【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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2018/11/18 編集済み


4話 数か量か

 食事中、ふと、あることに気付いた。ペット達が全くこいしの方を見ていない。さとりの事を主と言うぐらいならその妹も大切な存在のはずだ。主従というのはそういったものの筈。しかし、挨拶すらしない。気づいていないと考えるのが妥当だろう。しかし、こいしが座ったのは後ろでも無ければ離れたところでもない、ペット達の目の前。普通ではありえない。なぜなのか、多少疑問に思いながらもスープを啜る。これもなかなかに美味しい。他の物も色々と食べているがどれも非常に美味しかった。ただ、どれも少し味が薄い気がする。まぁ、ペットのことを考えているんだろう。飼ってはいなかったが動物に過度な塩分を与えない方が良いというのは聞いたことがある。考え事をしながら食べていたせいか、無言で食べていたからかペットを含む誰よりも先に食事を終えてしまった。どうするか、考えているとお燐が気づいたのか椅子から立ち上がったので、心を読み食器をもって部屋を去った。

 

 

「いや、大丈夫だ。わかった」

 

 

 お燐の脳内に無意識に浮かんだ道を覚え料理を運んだ。距離が遠くて覚えきれなければ頼もうかとも思ったが料理を作るところが料理を食べるところからそんなに遠いわけがない。自室まで運んで来ているなら別だが、今回は集まって食べていた、という事もあるが。

 

 

「流石に世話になりすぎだな」

 

 

 そう言って彼は綺麗に整理された台所から食料を探す、彼という見た事の無い存在が消えたせいかさとり達のペットが話し出したようだ。少々騒がしくなった。まぁ、一部を除けば話すというよりか鳴く感じだが。当然といえば当然のことだった。

 幾ら何でも静かすぎると思ったが俺がいたからか、流石にいつもあの静けさで食事をしているのならここは監獄か何かだろう。どちらにしても作るものによっては数十分は帰れないのでゆっくりと雑談をしていて欲しいが。

 

 

「にしても、意外と良いものが作れそうだ」

 

 

 基本自分で暮らしていた時は家事は全て自分でやっていたので別にそんな衝撃的かつグロテスクな物はできないと信じたい。

 流石に本気でケーキなんかを作ろうとすればかなりの時間がかかる。それにここにケーキ作りの材料もあるかわからない。取り敢えずは軽いものにしておこう。理想としては軽く作れてそんなに腹にたまらないものだ。そんな理想を描きつつ彼はキッチンの中に目をやる。そこで机の上のボウルに大量の卵白らしき物があるのを発見した。恐らく卵白のあの独特の食感が苦手なペットもいるんだろう。しかし、メレンゲにした上でクッキーにすれば問題無い。さらに食べても腹は膨れない。条件は満たしているな。その後、棚を漁りなんとか砂糖を発見した。それまでに色々な調味料を砂糖かどうか毒味に近いものをした事は伏せておこうか。卵白の入ったボウルに適当に砂糖を投入していく。正直、メレンゲクッキーはその調理の簡易さからして自分でも作っていた物だったので測らずとも分量はわかる。ここからはただ混ぜるという単純作業だ。洗われ、壁に掛けてあった泡立て器を手に取りボウルに入った卵白と砂糖を混ぜあわせていく。

 無言で混ぜる事数分、卵白は白くなり恐らくは頃合いになってきた。量も量だったこともあり相当負担になるかと思っていたが意外にも疲労はない。妖怪になった事による物だろうか?それならば、妖怪というのも悪くないと感じてしまう。彼はフライパンと思われる大きな鉄の塊を火に掛け熱する。家のフライパン違いと純粋な鉄の塊のようだ。油を敷こうか少し迷ったが。少しの思案の机の上で瓶の後に中に入っていた油を敷いてからメレンゲを焼いていく。だが、さすがに無理があったのか一つのフライパンには入りきらず。彼は2つの皿を両手に持ち、またあの場へと戻る。

