【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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36話 罪人と忌み子

「全く、酷い目にあった」

 

などと言い、苦笑いを浮かべながら秦 空は横で飛行している楓と呼ばれる白狼と共に妖怪の山へ降下していた。

 

「拷問の傷は大丈夫ですか?手当はしますよ」

 

「そうだな、特に必要は無い」

 

その答えが返って来ることを彼女は当然予想していた。だが、彼は拷問を受けていた筈。それで無傷なわけが無い。でも、彼の力量が有れば無傷で逃れる事も出来たんだろうか?事実、何事もなかったかの様な服装だ。全く乱れていない。何なら新品だと言われても特に疑問には思えないだろう。

 

「無傷なわけが無いだろ。それなりの傷は負った」

 

そんな事を考えている私の心を読まれたのか察したのか、秦 空はにこやかに笑いながら言い放った。

 

「なら、治療をしましょう。それくらいはさせて下さい」

 

「まぁ、断る理由もそこまで無いか。敵意も無い様だしな。やはりお言葉にあまえようか」

 

地上に降り立ち、自分の家までの道を少年と二人で歩く。しかし、しばらくして彼の身に異常が起きた。随分と息が荒れている。山とはいえ、そんなにもきつい道では無い。標高も高く無い。彼程の者なら走って登頂する事も容易な筈だ。

 

「どうしました、拷問で毒でも盛られましたか?」

 

念の為、後ろを歩く少年の姿を確認する。傷だらけで、もはや役割の果たせていない服。それが彼の身体から出ていたのであろう血で赤く染まりべったりと彼の身体に張り付いていた。

 

「な....」

 

しかし、まるで幻覚だったとでも言う様に次の瞬間服装が新品同様になった。

一瞬のことだった為見間違いかとも思ったが、流石に鮮明すぎる。

 

「本当に大丈夫ですか?今一瞬血だらけに...」

 

「変更しても限界が近いと維持が難しくなる訳か。成る程な」

 

彼が一息吐くと、彼の体が突然赤く染まり、新品同様だった筈の服は所々破れ、赤く染められ、体の至る所から血が滴りだした。

 

「まぁ、拷問受けて無傷な訳が無いって事だ」

 

足も相当な傷を負っているが足の変更まで戻してしまうと恐らく歩けなくなる。たかが数センチの針だったがそれでも俺の体の針に刺された部分はほぼ挽肉の様な状態にされていた。

 

「これは私だけでは無理ですね...医療班の所に行きましょう」

 

「ああ、連れて行ってくれ」

 

森の中に血の道を作りながら、彼らは白狼の集落へと向かっていく。然し、そんなにも血の匂いを漂わせて何事も無く移動できる訳が無い。ここは妖怪の山、無論居るのは天狗だけでは無い。通常なら白狼天狗が狙われることは無い。だが、手負いを連れて居るなら話は別だ。白狼を倒せずとも手負いの方だけでも殺せればそれを食料に出来る。

 

「囲まれたな」

 

「その様ですね。どうしますか、抹殺という方針で?」

 

「そうしたいのは俺もなんだが。何せ少々限界が近い様でな。歩くのが少々辛くなってきた」

 

いくら、能力で歩ける様にしていると言っても少々変更した時の力というのだろうか、それが足らなかった様で、表面上は何とかなっているが内部の修復が不十分らしい。神経は最優先した為、恐らく大丈夫だが、問題は筋肉などだろう。細かいものを変更し作り上げるには理解だけでなくそれだけの力が必要ということか。

 

「では、ここは逃げましょう。来てください、背負います」

 

「ああ、任せる」

 

すぐに少年は軽々と持ち上げられ、少女は走って集落へと急ぐ。が、そんな簡単に物事は行かない。世界はいつも残酷で冷酷なのだから。

例えどんなに逃げようと彼の血が地面に落ちその匂いで妖怪共が付いて来ていた。

 

「まずいですね。集落に直行はできない様です。先を読まれました」

 

しかし、少年からの返答がない。どうやら気絶してしまった様だ。気づけば私の首に巻かれた手にはロープが巻かれ、脱力しようが落ちない様になっていた。流石にあれだけの出血をしていれば仕方がないだろうが、状況は悪化の一途を辿っていることは間違いない。

 

「しつこい奴らですね」

 

