にするためとは言え、好き放題にここらをいじくったからね、あたいはどうもあいつらが好きになれなくってね」
モーリンはどうやら、召喚師のことが嫌いらしい。
小さな頃のファナンの面影はすっかりなくなってる…ということは、金の歴史はそれほど深くないのだろうか。
いや、たまたまファナンに本部を置いたのが最近だってこともある。
そんな関係のないことを、考えていた。
まとわり付く視線は、決してトリスには注がれないように盾になりながら。
下町飲食店通りに向かっている途中、なにやら騒がしいことに気付く。
誰かが暴れているのかもしれない、こう活発な街ではケンカが絶えなそうだ。
モーリンも気になったのか、騒ぎの元に足早にむかっていく。
「ふざけんじゃねぇぜおいババア! 俺たちは客だぞッ!?」
「はんッ、他のお客に迷惑をかける野郎はね、うちじゃお断りだよ! とっとと出てお行き!」
――ずいぶんとまぁ、度胸のある女性だ。
見るからに体格のいい海賊を相手にあそこまで言えるなんて、聖王都ではなかなかいないだろう。
近づいている間にも言い合いは続き、逆上した海賊が腕をふりあげる、その手にはナイフ。
ッ、間に合うか!?
ガギンッ
手に痺れるような振動。 それほど重くないのは、武器がナイフだからだろうか。
目を合わせると、なるほど、ずいぶんとそれらしいというか、人相の悪い海賊だった。
「ぐっ…なんだテメェ!?」
「武器をおさめてここから立ち去るんだ。 じゃないと…」
振りかぶったナイフを俺の剣で逃さないように加減して押し付けあう。
動けない状態だが、それは俺だけじゃなく、相手もで。 そして、俺は一人じゃない。
「背中に穴があくことになるわよ」
海賊の背後に回りこんだトリスが言った。 おそらく、言葉通りだということを知らせるためにナイフを背中に突きつけている。
さすがだ。 完璧なタイミングで脅しをかけた。
海賊の顔色が変わる。 俺たちが一般人ではないと気付いたのかもしれない。
確かに街の中でこうした武器をもっている一般人はいないだろう。
海賊というものは弱い者しか相手しないらしいから、同等以上の力を持った相手というものに慣れていないのかもしれない。
「は、はんっ! そんな脅しにビビるかよっ!」
「…脅しだと、思う?」
静かなトリスの声。
まわりにいた海賊たちも、いつでも飛びつけるように構えているのが視界に入る。
…こいつをまず殺すのは簡単だ。 だが、立ち位置的に考えてその後の襲撃に、トリスが逃げ切ることは難しかった。
緊張感が高まる。
「ちょっと待ちなっ!!」
その空気を裂いたのはモーリンだ。
カザミネの時といい今といい、モーリンは滞った空気を動かす能力でもあるのか?
大声にトリスを俺の背後へ戻す。 トリスも自分がどんな危険な位置にいたのかはわかっていて、小さな声で謝った。 だけどまるでいたずらに失敗してバレた小僧のように笑っている。
軽くはたいておいた。
「海岸までついてきなよ。 ここの人たちに迷惑かけたくないからね」
「関係あるかよッ!」
「おや、いいのかい? あたいはあんたたちのためを思って言ってやってんだよ」
一瞬意味が分からずにいた。 だが、視界を広くすればすぐにそれがわかる。
通りにいる全ての人がここに集まっているんじゃないかと思う人数がそれぞれの武器(とはいっても麺棒やら鍋やらだが)を持って海賊たちを睨み付けていた。
人数差は、圧倒的。
確かに、いくら素人とはいえ、この人数を相手するのは無理だ。
だったら、まだ俺たちを相手にしたほうが勝機はある。 と、考えたのだろうが。
モーリンの挑発にブチ切れた海賊たちは、わかっていない。
勝機なんて、わずかにもないことを。