痛み。
空腹。
穢れ。
凍え。
飢え。
恐怖。
殴られ、食物を奪われた。
ごみを見るような目つきで見下された。
店からパンを盗んで逃げた。
寂しくて泣き喚く片割れを抱きしめた。
凍え死にそうになって世界を恨んだ。
片割れと見つけた、綺麗な石。
触れると急に光った。
気絶した片割れ。
破壊をする“それ”。
魂を感じない、瞳が合う。
記憶が、とぶ。
破壊された街。
片割れとともに連れてこられた大きな場所。
いくつもの視線、落ち着かない。
上で、なにか難しいことを話し合っている。
本人の意思は、意味をなさない。
片割れと別れさせられて連れてこられたのはただっぴろい部屋。
押し込まれるように入った場所。
冷たい視線。
ただただ、わけがわからずに、片割れを思って、泣いた。
地下室。
血、召喚、実験、契約、魔力、才能、先祖、片割れ、罪、身代わり、青、闇、罰、嘲笑、石、痛み、忘却、渇望、絶望、消滅、召喚獣、脅迫、恐怖―――
魂の記憶、破壊の代行者。
召喚の光。
闇、もっとも暗い色。
背後からの衝撃、痛み、闇のなかへ・・・。
徐々に、ゆっくりと時間をかけてマグナの記憶を消化していく。
さすがに全てを把握することはできないから、大体のものになってしまうが、人間、全ての過去を覚えることなんて不可能だ、それが自分自身のものであったとしても。
同じようにして、俺が他人であるマグナの記憶を全て知ることができないのも当たり前のことだ。
マグナの印象強い記憶しか、俺は拾うことができない。
記憶を移し変える、気が遠くなるようなその作業を、俺は数日間かけて行っていた。
そのときの俺の様子を見た周囲の数少ない人間は少しばかり不自然な俺の様子に首をかしげたが大した興味を持たず、俺に聞くような奴はいなかった。
そのことを好都合だと思いながらも、本人の記憶によるマグナの取り巻くその環境に気分は悪くなっていく。
過去を知れば知るほど、その苦痛の生に何故ここまで、となにかに怒鳴り散らしたい衝動を覚える。
それは、やはりマグナの中に流れる血のせいなのだろうか。
膨大な魔力を得る代償に、このような苦痛を与えられる、とでも?
ばかばかしい、望んですらいない力なのに。
望んでも得られないものがある、それの逆もしかりということか。
クレスメントの、血と才か。
そうだ、ここで驚くべき事実だ。
今はまだ、ゲームの原作にすら入っていないということ。
マグナはまだ見習い召喚師、卒用試験の予定すらたっていない。
しかし、マグナは確かにあの心の中でクレスメントの姓を名乗った。
原作のあのイベントで知るよりもずっと前にマグナは己のそれを、知っていたのだ。
決して、俺の聞き間違いなどではない。
証拠に、マグナの記憶からはしっかりとクレスメントについての知識が詰め込まれている。
そうとう調べたのか、かなり詳しい、マニアックなところまで調べてある。
そして、見習い召喚師としては信じられないほどに、マグナのレベルは高い。
まぁ、この前の馬鹿たちを脅したときに使った召喚獣がはっきりと示しているだろう。
まぁ、実際のレベルはわからないが、相当強いと思ってもいいと思う。
それでも、その実力をはっきりと周囲に示さないのは――
「こんなところにいたのか」
「あ、ネス」
あきれたように俺を見て溜息をついたのは『記憶』の中で数ヶ月前に出会った兄弟子、ネスティだった。
俺は苦笑いして『マグナ』の仮面を被る。
ネスティはそんな俺の表情をしてさらに溜息をついた。
「あーぁ、見つかっちゃったぁ」
「君はどうしてそんなに授業をサボれるんだ」
「え、だってよくわかんないし」
「わからないから勉強するんだろう。わかっていることを学んでも復習にはなるかもしれないが授業にはならない」
確かに正論だ。
だが、今現在習っている授業はとっくの昔に独学でマグナが習得しているということをネスティは知らない。
知っていたらそんなことは決して言わないだろうが。
「そんなこと言ったってさ、ホラ、今日はこんなにいい天気なんだよ?勉強する気も失せちゃうって」
「天気が悪くてもやる気が出ないからってサボるんだろう、君は」
それも正論だ。
まぁ、ネスティは正論しか言わないだろうが。
だけど俺、マグナのほうにも授業に『出られない』理由がある。
だけど、それを言うことは絶対にできない。
もしこの場で言ったら、笑い飛ばされるだろうか。
俺が、派閥の実験体になっているなんて。
言える訳がないだろう。それは契約違反だ。
今言ったって、大したことにはならない、どころか、状況を悪化させるだけだ。
今は、我慢の時期だ。
「聞いているのか、君は」
「へ?あ、あぁ、ごめん、聞いてなかった」
考えごとが過ぎてしまったらしい、まったく聞いていなかった。
まぁ、マグナのキャラだったらいつものことなのでネスティは大して気にもとめない。
溜息をまたつく。
「とにかく、もどるぞ。やらなくてはならない課題は山ほどあるんだ」
「げっ!?」
それはめんどうだ。素で遠慮したい。
「ほら、さっさと行くぞ」
逃げようとしたら課題は倍になるように進言しとくから安心しろと言ってネスティはさっさと俺を置いて来た道を戻った。
やっぱ、ここで逃げるっていう選択肢は…ないよなぁ。
現実逃避する思考をしててもちゃんと『マグナ』をする俺は偉いと思う。
…誰も褒めてなんかくれないから自分でやる。それはそれですごく虚しい気分にさせてくれるが。
「じょ、冗談じゃないよ!!?」
こんな日常、平和と言えるかもしれない時間は、もうすぐ終わる。
マグナが必死で支えてきたこの時間は、あっけなく崩れるのだ。
安心すると同時に、どうしようもなく悲しくなった。
どこの世界でも、いろんなイミで不公平で、公平だと思う。