「裏切り者…」
「や、そんなこと言われてもなぁ…。 ってか、どっちかって言うと嘘ついてたのってトリスだよ?」
ネスティのうらみがましい台詞に、苦笑しながら手に持った重いバスケットを持ち直す。
中身は弁当だとは思うが、それだけじゃない妙な重さを感じるのは、きっと出かける直前にミモザが何か入れたからに違いない。
何を入れたのかは知らないけど、きっとろくでもないものだ。
俺のあまり外れたことのない勘がそういっている。
一度確かめようと、バスケットのふたに手をかけたらミモザが俺に笑みを向けてきた。 ので、二度とあけようとはしていない、するものか。
あの類の笑みは別の意味で色々と身の危険を感じる。
「大体なんでこんなときにピクニックだなんて!! 奴らがいつ来るかもしれなくて、ろくに調べられてもいないのに」
「あのさ、一応言っとくけど、どっちかっていうと嘘ついたのはトリスだからな? 何度も言うけど」
ネスティは聞く耳を持たなかった。 というか、きっとパニックを起こしていて聞こえていないんだと思う。文法だっておかしい。
ぶつぶつと自分の世界に引きこもってつぶやき続けるネスティに、どうやって声をかけようかと考えたところで、別の声が割り込んできた。
「まぁまぁまぁネスティの旦那。 そうイライラすんなって。 もう来ちまったもんは仕方ないだろ? ――それに、見てみろよ」
俺の肩に腕を乗せ、フォルテが示した先には女性陣が固まって歩いている。
その中にはもちろん、トリスが楽しげに声をあげて笑っていた。
キャッキャと話で盛り上がるそこには、なんだか男の自分たちには入りづらいなにかがあった。
気のせいだろうか、あの一帯には花がとんでいるような幻覚が見える。
「あんなに楽しそうに笑ってるじゃねーか。 最近、色々と思いつめてる部分があったし、気分転換は必要だろ?」
「……だが…」
ネスティの渋り、だが、そこでトリスがもう一度、心底楽しそうに声を上げて笑った。
しばらく何かを考えているようではあったが、小さな声で「わかった」と短く言うと少しだけ本人の表情が和らいだ。
「あ、ネスティのしわがとれた」
思わず言った言葉に、ネスティのしわは復活してしまったのだが、さっきよりも体の力が抜けたようで、どこか雰囲気もやわらいだ。
「着いた…。 なんか、すごいね」
目的地のフロト湿原を目の前にして、想像よりも広大な緑に心から俺は口にする。
それぞれ、全員がこの光景に何かしらの感動を覚えているみたいだ。
「すごーい、足元がふわふわしてる…」
「まるで雲の上を歩いているみたーい!!」
ミニスが確かめるようにジャンプして、また歓声を上げた。
ミモザから湿原の簡単な説明を受けていたとき、遠目に動く影。
「あ、ほんとだ。 見たことのない動物がいる」
「あら? あれは私も見たことがないわ。 もしかしたら新種かも!!」
「って、え!? 先輩!?」
走り出したミモザに、ネスティが思わず声を荒げるが、ミモザはあっと言う間に姿を消してしまった。
誰も止められなかった早業である。
「ミモザ先輩!?」
「私あの子見てくるからー!!」
「ええええ!!」
声だけエコーがかかったように湿原に響く。
ってか、これってかなり広範囲に響き渡ってんじゃないか?
……そこらへんに潜んでるイオスとかに聞こえてそうだ。
きっとふざけてるようにしかみえない俺たちに怒り心頭してるんだろう、いや、奴の性格的に細かいことを気にしそうなイメージがあるから想像なんだが。
「――行っちゃいました、ね」
「あ、はは。 らしいっちゃらしいわ」
「とりあえずさー、持ってきたお弁当食べようよ。 俺腹減っちゃった」
「そうね、まずはお昼にしましょ」
俺が持ってきていたバスケットの中から出てくるたくさんの箱や包み。
つめられていたその量を見て、そりゃあ重いはずだと納得した。
色彩がつめられている箱を見て、それでも俺はたまらないというように声を上げる。
「うっわぁ…すごくうまそー!!」
「ま、ところどころに誰かさんの力作だってのがわかるやつがあるけどな」
「そこ、うるさいわよ」
ちなみにフォルテの言う力作とは、形が明らかに歪で見た目もあまりよろしくないものに対してだ。
夫婦漫才は適当に流し、俺は早速手を出し、箱の中身を口いっぱいにつめこみ、むしゃむしゃと租借、味わう。
「どう? それ、私が作ったんだよ、お兄ちゃん」
「うん」
よく噛んで、呑み込んで、飲み物を飲んで、にっこり笑って。
「すっごくうまい!!」
味なんて感じない。