【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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最終話 幕は降り、罪人は星を望む

 彼を殺すと約束をした。

 殺さなければならない。

 でも、もし殺さなかったら? 

 彼は世界を壊してくれる。

 私の願いは叶うのだろうか。

 でもきっと、世界は私を許さない。

 

「見つけたわよ」

 

 大勢の気配が来ていることには気付いていた。

 これ以上逃げたところで意味はない。

 きっと直ぐに見つかるだろう。

 けれどもさとりの姿はまだない。

 なら逃げなければ。

 これできっと、世界は俺を許してくれる。

 

「おねーちゃん、起きたの?」

 

 目を覚ますと、そこには愛しい妹がいた。大切な家族。

 彼がここを壊す前に殺さなければ、私は大切な家族を見殺しにした事になる。

 

「いつまで逃げる気なのかしら」

 

 いつまで俺を追う気なのか。

 そんな言葉を返したい。

 けれども、彼にはもう、そんな余裕はない。

 

「おねーちゃんを襲った奴を幻想郷中の人が追ってるよ。もうきっと死んじゃうね」

 

 この迷いはなんだろうか、ただこの手で殺せば良いだけ。間違いなく、彼とは初めて会った。でも、彼は私を間違いなく知っていた。

 

「あそこに出るわ」

 

 もう既に、逃げる場所すら読まれている。これ以上は逃げられない。けれどもさとりはまだ来ない。もういっそ、ここを壊してさとりと二人。外の世界に逃げようか。

 そんな思考を放棄して、次の手を考える。俺にそんな終幕が許される訳がない。

 

「おねーちゃんも行こう。一緒に戦おう?」

 

 なんの迷いも無いはずだ。

 私は一体何を迷ってる。

 私は彼をどうしたい? 

 迷う彼女は寝台の上、美しい短剣を両の手で握りしめ、あまりにも綺麗な刃に映った自分の姿を見ていた。

 

 周囲に鬱蒼と茂る竹の中、彼は一人。

 短剣を握り、覚悟を決める。勝てるとは思っていない。今思えば、さとりが来るまでにある程度追い詰められていなければおかしい。だが、死んではいけない。今前にいる全てを相手にすれば異形化していない俺に勝ち目は無いのは赤子でもわかる、一瞬で勝負はつくだろう。

 だが、村の住民が俺を恐れているお陰かある程度の力はある。なら、一人ずつ、確実に。

 

「おねーちゃん、大丈夫?」

 

「こいし、手伝って欲しいことがあるの」

 

「うん! いいよ」

 

 さとりはこいしの手を握り、地霊殿を飛び出す。

 きっともう時間はない。

 神さま、私は最期の家族を守る為に、家族を殺します。

 覚悟を決めた少女の華奢な手に握られた短剣は、地底の夜景を映して輝いていた。

 

「迷いの竹林.」

 

 少年を追い、幻想郷の民を連れていた紫は竹林の前で足を止めていた。

 逃げる場所としては完璧だ。だが、完璧であることこそが問題だった。

 この疑問もおかしくない。何故なら、この少年はあまりにも幻想郷を知りすぎている。

 彼は外来人だった。それは確定している。なのに何故、ここまで正確に幻想郷の土地を理解しているのか。先程までの瞬間移動は恐らく自らの座標を変更していた。となれば、変更後の座標も知っているということになる。

 最初の数回の移動は幻想郷の最北端の結界前、その次は最南端の結界前。

 偶然にしては出来すぎている。そして最後にここだ。迷いの竹林。身を隠すには丁度いいだろう。だが、あれだけここを破壊すると言っていた人間が何故逃げ回るのか? まるでなにかを待っている様にも思える。能力関係ではなくないだろう。彼の能力は対象を変更する能力。時間は関係ない。ならばなぜ。

 

「紫、永琳に連絡を入れたわ。優曇華が行くみたいよ」

 

「わかったわ。今のうちにここを包囲、また移動したら連絡を入れるわ」

 

