憑依召喚   作:虚無_

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何事もないように、おいしいお茶を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国デグレア。

 

湿原からギブソン、ミモザ邸へと逆戻りした俺たちは、ある一室に集まり、そろって神妙な顔をしていた。

トリスだけは、帝国デグレアの存在をよく知らないらしく、微妙に違ったものにはなっていたが、相手が国だということは理解しているようで、ピクニックへ行く前よりも、表情は硬い。

 

 

「――で、帝国デグレアって一体なんなの?」

 

 

……頭を抱えたくなった。

普通この緊迫した空気でそんな間抜けな声でなんつー疑問をッ!?

 

 

「もしかしてトリス…さっきから妙に静かだったのって…」

「えへ、よくわかんなかったから」

 

 

あああ、さっきまであんなに張り詰めてた空気がゆるゆるに…。

 

 

「~~~君は馬鹿かッ!!」

 

 

でた、ネスティのお決まり文句。

それからはとリスのためにとネスティとフォルテがトリスにデグレアという国の説明をした。

まぁ、マグナの知識から得た、俺なりのデグレアという国を簡単に説明するとすると…。

 

軍事国家。 それも、近頃怪しい動きをしている。

 

ネスティとフォルテの説明はわかりやすかったが、長ったらしかったので省略。

だがフォルテは、俺たちと直接関係あることだけは、短く言い切った。

 

 

「たぶん、上層部の頭の固い爺どもが戦争なんてもんのためにアメルを欲しがってる、ってとこだろーな」

「そんな…」

 

 

敵対する相手は、帝国。

知らされたその事実に、色が付きそうなほどに部屋の空気は落ち込む。

戸惑い、低迷、不安、恐怖…。

ケイナの声は、その感情によって、震えていた。

 

 

「そんな…、国に援助を求めることはできないの?」

「――無理だよ」

 

 

国は、アメルを守ることはない。

もし国に協力を求め、アメルの身を預けたら。

国は、確実に、アメルをデグレアに引き渡すだろう。

アメルの身と、戦争。

国がどちらを選ぶかと言えば、答えは明白だ。

そして、そのことを国は決して、表に出すようなことはしない。

 

 

「――一度、それらを踏まえて考え直してみたほうがいいみたいだね。 相手が国となると、それなりの覚悟が必要になる」

 

 

俺は、そうは言ったが、結果はわかりきっている。

この中にいる全員が、いまさらアメルを見捨て、逃げ出すはずがない。

正直、退屈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マグナ」

 

 

いったん、解散して、陰鬱とした空気がにおいそうな、家から逃れようと、玄関にいたところで声をかけられた。

 

 

「…ケイナ、どうしたの?」

 

 

意外だった。

俺とケイナは、とりあえず必要最小限に言葉は交わしてはいるが、共に行動しているグループの中で一番接点が薄い。

 

 

「これからどこかへ行くの?」

「いや…、少し歩こうかと思って」

「そう、一緒していいかしら?」

「え…、うん」

 

 

なにか、話でもあるんだろうか。

気のせいか、あの話をした後のせいか、わからないが、ケイナの表情は、何か含んでいた、ような…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し歩いて、なんともない会話をしながら入ったのはカフェ。

お茶と菓子を頼んで、ふぅ、と一息ついたケイナは、視線を低く漂わせた。

カフェには適度に客がいた。

店内を見渡しても、店員の中にも、ここにはあのアルバイターの姿は見られなかった。 たぶん盗み聞きされるようなことはないだろう。

 

 

「マグナはもう決めたんでしょう?」

 

 

語尾は上がってはいるが、それは疑問ではなかった。

こんなところで嘘をついても仕方がないので、なんの抵抗もなく頷く。

 

 

「ケイナは?」

「私? …まだ決めきってないけど、マグナときっと同じよ」

 

 

私にはあの子を見捨てることが出来ないわ、と、続ける彼女には、どこか諦めの感情が混じっているような気がした。

何かを言おうとしても、その前に、さえぎられる。

 

 

「まだ決まってないのは、覚悟だけ」

 

 

国が相手では、どんな困難があるか、わからない。

問題は山積み。

なのに、その解決策は見つからない。

解決できるのかすらわからない。

あまりにも、否定要素の多すぎる…、ケイナや、トリスたちが選ぶ選択は、それだ。

 

 

「ケイナは、優しいんだよね」

 

 

これは、俺の正直な感想だ。

人のために、自分の命や困難をこうして捧げられる彼女を、ただ優しいと思った。

そして、強いんじゃないか、とも。

 

 

「…マグナは」

 

 

心なしか、わずかに白く見える唇に視線が行く。

ケイナは一度言いよどむように、口をつぐみ、そして開いた。

 

 

「マグナは、トリスだけには優しいわよね」

「――そんな、つもりは、ないけど」

 

 

どきりとする。

…女の勘、というやつだろうか。

それとも、それが巫女であるケイナの力なのだろうか。

記憶はないが、力は残っている、ということなのだろうか。

 

 

「見ていればわかるわ。 あなたは彼女だけを見て、彼女のことだけ考えて、彼女のためだけに動く。

――今回だって、そうでしょう?」

「…ケイナ、すごいね」

 

 

言外に、トリスがアメルを守るなんていわなければ、あなたは鼻にもかけないでしょうよ、と言われてる。

実際にそうなのだが、…少しだけ訂正させてもらおう。

 

 

「でも」

 

 

ケイナ、シルターンの巫女、それは少しだけ違う。

 

 

「俺が、動くのは、トリスのためじゃない」

 

 

俺は、ただ一人、彼のためだけに――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイナは俺の言葉をどう受け止めたのか、それ以降は会話を止め、何でもない会話をし、それに俺もならった。

まるで、何ごともない、平穏な毎日を送っている女性のように笑い、俺に別れを告げた。

俺も、いつもどおりに笑い、ケイナの去り行く後姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケイナ、本当は、違う。

 

俺は、トリスを愛してなんかいない。

 

むしろ、その逆なんじゃないかとさえ、最近は感じてる。

 

 

だって、そうだろう?

 

 

マグナは、だからこんなにも傷ついている。

 

ナカで感じるマグナは、まだ目を覚まさない。

 

これほどまでに、マグナを傷つけた根本的原因を、一体誰が好意をもてようか。

 

 

しかも、本人は無自覚ときた。

 

 

どうしてだろう、どうしてマグナはトリスをそこまで愛せるのだろう。

 

双子だから、一緒にいたから、だろうか。

 

 

わからない。 俺にはわからない。

 

 

俺にできるのは、マグナが思うとおりにトリスを守ること。

 

トリスの心を傷つけないよう、トリスの見える範囲も、守ること。

 

マグナにとっては、そのためには自分の身すら、朽ちても良いと思っているのだから。

 

 

俺は、ならば、守ろうじゃないか、と、決めたのだ。

 

 

マグナが大切に愛しているトリスと、俺が愛おしく感じているマグナ自身を。

 

自分で自身を大切にできないのなら、俺が大切にしてやればいい。

 

 

そう、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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