なにしおはば   作:鑪川 蚕

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大鳳と木曾と駆逐艦ズがただダベる話です。


5話 自室

木曾達は帰港後すぐに入り、陸奥は仕事が一段落した後で入るらしいので、広い風呂場は貸し切り同然だった。

 

入浴後、海軍指定のベージュ色の寝間着に着替える。作務衣のような綿の寝間着は3月の気候にはちょうど良い。

 

同じ1階のリネン室から布団一式を持ち上げて、3階へと上がる。布団のしんみりとした冷たさが火照った腕と溶け合っていった。

 

布団一式をどうにか片手で抱え込み、扉のレバーを押し下げ、開ける。

 

「じゃましてるぜ」「してるわ」「してまーす」

 

木曾はあぐらをかき、暁、島風は正座して床に座っていた。木曾は黒のジャージ、暁はブルーベリー柄のパジャマ、島風は「v=m/t」と書かれたかなり大きめの白いTシャツを着ている。

 

大鳳は思わず布団を抱えたまま転びそうになった。

 

「な、なんでいるんですか!?」

「鍵が開いていたから」

 

バット状のチョコレート菓子をかじりながら、木曾がさも当然のように言う。だが、それは泥棒の理屈だ。

 

「お菓子持ってきてあげたわ」

 

暁がふふんと自慢気に床に無造作に置かれいる菓子たちを指差した。

 

間宮謹製のものではなく、いわゆる駄菓子だ。原色の入り交じった包装が目立つ。島風は晩御飯をあれほど食べていたにもかかわらず、りすのようにカリカリとコーンポタージュ味の棒をかじっていた。床に食べかすがぼろぼろと撒き散っているが見ないことにした。

 

自分のベッドに布団を置き、床に腰をおろす。

「陸奥さんは?」といいかけて、仕事中だったことを思い出す。もう9時だというのに大変だ。

 

大鳳は知らないことだが、この時代「アフターファイブ」は死語である。

 

「陸奥さんはいつもこんなに遅いんですか?」

「出撃した日以外は大体そうだな。月末なんか途中報告の書類をつくらにゃいかんから徹夜するときもあるな」

「徹夜後のむつさんはとってもこわいのよ」

「いらいらしすぎて朝食のお茶碗をにぎりつぶすの」

 

暁、島風が深刻な顔をして陸奥の裏側を教えてくる

 

「もうそろそろ月末だな」

 

聞きたくなかった情報が追加された

暁に「もらいますね」と言って、黄色いくちばしの鳥が描かれたチョコレート菓子を食べる。当然のように天使はいなかった。本当にいるの?

 

ふと気づいたことを口にする。

 

「木曾さんは秘書艦をしないのですか?」

 

粗雑そうだが、意外に出来るかもしれない。

 

「一応は出来るけどな、本当に臨時の時だけだ。それに俺たち小型艦は遠征任務やらで忙しい。秘書艦は陸奥みたいな大型艦がやるもんだ。他の鎮守府でも大体そうだな」

 

木曾はああそういやと言い、拝むように手を合わせる。

 

「タメ口でしゃべってくれないか。背中が痒くなる。」

「そうね」「どうでもいー」

 

暁と島風も同調(?)する

 

「いえ、私は新参者ですから、そういうわけには」

「それだと陸奥はオレに敬語を使うべきだな」

「わたしにもね」

 

木曾、暁が愉快そうに笑う。

 

「陸奥さんが最初ではないのですか?」

 

食堂での会話からそうだろうと思っていた。明らかに陸奥さんがこの支部のお局様だ。

 

「タ、メ、ぐ、ち」

「う……」

「タメ口で訊かないと、教えないぜ~」

「う~~~~」

 

木曾がからかい、大鳳が困った顔をする。暁、島風はそんな2隻(ふたり)をみて、クスクス笑う。

大鳳はタメ口で話すのを苦手としていた。別に出来ない訳ではない。ただタメ口=馴れ馴れしいというイメージを持ち、又、敬語で話しておけば、まず相手に失礼だと取られる心配はないという小ズルい考えがあるのだ。

