【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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46話 ケツイ

 目を開けると、そこには白い天井。外は既に明るく、日差しが照っている。寝ぼけながら被っていた布団を退け、周囲を見渡す。

 

 

 ここは何処だろう。いや、それ以前に私は誰だろう。

 

 

「おはよう」

 

 

 声の主人を探し周囲を見回すとベットの横に置かれた椅子に見慣れた筈の黒髪の少年が座っていた。髪に艶はなく、彼の黒い瞳は彼女のみを写している。

 

 

「すいません、ここは?」

 

 

「ここは俺と君の家」

 

 

 茶髪の髪の少女は寝台に横になりながら少年を見つめる。

 

 

「すいません、何も思い出せなくて」

 

 

 それを聞いた少年は、少し考える様なそぶりを見せる。

 

 

「名前も?」

 

 

「はい」

 

 

「成る程」

 

 

 目を瞑り、悲壮に歪んだような表情を浮かべる。だが、そこに感情は無かった。

 

 

「君の名前は秦 さとり。そして俺の妹」

 

 

 疑う要素はない。別に危害を加える様な雰囲気も無い。少年から悪意は感じ取れなかった。だが、善意も感じることができなかった。正確には、何も感じ取れなかった。

 

 

「状況を説明しておこうか。俺たちは化け物に襲われて。今は逃避行中。さとりはその時のショックで多分記憶を無くしたんだろう」

 

 

「化け物、ですか?」

 

 

 到底信じられない話だ。熊などは聞いたこともあるし見た事もあるけれど。この世界に化け物なんていないはず。

 

 

「でも安心してくれ、俺が何としても護り抜く」

 

 

  少年は軽く微笑む。随分と自然な笑顔だが、その瞳に色はない。

 

 

「ありがとうございます。お兄さん」

 

 

 護ってくれると言ってくれるなら大丈夫だろう。それに、やはりどこかで見たことがある様な気がする。関係までは思い出せないけれど、きっと大事な人だったんだろう。もし、兄で無かったとしても悪い人ではない筈だ。

 

 

「お兄さ........。まぁ、いいか」

 

 

 少年は頭をかくと立ち上がり、なれた足取りで扉の前に向かい、ノブを引く。

 

 

「お兄ちゃんの方が良いですか?それと........貴方の名前も思い出せないんです」

 

 

 お兄さんの動きが止まる。ノブから手を離し、顔だけ振り向くと無機質な笑顔で告げる。

 

 

「俺は秦 うつろ。呼び方はお兄さんのままでいい。家を案内するから動こうか。立てる?」

 

 

 頼むからやめてくれと言わんばかりの拒否。どうやらお兄ちゃんと呼ばれるのは少し気恥ずかしいらしい。

 

 

「はい、大丈夫です。お兄さん」

 

 

 そう言って立ち上がり、うつろの後に続く。開けられた扉を通るとそこには優しい勾配の階段があった。左にも1つ部屋があるがきっとお兄さんの部屋だろう。その部屋には案内されず。階段を降りたお兄さんの後を追う。階段を降り切ると、そこはリビングで少し大きめのテレビと革製の白いソファー。そのまま、簡単に風呂場と冷蔵庫の位置を教えられた。

 どれも2人で暮らすには充分すぎるものだった。風呂場は清潔感に溢れ、部屋には埃1つ落ちていない。食器も十分にある。

 

 

「外に出なければ、何をしてもいいよ。何か食べてもいいし、お風呂に入っても良い、テレビを見ても良いよ」

 

 

「わかりました。お兄さんはどうするんですか?」

 

 

 そうだね、というと腕をまくり腕時計を見て何かを考えたかと思うと。

 

 

「仕事まではまだ時間あるから自室でゆっくりしてるよ」

 

 

