大袈裟にside大鳳とか言ってますが、格好つけたかっただけです。深い意味はありません。
早朝、光がレースのカーテンごしに控えめに入り込む。
少女はむくりと起き上がり、ぐっとのびを一つ。壁にかかった簡素な針時計を確認。昨晩あのまま寝てしまい夜中に一度起きて歯を磨いたので、いつもの起床時刻より30分遅くに起きてしまった。
布団から抜け出し、箪笥を開ける。支給品である体操服、白のインナーシャツに黒のジャージ上下を着る。ジャージは何回もこけたせいで所々小さな穴が空いている。後で新品を申請しよう。
集合時刻はまだまだ先だ。他の皆を起こさないようにそっと廊下を歩く。まだ少し肌寒いが我慢。厚着をしても、最後は脱ぐことになるし、洗い物が増える。
洗面所に着き、鏡で身だしなみを確認。小さく跳ねた寝癖が気になる。そこで始めてクシを忘れたことに気づいた。取りに戻るか悩んだが、手ですくことにした。髪が戻らない。水で濡らし、むりやり戻す。まだ跳ねた感じはしているが、ひとまずよしとし、歯ブラシを濡らし、歯磨き。これで完全に目が覚める。
1階に降りて、硝子扉を開けると少し肌寒い風がまだ弱々しい春の日差しと共に大鳳を迎える。
「いい風ね」
別にこうだから良いという基準はないが、気持ちの良い風だ
軽く準備体操をし、走り始める。朝のジョギングは訓練所からの習慣であり、何があっても毎日することに決めていた。準備体操をしながら考える。
(さて、どこを走ろうかしら。)
本館の裏側には運動場がある。そこを走ってもいいのだが、せっかくだから探険も兼ねて支部内を走り回ることにした。最初は身体を暖める程度に軽く走る。
まずは運動場の外側へ行くと、運動場内には木曾と島風、暁がいた。木曾は大鳳と同じ支給品のジャージ姿(昨夜の寝間着のものとは違う)。暁と島風は「きつかあ」「ぜかまし」と書かれた白の体操服に紺のブルマ姿だった。島風はブルマを最大限まで引っ張り上げているので、お尻が見えていた。絶対にスパッツを勧めようと大鳳は誓う。
ランニングコースを暁と島風が朝っぱらから全力疾走し、それを木曾が右手に何か持ちながら「いいぞ!」と声援を送っている。暁もなかなか速いが島風はさらに速く、暁を12㍍ほど突き放していた。駆逐艦は確かに速い。しかし、島風の速さは別格だ。一度見ただけでそう思えるほど圧倒的な速さだった。
大鳳は運動場に足を踏み入れ、木曾たちに近づく。木曾がこちらに気付き、挨拶がわりに軽く手をあげた。
「朝練か?あ、ちょっと待ってくれよ」
島風がスパートをかけて、木曾の前を走り去る。
木曾の右手にあったのはストップウォッチだった。島風が木曾の前を過ぎた時にカチッと押す。
10秒ほど遅れて暁が到着した。
「島風、58秒16。暁、1分06秒68。あかつきー、ちゃんと軽く走れー」
膝に手をつきゼェゼェ言っている暁に木曾が呼び掛け、言われた暁はふらふらと走る。一方島風は元気そうだ、タイムが伸びたとスキップして喜んでいる。
「木曾さん…、いえ、木曾、なんメートルのタイムなの?」
昨日言われたことを思いだし、あわてて言い直す。
「500」
何でもないように木曾が端的に言う
「ごひゃっ!?」
大鳳は唖然とした。確か自分のベストタイムが1分15秒12だ。暁は駆逐艦として普通といえど島風は速すぎる。
「まあ、驚くのもわかる。だが、海上じゃあ、あいつらもっとすげえぜ。オレには敵わないけどな」
木曾がいったい自分と島風たちのどちらを誇っているのかわからないことを言うから笑ってしまう。
「っと、ランニング中だったんだな。すまねえな。身体冷えちまっただろ」
