なにしおはば   作:鑪川 蚕

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大鳳→提督で視点が移動します
アンチヘイトの基準ってよくわかりませんね


1話 着任

深海棲艦が出現し、10年が経過した。壊滅寸前だった仁本国は艦娘という対抗戦力でもって、かつての経済水域、主要な海上交通路を取り戻した。それにより経済が回りだし、資材不足や不況、疎開という悩みを抱えつつも国民に笑顔が戻りつつあった。

 

 

3月下旬。春の日差しと風が日々気温の上げ下げで争う季節。

 

「送って頂きありがとうございました。」

少女が黒塗りの車から降りる際に運転手に礼を言う。

壮年の運転手が運転席から後部座席へと身体をこれでもかと振り向かせた。

 

「とんでもない!身に余るほど名誉なことでございました!」

運転手は慌てて車を飛び出し、後ろのトランクから女性が持つには武骨な皮張りの茶色い鞄を取り出した。中に入っているのは洗面具や本、下着などの日用品といったありふれた物だが、まるで3億圓の札束が入っているかのように慎重に扱い、少女に恭しく手渡す。

運転手は自らが鞄を目的地寸前まで運びたかったのだが、少女の行き先は許可証が無ければ入れないから諦める他なかった。少女は軽く会釈し、鞄を受け取り、目的地である赤レンガの建物の正門へと歩いていく。

正門前の屈強な警備員は入ろうとする少女に懐疑的な視線を向けていたが、彼女が証明書を掲示した途端、直立不動で敬礼し、少女が正門をくぐり抜けていくのを冷や汗をかきながら見送った。運転手も警備員も少女が建物に入って見えなくなるまで敬礼し続けた。

成人しているかしてないかほどの少女に対して行き過ぎた対応だと眉を潜めるかもしれない。

だが、事情を知る者は誰も笑いはしないだろう。むしろ敬意が足りないと怒りだす者もいるかもしれない。

何故なら、少女の正体は人類の切り札、艦娘なのだから。

そして、彼女が入っていった建物はその艦娘達を束ね、戦場へと送り出し、指揮する提督を最高責任者とした鎮守府である。

もっとも、この建物は主に听畿地方を担当する宮都府の舞鶴鎮守府本部ではなく、大坂府の舞鶴鎮守府大坂支部なのだが。

 

なんにせよ少女の物語は始まったのだ。

 

 

 

************************************

 

 

 

20畳ほどの執務室に2人の男女の姿。露出の多い服を着た女性が白い軍服姿の男性の太腿を踏みつけているというなかなかな光景。

 

「あの…、陸奥さん…?」

 

軍服の男性、墨野 京(すみの けい)は目の前の秘書艦である女性におずおずと話しかけた。

 

「何?」

 

陸奥と呼ばれた女性がぶっきらぼうに返す。彼女の服装は白を基調とした着物のようなノースリーブのトップスに太ももが露になるほど短い黒のミニスカートと露出が多いが下品に感じさせない。ところで京は提督であり、陸奥は艦娘でいわば京は陸奥の上司であるのだが、そんなことは微塵も感じさせない。

 

「太ももが痛いんですが」

「あら、好きでしょ。こういうの」

 

そう言いながら、陸奥は赤色のヒールでぐりぐりと京の太ももを踏みつける

 

「痛ただだだたたた」

 

京が悲痛に叫ぶ。提督の威厳など皆無である。

 

「その痛みが快感に変わるんでしょ?」

「変わりません!そこまで意識は高くない!」

「あらあら、それなら意識が高くなるようにしてあげるわ」

 

さらに強く踏みつける

 

「いぐぐ、いぎーっ!ぎぶぎぶ!ちょっと!ほんとに!離して!」

「なんだか楽しくなってきたわね」

 

クスクス微笑みながら、さらにぐりぐりと踵を押し付ける。

 

「あぐぁー!いだだだ!わか、わかりました!言います!言いますから許して!」

「あら、何を、かしら?」

 

踏む力が弱め、小首を傾げる。

あっさりと白状してしまうあたり、自分は重要機密などを握っていていいのだろうかと京自身が感じつつも、口を割る。

 

「む、陸奥さんに相談なく使った資材と予算です!」

「なぁに、それ?」

「え、ち、違う?あ、じゃあ、あれ!皆が入渠している間にこっそり陸奥さんの部屋の匂いを嗅いでいること!」

「ふーん、そういうことをね~」

 

猫を思わせるような大きく、つり上がり気味な目はゴミを眺めているような目だ。京はもはや何が正解かわからず混乱する一方である。

 