  じゃあ、と一言言った後、そのまま自室に階段を1つ飛ばしで登って行ってしまった。

 そのお兄さんを見送り、部屋を見回す。特にお腹が空いているわけでも無いのでおもむろにソファーに腰掛け、テレビのリモコンを持ち、電源と書かれた赤いボタンを押す。心地のいい機械音の後、テレビに灯がともり、色とりどりのライトが映像を映し出す。どのチャンネルも興味を惹かれる様な内容ではなかった。天気予報、子供向けの教育番組、批判だけする人々。息を吐いて電源のボタンを押すとプツンという音と共にテレビは黒を映し出す。

 少し体が怠い。立ち上がり、階段を登り先程自分の寝ていた部屋に入る。そのままベットにダイブ。枕を抱くと、そのまま目を閉じた。

 

 

「取り敢えずは、成功だな」

 

 

 一方のうつろもベットに横になっていた。

 体は人間のものになっている。あの後、さとりを連れて外の世界に逃げて来た。幻想郷があの状況なら外の方が安全だろうと言う予想の上だ。あの量の異形相手に守る者を置きながらでは戦いにくい。紫がいつか外に出れば消えてしまうと言っていたが。覚妖怪ならばそれは問題無いだろう。サードアイはどこかに消えたものの読心は健在だ。当然だろう。覚妖怪は人間の心を読みたいという願望と、読まれるという恐怖から生まれた妖怪だ。未だに人間にはそれは克服できていない。となれば当然消えるわけもない。

 さとりに関しては予想通り、心の自己防衛が働き記憶喪失の状態になっていた。心が壊れる前に記憶喪失になるという情報は本当だったらしい。取り敢えず、常識を変更し、外の常識に合わせた。

 この家は俺が暗殺者をやっていた時の物だ。今だに残っていたことが驚きだが、まぁ。まだ俺が行方不明になってから一ヶ月は経っていない。そんなすぐに取り壊す訳にもいかなかったのだろう。だが、メーターが動いたとなれば何かがいると思われることは避けられない。司令は死にかけと聞いているが俺の存在を知っている者はアイツだけではないだろう。誰かが来てもおかしくない。だが、その時は記憶を変更して返してやれば問題ない。俺にとって都合のいい情報を流させるか、尋問した上で俺の存在を知っている者の名前を聞き出し、そいつの記憶から俺の部分を変更して適当な物に変えておけばいい。

 そして、ここでさとりと暮らしつつ、夜になれば幻想郷に行き異形を狩る。

 もう一つ、あの謎の薬はどうやら異形化をコントロールする物だったようだ。異形化してわかったことは3点。

 

 能力の強化

 

 骨格の変化に伴う身体能力の強化

 

 妖力の喪失

 

 事実上、俺の能力はどうやら、全てを変更できるようになった。妖力を喪失した為、もう使えないかとも思ったがどうやら別の部分から持って来ているようで能力をどれだけ乱用しようが倦怠感は無い。実質使いたい放題だ。だが、何を消費しているのかわからない為、やたらめったらに使うのは良くないだろう。全ての事象、動作は何かを犠牲に機能する。動作であれば動力。建造であれば素材、労力。平和であれば、死。

 そんな事を考えてこれなら先の事をぼんやりと考えていると、既に時計は9時を指していた。そろそろ一度仮眠をとるかと思った時、扉がノックされる。

 

 

「すいません、入ってもいいですか?」

 

 

「うん、良いよ」

 

 

 直ぐに一度思考を放棄。兄の仮面を被り、さとりを部屋に招く。

 だが、さとりは扉から体は出さず。頭だけを出している。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「服は、何処にあるんですか?」

 

 

 ああ、成る程。忘れていた。ここには俺の服はあってもさとりの服は無い。今この場で幻想郷で見たさとりの下着のサイズを頼りに作る事も出来るが、それをすれば幻想郷の常識を失ったさとりに少しでもあちらの常識を戻すことになる。今のさとりはただの少女なのだ。なんの力もないただの少女。

 

 

「今日ここにきたばかりだからね。明日買いに行こうか。今は取り敢えず俺の服を着ていてくれる?」

 

