【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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52話  護るという事

 明るい部屋で、彼の口から放たれた光の差さすことのない過去に、フランとこいしは当然動揺するが、同時に納得もしていた。

 

 

「お兄さんが?」

 

 

 だが、それなら確かに納得がいく。辻褄が合う。彼の能力は変更する程度の能力だった。だが、そこには武器の使用方法を覚えるというものはなかった。だが、彼は出した武器はどれも完璧に扱えていた。それに、戦闘における立ち回りも常人のそれではなかった。現に、力では敵うはずのない鬼の勇儀、吸血鬼のフランに勝利を収めている。確かに変更する能力も心を読む能力も強力だ、だがそれだけではさとり妖怪の最大の弱点である身体能力のデメリットを打ち消すほどのアドバンテージにはなりえない。ならば、なぜ、どのようにして彼は勝利を収めたか。単純だ、技術、知識、経験、これで埋めるほかはない。相手が傲慢であるならそこにつけ込み、移動が速すぎるなら拘束、こちらの体力が尽きそうならば拘束の上に拘束を続け、自ら以外の自然の力に頼り逃走する。

 

 

「これからさとりの記憶を変更。筋肉量と戦闘経験を俺のものにする。さとりには俺と一緒に幻想郷で異形と戦ってもらうが、こいしとフランには最後に頼みたいことがある。外の世界で身を守っていてくれ。さとりも、俺の任意のタイミングでこちらに帰すしな」

 

 

「いやよ」

 

 

 だろうなとは思っていた。フランが拒否、続いてこいしも首を振って拒否する。だが、ここで本当の理由を伝えれば全力で阻止してきかねない。

 

 

「お前らを護りきる自信がないんだ。異形は感染型、一撃でも受ければ異形化する。幻想郷でも屈指の実力者であるお前らに異形化されれば戦況はさらに悪化する。それに、お前らは切り札だ。必要になった時に八雲 紫に迎えに来てもらうように伝えておく」

 

 

 こいしの読心はやはり通らない。こいしは読めないながらも、その中で確信していた。これはきっと嘘だ。真実の織り交ぜられた嘘。何割が真実なのか、どこが嘘なのか、わかりはしないが。

 

 

「そう...ずるいね。お兄ちゃん。私にはお兄ちゃんが嘘を言っているように聞こえるの。でも、確証がない。私にお兄ちゃんの心は読めない。だけどひとつだけ言わせて。外の世界でお兄ちゃんがなんだったのかは関係無いの。生きて」

 

 

こいしは瞳を潤ませながら賛同に回る。だがフランは未だに納得しきれていなかった、彼の言っていることは確かに事実だ。ただでさえ劣勢なのにも関わらず、そこから敵に強力な駒ができればさらに勝率が薄くなる。地底で戦っていた時、彼が異形化してから突然襲撃の量が減った。それはやはり、地上で彼が異形を殺して回っていたからなのだろう。そんな彼が、今になってさとりと共に戦うと言い出した。単純に考えて、理解ができない。なぜ、さとりを危険にさらすようなことをするのか。異形の処理は追いついていたハズだ。彼が異形化すればそれはまずいことになる。だが、そこで戦わせるとはならない。自らの経験を上乗せなどする意味がない。それではただ、危険に晒しているだけだ。お兄ちゃんが何も考えずこんな行為に及ぶとは思えない。

 

 

「ああ、死ぬ気は無いさ」

 

 

 死ぬ気は無い。だが、この物語を幸福に終わらせる為には。

 

 

「お兄さん?」

 

 

フランが疑問をぶつけようとした直前、階段の上から鈴の様に幼いようで、しっかりとした女性の声が不意に飛んでくる。

 

 

「さとり、ごめん。起こしちゃったか」

 

 

 階段の最も高い所で、目をこすりながらショッピングモールで買った寝巻きを着たさとりが立っていた。服は着崩れて少し危ういが、別にどうでもいい。

 

 

