【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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48話 Under The Moon

「じゃあ、行ってくるね」

 

 

 帰ってくるわけのない返答。彼はまたその日の仕事へと向かう。ユウに聞いた真実。それが本当であるならば。

 いや、まずは異形を殲滅しよう。

 一瞬頭を横切ったものから目をそらし、扉を開いて外側から施錠。自らのいる座標を変更、幻想郷へ移動する。

 今回は竹林の様だ。だが、青々しい竹は全て血塗られ、所々に未だに鈍く月の光を返す肉片が転がっている。足元には臓器が大量にばら撒かれ、死後何日か経過した異形が腐廃、そこに集った蝿が異形となって肉を貪っていた。

 

 

「なるほど、ここの生物全てを殺さないと無理か」

 

 

 指を鳴らし、正面で肥大化、肉の塊と化した醜い蝿だった物が変貌を遂げる前に、少年もまた醜い異形となり、生えそろった鋭い爪で引き裂き、食らい、数秒のうちに肉塊の小高い山を作る。

 

 

「...galuuu....」

 

 

 どうやらこの身体ではヒトの言語が話せなくなるらしい。口に残った汚物にも似た腐臭を放つ血肉を吐き捨て、月に向かって飛翔する。

 そんな彼を突如空間から突き出た刀が取り囲み、火球が直撃、黒煙に包まれる。その黒煙に向かい遥か上空から星屑と錯覚するほど大量の矢が降り注ぎ、更にその上から豪勢な寺の屋根が突然現れ落下。轟音と共に粉砕される。更に、眼前に2人の少女が現れ、刀を抜き、扇を構え。その前に真紅の目を輝かせたウサギが背に因幡の白兎を乗せ、ライトマシンガンを乱射、鼓膜を殴りつけるような銃声と共に硝煙が上がり黒煙に大量の風穴が空く、兎が再装填のモーションに入るやいなや扇が振られ、その扇の作った風を浴びた直線上の物体が全て消滅。突如、竹林は更地となった。

 

 

「やったか?」

 

 

「まだよ」

 

 

 薄紫の髪を黄色のリボンで止め、ポニーテールに固めた白くて半袖・襟の広いシャツのようなものの上に、右肩側だけ肩紐のある、赤いサロペットスカートのような物を着用し、腰にバックル部分に剣の紋章があしらってあるベルトを巻き。また、右腕に金色のブレスレットを二つ着けている少女がとどめを刺そうと刀を抜こうとするが。それをその真横に立っている腰ほどもある長さの金髪。瞳の色は金色。服装は、白くて長袖、襟の広いシャツのようなものの上に、左肩側だけ肩紐のある、青いサロペットスカートのような物を着ている少女が右手で静止する。

 

 

 黒煙が晴れた先には一体の黒龍。腕は千切れ、身体中には木片と矢、大量の風穴が空き。その穴から月光が差し込む。だが、落ちることもなく、これ必然と言わんばかりに微動だにせず飛んでいる。

 地上から炎の羽を生やし、超臨戦状態で現れた妹紅が正面に大量の業火球を生成、一斉に照射する。

 一切避ける様な仕草は無く、全弾命中、夜が明けたのではないかと錯覚するほどの熱量で竜を焼いていく。黒煙が上がるがやはり竜は落ちない。

 黒煙が晴れるとそこには何故か無傷の竜がいた。

 

 

「超回復か?」

 

 

「なら、治癒できないほどに燃やすだけです。愛宕様の火」

 

 

 薄紫の髪をした少女の右手が炎と化し、竜までの空間を焼きながら直撃。人類では作り得ない神の白炎に包まれた黒龍はその輝きの中に隠された。

 

 

「依姫様ッ!」

 

 

 突然背後から鈴仙が依姫を突き飛ばす。刹那、頭のあった場所にライフルの弾が通過、鈴仙は()()()()擦過傷で済み、空中で体制を立て直す。切れた頬から血が滴るが気にしてはいられない。そんなことよりも、今の銃撃が気になった。あの超高温の中をどうやって通ってきたのかもそうだがそれ以前に、どうやって狙いを定めたのか。あの光は完全に竜を包んでいた、なのになぜ、あんなにも正確に依姫様の頭部を狙えたのか。乱射したならわかる。だがあれは、一発だった。その疑問に絶望的な回答がされる前に、彼女の意識はこちらに引き戻される。