 

「は、はい」

 

 

 そういうと、部屋の奥のクローゼットから適当にとったワイシャツと寝間着のズボンを取り出し、扉を開けてさとりに手渡す。さとりは裸にバスタオルを巻いた状態だった。突然出てきたことに驚いてタオルを落としかけ真っ赤に染まるさとりを気にもせずに、ごめんね。とだけ言い自室に帰る。

 

 

「ひと眠り、するか」

 

 

 目を覚ますと外は既に暗い。時計を見ると2時を指していた。音もなく扉を開け、リビングへと降りさとりがいない事を確認すると扉を開けて外へ、外から能力で追加した鍵穴を使い鍵を閉め指を鳴らす。

 目を開けるとそこは森の中、ただ、命の息吹は全く感じられない。鳥は泣かず、花は萎れている。月すらも厚い雲に隠れ闇が支配していた。

 

 

「始めようか」

 

 

 瞬時に姿が戻る。黒い竜になり、闇に姿が溶けていく。

 少し飛ぶと眼下に異形の群れが見えた。指を鳴らす。突如空に生成された様々な凶器が重力に従い落下。悲鳴が、嗚咽が、叫びが木霊する。だが、そんなものに反応する情を彼は持ち合わせていない。漆黒の羽を広げ目についた異形を殺戮していく。例え、何があっても生き残らない程、凄惨に、冷酷に、残虐に。残されるのは壊れた異形と血液の滴る凶器。

 日が昇るのを合図に、竜は人へと戻り、大切な者の場へと帰っていく。

 家の前と自らのいる位置を変更し、未だに明かりの差し切らない住宅街へと出現。鍵を開け、自分の寝室へ、風呂に浸かり一仕事終えた体を癒すため、眠りにつく。体には変更でも何故か隠しきれない鱗が残っていた。

 

 

「おはようございます」

 

 

 目を開けると、目の前にさとりの顔があった。部屋に置かれた時計を確認すると10時を回っている。寝すぎだ。

 

 

「うん、おはよう。買いに行こうか」

 

 

 片目で、さとりを確認する。クマもない、疲労感も感じられない。どうやら、問題はないようだ。だが、問題があるとすれば服装だろう。上には少し大きめのワイシャツ、下は寝間着という妙な格好な上、ワイシャツは身長も大差なかったので大丈夫だろうと思っていたが手が出ていない。下着に関しては履いているか分からない。

 

 

「今、下着履いてる?」

 

 

「えっ.....?!は、履いてないです.....」

 

 

 別にスカートを履いているわけでもないのに真っ赤になって下着のあたりを押さえている。そんな光景を無感情に眺めながら立ち上がり、ハンガーにかけてあったフード付きの白い上着を手に取りさとりに投げ渡す。

 

 

「まぁ、良いや。取り敢えずそれ着て。行っちゃおう」

 

 

「まぁ、良いや?!」

 

 

「ほら、置いてくよ?」

 

 

 後ろで驚いていたさとりを置き去りに、バックパックを背負い部屋を後にする。さとりは未だに顔が赤いがどうやらついて着てはいるようだ。さとりを先に出させ、玄関を施錠。歩いていく。

 当然のように電車に乗り、次の駅へ。そこで下車し、駅前にあるショッピングモールに入る。金は犯罪ではあるがいくらでも作れる。

 

 

「好きなの買っていいよ。お金はあるから」

 

 

 女性の常識のお陰なのかは少々疑問だが、やはりショッピングは楽しいようで1、2時間に渡り様々な店を歩かされ、やっと下着以外の服が決まった。

 

 

「お腹が空きましたね」

 

 

「うん、そうだね。微妙な時間だし取り敢えずクレープでも食べる?」

 

 

 偶然前に止まっていたクレープの車を指し示し、頷くことで賛同したさとりを連れてさとりにメニューを選ばせる。様々な味がある、クレープは甘いものという認識だったが、それは違ったようでツナや、ポテトサラダなど甘味ではないものも含まれていた。