 

 

「空さん、それは?」

 

 

彼の登場に気付いたのか、さとりが不思議そうに彼の持つ皿の上に置かれた謎の物体を見つめる。

 

 

「メレンゲクッキーだ」

 

 

 彼は特に愛想をまくこともなく、皿を机の上に置く。

 

 

「悪いが人数は把握してかった。自分で取って行ってくれ」

 

 

完全に反応のないペットとさとりを無視するような形で言いすてる。その時、妙な違和感を本能的に感じ、さとりに視線を向ける。どうやら、心を読んでいたようで、サードアイがしっかりとこちらを見ていた。

 

 

(貴方は嘘つきですね)

 

 

いきなりそう言われると傷つく。が、きっと何か理由があるんだろう。

 

 

(嘘つき?それをお前が言うか、覚妖怪同士では読心はできなかったんじゃないのか?)

 

 

(私としてもそこはよく分かってないです。クッキー切ってないのペット達の為でしょう?)

 

 

事実、ペットの総数が分かっていなかった。結果的にペットに合った大きさに自由に切れるようになったわけだが、それは俺の意図したものでは無い。

 

 

(いいや、それは無い。考えすぎだ)

 

 

(そうですか)

 

 

クスリと笑った後にさとりのサードアイが視線を逸らし、ペットのほうへと向いていった。彼も何を言うわけでもなく、サードアイを逸らし、ペット達の方を向かせる。メレンゲクッキーを作ったは良いが誰も食べないのでは無いかと思っていたが気鬱だったようだ。

 さとりが最初に食べ、その反応を確認したペット達が食べ始めた。また心を読まれる感覚があったのでサードアイだけさとりの方を見させる。あまり良い感覚とは言えないが、彼もできる分なにかを言う気にはならない。

 

 

(美味しいですね。どうやって作ったんですか?)

 

 

(卵白に砂糖を入れて、混ぜてフライパンで焼いただけだ)

 

 

どうやらさとりは少し、俺のメレンゲクッキーに興味を持ったようだ。まぁ、この程度の料理なら小学生でも出来る。しかし、心を読んだ瞬間にさとりの表情がわかりやすく曇る。

 

 

(そういえば卵白だが。苦手なのはお前だったのか)

 

 

(そんなわけ無いじゃ無いですか)

 

 

残念だが、心では隠せても表情に出てしまっている。

 

 

(嘘だな)

 

 

どうやらお燐が気を使って卵白を使わないようにしていた様だ。従者として相当しっかりと仕事をこなしているといえるだろう。彼は少しばかりお燐に対する考えを改めつつ、意識を戻す。

 

 

(だって鼻水みたいなんですもん、仕方ないです)

 

 

想像以上に幼い。そんな印象を抱いた。見た目通りといった感じだろうか。恐らくは外面は取り繕っていても心と心の会話になれば隠せないということだろう。確かに心でどのように他人と接するのかまで気をつかうというのは無理がある。

 

 

(そんな事はさて置き、メレンゲクッキーは食べれてなによりだ)

 

 

(美味しかったです)

 

 

(それは良かった。俺はそろそろ住処を探すから機会があればまた会おう。妖怪に取って食われてなかったらだがな)

 

 

当然、食われる気など無い、いざとなれば殺す。この能力さえあれば、まずまず負けることは無いだろうが。ただ、妖怪が皆一様にこのような能力を持っているというのなら警戒することに越したことは無い。

 

 

(そのことなんですが、ここに居てくれませんか?)

