憑依召喚   作:虚無_

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銀の吟遊詩人の歌

 

 

 

 

 

 

 

アメルの街案内で、導きの公園に近づいたときに、それは聞こえてきた。

俺の聴力で、かすかに聞こえてきたその音に、一瞬にして俺の緊張感が高まる。

すぐに思い出すのは、卒業試験直後の夜の、バルレルとの会話。

 

 

 

 

「悪魔に心の内よ読み取らせないようにするには、どうすればいい?」

「あ?」

「奴に“朔耶”の存在を知らせないためには、どうすればいいんだ?」

「……悪魔に読心術を使えるやつなんていねぇぜ」

「そうなのか…、だが、奴を目の前にした俺の不自然な感情を知られるのは都合が悪いことは確かだ」

「はッ、早々に目を付けられるってのはさすがにマジィのか」

「当たり前だ」

 

 

 

 

しばらく議論して出した結論。

思えばそれが一番楽で、でもどうしても避けたかった状態だ。

しょうがない、感情を完璧に押し殺せば奴に心の内を探られるようなことはないかもしれない。

だけどその代わり、人間のくせに感情がない、なのに表向きは普通の人間だということで、注目されてしまうだろう。

疲れた顔をしたハサハを腕に抱き、もう片手に持った荷物を持ち直した。

 

目を伏せる。

 

俺は“マグナ”だ。

 

“朔耶”ではない。

 

俺は青の派閥所属の新米召喚師。

 

裏ではちょっと人には言えない立場の人間。

 

クレスメントの末裔ということは、知っているが、まだ誰にも話してはいない。

 

腕に抱いているのは護衛獣の妖狐の子供ハサハ。

 

もう一つに持っているのは必要品の武器や薬。

 

俺の斜め後ろでちろちろと俺の様子を見ているのはもう一人の護衛獣で悪魔のバルレル。

 

隣で楽しそうにしゃべりながら歩いているのは俺の大切な片割れトリス、それからレルムの村の聖女アメル。

 

トリスの後ろをついて来ているのは護衛獣の機会兵士レオルドとメトラルのレシィ。

 

今はアメルに街案内をしている。

 

――知らない。

 

マグナは“朔耶”の存在を知らない。

 

これから起こる未来のことも知らない。

 

俺はマグナ。

 

マグナだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?綺麗な音……」

「ほんとだ。導きの公園からかな?」

「トリス、アメル、行って見ようよ」

 

 

なんの音だろう、これ。

楽器…かなぁ?

導きの公園には結構よく来るほうだとは思ってたけど、楽器を弾くような人って今までいなかったのに…。

あ、あの人が演奏してるんだ。

綺麗な、音だ…。

でも、なんとなく、虚しい――。

 

 

「あ、ごめんなさい。お邪魔しちゃいましたか?」

「いえ、人に聞いていただくために演奏していますから」

 

 

銀色の長い髪を流しながらアメルに答える人は、なんというか、綺麗な人だった。

憂いげな紫の瞳が、静かに俺とトリスを見る。

その人は笑みを深くして、ポロン、と手に持っていた楽器を弾いた。

あ、これが竪琴ってやつかな、本で見たことがある。

こんな音を出すものなんだ。

 

 

「素敵な歌ですね、思わずうっとりしちゃいました」

「ありがとうございます。でも私はまだ半人前なんです」

「え?そんなに上手なのに?」

 

 

今まで聞いた音楽の中で一番綺麗な音だったのに。

どのくらい綺麗に歌えるようになれば一人前ってことになるんだろう。

そんな俺の思考を見透かしたように、彼は笑った。

 

 

「私は自分の歌をまだ見つけていないのです」

「自分の、歌、ですか」

「えぇ、その歌を見つけることによって、ようやく私は一人前ということになるのです」

「へ~、なんか、大変そう…。でも、がんばってくださいね!」

「早く自分の歌っていうの、見つかるといいですね」

「ありがとうございます。…あぁ、申し遅れました。私はレイム、といいます」

「私はアメルです」

「トリスです!で、こっちがお兄ちゃん」

「マグナです」

 

 

軽くレイムさんは竪琴を鳴らした。

そして笑みを深くして、にっこりと笑う。

 

 

「それではアメルさん、トリスさん、マグナさん。また、ご縁があれば会いましょう」

 

 

そこで、俺たちとレイムさんは、別れた。

なんとなく、レイムさんとはまた出会うような気がする。

ただの勘だから、当たるかどうかはわからないけれど。

 

 

どこか空虚だった音が、少し実態を持ったかのように、耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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