偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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ここらへんから、少しずつ話にシリアス色が加わってくる……はずです。
被お気に入り数1200突破! みなさん、ありがとうございます。


11.『97.1%』の学科

 約束した……のは、いいんだが。

 

「……って、おい! なんでお前は座りだしてんだ!」

 

 と、キンジの怒声が居間に響き渡った。

 じぃん、と震える鼓膜を押さえ、俺はL字の形に配置された4基のソファに目を向ける。

 そのうちの一つには、腰を落とし、ガラスのテーブルの上に置いていた雑誌を手に取りめくりはじめたアリアの姿があった。

 アリアは面倒そうに視線をキンジに向け、

 

「なによ、うるさいわね。マナーがなってないわ、近所迷惑ってものを考えなさい」

「錬! 抜いていいよな!? 俺ベレッタ抜いていいよなあ!?」

「落ち着けよ。気持ちはすげぇわかるが」

 

 こいつにマナーがどうとか言われるとか。泣きたくなるな、おい。

 つーか、だ。

 

「おい、アリア。お前、なんで帰らねぇ?」

「あら。あたし、帰るなんて一言もいってないわよ」

「ふざけんな! いいから帰れよお前!」

「やだ」

 

 怒鳴るキンジに端的に拒否するアリア。

 おいおい、どうなってんだよこれ……。

 俺は痛み始めたこめかみを押さえつつ、

 

「まあ、確かに帰るなんざ言ってなかった。でも、キンジは帰れっつったろ」 

「いいじゃない。ここ、なんだか居心地いいのよ。この武偵高に来て3ヶ月経つけど、ここより楽でいられる場所はなかったわ。寮に帰っても、最近までは一人だったしね」

 

 アリアはパサリと雑誌をテーブルに置いて、俺たちに向き直る。

 彼女はまっすぐに俺たちを見据えながら、

 

「あたしだって、自分で不思議だと思うわ。いつものあたしなら、多分こんなこと言ってない。でも、3人でご飯食べて、学校行って、帰ったら話したり遊んだりして、寝るときだって静かな夜じゃなくて。たったの数日だけど、それがとても楽しい自分がいて。本当はこんなことしてる場合じゃないってわかってるのに、それでもあたしはここにいたいってそう思う」

「「…………」」

「もちろんあんたたちがどうしても嫌だって言うなら……その時は、あたしもちゃんと出ていくわ」

 

 どう? という風に見つめ続けてくるアリア。

 いや、まあ……そう言われて、悪い気はしないというのが本音ではある。俺も天真がドイツに行ってからずっと一人暮らしをしてたからか、アリア(とキンジ)との共同生活が楽しくなかったかと聞かれると、それには多分首を横に振る。

 だから俺としては、こいつが居候することはやぶさかではない。

 ただ、ここはキンジの家だ。決定権は俺にはない、キンジにある。

 キンジの心情如何によっては、一顧だにせず切り捨てることになる。

 

「……どうする?」

 

 俺は、キンジに問う。

 この女ぎらいが、幼馴染にすら許さない共同生活を果たして飲むか?

 結果は、次の通りだった。

 

「……約束の一件が終わったら、出てけよ」

 

 ぶっきらぼうな口調だが、キンジは確かに諾とした。

 マジで? こいつが女と住むことをよしとするなんざ、明日は雨か?

 と、その時、キンジが小さく呟くのが聞こえた。ともすれば聞き逃しそうなほどの声量だが……「なにやってんだ俺……」、か?

 こいつも、自分で自分を不思議に思っているのかもしれない。あるいは、なにか思うところでもあったのか。さては、惚れたか? ……なんてな。

 今まで見たことがない友人の姿に俺がくだらないことを考えていると、アリアがパチンと手を叩いて言った。

 

「じゃ、話もまとまったことだし、あれやりましょ! 昨日やった生涯ゲーム!」

「はぁ? お前昨日マイナス収支まで行ったの覚えてねぇのか? リアル貴族が約束手形抱える姿には爆笑したぜ」

「だからよ! あたしがこのまま終わるわけないでしょ、今日こそリベンジよ!」 

「はい負けフラグ来ましたー。どうするキンジ。またフルボッコにしちまう未来しか見えねぇんだが」

「……まあ、いいんじゃないか? 昨日みたいに負かせば、こいつも少しは大人しくなるだろ」

「見てなさい、今度はあんたたちの財布に風穴あけてやるんだから!」

「「それはない」」

 

 さっきまでのシリアスな空気はどこへやら、気づけば雰囲気は弛緩して、穏やかに騒がしく夜を迎えていった。

 まるで、それがすでに日常であるかのように。

 仮初のものにすぎない、ということはわかってる。だが、それでもこんな日常が続くのは悪くないと、俺はそんなことを思った。

 

 * * *

 

 次の日。

 結局アリアの滞在は継続され、朝食もまた共に迎えて、俺たち3人は一般校区(ノルマーレ)・B棟にある2年A組へと登校した。

 3人で連れ添って教室に入った初めての日、そりゃもうクラスの連中に驚かれた。となれば当然俺たちを問い詰めるために寄って来るんだが、一度アリアが追っ払ってからは野次馬は消えた。常に危険と隣同士の武偵とはいえ、みすみす命を捨てにいくような奴はいなかった。

 そして昼休み、俺たちは机を固めて弁当を広げていた。メンバーは1年のころから同じ、俺とキンジと不知火亮と武藤剛気である。ちなみに、アリアはいない。なんか、通信科(コネクト)に用があるらしい。せっかくあいつが望んだみんなでランチタイムだったのにな。

 

「錬。そろそろ行くぞ」

「あ? どこにだよ?」

 

 4人で弁当を食い終わったとき、キンジが席を立ちながら唐突に言った。なんかあったっけ?

 なんのことかさっぱり分からなかったので、キンジに訊き返すと、

 

強襲科(アサルト)の自由履修の申請だ。早くしないと昼休み終わっちまうだろ」

「あー……」

 

 そうだったな、な……。

 俺は少し顔を曇らせて、キンジに返す。

 そういやあの時は流れで了承しちまったが、そういう話だったよなぁ。またあそこに戻るのか……。

 まあ……嫌、というわけじゃねぇんだが。いややっぱりちょっと嫌だが。あそこはできりゃあんまり行きたい場所じゃねぇんだよな。

 

「あれ? 遠山君たち、強襲科に戻ってくるの?」

 

 と、俺が苦い表情をしていると、亮が尋ねてきた。

 あいかわらずのイケメン君。やめろ、歯を光らすな。

 

「うんにゃ。キンジが言ったように自由履修だ。期間限定だよ」

 

 俺は手をプラプラ振りつつ、軽く否定する。

 自由履修ってのはその名の通り、自分の所属学科以外の授業を受けられる制度だ。武偵は専門職とはいえ、手札は多い方がいい。だから、わりとみんなこの制度を利用している。かくいう俺も去年は使ってたしな。

 へー、と簡単に返す亮に、今度は剛気が混ざってくる。

 

「珍しいこともあるもんだ。キンジよお、お前もう強襲科には戻らないっていつも言ってたじゃねえか」

「俺もそのつもりだったんだがな。そうもいってられない事情ができた」

「事情、ね。それってもしかして神崎さんが関係してたりするのかな?」

「お前勘よすぎ。探偵科(インケスタ)でもやってけんじゃねぇか?」

 

