真夜中のゼラムは元の世界を知っている俺にとっては以外過ぎるほどに静かだ。
街に入ってしばらくして、先頭あたりで少しの会話が行われ、フォルテ、ケイナの二人と、トリス、ネスティの二人が入れ替わり、また移動する。
ここで走ると逆に目立つので、今度は歩きだ。
そのことに全員、どこか緊張しながらも、ホッと息をついた。
俺は、最初から最後までずっと一番後ろで仲間たちの様子と、追っ手が来ないかを見ている。
ある大きな家、いや、屋敷と呼んでもいいかもしれない。
その敷地内に入り、玄関のドアをネスティが控えめにたたいた。
しばらくして、中から出てきたのは、ギブソン。
普通だったら考えられない時間と、押しかけてきた大人数に目を丸くした彼は、特に何を聞くわけでもなく、全員を中に入るよう促した。
ここはさすが、というところか。
トリスだったらともかく、あのネスティなのだからよっぽどの事情があると即座に判断したか、それとも後輩の頼みは無条件に聞いてやろうとでも思ったのか、まぁ俺にとってはどちらでも構わないけれど。
最後に俺が玄関のドアをくぐり、ギブソン自らが鍵をかける。
そして、俺とギブソンは初めて目を合わせた。
「おや、君は」
ここは俺から挨拶するのが礼儀なんだろうか。
一瞬頭のなかで考えて、俺は頭を下げた。
「ハジメマシテ」
そう、実は初対面だったりする。
「君がマグナ君か。よく話は聞いているよ」
「え、どんな話をされてるのか、気になるなぁ…」
頭を軽くかきながら苦笑い。
大丈夫、仮面は崩れてはいない。と自分で何度も確認する。
なんだかんだでこの人たち、鋭そうだし、侮ることはできない。
ちなみにトリスはまだこの場にいない。
まぁそのうちネスティにたたき起こされて来るだろう。兄としての俺に文句を言いながら。
「はい、どうぞ。たくさん召し上がってくださいね」
目の前に置かれた芋料理。
笑顔で皿を置いたのはもちろんアメルだ。
…それにしてもやりすぎなんじゃないか?
もし芋が嫌いな奴とかアレルギーの奴とかがいたらどうするんだろう…。
ちょっとその料理に引きながらも、それくらいで俺の仮面は崩れない。
「これ、アメルが作ったの?」
「ま、どっかの誰かさんだけではないことは確かだなー…ぐげっ!?」
「はいはーい、余計なことは言わないの」
漫才カップルは置いといて、見た目には確かにおいしそうな芋料理を口に運ぶことにする。
…もしかしてこの至近距離(俺にとっては)で凝視し続けるつもりなんだろうか、この天使は…。
「いただきます」
「はい、どうぞ。…どうですか?お口に合えばいいんですけど…」
俺の様子を不安そうに見てくる少女。
もし俺以外の奴だったら機嫌が上がるに違いない。
でも、正直あんまり好意を持たれても困る。“朔耶”としても“マグナ”としても。
それに…と、内心ため息をついた。
「おいしいよ」
にっこりと笑みを向けると、よかった、とアメルも笑った。
そのまま離れてくれたことに、知らぬ間に入っていた体の力が抜けたのを感じる。
嘘だ。
味なんてない。
いや、感じない。
魂の適合がうまくいってないのか、最初から“朔耶”の魂の存在が歪んでいて“マグナ”の体、もしくはこの世界に受け入れられていないのか、一つの体に二つの魂がこれだけ長く存在しているからなのか、理由はわからないが、俺には味というものが感じられなくなっている。
同時に、嗅覚も少し鈍っているから、料理の味なんてほとんどわからない。
今のところ、それで困るようなことは無いから別にいいけども。
それでも、血の香りだけは魂に反応するのか、はっきりと感じられるのだ。
それは、妙な話、安堵している自分がいる。