【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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47話 日常

 電車は何事もなく目的地に到着。さとりの手とうつろの手にはそれぞれ風に揺られて愉快そうに踊る買い物袋が下げられている。うつろは全て持つと言ったが。私のものですし私が持ちますと言うさとりも引かず、最終的にうつろが二人で持とうと提案し、今に至る。傍から見れば微笑ましい兄妹か、カップルだと思われるだろう。

 

 

「ところで、家に帰ったら下着を見てくれますか?」

 

 

 手に持った袋を揺らしながらさとりが俯きながら顔を赤らめている。

 

 

「いや、見せびらかすようなものではないでしょ?」

 

 

 当然だ。下着とは、見せびらかすようなものではない。それに、今日記憶を取り戻して今に至って居るというのに、さとりは少し俺に対して心を開きすぎている。まさか、幻想郷での記憶がまだ残っているのか?と一瞬危惧したが、根本的に記憶が消えたのは精神に対するストレスが限界値を超えた為だろう。俺はそこに対して外の常識を植えただけだ。それ以上のことはしていない。となれば、記憶が完全に消えていなかった可能性だが、それは確実に証明出来ない。何とも言えないだろう。調べようがない、読心をしたとしても俺の技術ではまだ、そこまで完璧に心を読むことはできない。

 

 

「お兄さんにだけ見せたいんです」

 

 

「なんで?」

 

 

 特に思いつく綺麗な返答もなかった為、単純な返答を返す。というよりか、あまり返答を考えていなかった。それ以降、さとりからの返答はなく。ただ、無言で帰路を歩く。空を見れば、陽は地平線に逃げていき、月が自らの主張を始めるような時間になっていた。

それ以降は特に話すこともなく歩き続け、月の主張が認められた頃には家の前に到着していた。鍵を開け、部屋に入ろうとしたうつろの裾が引かれ、さとりの方に向き直る。その顔にはどこか不安があった。

 

 

「お兄さん...異形は本当に居るんですか?」

 

 

「いるよ。今日もお仕事だから、早く夜ご飯を食べて寝よう」

 

 

 即答し、家に入っていったお兄さんの後を追う。何故だか、その背中が酷く小さく見えた。

 時計は既に6時を指している。今から外に食事に行ってもいいが、少し面倒だ。それにお互いに疲れているだろう。わざわざ外に出たくはない。

 手に持った荷物をさとりに渡し、ソファに腰掛ける。

 八雲紫の目もそろそろ警戒すべきだろう、ただ、八雲紫が来る来ないは別としてもさとりには幻想郷の記憶をどこかで取り戻してもらう必要がある。

 腕をまくり、未だに体に浮かぶ忌々しい鱗を見つめる。

 俺がこのまま正常で居られるのもいつまでかわからない。この鱗が俺の体を覆った時、常識的に考えればそこがタイムリミットだろう。あの薬のお陰で無効化出来たかと期待して居たが、まぁ、世の中そう上手くは行かない。

 

 

「お兄さん、どうしたんですか?」

 

 

「いや、なんでも無いよ。夜ご飯はカップラーメンにしようか」

 

 

「はーい」

 

 

 さとりは自分の服が入った袋を持って階段を軽い足取りで上がって行く。その姿を追った後、物置からインスタントラーメンを二つ取り出し、表層のビニールをハサミで剥がし、蓋を開ける。その後は、既に沸かされたお湯の入ったポットの水を入れるだけ。内側に記載された線まで熱湯を注ぎ、前もって出しておいた箸を重しに蓋を抑える。

 

 

「そういえば、お兄さんは。何のお仕事をしてるんですか?」

 

 

 振り向けば、さとりが階段を降りて来ていた。いつの間にやら服は買った物に着替えられて、手には着て居た服が下げられている。hopeと書かれた半袖のシャツに黒いフリル付きのミニスカート。初めて何を買ったのか見たが、センスは悪くはないんだと思う。

 

 

「服はお風呂場の前に置いておいてね、洗濯しておくよ。仕事は、みんなを守る仕事かな」

 

 

 嘘は言っていない。これは事実だ。幻想郷とその住民を護っている。だが、最も守りたいのはさとりだった。

 

 

