【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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いつもに増してグロテスクな内容になっております。



41話 選択

空は、何も無い世界で眼を覚ます。色彩も無く、物体も無く、音も無く、色がない故に距離感が狂い、物が無い故に何の為に生まれた世界なのか分からず、音が無い故に残酷なまでの寂しさがある。無論、生物もおらず。動くものは自分のみ。

そんな世界を彼は一人で歩き出した。足元を踏みしめても音はなく。声をあげても虚空に消えていく。

 

「やぁ」

 

そんな世界で彼は突然声をかけられた。

誰もいないはずの世界。振り向くとそこには黒い外套を纏い、仮面とも言い難い黒い何かを身に付けた男が立っていた。

 

「お前は、誰だ?」

 

「俺はユウ」

 

仮面の男は静かに答える。表情は全く分からない。

 

「此処はどこだ?」

 

「此処は君の心象世界。私は君にお話しに来たんだ」

 

移り変わる一人称。話し方も声色も固定されていない。その為、年齢も、性別も判断出来ない。

 

「話?」

 

「そうよ。何一つ恐れることは無い。怯えることもねぇよ。ただ一つだけ」

 

警戒の為、短剣を作り右手に握る。

 

「恐れるなと言ったじゃねぇか。まぁ、良いですわ。言いたいことはたった一つ。申し訳ないが、幻想郷をこれから訪れる悲劇から護れ。その為ならば自分を含む一切の犠牲は仕方がない」

 

「了解した」

 

気づけば勝手に口が動いていた。彼にとって、拒否はあり得ない強制的な命令。彼はまた、いつかのように跪き指示を受けていた。

 

「あと、テストをしよう」

 

「テスト?」

 

「そうですわ。非常に簡単なテスト」

 

そうとだけ言い残すと、世界が揺れた。純白の世界に次第にヒビが入り床が崩落する。足元にあったのは無限の闇。純白とは真逆の全てを吸い込む漆黒。

空は無抵抗にその中に落ちていく。

気づけばまた白い世界にいた。ただ、違うのは白とは別の色があること、目の前にはこの空間を嘲笑うように赤い何かで文字が書かれていた。

 

《正しい判断を》

 

ただ、それだけ。

少し経つと、その文字の下に扉が生成された。彼は無言でその中に入っていく。

その先も白い空間。ただ、そこにもまた物があった。

二つの船の模型とテレビ。なんの前触れもなく、テレビが機械独特の音を立てたかと思うと砂嵐を少し起こした後、ユウを映し出した。

 

「君は船を直すことが出来る唯一の人間だ。右の船には100人、左の船には1000人の人間が乗っている。だが、困った事に二つの船が同時に座礁してしまった。今から急いで救急隊が向かうが、此処は太平洋のど真ん中。着いた頃には船は海の底だろう。船から落ちればそこは海、勿論助けられなかった方は皆死ぬ。だが、助けられる力を持っているのは君1人。しかし、君の力では片方しか助けられない。さて、どうする?君が助けない方の船を今手に持っているナイフで破壊してくれ」

 

そういうと、テレビは突然プツリと音を立てて落ちた。残されたのは二つの模型と、空のみ。

彼は一切迷うこともなく、右の船に短剣を突き刺し、地面に叩きつける。すると、コミカルな悲鳴が響き、壊れた模型から赤い液体が噴き出す。その噴き出た血を彼は浴び、赤く染まっていく。

 

「正解だ。次の部屋で会いましょう」

 

何処からか声がしたかと思うと、正面の白い壁に音もなく扉があらわれる。

空は赤く染まったまま、次の扉を開く。あったのは黒い十字架と地球儀。十字架には傷だらけになり、頭には荊の王冠、手足に杭を打たれたさとりが吊られていた。

 

「では、次の質問だ。彼女はこの世界を滅ぼすウイルスを持っている。もし、彼女を放置すれば地球上の生物は皆死滅する。だが、君がそのウイルスに感染する前に彼女を殺せば地球は救われる。さぁ、どうする?」

 

空はゆっくりと十字架に吊られたさとりに歩み寄る。

 