「了解」

 

 博麗の巫女と白黒の魔女、人形の魔女が竹林の南側、西側に吸血鬼と七曜の魔女、東側に半霊の剣士と吸血鬼のメイド。

 全員幻想郷では屈指の実力者。異変解決もかなりこなしている。だが、何故か不安だった。相手はただの人間。少し能力が強い程度。能力の強さなら吸血鬼のメイドの方が強力だし、腕力なら私の様な妖怪には敵わない。なのに何故、これ程に警戒しているのか。

 

「貴方ですね。異変の主は」

 

「そう思う?」

 

「ええ」

 

 竹林の中では既に元凶が発見されていた。黒い外套に身を包み、握られた短剣は月光を赤く濡らしている。

 

「さようなら」

 

 握っていた拳銃を構える。向けられた彼に一切の動揺は無い。異常だ、ただの外来人と聞いていたが。彼女もまた軍人だ、構え、動き、それらを見れば素人かそうで無いかを理解することは当然できる。その彼女が下した判断、それはこの敵は軍人では無いが腕が立つという事。

 竹林に銃声が響く。命中、頭に当たった。いくら腕が立つと言えどこの距離からの銃弾を躱す手は無い。地面に倒れた少年の生死の確認に入る。

 その少年の腕が糸繰に操られる人形のように跳ね上がり、手に握られていた拳銃が硝煙をあげる。

 

「忘れていた、ここはお前らの領地だったな」

 

 想定内だ。いや、予定通りといった方が良いだろうか。

 風だけが竹をゆすり、葉を擦らせる。この状況でもなければ静かに茶でも啜って寝たい。だが、状況はそんなに和やかではない。

 

「一体、なんのつもりですか? 貴方も妖怪ならここを破壊するというか事の意味はわかっている筈です」

 

「当然わかってるさ。でも俺はこの世の中が気に入らない。少数を虐げ、多数が勝つ。それに俺は人間だ。ここが壊れようとどうなろうと意味はない」

 

「人間は、あの至近距離からの銃弾で死にます。貴方は人間じゃない」

 

「人間でさえも、恐れを手に入れればこの世界では強者になれる。その為に、村人を抹殺した。今なら妖怪よりも俺の方が恐れられてるんじゃないか?」

 

 嘲笑気味に言い放ち、短剣を握る。そうは言った物の状況は良くない。いくら畏れを手に入れたからと言ってそれほど脅威的に強くなる物では無かった。異形化の方が数十倍は強い。

 

「わかりました。貴方は明確に敵ですね。駆除します」

 

 正面の少女も拳銃を構える。能力行使の動きはないが、彼女の能力もかなり凶悪だ。一度決まれば恐らく無事では済まない。だがこちらにはサードアイがある。いつでも一手先が読める。これは能力を主に使う敵にとっては言うまでもなく大きなアドバンテージだ。

 

「ハアッ!」

 

 彼女の選択は近接戦闘。銃を持ったまま流れるように行われる蹴り、殴り。デタラメではない、一つの格闘術として出来上がっていた。

 

「軍人か何か?」

 

「どうでしょうね」

 

 確定だろう。捌けてはいるが、重い。このままいけば押し込まれるのはこちら側だろう。あまり好きではないが。仕方がない。

 土を拾い、拳銃へ。右手に銃を構え、左手に短剣を構える。

 

「貴方もですか」

 

 こちらを真似るように彼女もベルトから取り出した短剣を握る。

 

 古明地さとりは地底からやっとのことで地底からつながる洞窟から飛び出していた。地上も夜を迎えていたようで星明りが世界を照らし、暗い世界に僅かな明かりを与えている。

 

「彼はどこにいるのかしら」

 

「どこだろうね、でももうきっと戦ってるはず」

 

 古明地姉妹が彼を探す間、彼は優曇華と格闘戦を繰り広げていた。組み合いながら続け様に放たれる彼の銃弾は彼女の狂気の瞳によって少し弾道をずらされ当たらず、また、彼女の弾丸も彼と衝突する瞬間に水に変えられる為ダメージになっていない。