 

 

それは考えていなかった。寝床は正直野宿で十分、サバイバルの技術も十分。これが終わればまず野宿の場所を探そうとしている自分がいた。だが、最も楽なのはここに住んでしまうことだろう。

 

 

(心配してくれてるなら大丈夫だ。俺は弱くない)

 

 

(いいえ、心配ではなくてお願いです)

 

 

これはさとりの嘘だろう。今さっき分かった事だが。こいしは心が読めない、生まれつきというわけでは間違いなく無いだろう。何せ、サードアイの瞼が縫ってあった。閉じてしまっているならまだしも、生まれつき縫われているなどありえない。そしてこの覚妖怪という種族と、街を歩いた時の周囲の妖怪の目、そこからわかる事は。

覚妖怪は他の妖怪に嫌われているという事だろう。確かにこの能力は便利であると同時にこの能力を持たない者からすればただの脅威だろう。自分の考えた策、悪事、知られてもいいもの知られたくないもの、その全てが一瞬で知られてしまう。ただ、この瞳に見られるというだけで。恐らくこいしはその能力を恐れた妖怪達に縫われたか、はたまた自分自身が周囲の目に耐えられなくなって自ら縫ったかのどちらかだろう。

 

 

(それも嘘だな。大体は察せる、だから思い出さなくて良い。でも俺は罪人だ。だからそうして他人から敬遠されるのはなれてる。それに他人に慈悲を貰えるほど良い生き方は出来なかった)

 

 

妹が自らの目を縫う。そんな状況を思い出せというのは酷だろう。まぁ、そうと決まったわけでは無いが。

 

 

(嘘では、無いんです。私はこの幻想郷に残された最後の読心可能な覚妖怪として、もう同族を傷つけられたく無いんです。あなたが過去に何をしたのか、それは知りませんし、知ろうとも思いません。ただ、もうこいしのような被害者は作りたく無いんです)

 

 

サードアイだけではなく体をさとりの方に向ける。その目には、涙が光っていた。成る程、女が泣くと男は少々揺らぐと聞いていたが本当だ。これは俺の贖罪云々は置いておいて俺が先折れるべきだと思ってしまった。

 

 

(.............悪かった。わかった、ここに居れば良いんだな)

 

 

(すいません。わがままを言ってしまって)

 

 

(いや..............謝るのはこっちの方だ。)

 

 

何故、初対面の相手にここまで出来るのか。あんな仕事をしていた俺からは考えられない。信じるものは自分だけ、ただその自分もときには騙す。そんな俺からすればそれは異常だった。

同じ種族、というだけでここまでしない。というよりか、人間はそれが出来ない。人間はいつでも心のどこかでは他人を疑って生きている。例えばいきなり見た事も無い人が家に訪れ止めてくれと言われて泊めるだろうか?普通は止めない。何故か、それは心が半自動的に、もし夜襲われたらどうするのか、夜に金だけを取られて逃げられたらどうするのか?無意識のうちに人間は他を疑っている、という事だ。だから普通に考えてもこの対応はおかしいと思ってしまう。ただ、それは最も繁栄した人間の考え方で、種が少ない種族からすれば1人でも種族を減らしたく無いんだろう。これが本来のあるべき姿なんだろう。とも思う、同じ種族同士、信じあい、愛し合いその種族を繁栄させていく。恐らくはこれがあるべき姿だったんだろう。人間は少し頭が良くなりすぎた。疑うということを覚えてしまったわけだ。人間はもう既に道を誤っている。自然界のどこに自らにとって不利益であるという理由だけで他のコロニーの同種族を抹殺する生物がいるか。自らに利益が出るというだけで生態系を崩すほどに自然を破壊し、富の為に他の生物を絶滅に追い込む生物がいるか。それは人だけだ。彼は世界とは実にうまくできていると心中で失笑しながらお燐に連れられた部屋のベットに転がり。自らの出した結論の滑稽さに苦笑する。

 

 

やはり、人類は遠くない未来、滅ぶ。いや、滅ぶべきだろう。

 

 

その所謂、危険思想は電気を消した部屋の闇に染みて消える。色々な事が起きすぎだ。死んで罪を償えると思えばまさかこんな事になるとは。何なら人間も辞めてしまった。風呂は明日入るとするか。罪に穢され、壊れた少年は一人、良く整備され、肌触りのいいブランケットに包まれ、意識を瞼の下の闇に溶かす。


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