 

 

「お兄さんはなんにしますか?」

 

 

「俺はいいよ。お腹すいてないから」

 

 

「そうですか....」

 

 

 何故か少し寂しそうにした後、指定されたチョコバナナを注文。550円を渡し、受け取ったクレープを目を輝かせるさとりに手渡す。渡されるや否や適当な席を探し、クレープを食べていた。

 

 

「これすごく美味しいですよお兄さん!食べなくて良いんですか?」

 

 

「俺は良いよ。さとりの喜んでる顔だけで充分」

 

 

 そんな少し兄らしさを意識した発言にまたさとりは赤くなる。それからはお互いに特に何も話さず、クレープを必死に啄むさとりを眺めていた。

 

 

「食べ終わりました!」

 

 

「そうみたいだね」

 

 

 そう言ってさとりの頰を指でなぞり、付いていた生クリームを舐める。

 

 

「たしかに美味しいね。よし、買うもの買って帰ろう」

 

 

 すぐにさとりに背を向け、うつろは服の入った袋を抱えながら女性の下着があった区画へと向かう。

 

 

「....おにいさんのばか」

 

 

 囁くような声は風と周囲の喧騒に邪魔されてうつろには届かない。人混みに消えかける兄の後を追い茶髪の少女は駆け出す。それが兄ではないと、それは愛していた相手であるという事はもう思い出すことすら出来ない。

 

 

「早く決めて帰ろう、夜ご飯の準備もあるからね」

 

 

 うつろはそう言って、店の前にあるベンチに腰掛け、スマホをいじりだしてしまった。それを見たさとりは、何とか此の無感情な兄を驚かしてやろうと必死に策を練る。案が浮かばず下着を選んでいる時だった、良い案が思いついた。そこからは早いものだ。まるで、悪事を企む子供のように意気揚々とうつろの前に立つ。

 

 

「決まった?」

 

 

 優しい声で兄を演じる罪人はスマホから目を離す。

 

 

「それが、迷っちゃって。どっちが良いと思う?」

 

 

 うつろの前に2つの下着を掲げる。どちらも非常に際どい物で、よく言えば大人の雰囲気が漂っているものだ。違うのは色だけ、右は黒、左は白。

 

 

「そうだね。どっちでも良いと思うよ」

 

 

 優しそうに笑って、非常に曖昧な答えを出す。全く焦る気配も、恥じる気配もない。事実、顔も赤くならず。驚く様子も無く。慌てる様子もない。

 まるで道端に転がる石を見るかのような。

 

 

「試着したら見てくれますか?」

 

 

「下着って試着できるの?水着じゃあるまいし。さとりが好きな方を選ぶと良いよ」

 

 

 さとりは悔しそうに口を膨らませ、店内へと帰っていく。そんな後ろ姿を眺めて彼はまたスマホに向き直る。サイトをつかって異形について検索をかけていた。この異形の件、情報が少な過ぎる。外で何か有力な情報を得られるとは思っていない。だが、自然的にあの異形が発生したとは考えにくい。もし、外の世界のものであったとしても流石に国家機密になっている可能性が高い。

 となると実際全くもって意味はない行為だが、ちょっとした噂であっても今の彼にとっては大きな情報だ。それに、最近はネットが普及して触れる人間が増えた分、ハッカーも増加傾向にある。大抵のハッカーは政府に雇われるが、それでも雇われないハッカーは気まぐれに情報を漁る可能性も有る。また、頭のいい人間や、陰謀論を信じている者が異形に近いような情報を辻褄合わせでこんな可能性があると告げている可能性がある。

 

 

「お兄さんこれはどうですか?」

 

 

 またさとりが店内から現れたかと思うと、今度は明らかに子供用の下着を持ってきた。白い生地にクマが印刷されているものと、黒い生地に星が印刷されているもの。

 

 