「降りてきてくれるかい?」

 

 

「はい」

 

 

 おぼつかない足取りでさとりが彼の前へ。そんなさとりを彼は愛しそうに抱く。

 

 

「ごめん。さとり。さよなら」

 

 

 能力を行使して、さとりの肉体と記憶を変更していく。一度彼と出会ったところまで読心、そこからの彼が関わった記憶を一つずつ消していく。肉体の変更は体の大きさが違えばかなりの痛みを伴うだろうが、あまり体の大きさは変わらない事もあり。くすぐったいくらいで済んでいるようだ。事実、さとりは体を震わせるだけで済んでいる。

 抱き続けること数分。数分というにはあまりにも長く感じた時間。一切のミスは許されなかった。一つ構成を間違えれば全てが壊れる。人間とは脆いものだ。彼の腕から解放されたさとりは呆然と立ち尽くし、横に立つ彼に声を掛ける。そこにいたのは間違いなく古明地 さとりであり。そうではなかった。

 

 

「エルドラさん。行きましょう、幻想郷を守らなくちゃ」

 

 

「了解」

 

 

 エルドラと呼ばれたかつての彼女の大切な者は、彼女を連れて戦地へと飛んだ。

 

 

 場所は変わって幻想郷。

 紅魔館付近の妖精の森。当然異形はそこまで進出してきていた。

 

 

「ルーミアちゃん、もう危ないよ!一回逃げよう!」

 

 

 地獄の中、少女が二人、空を駆けていた。いつだったか彼が教鞭を取った寺子屋の生徒。既に戦闘をいくつかこなしたようで、体には傷が出来ているが。未だに異常は見られない。

 

 

「でも、見捨てられないよ。大ちゃん。チルノちゃんもみすちーも危ない」

 

 

 そんな彼女たちの前に、突如漆黒の竜が現れ夜空に吠える。絶望的だった。

 

 

「嘘でしょ....大ちゃん!リボンを壊して!」

 

 

「う、うん!」

 

 

 大妖精から弾幕が放たれ、ルーミアの髪止めの役割を果たしていたリボンを布が壊れたとは思えない、まるでガラスが割れたかのような高音と共に破壊された。

 直後、闇が一挙にルーミアに集中。光の侵入すら許さない闇がルーミアを球体状に包む。

 

 

「ルーミア...?まずいですエルドラさん。今破壊されたのは...彼女の封印。彼女は昔強力過ぎたために先代の博麗の巫女に封印された空亡と言う妖怪なんです」

 

 

 空亡...聞いたことはある。確か百鬼夜行の最後に付く大妖怪。闇を操るというのは見れば分かるが。

 

【仕方がない、さとり、撃て】

 さとりの手元にサブマシンガンを用意する。

 

 

「fire」

 

 

 正面の収縮が始まった球体に対し、さとりがサブマシンガンの連射力を用いて闇の何処にいても当たるように発砲。だが、闇からはなんのダメージも受けていないルーミアだった者が現れる。腰まで伸びた闇の中映える金髪、瞳は猟犬のごとく赤く輝き、身体つきも子供のものから成人の女性のものへと変化していた。

 最悪だ。ついてない、だが、今の俺はあまり機嫌が良くない。

 

【さとり、ここで止まれ】

 

 

 さとりを空中で静止させ、ルーミアの精神に干渉、トラウマを幼少期のものから全て20回ずつ同時に再起させる。当然、脳がショートし、ルーミアは地面に落下、それを待っていたかのように口を開いてスキマに吸い込まれ、大妖精もそのあとを追う。

 

 

【行くぞ】

 

 

「はい」

 

 

 黒竜はさとりを乗せ、地面に着地する。

 森からはすでに生物の反応はない。あるのは暴走した感情。竜の背に乗った少女を一匹の異形が棘を飛ばすことで強襲。だが、その棘は首を傾けることで躱され、逆にサブマシンガンから放たれる大量の鉄が殺到し、肉片に返した。

