【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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39話 帰還した少年、寄り添う悪魔

秦 空とフランドール・スカーレットは妖怪の山を抜け、地底へと続く巨大な穴の前まで来ていた。

 

「お兄様、地底ってどんなところなの?」

 

これまではお互い無言だったが、それに耐えかねたのかフランが空に声を掛けた。目の前に広がる巨大な穴、いつ見ても中はどこまで続いているのか全くわからない暗闇に支配されている。

 

「どんなところ、か。俺もまだここに来て日が浅い、それに地底に住んでいると言っても天狗に拷問されたりとあまり地底に居れなかったからな。着いてからのお楽しみだ」

 

そういうと、空は地底へと続く穴に飛び込んだ。

 

「えっ、えっ?!」

 

命綱もなしで飛行もせず、何のためらいもなく巨大な穴に飛び込んだ彼の後をすぐに追う。しかし、相手は重力により、加速し続ける。いくら吸血鬼のスピードを活かしたところでいつ衝突するか分からない地面の恐怖もあって、追いつけない。

 

「焦るなよ?別にそんなに急いでない」

 

その状況に薄々勘付いていたのか、自然落下している彼は大声でフランに声をかける。

 

「は、はい。お兄様!」

 

しばらく落下していると到着点が見えて来た。空はいつもより早めのタイミングで飛行に移り、ゆっくりと慎重に下降していく。無論それは傷付いた身体に極力負荷を与えない為でもある。

 

「お兄様、怖くないの?」

 

対するフランはかなりの速度で降りて来ていたようで、直ぐに頭上の闇の中から虹色の残像とともに現れた。

 

「そうだな、怖くはない」

 

正確には怖がれないが、フランにその事実を伝える必要は無い。何せこの少女は俺に情報を聴き出され、護られるだけの物だからだ。そこに信用も、信頼も互いの過去を知る意味は無い。ただ、こちらの事を一方的に信用させておけば後々有用そうではある。

 

「行くぞ、付いて来い」

 

最低限の言葉を告げ、砂漠の先に見える街へと飛んで行く。想像以上にスピードが出ない。慣れていないという事もあるだろうが、それでも遅い。恐らくは力が尽きかけているんだろう。だが、別にどうという問題は無い。俺は地霊殿に戻りこの少女から情報を聞き出し、楓に銀杏という英雄の話を伝えれば良いだけだ。それが終われば休めるだろう。それに、いざとなればまた感情でも食えば良い。

 

「お兄様は外から来たんだよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

無言というのがやはり気まずいのか、純粋に彼への好奇心なのか、またフランが口を開いた。

 

「外の人はみんなそんな強いの?」

 

「いいや、普通は弱い。首を締めても死ぬ、精神を狂わせても死ぬ、四肢を捥いでも死ぬ、血管を二、三個切っただけでも運が悪ければ死ぬ。それほど脆弱だ」

 

「じゃあ、お兄様は特別?」

 

「ああ」

 

そんなたわいも無い話をしていると街の付近にさしか掛かった。そこで飛行をやめ、街に入って行く。初めてここに来た時のような視線を周囲から感じる。

その視線が怖いのか、フランが彼の横に縋るように近づいて来た。秦 空はそれを一切気にせず歩みを進める。

周囲の目線に晒されながら歩き続ける。今思えば、初めてここにきた時もそうだった。

 

「到着だ」

 

そこに建っていたのはここに来て、住む場所をくれた少女の館。豪邸、というのが相応しいその館は初めて来た時と同じような威厳を保っている。白を基調とした洋風の外見、地上には和風の建築ばかりだったせいか、地上での騒乱のせいか、それほど日にちは過ぎていないはずだがかなり懐かしく思えた。

 

「空...!」

 

扉に手を掛け、開けようとした時、扉が突然開かれ。彼に愛を告白した少女が現れた。

 

「すまない。遅くなった」

 

無言で抱きつき、彼の温もりを確かめる少女。彼は少し悩んだ後そっと抱き返す。数秒の間続けるとさとりは離れ、少し潤んだ目を袖で拭う。それを彼の後ろから見ていたフランはまるで性行為でも見たかのように頬を赤らめていた。

 

「心配したんですよ?私、空が死んでしまったら...また1人に...」

 

「ああ、悪かった。ただ、楓から聞いていると思うが、色々巻き込まれてな。帰るに帰れなかったんだ」

 

あえて、暗殺者にあった事はここでは伏せておく。ここは幻想郷、外の常識は通じない。なら、糸を操る程度の能力を持つ者が居ても可笑しくはない筈だ。今ならそう言う言い訳がつけられる。

