ステンドグラスを通り、色を持った光によって目を醒ます。声を上げることもなく、立ち上がり、伸びをする。昨日の事全てが夢なのかもしれないと思い部屋に置いてあった鏡に自分の姿を映す。紅い髪、この時点で夢ではなかったようだ。
「本当に現実か。これが」
「そうよ、これが現実」
背後から声をかけられる。俺が起きた時点ではこの部屋に誰もいなかったはず、ならこいつは誰か。その答えが出る前に体は動いていた。短剣を慣れた手つきで手に取り、一歩後ろに跳びのきながら回転。そのまま、その正体不明の首を掴み乱暴に地面に投げつける。まだ、立ち上がれないそいつを片手で固め、もう片方の手でナイフを当てる。
「速いわね。想像以上よ」
「お前はだ..チッ!」
質問をしようとした刹那その女が地面に何かを設置するというのを読心で先読みし、その女の体を踏み台に後ろへ下がる。しかし、その床からは女の姿が消えるだけで床には何の異常もない。
「私は八雲 紫。ここ幻想郷の賢者よ。その様子だと自分が覚妖怪になって居ることもわかって居るようね」
女の姿は見えないが虚空から声のみが聞こえる。いったいどんな能力を使っているのか。
「で、その賢者とやらが俺に何の様だ?」
こんな正体不明の能力を持った奴とは出来れば闘いたく無い。何せ情報が少なすぎる。
「貴方の状況について、教えに来たの。そんなに殺意は向けないで頂戴」
俺が覚妖怪になった理由か。正直、聞きたいところだったので無言でベットに腰を掛け意思表示だけをする。
「まず貴方が外の世界で死んだ。というのは事実よ」
それはそうだろう。あれで死なない人間はいない。妖怪の生命力は分からないが、あれだけすれば流石に死ぬと思いたい。それに外の世界では俺は人間だった。
「その後、霊となった貴方は地獄へ向かった。ここまでは正常だったの。しかし、ここで問題が起きた」
問題?
霊となって動いていた時の記憶は無いのでよく分からない。というよりか、霊になった記憶がない。
「何故か貴方は間違って幻想郷に入ってきてしまったの。ここには結界があって、実体を持つ者は私の許可がなければ入れないの。でも、貴方は霊になっていた。霊は実体を持たないから入れるのよ」
要するに幻想郷は結界で囲まれていて実体を持つ者は八雲 紫の許可が無いと入れない。俺は死んだ後霊になり地獄に向かった。しかし、何故か幻想郷に入ってしまい更に何故か肉体を手に入れた。
という事か。なるほど、わからん。謎が多すぎる。
「そして基本的に外部から来た人間、外来人は能力を持って入って来るのよ」
「それが心を読む程度の能力か」
「いいえ」
違うのか。という事は自動的に俺の能力は2つになっている。読心があれば正直余裕で生きていけると思うが。
「で?その能力は?」
「変更する程度の能力よ」
変更する程度の能力?どこまで変更できるかによって、また使い方によっては割と強い能力のはずだ。だが、正直、そんなに使う機会はなさそうだ。読心のみでの十分生きていけるだろう。
「そうか。じゃあ俺は風呂に行く。またな」
正直、閻魔からの伝言などを期待していたが無いようだった。今は自分で考えて償えという事か。さっさと罰を与えれば良いだろうに。直ぐに罪状を伝え、願わくば凄惨に残酷に屈辱的な死を与えれば良いだろうに。
「風呂...行くか」
考えても仕方ないような気がしたので風呂へと向かう。部屋の扉を開けて左へ曲がった。どこに風呂場があるのかを知っているわけでは無い、だからこそペットの犬が居た左に曲がった。これは俺の直感的な予想だが。動物に風呂のある方向を聞けば、考えてくれるだろうと思ったからだ。予想通り、犬に声を掛け風呂の位置を聞くと無意識にタオルをもったさとりの行った方向を浮かべた。
正直ここまで上手くいくとは思わなかった。
「ありがとな」
そう言ってその犬の頭に浮かんだ通りに道を進む。この館は誰がやっているのか、いつも綺麗に掃除されている。
これだけ大きな館なら1日かけても掃除が終わらなそうだが。ペットにでも協力して貰っているんだろう。にしても、ここは地底という事もあり外は薄暗い。
別に、真っ暗では無いのは町の灯りと、きたときに見た天井の光源の影響だろう。そんなことの思いを馳せながらしばらく歩くと他の扉とは違う扉の部屋を見つけた。
どうやらここが風呂場の様だが入り口が1つしか無い、おそらく中で二手に分かれているんだろう。そう予測して扉を開ける。そしてすぐに扉が1つしか無い事に気付く。
「男風呂は無いのか?」
そう言えばこの館で未だに男に会っていない、考えれば街でも男の姿をあまり見なかった。
「おいおい、冗談だろ」
これはまずい。俺が入っているときに入られた場合、変態か何かかと疑われかねない。
もしも相手がさとりならばお互いにお互いの心を読んで逃げ場を自ら無くして行きお互いに自爆という事態まであり得る。それを回避するために服を着たまま風呂場の扉の前で叫ぶ。