どこまで逃げても妖怪の気配が離れない。更には移動することによってこれまで気付いていなかった妖怪達まで付いて来ている。集落に戻ろうとすれば今着いて来ている妖怪達が雪崩れ込んでくる事は間違いない。彼らとて、白狼が竜との戦闘で数がどの程度かまでは知らないものの相当減っているという事は分かるはず。

恐らく、戦闘になって負ける事は無いと思うが今の集落には女子供がいる。我らの将来を担う若者を殺させるわけにはいかない。となればもう、私が1人でなんとかするしかない。

取り敢えず、この量を彼を背負って捌き切ることはできない。まずは彼をどこか安全な所に置いておき。それを護りながら戦わなければ。

 

「入り口は一方のみであればどこでも良いだろう。洞穴か何かは無いのか?」

 

「気絶してたんじゃ無いんですね」

 

「勝手に気絶させないでくれ。取り敢えずそんな所は無いのか?」

 

一度黙り込み、必死にその条件に合致する場所を探す。しかし、先に声をあげたのは秦 空だった。

 

「少々記憶を漁らせてもらったが、この周辺にそんなものは無いな。仕方がない、一度地底に降りてくれ、そこならその妖怪共も入って来ないだろう」

 

「残念ですが。それは無理です。掟の関係上、私が地底に入ることは出来ませんし。私は大天狗に秦 空を集落に連れて行くと告げてしまいましたから。地底に行ってはその契約も破ることになります」

 

淡々と答える楓に少年は1つの疑問を持つ。一般的に考えても何故そうなるのかが理解できない。

 

「何故、そんなに自分の種族を護ろうとするんだ?あいつらはお前を忌んでいるんだろう。お前が死なせるわけにはいかないと思っている女子供もお前を忌んでいる。お前の護りたいものは誰1人としてお前を護ろうとしていない。何なら、死んで欲しいと思っている。それなのに何故、護ろうとする?お前に何の利益も無いじゃないか。私は死んでしまったという事実を作り上げ、地底で暮らせばみんな幸せハッピーエンドだろ」

 

「流石は覚。隠し事はお見通しですか、じゃあ、こんな綺麗な口調ぶっても意味ないね。それでも私はあそこを護りたい。そりゃあみんな私を忌んでいるのは承知の上さ。でもね、なにも悪いやつだけって訳じゃない、一人だけだが、私を気にかけてくれるやつもいるのさ」

 

そう言い切った楓の感情に迷いは感じれない。どうやら、地底に逃げるという選択肢は潰れたようだ。

 

「まぁ、俺がどうこう言ったところで意味は無さそうだな。しかし、地底に逃げないならどうする?助けを待つのか、正面きって戦うか」

 

事実厳しいことに変わりはない。地底に逃げる。それも考えなかった訳ではない。しかし、それでは私が契約違反以前に帰って来れない。それでは椛がどう思うのか。

 

「成る程な。理解した、お前は椛という白狼の事が好きという事か?」

 

「へ...?そ、そんなことないですよ。それに私も彼女も女ですし」

 

おぶわれているので、表情は伺えないが。声のトーン、口調からしても明らかに動揺している。それを見逃す秦 空ではない。

 

「別に同性で恋愛関係持っても良いんじゃないか?ちなみにわりと外では認められているが」

 

間髪入れずに直ぐさま追撃を入れていく。ただ、彼には相手をからかって楽しむという事は出来ない。まずまず楽しむことができない。ならば、なぜこんな状況で突然相手をからかうようなことを始めたのか。

それは彼が覚妖怪にとっての栄養補給。要は相手の感情を読み、そして、その感情を喰らう為。先程まではただじっと自然に現れる感情を読むだけだったが、ここで彼は他の感情はどうかと考えた。今は、焦り、それだけだが。感情は多様性に溢れている。絶望、希望、歓喜、悲哀、羞恥、その他にも数え切れないほどに。ならば、この中に体力回復を他の物よりも促す物があっても可笑しくはないだろうと。

 

「な...だから、恋愛感情なんて持ってませんよ!ただ、ちょっと」

 

「ちょっとなんだ?」

 

この一見雰囲気を破壊するようなこの行為が功を奏した。羞恥、この感情はどうやら体力回復を速める物だったらしい。事実、さっきの焦燥を見ている時よりも何かが流れ込んで来る感覚を感じた彼は続行という選択をする。無理もない。今は他がどうであろうと自らの体力回復が最優先事項。それを読心により楓から手に入れた情報から理解していた。

 

「まぁ、良いんじゃないか?恋愛ってのは良いものだ」

 