 そんな他愛もない会話を交わしてから、俺とキンジは教務科(マスターズ)まで履修申請書を取りにいった。

 教務科の廊下で、持参したボールペンを使って必要事項を記入する。すると、その途中でチャイムが鳴った。

 ちょうどいい、このまま行くか。

 俺たちは、教務科棟を出て、頭の中に地図を思い浮かべながら目的地へ向かう。

 やがて見えてきたのは、異様な趣の黒塗りの体育館だった。サイズはまあ一般よりは大きい程度だが、その内情が一般なんて言葉とはかけ離れていることを俺は知っている。

 ここは、強襲科の体育館だった。

 ――強襲科。

 その学習内容は、拳銃や刀剣その他もろもろの武器を用いた、近接戦による強襲逮捕の技術を学ぶことだ。

 ここに通う生徒は、単純な近接戦闘能力で言えば、全学科中最高を誇る。無論、個人の素質が大きく関わってくるが。

 しかし、今ここで着目すべきはそこじゃねぇ。

 重要なのは、その性質上、強襲科は危険度の高さがずば抜けている、ということだ。

 任務における強襲武偵の役割は前線戦力。それはつまり最も矢面に立つポジションを意味する。さらに、それ以前に訓練においても刀剣や銃の使用は許可されている上に、訓練内容も苛烈なものが多い。 

 その結果生まれるのが、『97.1%』という数字だ。

 これが何を表しているかといえば、聞いて驚くなかれ強襲科の卒業時()()()を表している。

 つまり、平たく言えば100人に3人弱は生きてこの学科を卒業できないのだ。

 明日は我が身か、という言葉の意味をリアルに体験できてしまう学科。それが、強襲科だった。……よく生きてたな、俺。

 ゆえにこそ強襲科は、通称『明日なき学科』なんて呼ばれてる。

 ……俺が言うのもなんだが、なんで潰れねぇんだ? この学校。あれかな、校長の緑松あたりが手を回してんのかな。

 

「はあ……戻ってきてしまった」

「やかましいぞ、キンジ。もう諦めろ」

 

 出入り口となる大扉の前。そこで俺とキンジは2人、後悔を抱えながら立ち尽くしていた。

 

「お前はいいよな、そんなに堂々としてられて」

 

 いや、それは違うぞキンジ。俺、一周回って諦めきっただけだから。足見てくれ、ちょっと震えてる。

 

「ほれ行くぞ、キンジ。腹くくれ」

「そもそも、腹くくるような学科があるほうがおかしいんだがな」

「そいつぁ、同感だがな――行くぞ」

 

 俺は適当に答え、2人で扉の取っ手に手をかける。

 この先に待つものを俺は知っている。知っているが、今更後戻りはできない。約束だしな、これでも。

 ふう……じゃ、行こうか。

 そして俺は覚悟を決め、扉を開いた。

 両開きのそれは、左右にゆっくりとスライドしていく。そして、完全に開ききるより前にあふれ出てくるのは、聞き慣れた金属音や発砲音、鈍い格闘訓練の音だった。

 キンジと2人、危険に満ちたBGMに出迎えられながら、その身を館内へと滑り込ませていく。

 そうして初めて中の様子が目に飛び込んできた。

 ああ……変わらねぇな、ここは。

 わずか懐かしむように細めた俺の目に映るのは、見渡す限りの戦闘風景。どいつもこいつも、斬って撃って殴って蹴って。闘い以外をしてるやつのほうが珍しい。ま、他の連中は2階のトレーニングルームにいるんだろうが。

 懐かしい。本当に懐かしい。俺はこんなところで、よくもまあ1年間も生き残れたもんだぜ。

 しかし、こいつらも変わってねぇな。戦闘中に笑ってるやつがちらほら見える。単純に戦えることが楽しいのか、技量の上昇を実感してんのかはわかんねぇけどな。

 

「相変わらずだな、ここは……」

「全くだ」

 

 隣で片手を腰に当て、ため息をつくキンジに同意してやる。

 ともすれば、俺たちの声は互いに戦闘音にかき消されそうになる。つまりはそれほどの人数が今ここで戦っている最中だということであり、それがまさに強襲科がどんな場所であるかを如実に語っていた。 

 ま、それはともかくまずは誰か強襲科担当の先生に申請書を提出するか、と俺がキンジに提案しかけた時、

 

「――キンジ? 錬?」

 

 と、強襲科生の1人が、俺たちに気づいた。

 途端――館内が静まり返った。まさにピタッといわんばかりに、戦闘音の一切が消えうせる。かと思いきや、代わりに俺とキンジの名がささやかれ始めた。

 なにお前ら超怖ぇ! 体育館一杯の人間が自分の名前をささやいてるってホラー以外の何物でもねぇよ。

 どうしよう、全力ダッシュで帰りたくなってきた。

 そんな具合に、俺が真剣に回れ右を検討し始めた瞬間、

 

「キンジぃー! やっと帰ってきたかこの野郎!」

「錬! お前も久しぶりじゃねえか!」

 

 ワッ! と、俺たち目掛けて一挙に人波が押し寄せてきた。迫る肉壁。圧倒的質量差が俺とキンジを攻め立てる。

 ぐおおおお! やめろテメェら、暑苦しい!

 必至に手を使い足を使い引き離そうとする俺に構わず、連中は一斉に言葉を投げかけてきた。

 

「お前は絶対帰ってくると信じてたぞキンジィ! さあここで1秒でも早く死んでくれ!」

「まだ死んでなかったか夏海(なつみ)。お前こそ俺よりコンマ1秒でも早く死ね」

「おーついにお前も死ぬ気になったか錬! よし今すぐ車にはねられて死んでくれ!」

「うっせぇテメェが死ね三上(みかみ)。つーか、やたら死因がリアルすぎねぇか?!」

 

 あーもう、マジで変わらねぇなここは。

 どこのどいつが始めたことかしらねぇが、ここじゃ挨拶は『死ね』が基本だ。おはようとかこんにちはとか、ここじゃ死ねよりも使用頻度が低いんだぜ? だからここは『死ね死ね団』とか呼ばれてたりするんだよな。入学当初、強襲科の2年(現・3年)に出合い頭に死ねと言われた時は、心が折れるかと思った。よく耐えたぜ、俺。

 当時を懐かしんで涙を飲む俺に、突如誰かが腹の辺りにどーんとぶつかってきた。

 ぐふっ!? だ、誰だよおい!

 視線を下げると、そこには金がかった茶髪のショートカットがあった。この髪色でこの髪型。そして平均より若干低いこの身長は……、

 

「おいこら、みなっちゃん。いきなりずいぶんなご挨拶じゃねぇか」

「おろ? あーちゃんったらご機嫌ななめ?」

 

 と、そんなことを言いながら顔を上げたのは、水瀬(みなせ)(ひかり)。くりっとした目に、いたずらっぽい口元。どこか生意気な子供のような印象を持つ、強襲科所属の女子だ。

 で、ついでに言えば俺の中学時代の同級生であり、もっとついでに言えば中等部十傑『10(ディエーチ)』メンバーでもある。

 というか、だな。こいつがいるってことは、

 

「もー、駄目だよ光。錬君困ってるじゃない」

「シイ。やっぱお前もいたのか」

 

 腰に引っ付いているみなっちゃんをベリッと引き剥がしながら、俺は困り顔で声をかけてきた女子に返事を返した。

 椎名(しいな)(しず)。彼女もまたみなっちゃんと同じく元同級生であり『10』のメンバーだ。

 ふんわりとした薄茶のロングヘアーを、髪先10cmほどでくくっている珍しいヘアスタイル。線の細い輪郭をした小顔に、丸眼鏡が不思議とマッチしていた。そしてスタイルはなかなかオーケーそこで思考を止めろ俺。

 俺の脳内など露知らず、彼女は柔らかく微笑んで、

 

「うん。ここで会うのは久しぶりだね、錬君。一般校区のほうではたまに会ってるけど」

「だな。そっちはあいかわらずこのいたずら娘のお守りか?」

「ふふっ。そういうわけじゃ、ないんだけどね」

 

 あー……いいな、こういうタイプ。ホント、癒される。俺この手の女性が好みなのか?

