真夜中、それにしては明るい夜。
景色を照らしている大きな月は、よく目を凝らすとわずかに場所を移動していた。 意識しなければわからない程度の速さで。
こっそりと人目につかないよう、行動したい俺たちにとっては、普段見惚れるような光景でも、今はわずらわしいもの以外の何者でもなかった。
――まぁ、そんなことを思っても、月が姿を隠してくれるはずもなく、変わらずにそこにあった。
いつものように、最後に俺が出ることになり、順番を待っていると、影から笑っている気配を感じた。
そこにいるのは知っていたが、俺に対して隠れる気はないらしい。
「…人が悪いですよ、ミモザさん。 俺たちがあなたたちから黙って出て行こうとしてるのに、それを見て笑ってるんだから」
「あら、そのことに最初っから気付いてても、みんなに知らせない君も意地悪なんじゃない?」
小声で交わすやりとりは、内容さえ違ったのなら睦言にも聞こえなくもない、かもしれない。
ミモザの笑みは、甘いそれではなく、何かをたくらむ猫科の動物のようなそれだし、俺も普段と変わらぬマグナの人懐っこい笑みだが。
「どうせ、俺のあとを着いてくるつもりだったんでしょう」
「まーね。 ギブソンはもう外にいるわよ」
わずかに聞こえた規則性のある物音、俺の前に出て行くバルレルとハサハの番だ。
移動する気配、俺の順番もあとわずかな時間だ。
「ミモザさん、俺に何か?」
「そうね、もう時間もないようだし、ズバッと聞いちゃうわ」
気配の方向にやりながら話すミモザの目には、バルレルとハサハの姿が月明かりに照らされているのを、俺は見た。
バルレルもハサハも、この家の持ち主にはとっくに気付かれているのを知っているので、大して注意せずに、むしろめんどくさげに門を出て行った。
「マグナ君は、なにをしたいのかしら」
「とりあえず何事もなくここから出たいですね」
「もぅ、そんなこと言っちゃうかなぁ」
「わかってますけどね」
「今は敵じゃないことはわかってるわ。 でも、あなたの場合、その目的のために敵対することは充分にありえそうなのよね」
頬に手をあてて、物憂げにため息をついたミモザは、ひたりと、視線を俺に合わせた。
その目に、普段の悪戯な猫のような光はなく、ただ真摯に“仲間”を思う輝きを秘める。
俺は、目をそらさずにただ答えた。
「守りますよ、絶対に」
続けた言葉に、ミモザはわずかに目を開き、そう、とだけこぼした。
また、規則性のある物音。
…最後の合図だ。 俺は行かなければならない。
「では、ミモザさん。 俺はもう行きますね」
フォロー、よろしくお願いします。
軽く会釈して、ミモザを置いて、外へ向かった。
――大切な子が、トリスが悲しむから。
「私が本当に聞きたいと思ってるのは違うってこと、あの坊やはわかってるはずなのにねぇ」
ミモザはしかたがないという風に、笑って後を追った。