「これも?え?何でスマホの中のアルバム(隠し撮り)まで知ってるん?」

「ふーん、最初の資材と予算のことを訊こうとしてたのに。色々知れて良かったわ」

「え……!?」

「これはお仕置きが必要なようね…」

 

これから起きることを想像すると楽しくて仕方がないとばかりに陸奥は不穏な笑みを浮かべ、京は絶望を前にし、乾いた笑い声をあげた。

 

 

「うぅ…」

 

京は頭を抱えて座り込み、時折腕を擦ったりする。

陸奥は秘書艦用の机に腰かけ、そんな京を呆れたように見下ろす。

 

「大げさねぇ。」

「陸奥さんの言葉責めは精神にだいぶくるんですよ…」

「言葉責めって…。質問しただけよ」

「質問の内容が…」

 

隠し撮りした写真は何に使っているのか、腰の部分が多いがなぜなのか、時々ベッドが生暖かいのはなぜなのか、箪笥の下着の段に短めの黒髪があったが誰のものか、そういう答えにくい質問をしていたのである。

答えなければ、関節を極める、中指と薬指の間を広げる、爪先を踏む、牛殺しなどの悪辣な拷問が待っていた。

 

「で、誰を建造したの?」

「…大鳳さん」

 

京が言いたくなかったとばかりにボソリと言う。しかし、京の予想とは裏腹に陸奥の反応はそっけないものだった。

 

「なんだ、岐峯根(きふね)提督との賭けの戦利品じゃない。」

「んなっ!?」

 

驚きを露に目を見開き、陸奥を凝視する京。

貴峯根利路(としみち)とは呉鎮守府稿知(こうち)支部の提督のことであり、京は二ヶ月前の演習時に利路と艦娘を賭けた非公式の賭けをしたのである。無論艦娘達から反感を買いかねないこんな賭けは誰にも知られないよう極秘に進めた。

にもかかわらず陸奥にばれている。

 

「まあ、貴方にとっては出来レースに近いものだったのかもしれないけれど」

「…どこまで知っているんですか?」

「あら、認めるの?もっと言い訳するものだと思っていたけれど」

「鎌をかけるにしては具体的です。それに、他にバラしても陸奥さんにメリットがほとんどない。」

「ふーん、つまんなーい。」

 

あっさり白状した京に不満ありげに足をぶらぶらさせる。体育座りをしているため京の視線はかなり低めになっていて、陸奥の短めのスカートの中身が見えそうだ。というか見えた。

赤だ。赤です。赤でございます。

 

「別に減るもんじゃないからいいけどね」

 

覗き見を咎めるでもなく、ただ個人的感想を述べる陸奥。

 

「…もっと可愛げのある反応は出来ませんか?」

「いやん、ていとくさんのえっちー」

「やれば出来るじゃないですか」

「いやよ。気持ち悪い」

 

ジト目でお互いを見る。陸奥が先に肩をすくめた。

 

「で?さっきの話よね?じゃあ、訊くけれど。何故バレてないと思うのよ?電探、観測機なし。互いの主砲、魚雷はそれぞれワンスロットまで。こんな馬鹿な演習があると思う?」

「奇襲作戦における夜戦を想定したと言ったはずですが」

「何故昼にやったのよ?」

「白夜という想定ですね」

「稿知の方は主砲、電探ガン積みしてたけど」

「約束を破るなんて提督の風上にも置けないですよね」

「このふざけた口を縫ってあげましょうか?」

 

机から降りて、京の口をぎゅっと手袋をはめた手で挟む。タコの口になり、陸奥ほどではないもののそこそこ整った顔が台無しだ

 

「ぬぁみ縫いしゅらできのぁい方が何を仰るひゃら」

「ミシンって知ってる?」

「むつさんが二回使ってほーちした新品どう゛ぜんのもにょにゃら」

 

さらに手に力が入り、ぐぁーーと京が悲鳴をあげる。陸奥は気がすんだのか、手を放し、疲れたとばかりに手をふらふらさせる

頬を擦りながら京は訊いた。

 

「確かに演習内容は変だったかもしれませんが、それだけで判断したんですか?」

 

再び陸奥は机に軽く腰かけた。

 

「それだけではないわ。2ヶ月前から約一ヶ月間暁を稿知に派遣したでしょ?対潜訓練の名目で。後で暁から聞いたけど、この大坂支部に不満があることを貴峯根提督にそれとなくほのめかすように命令したらしいじゃない」

「命令ではなくお願いです」

「間宮羊羹付きのお願いは命令に等しいわ」

 