 

「ぶーぶー! なんかアタシのときと態度違うぞー。なんだよなんだよもー、水瀬光は非常に遺憾でありますっ」

「うぜー。久しぶりだけに余計うざさが際立ってやがる」

「オブラートに包む気全然ねー! ……で、あーちゃんはなんでとーやまとここに来たの?」

 

 人差し指を口元にあて、首を傾げるみなっちゃん。

 というか、話題転換のタイミングが急すぎて若干ついていけないんだが、まあそれはともかくだ。

 

「ちょっと、いろいろあってな。一時的に戻ってくることになった」

「マジ? じゃー、あれだ。あのー……なんだっけ。アル、アル……」

 

 みなっちゃんはクルクルと人差し指を宙でまわしつつ、何かを思い出そうとしてうなる。

 そこに入る、シイのフォロー。

 

「光が言いたいのってもしかして『アルケミー』のこと?」

「あっ、それだそれ! へー、じゃあこれで『アルケミー』復活?」

 

 げぇ!? そ、その名前は……!

 できれば思い出したくなかった名前に、俺の顔が曇る。

 そんな俺とは裏腹に、みなっちゃんの台詞を聞いた連中が騒ぎ始めた。

 

「確かに! あの伝説のコンビがまた見れるのかよ、わくわくするな」「懐かしいな、マジで最強だったよなあの時のこいつら」「下手したら3年入れても最強だったんじゃない?」

 

 ざわざわと、にわかに騒がしくなる体育館内。

 クソ、どいつもこいつも、口々にアルケミーアルケミー言い出しやがった。その名前、まだ残ってやがったのか。

 ――『アルケミー』。

 去年、ここ強襲科で俺とキンジが組んでいたとき、俺たちコンビをそう名づけた人がいた。

 名前の由来は実に安直。俺の『錬』とキンジの『金』。2つ合わせて『錬金(アルケミー)』だとよ。

 そんなクソ恥ずかしい名前が学校中に知れ渡ってたことを1年時に時雨から聞かされたとき、俺は自室のベッドで悶えたっけな。

 勝手に盛り上がってる強襲科生(バカども)を胡乱な目つきで見つつ、俺同様に生徒たちに絡まれていたキンジに話しかける。

 

「ったく、なにがアルケミーだっつんだ。こっぱずかしいにも程があんぞ。なぁ、キンジ」

 

 ポンと肩を叩きながら、同意を求める。

 しかし、

 

「…………」

「キンジ?」

 

 反応が、返ってこない。おかしいな、どうしたんだ?

 いぶかしみつつ、もう一度声をかける。すると今度はハッとしたような顔になって、

 

「――ぁ、な、なんだよ?」

「いや、なんだってこたねぇけど……」

 

 んだよ、こいつ。いきなり上の空になりやがって。

 ……あー、もしかしてこいつもこいつでこの名前にトラウマでもあんのかな。まぁ、気持ちはわからんでもねぇが。

 ……というかあいつらまだ話してやがる。いい加減やめろよなぁ、恥ずかしい。つかみなっちゃんはなんか根も葉もないこと言ってるだろ。艦隊10隻を沈めたとか、犯罪者グループの飛行機を小石で()としたとか、俺たちは化け物かよ。

 そろそろ黒歴史を連呼され続けるのもきつくなってきたので、俺はストップをかけようとして、

 

「あんなぁ、お前ら。そろそろ止め――」

 

 その台詞が、最後まで言い終わる前に。

 

「去年の12月にあった()()()()()()()()()()は、凄かったよな!」

 

 と、1人の男子生徒が笑いながら言った。

 

「…………」

 

 聞きなれない言葉に、俺は思わず閉口した。

 アルケミーってのは、俺たちのこと。それは間違いない。この学校に他にそんなコンビやチームはいない。

 だが、アルケミー最後の事件……だと? 

 なんだ、それ? 俺は()()()()()、そんな事件。

 そりゃ、公式的に記録を調べれば、当然最後に担当した事件というのは存在する。それがなんだったのかも、俺は覚えている。

 しかし、俺が覚えている限り、俺がキンジとコンビで臨んだ事件は()()()が最後だったはずだ。12月には、何一つこいつと任務を受けた覚えはない。

 というか、そもそも去年の12月っつったら――

 

「や め ろ ッ !」

 

 俺が、去年の12月自分が何をしていたか思い浮かべたとき、突如館内に怒声が響き渡った。

 その声は、怒ってるようにも、悲しんでいるようにも――自分を責めているようにも聞こえる声だった。

 今まで聞いたこともないような……そんな、()()()()声だった。

 

『…………』

 

 訪れる、完全な沈黙。さっきみたいな、ささやき声すら消えた。しかし声は無けれども、皆の心が波立っていることはありありとわかった。

 みんな、困惑してるんだ。いきなり、キンジが叫んだもんだから。

 かくいう俺も、意味がわからなかった。一体、どうしたんだこいつ……?

 

「お、おい、キンジ……どうしたってんだよ、お前?」

 

 恐る恐る、腫れ物を扱うように声をかける。ちょっと怖い。今はもうないが、昔は他校で拳銃を抜いたこともあったしなぁ。怒ると怖ぇんだ、こいつ。

 しかし俺の心配は杞憂に終わる。

 

「……怒鳴って、悪かった」

 

 と、キンジは短く謝罪した。

 ただその表情は優れない。うつむき加減ではあるが、苦い顔をしていることは見て取れた。

 それに俺が何か声をかける前に、「装備の確認してくる」と告げて、キンジは体育館奥に歩いていった。

 ガラッとキンジが扉を開けて出て行ったことで、張り詰めていた空気が少し抜けた。

 

「な、なあ、錬。俺何か変なこと言ったか……?」

 

『アルケミー最後の事件』とやらを口走った男子が、俺に尋ねてくる。

 俺は、「俺にもわかんねぇ」と素直に言って、

 

「ま、からかわれたとでも思ったんじゃねぇの? あいつ、去年のこと言われんの、あんま好きじゃねぇの、お前らだって知ってんだろ。最近、いろいろあったからな。ストレスもたまってたんだろうよ」

 

 笑い飛ばしながらそう解説してやると、場の雰囲気は軽くなり、「あーなるほど、アリアか。確かにそれはストレス溜まるのも無理ないな」とか、「そういやキンジ、やたら去年の実績褒めると怒るよな」とか、「照れてんのよ、どうせ」とか笑い声が聞こえるようになった。 

 

「…………」

 

 俺はそれを聞き流しつつ、キンジが去っていった方向へと目を向ける。

 さっきは、空気が悪くなってたからああいったが……ホントにそうか? たったそれだけのことでお前、そこまでキレるやつじゃねぇだろ。

 もしかして――

 

「……カルシウム不足か?」

 

 最後に小さくそう呟いて。

 俺は、キンジが歩いていった先に背を向けた。

 

 * * *

 

「や、有明君。さっきぶり」

 