 獄炎を超えた神の炎で焼かれている竜の体が崩壊し、ヒトの形をした異形が現れる。まるで中世に作られた鎧をまとった様な滑稽な姿をし、その手には鎧には似合うことのない漆黒のライフルが握られていた。

 

 

「助かりました」

 

 

「いえいえ、それより今は正面のアレに集中して下さい」

 

 

 鈴仙は次に背にかけてあった、ガトリング砲を構え、一斉照射。最早ありえない様な弾道を描き、小さくなった標的に全弾向かっていくが発砲音はあっても被弾している気配が無い。数秒間打ち続けた後に諦め、ガトリングを放棄する。これ以上は逆に撃ち返されかねない。何も見えないような状態であの精度の銃弾を放つような相手に下手なスキは見せないほうが当然身のためだ。

 

 

「アレの数センチ手前で消滅している様です。豊姫様」

 

 

 発砲をやめ、鈴仙は銃を地面に落とし。拳銃を二丁構える。確証があったわけではない。だが、命中音がしない、あの鎧にあたっているのなら多少でも金属音がするはずだ。

 

 

「炎の熱で溶けたのか?」

 

 

「失せろ」

 

 

 黒龍が突然口を開き、彼の前の少女達に衝撃が走る。一部はこいつは話せるのか、と。そしてまた一部には恐怖、絶望、そして疑問。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

 妹紅の顔色と、波長の変化に気づき、鈴仙が声をかける。正常では無い、これは、死を悟った者の波長だ。だが、彼女は不老不死、本来死に対する恐怖など昔に忘れてしまっているはずだ。でもこの声は、どこかで聞いたことがあるような...?

 

 

「嘘だろ...?」

 

 

「何を言っているんです?」

 

 

 その様子を見た依姫があきれたように妹紅を見下し、男から目を離した。その瞬間だった。男の姿が消え、依姫の正面に現れ、首を絞め上げる。異形の力を持ってして締め上げられた首は一瞬にして悲鳴をあげる。もがくが当然その程度では異形の腕力にかなう訳もなく、手にもって刀で体を切断しようとするが刃がはじかれた。

 その横で事の一部始終を見ていた金髪の少女が一瞬愕然とし、動けなかったが直ぐに気を取り戻し、扇を振り下ろす。刹那、黒龍の体は木っ端微塵になり、依姫をつかんでいた腕以外が消えた。そのまま後方の竹林がまた更地と化す。

 

 

「あいつは、秦 空だ」

 

 

 その発言を聞き入れた瞬間に鈴仙とてゐ、後方で援護している永琳にも戦慄が伝播した。なぜ、感染してしまっているのか。既に異形化による状態変化は知れ渡っている。そして、彼の能力は異形の現れた直後、八雲 紫によってなぜか突然幻想郷中に伝えられた。当然、その結果彼がどの様な生物になるか。それが理解できない様な知能の持ち主ではない。

 

 

「そんな、なんで空さんが?」

 

 

「引いて!引くのよ!」

 

 

 後衛で援護に徹するはずの永琳が竹林から現れ、豊姫と依姫に撤退の指示を出す。当然だろう。彼の能力は「変更する程度の能力」これに対する強化と言われれば、その効果を及ぼせる範囲の他にはない。そうなれば、彼の気分次第で、生を死に変更されるという可能性も最悪あり得る。能力の変更ですらしてきかねない。その時点で、彼の前では誰も不死身ではいられないだろう。不老不死すらも変更できる筈だ。なら、不老不死であることがばれなければいいと思うものもいるだろうが、彼はまずまずさとり妖怪だ。そのものが、どんな力を有しているかなど、見ればわかる。

 

 

「何を言っているんです?」

 

 

月の住民であったが故に幻想郷の情報に疎かった二人は理解できない。無理もない話ではあった。彼は幻想郷に着てまだ間もない。情報は薄く、新聞で伝わっているといっても、月までは時間がかかる。

 

 

「邪魔だ」

 

 

 闇に溶ける様な口調で放たれたその言葉の直後、10メートルほど先に突然彼が現れ、上空に様々な凶器が生成、一斉に落下を始め、彼の横に銃火器を携えた人形が並ぶ。

 