暁にそのようなことをさせたことを咎めるように京を睨む。京はさっと目をそらし、「他には?」と先を促した。ふんっと鼻を鳴らし、陸奥は続ける

 

「後、稿知との演習回数がやたら他より多かったというのも判断材料の一つよ。で、まとめると、貴方が貴峯根提督と短期的に艦娘に関する何らかの密約をしたかったとアタシは判断したわけ。しかも、何回か演習でわざと負けたり、暁に演技させることで、貴峯根提督が大鳳を、あなたが暁を賭けの賞品とする抵抗を減らしたかった。違うかしら?」

 

「さすが。お見事」

「褒めても何もでないわよ」

 

パチパチと手を叩き、おどける京を白けた目で見る。そして、ただと付け加えた。

 

「わからないことがあるわ。どうして大鳳なの?稿知には軽空母の中で最大の搭載数を誇る千歳がいるじゃない」

 

京はよっこいせと立ち上がり、陸奥と同じように提督机に寄りかかった。

 

「確かに搭載数は千歳さんが上です。が、大鳳さんは正規空母で千歳さんは軽空母。他の装甲などの数値は大鳳さんの方が高いかもしれない。」

 

断定でないのは、大鳳の移籍手続きは終わっているにも関わらず、貴峯根が大鳳に関する書類を送ってこないからだ。賭けに負けた腹いせか、何か不都合なことがあるのか。いずれにしろ腹立たしいことである。

 

「さらに千歳さんは稿知の一番の主力ですから、口約束に近い賭けを反故される可能性が高い。」

「というより千歳に視線を向けさせて置きたかった。実際に所属している艦娘と書類上だけ所属している艦娘とではどうしても変わるものだしね。」

「まあ、それもあります」

 

特に否定するわけでもなく、京は頷いた。

 

「で、ここからが本題よ。大鳳に関するあの噂を知らない訳ではないでしょう?」

「あの噂とは?」

「とぼけないで」

 

語気を荒げ、これまでよりもさらに強く京を睨みつけた。京はすこし瞠目する。

 

「大鳳には発艦能力がない。これが噂の内容よ。」

「僕が知らないとでも?」

「着任早々に騙されていた人の言葉とは思えないわね」

「それに関しては反省していますよ。」

 

京は肩をすくめた。

 

「確かに今回の件は賭けだったと認めます。貴峯根提督との賭けは前哨戦、むしろその噂に関してが本戦でした。」

「御託はいいわ。で、勝ったの?」

 

陸奥の問いにニヤリと京は笑った。

 

「戦果は搭載数が千歳さんに少々劣る正規空母一隻(ひとり)と鹿島教習所の学費1億の請求書の束」

 

つまり、賭けに勝ったのだ。にもかかわらず、陸奥の評価は厳しい。ちなみに鹿島教習所とは呉にある艦娘訓練所のことを言う。主任教官を練習巡洋艦の鹿島が務めているからそう呼ばれている。横須賀にも同じものがあり、そこでは同じ練習巡洋艦の香取が務めている。

 

「戦術的勝利ってとこかしら」

「少なくとも航空戦力が加わるのですから、勝利と言ってもいいのでは?」

「勝利の基準が甘いと後々面倒なことになるわよ」

「む…」

 

陸奥の指摘に京は顎に手を当て、少し考えこむポーズをとる

航空戦力を得たとはいえ、やはり懸念はある。その大元となっているのは、書類が未だに手元がないことだ。こればかりは大鳳と直接会わないことには始まらないのだが。

思案する京を見逃す陸奥ではない。

 

「なあに?やっぱり何かあるの?」

 

着任前から中枢である提督と秘書艦が色眼鏡で見るのは良くない。そう判断してごまかすことにした。

 

「いえ、大鳳さんはどんな方なのかなと考えていただけですよ」

「ふーん、気になるのね」

 

ライトブラウンの毛先をいじりながら陸奥はわからない程度に口を尖らせた。

 

「気になりません?」

「ならない…と言えば嘘になるかしら」

「でしょう?」

 

ニッと京は口角を上げた。なんといってもあの大鳳である。かつての大戦では最後にして最大の切り札の一枚であった存在だ。実際京が建造に成功した際、全国中の提督が菓子折を持って、譲ってくれるよう頼みに来たものだ。ただ(くだん)の噂が流れると、パタリと来なくなったが。

 

「そうね…、まず、空母だから着物ね」

「まあ、そうでしょうけど…。そこらへんは服師さん達が考えることなので…」

 

(別に読まなくていいです)服師とは艦娘の制服を考案する人たちのことだ。艦娘黎明期に制服を作成する際、機能性を重視過ぎるあまりこれ以上ないほどダサすぎる制服となってしまい、表だって言わないものの、艦娘たちの顔は不満一色だった。