 俺たちが来たことによるお祭り騒ぎもようやっと終息しはじめたころ、2年連続クラスメートで強襲科の不知火亮が俺に話しかけてきた。

 こいつは、この1年で武偵ランクを1つ上げてAランクに昇格している、努力型の人間だ。オールラウンダーで、なんでも小器用にこなす、信頼のおける仲間であり俺やキンジの友達でもある。

 付き合いは長いってのに、人波がはけたころにようやく来たのは、他人を優先するこいつらしいな。

 

「亮か。お前も来てたんだな」

「そりゃあね。僕も一応強襲科に籍を置いているわけだし。……それにしても」

 

 いつもは微笑をたたえている端整な亮の顔が、少し曇る。

 まあ……こいつがなにを言いたいのかは、俺にもわかる。

 果たしてその予想は正しかったようで、

 

「遠山君……どうしたんだろうね。今まで、あんなに怒ったことなかったのに」

 

 ……やっぱ、それか。

 俺は軽く首を振りつつ、

 

「……さぁな。わかんねぇよ、んなこた。時任(ときとう)先輩じゃあるめぇし、元・パートナーつっても心までは読めねぇよ」

「だよね。でも、ちょっと気にならない?」

「そりゃ、な。そうはいっても、馬鹿正直に詰問するわけにもいかねぇだろ。詮索屋はこの世界じゃ嫌われるぜ、亮」

「肝に銘じておくよ」

 

 苦笑しながら頷く亮に、俺も少し笑って返した。

 すると亮はなにか思いついたような顔になって、

 

「ところで、有明君はこの後どうするんだい? 何か訓練していく?」

 

 話題を変えたのはこいつなりの気遣いだとわかり、俺もそれに乗っかる。

 

「そーだな……先に備えて、射撃訓練(シューティング)でもやるかね」

 

 強襲科に戻ってきた以上、そしてここに回ってくる事件に関わる以上、どうしても拳銃(チャカ)をぶん回すことになるだろう。練習しといて、損はねぇはずだ。

 ちょうど、ここには射撃訓練用のレーン場もあるしな。

 

「うん、ポピュラーな選択だね。僕も見学していいかな?」

「見学だ? 別にかまやしねぇけど……見ててもつまんねぇと思うけどな」

 

 お世辞にも上手いとは到底言えない実力だしなぁ、俺。ランクでいうなら、せいぜいDかCってところだろうよ。

 ま、別にいいけどな。見られてどうってわけでもねぇし。

 今後の予定を決めた俺は、亮と連れ立って射撃レーンへと向かう。

 が、その途中、いきなり背後から声をかけられた。

 

「それ、あたしも見に行くけど、当然いいわよね?」

「ん? ――ああ、アリアか」

 

 足を止め振り返ってみれば、そこにいたのはすでにおなじみになりつつあるツインテ娘だった。

 いつからいたんだ、こいつ?

 アリアはキョロキョロとあたりを見回して、 

 

「――あれ? ねえ、錬。キンジは? あんたがここに来てるってことは、キンジも来てるんでしょ?」

「あー……来てるにゃ来てるがな。今はいない。装備品のチェックだとよ」

 

 というか、さっきの騒ぎを見てたならわかりそうなもんだが。

 ということは……、

 

「お前、今ここに来たんか? 遅刻じゃねぇか、おい。なにしてたんだ?」

「う、うるさいわね。いいいろいろあったのよ、いろいろ!」

 

 俺が尋ねると、アリアは顔を真っ赤にしてガウと吠えた。

 なんだよ、いろいろって。

 まあ、こいつがそういうからにはそうなんだろう。というか、そういうことにしとかねぇと、またガバメントを抜かれちまう。それに、さっき俺自身詮索屋は嫌われると言ったばっかだしな。 

 

「(トイレ行ってて遅れたなんて、言えるわけないじゃない……)」

「ん? なんか言ったか、お前」

「い! いい言ってない! 言ったとしても、あんたには関係! ない!」

「あーそうかい。じゃあもう聞かねぇよ」

 

 犬歯を剥いて腕をブンブン上下させるアリアを引っさげて、俺は再び歩みを再開した。

 そんじゃまあ、アリアの遅刻はおいといて……いっちょやってみっかね。

 ポン、とホルスターにしまったグロックを一度叩いて、俺たちは射撃レーン目指して歩いていった。

 

 * * *

 

 人生は常に選択の連続だ。

 まあ、それなりによく聞く言葉だと思う。それに、共感もまあできる。確かに人生はいつだって何かを選んで生きていく。()()()()ということさえ、それは実は()()()()()のだ。

 だが、当然ながら人間は完璧じゃねぇ。いつもいつも正しい選択肢を採り続けることなんてできやしねぇ。必ずどこかで間違いを引く。

 ……俺が何を言いてぇか、わかるかおい?

 つまり、だ。

 ――選択ミスったぜ、クソったれ。

 

「あァん? なんや、有明やないか。なんでお前がここにいるんや」

 

 相変わらずドスの効いた声が、高圧的な響きをともなって俺に降ってくる。

 俺はそれに冷や汗をかきつつ、目の前の()()に返答した。

 

「あー……ご無沙汰してます、蘭豹先生。自由履修で来てるんですよ」

 

 声が震えなかったことに自分で自分を褒めたい。

 あークソ、なんてこった。俺としたことが、こいつの存在をすっかり忘れてた。

 俺たちが射撃レーンに入った瞬間、そこで生徒たちを指導していた女教師・蘭豹に見つかってしまった。

 奴は毎日のつまらない仕事(ルーチンワーク)をほっぽりだし、こちらに歩み寄ってきた。

 背中に背負った斬馬刀がこの上なく威圧感を放っている、19歳の女傑。今日はM500を吊ってないだけまあマシではあるが、間違いなく武偵高で会いたくない人物ベスト5に入る奴だ。安心要素としては機能しない。

 ついでに言えば、こいつが俺たちと同年代だということもなんら意味を持たない。なにせこいつは、香港じゃ無敵と恐れられた武偵らしいしな。その上、親は香港マフィアのボスらしい。とことんまで一般人とはかけ離れた存在だ。

 ……って、こいつのプロフィールとかどうでもいんだよ。今重要なのは、いかにしてこの人間台風から逃げ出すかだ。

 さもないと――

 

「はあん、なるほどなァ。よっしゃ! お前、久しぶりに来たんなら、模擬戦の1つもやっていけや! そんで、2、3人ぶっ殺せ!」

 

 蘭豹は、快活に大笑する。

 ほら見ろ、すぐこんなこと言い出しやがる。教師じゃねぇよ、こいつ。

 マジで面倒なことになった、と俺がどうやってこいつをかわそうかなと考えていると、天井に設置されたスピーカーから、ピンポンパンポンと呼び出し音が鳴り、

 

『強襲科担当・蘭豹先生、教務科(マスターズ)までお戻りください。繰り返します。強襲科担当・蘭豹先生、教務科までお戻りください』

 

 と、あり得ないほど最高のタイミングでピンポイントな校内放送が流れた。

 しかも、この声高天原先生じゃねーか! うおー最高だよ先生! 俺あんたが担任でよかったー!

 水を差されたことに途端に不機嫌になりつつも、

 

「チッ、呼び出しかい、つまらん。有明ぇーお前また来いや、そんで誰かと()り合え」

 

 と、むちゃくちゃな捨て台詞を残しつつ、蘭豹はこの場を去っていった。オーケー危機は去ったぜ。

 しかし、なんなんだあいつは。マジで。ことあるごとに戦わせようとしやがって、そんなに俺に死んで欲しいのか。嫌われてんのか、俺?