「だからあんなに強いんですね!」

 

 

「まぁ、鍛えてるからね」

 

 

 力こぶを作るようなジェスチャーをし、良いお兄さんの役を演じる。

 そんな彼を見て、さとりは笑みを声を上げクスクス笑う。平和な日常、平穏な日常、だが、非現実的だ。

 さとりの記憶を戻せば、すぐに崩壊するだろう。あの異形に遭遇する直前までの記憶を戻すこともできなくは無い。だが、それでは、空白《ブランク》が生まれてしまう。そこに気付かれれば、脳が処理不可能に陥る。あの時病室で寝ていたのがさとりであればどうとでも適当な嘘をつけるが、寝ていたのは俺だった。となるとやはり、あの異形の記憶ごと戻す他ない。その際に、俺だけではさとりを支え切れる自信は無い。それに、俺にはタイムリミットがある。そしてその時間制限は悪質なことにいつ来るか分からない。そうなるとさとりの近くにいた存在がもう一人欲しいが、お燐とお空は従順なペットというだけで正直のところ、さとりを一切恐れていないというわけでは無い。となるとやはり、こいししか居ない訳だが、

 

 

「お兄さん?ぼーっとしてどうしたんですか?」

 

 

「ううん、なんでも無いよ。ほら、こっち、食べよっか」

 

 

「はい!」

 

 

 インスタントラーメンを手渡し、さとりの前に座ってラーメンを啜る。古明地こいしは、()()()()()()()()()()()()()()。まずまず、捜すとしても。無意識を操るという能力の性質上、彼女から出てきてもらう他ない。無意識は、どうあがこうが生まれるものだ。例え、この部屋のどこかにいると情報を渡され、捜そうとも。恐らく見つけることはできない。それほどに、捜索となれば困難になる能力だ。元暗殺者としては、最高な能力だと思うが、彼女がこの能力を得るに至った経緯を知れば、そんなことはまず言えない。さとりが捜せば出てきてくれる可能性はあるが、あの地獄にさとりを連れていくことはできない。まず、俺も異形となる時点で却下だ。だが、唯一遭遇可能だとすれば、古明地こいしもこちらを探していた場合、だが異形となった俺を見ても、読心がなければ気づくことはまず無理だろう。最悪、戦闘になる。それは、避けたい。お互いに無傷では済まないだろう、さらにその騒動を聞きつけて、異形が集まる。俺は座標を変えれば、逃げることは容易だが、古明地こいしはわからない。一対一ならば、無意識は通用するのだろうがそれが複数になった場合、果たして通用するのか。当然、異形一匹一匹で無意識が異なるはずだ。例え、可能であったとして妖力の消費は激しいはず、その前に俺と戦闘していたとなれば尚の事だ。

 

 

「ひうっ?!」

 

 

 妙な声が出た。なぜかと言われれば、恐らく俺が考え事をして視界が狭まった隙に立ち上がり、背後から脇を突いてきたさとりの所為だろう。不満げに後ろを向くと、さとりは噴き出すのを頬を膨らませて堪えていたが、俺の反応と表情によって、ついに崩壊。楽しそうな笑い声が響く。

 

 

「このやろぉ」

 

 

 何も思えないが、不満そうな表情をしてさとりを見つめ返すと立ち上がり、涙を流しながら笑っているさとりの脇を突く。

 

 

「ひぃっ?!」

 

 

「お返しだ」

 

 

 悪そうに笑ってさとりから手を離す。さとりは真っ赤になりながら再度彼の脇を狙うが上手い具合に避けられて逆に脇を突かれてしまう。気づけばさとりの方が地面にへたり込んでいた。

 

 

「まだまだだね、なんて言ってみようかな」

 

 

 笑いながら、椅子に座り、食べきったラーメンの汁を流しに捨て、空になった容器を軽く濯いで捨てる。

 

 

「あー、楽しかったです」

 

 

「久しぶりに俺も楽しかったよ」

 

 

