「おまたせ」
「おぉ、これで全員そろったな」
「マグナ、先輩たちに気付かれなかっただろうな?」
「大丈夫だよ、ネス」
嘘はついてない。
夜の住宅街はとても静かだ。
俺たちは意識せずに小声で話すことになり、音が鳴りそうな武器や荷物はマントなどでくるんでガチャガチャと音が響かないようにしている。
「とりあえず街を出ましょう。 こんなところで大人数があつまってたら誰だって怪しむわ」
「そうですね」
確かに、実際にこうして並んで見るまでは気にしなかったが、すでにパーティーは10人。
これだけの人数がこそこそと道の片隅で話してたら怪しい。 少なくとも俺はその集団を盗賊グループかなにかと思うだろうな。
一斉に移動するのも目立つので、いくつかのグループにわかれて街の入り口で落ち合うことにした。
背後の子狐を振り返る。
「ハサハ、一応念のため、トリスについてってくれるか?」
「……ん」
こくり、と頷いてくれるおかっぱ頭を軽く撫でて背中を押す。
街の中では戦闘になることはないとは思うが…。
時折感じる視線、おそらくは偵察だろう。 どちらのかはわからないが、だがどちらでもいい気もする。
どうせ、戦いは避けられない。
目的地はアメルの故郷。
アグラバインの話に聞いた、森へ行くためのルートは、大雑把に言って三つ。
街道沿いに進む
草原をつっきる
山道を迂回する
俺一人だったら山道を物陰に隠れながら進んで誰一人として見つからずに包囲網を抜けられる自信はあるが、大人数では不可能だろう。
それに、わざわざ避けていたゼルフィルドの銃が、そこにはある。
ともかく。
「山道を迂回するのはなしにしとこうか」
「うん、私もそう思う。 高低差があるとうまく召喚術が使えないし」
あぁ、そういえば召喚術には高さによる制限があったか。
マグナの召喚術はその魔力のおかげかそんなもの完全に無視できるからな、盲点だ。
俺としてはそこに飛び道具があるってだけで十分な理由になっている、それ以上の理由は必要としていない。
だが、確かに考えてみると俺らのパーティー編成は…。
前衛、俺(マグナ)、バルレル、レシィ、レオルド、フォルテ。
後衛、トリス、ハサハ、ネスティ、ミニス、アメル、ケイナ。
前衛と後衛が同数なんて、ある意味バランスが取れてないと思う。
召喚師っていうのは、ただでさえそのくらい珍しいものなのだ。
「逆に考えて街道沿いっていうのもアリだとは思うが」
「えぇ、下手に大騒ぎしたら街の住人に気付かれて兵士が派遣されるから、私はいいと思うわ」
「――でも、それだと私たちも召喚術を使えなくなっちゃう」
そう、下手に騒がれて都合が悪いのは相手だけじゃなく、俺たちにとってもなのだ。
事情がばれれば、アメルは国に引き渡される。 おそらく手段を選ばずに。
「なら、残りは一つだけね」
「草原をつっきるか」
「今夜は月も明るい。 どこを通っても戦いは避けられないだろうから、少しでも俺たちに戦いやすい場所を…、もう、戦う準備をしておいたほうがいいだろう」
ネスティの言葉に頷いて、武器を装備する。
マントを脱ぎ捨てたり、杖を出したりサモナイト石を確認したり…、俺は、あたりをみていた。
今夜も確実に顔合わせするであろう奴を思い出して、一人でうんざりする。
誰かが緊張しすぎないようにか、喋ってはいたけれども、俺の中には入らなかった。
ただ、奴の気配だけを、俺は探していた。
「いい月だ、貴様らの最後を飾るには十分と思わないか」
「ほんとうにね。 ただ、俺たちの旅の無事を祈ってるように俺は思うよ」
剣を構えながら皮肉ってやると、相変わらずの黒い髑髏を模した仮面を被っていたルヴァイドが振り返り、そして、ゆっくりと、戦闘態勢に入る。