 お互いに一度距離を取り、再度睨み合う。

 

「キリがないですね」

 

「奇遇だな。俺もそう思ってる。だが、もうかなり時間も稼いだし、ここでお暇しようか」

 

「逃がしませんよ?」

 

 銃弾を放つと同時に彼に詰め寄る。動かない彼に短剣を突き刺し、横へ引き裂く。だが、その身体が泥の様に溶けたかと思うと背後に現れた彼によって意識を飛ばされた。

 

「覚悟は決めた。あとは体が付いてくるかって感じだな」

 

 おそらく四方は囲まれている。どこから出ても結局外にいる奴らとの戦闘は避けられない。一人ずつ相手することはまず無理だろう、戦っているうちに援軍が間に合う。小細工も恐らく通用しない。なら、さとりが来るまでの間、耐える他ない。

 

「何.?」

 

 竹林から上空に一つの影が飛び出した。空は既に黒に染められ、その黒いパレットに散りばめられた星だけが周囲を照らす。

 

「今俺に出来る事を全力で」

 

 後方から光と共に虹色の光線が迫り、左からは燃え盛る火の玉、正面には賢者が現れ、次の瞬間には周囲をナイフに取り囲まれていた。

 絶望が迫る中、彼の表情に曇りは無い。そのまま、光に包まれていく。

 

「まぁ、これでは死なないわよね」

 

 光の中から現れたのは無傷の少年、姿を現した彼を四方から集まった住民が包囲する。

 

「諦めなさい、ゲームオーバーよ」

 

「それはそうだろうな?」

 

「何を今更するのかしら?」

 

「想起」

 

 自らの記憶を呼び起こし、それを現実へと変更する。荒技に他ならないが、今はそれしかもう手が無い。呼び起こすのは当然異形化していた記憶。

 

「何よこれ、紫?!」

 

 少年だった筈の物が変容していく、骨が折れ、血が吹き出し、肉が裂ける。筋肉が膨張し、形を失い、次第に形を帯び、最後には闇夜に溶ける竜となった。しかしその竜は奇妙に歪んでいた、大きさは少年のまま、鱗も全身までは覆っていない。まるで人になりきれなかった悪魔を彷彿とさせるようなその外見は見るものを恐怖に、絶望に陥れる。

 飛びそうになる意識を必死に押さえつける。これは余りにも危険な賭けだったがする他無かった。そうでもしなければさとりが来るまでの間、持ちそうにない。

 

「マスタースパーク!」

 

 少々離れた位置から魔法使いが腕を前に掲げ、宣誓と共に作られた魔法陣から虹色に煌めく光線が放たれるが、それを目視した彼の眼前に魔法陣が展開されたかと思うと、その光線に対してほぼ同威力の漆黒の光線が放たれる。

 

「何.?!」

 

 彼女が驚き、撃ちやめると同時に彼の光線も止まる。

 

「これならッ!」

 

 停止した世界の中、メイド服の少女が彼の前にナイフを並べる。だが、突然その停止した時間の中でバケモノが動き出し、ナイフに合わせるように黒い短剣が並べられる。時間の解除の瞬間に大量の鉄のぶつかる音が至る所で響き、行き場を失った武器が落下していく。

 それを見た吸血鬼が彼の背後に回り、首を絞め上げる。確実に決まっているように見えた、抜けることは出来ないはずだった。だが、誰一人気づかぬ間に吸血鬼と彼の位置が入れ替わり、首を締め上げられた吸血鬼は気を失って落下していく。それを見たメイドが時を止め、助けに入るが、その吸血鬼に手が触れる直前に少年が立ち塞がる。ナイフを持ち、襲いかかるが、受け流されると腹に鈍痛が走りそのまま意識を失う。