「まぁ、さとりがそれで良いならいいんじゃないかな」

 

 

 また、にこやかに笑って流す。何故こんなものを持ってきたのかと聞かれれば恐らく、俺の恥ずかしがっている姿を見たかったなどと言うだろう。恥ずかしがるべきかもしれないが、恥じるというのは難しいものだ。どの感情よりも難しいと思う。

 

 

「ううう.....」

 

 

「一緒に選びたくても、女性用下着の店に俺のみたいな男が入るのは気が引けるんだ。ごめんね」

 

 

 どうやら諦めたようで下着を持って店内に帰って行く。それを見送り、再度検索をかける。様々な都市伝説などの書かれたサイトを探すが、やはりそれらしい情報は見当たらない。ヒットする物はやはり、幽霊やUFOなど、くだらないものばかり。今日の夜はひとまず海外のサイトを使うか。

 スマホから目を離し、店内に目をやる。まだ選んでいるのだろうか。そんな時だった、店内で客と店員が口論を始めたようで流れていた良い雰囲気が崩れた。通りすがりの人間は少し振り向く程度で見なかったことにしている。単純に嫌な予感がし、ベンチから立ち上がりスマホをポケットに入れ店内へ。物が倒れる大きな音がした。どうやらただの口論ではないらしい。音を頼りに足音を消しながら近づいて行くとそこには数人の男。どれも大柄で筋肉質だ。その横で突き飛ばされたのか棚にぶつかって倒れる女性店員。その奥に男に囲まれ怯えるさとりの姿があった。

 

 

「へへへ、お嬢ちゃんかわいいね。ちょっと一緒に遊ばない?」

 

 

 2人の男が壁を作るようにさとりを隅に追い詰めている。さとりは恐怖に足が震えて座り込んでしまっている。この状況を見て店員が流石に声を掛けて今の状況に至ったのだろう。

 

 

「すいません。俺の妹に何か用でも?」

 

 

「ああ?お前の妹なのか。悪いなぁ、今日から俺らのおもちゃだ」

 

 

 醜い顔だ、醜い心だ。

 あまり騒動は起こしたくない。大柄の男3人を小柄な少年が潰したなどと言われれば嫌でも瞬間的に知名度は上昇する。

 

 

「あんまり騒動は起こしたくないんですよ。それにそんなことをしても警察にバレて捕まるだけですよ。それでも引いてくれませんか?」

 

 

「こんな可愛い子そうそういねぇからな。まぁ、お前が地面に土下座するってなら話は変わるが」

 

 

 これは嘘だ。土下座して頭を下ろした所にかかと落としを入れて昏倒させ、その隙に俺に対してもう何撃が決めた上でさとりを連れて逃走。成る程、いかにも無能の考える策だ。

 

 

「それでいいなら」

 

 

 そう言って正座し、頭を下ろした直後正面の男が右脚を振り上げ。振り落とす。当然当たることは無い。右に転がって避け立ち上がり、正面の男に右ストレートを入れると見せかけ、左の拳で下から睾丸を殴打。渾身の力で叩き込まれた一撃によって1人目は悶絶しながら蹲る。その頭にかかと落とし、頭を押さえる事でフリーになった腹に蹴りを入れすぐには立てない程度のダメージを与える。

 

 

「嘘は良く無いな」

 

 

「お前...舐めんなよ?」

 

 

 1人が倒されたことで、さとりが逃げることなどどうでも良くなったようだ。残りの2人の男がうつろに襲いかかる。1発目は躱し、2人目の男から放たれた手刀を弾く。

 

 

「さとり、逃げて」

 

 

 適当に躱し、逸らし、さとりの逃げる時間を稼ぐ。そのまま、さとりが必死に頷き店外に逃げたのを見送る。

 

 

「調子に乗んなよ、クソガキがっ!」

 

 