木曾はしまったと顔をしかめて、すまなさそうに大鳳の身体を気遣う。
「ううん、私の方から話しかけたのに。謝られるのは筋違いよ。」
「そうか?あ!そうだ!良いコースがあるんだ。ここから正門側へ走って行くと桜の並木通りがあるから、そこを突っ切っる。そして、海側へと向かうと、もしかしたら面白いもんが見れるかもしれないぜ。」
「面白いもの?」
「まあ、それはお楽しみってことで。そんで湾岸沿いに走ったら別館近くに着くし、時間的にもちょうどいい。」
期せずしてコースを教えてもらった。木曾に礼を言い、暁、島風に頑張ってと声援を送る。はーい、ヲーと元気のいいお返事。
頑張り過ぎて訓練に支障がでなければいいけれど…。っと、それは自分の方か。一人でツッコミながら大鳳は木曾に教わった通り正門へと向かう。
桜並木の通りを見つけた。
「確かにいいわね…」
昨日初めて執務室に行く途中にも見た気がするが緊張していたのできちんとは見ていない。ここだけはゆっくり歩こうと決める、明日には散ってしまうかもしれないから。
「綺麗…」
桜は満開で、少し散っているものもあった。薄い桃色の花びらがチラチラと大鳳の周りを舞い降りる。
地面に落ちる前に掴んでみようと、近寄ってきた花びらに手を伸ばす。しかし、からかうように後少しのところで逃げてしまう。えい!と勢いよく掴もうとするとよけてしまうから、そっと伸ばしたが上手くいかない。
降りてくるだろうところに両手をお椀にしておく。それでも気まぐれな花びらはきちんと降りてこない。もう少しのところで、そよ風が奪い去ってしまう。こうなれば意地だ。何回か繰り返し、やっとのことで捕まえた。
「やった…!」
つい喜びをあらわにしてしまう。大鳳はにまにまと手の内の薄桃の欠片を見つめた。が、それもつかの間ふと視線を感じ、バッと後ろを振り向く。
発汗性に優れていそうなライトグリーンのシャツに黒のハーフパンツで身を包んだ京が気まずそうに立っていた。
「あ…」
大鳳は掴んでいた花びらを放し、パパっと服のシワをとって、京に向かって敬礼する。放した花びらが地に落ちるころには終わっていた。この間わずか2秒。
「て、提督、おはようございます!」
顔を真っ赤に染める少女。
「…おはようございます、大鳳さん」
一拍遅れて京も敬礼しかえす。だが、どちらも後が続かない。気まずい空気が流れる。
「あの、その、提督もランニング中ですか!?」
意外にも最初に口を開いたのは大鳳であった
「あ…ああ、そうなんですよ。どうしても机仕事ばかりでは身体がなまってしまうので」
ハハハと愛想笑いをする京。
「その、大鳳さんも?」
なんとか会話を続けようと京も聞き返す。
そうです!と大鳳は返しかけるが、先程の行為を振り返って、自分でも信憑性がないと考えた。どう見てもあれは遊んでいた。
「えと、いつもはちゃんとしてるんですが、その今日は桜が綺麗でして、その…」
かなり言い訳がましいなと自分でも思う。これではいつものランニングも適当にやっていると思われかねない。
「わかりますよ。確かにここの桜は綺麗です。足をつい止めてしまうほど」
桜並木を眺めながら京は微笑む。そして、舞い降りてきた花びらにそっと手を差しのべた。それは避けることもせず、京の手のひらに着陸した。
「お、やった」
青年は大鳳へとまるで勲章のように桜の花びらを見せびらかす。
「僕も小さいころによくやっていました。上手く掴めたら、願い事が叶うと聞いて」
まあ、ほとんど叶いませんでしたけどねと笑って付け足す。
大鳳はやはり子供っぽい遊びだと思われたのねと恥ずかしさで頭が一杯だった。
