野党たちを縛り上げ、最後の三人は生首のまま見張りと呼び出し組みにわかれた。
留守組みは俺とトリス、それと護衛獣だ。
「さっすがお兄ちゃんだよねー」
「さすがというか、あれは突発過ぎますよ、ご主人様」
「そうかなー?」
まあ、普通に思いついているやつがたくさんここにいたら、ここの谷はなくなってるだろうしなぁ。
「だってさ、あそこってすぐ近くに砂がドバドバ流れ落ちてたじゃん。ちょっと軌道を変えれば…とか思わなかった?」
「…そんなこと思いつくのはてめえら双子だけだろう」
「違うよーバルレル」
否定しながらケタケタと笑うトリスと、そうそう、と頷く俺。
「「ねー」」
そろった声に呆れたようなため息が聞こえたが、気付かないふり。
「マグナさん、普通隕石で流砂の軌道を変えて生き埋めにするなんて思いもしませんよ」
「シカシ、実行スルノハソレホド難度ハ高クナイト思ワレマス」
「だろー?ほら、レオルドだってそう言ってるじゃん」
水道から出る水に手を添えると水の軌道が変わる、それを流砂と隕石で応用しただけだ。特に難しいことじゃない。
その後も適当に会話を楽しみながら待ち人をしていた。
ほのぼのってこんな感じなのか、と思う。
そこらへんにとっても物騒な野党たちがこちらを恨めしそうににらみつけていたけども、そこらへんは最近得意になってきた気付かないふり。
で、派閥に行って、追い出されて…トリスがフォルテのお誘いを受けているであろう今、俺はというと。
「派閥に行く度に呼び出しなんてどんだけサンプルを無駄にしてんだよ」
また派閥の内部にいた。
もちろん、バルレルとハサハはそのへんで野党狩りでもしてこいと命令してるからこの場にはいない。
二人とも、俺が何の目的で呼び出されているかを知っているから妙な顔をされてしぶしぶ行ってくれた。
俺にとって、一番疲れるのは演技の戦闘でもなく、人を騙すことでもなく、この呼び出しかもしれない。
モノを見るその目に毎回毎回うんざりする。
もう、それは飽きたっていうのに。
「それで、マグナはどうしたんだ?」
「何か用事ができたと言って、逃げたよ」
「逃げたって…」
苦笑いしたのは記憶をなくしてしまったというケイナ。
その記憶を取り戻すために聖女に会いに行くことになった。
正直、僕は彼女のことがうらやましい。
忘れてしまいたくても、どうしても忘れられない過去がある。
自分を縛り付ける、許されない罪。
それは、トリスも、その双子であるマグナも同じだ。
だが、彼女たちは知らない。その罪を。
トリスは僕がずっと一緒に見てきたから、どんな冷たい態度、冷遇を受けていたか知っている。
おそらく、マグナも同じような扱いを受けていたんだろうとは思う。ただ、彼に会ったのは、たったの半年ほど前のことだ。ほとんど彼について知らない、僕は。
マグナは大事だ。だが、それの前に一応がつくくらいの程度。
トリスと比べてしまえば絵本と百科事典くらいの差がある。我ながらわかりにくいたとえだが。
派閥の内部で彼を見かけたことが一度だけある。後姿だけ。
彼の保護者だろう男と、手をつないで廊下をあるいていた。
遠目に見えた、その光景に、僕はどこかで諦めに似た感情を覚えた。
彼には手をつないでくれる相手がいるのだと、それだけで、少なくともトリスよりはましな待遇があったのだ、と。
彼女はその時、誰にもまだ心を許さずに全てを拒んでいたから、たぶんそのころが一番酷かった時期だったから。
それからしばらくして、まるで別人のように急にトリスは僕たちに懐いてきた。やっぱり彼女は寂しかったのだ。
彼女の魔力のせいで、あの街は滅んだのだろうと聞いている。
自分のせいで唯一の兄と引き離され、派閥のなかで冷遇され、そして、その兄はというと他の奴らに懐いている。心を許し、トリスに会おうともしない。
『マグにぃにあわせてぇ!!』
何度も何度も叫び、悲鳴じみた声で泣きわめいた。
涙を流しながら、派閥の中を探し回った。
僕は、その様子を少し離れたところでずっと見守っていた、それしか、できなかった。
だけど、彼は見つからなかった。まったく。姿を見せなかった。
マグナのほうからトリスに会いたいと、トリスのように彼が探そうと少しでも外に、少なくとも廊下にでも出たなら二人は会えただろう。
だけど会えなかった。
それを、彼はトリスに会おうと思わなかったと、そういうことだろう――?
僕はトリスがかわいそうだった。
トリスのために、寂しさを無くそうと、一緒にいた。
勉強を教えたり、脱走する彼女を捕まえたり、一緒に食事に行ったり、なぐさめもした。
トリスは、兄の話をまったくしなくなった。
僕は、それを忘れたからと、兄よりも自分のほうが大事になったからだと思っていた。
だけど、トリスが彼と会ったときの表情といったら!!
僕では決して入り込めない空間、双子だからなのか、それとも、あの破壊された街で一緒にいたからか、彼のほうがまだ一緒にいた時間が長いからか…!!
わかっている、わかっているんだ、どうしようもないくらい。
僕は、彼に、どうしようもなく嫉妬している。
僕には、ラウル師範とトリスしかいない。
それに加えて、僕には二人にも話せないこの秘密を抱えているのに。
彼には手をつないでくれるほどの保護者と、想ってくれているトリスがいる。
彼の性格や表情を見ていると、もっと他にもあたたかい人がいたんだろう。
離れていた期間、トリスに会おうともしなかったんだから。
今だって、引き止めたトリスを簡単に離して、保護者のところへ行った。
マグナは、トリスよりもそっちを選んだのだ。
子供っぽい独占欲。
たぶん、この感情は彼にはばれていない。
マグナは感情が表情や言動に表れやすいからなにを考えているのかがわかりやすい。そのこともまた、勘にさわるのだが。
そんな考え事にはまっていたネスティは、トリスがちらりと顔を見て、何事もなかったようにフォルテとケイナとの話を盛り上げていたことに気付かなかった。