 まあいい。ともかくこれで厄介なやつが消えたんだ。これでようやっと――

 

『…………』

 

 ……って、なんだよこれ。

 さてじゃあ射撃訓練でもするか、と俺が7番レーンに入った瞬間、どいつもこいつも自分の作業を止めてこっちを見てきた。

 板塀で区切られているとはいえ、さすがにそれまでひっきり無しに響いていた射撃音が消えれば、どんな馬鹿でも異常に気づく。というか、背後からも視線を感じるんだが。  

 

「おい、なんで見てんだお前ら」

 

 後ろに目をやりつつ俺が声を上げると、全員サッと目をそらしやがった。2年……だけじゃねぇな、1年まで見てやがる。さすがに忙しいのか、3年はいなかったが。

 亮とアリアはまだいい。あいつらは事前に言ってきたし、2人くらいなら許容範囲だ。

 だが、ここまで注目されるとなると……、

 

「……止めた」

 

 俺は抜きかけていたグロックをヒップホルスターに仕舞いなおした。

 こうも見られながらやれっかよ。集中できねぇ。いや、集中しようがしまいが、どのみち大した結果が出るわけじゃねぇし、アドシアードやってるわけじゃねぇんだから、関係ねぇっちゃねぇんだけどな。誰だってジロジロ見られながら何かをするのは好きじゃないはずだ。

 が、そうは問屋が卸さなかったらしい。

 

「なんで止めるのよ? ここまで来たんだから、やればいいじゃない」

 

 アリアだ。

 彼女は不思議そうに小首をかしげて、俺に練習を勧める。

 俺は腰に手を当てつつ、

 

「あんな。俺は、こういうギャラリーがいんのが嫌ぇなんだよ。それに……そもそも、俺の射撃なんざ、見る価値もねぇんだぞ」

 

 だっつーのに、どうして揃いも揃って物見遊山に走るんだ。アルケミーの名前は思った以上に尾を引いてるってことか?

 自分の知名度が予想よりも高かったことに呆れていると、

 

「価値がないかはあたしが決める。それに、簡単なことじゃない。()()()()()()()やればいいのよ。あんたの腕は知ってるけど、錆びてないか見てあげるわ」

()()()()()()()やったら、ショボイ結果に終わるだけだぜ?」

「ごちゃごちゃ言わない! いい、錬? これは『命令』よ、つべこべ言わずにさっさとやる! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「…………」

 

 ……オイ。

 ちょっと、調子に乗りすぎじゃねぇか?

 これがこいつの性格だってのは、まあいい。遠慮がなくなってきたのも親愛の裏返しとして受け取ってやっていい。そこまでなら、まだ友達の範囲内で俺は笑って済ましてやったよ。

 だがな、そこに重ねちゃいけねぇモンを、お前は重ねたぞ。

 ()()()()、だって? お前が、俺の、何を知ってるっつんだよ、オイ。ありもしねぇもんを見せろって? それが、命令だから?

 ()()()()よ、アリア。それは、通らねぇ。言ってなかった俺が悪いのかもしんねぇがな、そいつは俺の地雷なんだ。どいつもこいつも、勝手にわかった風に、俺を誉めそやす。わかってないのは俺一人。こいつは一体なんの冗談だ?

 ……って、なにをイラついてんだか。

 

「……上等だ。そこまで言うなら、やってやるよ」

 

 少し熱した頭を冷ましながら、俺は再びグロックを抜く。今度は、完全に。

 もういい。ここで拘泥してても、これまでの経験上、アリアは絶対引かない。ならさっさと終わらせてしまった方が、よっぽどいい。

 切り替えろ。熱くなるな。いつもみたいに、ふざけて終わらせろ。

 

「悪ぃが、期待はしねぇでくれよ」

「期待はしないわ。でも、なんとなくわかるの。あんたならきっと、あたしのドレイにふさわしい力を見せてくれる」

 

 ……またドレイ(それ)か。

 友達づくりの次は、武偵としての実力も要求してくんのか。勘弁して欲しいぜ。

 

「……はぁ。しゃあねぇな、わーったよ。見せてやる――俺の、実力(ちから)を」

 

 ため息をつきながら、俺はガリガリと頭をかく。

 しかしなぁ、普通にやってみせたところで、こいつなんか勘違いしてるからな。結局「本気出しなさい!」とか言われる気がすんだよな。

 どうしたもんか……あ、そうだ。

 

「どうしたの? 早くやりなさいよ」

「焦んなよ」

 

 急かすアリアを宥めつつ、グロックをコッキングして初弾を薬室(チェンバー)に送る。射撃モードは一発ずつ(セミオート)

 さあて――行くぜ。

 

「…………」

 

 一息呼吸を入れる。

 そして俺は、なんでもないことのように、25m先にそびえるマンターゲットに向けてすばやくかつ無造作に拳銃を構えて、

 

 間髪をいれず、()()()()()()引き金を引いた。

 

 乾いた発砲音が連続して6つ響く。それはつまり、銃口から6発の弾丸が飛び出していったことを意味していた。

 着弾点は……まあ、わからん。なにせ、見てないのだから。

 俺は、そのまま結果を確かめることはせず、グロックをホルスターに戻す。それから、ズボンのポケットに両手を突っ込み、レーンを離れた。

 

「錬、あんた……」

 

 少し離れた場所に立っていたアリアが、呆然とした表情で俺を見ている。

 そりゃそうだろう。アリアからは見えないように目をつぶって撃ったんだ、おそらくとんでもなくひどい結果になってるはずだ。それを見てアリアが俺に呆れるのも無理はない。

 

「納得したかよ。お前が見たかったもんは、この程度の代物だ。話にならねぇよな」

 

 適当に言って、俺は肩をすくめる。まあ、こんだけやりゃ、少なくとも演技には見えねぇだろ。

 周囲がざわついている。多分、あまりの下手さに騒然となってるんだろうな。「なにあいつ下手すぎるだろ」とか言ってんですね、分かります。

 俺は、未だこちらを見つめるアリア(固まるほど愕然としているらしい。どんなとこに当たったのか少し気になるな)の横を素通りし、射撃レーンを出ようとして、出口に一人の女生徒が立っていることに気づいた。

 首下まで伸びた金髪ポニーテールの女子。背は……160以上はある。勝気な印象を受ける、なんというか()()()()()()女子だ。

 見かけねぇ顔だな、1年か?

 というか、そこに立たれてると、俺が出れねぇんだが。

 俺はどこかぼうっとした彼女に声をかける。

 

「悪ぃ、そこ退いてくれるか?」

「ぇ、あ、は、ハイっ!」

 

 俺が言うと、彼女はハッとしたように反応して道を開けた。

 なんだ、やけに従順だな。まあ、武偵高(うち)は完全に年功序列だからな。基本、後輩は先輩にはよく従うんだが。

 それとも、こいつが特別こういう奴なのか?

 ともあれ、俺は遮るものがなくなった出口を通り、射撃レーンを後にした。

 レーンから体育館へと戻る道すがら、俺はさっきの場面を思い返していた。

 アリアはなぜか、俺を実力者だと認識している。だから素の俺を見せ付けたところで、それでは彼女は納得しないだろう。

 ならば、どうするか?