「大鳳さんがこの支部を好きになってくれますように」
自信は無いが確かにそう聞こえた。
「え?」
「あ、聞こえてしまいましたか」
そう言って京は恥ずかしそうに頭をかく
「最初に言わなければならなかったんですが、僕は空母を指揮するのは初めてなんですよ。だから、大鳳さんに失望されてしまうことも多いと思います。努力はしますが、それでも我慢できなければ、いつでも言ってください。もっと優秀な提督のいる所へ転籍願いを書きます。ですが、」
一旦言葉を切り、京は大鳳の瞳をじっと見つめる
「願うならば、僕があなたの提督でありたい」
見つめられた大鳳は顔を真っ赤に染め、下を向き、手をモジモジさせた。
「あ、ありがとうございます…。その、私も提督のもとで戦えるのは嬉しいです…。提督のご期待に応えられるように頑張ります…」
下を向きながら喋るのは失礼だとわかっていたが、この真っ赤になった顔を見られるわけにはいかない。
「では、これで失礼します」
ボソボソしゃべったので提督に聞こえたかどうか定かではないが、大鳳は強制的に話を打ちきり、大鳳は再び走り出す。徐々に足が早くなってくる。あの場から早く逃げ出したかったのだ。フォームはめちゃくちゃで息も荒くなる。気づけば全力疾走だった。
大鳳がいきなり走り出し、しばしポカンとしていた京は大鳳の行く方向の先にあるものを思い出した。
「まずい…!」
京は大鳳の後を追って走り出した
大鳳は桜並木を通り抜け、丁字路を右に曲がり、湾岸へと向かう。だいぶ距離を取れただろうか、大鳳は走りを緩める。恥ずかしいから走って逃げるなんて子供っぽい行動だ。提督を失望させたかもしれないと気落ちする。
ふと耳にバシッバシッと何かを叩く音が届いた。なんの音だろうかと興味を持ち、音源を探す。本館裏から聞こえてくる。
こっそりと近づこうとすると何者かに右肩を掴まれた。恐る恐る後ろを振り向くと、はあはあと息の荒い男がいた。
「だれ…!?」
叫び声をあげようとすると男はしーっと人差し指をたてて、軽く口を塞いできた。
大鳳は少しパニックになるが、男の顔をよく見ると、
「提督…!?」
再び京はしーっと人差し指を立てる。
「ちょっとじっとしていてくださいね」
そう言って何かの打撃音を発するなにものかに大声をあげた。
「陸奥さーん、そろそろ時間ですからー支度してくださーい!」
「わかったーー」と、陸奥の声が返ってきた。大鳳はなるほどと納得する。陸奥もきっと何かの自主訓練中だったのだ。おそらく集中を要する訓練のため、提督は大鳳が陸奥の邪魔をしないように配慮してくれたのだろう。
「ありがとうございます」
「え?はぁ、どういたしまして?」
大鳳の礼に京はよくわかっていない顔をする。謙虚なのだと大鳳は解釈した。
ふと陸奥はどんな自主練習をしているのかと大鳳は気になった。自分の自主練習にも何か還元できるところがあるかもしれない。
もう提督の呼び掛けで片付け始めているところだろう、邪魔にはなるまい。
そう考え、大鳳は陸奥のもとへ行こうとする。それを見た京はあわてて大鳳を引き留めようと大鳳の右腕を掴んだ。
少し乱暴な掴みかたに大鳳はむっとし、ついつっけんどんな態度を取る。。
「…なんでしょうか?」
「あ、えーと」
京はなんというべきか悩んでいるのか視線を宙にさまよわせている。
いったいなんなのだろうか?先程から提督の振る舞いが怪しい。言いたいことがあるのならばはっきりと言ってくれれば良いのに…。
数秒ほどの沈黙が二人の間で流れる。
京は大鳳の頭を見て、あっと小さく声をあげた。そして、大鳳の頭へ手を伸ばす。
何何何何何何何何何何何!?