 

「ええ、聞きました。ところで、その子は?」

 

さとりは彼の後ろで未だに頬を赤らめて居る少女を見つめる。

 

「フランドール・スカーレットだそうだ。突然襲われたからこれから色々聞き出す」

 

「フランドール・スカーレット?!」

 

さとりは目を見開き少女を見つめる。ただ、一方の見つめられた少女は怯えながらさとりの次の発言を黙って待っていた。

 

「ああ、そうだ。知ってるのか?」

 

「知ってるも何も、彼女は悪魔の妹と呼ばれる幻想郷でも屈指の実力者ですよ?!それを捕まえて来たんですか?」

 

やはり、かなりのやり手だったらしい。あの時水に恐怖を覚えてくれなければ恐らく殺されていたと言う確信はある。あの速度、あの攻撃力。種族によってここまで差があるのかと正直驚愕した。あの破壊力はたとえどんなに身体能力を向上させようが、覚妖怪では出せないだろう。それにこの少女はあの戦闘の際に恐らく能力は使っていない。どんなものかは知らないが使われていればここにいる事はなかっただろう。

 

「捕まえた、と言うよりか降伏してきた。と言うのが正しいな。何にせよ、俺も無事では無いのは事実だ。出来れば早く聞く事を聞いて、休みたいんだが」

 

流石に、体にも限界が来ているようだ。時々、正面の景色が歪んで見える。先のフランの攻撃によって折れた骨や神経の修復に想像以上に持って行かれたらしい。やはり、細部まで気を使う変更はまだ燃費が悪いな。慣れれば、楽になるかもしれないが慣れないうちは連発しない方が良いだろう。

 

「わかりました。続きは部屋で」

 

やはり、ここは読心を出来るようにして状況を知ってもらうべきか?いや、それはまずい。さとりには政府に仕えていた時の話はしていない。それに糸繰りとの戦闘も見られるわけにはいかない。

前に進んでいくさとりを追いながら対策を考える。ただ、血が少ないせいか頭が回らない。

 

「お兄様、大丈夫?凄い血の匂いがするよ?」

 

地霊殿に入って数分。後ろを歩いていたフランが心配げに前に入って覗き込んで来た。その特徴的な赤い瞳は不安そうに潤んでいる。揺れる金髪がその瞳を強調し、目を離せなくなる。これも魔力か何かだろうか?

 

「大丈夫だ、何とかなるだろう」

 

やはり、限界が近いか。最低限歩ける程度の変更以外は戻した方が良いだろう。

少年が息を吐き、歩く為に必要ではない変更を解除していく。一気に充満する血の匂い。滴り落ちる彼の血が廊下を赤く濡らしていく。流石に気付いたさとりが驚いたように振り向く。

 

「そんな...そんな傷を負っていたんですか?!」

 

「流石に、無傷は無理だったと言うわけだ。逃げる事は出来ない拷問、強者との連戦。拷問の傷を治す時、既に変更がままならなくなって来てな。活動に必要な最低限の変更以外は見た目だけ変更していた。後でそういった力についても教えてくれ」

 

「わ、わかりました。でも今日はもう寝て下さい!」

 

さとりが目の前で突然満身創痍になった愛しい人を見てまだ涙目になりながら一気に頬を赤らめ、ほぼ叫ぶように言うと。目の前まで来ていた部屋に3人が入ったタイミングで扉をしっかり閉めた。

 

「だが、俺が休むとフランの処理に困るだろう?」

 

喋ると振動で骨が揺れるのか痛みが増す。出来れば話したくないんだが。にしても何故突然この2人は俺を見なくなったんだ?

この部屋に入ってからフランも彼の事を見た瞬間に頬を一気に紅潮させ、顔を隠しさとりと共に壁と睨めっこを始めてしまった。

 

「あー、なんだ。何があった、何かあるのか?」

 

少年は不思議そうに壁を向くさとりの肩を叩く。驚いたように体が跳ねるが目は決してこちらを見ない。

 

「貴方、自分の姿をよく見なさいよ」

 

突然何も無いところから呆れた様な声が聞こえたかと思うとその空間が裂け透けるような紫水晶の様な髪をなびかせながら、この幻想郷の賢者 八雲 紫が現れた。

それを見た少年は、突然現れた賢者には触れず。自分の姿を見たあと、部屋にあったバスタオルを腰に巻きつける。

どうやら、服の変更まで解除していたらしい、破れた服が、辛うじて部分は隠していたもののかなり際どい服装になっていた。

 

