なにしおはば   作:鑪川 蚕

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久々の更新となってしまいました。
更新をもっと速くしたいのですが…。クッ。



20話 鳳雛 中編

敷地内の端にある弓道場。

 

袴に着替え、黙々と弓を引く一隻の少女。

放たれた矢は的から半的ずれた辺りに着地し、ぼすりと鈍い音を出す。

少女はチッと舌打ちした。

 

「ぬふふふ、心がなってないね」

 

道場の入口からちょっと気持ち悪い笑い声が聞こえたので振り向くと、同じくらいの背丈の赤い袴をはいた少女が腕組みをしていた。

紅白縞模様の鉢巻をした亜麻色のポニーテール、橙色の瞳。赤銅色の網目模様の袖が目立つ薄緑の道着の上に迷彩色の胸当てをつけ、一本の白線が縦断する深緑色のもんぺを履いている。

 

「誰です!貴方は!」

「あれ、聞いてない?空母会から派遣されたワタシの名前は瑞鳳。祥鳳型軽空母2番艦だよ。気軽にズホって呼んでね、大鳳ちゃん」

 

そう言ってブイサインした。

突然現れた見知らぬ艦娘に驚きを隠しきれない。

 

 

「空母…かい…」

「もしかして知らない?」

「いえ、知っています。航空技術の全体的上達を目指した情報交換や後進の空母の育成を目的とする熟練者の派遣を旨とした空母による互助組合、であると」

 

瑞鳳が意外そうな顔をしたので、艦娘学の教科書「鎮守府生活のすすめ」の82ページにある小さなコラムに書かれていたことをとっさに暗唱した。

ちなみにそうした組合は空母のみに限らず戦艦や重巡、軽巡などにもある。

 

「そそ、良く覚えてるね。感心感心。でも、それならどうして驚いたの?」

「それは…何故空母会の方がここにいらっしゃったのか理解できなかったからです」

 

瑞鳳がさらに驚いた顔を見せる。

 

「大鳳ちゃん、自分で言ったよね?空母会は後進の育成を目的にしてるって」

「ですが、私は「発艦出来ない?」

「……そうです」

 

瑞鳳が上目遣いに言葉を先取りしたため言い淀む。

 

「いやー、ワタシもなんでかはわからないんだけどね。してくれって依頼されちゃったから」

「依頼?」

 

鹿島だろうか?いやそれなら事前に言ってくるはずだと疑問を感じていると瑞鳳の口から依頼者の名前を告がれる。

 

「舞鶴鎮守府大坂支部所属、墨野提督の依頼だよ」

「すみの?」

 

聞いたことのない名前だ。今まで手紙を受け取ったことのある提督の名前は全て覚えているがどれも該当しない。

 

「墨野京。19歳という異例の若さで本国の支部に配属された提督。稀代の天才…という訳ではないけれどなかなか上手くやっていると思うよ」

「そんな方がどうして私なんかを気にかけなさったのでしょう?」

「さぁー?あそこは航空戦力がいないからかな。よくわかんないなー。ワタシんとこの提督と墨野提督が割と仲が良いからそのツテでワタシを寄越したんだけど…」

 

さぁーと背中が冷える心地がした。

 

「もしかすると…。墨野提督は知らないのでしょうか、私のことについて」

 

少し考える素振りを見せた後、瑞鳳は大鳳と目を合わせずに話す。

 

「…その可能性はあるね。あなたの欠陥については一応機密事項になってる。墨野提督は若手だし、まあちょっと敵も多い人だから、わざと情報を回されなかったということがあったかもしれない」

 

瑞鳳の発言で衝撃的だったことが2つ。

自分が海軍から欠陥品扱いをされていること。

そして、

 

「敵が多い…ですか」

「うん。海軍には派閥がいくつかあってね。当然派閥争いもある。墨野提督はワタシんとこの提督も所属してる派閥の筆頭である呉鎮守府本部の司令長官さんに気に入られてるの。だから、敵対している派閥の提督達に特に嫌われているってわけ」

「そんなことが…」

 

皆が同じ方向を目指し、皆が協力しあって事を成し遂げる。そんなことはとてつもなき難しい絵空事だと大鳳はもう気づいてはいたが、憧れの海軍がそれの例外ではなかったことにどうしようもなく落胆してしまう。

それをみてとったのか瑞鳳が眉を下げる。

 

「気持ちはわからないでもないよ。ただまあ、どの派閥も本気で国のことを考えているから安心してほしいかな。あ、それにそれに、墨野提督も別に変な人じゃないから」

 

フォローになっているのか、なっていないのかよくわからないが、励まされていることはわかる。

だが、大鳳は視線を下に向けた。

 

「ありがとうございます…。でも、それならなおさらいけないですよね。墨野提督にお断りのお手紙を送ってもらえるよう鹿島さんに頼まないと」

 

そう言って大鳳は瑞鳳の横をすり抜け、立ち去ろうとした。

瑞鳳はほーっと少し興味深そうにその背中を見送る。

 

「あらら、聞いてた話と違うね」

 

大鳳は足を止めた。

 

「何の話でしょう?」

「いや、大した話じゃないよ。鹿島さんから大鳳ちゃんは諦めない心を持つ娘だって聞いていたから。」

 

大鳳は前髪で歪む眼を隠しながら吐露する。

 

「っ!…買い被りです!私はそんな素晴らしい艦娘じゃありません」

「確かにね」

「」

 

あまりに率直な物言いに言葉を失った。

瑞鳳は特に気にも止めず続ける。

 