「誰かいるかー?」
返事は無い、という事は恐らく中には誰もいないという事だ。これは中に人がいないかの確認だが、逆に俺が入っている間に人が来る可能性もある。そこで、ドアに近付き2つ目の能力を使い、扉の一部を変更し錠を掛ける。
まさかこんなにすぐ使う羽目になるとは思わなかった。だが、これで取り敢えずの安全が確保できたわけだ。
「やっと入れるな」
そう言って部屋の隅に並べられた棚に服を入れていく。他にも部屋中に棚が並べられていた。ここにいるペットが一斉に入れるほど大きくは無いだろう。
そういえば、服はどうしようか。ずっとこの服を着るというのは流石に衛生面的に宜しくない。
「行くか」
まぁ、今そんなことを考えても意味はないだろう。1つ息をつき2つ持ってきたタオルのうち小さい方を腰に巻き風呂場へと入った。ドアを開けると、そこは想像以上に大きく、所謂外の世界の温泉だった。湯気で湯船は見えないが床には石畳が綺麗に並べられている。
「これが家にあるのか...」
いや、ここまでの豪邸なら妥当なのかもしれない。まずは体を洗ってから湯船に浸かる。これは温泉に浸かる前のルールというか常識だ。場所によってはかけ湯という物があったりするがここには見渡す限り無い様だ。
彼は体を洗うために周囲を見回す。
「何処にあるんだ?」
温泉の湯気が非常に濃く、見通しが悪いので見つけるのに少し時間がかかった。温泉街にも職業柄行く機会はあったがここまで湯気が濃いのは初めてだ。
「これか」
しばらく周囲をうろうろと歩くとそこにあったのはただ、出続ける水だった。恐らくこれで体を洗っているのだろう。
水は暖かいが水の出る場所が低い。正直洗いにくいだろう。近くにあった桶をつかんで渋々洗い始めようと思った時良い事を考えた。
能力を使い、あちらの世界のシャワーと同じ構造に変更する。
ただ、欠点もある。それは出る面積が減ったので水圧が非常に高い事だ。
「これは中々良い能力を取れたかもしれないな」
1人そう言って体を洗う。
シャンプーと石鹸はすぐに見つかったので体を洗いきるまでに時間は掛からなかった。
さて、風呂に入ろうか。そう思い、風呂場だろうと思う方向に近付く。
そこにはまた扉が、その先には先ほど服を脱いだ部屋が広がっている。
彼はまるで何もなかったかのように扉を閉め。反対方向、風呂がある場所へと歩いて行く。
ついに見つけた風呂にゆっくりと肩まで浸かる。異常なまでに熱かった。今考えればあの量の湯気が出ていたのだ。熱くない訳が無い。
だが、妖怪になったおかげか割と入っていれそうだ。そして奥に目を向けた時ある事に気付いた。
「何だあれ?」
何かがある。それは浮いているのか浮き沈みを繰り返しながら水面に波紋を広げている。彼は少し警戒しながらそれに近づいていく。ある程度まで寄るとそれはピンク色の髪をし、目を閉じて石に寄りかかりながら眠る無防備なさとりだった。
寝ている可能性も考慮すべきだったと先程立てた作戦の欠点を頭に入れる。
だが、起こすべきだろうか。ここまで安らかに眠っているのだから正直、寝かせた方が良いのでは無いかという考えが過ぎる。だが、ここは風呂場だ寝かせておくのは危険だろう。それに風呂の水も熱い為、気絶している可能性も無くはない。
「おい、死ぬぞ。起きろ」
彼は溜息を吐くと、さとりの肩を出来るだけ優しく、だが確実に起きる程度に揺する。
「う、うーん?」
さとりはゆっくりと目を覚まし、正面にいるここにきたばかりの少年を見る。寝ぼけた頭が状況を整理して行くうちにとある事に気付いてしまった。ここは風呂場だ。その事実に気付くなり反射的に悲鳴をあげて立ち上がる。
何故立ち上がったのか?彼は正直そうとしか思えなかった。素直に浸かっていれば濁った温泉の影響で見えなくて済んだものが一気に彼の目に刻みつけられる。
一部を手で隠してはいるが、隠しきれておらず返って扇情的だ。未だに未発達の幼い双丘の上にある2つの《さくらんぼ》、細い腰回り、そこまで見て彼は目を逸らす。それ以上、下はまずいと彼の勘が告げたからだ。
「な、何でここにいるんです?!」
まず座ってほしい。正直、異性の体を見たところでどうとも思わない。だが、俺が疑われかねない。
(まず座れ)
心の中で思ってみるがさとりは心を読むという事を忘れるほどに焦っている様だ。未だに立っているのだろう。まだ振り返れない。
「あー、そんなに見せたいのか?その体を」
それを聞いた瞬間、さとりは正面に居るのが男だったということを思い出す。そして水飛沫を上げながらまた湯船に浸る。
その水飛沫を聞いた彼は顔をさとりに向け直す。
「取り敢えず。覚妖怪なら心を読もうか」
彼は、自らの脳裏に焼き付いてしまった目の前に立って居る少女の裸体を忘れるように目を瞑りながらそう言った。