「空...ですか?助けてください、私は何も、何もしていないんです!彼らが勝手に、また私を殺そうと...!いつも彼奴らは、何もしていないのに。何もしていないのに!」

 

「ああ、わかってるよさとり。彼奴らはそういう奴らだ。全くもって許せない。ごめんな」

 

空は微笑むと、短剣を持った腕を深々とさとりの胸に突き刺す。肉の切れる独特な音と共に鮮血が噴き出す。

 

「え....なん....で」

 

胸から血を吹き出しながら涙を流すさとりはまるで信じられないとでも言いたげに驚愕を浮かべる。

 

「即死出来なかったか。妖怪は難しいな」

 

対する空は短剣をさとりの体から強引に抜くと、腹に突き刺し引き裂く。ブチブチと肉の避ける音が響く。

 

「アアアアアアアアアアッ!痛い、痛い痛い痛いイタイイタイイタイッ!なんで、なんでッ?!」

 

引き裂かれた腹から生々しい臓腑が零れ落ち、地面に果実のように、生まれたての胎児のような生々しさで転がる。

 

「何故か?この世界の全ての生物と1人の命を天秤に掛ければどうなるか、わかるだろ?」

 

例え、その1がどれだけ大事な者だったとしても。どんなに愛しい者だったとしても。彼は根本的に感情がない。それ故に全ての状況において、論理的な判断を下すことが出来る。彼にとってその1は一でしか無く。それ以外はどれだけ憎かろうが、どれだけ妬ましかろうが、どれだけ邪悪であろうが。それもまた者でしか無い。

100人と1000人。ならば当然1000人を取る。1人と全生物、ならば尚のこと全生物を取るだろう。それならば、世間は彼を非情だと貶すだろうか?いいや、恐らく世間は彼を持て囃すだろう。我々を救った英雄だと。だが、それは真実だろうか?万人にとっての英雄などいない。見捨てられた100人は彼を赦すだろうか?殺された1人は彼を赦すだろうか?

当然許せないだろう。悪人にとっての英雄とは正義の英雄と敵対するものであり、世間にとっての英雄とは、自らを含む大多数を救った者だ。自らが救われる対象から外れれば当然英雄などとは思うことはない。

 

「呪って...やる...いつか必ず...殺してやる...!」

 

口から血を零し、臓腑がほぼ抜け落ちた腹を開いたままさとりは恨みに身を任せ、口を開ける。滴り続ける血が白い世界に大きなシミを作り上げていく。

 

「ああ、それで構わない。お前には俺を呪う資格も、殺す資格もある。俺は、それを理解した上で全ての行為に望んでいる。どこまで行こうが、どんな関係を持とうが、どんなに想いを寄せていようが。俺は全てに無情に判断を下す。それが俺の生き方だ」

 

ピンポーン

 

まるで、クイズ番組で回答を出したような。その答えの意外性を笑うようなコミカルな音が響く。

 

「いやはや、素晴らしいね。流石だ。合格だよ。そんな君にちょっとしたプレゼントを贈ったよ。枕元を見てみるといい。ただ、極力使わない事をオススメするぜ?イヒヒ」

 

悪魔のようなと表現するのが一番似合うであろう声をあげ、彼の後ろにユウが現れる。

 

「あまりにもつまらないな。久し振りに時間を無駄にしたと思ったよ」

 

「そんな事は無いさ、取り敢えずワタクシにとってわね。それでは、サヨウナラ。また会いましょう?」

 

「拒否する」

 

彼は当然だろうとでも言いたげに首を振り、物言わぬ肉となったさとりを見据えた。その瞳に後悔はなく、懺悔もない、例えるならば道端の石でも見るかのよう。

そんな彼の足元が割れ、暗い底に落下していく。先程の世界とはうって変わり。そこには闇が広がっていた。夜目がある程度は効く彼でも全くもって何も見えない。光の概念を失った世界。自らの手がどこにあるのかも分からず。叫んだとしても闇に吸われるだけだろう。

 

「成る程」

 

彼は能力で即座に発炎筒を作り上げると。キャップをひねり、マッチの要領で点火すると地面に転がす。その行為を4回ほど繰り返し四方に灯をともし、周囲を確認する。深い闇の中から中から照らし出されたのは山の様に積み上げられた死体だった。死体はどれも首から上がなく、ある者は吊られ、ある者は手足があらぬ方向に曲げられ、ある者はどうすればそんな風になるのかと疑問に思う程に綺麗に皮を剥かれていた。その他にも大量の変死体と言わざるおえないものが転がり、人の数十倍はあろうかという歪な山を複数個築いている。

 

「ここは一体...]