 中途半端だから、いけねぇんだ。だったら、完膚なきまでにザコだということを思い知らせてやればいい。

 そのために俺は、目をつぶって撃ったのだ。そうすりゃ、いやでも弾は的外れな方向に飛んでいく。目を開いたままで外そうとしてもよかったんだが、そうした結果狙いから逸れて逆に的に当たる、なんてことになりかねない。

 で、その顛末は見ての通り。見事俺は、アリアの勘違いを正しつつ、彼女をかわすことができたってわけだ。

 まあ……、

 

「これでもう、例の一件がどうとかの話もなくなっただろうけどな」

 

 キンジが提案した方法を試すまでもなく、これでアリアは俺の実力を見極めただろう。あいつが俺をパーティに誘う理由も、これで無くなった。

 そう、無くなったんだ。

 

「…………」

 

 ……おい、自分でやったことだろうが。なんで()()()()()()になってんだよ。

 どこか釈然としない思いを抱えながら、俺は体育館への道を歩き続けていった。

 

 * * *

 

 強襲科には、専門棟がない。

 いや、より正確に言えば、強襲科に与えられた校舎がない。

 その代わり、強襲科には訓練用に建築された黒い体育館がある。強襲科生は基本的に戦闘訓練のみを行うため、こういう形を取っているのだ。

 そして、その体育館の裏に回ると、そこでは射撃訓練用のレーン場が生徒を迎え入れる。レーン数は16。25m先のマンターゲットが設置され、命中箇所によって得点も計測できるようになっていた。

 その、第7レーン。そこには今、一人の男子生徒がいた。

 名を、有明錬。かつて伝説のコンビ『アルケミー』の片翼を担っていた少年だ。

 有名人が注目を浴びるのはいつの世だって同じで、それは有名税のようなものだ。所詮は一学園内の範囲とはいえ、いやだからこそレーン場にいた生徒たちは、錬に好奇の視線を向けていた。

 一度目は、残念ながらその行動を本人に咎められた。が、今こうして再び錬はレーンについていた。

 そして。

 皆が見守るなか、第7レーンに、6発の銃声が轟いた。

 撃ったのは、もちろん錬だった。彼は、まるで適当にやったかのような無造作極まりない撃ち方で、6度引き金を絞った。

 普通なら、そんな撃ち方をすれば放たれた銃弾は、目も当てられない方向へ飛ぶだろう。事実、戦闘中に苦し紛れで撃った弾丸が相手を射抜かないことを、ここにいる面々は熟知していた。

 だからこそ、多くの者が落胆した。錬は適当に撃つことで、実力を隠す心積もりだと思ったからだ。

 そして、それは錬を焚きつけた張本人である神崎・H・アリアもまた同じだった。

 否、()()ではない。彼女は錬の実力を確信していただけに、無為にそれを隠そうとした錬に、表情を憤怒に染めた。

 しかし。

 それはすぐに、別の感情に塗り替えられることになる。

 すなわち、()()という感情に。

 

(全弾命中……!)

 

 右肩、左肩、そして拳銃。それぞれに2発ずつ、白い板に黒く描かれた人影が穿たれていた。不殺(ころさず)を信条とする武偵がもっともよく狙う部位と、武装解除狙いの発砲、ということだろう。

 上手い、と言えば上手い。さきほど普通なら命中しないと言ったが、逆に言えば普通でなければ当たるということだ。そしてアリアをはじめとしたSランクはもちろん、Aランクのメンバーは普通というレベルには収まらない。再現は、十分可能な領域だろう。

 しかし、間断無しの連射、銃を構えて(とすら言えぬほどの自然体だったが)から撃つまでの時間、狙いさえ定めぬ速射。これらの条件が加わってくると、いかにAランクといえども厳しくなってくるだろう。

 だが、これだけでは終わらない。今の射撃最大の難点を挙げるとするならば、それはもちろん――

 

(今、錬のやつ、()()()()()()撃ってた……)

 

 そう。アリアの角度からは見えづらかったが、髪の隙間から見えた錬の両目は確かに閉じられていたのだ。あたかも、これぐらいのことで視覚に頼る必要はないとでも言うように。

 それは、Aランクでは決して届かない、元とはいえまさしくSランクの絶技だった。

 

「錬、あんた……」

 

 用は済んだとばかりに、自らの技を誇るでもなくあっさりとレーンから離れた錬に、アリアは思わず声をかけていた。

 自分でも、何を言おうとしたのかはわからない。だが、予想通りの、否、予想以上の腕前を見せ付けられたアリアはそうせずにはいられなかった。

 しかし、

 

「納得したかよ。お前が見たかったもんは、この程度の代物だ。話にならねぇよな」

(――え?)

 

 誰が見ても一流だと言える銃技をして、錬はそう自評した。

 なんでもないように肩をすくめる彼の表情は優れない。アリアにはそれが、まるで悲嘆に暮れているように見えた。

 まだだ、と。こんなものじゃ全然足りない、と。何か、余人には決して与り知れぬ高みを相手に、自嘲しているかのようだった。

 

(話にならないって……錬は一体、何を見据えてそう言ってるの……?)

 

 と、そこまで考えて、アリアはある可能性に気づく。

 もしかしたら彼も自分と同じように、打倒しなければならない敵や、越えなければならない目標があるのかも知れない、と。アリアにとってそうであるように、彼もまたさらなる力を欲しているのでは、と。

 それは単なる仮説だった。が、アリアには何故かなんとなくそんな気がした。

 自分の横を通り、この場を後にしようとする錬に振り返れば、彼の背中には言い知れぬ()()があるように見えた。

 

「おい、見たか今の。目隠し撃ち(ブラインド)であんな精度、ありえんのかよ?」「あの人が、伝説って呼ばれてた有明先輩なの? 私、単なる噂かと思ってた」「Sランクは違うな、やっぱ」

 

 口々に小声で錬を誉めそやす声が、そこかしこから上がる。元から錬を知っていた者、伝聞でしか知らなかった者、全員が賞賛していた。

 ただしそこには、遠い者に対する畏怖だけでなく、確かな親しみも込められているように思えた。自分に対するそれとは違って、だ。

 そのことにわずか感傷を抱いたアリアに、アリア同様見学していた不知火亮が声をかけた。

 

「神崎さん、有明君と遠山君をパーティーに入れるつもりって本当?」

「……そうよ。あたしにはもう時間がない。あたしは、あいつらをパートナーにする」

 

 普段、アリアと不知火はあまり話すことはない。が、同じクラスでしかも話題は錬やキンジだ。自然と会話は繋がった。

 アリアの返答を認めた不知火は柔和な笑みを浮かべながら、

 

「神崎さんと『アルケミー』のパーティーかあ。すごいことになりそうだね」

「『アルケミー』? なにそれ?」

 

 聞き慣れない単語に、アリアは首をかしげた。

『アルケミー』が活動していたのは、去年の6月から12月までのおよそ半年だ。自然、その話を知る者の大半が2年生や3年生になってくる。1年生で知っているのは先輩から聞かされた者くらいだろう。

 もっとも、この伝説のコンビが解散して久しい今、2年ではあるが転入生であるアリアが知らないのも無理はなかった。

 当然のことながら既知である不知火はアリアに語る。

 

「遠山君と有明君は、去年強襲科でコンビを組んでてね。『アルケミー』っていうのは、その時のコンビ名だよ。ポピュラーな話だけど、彼らの任務達成率(ミッションリザルト)は100%を記録していて、当時最強のコンビだって言われてた。今でも多分、大勢の人が解散を惜しんでるんじゃないかな」

 

 不知火の声には、その時のことを懐かしむような響きが含まれていた。そのことに、錬やキンジとの付き合いが薄いアリアは、どこか胸に棘が刺さるような感情を持った。自分だって錬たちのことは知っているし、なにより彼らは自分のパートナーだ(現段階では確定していないが)と言い張ることはできるが、やはりまだ他人の領域は出ない。その事実が、アリアに「結局お前はまだひとりぼっちのままだ」と(うそぶ)いているような気がして、アリアは幼い顔を曇らせる。

 しかしそれはそれとして、アリアは胸中である疑問を抱いた。

 

(それほどの実力者たちが、今は2人とも揃ってEランク? 一体なにがあったのかしら?)

