サイレンが鳴り響いた瞬間、時が止まったように感じた。
独特のけたたましい音が心臓を震わせる。
一番最初に動いたのは、木曾だった。
大鳳を掴んでいた手を放し、艤装庫へと向かう。
それを引き金として、島風、暁も木曾の背中を追いかける
突然放され、態勢を崩しかけたが持ち直し、大鳳は3隻の後を追った。
艤装庫の中は蜂の巣をつついたよう…というわけではなく、意外にもおとなしいものだった。
今は、提督と秘書艦が情報を基に海図を睨みながら作戦の思案中であるため、待機しなければならない。
だが、のんびりとしているわけでもない。大体必須である主砲と魚雷の最終検査と着装、模擬弾から実弾への詰め替え。又、おそらく出現するであろう深海棲艦の艦種を経験に基づき予想、それに対する装備の点検。
木曾たちは騒ぐでもなく己が中に秘める闘志を抑えながら、粛々と、間違いのないように行っていく。暁や島風も緊張の面持ちで自身の装備と向き合っていた。
現場の圧力に圧倒されながらも、大鳳も自分のすべきことにとりかかるため、扉を抜けて自分の艤装の置いてあったブースへと向かう。艦載機の模擬弾を実弾に変えるべく、白色の布でくるまれたものに手を伸ばしかけ、
止めた
木曾の言葉が思い出される。
「心に溝が出来てるからだ」
さっきは否定したけれど、そうなのかもしれないと考える自分がいる。
心ばかりが先行して、自分を高望みしてはいないのだろうか?
そもそも本当に練度が足りているのか?
気持ちばかりが高ぶって、練度が足りないことがどれだけ空しいことかなんて、一番私が…。
その時、スピーカーがハウリングする。不快な音に大鳳は眉を寄せる。
『あーあー、墨野だ』
実際より低い提督の声が響く。あの物腰が柔らかな言い方ではなく、居丈高だ。
『作戦がまとまった。敵が現れたのは和香山県沖南東部。敵の編成は駆逐4隻,軽巡1隻、そして軽空母1隻』
開け放した扉から木曾たちの驚く声が微かに聞こえた。
『現在、この一群の近くを貨物船3隻が航行中。すぐさま船長に航路の変更を指示したが、敵の電探が感知した可能性が高く、襲撃される可能性が大いにある。そこで現場から最も近い我が第二艦隊の役目は敵の足止めだ。』
つまり、この艦隊が一番槍を努めるということだ。大鳳は知らず知らずの内に手を固く握りしめる。
『編成を発表する。旗艦、戦艦陸奥。随伴艦、軽巡木曾、駆逐艦暁、島風。そして、装甲空母大鳳の計五隻だ』
大鳳は呼吸を一瞬止めた。空母が出現したと聞いた時に、自分の出撃を少し予想していたが、実際に呼ばれたとなると、気持ちの整理がつかない。
『着任間もない大鳳を起用することに反発するものがいるかもしれない。敵も普段なら苦戦はしない編成だ。が、敵に空母がいる。制空権を喪失したまま、護衛対象を念頭にいれて交戦することは大変危険であり、最悪轟沈が考えられる。よって、大鳳の編成は最善策であると判断した。反論は諸君が皆帰還した後に聞く。詳細は陸奥に伝えてある。旗艦の陸奥の指示に従え。以上。健闘を祈る』
そこで放送は終了した。終了した後も、大鳳には何だか現実のこととは思えず、身体が固まったままでいた。
カツカツと小刻みに足音が響いた。
「何してるの!放送、聞こえたんでしょ!?急ぎなさい!!」
陸奥の叱責で硬直が解ける。先ほどまで寝ていたはずだが、息を荒くしながらも淀みなく艤装を纏っていく姿は戦場へ向かう精兵だ。
私も急がなければ。
白色の布を引っ張りだし、床に広げた。
1.5m四方の布には一筆描きの五芒星、そして中心には「勅令」の文字が描かれている。
布の中には薄い短冊状の金属片が4枚。それぞれ「零式艦戦62型(爆戦)」「零式艦戦52型」「九九式艦爆」「九七式艦攻」と書かれている。腰を降ろし、大鳳はその四枚を一番上の角の部分に、残りの角にそれぞれマガジンを並べていく。