 

ただ、遅かれ早かれタメ口で話すことになるのだからまあいいかと思い直す。

 

「ねぇ、木曾。陸奥さんが最初ではないの?」

 

陸奥のようなフランクさと上品さをイメージしながら話す。とっさに陸奥が出るあたり少し憧れているのかもしれない。あの秘書艦は自分に無いものを多く持っていると感じるからだろうか。何故かは上手く言えない。

 

木曾は満足いったのか、「よしよし」と頷く。

 

「じゃ、答えるけどな。あいつは四番目だ。で、オレが二番目」

「わたしが三番目よ」

 

右手で指を3本立てながら、暁が加わる。

大鳳は二隻の回答に違和感を感じた。

 

「えと、じゃあ島風ちゃんは?」

「島風は四番目ー」

 

島風はラーメンの麺の切れ端を口にざーと流しながら、答える

 

おかしい。話が噛み合わない。頭の中が疑問符でいっぱいだ。そこで木曾はどこかもの寂しげな顔をする。

 

「ああ、そうか。島風の場合はそうだったな」

 

その呟きで大鳳の中に閃きが生じた。

 

一番目に誰かがいて、陸奥か島風の着任前にいなくなったのだ。知らないものは数えようがない。つまり…

大鳳は影を落とす。こんな明るい日常からは想像できない、しかし、いつだって自分達艦娘につきまとうことへと考え至ったからだ。

 

「違う違う、その、轟沈したわけじゃない。…移籍しただけだ」

 

大鳳の思考を読み取った木曾が手をパタパタさせる

 

「あ!そういうことね!」

 

納得し、安心した大鳳とは対照に木曾は何故か暗い表情のままだ

 

「あの…」

「ん?ああ、ちょっと眠気がな!すまんすまん!」

 

大鳳が呼びかけると、何でもないように木曾が明るく答える。気のせいか、大鳳はそう結論づけた

 

「寝たら?」

「バカいえ。って何だ、その舌。」

「へへ~」

 

駄菓子で舌が緑色になったのを見せつける暁を木曾は小突く。

 

「仲が良いのね」

 

なんだか微笑ましい。クスリと大鳳は笑った。

 

「本当は神通みたいに厳しくした方がいいのかもしれんがな」

「だめだめだめだめ、ぜーったいだめ」

 

木曾がため息をつくようにこぼすと、暁が木曾に抱きつき懇願する。島風もイヤイヤイヤと首を横に振る。

 

神通はスパルタで有名だ。神通のスパルタ列伝を聞き、「神通さんとこに配属されたらどうしよう」と訓練所で駆逐艦達が騒いでいたのを覚えている。

 

「ま、オレは厳しくすんのはどうも性に合わんし「島風たちが優秀だからする必要もないもんね」

 

島風が木曾をからかうように遮る。

 

「何言ってんだ。この前中破したばっかのくせに」

「いや、あれは!避けたと思ったのに、その、魚雷がしつこいから!」

 

予想外の切り返しに島風はしどろもどろに言い訳する

 

「言い訳してんじゃねえよ。下が疎かになってたからだろ」

「本当に避けたんだもん…」

 

しょんぼりとする島風に合わせて、頭に着けた黒の兎耳が萎れるように倒れた。

 

どういう仕組みなの…、とどうでもいいところに大鳳は注目する。

 

木曾は島風の髪をワシャワシャと荒々しく掻き回し、膝を打った。

 

「お、そうだ。坊のこと、お前どう思う?」

「坊?」

「司令のこと。木曾はいつもそう呼んでる」

 

掻き回された薄い金髪を整えながら、島風が教えてくれた。そういえば食堂でもそう呼んでいた気がする。

 