今回の目的は奴らを倒すことでも、退かせることでもない。
とにかくこの包囲網を抜けることが目的。
目だけで、彼の姿を探すが、見つけることができなかった。
「応援を呼べ。 ――聖女を捕獲せよ」
ルヴァイドの声を合図に、戦いは始まった。
人数としての戦力さは、圧倒的にこちらのほうが不利だ。
俺たちは10人、あっちはざっと確認するだけで、3倍以上はあるだろう。
だが、前回も、そして流砂での盗賊たち相手にしても、その不利な人数差を押して制してきた。
それは何故か…、簡単だ。 原因は一つ。
「ベズソウ、頼む」
「テテー! 暴れまわっちゃって!!」
「いっけぇ!ロックマテリアル!!」
「プチデビルさん、お願いします」
開始と同時に、乱発される召喚術が4つ。
人外の圧倒的な力に、並の兵士が太刀打ちできるわけがない。
炸裂する光と闇、その後を追うように、前衛は一気に追撃する。
ハサハは慎重にあたりを警戒、ケイナはぎりぎりと弓をしならせて中衛で援護。
できうるかぎり陣形を崩さずに、そして、スピードを保ちつつ、相手の陣形を突き刺すように。
「がッ」
最低限の兵士を倒しながら、俺らはある程度進むことができた。
だが、やはり、その突撃は止められてしまう。
中途半端に進んでしまったおかげで、数にばらつきはあるが、囲まれてしまった。
だが、それも予測しなかったわけじゃない。
あらかじめ決めておいた陣形に立ち居地を変える。
「トリス!」
「いくわよー!!」
名前を呼ぶだけで意図を察して、トリスは少し長い詠唱に入る。
そして、召喚の光。
それにまぎれて、誰よりも自分の背後にいる奴らに気付かれないように、剣を兵士の鎧の隙間に突き刺す。
確実に命を奪う感触に時間をかけるでもなく、次へ行こうとした瞬間――。
地面に不自然な影が走った。
「殺す」
「――っ!」
右腕に走った熱。
とっさに手を離した剣は、音を立てずに草むらの影に落ちた。
左手で熱を抑え、やっぱりそうくるよな、と内心舌打ちする。
てのひらに血がにじむ感触を握りつぶして、切りつけてきたラグから目を離さない。
そして、ラグの変化を、初めて見る。
「……」
「――」
その目に、初めて憎悪以外の色を見つけて、逆に俺が驚いてしまった。
いや、ラグの目事態は変わらなかった。
ただ、それが俺以外に向けられたことが初めてだったから、そう見えただけだ。
ラグは、己の武器を見ていた。
(・・・いや、見ているのは、血、か?)
おどろおどろした空気を発している鉄の塊についた、黒く見える模様に、ラグの目が張り付いている。
おそらく、俺を切りつけたときについたもの。
しかし、どうしてそんなそんな反応をするのかがわからない。
周りでは、まだ戦闘は続いているというのに、この空間だけは異様に静かだった。
ラグは一度俺を見て、その血に指を滑らせた。
色のない指先に、黒が付着する。
悪寒がした。
その行為をやめさせようと、足を踏み出す。
間に合わない。
ラグは、その色を口に入れる。
「!!?」
「何だッ!?」
召喚術に携わる者が感じ取れた、魔力の奔流。
あまりの圧力に、足が勝手に下がってしまう。
体の震えが止まらない。
「あ、Haーーー」
とても、同じ声だと、思えなかった。
とても、同じ顔だとは思えなかった。
とても、同じとは思えない。
「Ahーーー、Haはーーー!!」
これは、何だ
高らかな、壊れた声を全身で浴びる俺は、ラグのあまりの変わりように立ち尽くすしかなかった。
奴から溢れる負のエネルギーに、完全に呑まれていた。
いつの間にか、足元に煙がまとわりついていることにすら、気づけないほど。