1人部屋でさとりが来るのを待つ、だが気配からしてもそれほど早く来ることも無いだろう。一人部屋に設置された豪奢な寝台にゆっくりと横になる。こんなにも柔らかい場所で横になったのは久々だと思う。だが、今は余裕をもって寝ていることはできない。
一体、さとりは何を知ってしまったのか。俺が暗殺者だったという事に気付いたのだろうか?いや、無意識にでも考えた覚えはないので読まれていない筈だが経験を読まれたとすれば納得がいく。経験はどうあがいても、消えない。
俺の経験。これまで様々なものをこの手で殺してきた。
腕を持ち上げ、血と恨みに染まっている両の手を眺める。
だがそうだと、さとりが俺に乗っかってきたことの説明が付かない。わざわざ、危険だと知った者の上に裸体のままかぶさるように乗るだろうか。危険すぎる。常人ならありえない。そんな行為に及ぶはずがない。さとりは確かに俺に乗った直後「やっぱりですね」といった。ということは俺に乗っかってきたあの行動で判断した、ということだろう。
いったい何を?
俺が受身でもとってさとりを振り払ったならまだしも、俺は素直に乗られた。相手の不意を突くのが経験を読むことの条件だったのか?確かに不意は突かれたが...いや、そうだとしてもあんなにも瞬時に理解できるのだろうか。経験とは膨大だ、たかが十数歳の人間でも、十数年分の経験はある。それをあの一秒にも満たない時間で読めるのか?
なら、俺の何を知ったのか?
考え込んではいたが、脚を引きずるような妙な足音がしたため、臨戦態勢に入る。体を上半身のばねを使うことで跳ねるように起こし。腰の短剣に手をかける。その直後、ドアが開き、さとりが入って来た。だが、異常であった。血まみれだった。服は深紅のノリによってつけられているような状況。フリルのついたスカートは原型をとどめておらず、ショーツまで見えてしまっている。
「お、おい。なにがあった?」
彼は直ぐさまさとりに駆け寄る。
「百足が、」
そこまでそこまで言って吐血する。その後も無理をして口を開こうとするさとりの口を右手で軽く塞ぎ、さとりを壊れやすい宝石でも持ち上げるかのように抱き上げ、寝台に寝かせる。当然寝台は赤く染まるがそんなことは気にしていれるような状況ではない。
「わかった。寝ててくれ」
軽く微笑み、部屋を後にする。百足...おそらくは先ほどの大百足、となると俺への復讐か?どちらにしても、殺さなければいけないようだ。俺にはその程度のことしかできない。
ドアから外に出て、さとりを残し、廊下を駆ける。
途中であたふたしている鳥のペットを見つけたので声を掛ける。
「おい、さとりが怪我をして今、俺の部屋にいる。治療頼む」
それに答えてかペットは一度だけ鳴いて俺の来た方向へと飛んで行った。彼はそれを見て、また直ぐに駆ける。所々にペットがいたので避けながらエントランスに向かい開きっぱなしのドアから外に出る。外は所謂、地獄絵図だった。血塗れで倒れる妖怪たち、地面は血飛沫で赤く染まっている。俺は門を通り市街地に出る。なぜ、気づけなかった?ここまでの被害が出ているなら音で気づけてもよかったはず。だが、今気にすべきはそこではない。流石に情報が少なすぎる。まずまず、どこにいるのかすら検討が付かない。周囲を見回すが居るのは倒れた妖怪達のみ。彼は周囲を見回し百足を探す。あいつは恐らく地面の中か、俺の見えない範囲に居るはず。それ以前に、なぜ今になって、砂漠を渡ってきたのか。周囲の倒れ伏した妖怪の生存を確認するが、生きてはいるものの、意識がない。そこで、彼は何者かの視線に気付きその視線を見返す。そこには一軒の家があった、少し扉が開いていて手招きする手だけが見えている。サードアイでその手を振る主を見て悪意がない事を確認してから駆け寄る。彼が近づき扉を開けるとそこには生き残った妖怪達が居た。いたのは老人、人ではないが、後は女と子供。どうやら女と子供だけはここに避難させたようだ。賢明な判断だ。
「おい、百足はどこだ?」
すると1人の子供が扉から外に飛び出し、口を開ける。
頭部に生えている角からして鬼だろう。
「いま、勇儀さんが戦ってる。きっともっと町の真ん中だと思う」
勇儀、聞いたことがある。そういえば俺に酒を飲ませたあの鬼か。
「ありがとうな」
そう言ってドアを閉め町の中心部へ風の様に駆ける。中心部へ近付くに連れて地鳴りが聞こえ出した。地鳴りという事は地面に潜っている可能性が大きい。自動的にその分百足を探すのが難しくなる。あれだけ大きな物が身体を出していれば気付くはずだ。この地鳴りでも気づけたはずだ、なぜ、気づけなかった?