 

「fire」

 

 

 竜の号砲の刹那、銃火器の銃口が一斉に向けられ火を噴き、この世にあるであろう全ての凶器が具現したかと錯覚するような鋼鉄の雨が、天の裁きとはこれであるとでも言いたげに降り注ぐ。

 

 

「金山彦命」

 

 

 降り注ぐ凶刃と鈍器、正面からの完全な制圧射撃。誰が見ても生き残れる希望はない。だが、凶刃降り注ぐ中から聞こえた声の直後、一斉に凶器が向きを変え、意思を手に入れたかの様に黒竜に襲い掛かる。竜は器用にも一本目に飛来した直剣を握り、それを用いて凶刃を捌いていく。それが壊れかければまた異なった武器を握る。その繰り返しで、ついにはすべての武器を捌ききった。まるで、すべ

ての方向が、未来すら見えているかのような太刀筋にさすがの依姫たちも警戒を始めるが、あまりも遅すぎた。

 

「成る程、これまでと同じ様に戦うと痛い目どころか、死にますね」

 

 

 凶刃の降り注いでいた中から無傷の依姫達が現れる。自らの作り上げた武器を捌ききり、最後に握っていたメイスを捨て、黒竜は平然と見返す。無言のまま、黒く歪んだ爬虫類の爪の生え揃った腕を突き出し、サードアイを胸元に復元する。

 

 

「想起」

 

 

 短い言葉だった。本来はなかった物が突然現れればそこに一瞬でも注意が向く。敵対しているならば、尚更のことだろう。敵の一挙手一投足に警戒しなければ武人は名乗れない。逆に、それを利用した彼は、そのまま瞬時にトラウマを探し出し、幾度にもわたって想起する。狂った様な声をあげ、正面の少女たちが落下していく。それを追って、脅威は去ったと思われた。

 視界が赤い、もう活動限界か。そろそろあちらに戻らなくては。

 いや、これは

 

 

 気づけば自らの心臓部分に大穴が開いていた。

 

 

「見つけたわよ。秦 空。いいえ、今は異形と呼んだ方が良いのかしら?醜いものね」

 

 

 視界が赤いのではない、月が、周囲が赤く染まっていた。腹から滝の様に流血、一般人では即死だろう。だが、彼はもう人間でもなければ妖怪でもない。

 

 

「次から次へと」

 

 

 けだるそうな瞳が見つめる先には、赤い月を背景に蝙蝠の羽の生えた女とメイド服の女、魔術師らしき者、中国の戦闘衣装を着込んだ女が並んでいる。

 

 

「何の用だ」

 

 

「妹を返しなさい」

 

 

「断る。それに今は俺も何処にいるか知らない」

 

 

 その返答を聞いた瞬間突如周囲にナイフの群れが現れ、胸に空いた風穴に殺到。爆散。金属片が体の内部を抉る。能力使用で回復を図るが能力が発動しない。限界が来てしまったのかと思ったがそうではないらしい。

 

 

「無駄よ」

 

 

 後ろにいた魔術師の周囲には魔法陣が形成されている。封印系統である事は間違いない。だが、それがわかったところで、そこに行き着く事は不可能だろう。障害が多過ぎる。楽をするなら銃などで貫くしかないが。

 背に蝙蝠の羽根を持った吸血鬼が真紅に輝く槍を再度投擲。右に躱すがそれを読んだかの様に槍も動きを変え、右腕を吹き飛ばす。恐らく和解は不可能。能力での反撃も出来ない。それにサードアイによるトラウマ想起も恐らくそろそろ克服される筈だ。となれば、今目の前にいる吸血鬼と、さっきの女達を相手にしなくてはいけなくなる。そうなれば、このまま殺されてしまう可能性が非常に高い。やろうと思えば不可能ではないが、能力の過度な使用は避けたい。それに、彼女たちに物理攻撃を仕掛ければ、異形になってしまう可能性がある。それが最もまずい。

 

 

「抵抗はさせませんよ!」

 

 

 一瞬で距離を詰めてきた中華服の女の正拳突きを右胸に受け、怯んだ隙に正面で回転、裏拳で左胸にも打撃。人間ならざる腕力でもってして残っていた肋骨は砕け、肺に突き刺さる。呼吸は出来ず、口からは血が溢れ、腑からは白銀のナイフでズタズタになった臓物がのぞいている。生命活動を終えるには十分すぎる深刻なダメージだ。だが、彼は墜ちない。