 さとりに手を貸して身体を起こさせると、さとりは階段を登って上の部屋に帰って行った。

 もしかすると、さとりにとってはこちらの方が幸せなので、記憶を戻さないという手もある。

 幻想郷の住民は彼女を恨み、恐れ、排除した。だが、こちらにいればそんなことは無い。覚妖怪であるという記憶をこのまま奪っていれば、読心は出来ない筈だが、もし出来たとして口外しない限りは問題にならないだろう。古明地こいしもさとりを捜しているのなら、いつかは俺と遭遇する。恐らく、さとりを攫ったのが異形化した俺であることは察されている筈だ。

 今なら、能力を使えば、さとりが一生生活していくだけのお金は簡単に精製出来る、住民票も数値ごと変更してしまえば良いだけの話だ。そしてさとりには今のうちに違う場所に家を買い与えればいい。この見た目で買うのは少々危険だろうから少し変更するか。こいしがいれば、2人で仲良く暮らすのもありだろう。その分のお金でも簡単に作れる。だが、いつ円の価値が暴落するかわからない。宝石でも作って持たせておくか。

 だが、それをすれば八雲紫が黙ってはいないだろう。ならば、一層の事幻想郷ごと潰してしまうか?

 少年は椅子に座りながら頬杖をつき、息を吐く。

 いや、それは出来ない。俺は自分がどうなろうが幻想郷を護れと命じられた、その時点で幻想郷は破壊できない。逆に異形が幻想郷を破壊するのを待つというのもあるが、それも自らがどうなっても、という一文のせいで俺が死ななくてはならない。こいしを見つけた後に自殺というのも、あるが恐らくこの命令では自殺も出来ない。それに死ねば、この体は恐らく異形に乗っ取られる。そうなれば止めれるものはそうそういない。幻想郷の者で勝てるかどうか、もし負ければ間違いなく幻想郷は崩壊、外に異形が溢れ出す。そうなればさとりを外に逃がした意味がない。

 この物語を幸せに終えるには、まず俺が異形を全員殺し、異形の元凶を特定し、最後には俺を殺してもらう必要がある。だが、あの異形の量からして恐らく遺体から発生しているわけではない。幻想郷にあれほどの人口はいなかったはずだ。あれを俺が異形になる前に殺すには幻想郷に留まる必要があるだろう。

 

 

「無理だな」

 

 

 少年は1人。重すぎる枷をかけられ、足掻いていた。どうしても来るであろう時間制限。無限に沸く敵。元凶に関する情報は一切無い。情報集めもままならない。

 

 

「詰んだか、何処で誤ったんだ?俺はそれなりに動いた筈だ。感情がない人間の割には。それでも他人すら幸福に出来ないのか?」

 

 

「その通りだよ。暗殺者、いいや、新月の彼岸花。作られたものにして感情のない機械であり、生粋の大罪人よ」

 

 

 顔を上げるとそこには夢で見た黒の外套を纏った男が立っていた。相変わらず顔はモザイクのようにぼやけている。

 

 

「一体、何処から入ってきた?」

 

 

 即座に右に短剣を生成。椅子から跳びのき、構える。一切の気配がなかった。まるで無から現れたような。

 

 

「私は、ユウよ。貴方にこの世界の真実を教えてやる。君はきっと、成功する」

 

 

 目覚めると見慣れない翠の髪をした少女に見下ろされていた。少しずつ見慣れてきた天井と、外から聞こえる戦乱の声。今この瞬間も異形は迫ってきている。だが、秦 空というたった1人の人間に大半の異形は串刺しに、あるいは鉄の塊に撃ち抜かれ絶命したためあの時ほどの勢いはない。事実、前線に回される妖怪は減り、今こうしてフランドール・スカーレットも睡眠を取れていた。

 

 

「こんにちわ。フランちゃんって言うんだよね?お話があるの」

 

 

 見たことがない少女だった。なにを考えているのか全くわからない虚ろな翡翠色の瞳に吸い込まれそうになる。

 

 

「貴方は誰?」

 

 

「私はこいし。古明地こいしよ」

 

 

 こいしはフランの上から降り、寝台に腰掛ける。

 聞いたことはあった。古明地家は姉妹である、そして古明地さとりは姉であると。その情報からこの前に現れた少女が何者であるか軽く把握し、体を起こす。

 少しはだけていたネグリジェを直し、こいしの横に座る。

 

 

「おかしいと思ったことはない?」

 

