走り出してまだ三十分も経っていないはずだ。
だけど後ろから追いかけてくる黒鎧のプレッシャー、戦闘での疲労、朝方こちらに来たばかりの消耗、村の惨劇に対するショック、おそらく初めて追われているというこの立場は時間を長く感じさせた。
おそらく、と俺が言うのは、少なくともマグナとトリスは昔、あの街でしょっちゅう追われていた過去があるから。
一番先を走るのはフォルテ、ケイナ。
アメルを守るようにはさんで走るのはネスティ、トリス。
その前後に護衛獣。
俺が、一番最後を追う。
一番後ろについたのは、後からの追っ手撒くため。
いっぱいいっぱいで時を感じる余裕なんてない。
ときどきトリスから援護しようか、という声もあったけど断っとく。
というか、まだ魔力残ってるのか、すごいな。
まだ序盤だから魔力の消費量は少ないものの、最初から最後まで、途中休憩はあったけども術は打ちっぱなしだったことを思い出す。
どうやら俺が思っている以上に“血”によって秘められた魔力はすごいものらしい。
正直、舐めていた。
――「運命すら律する」とまで言われているのだから、それくらいが当たり前なのかもしれない。
だけど、画面の前ではそんなこと言われても、どのくらいすごいか想像がつかなかったが、これは確かにその呼び名は伊達ではない。
後ろに見える黒の鎧はもう見えない。
夜の闇にまぎれているわけでもなさそうだ。
前にも後ろにも気配を感じないところを見ると、もう振り切ったと思ってもよさそうだ。
…だがスピードはなかなか落とせない。
振り切ったということに気付いていないということと、スピードを落とすとあの村の悪夢にとらわれるんじゃないかという焦燥感、何も考えたくないという恐怖感、落としたら足が止まってしまうんじゃないかとも考えているんだろうか。
全力に近いスピードで走り続ける。
耳に聞こえるのは荒い息遣いと、バラバラなテンポの足音、乾いた土の音、先程まで構えていた武器などの金属音、俺たちの作り出す音以外は不気味なほどに静かだ。
木々のざわめきもしない。時々獣らしき気配はちらつくものの、静かな空間をブチ壊しにしている自分たちの存在に、申し訳なく感じた。
………?
風を、まったく感じない?
え、ちょっとまて。
たしかあの双子とアグラバインは風向きがどうのこうので炎の動きに助けられて逃げられたとかいう話だったよな。
…そういえば村で戦闘してたとき、煙を吸い込んだりとか炎で動きを制限されたりとか、少しでも風があれば当たり前に起きる出来事がまったくなかったような…。
ま、まてまてまて、いいから、誰でもいいから少し俺に考えさせるだけの思考時間をくれ。
えっと?だからつまりそうゆうことは、風がないということは…、あの三人が逃げられないかもしれないということなのか?
それってまずくないか?あぁもうだから俺に時間をくれってば。
そもそも俺はじっくり考えて計画して計画通り進行していくのは好きだけどその場その場での突発的な事態での制限時間つきでの判断はダメなんだよッ!!
あぁもうどうにでもなれだ!!風は!!
「クロ」
ポケットの中にあった赤いサモンナイト石の光は誰にも気付かれることはなかった。
隣でおもしろそうに俺の様子を見ていたバルレルは怪訝そうにしていたけど。(むかついたから殴っといた)
つむじ風、音もなく現れた天狗はすぐさま走り続けている俺の元にぴったりと寄り付く。
俺は誰にも内容を聞かれないように一応注意して、命令した。
後方を指差す。
「あっち、燃えている村の中に俺の仲間がいる。風で炎を操って黒の鎧からそいつらを逃がせ」
こくりと頷いた天狗に、お前の存在を誰にも気付かせるなよ、と付け足して行け、と向かわせた。
ヒュ、と風切り音がして、天狗の姿が見えなくなる。
もしかしたら意味の無い行動かもしれない、風なんていつ吹き始めるのかわかったもんじゃないから。
そんな考えに行き着いたのは、天狗を送ってから数十分経ったあと、街に戻ったときだった。