 

 

「なるほど、さすがは異形。耐久力が高いな。だが、これで終いだ。聞いていたほどでも無くて残念だったぞ。秦 空」

 

 

 再度生成された深紅の絶槍が彼の頭部に投擲される。赤い奇跡を空に描きながら回避不可の槍が頭蓋に突き刺さる。筈だった。

 

 

「まだだ、まだここで終わるわけにはいかない。なめるなよ、屑どもが」

 

 

 上空で見下すように飛んでいた吸血鬼の目が見開かれる。無理もない、もう死にかけの魚のような人間が、残された左手で深紅の槍を捕らえていた。更に、浸食され黒く塗

りつぶされていく。

 

 

「咲夜、やれ」

 

 

 しかし、こんなことではまだ吸血鬼は焦らない。銀髪のメイドが頷き、能力を発動。瞬間的に彼の周囲をナイフで覆い、帰還する。静止していたナイフが一斉に動き出すがそれと同時に彼は龍に還った。厚い龍鱗にナイフは阻まれ刺さる事なく落下して行く。胸部には未だには大穴が開いているが、異形に戻ったことで即座に修復された。

 

 

「異槍 スピア=ザ=グングニル」

 

 

 龍は握っていた槍を投擲、それは空間を割き、一切の残光も無く。音もなく、吸血鬼の体を貫く。あたった瞬間に体中の全神経に毒が回り、ただ吸血鬼は地上へと落下。竹林の中へ姿を消す。

 

 

「お嬢様?!貴様ッ...!」

 

 

 いつものように時間を停止、龍の周囲にナイフを撒くが。あろうことか停止した時間の中で龍は動き出し、人間体に変移。右手に作り上げられた拳銃の銃口を魔術師に向け、発砲。停止した時間の中で弾はゆっくりと魔術師へと向かいその直前で停止。その銃弾がの陰から銃弾が生まれ、瞬時にナイフと同程度の量の銃弾と化す。

 

 

「異刻 ルナ=クロック」

 

 

 大量のナイフが人間態に戻った彼に殺到するが全て蒸発していく。ナイフと同時に動き始めた薬莢は魔術師の眼前に立ちふさがったメイドの女によって弾かれる。だが、当然すべて弾ける訳もなく、カバーの遅れた足にうけた銃弾の痛みに一瞬ひるんだ瞬間数発の銃弾に四肢を貫かれ落下。更に、魔術師の前に立ちふさがった女に銃弾がはじかれ、魔術師は無傷。

 

 

「封印が効いてない?」

 

 

 魔術師は状況の割には至って冷静そうな声とともに再度魔法陣を形成、しかし効力を発揮しない。

 

 

「なんで?なんで効かないのよ!まぁ、いいわ、日符 ロイヤルフレア!」

 

 

 突如現れた業火が彼に向かって飛来。それをただ、見ると。

 

 

「異炎符 ロイヤル=フレア」

 

 

 全く同じような宣誓の後、飛来する業火の数倍はあろうかという蒼炎が業火を包み込み、そのまま魔術師を飲み込む。とっさに魔術で水を出して身を守ってはいたが、大した意味はなく、黒く焦げたナニカが落下して行く。

 

 

「パチュリー様?!こいつは本当に」

 

 

「異想起 テリブル=スヴニール」

 

 

 人間の姿を装っていた鎧が崩壊。内部から体の半分が龍と化した少年が現れ、その胸元に浮かぶ黒く澱んだサードアイが怪しく光る。

 

 

「しま...」

 

 

 残ったチャイナ服の女は気絶しそのまま落下、彼の周囲には再度静寂が訪れる。しかし、一方的な殺戮を終えた彼に近づく者がいた。

 

 

「お兄....さま?」

 

 

「成る程、無意識か」

 

 

 1人は胸元に血涙を流すサードアイを、1人はドアノブのような帽子を被った少女達。彼女たちは警戒は緩めずに少しずつ寄ってきている。

 

 

「ちょうどよかった」

 

 

 ボソリと一言呟いて、少女達と少年は幻想郷から姿を消した。

 

 


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