「いやー、なかなか賢明な判断だと思うよ。はっきり言って迷惑だもんね。大鳳ちゃんみたいな娘とワタシ、一緒に編成されたくないもの」

 

大鳳は振り返り、自身の意見の正統性に追い風をたてんとする。

 

「…そ、そうですよね。発艦出来ない空母は足手まといですからね」

「違うんだよねぇ」

 

やれやれという呆れた表情をした。

 

「それならそれでやりようはあるでしょう?機銃は使えるんだから対空沿岸防衛の任に就いたり、艤装の研究機関に所属して実験艦になるとか。実際にそういう艦娘もいるし。ワタシはそういうちゃんと自分の道を歩む艦と一緒に行動したいなあ」

 

硬直する大鳳へ歩み寄り、大鳳の鼻先にぶつかりそうなほど顔を近づける

 

「それで、大鳳ちゃんは何をしているのかな?こんな鳥籠みたいな安全地帯でのうのうと実現不可能な夢を見てるだけ?目の前にある課題から目を背けて、鹿島さんにも迷惑かけて、自分からは何をするわけでもなく、いつか出来るようになるって待っているだけじゃないのかなぁ?周りの生徒達はもう自分の責務を自覚して日々励んでいるのに?別にいいんだよね、大鳳ちゃん。ちっぽけなプライドを宝物のように大事にして、せっかく示されたチャンスを捨て去ることは大鳳ちゃんにとっては当然のことだもんね?なんていったってあなたはあの、仁本国民皆の期待を背負って生まれた海軍の最終兵器が一つ、誇り高き装甲空母、大鳳なんだからぁ!?」

 

 

「だまれえええぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

大鳳は瑞鳳の両肩に掴みかかり、力の限り床へと叩きつける。

咄嗟のことで受け身がとれず後頭部が木の床と衝突し、瑞鳳の表情は苦悶に歪む。

すぐさま大鳳は瑞鳳の腹部に跨がり、無防備な瑞鳳の顔を殴り付けた。

 

「いきなり現れてっ!好き勝手なことを、言うなっ!何様よ!…わかってるのっ!貴方なんかに、言われなくたって!私だって!わかってる!自分の限界を知って、それにあった、道を行かなきゃいけないって!わかってる!わかってるけど、わかっているけどっ!私が私を許そうとしないっ!大鳳が私を許さない!」

 

一発一発拳を叩きつけるごとに大鳳の瞳は揺れ、腕は折れそうなほど頼りないものになっていく。

 

「努力だってした!誰よりもしたッ!誰にも負けないように、誰からも愛されるように、誰でも守れるように!でもッ、でもッ、誰もが私を置いていく!なんでもない顔をして、たいした努力もせずに、私を追い抜き、置き去りにしていくッ!私を見向きもせずにッ!でも私は頑張ッた!頑張ッたのに…」

 

打撃の感触が無くなったから瑞鳳が目を開けると、腕をだらりとぶら下げ涙と鼻水まみれの大鳳の姿が映った。

 

「ふざけるな…。ふざけないでよォ。どうして私ばッかり…。せッかく生まれ変わッたのに。今度こそはッて…。ドウシテ…」

 

四つん這いのまま肩が揺れ、水滴が零れ落ちる。

視界はおぼろ気に、思考はまどろんでいく。

瑞鳳の紅白の鉢巻が白く染められていった。

 

「みんな私を必要としてイナイの?わたしはセカイから望まれていないの?ワタシはソンザイしちゃいけないの?」

 

それならばいっそ生まれ変わらなければよかった。

陽の光が照らし続ける地上はきっと眩しくて生きていけないだろうから、光届かぬ静かな海の底でこの名を抱きながらひっそりと眠ったように死んでいよう。

 

燃えるように肩を奮わせ、吠えるように嗚咽し、噛みつくように歯軋りする。

そんな大鳳の頬を誰かがそっと撫で上げた。

 

「ワタシがしているよ」

 

腫れた頬を少し痛そうに歪ませ、優しく微笑んだ。

大鳳は予想しなかった一言で時が止まったように全ての動きを止める。

背中に五指を添わせ、自分の方へと抱き寄せる。放心状態の大鳳は抵抗なく瑞鳳へと身体を預けた。瑞鳳は胸元で1隻の重みを感じながら少し湿った少女の後ろ髪を手でゆっくり鋤いていく。

 

「ワタシがあなたを必要としている」

 

そう告げると、大鳳をどかし、イテテと顔をしかめながら左腕で上体を起こす。

するりと大鳳の固めから抜け出し、袴に付いた 埃を払いながら立ち上がる。

呆けた顔をしている大鳳の頭をわしゃわしゃと乱暴に掻き乱した。

 

「よく頑張ったね。次はワタシが頑張る番だ」

 

ふらつく素振りも見せず、スタスタと出口へと歩み出した。

そして振り返り、座り込んでいる大鳳に真っ直ぐなそれでいて暖かい視線を注ぐ。

 

「涙を拭いたら艤装庫においで。あなたに翼をあげる」

 

ニッとわらった顔はまるで太陽のようで。幼さの残る顔立ちの中に確かに凛と胸を張る大和撫子の面影をみた。

 




瑞鳳はこんなキャラじゃない!とお怒りの方へ
ごめんなさい。でも私の中ではこういうキャラなんです。かわいいよりかっこいいキャラなんです。イカしたリケジョなんです。

次回、大鳳はレッ●ブルを飲みます(嘘)

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