腕をとられたアメルは声をあげた。
だが、すぐにそれよりも数十倍以上大きな音に、俺の聴覚は支配される。
こめかみ付近に、気圧という凶器で殴られる。
仰向けにわずかにやわらかい地面へと倒れこむ。
懐に入れたアメルの頭が勢いよく胸にぶつかってきたが、それにも気付けないほど、それは強烈だった。
できるだけ体を地面に這わせた。
じんわりと嫌な汗が滲むのを、アメルの腕をとった自分の手に感じた。
聖女たちが街から離れていくという情報が耳に届いたとき、僕たちはルヴァイド様が戻ってこられるときに万全の状態で動けるようにと待機していたときだった。
そう、今、ルヴァイド様はここにはいない。 しかしその代わりとでも言うように、あのうさんくさいレイムという男がよこしたラグという男が居座っていた。
あのレイムという男ほどではないが、ラグという男は不気味な存在をしている。
特にわかろうとしているわけではないが、一応ラグのほうが立場としてはルヴァイド様よりも上らしい。
もし、なんらかの指示がある場合、その指示を受ける僕たちにとって、特徴くらいは掴んでおこうというのは当然の心理だ。 場合によってはその指示で命を失くすのだから。
最初に出した結論はこうだ。
使えない荷物。
この男が僕たちと行動し始めたのは、もう数ヶ月…いや、すでに年までいっているかもしれない。
その間に、僕たちはあらゆる軍事的活動から、そうでないものまでの任務を受けてきたが、ラグはどんな任務でも自分で動くようなことはせず、ただの一度も上司として指示を出したこともない。
――先日、ある山奥の村を滅ぼした記憶は新しい。
その時でさえ、ラグは誰一人にも指示を出さず、何もせず、燃え盛る村、家屋、人間をしばらく見渡した後、用済みとばかりに早々と姿を消した。
ラグが何故、ここにいるのか、行動を一緒にしているのか、僕たちには知らされていない。
ある日、あのレイムが突然、奴を連れていくようにと言い残しただけなのだ。
もちろん、ルヴァイド様がその理由を問いただしたが、レイムはあのうさんくさい笑みを浮かべるだけで答えなかった。
軍人としているのではないのは、その行動からして確か。 もしそうなら、とっくに僕が始末している。
僕たちの裏切りを危惧して監視しているわけでもなさそうだ。 ラグが誰かにそのような報告をしているのを見たことがない。 そもそもラグは僕たちに興味を持っていない。
ラグの声と口は閉ざされていて、つい先日に、初めて目の当たりにしたばかりだ。
今あたっている、聖女を捕獲する任務での、かくまっている屋敷を襲撃した時。
「殺す」
僕らの目的ではない、一人の青年に向けて、初めて見るラグの目は憎悪の闇を宿して。
どこに隠し持っていたのか、あまりにも無骨で巨大で、重量も超一級であろうそれを、まるで細剣をあつかうように振り回し。
目を閉じていただけだったというのに、その目が開かれるだけで、植えつけられる、負のイメージ。
その男が、その時と同じ闇を惜しみなく僕たちにさらし、言った。 同じ言葉を。
「殺す」
ゼルフィルドの腕を示しながら。
否、その腕の中に仕組まれている銃を示しながら。
その言葉と態度が示しているのはただ一つ。
――だが、僕はその指示には従えない。
聖女を捕らえなければならない。
ラグは僕たちの任務の内容を知っているはずだ。
たとえ興味がなくても、今まで追い続けてきた聖女の存在を知らないわけじゃない。
それとも、ラグは本当に彼しか見えていないのだろうか。
聖女を捕らえなければならない。
今度は自分に言い聞かせた。
そう。 まわりに、あのわずらわしい奴らがいない今、音が大きい銃を使うのは避けたい。
銃声を聞いた奴らがまた集まってきてしまう。
彼ら全員をわざわざ集めて、相手をするのは正直骨が折れる。 それは前回のでラグもわかっているはずだ。
それに、ラグが示している標的のすぐ隣に聖女がいる。
ゼルフィルドの銃撃の腕は確かに信頼しているが、万が一銃弾が当たってしまったらと思うと、そんなことができないのは当然のことだ。
聖女がそこにいなかったら、僕はあの青年のことなんてどうでもいいが、そこに聖女がいるということだけは見逃せない。
自分に言い訳するように胸の内で繰り返し、ラグの闇と対峙する。
「無理だ。 聖女を捕獲するのが先だ」
「殺す」
「――ッ!?」
巨大な凶器、わずかにこびりついているのは、残虐の痕か。
さっきまで持っていなかったはずなのに――ッ!!
「待テ。 コレカラ銃撃もーど、照準調整ニ入ル」
反射的に構えた僕だが、ゼルフィルドの声に酷く安堵した。
ラグはゼルフィルドの言葉を聞くと、すぐに僕に興味を失い、視線をやる。
きっと、そこにはラグが唯一執着する対象――マグナがいるはずだ。
「銃撃もーど、切替完了。 照準調整……準備完了」
「殺す」
ラグの一言で、ゼルフィルドの銃が発砲される。
僕は 見た
青年 マグナ が
守るべき 存在 で あるはず の 聖女 を
胸 に 抱きこ むのを
その引き寄せ方は まるで
聖女を 盾 に するように ――・・・