今までのことからもわかるように、艦娘を支える技術は2つあり、科学と霊術である。
MAMIYAは科学、艤装の推進機は科学と霊術から成り立っている。
そして、艦載機は霊術から成り立つ。
右手に機力を纏わせると、薄い青の光が手の甲を中心に輝きだした。
一番上の角から線に沿って指をなぞらせていく。なぞったそばから線も同じ青に光る。星が輝いたら、「勅令」の文字を手のひらで隠れるように手を置く。
「勅令、実弾への換装を終えたのち、52型は第一、62型は第二、九九式は第三、九七式は第四へと編成!」
言い終えた瞬間、金属片が一瞬で消えた。
五芒星が一際強く光を放つ。
さらに、マガジンの隅に書かれた戦、爆、攻、索の字も輝き始めた。索の字が消え、戦に変わる。星の光が弱くなっていくのとは、反比例するように文字の輝きは増していく。
五芒星の輝きが完全に失われた時、字は点滅し、やがて消えた。
「完了」
大鳳はマガジンを回収し、艤装のスロットにはめていく。
「行かないと」
艤装と共に腰を上げ、木曾たちのいる所へ走った。
大鳳が準備をしている間の話。
「どういうことだ!何故、大鳳を出す!?」
木曾は陸奥を左目で睨みつけ、怒鳴り声をあげた。
陸奥は臆することなく、強気に言い返す。
「さっきの放送を聞いてなかったの?空母が出たの、大鳳を出すのは当然でしょ」
「んなわけあるか!お前はわかってない、あいつはまだ出せる状態じゃない!」
「だから、アタシも出撃するの」
「お前が出たからって、安心できると思ってんのか!?ダメだ、他の空母を出せ」
陸奥は溜め息をついた。
「それは無理。稿知は呉で演習してるし、浜末は遠すぎて間に合わない」
「鳳翔さんや龍驤さんは…」
「それこそダメ。第一艦隊の手を借りたなんて、後でどういわれるか」
木曾がハッと鼻で嗤う。
「面子がそんなに大事か」
その一言で陸奥の理性のタガが外れた。
「ええ、大事よ!面子が大事なの!悪い!?良いわ、言ったげる。今回襲撃される貨物船はあの申香石油会社のものよ。ウチが何回指定ルートを通れって言っても、金がかかるからって無視してきた一流企業さまよ!でも、助けなかったら、どうなるかわかる!?海軍にネチャネチャ文句言ってくるに決まってるでしょ!?「良い関係」を続けたい上層部のハゲたちは京に全責任を押し付けてくるわ。空母を持ってるのに出し惜しみしたって理由でね!!」
一気に言いきった陸奥はもう一度息を吸い込み、吐き出した。
「わかったら、言うことを聞きなさい!秘書艦命令よ!」
陸奥の剣幕に怯んだ木曾だが、負けじと言い返す。
「ダ、ダメだ!あいつはさっき足を挫いたんだ。大したことはないが、出撃するとなると支障が…「問題ありません!!!」
丁度到着した大鳳はあらんかぎりに叫んだ。
「この大鳳、全く問題ありません!事情はどうであれ、ここで揉めていては間に合わなくなると思われます。陸奥秘書艦、出撃の命を!」
大鳳の進言で落ち着きを取り戻した陸奥は頷く。
「そうね、大鳳の言うとおりだわ。舞鶴鎮守府第二艦隊、出撃よ!」
陸奥が海へと走りにいくと、ずっと様子を見守っていた暁、島風も頷き、後を追う。
「お、おい!?」
「大丈夫」
焦る木曾に大鳳は不敵に笑いかける。
「最新鋭の装甲空母の本当の戦い、見せてあげる」
大鳳も海へ向かった。
溝がまた開いた。
ドタバタ感が伝わればいいなと思います。
大鳳の艦載機に違和感を持った方はなかなかの大鳳マニアですねw
次回は深海棲艦が出てきます。2週間以内に出来れば。
京が無能に見えますが、気のせいです。私が無能なだけです。