しかし、彼は恋愛という物が何であるかを知っているだけで、自らがしたことはない。ただ、彼にとって悪い物という認識はない。恋愛とは特定の他人に特別の感情を持ち恋い慕う事。悪い意味と取るのは難しい。

 

「だ、だから私は椛をあ、愛してなんかいないよ...!こんな時に突然なに!今はそんな状況じゃ無い!」

 

「無意味にやったりなどしない。態々こんな状況で突然おれの命綱となっているやつにちょっかいを出すなんて、理由がないとしない。当然だろう」

 

まだ、十分とは言えない。ただ、あとは周囲から彼を狙う為近付いて来ている妖怪の心でも読めば何とかなるだろう。ただ、念のためもう少し補給しておくべきだろう。

 

「一体何を?」

 

驚くのも無理はない。先程までは満身創痍。傷だらけだった彼が何事も無かったかのように背中から地に降りた。

 

「覚妖怪と言うのは他人の感情を喰らうみたいでな。少々食事をしていた」

 

「な...じゃあ、さっきまでのあれは全部?」

 

「無論だ。ただ、もう少し欲しいんでな。悪いが犠牲になってくれ」

 

そういった目の前の小さな少年から発せられる異様な雰囲気に楓は一瞬たじろぐが直ぐに一種の危険を察知し距離を取ろうとする。が、その一瞬のたじろぎが彼にとっては大きな隙になった。

一瞬で目に前まできたかと思うと強引に唇を奪われる。生まれた時から母親も居なかった楓にとっては恐らく正真正銘ファーストキス。キスがどんなものか知らないわけではない。一瞬状況が把握できず硬直するが直ぐに状況を察し彼から逃れようとする。しかしその時には既に遅く、腰に手を回されてしまっていた。強引に離れようと彼を突き飛ばそうとするが、その瞬間舌が入ってくる。言葉にならない悲鳴をあげるが、彼は元とは言えど暗殺者、どうすれば女が堕ちるかなど知らないわけがない。やっと状況を把握した脳を次第に羞恥が支配していき、身体から力が抜ける。しかし、ぐったりとした楓を支えながら秦 空はキスを続ける。思考までもが羞恥に染まり何も考えられなくなり、あっという間に彼に支配されてしまう。本来の暗殺なら、次のステップに入るのだが今回はそれが目的ではない。

生々しい音を立て、楓は彼のキスから解放されるが脳裏に焼き付けられた羞恥が消えるのには時間がかかる。力なく地面に座り込み、真っ赤な顔を彼に向け、虚ろな目で開いたままの口を閉じれなくなってしまっていた。

 

「俺の体力の回復は済んだんだが、まさかここまでなるとは」

 

やっとの事で正気に戻ったのか、楓はフラフラと立ち上がる。

 

「こ、この変態!淫魔!」

 

怒るのも当然。しかし、彼は全く悪びれる様子は無い。

 

「悪かったな。ただ、あれが最も効率的に羞恥を引き出せると判断した」

 

「...狂ってる」

 

素直な感想。これだけ危機的状況で、周囲を敵とい言えど意識あるものに囲まれている中羞恥も感じず。突然のディープキス、外の世界はこんな人間ばかりなのだろうか。流石にそんなわけがない。要は...彼が異質という事。

 

「狂ってる、か。確かに狂っているかもな。きっと間違ってはいない」

 

口角を上げ、皮肉そうな笑みを浮かべた彼は左右の手に短剣を握る。

 

「敵の数は大まかにわかるか?」

 

「ざっと100位かな」

 

「まぁ、その程度か。これをつけてくれ」

 

突然渡される何かマスクのようなもの。ただのマスクだろうがさっきの行いからしても少々信用できない。

 

「なら仕方ない」

 

ぼそりと呟かれたその一言にゾッとする。その刹那手渡されたマスクが消え、顔に何かが被せられる感覚。

 

「な...」

 

マスクが着けられた。彼に強制的に着けられた?いや、流石にそれは考えにくい。着けられたというよりかこのマスク自体が突然現れた様な。

 

「絶対に外さないでくれ。面倒なことになる」

 

特に楓の動揺も気にしていない様で、秦 空の周囲から白煙が一斉に放出される。そこからはただの地獄だった。周囲から響く泣き声、絶叫、嘔吐、慟哭、狂った様な雄叫び。そして数分も経たないうちに周囲に静寂が訪れた。先程までは向けられた視線も、命を狙う者の足音も全てが消えた。

そして、その白煙が消えていく。風に流れ、ゆっくりと消えたのならまだ分かる。それとは違う全く異質な消え方。まるで、そんな煙は無かったとでも言いたげにゆっくりと消えていく。思えばこの煙が現れた時もそうだった。これが彼の能力?いや、彼は覚妖怪。覚妖怪には読心という能力が既にある。なら、彼は覚妖怪でない?