ちなみに記憶のせいか、駆逐艦や軽巡は提督のことを司令又は司令官と呼ぶ。提督と司令、両者の意味は同じではないのだが、仕事の内容が当時と変わった今となっては同じ意味として使われている。

 

「…(ひと)それぞれだけど、裏で提督、いいえ誰かを悪く言うのはあまり好きじゃないわ」

 

大鳳は木曾に軽蔑を混ぜた視線を投げる。

そんな艦だとは思わなかった。それに墨野提督は自分の目からは真面目で有能な提督に見えた

 

「心配すんな。坊の前でもそう言ってる」

 

木曾の衝撃発言に目眩がするが、駆逐2隻(ふたり)に顔を向けるとうんうんと頷いていた。

 

「司令は別に良いってゆってるのよ」

「でもむつさんはちょっと嫌そう」

「あいつ、うるさいんだよなぁ」

 

陸奥の注意は当然だと思う。

 

「どうして提督と呼ばないの?」

「そうそう」「どうしてー?」

 

暁、島風も気になっていたのか、木曾に詰め寄る。

 

「…いいだろ、別に。」

 

何故か顔を俯ける木曾。気のせいか耳が赤い。

 

「よくないわよー」「教えてー」

 

さらに詰め寄る駆逐艦ズ

 

「い、や、だ」

 

そっぽを向き、木曾は断固として拒否する

 

「ケチ」「卑しい女シマ」

「おいこらしばくぞ」

 

キャッキャッと3(にん)が取っ組み合う。木曾が暁の頬を引っ張ったかと思えば、島風が吹くと紙が伸びるおもちゃで木曾のデコを攻撃。大鳳はさりげなく駄菓子をかき集め、ベッドの上に避難。ドタンバタンと少し埃が舞い始め、争いがヒートアップ。日頃の不満を拳にのせだした。ちょっとこれは止めなくてはならないのではと大鳳が焦ると

 

「コラーーーーーーー!!!!」

 

大鳳ではなく、陸奥が突然ドアを開け、怒声を飛ばした。ワインレッドのフレームの眼鏡をかけ、こころなしか疲労が見える。

 

「消灯時間までもう10分よ!!早く歯磨きをする!!後なんで大鳳の部屋で暴れてるの!!」

「木曾が…」「暁が…」「島風が…」

「言い訳しない!!」

 

互いに指を指し合い、責任を押し付けあうが、陸奥の前では無駄であった。

 

「さっさと寝なさい!」

「「「…はーい」」」

 

本当に渋々といった感じで3(にん)は返事をする。

暁が空になった駄菓子の袋を集め、ビニール袋に入れていき、島風が床に落ちた食べかすを拾い集め、同じビニール袋に捨てる。

 

あまりのいい子ぶりに暁の頭をなでてしまう。それを見た島風が「自分も」という目をするので、島風も撫でる。えへへとご満悦な幼女たち。このままずっとなでておきたい。

 

「ほら、行くぞ」

 

陸奥が先導し、木曾が駆逐艦2隻(ふたり)を曳航し、「じゃあな」「おやすみなさい」「ヲー」と夜の挨拶を告げ、部屋を出ていく。大鳳は手を小さく振りながら、彼女らを見送った。

 

 

 

 

 

扉が閉まるのを確認し、まだ敷いていない布団一式の上にどさっと倒れる。

 

「疲れた…」

 

天井を眺めながら呟く。

集団でワイワイするのは久しぶりだ。だが、嫌な疲れではない。

 

体を横向きにし、まだところどころ食べかすの散らかる床を眺め、ため息をついた。

いい艦隊に所属出来た、そのことは幸運だ。

でも…

 

「期待に応えられるかな…」

 

天井の照明が明るいから枕に顔を埋めた。

 

 




結構何回も書き直した回です。
お酒を飲ませるべきかどうか悩みましたが、止めました。大鳳、陸奥、木曾は皆酒豪ですが、多分これ以降もそういう描写はないんじゃないですかね…。
次は大鳳が走ります。

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