「少しは気をつけなさいよ。もしも今の状況でこの2人に襲われていたら何も抵抗できず犯されていたわよ」

 

「「そんなことしないです!!」」

 

ほぼ同時に2人の少女の鈴のような声が響く。確かに性的な意味合いでなくても今襲われれば抵抗できない事は明白だ。

 

「ああ、そうだな。頭が回っていなかった」

 

少年は苦笑いを浮かべ、ベッドに腰掛ける。ベッドに血が付き赤くなるが、仕方が無いだろう。後で変更すれば良い。

壁とのにらめっこを終え、彼に向き直った2人の少女は未だに頰が赤い。

 

「まぁ、それだけの出血をして未だに元気に歩いて動いているのがおかしいのだけれどね」

 

紫はスキマから全身を出し、置いてあった机の椅子に腰をかけ、肘を置きながら彼に方に顔だけを向ける。

「能力の乱用だ。実際にこんな怪我していたら動けないだろうさ。あと、頼みがあるんだが」

 

物珍しいものでも見るように紫の視線が空に向く。

 

「何かしら。貴方は表立っては居ないけど地上も地底も救ったヒーローだものね。幻想郷の賢者として出来る限りのことはするわ」

 

どうやら読心に対しての対策は踏んでいる様で紫の心は一切読めない。ただ言葉とは裏腹にかなり警戒されているのは理解できる。

 

「ヒーロー...か。まぁいい。俺の頼みは、八意 永琳だったか。そいつに俺の治療とある事を頼みたいのと、地上に俺が避難させた楓という白狼天狗を返す事だ」

 

楓はここで拒否されても強引に返すつもりだが、許可が貰えるのならもらった方が良い。

 

「成る程ね、良いわよ。ただ、永琳に関しては条件を付けられても私は責任を取れないわ」

 

「それで構わない。さとり、楓は何処にいる?連れてきてくれ」

 

意外にも快諾した。気が変わらないうちに事を済ますべきだろう。

部屋の壁際で話に入るタイミングを失って居たのか。立っていたさとりに声をかける。

 

「わかりました」

 

そうとだけ言い残すとさとりは部屋を後にした。そして1人壁際に残されたフランが居心地悪そうにしていたので手で合図をし、横に座らせる。すると彼女は猫のように血で塗れた彼の体に頬を擦り付け、血を赤い舌で舐め取っていく。鋭い痛みが走るが気にしない。

 

「ところで、何故ここに悪魔の妹が居るのかしら、返答次第では色々とあるわよ?」

 

要は理由次第では殺すという事だろう。それはフランにも伝わったようで横に座る彼の血塗れの裾をキュッと握る。彼の血が付いたせいか綺麗な金髪は彼の血で一部赤く染まっている。

 

「単純な話だ。俺が地上で襲われた。だからこうして連れてきて誰に、どうして俺を襲えと命令されたのか聞き出そうとしただけだ」

 

圧倒的な威圧感を出す紫に対し、空は無表情、無感情、まるで人形のように淡々と告げる。それを間近で見ているフランは怯えながら両者の出方を伺っている。

 

「貴方、悪魔の妹に勝ったというの?万全の状態で無いのに?」

 

「勝った。と言うと語弊があるな。正しくは怯えさせた。トラウマを植え付けたと言うべきだ」

 

紫は特に何の反応も示さず、少し苦笑いしながら告げる。

 

「随分と覚妖怪らしくなってきたわね。それなら近々、血気盛んな吸血鬼一行が来るかもしれないわ。しっかりと接待して」

 

吸血鬼一行。吸血鬼が群れで襲ってくるという事か?出来れば遠慮したいな。だが、彼はそんな内心の考えは今は置いておく。

 

「覚妖怪もこの体に何とか馴染んできたからな。だが、接待か。苦手分野だ」

 

空も苦笑で応じる。知らない人間からすれば彼が感情を失くしているとは全く思えないだろう。それ程までに、出来上がった苦笑いだった。

 

「まぁ、確かに苦手そうね」

 

「だろう?」

 

ははは、と空が笑えば紫もふふふと瀟洒に笑って返す。お互いにすべき会話を失い、静寂が訪れるがそれはすぐに破壊される。

 

「空、連れてきましたよ」

 

扉が開くとそこにはさとりと楓の姿があった。元気そうだ。正直、さとりが何かした可能性も考えていたが、大丈夫だろう。

 

「また、酷い傷だね」

 