 

 周囲に転がる死体を漁り、何か本人を特定できそうな物を探す。しかし、どれも損傷が酷く、9割が身ぐるみを剥がされた後に放棄されているため、全く判断がつかない。そして死体の数が余りにも膨大すぎる。山の上部に向かうにつれて死体の損傷は悪化しており、最早原型すら留められず、赤黒い肉塊となっている。そんな山の中の一つの頂に登り、最後の肉塊を漁り終えた時だった。彼の頭部に何がぶつかり、山の頂から転がり落ちかける。彼は反射的に右足を前に出し、半ば強引に肉塊に埋めることで転倒は防ぐ。

(なんだ..?)

 

彼はその疑問を解消するため、右手に懐中電灯を作り上げ、上を照らす。そこには大量の生首が釣られていた。ある者は目を抉られその空間に男性器を植え付けられ、口内に目を移植されたのか口から大量の目がまるで虫のようにこちらを覗いていた。ある者は顔の皮膚を剥がされ、そこに人の指が縫い付けられている。ある者は強酸か強塩基の液体に付けられたのか顔の過半数が溶け落ち、残ったわずかな肉が何とかへばりついていた。

どの首にも共通して言えるのが、原型をとどめていない事だろう。一体どのような神経をすればこんなに行為が出来るのか。そう思う程に悲惨な首が人間の尊厳を踏み躙られ、遥か上から吊られている。

 

「良い趣味とは...言えないだろうな」

 

常人では失神しかねない様なそんな状況で、彼は腰を下ろす。手近にあった顔中に歯を埋め込まれた生首を一つ強引に引くと、生々しい音と共にズルリと脳が抜け、脳だけが吊られた。彼は手の中にあるの生首を観察すると、回し、触り、死後の概ねの経過時間を確認しようとする。だが、彼は息をつくとその生首を山の頂から投げ捨てる。今思えば、全てが可笑しかった。これだけの死体だ、虫は湧かないにしてもひどい悪臭はする筈だ。だが、それが無い。と言うことは、此処には時間の概念が存在しないか、空気が無いかと言うことになる。ただ、そんなことはあり得ない。この事から此処は夢の中だろうと判断できる。

それに気付いた瞬間、視界が明るくなったかと思うと、木製の天井が現れた。胸元には何か生暖かいものが乗っている感覚。ゆっくりと下を見るとそこには見舞いに来たのであろうさとりの無防備な幼さを残した寝顔があった。

 

「やはり夢だったか...」

 

だが、もしも夢でなかったとしても俺はきっと同じ選択をしただろう。その言葉を胸にしまい。彼は胸元のさとりの頭を愛しそうに撫でる。

 

「...ん...うん...」

 

さとりもそれが心地良い様で、顔を少し綻ばせると猫の様にその手に縋ってきた。

だが、今はあのような選択の状況も、選択を強いられもしない。此処にいるのは、意味もなく迫害され、恐怖に怯え、大切な妹をほぼ失ったとも言える。孤独な少女。もしこれが、神が彼に与えた慈悲だとしても、はたまた罰だとしても。

彼は今、平和に暮らせている。多少の戦闘はあるにせよ、多少の死人は出るにせよ。それは自らの意思だった。彼女は、生きる価値のない、存在の意味のないと思っていた少年を、初めて家族として扱い、初めて大切な者として扱い。彼にとって初めて恋慕を抱いた妖怪だった。

 

「なんで、俺なんかを愛するんだよ...」

 

深い眠りについているのか、そんな彼の小言は彼女の耳には入らない。ただ、何も言わず、彼に無防備に寝顔を見せて眠っている。それを見た彼は溜息を吐き、また眠りに落ちた。

 


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