 

 

「多いですね。どうしますか?」

 

 

【殺し尽くす】

 

 

「ですよね」

 

 

 非常に短い会話、だが今はこれがベストだ。それはもうお互いに理解できていた。

 闇の中、一人と一匹は目を合わすことも無い。一匹はそれを悲しいとは思わず、一人はなんの疑問にも思わない。ただ、目の前の異形を殺し、屠る。例え、いかなる手段を使おうとも、他人から見ればあまりにも残酷だと思われても。

 

 

「いきましょう」

 

 

 一匹は返答すらせず、ただ一つ吠える。それを合図にか、さとりに武器が支給された。小回りの効く短剣、ハンドガン、背中にはARも担いでいる。どれも一切の装飾は施されておらず、可憐なでどこか幼さの残る彼女とは全く不釣り合いなものだった。

 

 

「ところで、どのタイミングで今日は帰還しますか?」

 

 

【帰還するのはお前だけだが、取り敢えず今日はもういい】

 

 

「いくらなんでも早すぎませんか?」

 

 

 まだ、こちらに来てから30分も経っていない。あまりにも短すぎる。これでは異形を殺しきることなど不可能に近いだろう。今この瞬間も、異形は際限なく増え続けているのだから。死体を食らう生物が、襲われた生物が。異形と化していく。

 

 

【ああ、だが今日はこれでいい】

 

 

 竜はさとりの座標を変更し、返答も聞くことなくあちらへ帰す。何も、意味もなく返したわけではない。彼には彼のいる場所へ風を切り、土を巻き上げながら向かってくる影に気付いていた。そして、それが何であるかも。

 竜は翼を広げると、一気に上空へ浮上。そのまま妖怪の山へと向かっていく。

 

 

「エルドラさん!」

 

 

 さとりは声を上げて手を伸ばすがもう遅く、既に転移が完了しており、暖かく、平和な家に着いていた。こいしは、ソファーに腰かけており、フランはそのすぐ横で眠っている。

 

 

「おねーちゃんどうしたの?」

 

 

 突然現れた姉に驚くこいしだったが、それ以上に、さとりの言葉が気になった。エルドラとは今の彼の名前だった。それにあまりにも帰ってくるのが早すぎないだろうか、2人になっただけでこれほどまでに変わるものだろうか。彼が返ってこないのは知っていたが、まだ30分もたっていない。何かが起きることを予見して彼が予定よりも先に帰したと考えるのが一番辻褄が合うけれど。

 

 

「何かあったの?」

 

 

「ううん、大丈夫よ。返事も聞かれずに飛ばされてちょっとびっくりしただけだから」

 

 

 姉は何知らないのかと、聞いてみるが。答える気がないのか、単純に知らないのか。非常に曖昧な答えが返ってきた。

 

 

「そっか、ところでさ、おねーちゃんは体調とか大丈夫?何か変なところとかない?」

 

 

「え...?突然どうしたの。私は大丈夫、それよりも私はこいしの方が心配。サードアイまた開けたんでしょう?開けてくれたのはとっても嬉しいけど、無理はしないでね。戦闘はエルドラとお姉ちゃんに任せて。時間はかかるかもしれないけれど」

 

 

 姉とは、年長者とは、自立するか、自らが壊れるまで弟たちを護る義務がある。当然だ、強者は弱者を護るべき。家族ならなおさらだ。だが、彼は護ることができなかった。それもまた、彼の罪であり、後悔だった。もし、あの日に友人と遊んでいなければ、家にいれば、弟か妹、どちらかを救えた可能性がある。どれだけ過去を呪っても意味がないことは彼も理解していた。だが、人間とはそんな生き物だ。どうしようもなく愚かで、醜い。過去に執着し、喜び、後悔し、怒り、恨む。

 

 幻想郷の上空を飛行する彼は、竜から姿を人型に戻していた。やはり後方から何かが、迫っていた。

 


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