モーリン宅に転がり込んでから、もう三日も経った。
一日目はぐったりして部屋から出ることすらできず、二日目の午後にようやく不足したアイテムや新しい武具の買出しをする。
数字にすると三日間というのは長いように見えるが、あっと言う間に今日になってしまったように感じるのは、きっと俺だけじゃない。
「だが、いつまでも彼女の好意に甘えてはいられんだろう」
「黒の旅団。 ――ルヴァイドたちがいつ来るかもわからないもんね」
「あんな親切な人を巻き込んだりしたらいけませんもの」
近々出発をして、目的の村へ行こう、という意見が固まったところで、ノック音が聞こえた。
部屋に入ってきたのは、噂をしていた当の本人。
「顔色もだいぶよくなってきたみたいだね? よかったらさ、ひとつあたいと一緒に街まで出てみないかい?」
「行ってきたらどうだ、トリス、マグナ」
「えっ」
声をひそめてネスティは俺とトリスに耳打ちした。
折を見て、そろそろ出発することを伝えてくれ、と。
…俺たちにやりづらい役目を押し付けたとしか思えない。
「なんだい? あんたたちは行かないのかい?」
「あ、あたしはっ、まだちょっと気分が」
「僕も遠慮するよ、足がまだ本調子ではないのでね」
…よくもまぁ、しゃあしゃあと…。
ふーん、じゃ、仕方ないか、と納得したモーリンを横目に、ネスティに恨みがましい目線を投げつける。
きっと、隣のトリスも同じようなことをしているに違いない、そして、思うこともきっと一緒だ。
ネスティ…いつか覚えてろ、と。
まぁ、しょうがない。
もともとファナンを探索しようとは思っていたから、それに案内人がついたと思えば…。
「そんじゃマグナ、トリス、ついといで」
「え、ほぁっ!?」
「あーれー!?」
どっちがどっちのセリフかはご想像におまかせする。
…デジャヴ。
たしか三日前も同じようなことがあったような気がするんだが、気のせいか。
とりあえず最初に、トリスが海が見たいと訴えたので、銀沙の浜と呼ばれる海岸へやってきた。
その名にふさわしく、砂は太陽の光を乱反射し白く、眩しいくらいに輝いている。
視界が広い…吹き抜ける潮風が気持ちいい。
今まで派閥内、出ても聖王都の中しか出れなかった俺たちにとって、この景色は感動を覚えるのに十分だった。
「海って、不思議ね…」
ざざーん、ざざーんと心穏やかになる波の音と同じくらいの大きさの声で、トリスは独り言のようにつぶやく。
口元には、穏やかな笑みが浮かんでいた。 きっと、俺の口元も同じようなことになっているだろう。
「波が寄せたり引いたりして…まるで生きてるみたい」
「そういや、あんたたちは海のない場所から来たんだったね」
「そうだよ」
生まれて初めて海を見た。
聖王都にも湖はあったし、船も見ることができた。 だけどこんな景色は聖王都でもその前にいた街でも朔夜のころも見たことがない。
「銀沙の浜は、ファナンがまだ漁村でしかなかった頃からずっと漁師たちの働き場所だったのさ」
うまくやればここからでも魚が釣れるというのを聞いたとき、人影を見つける。
あれは確か…。
俺と同時にトリスもそれを見つけたらしい。
ぼんやりと思い出している俺をおいて、その人影に向かって走っていった。
目をこれでもかってくらい輝かせているから、どんな魚が釣れるのか見てみるのだろう。
…こういうのを、花より団子というに違いない。
それにしてもあいつ、自分が狙われているっていう自分の立場、ちゃんと自覚しているのだろうか?
今回は駆け寄っていく人物を俺は知っているからいいが、後でちゃんと注意しておくべきなのかもしれない。
「あれ、バカだねぇ、今は潮の関係で釣れるワケないのに」
「へぇ、そういうものなんだ」
駆け寄ったトリスがもう話しかけている。
そばに置いてあるカゴの中をのぞいているが、やはり空のようだった。
ゆっくり歩いて近づいていくと、その人物が腰に差している剣が目に入る。 普通の剣とは違って、微妙に反り返っていて変わった形をしていた。
これがサムライが扱う、カタナというやつか。
「おーい、そこのあんた」
「…ん?」
「今の潮の加減じゃあ、ここで竿を出したって無駄だよ?」
「なんと! それはまことか!?」
少し独特なしゃべり方。 異世界のなまりみたいなものだろうか。
この人、人間だが、やはり違う世界の人間なんだな。 よく見れば、着ている服も体格も顔つきも微妙な違和感を感じる。
聞いてみれば、金を使い果たし食べ物すらも困っているらしかった。
最後のお金で釣竿を買い、釣った魚を食べようとしていたのだろう。 だが、知識がなかったせいでそれは失敗。
「あぁ、いかん。 叫んだらすきっ腹に響いてきたでござるよ…くううう…」
「(ござる?)あの、ト、トリス」
「あ、そっか。 …はい、よければこれ、食べてください」
「なんと…おぬし、見ず知らずの拙者に金を渡すというのか!?」
なんだか攻められているように思えたが、きっと本人は驚いて口調が強くなっているだけだ、おそらく。
トリスもその剣幕に押されて、言い訳がましく口を開く。
「だって、お腹がすいたっていいことなんて一つもないし…悲しくなってきちゃうし…」
「あの、気にしなくていいのでどうぞ」
しどろもどろになるトリスの後押しをするが、サムライはまだ迷っているようだった。
こうやってしぶられるのなら、どこかで食べ物を買ってくるんだったな。
うなり始めたサムライを見て、救いの手を差し伸べたのはやはりモーリンだった。
「だったらさ、今だけ借りておくことにしといたらどうだい?」
「え、モーリン?」
「あんた、剣はやってんだから、腕っ節は強いはずだね?」
「まぁ、そこそこは」
「だったら網引きの仕事を紹介したげようじゃないか」
もうかる仕事じゃないが、食べ物の確保くらいはできる、と笑うモーリンにサムライは大きく礼を言った。 少し涙ぐんでいる。
まぁ、これで恩は売れたかな、と顔には出さず、一息つく。
義理堅そうな彼だ、きっと良い戦力になってくれることだろう。
彼からカザミネという名前を聞きながら、ニッコリ笑ってそう計算していた俺は、そろそろ演技に余裕が持ててきたかもしれなかった。