 

 なんの前触れもなく、突然話は始まった。

 

 

「何を?」

 

 

「なぜ異形の勢いが止まったのか。何故あの時の量が攻めてこないのか。本当にあの程度の進軍なら今いる面子で強行突破、地上の奪還を何故しないのかって」

 

 

 思っていなくはなかった。事実、今は1日に数体の異形が来るのみだ。あの時の勢いがどこに行ったのか。そこまで減ったのならなぜ八雲紫は地上へ進まないのか。

 

 

「そうだよね。思うよね。そこでもう一つ。死体も見つからなくて、そのまま行方不明になった人がいるよね」

 

 

「お兄様のこと?」

 

 

 確かに、秦 空ことフランにお兄様と呼ばれ、慕われていた少年は死体も見つからず、古明地さとりは圧倒的な何かによって攫われた。現在、地底の管理はお燐と呼ばれる化け猫が行なっている。

 

 

「そう。でも、心当たりはあるんでしょ?お兄ちゃんがどうなっちゃったのか」

 

 

 認めたくはない真実。これを認めれば、敗北は確定すると行っても過言ではない。ここ数日で異形になった場合どのような変化が起きるのかが分かってきた。

 まず、能力の超強化、身体能力の飛躍的向上、妖力、体力の概念の喪失。もしもこれが秦 空に起きた場合悪夢以外の何者でもない存在が顕現する。

 

 

「お姉ちゃんがさらわれた時、人型の竜がいたよね」

 

 

「何故それを?」

 

 

 確かにあの時竜はいた。だが、それがなんであるかはわからなかったし、まずまず戦闘にすらもちこめなかった。それほどまでに次元を逸した敵だった。

 

 

「私は覚妖怪だから」

 

 

 正面の少女の胸元には生々しい傷のついたサードアイが目を開けていた。充血した眼球からは常時、少量の血液が滴っている。

 

 

「その竜の姿をした異形が地上で毎晩突然現れて地底に向かう異形を大虐殺してるの。今地上は地獄の具現の様な状況。山の様に積まれた異形の死体。そしてそこに集った虫が異形化、その異形をその夜のうちに竜が狩る、これが続いてる」

 

 

 何故、その竜が異形を狩っているのか。それは既にフランにも理解できていた。あの竜はお兄様だったということだ。そして、自動的にさとりを連れ去ったのもお兄様ということになる。

 

 

「貴方に協力して欲しいの」

 

 

「何を?」

 

 

「お兄さんが正気かどうか確かめて、可能ならお話しする」

 

 

「危険すぎる」

 

 

 当然だろう。あの竜にお兄様の面影は一切なかった。異形化は完全に終了していると考えて間違いないだろう。となれば、理性が残っている可能性は非常に低い。他の異形を屠っているのも、まだ異形化前の意思が生きているだけという可能性が高い。

 

 

「私は今、この目を閉じたり開いたり出来るの。私の能力は無意識を操る程度の能力。目を閉じていれば他の異形には襲われない。でも、お兄さんが正気かどうかはこの目を開かないと分からないの。でも、開くと無意識は使えない。その間、貴方に私を守って欲しいの」

 

 

「一体どれくらいの異形を相手すればいいの?それによって答えは変わるわ」

 

 

「多くて20くらい」

 

 

不可能ではない数字だった。当然、種類にもよるが、夜であるなら吸血鬼の能力も最大限使える。

 

「なら大丈夫。でも、何を話すの?」

 

 

「お姉ちゃんのところに行きたいの」

 

 

「なるほどね」

 

 

 フランには理解できない感情だった。何故なら彼女は家族からの愛を知らない。姉は私を地底に閉じ込めた奴という認識だ。それに従う咲夜、パチュリー、美鈴、全てが憎かった。

 

 

「いつ始めるの?」

 

 

「今日」

 

 

「わかったわ」

 

 

 フランにとっても、秦空が未だに理性を保って生きていていれば、それに越したことはない。異形となって、能力が大幅に強化された彼なら、その気になれば彼1人で異形を滅ぼす事も出来るはずだ。だが、もしもそれだけの戦力が敵に回る場合。

 

 果たしてだれが彼を止めることができるのか

 

 


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