憑依召喚   作:虚無_

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偽りでよければ、いくらでも?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今まで、あまり本を読んだことがない。

必要だと思った情報は本から得るまでもなく手に入れることができたし、もともと何かを知りたいと思ったことがない。

この世界に来てからは、“マグナの記憶”が世界の常識やら知識やら必要最低限のもの以上に教えてくれたからその必要がなかった。

だけど、本を読まないからといって、じっとしているのが嫌いなわけでもない。

それが、無駄に時間を消費しているというのなら、話はまったくの別物なんだけれども。

 

 

 

さて、自分でも我慢強いほうだとは思っているが、そろそろ疲れてきた。

だいたい、朝から問答無用でネスティに拉致られて、しかもこんな薄暗い書斎のなか、小さな明かりを手に大量の本とその文字の羅列を追っていて…疲れないわけがない。

外の様子が確認できていないがからよくわからないが、たぶんとっくに昼は過ぎていると思う。

ネスティが探している情報、つまり黒の鎧の集団のことを、俺はすでに知っている。

だけど、だからと言って今のネスティにそのことを教えてやるわけにもいかないのだ。

物語の進行にそんな展開はない、ということもある。

俺自身が疑われる、ということもある。

ネスティの情緒が不安定だ、ということもある。

これのどれかが一番の理由かは、考えない。

考える必要もないし、このほかにもいくつかの理由だってあるし。

とにかく、今のネスティがいくらこの目がとてつもなく悪くなりそうな環境下で書物をあさりまくっても、欲しがっている情報は手に入らない。

 

 

「ネスティ、少し休んだら?」

「――――」

 

 

だんまりか。

しょうがない、と嘆息し、これも予想範囲内だ、となんとなく自分を慰めてみる。

別に、たいしたことじゃない。

俺から見れば、今のネスティの行動はいくら本人が不安だからといって正常な判断力を失っているといっても、こんなに非効率的で無駄なことはないとわかりそうなものなんだが。

 

情報は確実に見つからない。

それは、今持っている彼らの情報があまりに少ないから。

だって彼らについて、わかっているのは黒い鎧を着用していること、槍を扱うイオスという男と、機会兵士のゼルフィルドがいること。指揮官にドクロのようなフェイスマスクをした男がいるということ。おそらくは軍による集団だということ。それがなぜか聖女アメルを狙い、村ひとつを滅ぼしたということくらいだ。

こんな情報源で彼らの正体を見極めろというのははっきり言って無理だ。

きっと、ネスティは、それを見極めることができていないんだろう。

冷静に今自分がいる状況よりも先に、自分の内面の状況のことで精一杯で、それを保つためだけに無理までしてこんな無意味な行動をしている。

俺はもう一度、ため息をついた。

 

――【あいつ】のことは、思い出さないように努めた。

 

 

「ネスティ、落ち着いてよ。いくらなんでも今、あいつらのことがわかるわけがないって。 俺よりも頭がいいネスティならもうわかってるんだろ?」

 

 

ネスティの本のページをめくる手が止まった。

それは図星を指されたからなのか、気に入っていない相手からほめられるようなことを言われたからなのか、俺には判断できない。

はぁ…、と疲れきった息を吐く音。

額に手をあてるその様子を見ると、俺が思っていた以上にネスティが疲れていたみたいだ。

もう少し早めに声をかけるべきだったかな、と思いながら、その背中を見る。

まったく、いくら性格と、その生い立ちがあるからとは言っても一人抱え込まれるとこちらのほうが面倒だということに気づいて欲しいものだ。

 

 

「――不安なんだ」

 

 

とても、とても小さく、かすれるような声は、普段のものとはどんなに違っていても、それは確かにネスティの声だ。

それは、ほんとに小さなものだったけど、静かな室内ではなんの障害もなく、俺の耳に届く。

 

 

「本当なら、僕たちはもう、こんなとこにはいなかったはずなのに……」

 

 

独り言のように、俺には背を向けて、自分の頭のなかを整理するように、過去を振り返り、できるならやり直したいと願い、そんなことがかなうわけがないと諦め、しかたない、無意味なことだとわかっていながらも――それは、後悔。

完璧に鬱状態になっているネスティの、かすかに震えるその肩を見ながら、俺はこいつに息抜きの方法も教えなければならないのかと気が重くなった。

ここでこいつがパーティーから離脱するようなことはありえないとは思うが、この後の行動に異変があっても困る。

たぶん、そのフォローに回るのが自分だということは、なんとなく予想…というか確定しているんじゃなかろうか。

 

 

「ネスティ、そんなに悩んでいたらそのうち倒れるよ?」

「…どうしたらいいのかわからないんだ。 これからどうなってしまうのかなんて…まったくわからないッ!!」

「ネスティ…」

「こんなことになるのなら…関わらなければよかったんだ…、最初からレルムの村になんて行かなければ――」

「落ち着けよ、ネスティ」

 

 

肩を震わせ始めたネスティのそれに手を置いて、なだめるように軽くたたく。

それでも震えは止まらなかったけれども、何度も繰り返しそうしていると、一度大きく行きをはいて「すまなかった」と彼は声なのか息なのか判別しがたい音で俺に言った。

 

 

「大丈夫だよ、ネスティ。 今は疲れてるから、マイナス思考になってるんだって。 少し、休もう?」

「――そう、だな」

「そうだよ。 疲れが取れたらきっと事態が好転してるかもしれないし、いい考えが浮かぶかも」

「あぁ…」

 

 

ネスティは、ようやくうつむかせていた顔を上げた。

それはのろのろと力ない動きだったけれども、さっきよりかはいい方向に気分が回復してきた…と少なくとも俺は思いたい。

 

 

「……マグナ」

「なに?ネスティ」

「――ありがとう」

 

 

それは、どのことに対して言っているのか、俺にはよくわからなかったけれども、のほほんと、“マグナ”の笑みを何も言わずにネスティに向ける。

“朔耶”が起こしている行動はすべて、計算されたものばかりだ。

情緒不安定になっているネスティに、言いたいことをすべて言わせ、だけれども、冷静になった後に後悔するような発言は穏かにさえぎり、何度も何度も繰り返しその名前を呼び、自分の心中は決して表には出さず。

それらの表面は、すべて打算でできている。 そして、同時に偽りで、仮面のものだ。

 

 

――偽りのやさしさなら、いくらでもくれてやるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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