 

 調べるか、それとも2人に聞くか。アリアはとりあえず判断を保留しながら、それよりもまずは2人をチームメイトにする方が先決だと意気込んだ。

 なぜならアリアにはもう、時間がないのだから。

 

 * * *

 

 体育館まで帰って来た俺の視界に映ったのは、いつになく暗い友達の姿だった。さっきのことが関係しているのは明白だったが、それには触れずに俺は話しかけた。

 

「よう、キンジ。装備確認は終わったんかよ?」

「……まあな」

 

 く、暗ぇ……。

 気のないキンジの返事を聞きながら、俺はどうしたもんかと眉根を寄せた。

 うーん、さっきはああ言ったものの、やっぱり話を聞くべきなんだろうか。

 ……いや、やめとこう。本当に悩んでるなら、きっといつか話してくるだろ。その程度には、こいつとはつるんできたつもりだ。

 そう結論づけた俺はなるべく軽い口調で、

 

「そっか。……んじゃ、そろそろ帰っか」

「ん……そう、だな」

 

 ……しゃあねぇなぁ。

 

「オラ、なに沈んでんだよ、お前。らしくねぇ……ってこたねぇけどな、もっと元気だせよ」

 

 ボスッと加減してキンジの頭をはたく。死ね死ね団じゃ、激励がわりに銃弾が飛んでくるんだ。それ考えりゃ、ずいぶんマシだろ。

 つーか、なんで俺がフォローに回ってんだかな。俺、あんまりそういう役回りは得意じゃねぇんだが。

 まあ、こんな奴でも友達だ。こんぐらいはしてやるさ。ちゃんとニボシ食えよ、と言うかどうかは迷ったが。

 

「……はあ。お前に言われちゃお終いだな」

「っせぇよ」

 

 ため息一つ、やっと元に戻ってきたキンジを伴って、俺は強襲科の体育館を後にした。

 外はもう、茜色の世界へと変貌していた。日が沈み、夜が訪れるまでの()()()()()()()時間。一日の終わりを感じさせる、そんな時間だ。

 影法師を引き連れて、俺たちは帰路につく。

 と、その途中で俺はふと思いついた。

 

「なあ、キンジ。帰りにゲーセン行かねぇか? 今朝、理子がクレーンゲームのメダル引換券くれたんだよ。ただ期日が今日までっつーから、あいつはいかねぇんだと」

「ゲーセンか。そういや、最近行ってなかったな」

 

 提案してみると、キンジも乗り気になったようで、俺たちは2人で近場のゲームセンターに行くことに決めた。学生寮エリアには、富に店が軒を連ねていて、その内の一つにゲーセンがあるのだ。一つしかねぇってのが痛いが、まあ満足できなきゃモノレールで島外に出ればいいだけの話だ。

 そんなわけで、俺たちは目的地目指して歩いていると、

 

「キンジ、錬」

「「ん?」」

 

 相手はだいたいわかっていたので足を止めずに声に振り返ると、そこにいたのは、まあなんというか予想通りアリアだった。

 あー……なんか、さっきのことがあるから、気まずいな。というかこいつ、怒ったりしてないのか?

 俺のそんな心配とは裏腹に、アリアはなんでもないように俺たちの間にスルリと入ってきた。彼女は腕を後ろ手に組みつつ、ひょこひょことツインテールの髪先を遊ばせながら、

 

「あんたたち、人気者なんだね。みんなに、囲まれてたそうじゃない」

「? お前あん時いなかったろ、誰に聞いた?」

「あかり……後輩よ。体育館の2階から見てたんだって」

 

 俺の質問にアリアは答えつつ、

 

「錬。さっきは、見せてくれてありがと。あんた、凄い腕前なのね」

 

 口元に笑みを貼り付けながら、アリアは言った。

 こりゃあ……やっぱ、キレてんのかなぁ。しかし、皮肉を言うようなやつだとは思わなかった。直情的なだけだと思ってたんだが……読み違えたか?

 なんにせよ、だ。アリアの内心はともかく、こいつは変わらず俺たちに接してくるつもりらしい。ならここで俺が無視すんのも、そりゃあガキってもんだよな。

 俺は頓着することなく「そりゃどーも」と返し、アリアは今度はキンジに顔を向けた。

 

「キンジも、一目置かれてるんでしょ? あんた、付き合い悪いしちょっとネクラっぽいのに」

「余計なお世話だ。俺はあんな奴らに好かれたくない」

「それでも、凄いよ。あんたたちは、みんなに好かれてて」

 

 アリアはひょいと顔を下向けて、

 

「あたしなんか、強襲科(あそこ)じゃ誰も近寄ってこないから。実力差がありすぎて、誰も合わせられないのよ。……まあ、あたしは()()()だからそれでもいいんだけど」

 

 ……? あたしはアリア? 

 うん、知ってるけど。なんでいきなり自己紹介?

 

「アリア……オペラの独唱曲のことか」

 

 あ、そっちね。すげぇバカな勘違いしちまった。

 

「よく知ってるじゃない、キンジのくせに。……そうよ、あたしはどこの武偵高でもいつもひとりぼっちだった。ロンドンでも……ローマでもそうだった」

 

 いつかの日を思い出しているのか、顔を翳らせるアリアの台詞の中に、俺は気になる箇所を見つけた。

 

「ローマ? お前、ローマ武偵高にもいたのか?」

「そうよ。……あ、もしかして半年前のこと思い出してる? あんたたちと会ったのも、ローマだったものね」 

「ああ……」

 

 こいつが、ローマ武偵校にいた。それも多分、半年前に。

 ってことは……ああ、クソ、そういうことか。あの時こいつと会ったのは、ダブルブッキングだったってわけかい。アガンベン家の連中が考えることは、どれも一緒だな。

 しかし……ローマ武偵校、か。あの人、元気にしてっかな。

 思い出すのは、大酒飲みの修道女。多分、あっちで俺たちが一番世話になった人だろう。いろんな意味で。

 いやまあ、世話になったっていや、もう一人外せない奴がいるんだが……あのキザなチビ男はできりゃあんまり思い出したくない。もちろん、大事な友人ではあるんだが。

 そんな風に俺が過去を懐かしんでいると、キンジがぶすっとした顔で、

 

「……それで? お前はここで俺たちをドレイにして、()()()にでもなるつもりか?」

 

 と、らしくもなくジョークを飛ばした。

 えー、なにそれつまんねぇよキンジ。

 お前なぁ、そんな冗談で笑うやつがいるとでも――

 

「――ぷっ、くくっ。あんたも面白いこと言えるんじゃない」

 

 笑ったぁ!? あれなに、じゃあ俺の感性がおかしいの?!

 隣で口元を押さえるアリアに、今度は俺が焦る。

 や、やばい、これじゃ俺がギャグセンスのないやつだと思われる。

 急げ、乗るんだ俺! 緊急回避だ!

 

「くっく、確かにな。お前もたまにゃあ、おもしれぇこと言うじゃねぇか」

「どこがだ、全然面白くないだろ。お前らのツボはわからん」

 

 やっぱつまんねぇのかよ! 