しかし、そんなことを考えている余裕は煙が晴れた後に現れた本当の地獄によって消え去った。

煙の後に立つ秦 空、その服は先程の様に綺麗でまるで新品の様だった。その姿を確認したのち周囲に訪れていた異常に気付く。月明かりに照らされ、妖怪が浮いていた。ただ浮いているわけでは無い。まるでマリオネットの様に宙に浮いている。その全ては目と口、更には耳からも血を流し、ピクリとも動かない。四肢がありえない方向に曲がってしまっている物もあれば目を見開き口を開けたまま気をつけの姿勢のものもある。ただ、共通しているのは全てがまだ生きているという事。よく見れば呼吸をしている。

 

「まだ、生きてる?」

 

「いや、死ぬ」

 

そう言ったとたん何かが肉を裂く音と共に浮いていた妖怪がバラバラになって地面に落下する。

周囲に転がる肉片と臓物、生首。あまりの光景に吐き気が抑えられず、嘔吐してしまう。その様子を秦 空は見ていたのか嘔吐する瞬間にマスクが消えた。

しかし、マスクを外せば濃厚な血の匂いが鼻腔に入ってくる。その匂いがこの状況を更にリアルに伝え、更に嘔吐を助長させてしまう。

 

「大丈夫か?」

 

こんな状況になれば間違いなく血に濡れるはずの彼の服は新品のまま。更に彼を見上げた瞬間、本当の恐怖が訪れた。

全くの無表情だった。何も感じない、何も感じれない。喜怒哀楽のどれでも無く、殺人鬼の様に狂った笑みを浮かべるでもなく。ただ、無表情。まるで興味がない。とでもいう様な。これだけの数をこんな殺し方をして、この光景を見て。それでも何も感じていないというのか。

 

「逃げるぞ」

 

しかし、この発言で何かがおかしいことに気付く。

 

「逃げる?」

 

秦 空は楓の返答も待たず強引に背負い、臓物と肉塊の中を駆け抜ける。何故、逃げるのか。楓は理解できずにいた。ただ、分かったことは。さっきのアレは秦 空がやったことではないという事。

 

「申し訳ないが、お前の集落には帰れない。これはお前の集落のためでもある。お前を地底に置いた後、俺は残りの白狼を護りに行く。所謂、緊急事態という事だ」

 

「それなら私も力になります。我々白狼は誇り高い「黙れ」

 

これまでに無い何かを秦 空から感じた楓はただの一言で黙ってしまう。

 

「そんなくだらない誇りの所為で未来を捨てるな。罪を犯すな。他人を殺すな。それは......俺の仕事だ」

 

その返答がどう言った意味かまだ楓には理解できていないが秦 空は地底へ何も考えず飛び込む。底も見えない穴の中へ飛行することもなく重力に身を任せ落下する。一瞬にして見えた地面の直前で飛行。地面ギリギリで止まるとそのまま、砂漠の上を楓を乗せたまま飛行する。

 

「良いか。俺は正面に見えるあの町でお前を降ろす。そうしたら、まっすぐ先に大きな館がある。そこで古明地さとりという奴に会ってくれ。秦 空の使いだと言えば簡単に入れてくれる筈だ。そこで、地上であったことを話してくれ。無論竜の件についてもだ。取り敢えずそれだけで良い」

 

その返答の代わりに楓は1つ頷く。しかし、1つの疑問が生まれる。彼の背に乗せられ飛び少し経つと、彼は止まり町の中で楓を下ろした。

 

「あれは、貴方が?」

 

あれだけの惨殺、どの様にしてああなったのかは理解できないが。あれを彼がやったのか。そこは重要だ。彼が白狼天狗ごと天狗を拷問の見返りに抹殺する可能性が無いわけではない。

 

「違う。あれは俺のやり方ではない」

 

そう言って空はすぐさま切り返し妖怪の山へと向かっていく。舞い上がる砂塵の中地上へと向かう彼は服装も暗殺者だった頃の物に変更し、黒いフードを羽織る。

 


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