波の音――
聞こえてくる音が、目指していたそれだと気付くことができたのは、足裏に感じる地面の感触が変わってきてからだった。
木々の間から抜けると、ゆるやかな潮風を感じ、一面に広がる夜の海の美しさに足が自然と止まる。
足が止まると、全身から力が抜けて、情けなくもへたり込んでしまった。
「ここは――」
誰かが言う。 もしかしたら自分かもしれなかった。
「海…僕たちは、ファナンに来てしまったのか」
俺たちは、何も言えなかった。
果てしなく疲れていたし、夜の海の美しい静寂を壊せずにいた。
一人、二人と、意識を失うのを感じながら、俺は海に移ったつきから目を離せないでいる。
いつか、こんな風に水面に移った月を見ていたような気がする。
顔を上げれば、月はあるのだけれども、直接見るのには月が明るすぎ、そして、俺には顔を上げる余力すら、なかった。
――落ちる。
そこは、相変わらずの闇だ。
誰かが、笑う気配がする。
誰かが、ののしる声がする。
誰かが、壊れる音がする。
水の音、ガラスの音、合成音。
視界は無いままなのに、そこがどこで、何が起こっているのかを知っている。
この先がどうなるか、遥か先までを知っている。
その時がくるまでは――
それまでは――
人の気配で一気に覚醒する。
何か、夢を見ていたような気がするが、何も思い出せないので、とりあえずそのことについて考えるのを後回しにした。
「おーい、大丈夫かい?」
「う…」
声をかけられ身を起こすと、頭がふらりと揺れた。
一度目を瞑ってから開くと、こちらをのぞきこんでいる女と目が合う。
置きぬけに、明るい金色の髪がまぶしい。
「一体どうしたんだい? 行き倒れにしちゃあ、ずいぶんと大所帯だねぇ」
「あ…、えと…あなたは」
「あたいかい? あたいはモーリン。 朝の習慣でここいらを走ってたら集団で倒れてるあんたたちを見つけたのさ」
「そうですか…、俺はマグナです」
そのとき、俺とモーリンの話し声が大きかったのか、仲間たちが次々と起き上がる。
だが、見知らぬ人を見つけて、起き抜けに緊迫した空気を作り出させてしまった。
異常なほどに警戒する俺たちを見て、女はふーん、と何か納得したように頷いた。
「なんか、あんたたちってワケありみたいだね」
「…えぇ、事情は説明することはできないんですけど」
すみません、と謝る。 ネスティなんかは今も疑り深くモーリンを注視している。 されている本人はそれを見ても、まったく気にしないで笑った。
…この人は思っていたよりもずいぶんと…気持ちよく笑う人だ。
なんというか、胸の内がすっきりするような性格な感じがする。
「なぁ、あんたたち。 もし行くところがないんだったら、うちに来ないかい?」
「え!? …いや、そこまで迷惑はかけられないですし」
「いーってば! どうせうちは空き部屋はあまってるし、ホラ、ついてきな」
有無を言わさず俺たちに背中を向ける。 彼女の後姿を見て、少し呆然としてしまった。
「お兄ちゃん! ホラ、行くよ」
トリスに腕をひっぱられてあわてて足を動かす。
得体のしれない相手(しかも大人数)に簡単に背中を見せるモーリンにも、今さっき会ったばかりの人の突然の行動についていけるトリスも。
…ちらりと後ろを見てみれば、ミニスも、ケイナも、さっさと自分の荷物を持って行動に移している。
――女って、強い。
「僕はどうなっても知らないからな…」
ネスティ、お前のつぶやきも今なら普通に聞こえるよ。