 合わせて損したよ、オイ。

 失態に肩を震わせる俺に、アリアがこちらを窺い見て、

 

「ねえ、錬。キンジ、強襲科に戻ってからちょっと活き活きしだしたと思わない? 昨日まではもっと、自分に嘘ついてるみたいで苦しそうだった。今のほうが魅力的よ」

「あー……ま、そうかもな」

「……そんなこと、ない」

 

 フン、と1つ鼻を鳴らしながら、キンジはアリアに先に帰れと指示する。ま、ゲーセン寄ってくからな。

 が、帰国子女ゆえにゲーセンを知らなかったアリアは興味を持ち、なぜかついてくることになった。

 はたから見れば子守のようにも見える並び方で、俺たち3人は騒ぎながら、遅くならないように足を速めるのだった。

 

 * * *

 

 ピロピロピロピロ、と軽妙なBGMに合わせて、クレーンが動く。一度右方向にスライドしていき、次いで操縦者の指示を受けて今度は奥へと移動していった。

 タンッ、と勢いよくボタンから手を離す音が響いて、静止したクレーンがそろそろと爪を開きながら下降していく。

 やがて目標物に接触したクレーンは、ゆっくりと爪を閉じていき、獲物を掴んだ。

 

「いけ、いけ」 

 

 操縦者の小さな声がこだまする。その意に従うように、クレーンは上昇を始めた。

 上がる、上がる。

 そして、ついにクレーンが限界まで上昇――する直前に、目標物(ぬいぐるみ)が拘束をすり抜け落下した。

 

「ぎ――――っ!」

 

 騒々しいゲームセンター内でなお耳に響く奇声が、操縦者ことアリアの口から飛び出していった。

 バンッ! と筐体のガラスに両手を叩きつけるアリア(マナー違反だぞ)を見つつ、俺はキンジに尋ねた。

 

「おい、キンジ。これで何回目だ?」

「7回目。コイン10枚の引き換えだったのに、あと3枚しかないからな」

 

 手の中でコインを弄びながら、キンジが答える。

 さて、今俺たちは宣言どおりゲーセンにいるわけだが、引換券をメダルに変換してそうそう、アリアがUFOキャッチャーにひどく興味を示した。というか、正しくは中に入ってるネコだかなんだかよくわからんぬいぐるみに心を奪われたらしい。よかったなぬいぐるみ君。うちの一部男子がお熱を上げるアリアのハートをお前は射止めたらしいぜ。

 が、それはアリアの話であって、正直俺たちはこんなん興味ねぇんだが、もしコインを別用途に使った場合、後で責められるであろうことは想像に難くない。

 ので、やり方を教えて好きにさせているわけだが……、

 

「今度こそ本気の本気! 本気本気本気ほーんきぃー!」

 

 クレーンを操作する。ぬいぐるみを掴む。

 で、落ちる。

 

「みゃきゃ―――――――っ!」

 

 はい8回目。下手くそだな、こいつ。

 

「しょうがねーな。どけ」

 

 みかねたキンジがアリアをどかし、コインを1枚入れる。優しいねぇ、おい。取ってやるよってか。

 俺は残りのコイン1枚を預かりつつお手並み拝見する中、キンジがあやつるクレーンは、1匹のぬいぐるみを掴み持ち上げた……と思ったら、しっぽに引っかかってもう1匹くっついてら。

 

「キンジ見て! 2匹釣れてる! 放したらただじゃおかないわよ!」

「もう俺にどうこうできねーよ」

 

 かじりつくようにクレーンの行方を見守るキンジとアリア。

 俺も含めて6つの目が凝視する中、クレーンは着実にゴールを目指し。

 そして――ポト、とぬいぐるみが穴に入った。

 

「やった!」「っしゃ!」

 

 パチンッ、と乾いた音が鳴った。

 おいおい、ハイタッチしてるよ。どんだけ嬉しかったんだよ、おい。

 かと思いきや、2人はバツが悪そうに慌てて離れた。なにやってんだ。

 

「ば、バカキンジにしては上出来ね」

 

 と言いつつ、アリアは下の取り出し口からぬいぐるみ2匹を掴み出す。

 かわいいとか言いながらぬいぐるみ――ちらっと見えたタグによればレオポンという名前らしい――を抱くアリアは、意外と普通の女子高生(というよりはいいとこ中学生だが)に見えた。

 そんなことを思っていると、アリアがやおら「あっ」と呟いて、

 

「うー……」

 

 呻きながら、2匹のレオポンと2人のドレイ(俺とキンジのことだ)を見比べている。

 それから迷うようなしぐさを見せて、

 

「こ、これはあんたたちにあげるわ。約束通り強襲科に戻ってきたご褒美よ」

 

 ぐい、と俺たちに差し出してきた。

 ……い、いらねー。

 

「いらん。お前が2匹もらえばいいだろう」

「だ、ダメよ、そんなの。これはあんたが取ったものでしょ。貴族は人の手柄を独り占めなんてしないものよ!」

 

 だったら未練たらたらの目でレオポンを見るなよ。

「いらん」「あげる」と変な言い合いを続ける2人を見ながら、俺はため息をついた。

 はぁ。しゃあねぇなぁ、ったく。

 俺は残った最後のメダルをUFOキャッチャーに投入。

 で、すぐさまクレーンを動かして――もう1匹、レオポンとやらを確保した。

 

「ほれ」

 

 ひょい、とアリアに投げ渡すと、アリアは慌てながらもきちんとキャッチする。

 それから驚いたように両目を見開いて、

 

「え……こ、これどうしたのよ錬?!」

「今取った」

「ああ、そういやお前、昔からクレーンゲーム得意だったよな」

 

 キンジが思い出すように言ったのを聞きつつ、俺も中学時代のことを思い出す。

 といっても、東京武偵校中等部のことじゃなく、それより前に通っていた一般中学(パンチュー)のことだが。

 これはまあ、なんつーか……名残、みたいなもんかな。武偵になるより前の、まだ普通の男子中学生だった頃の有明錬、その名残だ。

 ま、いまとなっちゃただの思い出だけどな。

 

「い、いいの?」

 

 過去の残滓に思いを寄せていると、アリアが伺うように言った。

 こりゃまた珍しい。遠慮しないかと思ったんだが、しおらしいところもあんだな。

 

「いいもなにも、どのみちメダルは使うつもりだったんだしな。それに、俺とキンジは3匹もいらねぇ」

 

 そもそも1匹すらいらねぇんだけど、それを言ったらまた面倒なことになるのでやめておく。

 アリアは2、3回頷いて、

 

「そ、そうね……うん、そうね!」

 

 心底嬉しそうに、笑顔を咲かせた。

 何が「そうね」なのかは知らんが……まあ、とりあえず丸く収まったらしい。

 結局、1人1匹ずつ分配されたレオポンとやらの正体はぬいぐるみではなくストラップだったらしく、俺たちはその場で携帯電話にくっつけたりしたのだった。

 それは、どこからどう見ても、ただの高校生たちにしか見えないほど、平和な光景だったろう。

 実際、なんやかんやとあったものの、初っ端の爆弾事件を除けば、まあおおむね平穏だったと言っていいだろう。

 ――ここまでは、な。

 だが、ここからは一気に急転直下の事態を迎えることになる。

 来るのだ、ついに。

 キンジが提案し、アリアが呑んで、俺が賛成した――

 

 約束の、最初の一件が。




では、また次回。

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