大鳳は困惑一色になった。
いったいなんだろうか?頭を撫でられる!?いや、それはない。そういえば寝癖はちゃんと直っているのだろうか?汗臭くないだろうか?。何をされるのかさっぱりわからず、自分の爪先を見つめる。ジャージのところどころに穴が開いているのが見える。提督になんと思われただろうか?みすぼらしい?汚い?ずぼら?もう嫌だ、又逃げ出したい。
京の指が大鳳の髪を微かに動かす。汗で湿った髪を触られている。
不快に思われるだろうか?向こうが勝手に触ってきたのに自分を責める言葉ばかりが頭の中で巡る。
そんな大鳳の目の前に薄桃色の破片が現れた。
「?」
「言おうか迷ったんですが、桜の花びらが髪についていたんです」
ああと大鳳の肩から力が抜けた。
「…ありがとうございます。でも、勝手にとってもらってもよかったのですが」
ピッと取ってくれれば、こんなに恥ずかしい思いをすることはなかったのに。
提督と一緒にいるときは、恥ずかしい思いばかりしている気がする。
お門違いなのはわかっているが少し責める口調になった。
「そういうわけには。大鳳さんに嫌われるのは嫌ですから」
京はあははと頭をかく。大鳳はあることを思いつき、京の手のひらにある花びらを指差す。
「…………その花びら頂けますか?」
「え、はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
突然の要望に京はわからないまま応える
大鳳は手渡された花びらを見つめた
汗のせいか、なんだかしおれている
だが、地面に落ちていないから大丈夫だろう
ぐっと握りしめ、胸のところに置いた
「この大鳳のことを好きになってくれますように」
そう願った
こんな私でも信頼してほしい、期待してほしい。頑張って応えるから。その一心から出てきた願いだった。
「…叶うでしょうか?」
おずおずと大鳳は訊いた。京は何も返事をしなかった。
ただ顔を真っ赤にして、信じられないものを見るかのように大鳳を見つめていた。
聞こえていなかったのかしら?
「提督?」
大鳳が顔を覗きこむと、大鳳と視線を合わせまいと、京が横を向く。
さらに大鳳が回り込んで顔を覗きこむとまた目をそらす。そんなやり取りが何回か繰り返されていると、
「……何しているんです?」
不審そうに二人を眺める陸奥の姿があった。
蒸気し、ほんのり赤い身体から滴る汗をタオルで拭いている姿は大鳳の目から見ても艶かしい。
「あっ…!陸奥さん。おはようございます!」
「おはよう」
大鳳は振り向いて元気よく挨拶をし、陸奥も微笑みながら返す。京も「おはよう」と小さく言った。あまりに小さい声なので疲れているのかしらと大鳳は京の体調を気になった。もしかしたら意外と体力がないのかもしれない。本人自らがずっと机仕事だと言っていたことを思い出す。そんなことを考えていた大鳳に陸奥が忠告する
「そろそろ準備しないと遅れるわよ?」
陸奥の言う通り、すでに陽は少し見上げるところにあった。
「あ、陸奥さんも一緒に行きませんか?」
「アタシは今日の午前は休みだし、提督と少し話があるから先に行ってて」
「わかりました…」
帰り際にどんな練習をしているのか聞こうと思ったから残念だ。
陸奥が突然手のひらで自分の顔を覆い、手を合わせる。
「あっ!しまった…。ごめんなさい。艤装庫とドックの使い方は木曾から聞いておいて。本当にごめんなさい」
「いえいえいえ、まっったく構いません!」
本当に申し訳なさそうに陸奥が謝るのでこちらが恐縮してしまう。
「あ、時間ですからこれで失礼します」
ぺこりと頭を下げて、大鳳はシャワーのある別館へと走る
そういえば木曾の言っていた面白いものってなんだったのだろう?
ちょっと(自分としては)ニヤニヤするシーンを入れました。後で読み返して、恥ずかしい気持ちになるのは覚悟しています。
後、島風達、走るの速すぎますよね。