しばらくすると、艦娘自体の防御と制服の防御には雲泥の差があることが判明した。つまり、全裸であろうと制服を着ていようとほとんど防御面では変わらない、むしろ動きが押さえられて邪魔なことが判明したのだ。かつての大戦で秀逸な制服は戦意を向上させることを知っていた上層部は制服の改定を決定。だが、選考途中パクり疑惑や過剰な予算の指摘、艤装着脱不可という構造上の問題の発覚を経て、最終的に艦娘達による審査員の入札制にしたところ、有力視されていなかったデザイナー達が続々と抜擢された。彼らが考案した制服は奇抜であったため、最初こそ「ふさわしくない」「馬鹿にしてる」「低俗」「いも臭い」と上層部から散々な評価を食らったが、いざ着せてみると「至高」「よく考えられている」「頭おかしい(褒め言葉)」

と全く反対の評価となった。艦娘達からの反応も上々で、いつからかデザイナー達は神服師と呼ばれるようになったのだ…。説明以上。

 

「そうですね…。あ!鳳って字が入っていますし、料理が上手だとか」

「…なにその根拠」

 

京の思いつきに陸奥は訝しげな視線を向ける

 

「だってほら、鳳翔さん、瑞鳳さん、龍鳳さん。三(にん)とも料理が美味しいじゃないですか」

「そうね、その理屈だと奥ってついてる艦娘は料理が下手くそってことになるわね」

「いや、黒潮さんのたこ焼きはおいしい。タコも大きいし」

「くろしおくろしお?無理ない?」

「後、大鳳って大がついてるから…」

「胸が大きいかもしれないわね」

「……」

 

話題をそらそうとしたのに、そらした先で又王手。もしかしたらもう詰んでいるのかもしれない

 

「性格が良くて、料理が出来て、胸が大きい。あなたの本棚にある小説のヒロインみたい。」

「ま、まあ、名前だけの判断ですからなんとも……、ね!?」

 

陸奥のからかいでまだ春だというのに、京の額にうっすらと汗が浮かぶ。陸奥は小さくうなずき、そして、試すように上目遣いで京に訊いた。

 

「それはそうね。で、どうするの?その娘が優秀だったら、アタシは晴れて秘書艦解任かしら?」

「大淀さんくらい優秀だったら考えます。」

「つまり、ないってこと。残念ね」

 

そういうわりには陸奥の表情はさして残念そうに見えない。が、京はあえて指摘しなかった。思い込みかもしれないし、意地を張られて秘書艦を降りると言い出されても困るからだ。

でも、悪戯心が芽生え、これだけは言っておこうと思った。

 

「自信家にみえて、ちょっと怖がりなところ、僕は好きですよ」

 

突然の告白に陸奥は口を小さく開いたまま、京を数秒見つめ、同時に自分が今何を言われたかを理解し始めた。そして、む~と口をそぼめ、視線を下にむける。机からおりて、ツカツカと扉へと向かう。そんな陸奥の反応が嬉しかったり気はずかしかったりするが、京は声に表れないように、素っ気なく尋ねた。

 

「どこに行くんですか?」

「言わない!!」

 

陸奥が耳を赤く染めたまま答え、扉のレバーに手をかけた瞬間、コンコンコンと扉を叩く音がした。

 

「「!?」」

 

京と陸奥以外に支部には今誰もいないはずなのにノックが鳴った扉に二人は驚きで身を強ばらせる。

 

そして、返事がされていないにもかかわらず、扉は勢いよく開き、その前にいた陸奥を撥ね飛ばした。陸奥がだらしなく大の字に倒れる

 

扉を開けた真犯人の姿が京の視界に入った。

 

やや茶色がかった黒髪のショートボブに羽状のアンテナの付いたヘッドギア。キリッと整った眉の下には茶色の瞳が爛々と輝いている。白の長袖(何故か脇が開いている)に剣道の胴のようなプロテクター。かなり短い朱のミニスカートからは黒のスパッツが覗く。

 

可愛いさ7割綺麗さ2割精悍さ1割の見た目の少女だった。見た目年齢は高3か大学1、2回生と言った感じか。

 

その少女は陸奥を撥ね飛ばしたことに気づかず、就活生よろしく大きく元気な声で自己紹介を始めてしまった。

 

「お初にお目にかかります!大鳳型装甲空母一番艦大鳳です!!提督、貴方の艦隊に勝利を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当に主観人物がわかりにくくてすいません
わからん!ってところがあれば教えてください。

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