 再び動き出した時の中で、気づいたように重力が吸血鬼とメイド地面へと連れて行く。ふと周囲を見ると周囲に火や水、土、木片、金属が漂っている。そしてその全てが意思を持ったかのように少年に襲いかかる。数分に及ぶ天災の様な攻撃の後、残っていたのは無傷の少年。少年は手を突き出すと、その下に灰色の球体が現れる。それは消えたかと思うと七曜の魔女の眼前に現れ、闇とともに影が一斉に襲いかかり、本能的に距離をとってなんとか応戦していた七曜の魔女も重力に運ばれていった。

 急に体の自由が効かなくなる。彼の視線の先には人形の魔女、彼女の手から見えない様な糸が彼に放たれ絡みついていた。そんな状態の背後から煌びやかな灯りがさしたかと思うと虹色に輝く象を飲み込むほどの太さの光線が放たれる。だが、彼に当たる直前で彼女の手に持つ機械の様な物が少年の前にも展開され、漆黒の光線が放たれる。それは彼女の光を瞬時に呑み込み、白黒の魔女も呑み込んでいった。

 それを見送った少年は黒いスキマを作るとそこに入っていった。

 

「終わらせない気らしいわね」

 

「みたいね」

 

 残された巫女と賢者は追うことはしなかった。想定外すぎる戦力。とても幻想郷の猛者といえど二人でなんとかなる戦力ではない。

 

「一つ聞いていい?」

 

 地面の落下した友人を助けに行こうとした直前で後ろを向いた巫女が声をかけてきた。

 

「彼、本当にここを破壊する気あるの?」

 

「さぁね。ただ、なんにせよ危険人物。監視は続けておくわ」

 

「そう」

 

 去っていく巫女の背を見送って賢者はスキマへ入っていく。

 

「ちくしょう.」

 

 名もない森の奥、人の姿に戻った少年は血を吐いていた。

 無事で済むとは思っていなかったが、ダメージが想像以上に大きかった。肉体に対してもそうだが、精神が最も危険だった。感情を持っていないなら未だしも、感情のある今はもう長く異形化は持たない。あれ以上続けていたらただの異形と化していただろうし、この幻想郷には異形がいない。俺が本当の意味で異形化すればここもあの世界と同じ道を辿る。

 

「見つけました」

 

「新手か」

 

 そんな彼の前にさとりとこいしが現れる。これ以上ない完璧なタイミンだ。俺は弱っている、仮に俺が殺された所を見られたとしても、こいしが居る為、基本的には無意識と言い訳が付く。

 

「さようなら」

 

 消えたかと思うと突然眼前に現れ、胸部を渡した短剣で一突き、すぐに抜き、首へも短剣が深々と突き刺さる。呼吸は出来ず、胸元からは血が吹き出す。短剣が抜かれ、まるで生まれたての子鹿のようにふらつくと、地面に仰向けに倒れた。身体がだんだんと冷えていく感覚、末端から何も感じなくなる。

 そこで能力行使、自分の存在を犠牲に、幻想郷の全住民から覚妖怪の記憶を消去。

 目を閉じ、物語の終わりを待つ。さとりは罪を犯さなかった、それどころかここを救った英雄だ。きっと大きな宴が開かれるだろう。

 そんな彼を見るさとりの目には薄っすらと涙が浮かぶ。その訳は彼女にも分からない。同族を殺した事による罪悪感なのか、何処かにあった彼との思い出なのか。その涙が彼の瞼に落ち、地面に滴り落ちていく。

 

「これでよかった」

 

 聞き取れるような声では無かった。無理もない。喉が切断されているのだから声を出すことすら本来は不可能に近い。

 終幕に満足した彼にこれまでの記憶が蘇り始める。それは草原を駆ける馬のように美しく、映える物ばかり。とても罪人の記憶とは思えない。自らの最後を感じ取り、目を閉じて、愛してしまったものにさよならを告げた。




エピローグへと続きます
しかし、これにて彼の物語は終幕です。
長い間本当にありがとうございました

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