楓は少し不安そうに少年を見つめた後、その彼の血を舐め取っている少女を見て目を見開いたが。本心では結局大丈夫なのだろうと思っていることが少年には筒抜けだった。

だが、事実だ。結局どうにかなる。死にはしない。そして、怪我を治し何事も無かったかの様に復帰する。最後にはこの罪人には最高に見合わない生活に戻ってくる。やはり、罪人は最後には裁かれ、吊られ、大衆の前で憎まれながら、恨まれながら、斬首されるべきなのだ。

 

「あの時でさえ、それなりに大けが

だっただろう?」

 

しかし、少年はそんな自分の考えは明かさない。冗談の様に傷ついた両腕を上げ、やれやれとため息を吐く。

 

「それと1つ、どうしても伝えたいことがある。俺は銀杏を救えなかった。あいつは自らの能力で敵を道連れに死んでしまった。完全に俺の不手際だ。本当に申し訳無かった。と、椛といったか。あの白狼に伝えてくれ」

 

彼の頭に浮かぶのは、あの白狼。血の海に抱かれ、笑顔で涙を流しながら命の灯火を自ら吹き消した銀杏という白狼。矛盾だらけだった、感情は交錯し、困惑し、混濁していた。今思えば走馬灯でも見ていたのかとも思う。

 

「銀杏が...そうですか。能力、使ってしまったんですね」

 

「今回はあいつがいなければ、俺もマズかっただろう。死んでいたかもしれない」

 

もちろん嘘だ。マズイ訳が無い。いつでも凄惨に、冷酷に、非情に、殺す事は出来た。だが、事実、彼が糸繰りを殺した。親愛なる同族を守る為に、たとえ命に代えても護りたかった家族を守る為に。

俺の様な奴がヒーローとして語られるべきでは無い。後世に語られるべきはあいつの様な者だ。罪人がヒーローなど、冗談にもならない。俺のこれは善意では無い、自らの贖罪のためという私欲を満たすだけの行動だ。純粋に、護りたかったあいつとは違う。

 

「わかりました。伝えておきます」

 

「紫、送ってやってくれ」

 

その回答を聞くや否や、空は紫に先に楓を地上に送ってもらう様に頼む。

「あなたの方が、先の方が良いんじゃ無いかしら」

 

当然といえば当然だろう。

特に傷も負っていない者と明らかに重傷の者なら重症の方を先に送るべきというのが一般的な考えだ。だが、彼は読心で楓がここに居にくいという事も分かっている。それに銀杏が死んだと言うことで椛が誰にも支えられず1人泣いている姿を想像している事もわかっていた。

 

「いや、先に楓を送ってやってくれ。突然ここに連れてきた俺に責任があるからな」

 

「わかったわ。ほら、白狼天狗入りなさい」

 

諦めた様にため息を吐くと楓の正面に作ったスキマに彼女を入れた。以上。ただそれだけだった。そうして、空の方に向き直る。

 

「以上よ。次は貴方ね」

 

「本当に今ので送れてるのか?」

 

流石にさとりに目線を合わせ答えを求める。だが、そういえば俺が地上に行きたいと言った時も同じ穴に入れられた気がする。

 

「あら、聞いていなかったのかしら?私の能力は境界を操る程度の能力。地上とここを繋ぐなんて容易いことよ。次は貴方ね、立てるかしら?」

 

成る程、まだ3回しか会っていないはずだが。確かにどちらも現れ方が奇妙だった。境界を操れば自分のいる場所から自らの向かいたい場所へ一瞬でいけるという事か。その移動をする際に使うのがあの裂け目という事か。

 

「ああ、立てる。だが、その前に1つ」

 

空は自らの横に座るフランの脇に手を入れ、自分の膝の上に移動させ、頭を撫でる。

 

「フラン、お前を派遣して俺を殺せと命令したのは...誰だ?」

 

頭を撫でられるフランは気持ち良さそうに目を細める。そして、ゆっくりとその赤い瞳を開き、彼を見つめ、特徴的な牙をちらりと見せながら口を開いた。

 

「それはね。私のお姉様...だよ」

 

「姉...?」

 

姉、だから悪魔の《妹》だった訳か。ならば吸血鬼一行と言うのはフランの姉、と父母だろう。だが、それだと......

 

「あともう1つ。これで質問はおしまいだ。お前は...帰りたいか?」

 

彼は微笑みながらフランに告げる。それはまるで、聖女の様で、本当の家族の様で。夢に誘う『悪魔』の様でもあった。




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