「どこだ?」
町の中心部へ来たが勿論のことながら、全く百足の姿は見えない。彼は目を閉じ神経を集中させる。視界を閉じることで五感のほかの分野を強化、精神を研ぎ澄ます。
「下か?!」
彼は右へ大きく跳躍、直後、彼のいた位置から百足の巨大な身体が現れた。
「キィィィィタァァァァァァァ」
「そんなに俺を殺したかったか。いいだろう、お望み通り、殺してやるよ」
正直、喋れたことが驚きだが今気にするのはそこではない。それ以上に気にすべき物もある。
「おい、大丈夫か?覚妖怪!」
百足の来たと思われる方向から勇儀が土煙を上げながら走って来た。攻撃をいなし切れていなかったのか身体中に痛々しい傷が並び、鮮血がとめどなく流れている。
「俺は大丈夫だ。それよりも今はここの住人を避難させろ」
「あんたがしなよ。私はこいつと戦ってるんだ」
「悪いが俺はここの土地勘がない。さらにまだ相手の経験が読めるほどサードアイを使いこなせていない。お前の勝負の相手なら俺が後で引き受けよう」
サードアイでずっと勇儀の心を見ていたわけだが、「俺が相手になる」と言った瞬間に心に興奮と思われる感情が現れた。どうやら戦闘狂のようだ。なんとなく予想はしていたが。
「ついでに地上に助けを呼んでおけ。町を直すためのな?」
勇儀はこの百足を倒すのを協力する妖怪を思い浮かべていたので付け加えて伝える。
「じゃあな、勇儀。また会おう」
彼はそう言い残し百足に対して走り出す。そのまま懐に入るのが目的だ。百足はそれをさせまいと、溶解液を連射してくる。相変わらず、色からして危険だと察せる。彼はそれを加速と減速、跳躍を駆使し紙一重で回避、百足の懐に入り込む。前に戦った時はサードアイの使い方を知らなかったが、今回はしっかりと分かっている。面白いぐらいに敵の行動がわかる。そして隙があれば足を切り落とす。しかし、これでは全く殺り甲斐がない。彼は距離を取り、そこで、静止するとあろうことか、サードアイに服をかぶせてしまう。
「今、俺は読心しないようにした。かかってきな、これでフェアかな?」
手を前に突き出し、挑発。
「バカメ」
百足は怒りに任せて突進、地面から彼を突き上げる。突き上げてくる頭部を踏み台にし、百足の背後に回る。
「行くぞ?」
そう言って彼は短剣を身体に沿わせ体を地に這わすような低姿勢で百足に再度接近、短剣を甲殻に突き立てた。が、その刃は通ることがなく刃が弾かれる。衝撃が腕に伝わり、短剣を落としてしまう。想像以上に硬い、恐らく脚を切った所で倒れる事はない、ならば胴体に直接ダメージを与えた方が良い。そう思ったのだがこれほどまでに硬いとは思わなかった。彼は襲い来る脚を切り落とし、後ろへ後退する。地面を変更し、すぐさま片手で持てる程度の剣を生成、彼はその二本の剣を構え、百足にまた接近する。無論、溶解液を吐いてくるが当たりはしない。正直、読心などしなくてもこの程度の相手の攻撃は読み切れる。直前で短剣をクナイの様に持ち替え、回転しながらまず甲殻に一撃、そこから更に片手剣で甲殻に回転力を乗せた斬撃を放つがやはり弾かれる。いっそのこと、甲殻の物質自体を変更してやろうかと思ったが実現可能かがわからない。彼はあの異常なまでに硬い甲殻に対抗する術を考える。そして、思いついた1つの可能性に賭ける事にした。それで無理だったら物質を変更してみようか。彼はまた百足に対して接近、吐かれた溶解液に短剣を投げつける。瞬間、短剣にその溶解液が吸い込まれ毒々しい色を持つ。そのまま百足に突っ込み片手剣を両手に持ち替え全力の一撃を打ち込む。その衝撃でも百足の甲殻にはひびすら入らない。俺はまた一歩後ろに下がり、百足と距離を取り、真横に落下して来た短剣を受け取る。硬い。割と本気で切ったがダメージ以前にひびすら入らない。恐らく、斬撃では砕けないだろう。そう確信せざるおえない。という事で武器を変える事にした。斬撃がダメならば打撃を打つ。当たり前だろう。手段を変えてでも、どんな手段を使っても殺す。彼は片手剣を地面に突き刺し片手剣を大鎚に変更する。ひびを入れやすくするため打撃を与える部分には先の尖った突起を付け、貫通力も追加。彼はその大鎚を軽く振るう。少し重くしすぎた気もするが別に良いだろう。それを握ったまま突っ込んでいく。 短剣と違い、重いので溶解液をあと一歩の所で浴びそうになる。だが、その大槌の重さを逆に利用し、縫うように回避、そのまま接近し、大鎚を横に凪ぐ。その勢いを使ってもう一度体ごと回し、二撃目を入れる。やっとの事でひびが入った。彼はそこで回転を止め、逆に周り百足の節のうちの1つの甲殻を砕いた。ここまでくればもうどうとでもなるので大鎚を投げ上げる。空中に舞った大槌に百足の目がいっている一瞬の隙にさっき溶解液を吸わせた短剣を握り直し。十字の残像が見えたかと思うと、そのまま、死を告げるように刻まれた十字架の中心に短剣を突き刺し、手を離す。そして大きく後方に飛びのく、ここで能力を解除し、固形化し、短剣の一部と化していた溶解液を溶解液に戻す。背後から百足の発狂したかのような悲鳴が聞こえたがどうとも思わない。いや、思えないというのが正しいだろう。
気づけば身体が血で染まっていた。別に身体は痛くない。ということは、あの百足の血か。なら良い。そう思い、彼はさとりの看病を行いに地霊殿へと戻っていく。危うく短剣を忘れかけたので急いで死体から引き抜き軽く振って血を払った。ちなみに大鎚は落下の瞬間に土に還したので問題ないだろう。あんなものが地面に埋まっていたら危険極まりない。そこで便利であり、自由に扱えそうな百足の甲殻の一部をはぎ取り、抱え上げ、持ちかえっていく。
誤字報告をして頂いた方有難うございます。
以後このような事が無いように気をつけます。
では
また次回。