「ラグ! 止まれ!」
「HaHaHa! ――Ah-ん?」
数人の返り血をあびたラグが声に反応した。
普段は閉じられた瞳を初めて見る。 まるで別人だ。
俺の存在を確認して、ゆらりと不気味にあげられる巨大な斧。 その先から滴り落ちる血が、妙に俺の心に触れる。
口元だけを歪ませ、高らかに声をあげ、飛び掛ってくるラグに、剣を構える。
「そこまでですよ」
「GaAhッ!」
一段高く飛んだラグが、突然生まれた黒い光に薙ぎ倒された。
まるで、オモチャのように吹き飛ばされるラグ、普通の人間なら完全に死んでいる。
骨が折れる音もはっきりと聞こえた。 だが。
「グッ…Ga…ッ!」
「おや、完全に動けなくさせたつもりでしたが、やはり彼の魔力は相当なもののようですね?」
どうやら、ラグは生きているらしい。 あれだけのダメージを受けていて、明らかに体の形が歪み苦しんでいるのに、まだ立ち上がりそして殺戮を犯そうとしている。
まるで、そうプログラムされている、出来の悪い機械兵器のように。
「……レイム」
「はい、なんでしょう?」
振り返って、穏やかに笑う召喚師はまるで何も変わらなかった。
とても、人ひとりを殺しかけてた人間には見えない。
それが、いつも気に入らない。 常に変わらない表情を見せ付けられれば、それが誰だって本心からのものではないとわかる。
だからといって、本心から接してほしいとは微塵も思わなかった。 そうはならないことは、知っていた。
つまり、根本的に合わないと、わかっている。
だがそれでも、顔を合わせないわけにはいかない。
「私なんかに構うよりも、早く聖女捕獲に行くほうがよいのでは?」
「追跡はつけてある。 それよりも貴様、全て見ていたな? なぜ傍観していた」
「はて、あなたたちに任せていても平気だと思っていたのですが、買い被りすぎましたかね?」
「――」
「そんなに怖い顔をしないでくださいよ。 お知らせがあります。 聖女の捕獲は後回しに。 任務を預かってきました」
丸められた書類を受け取ると、レイムは読めない表情で笑い、俺に背を向け、今にも崩れ落ちそうなラグの耳元で何かをつぶやく。
そのとたん、ラグの体が落ちた。
完全に崩れ落ちたラグを軽々と抱え、ゆたりと去っていくその後ろ姿…気に入らない。
それから目をそらし、徐々に晴れてきた煙の向こうから部下の姿を確認する。
「あぁ、あなたのおかげで面白いことがわかりました。 それには、感謝していますよ」
背後から聞こえてきた声は、無視した。
奴に感謝されても、何もない。
駆け寄ってきた部下に、現状を聞く。
「――死傷者13名、軽症32名となっており、内2名が行方不明です」
「…死亡者の数が多いな…全てラグが?」
「いえ、ラグにやられたのは3名。 傷口から聖女一行の剣使いと槍使いの二人かと思われます」
「――」
誰か、は検討が着く。
どう見ても一般人の聖女一行の集団の中に、人殺しができる者は少ない。
悪魔と、機械兵士と…一人の召喚師。
根本的に世界が違う者。 それから、湿原でイオスの命をためらい無くさらした青年なら、納得できる。
ラグが執拗にあの青年だけを付け狙う理由も何かあるはずだ。
それは、復讐か、因縁か。
だが、俺には関係ない。
知る必要も、興味もない。 ただ、青年の情報の一つとして、頭の隅に入れておくだけだ。
思考を切り替え、部下に指示を出し始める。