 右の男から大振りで放たれた右の拳を躱し、少しジャンプし半回転する事で高さを合わせ、回転力を付け加えた肘で左の眼球の辺りを殴りつける。一切の手加減は無い。

 当然右の男は出血した左の目を押さえながら蹲る。それを見た左の男が怒りに任せて右で蹴りを放つ。それを予備動作で見抜き目を押さえて苦悶の声を上げる男の体を支えていた右手を蹴り。バランスを崩させる。まずいと思った時には既に遅く、革靴による本気の一撃が右の男の顔面に直撃。僅かにその大柄な身体が浮くほどの攻撃に右の男は昏倒。一瞬驚いたような顔をした左の男の右脚が戻りきる前に左の足を払い、転倒させる。その男の上に馬乗りになり、両手で男の両腕を押さえる。

 

 

「お前は、何処をやられたい?」

 

 

 まるで聖母のような温かな笑みを浮かべて不可視のサードアイを使用。経験を読み取り、トラウマを想起させる。

 

 

「や、やめてくれ。そ、それだけは.....」

 

 

 悲痛な声もすぐに消え、泡を吐きながら気絶する。親が暴力を振るっていたのか。だが、それで他人を殴ってもいいという理由にはならない。

 その男の上から離れ、3人の男を放置。女性店員が何かを言っていたが完全に無視し、さとりの待つ店外へ。そこではベンチに腰掛け震える肩を抱くさとりがいた。そのさとりの横に座り出来る限り優しく抱き寄せる。

 

 

「大丈夫。俺が護るって言ったろ」

 

 

「怖かった....です」

 

 

 さとりは急に安心したせいか彼の胸の中で泣き出した。そんなさとりの美しい茶髪を磨ぐ様に撫で、少し強く抱き寄せる。

 その後、男の3人組を警備員が取り押さえ、うつろが一連のことの流れを説明。店員もそれに嘘偽りがなかった事を証言してくれたおかげで問題にならず。正当防衛だったということで収まった。

 その後、その店でさとりの下着を購入。さとりは何を買ったのか見せることは無く。帰路に着いた。

 

 

「お兄さんは、何で私を護るんですか?」

 

 

 唐突に沈黙を保っていたさとりが静寂を破った。外には電車から見える景色が走っていた。

 

 

「家族だからだよ」

 

 

 嘘では無い。これは事実だ。さとりが好きだから護っていると言えばそれは嘘になる。何故なら俺には感情がない。幻想郷で少し取り戻した様な気がしたが。異形化の所為か、また完全に消えている。

 

 

「凄く怖かったんですよ」

 

 

「もっと速く助ければ良かったね。気付くのが遅れた。ごめん」

 

 

 お兄さんは申し訳なさそうに顔を落とす。

 違う、私が怖かったのは。

 あの男を倒した時のお兄さんの顔だった。

 笑みを浮かべるでも無く。憤怒に歪むわけでも無く。蔑むわけでも無く。眼前に出された仕事を片付ける機械の様に、子供がつまらないものを見るかの様に冷え切った目が。何も考えていない様なあの無表情が。恐ろしく怖かった。そして、すごく懐かしかった。

 でも、お兄さんに抱かれた時、優しさを感じた。

 

 

「お兄さんは、」

 

 

「ん。どうしたの?」

 

 

 不安げな顔でさとりは俯く。太陽は地平線に隠れてようとしている。

 

 

「お兄さんは、良い人ですか?」

 

 

「........さとりにとっては良い人だよ」

 

 

 全ての善行はその終局に利益があるから行われる。そこに利益が無ければ誰一人として助けることは無い。善意とは、すなわち利益を求める欲望であって。心の底からの、100%の善意など無い。

 人間なんて、所詮は感情の犬。

 

 

「なら、良かったです」

 

 

 笑みを浮かべるさとりをじっと見つめる。

 俺は何が何でも、この少女を護り切る。もし、命令に背く事になったとしても。幻想郷を敵に回すとしても。

 幻想郷を壊したとしても。




次回は2018年12月以降となります。
申し訳ございません

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